「ッたく。 なんだってんだアイツらは」
夕餉を取る衛宮士郎は、先程の事を思い出して悶々としていた。
「どうしたんですか、先輩」
「あぁ、悪いな。 何でもない」
「......本当ですか?」
アメジストのように、だが少し翳りのある紫の瞳が訝しげに衛宮士郎の様子を伺う。
彼女の名前は間桐桜。 訳あって衛宮邸で食卓を囲むメンバーの一人であり高校の後輩だ。
「ああ、本当だ。 ほら、飯食え飯。 冷めちまうぞ」
「......。 先輩、その手の痣、どうしたんですか?」
「痣だぁ?」
桜にそう言われて、自分の手の甲を見る。
確かに、痣だった。 掠れたような、赤い痣。 何かの形を成していたような、あるいはこれから形を成すのか、そんな曖昧で不気味な痣。
「いつの間に」
想い起こし、浮かんだのは凄烈な一射を弾いた瞬間。 あの時に、たまたま弾いた矢が掠ったのだろうと楽観する衛宮士郎をよそに、桜は心配を隠せないでいる。
「あまり無茶、しないで下さいね」
憂いを帯びた儚げな言葉が漏れる。
純粋な心配を多分に含むであろう言葉。
しかし衛宮士郎は桜の願いを軽く受け流して、食事を再開する。 桜もまた、諦めたように食事を口に運ぶ。
時刻は深夜。
桜を見送り、あらかた家事を済ませた士郎は、離れの納屋にいた。
夏にしては、少しひんやりとした空気。
コンクリート建材で四方を覆われたこの場所は、日課で毎晩訪れる鍛錬の場。
「──
目の前にある贋作ではない手ずから打った刀に、魔術の焦点を合わせる。
士郎─○○が打った名もなき刀。その価値は、現代であれば計り知れない。
「基礎を疎かにしちゃいけねえよな」
そんな独白が反響する納屋に、新たに刀が出現する。同じ工程を繰り返す事数十分。見た目に差異はない刀の山が出来上がり、士郎は満足気にそれを貯蔵すると、外へ出る。
「見た目は上々。 最後は強度だ」
少し開けた中庭で。
「
士郎固有の詠唱を口ずさむと、刀の群れが向かい合う形で宙に現れる。
「
直後、空中で静止する刀が雨の如くぶつかり合う。 鉄と鉄が撃ち合う音が衛宮邸に張り巡らされた強靭な結界内に留まり消える。 しばらくの後、残ったのは一振りの刀だけ。
「今宵はここまでだな」
その刀を貯蔵した士郎は、視線を虚空に向ける。
「出てこいよ、弓兵」
木造家屋を囲う塀の上に、蜃気楼。
やがてそれは形を成し、英霊としての存在を象る。
「ほぅ。 私の気配に気づくとは。 いよいよもって解せないな」
月明かりに照らされて、褐色の肌が浮かび上がる。 そこにいたのは、アーチャーと呼ばれる弓兵だった。
「まあいいさ。 私は私の願いを果たすとしよう」
そう言って一歩、踏み込む。
武人の足捌きを察した士郎は、直後にその姿を見失う。背後に悪寒を感じて、投影した刀を二振り出現させて射出する。
「不意打ちとは狡い奴だな」
砂煙の向こう側。
未だ健在の様子で、アーチャーは立っていた。
その手には、二振りで対となる干将・莫耶が握られている。
「──ッ!」
物理法則を無視したような加速が再び士郎に迫る。速さに力を加えて繰り出される双剣の斬撃。縦に一閃。
士郎はこれを、刀を斜に構えて受け流すと、翻す一太刀でアーチャーを捉えようとする。しかし空中に飛び退いたアーチャーにその鋒は届かず、外套を斬るに留まる。 軽く舌打ちする士郎は、空中で弓矢を投影したアーチャーに向けて投影で出現させた数多の刀を放つが。
「熾天覆う七つの円環」
アーチャーの護りの切り札。トロイア戦争で大英雄ヘクトールの投擲を防いで見せたアイアスの盾の贋作を出現させる。
刀が通らぬ花弁の多重層。しかし、その層は徐々にひび割れて一枚、一枚と消えて行く。
このまま時間をかければやがて護りを砕く事は士郎であれば容易だろう。 何なら一撃の元に粉砕する事もできる。 しかし、それをしないのは視られているから。 結界をすり抜けてきた何者かの使い魔に。それも、複数。故に、士郎は手の内を最低限に晒しつつアーチャーを迎え討つ構えを取っている。
「偽─カラドボルグ」
護りを展開するアーチャーの手元に、捻れた剣が現れる。
その剣に、自壊する程の膨大な魔力を込めて、弦を目一杯に引く。 何度見ても、美しい射型。中空でもブレない体幹はもはや人外の域だ。
「見えねえな。 そりゃ宝具だな。 しかも真っ当な宝具じゃねえ」
数多の研鑽を積んできた士郎─○○は、武器をみるだけでその特性を知る事ができる刀剣審美を獲得している。しかし、そのスキルも今は発動していない。ならば宝具と考えるのが妥当で。
「しゃらくせえ」
いつもと同じ、投影魔術。
けれど今回出現した獲物は、今までの洗練された刀とは異なる。 見様見真似の猿真似。 偽─カラドボルグがその手に出現する。
「──はッ!」
ミシミシと軋る弓から、空間を抉り取る破壊の剣が解き放たれる。 魔術による防御だろうが、結界だろうが、それが空間に属するものであるならば、この矢は慈悲なく貫く。
当たれば即死、躱せば爆発。弾いても爆発。厄介な事この上ない代物。
「手ずから打った獲物じゃねえってのはしっくり来ねえがしかたねえ。 見様見真似の贋作同士、ブッ壊れやがれ」
士郎は手に持つ偽─カラドボルグを握りしめて投擲の構えを取る。 魔力による補助で腕の能力を高めて、あの凄烈な一射を相殺できるように。
投げ放つ。
空中で、同じ武器がぶつかり合い、破壊の音が衛宮邸に鳴り響く。
相殺する、と言う狙いは果たせたようだ。
「人様の庭で危ねえもんぶっ放してんじゃねえよアーチャー。 家が壊れたらどうすんだ」
「ふん。 死んでしまえば家も関係なかろう」
互いに距離を保ち、構える。
ジリジリと、身を削る殺意の波長が士郎を襲う。
睨み合いは静かに、けれど静寂は唐突に弾けた。
「やっちゃえ、バーサーカー」
鈴のように、けれど少し甘やかな声の直後、巨体がその質量を以って士郎に迫る。
「次から次へと」
咄嗟に飛び退き、何かの襲来を回避して苛立たしげに言葉を漏らす。
「遅いぞ、イリヤスフィール」
「ごめんなさいね。 この街の地理にはまだ疎くて」
ふわりと、白銀の妖精が降り立つ。
月明かりを背に纏い、プラチナブロンドの髪が光を帯びる。燦然たる小さな淑女は、その様相に似合わない燃えるような赤い瞳で士郎を睨む。
「あいつね、私の士郎を奪ったのは。 今すぐ士郎の中から出ていきなさいッ!」
穏やかだった声音が、途端に怒気を帯びる。
まるでそれが合図だったかのように、巨躯の狂戦士が吠え、獣の如く士郎に肉薄する中で、アーチャーもまた挟撃する動きを見せる。
「テメェらがその気なら仕方ねえが見せてやるよ。 儂が至った極地世界!」
迫る巨躯、貫く射撃を目前に、士郎は手を前に突き出す。 魔術回路が、熱を伴い加速する。 これこそは魔術の最奥、魔法の残滓、心象世界の具現化、
「一切衆生悉有仏性。 鍛造の粋、御覧じろ」
世界が、一変する。
燃える刀は数知れず、無限の荒野が虚しく広がる。 これこそが、士郎─○○の固有結界、"無元の剣製"。
○
「衛宮士郎。 奴の子と言う訳か、、、」
退廃的な空気纏わりつく聖堂教会、その祭壇にて男が笑みと言うにはあまりに冷め切った酷薄な表情を浮かべる。
「どうした言峰よ。 えらく機嫌が良いではないか。 その鉄面皮、わずかに翳っておるぞ」
教会の扉が開く。
助けを求める迷える信徒でないのは明白な、金髪赤目の男は、王威を孕んだ眼差しを言峰綺礼に向ける。
「ギルガメッシュか。 どこへ行っていた」
「なに、ただの戯れよ。 自覚の無い醜さを愛でていただけのこと」
ギルガメッシュの弾むような声音に、綺礼は嗜めるような溜息を吐いてみせる。
「ほどほどにな。 今目立たれては私が困るのだ」
「ああ、分かっているさ。 俺に怖気付かず物を言える人間はシドゥリと貴様くらいのものよな」
月明かりに照らされる教会で、言峰綺礼は神父らしく手を合わせて祈る。 その様を見てギルガメッシュは口の端から笑いを溢し問う。
「何を祈る。 お前の願いは成就されたであろう」
「そんなもの決まっている。 神父は神父らしく、この大儀式が上手くいくように祈るのみだ」
「ふッ。 道化ぶりが板についてきたな言峰よ」
湿った風に僅か乗った血の香りが扉の隙間から教会内に吹き荒ぶ。
それは不吉の予兆か、開かれた扉の先にいたのは───。