野々原
私の恋人。最近何かソワソワしている。
サプライズプレゼントを企画していることを知っているのはナイショです。
最近、況君の様子が変なんです。
ちょっとよそよそしいというか、少し距離を置きたがっているというか。
どうしてか理由を聞いても、はぐらかされて終わり。
正式な恋人同士の関係になってから、それなりに時間が経っていると思うのですが、倦怠期になるにはまだ早すぎますし。
挙句、「今日は一人にさせてくれ」だなんて言って買い物に出かけるなんて。
恋人の事を疑うのは良くないことだとは思うのですが、念の為、万が一、億が一にでも不埒なことをしようものなら、何をしてしまうか。
――なんて、本当は全部解っています。
彼が今まで何処で何をしていたのか、ということは。恋人同士なんですから、当たり前じゃないですか。
私の誕生日プレゼントを吟味していたことも、サプライズパーティーを企画していることも。
全部知ったうえで、知らないふりをするんです。約束も、「お約束」も、理解したうえで守らなければ。
況君は不器用な人ですから。
本当に大事なことは、覚えてくれる人ですから。
恋人の誕生日を忘れるだなんて、そんなこと。
――あるはずないですよね?
指折り数えて6月23日、今日という日を迎えて。
途中余りにも況君が何も言ってこないので、ついせっつくようにカレンダーを見るように促したりしてしまいましたけど、不審がられてはいないみたいです。
「今日はウチに来いよ」
と言われた時は、その場で飛び上がってしまいそうな気分でした。
お泊まりしてもいいと仄めかしているということは、「そういうこと」なんですよね? 「お決まり」を期待して良いんですよね?
楽しみすぎて、余りにも回るのが遅い時計の針に苛立ってしまったのはナイショです。
「今日の夕食は俺が作ってみたんだ。まだ下手だから味付けも変かも知れないが、まぁ口に合わなかったら残してくれて構わないさ」
指に巻いた絆創膏を隠すように手を後ろに回し、気まずそうに顔を背ける況君は余りにもいじましくて。
唐揚げ、ロールキャベツ、オムライス、八宝菜。これらの料理の一つ一つに況君の愛が籠っていると思うと、たとえどんな味でも全部食べてしまいたい。いえ、誰にもあげません。食べます。
カロリーオーバー? 今日はお昼を抜いたので実質プラスマイナスゼロです。
味の感想ですか? 況君を愛していますよ。つまりそういうことです。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様。まさか完食するとはな。お替りがあるって言ったら、どうだ?」
「……タッパーはありますか?」
「冗談だ、もう在庫切れだよ。残念だったな」
「もう!」
「ははは」
言って良い冗談と悪い冗談があるのは知っていますが、さっきのは後者だと思います。
台所事情を把握しているとはいえ、ちょっと寿命が縮まった気がします。いえ、貶してるわけでは……、断じて……、その……。
「誕生日おめでとう、彩子」
「すっかり忘れていたのかと思いましたよ」
「ちゃんと覚えてるさ。大事な日は」
「どうでしょうね。昔の大事な約束を、危うくすっぽかされる所だったことがありましたけど」
「……まさかとは思うが、これがプレゼントだって思ってないか?」
「違うんですか?」
「ちょっと待っててくれ。取ってくる」
あえて白を切る。丁寧に梱包された箱の中身を知っていることは、おくびにも出さないように。
「これだ。受け取ってくれ」
「ありがとうございます。……開けてもいいですか?」
「好きにしてくれ」
「はい、好きにします。これは……箸、ですか?」
箱に収められているのは、一膳の箸。
漆器のような光沢は、これが決して安物ではないということを表しているようで。
箱に値札はついていないですが、この箸の値段まで知っていたことはヒミツです。
「すぐ折るだろ、お前。だから選んだんだよ」
プレゼントに込められた想いは、言葉でラッピングしても伝わる人には伝わるんです。
この箸を使い続けて欲しいってことですよね。
高級品だから折らないんじゃなくて、況君からのプレゼントだから折らないというのに。
それにすぐ折れてしまうような安物の箸の方に問題があるのであって、まるで私が悪いみたいな言い方はしないでください。
「ありがとうございます。大切に使い、ます、ね……?」
体に力が入らない? 世界が、いえ、視界が、歪んで……?
「パンはパンでも食べられないパンは何だ?」
何を……言って……?
「簡単すぎて答える気にもならないか? じゃぁこういうのはどうだ? フライパンはフライパンでも俺がお前に
け……、い……、くん……?
「答えは、お前が渚を殴ったときに使ったフライパン」
な……、ん……、で……。
「受け取れよ。俺からお前への、最高のプレゼントだ」
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