鉄を打っている。
臨界へ達した鍛造技法を駆使して、至高の一刀を求めて。 命すらを焚べて鉄を打つ。
鍛冶師として研鑽を重ねた末に、ついに男は神域の一振りを得るに至る。
あらゆる収斂、あらゆる宿願、あらゆる非業───すべては、この一振りに至るために。
「儂が目指す究極の一刀ってのはな、肉やら骨やらを断つ刃じゃねえ。
ンなものはなんでもできるンだよ。斧でも包丁でもな。
刀に生涯をささげるって人間がな、その程度のモンで満足していい筈がねぇ。
なんで、儂が求めたものは怨恨の清算──縁を切り、定めを切り、業を切る名刀だ」
その生涯をもって得た刀、その名は○○○○○。
○
夢を見ていた。酷く懐かしい、生前の褪せる事のない熱の日々。
「──んっ」
鳥の囀りに刺激され、目を覚ます。
軽く伸びをして、少し痛みを感じる。そうして鮮明に思い出す。昨晩の、夢現のような出来事を。
「脇腹、、、治ってやがる。 どう言うこった」
アーチャーの赤原猟犬により刺し穿たれた脇腹の傷は、綺麗さっぱり治っていた。まるで何事もなかったかのような脇腹をさすり、首を傾げる士郎は疲労の蓄積した重い身体を起こすと、立ち上がり居間へ行く。
「あら、おはようお爺ちゃん」
「ああ、おはようさん、、、。 ってなんだ、まだいたのかよ」
まさか出迎えがあるとは思わず一瞬驚く士郎。
居間に座していたのは昨晩の女剣士だ。
「そりゃいるわよ。 状況が理解できてないもの」
「いや、そりゃあ
不意に巻き込まれた苛烈な戦い。士郎は未だその全貌を把握しきれていない。
故に、士郎は鋭い視線を女剣士に......ではなく、部屋の隅に座っている昨晩の襲撃者である少女へ向けた。
「別に教えてあげてもいいけど。 私の質問にも答えてもらうわよ、士郎」
了承の意を示し軽く頷くと、女剣士の横に腰を下ろして話を聞く。
なるほどな、と。
一先ず事の全容を聞いた士郎は、茶を口に含むと、暝目する。
聖杯戦争。
それは万能の願望機を求める七騎七人の争い。
現界した英霊を行使して、最後の一人になるまで争う大儀式。
敗退──
多くの場合は魔術師の絶命を伴う。
権利の放棄──
聖堂教会から派遣された監督官に対して宣言する事で成立する。
万が一、マスターの人数がゼロとなった場合、是は"勝者なし"と言う終幕を迎える。
この狂気染みた戦いに身を投じる理由は"聖杯"の存在があるからだ。願いを叶える道具があるならば誰だって欲するものだ。
士郎はうーん、と唸る。
別に棄権しても構わない。だって、究極の一を作ると言う願いは生前に自らの手で叶えてしまったのだから。 今は、切嗣の願いを継ぐ形で正義の味方を目指しているが、それは"叶える"のであって"叶えてもらう"のは筋違いだし余計なお世話だ。 もし叶えようと言うのなら、士郎は聖杯を叩き斬っているだろう。
だからこそ、戦いに身を賭す事に希薄であるのだが。
「儂は特にこれと言った願いは無い。だから棄権しても構わないんだが、それは女、いや、武蔵の願いを聞いてからにしても遅くはない。 だから話してくれるか」
一人ならば棄権していた。だがこの聖杯戦争には相方であるサーヴァントがいる。
ならば武蔵の願いを聞いてから参加するか否かを決めるのが筋だろう。己が言い分を振り翳し、従わせるのは士郎の性には合わない。
「わたしの願いは......既に叶っているわ。たまたま、村正お爺ちゃんが持ってる明神切村正と縁があったから呼ばれたってだけなんだけど」
武蔵は困ったように肩を竦める。
「願いは叶ったけど、やりたいことならあります。
それは、─────。」
聞かされた想いに、士郎は不敵な笑みを浮かべる。
「ふん。 まあいいんじゃねえか。 煩悩にまみれてやがるがそれもまた人間ってもんよ」
「まあいいじゃない別に。 それで、どうするの? 辞退するの? しないの?」
考えるまでもなく、返答する。
「いいぜ参加してやるよ、聖杯戦争。 究極の武器を見れる機会だしな。 ただし、
「ええ。 わたしもかつてカルデアと縁を持った者として、そして1人の剣客として人道に背く行為はしないわよ。 またよろしくねお爺ちゃん」
互いに正々堂々と戦うことを誓い、握手を交わしここに参戦の表明をする。
「ねえ、そろそろいいかしら」
円満な雰囲気に冷ややかな声音が。
少女は士郎を睨む。整った造形の中、異質に映える真っ赤な瞳は士郎を捉えている。
昨夜士郎を殺さんとしたバーサーカーのマスター。名をイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと言う。
「あぁ。
剣呑な雰囲気が満ち始める。
穏やかでないのは確かで、最悪の場合はと、武蔵は水面下で戦闘体制に入る。
(この魔力量。 人間の範疇を超えているわ)
そんな武蔵の心配をよそに士郎は口を開く。
「昨日のお前さんの話を聞く限り、この依代に何か思い入れがあったんだろ?」
「ええ、そうよ。 私を捨てた切嗣が拾った子供。 なら、貴方はお兄ちゃんでしょう」
「まてまて意味が分からんぞ。 切嗣に家族がいただなんて」
「そう、聞いてないんだ。 ふーん。 ま、いいけど。 私はただ、貴方が士郎に憑いている事が気に食わないのよ。復讐できないじゃない」
何も知らないのはお互い様。
この後の展開が良い方向に傾くのか、それとも悪い方向に傾くのかは、今はまだ、誰も知らない。