【完結】峰田ァ!お前の前のオレオ取ってオレオ!! 作:そとみち
林間合宿三日目の夕方。
「俺の名は竈門炭治郎」
「己を見失ってる……」
今日も今日とて包丁を握らせてもらえず飯盒の火加減を見るお仕事をしている俺はどうせなら美味い飯を炊いてやろうと張り切っていた。
スマホで美味しい飯盒の炊き方や火加減を調べてそれを実践しているところだ。
俺は炭治郎だ。竈門炭治郎になるのだ。
「火加減が重要らしいけど中火ってどんなもんかわからん。こんなもんか?」
「素手で火のついた薪を弄っちゃダメだよ幾野くん!?」
「ごめん」
火加減を見るために俺が個性使いながら薪を弄ってたら口田にめっちゃ怒られた。
こいつがこんなに声を出すなんて珍しい。ごめんな驚かせて。
ううん……俺もしかして日常生活に個性使いすぎて人に見られないところで常識欠如してるところあるかも。
あかんな。いずれ奥さんや子供が出来た時に悪影響を及ぼさないようにしなければ……。
「あ、幾野くん。洸汰くん見なかった?」
「ん、緑谷」
火加減を調整していたら緑谷から声をかけられた。さっきまで轟となんか話してたみたいだけどこっちに来たようだ。
そういえば今日もいないな。ってことは建物の中か、もしくは……
「……あー、秘密基地だな。昨日と同じところにいるよ」
「ううん、やっぱり……。本当に嫌なんだなぁ」
「だな。今日は肝試しあるから今すぐはいけないけど、肝試しの帰りにでもまた顔出してみようぜ」
「うん、そうだね!」
洸汰くんは相変らず俺らヒーロー志望生とは関わり合いになりたくないようだ。
んー……難しいな。本人の中で凝り固まっている価値観が、間違っていると断じることはできない。ってか別にその考え自体はあって当たり前のそれだしな。
でも辛い思いをしていることだけは間違いないからなぁ。そこを少しでも解してやりたいところだ。隣にいるのって難しいな。
とはいえ、焦っても仕方ない。
俺たちは肉じゃがを作り終えて、今日もガッツリ夕飯を食った。
「……さて! 腹も膨れた! 皿も洗った! お次は……」
「「肝を試す時間だー!!」」
元19位と20位が肝試しを楽しみにテンションを上げているが、俺は昨日のお風呂で相澤先生から今後のスケジュールを聞いているからこの後に起きる悲劇を知っている。
「その前に大変心苦しいが、補習連中は……これから俺と補習授業だ」
「ウソだろ!?!?」
哀れ相澤先生に連れられて行く芦戸ちゃん、上鳴、切島。
すまん……俺にはどうすることも出来ない……補習は補習だからな……!
せめて肝試し終わって洸汰くんとも触れ合い出来たら物間の分も含めて差し入れ持っていくからな……! 演習も少しは付き合うから……!!
さてそんなわけでルールの説明を受ける。
ペアをつくってぐるっと森の中を一周してくるわけね。なるほど。お札を取ってくると。
脅かす側は個性を使って脅かしていいって事ね。俺の独壇場だな。
B組を失禁させまくって物間に後で悔しがらせてやるんだよオラァ!!
「二人一組……あれ? 20人で3人補習だから……一人余る!!!」
言い出しっぺフラグの法則は無事発揮され、緑谷が一人余ってしまった。
ペア分けのくじ引き結果は以下の通り。
第一ペア常闇、障子。
第二ペア爆豪、轟。
第三ペア耳郎、葉隠。
第四ペア瀬呂、俺。
第五ペア青山、八百万。
第六ペア麗日、梅雨。
第七ペア峰田、尾白。
第八ペア飯田、口田。
第九、緑谷。
「瀬呂くん……よろしくね♥」
「既に恐怖しかねぇよ肝試され過ぎだろ俺だけ」
「怖くなったらしがみついちゃうかも♥」
「補習参加してきていいか???」
ペアになった瀬呂の腕を組もうとすいっと伸ばしたら個性まで使われて距離を取られた。
なんやなんや。こんな可愛い子とペアになったのに遠慮することなんてないぞ?
「じゃー順番にレッツGOにゃ!!」
そして時間となり、第一ペアから肝試しの森に踏み入れていった。
第四ペアの俺達の番がやってきた。
「で、真面目な話俺結構びっくり系弱いんよ。マジで抱き着くかもしれんから先に謝っとくわ、ごめんな?」
「悪意がなけりゃ百歩譲って許すよ……ってかお前の場合ウォールハックで見とけば事前に分かるんじゃね?」
「いや……そこはB組がどんなことしてくるのか見たいじゃん。中間地点でお札探す時だけにしとくよ」
「妙な所で律儀だよな幾野」
俺、実はホラー苦手なんだよね。ホラー映画とかも怖くて見れないし。
でも折角の肝試しでウォールハック使うのはなんか違うじゃん。B組も頑張って驚かせようってしてくれてるのに俺だけチートして驚かないのは違うじゃん?
そんなわけで瀬呂と一緒に夜の林道をそろそろと歩いて行った。
暗い。コワイ。
「怖い。手ぇ握っていい……?」
「普通に弱気な声出されると俺メチャクチャ悩むんだけど!? やめろよ妙な方向から俺の性癖揺らしに来るの!?」
「じゃあ背中からしがみついていい……?」
「色んな意味で怖いから前歩いてくれる?」
「ひどい」
半分冗談半分本気で瀬呂と手を繋ごうとしたが断られて駄目だった。じゃあ背中からきゅって抱きしめようとしたら同伴拒否されて俺の尻を狙うポジションにつかれた。
んにゃぴ。
15分程度、ぐるっと回って1kmくらいの道のりだ。いつどこで仕掛けてくるか分かったもんじゃない。
うわー、めっちゃ肝試ししてる感じあるな! ワクワク3割怯え7割!
そしてしばらく歩いていると、ふわりと。
煙が漂っているのが見えた。
「ん? 煙……? B組の演出か? 煙出せる個性いなかったよな、準備してきたか?」
「あー? 爆豪がビビって爆破したんじゃね? 音しなかったけど」
よりホラーな雰囲気を醸し出す煙が月光に写る。
なんだよもー! 雰囲気出してきやがって! このくらいじゃ怯えないんだからねっ!
俺はその煙を払うように腕を動かして一歩踏み出して──────
──────オートで個性が発動した。
「!? 息止めろッ!! 有毒だぞこの煙!?」
「へぁ……何っ!?」
瞬間、俺は一気に思考を切り替えて瀬呂に叫ぶ。
これまでの経験が、俺に一気に意識を切り替える思考を導いた。
煙を嗅いだら意識せずに俺の個性が発動した。これがパーティグッズの煙や、爆豪の個性の残煙だったとすればそんなことにはならない。香りがするはず。
それすらしないってことは、これは人体に害をなすものだ。
そして瀬呂も一瞬呆けたが、こいつもまた峰田との期末試験で思考の甘えを許されなかった経験をしていることから、判断は早くなっていた。
慌てて呼吸を止めて、姿勢を高くして煙を僅かでも吸わないように身構えた。
「なんだ……!? もしかして有毒ガスとかか!?」
「プッシーキャッツの管理してる山でそんなこと考えられない……ウォールハックで見る!!」
頭にガンガンと警告音が鳴っている様だ。
これが有毒ガスでずっと漂っていたのであれば、前に出ていったA組のやつらも、驚かしてるB組のやつらもヤバい。
月明かりのみの森の中だが、俺がウォールハックを使えば光は関係ない。
色を落として周囲を見渡した。
くそ、木々の中だから人の姿が見にくいな!
「……っ、マジかよ!? ヴィランだ!! しかも複数人!!」
「なっ……!?」
そして周囲を見渡した結果、A組の生徒でもB組の生徒でもない、見知らぬ存在が何人もこの森にいることが分かった。
流石に全域は見れなかったが、少なくともこの近くの森の中に一人。見た目にはこいつがガスを放ってる個性か。
そして中間地点では……既にラグドールの姿がない。迎撃に出ているのか、それとも……。
中間地点を超えた先では、常闇と障子が既に会敵。その後ろを歩いている轟と爆豪もまもなくと言ったところ。
振り返ってスタート地点のほうを見れば、俺たちの後を追って出発した麗日ちゃんと梅雨ちゃんの傍に見知らぬ外見の、身長体格的に女が一人。
スタート地点にも二人。
「ありえねぇ、なんでそんなにいるんだよ!?」
「黒霧が来たとしか考えられねぇ……!! ヴィラン連合か!?」
「くっ、そ! どうする幾野!?」
「決まってんだろ!!」
今この場において一番状況を把握できているのは恐らく俺だけ。
スタート地点にいるマンダレイ達も二人のヴィランしかまだ見ていない。さらに敵がいることを知らない。
すでに襲撃を許してしまった状況だ。全員が狙われて、全員が危機に陥っている。
ならば俺がすることは一つ。
「
「お、おう!! お前はどうすんだよ!?」
「……っ、さっき前見た時、耳郎ちゃんと葉隠ちゃんが倒れてた……!! 二人がガスを吸い過ぎる前に救助する!!」
「マジか!? くっそ、なんでこんな急に……!!」
「一刻の猶予もねぇ!! 急げ!!」
「ああっ!!」
俺はまず瀬呂に指示を出す。瀬呂も頷いて個性による高速移動ですぐに来た道を戻って行ってくれた。
俺は個性で全く問題ないが、瀬呂がこれ以上進めば有毒ガスにやられる。一度下がって八百万ちゃんと合流してもらい、彼女にガスマスクを作ってもらうのがまず一番。
爆豪と轟はガスの範囲にいなかったようでまだ歩けている。あの二人なら戦力的には不安はない。
その前の障子と常闇だが……特に常闇が夜ならば戦力としては数えられる。障子の索敵もあれば粘れるだろう。
B組の生徒とも合流、指示を出しながらヴィランを退けて撤退救助。それしかない。
全員を瞬時に助けられるような方法が思いつかない。倒れてる人、立ち向かう力のない人から優先して助けて……
「……って、そうだ洸汰くん……!!」
その思考に至って、俺は今更にして洸汰くんの存在を思い出す。
あの子だけは完全に今別行動だ。秘密基地にいるはずで、でもここからは遠すぎる。俺は向かえない。
あの場所は俺と緑谷と洸汰くんだけしか知らない。もしあそこをヴィランが狙ったら。
前に向けて走りながらもウォールハックで秘密基地の方を見る。遠すぎて木々の主線が邪魔だ、くそ。
『無視』しろ。木々は今見る必要がない。見たいものだけ見ろ。
それを意識し始めて、ジワリとウォールハックの視野が鮮明になる。秘密基地の方が見える。
そして、そこにはやはり洸汰くんと、それに襲い掛からんとするヴィランがいて。
しかし、同時に崖を上って駆け付ける緑谷の姿も見えた。
あいつ。この状況になった瞬間に洸汰くんを助けに行ったのか。
「任せるぜ緑谷……!!」
結局俺はそこまでしかできない。緑谷を、後は信じるしかない。
敵はヴィラン連合だ。どれほどの強さか分からない、初めて見るヴィランだが、緑谷が何とかしてくれることを祈るしかない。
緑谷なら……やってくれる、はず。
くそ。『無視』なんていうチート個性を持っておきながら結局大したことができてない!
守りたいのに、守れない。
「……っ! 葉隠ちゃん!! 耳郎ちゃんっ!?」
「……ぅ……」
「………ゴホッ、……」
俺は倒れていた二人に合流した。
まだ息はある……意識も完全に落ちてはいない。ただ、喋ったり動いたりはできそうにない。
煙を吸い過ぎたんだ。これ以上煙を吸わせるわけにはいかない。
「くっそ……!」
運ぶしかない。個性で俺は煙を無視できるが、他人に煙を『無視させる』ことはできないんだ。
葉隠ちゃんを背負い、耳郎ちゃんをお姫様抱っこの形で抱き上げて、俺は来た道を走って引き返す。
「状況が悪くなる一方じゃねぇか……!!」
走りながらも周りを見渡せば、まず周囲にいるB組たちが何人か合流して森を脱出しようとしているのが見えた。
八百万ちゃんが瀬呂や周囲にいたB組と合流してくれたらしい。こっちに向かって飛んできてる瀬呂の姿も見える。
まずはこっちと合流か。人数が多い、全員で施設に向かうようにすればヴィランもそう手出しはできないはず。
しかし、合流できずに倒れちまってるB組の生徒も何人か見つけた。それも助けなければ……誰をどの順番で助ける? 考えろ。
スタート地点にいた峰田たちは既に施設に退避を始めている。施設にもヴィランがいるようだが、あれならきっと相澤先生とブラド先生が対処してくれるはず。既に一体倒した。
ならばあとは孤立してる数人を救助しつつ、ラグドールを探して……いや、ラグドールの姿がどこにも見当たらないのは、もしかすると黒霧の個性で攫われてる可能性がある。
洸汰くんは……いや、緑谷が今ヴィランを倒したか。よくやった。これで洸汰くんは大丈夫か。
梅雨ちゃんと麗日ちゃんは近接戦闘なら覚えがある。何とかしのいでくれ。障子と常闇は……轟たちは……くそっ!! やることが多すぎる!!
「悩め、考えろ……動くのを止めるな……!!」
出来ることをやれ、今できることを。
助けられる命を救え!
「幾野ォ!! 待たせた!!」
「瀬呂!! 二人にすぐガスマスク!! んでこっちだ!! B組が集まってる!!」
俺の元にガスマスクを大量に持って戻ってきてくれた瀬呂と合流する。
急いで耳郎ちゃんと葉隠ちゃんに装着して、それぞれで一人ずつ背負って一旦道を抜けて森の中へ。
そこにはB組の拳藤ちゃん、小大ちゃん、鉄哲に、倒れちまったらしい茨ちゃんや骨抜がいる。
いったん俺たちはそこに合流した。
「拳藤ちゃん! みんな!!」
「幾野!? 瀬呂も……!」
「いったん引くぞ!! みんなを運ぶ! 安全なルートはこっち……」
俺はここにいる全員で一度撤退をするべきと判断し、ヴィランのいないルートを指さしたところで。
『A組B組総員!! プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!!!』
『ヴィランの狙いの一つが判明───!! 生徒の「
「……んだと……?」
爆豪と俺が狙われてるってのか。
なぜだ。体育祭の一位二位だから? 個性? 他に理由が?
……いや、今は理由なんて知るか!!
「聞いたか拳藤! 幾野! ブン殴り許可が出た!」
「ああ……! 俺が行く!! みんなは倒れてる生徒を救助しつつ施設に戻ってくれ!」
俺は瀬呂とB組の皆に叫ぶ。
俺が狙いだってんならむしろみんなと一緒に退避したら迷惑がかかる可能性がある。
ならばみんなの避難誘導だけに留めて、ヴィランをこっちから仕留めていけばいい。まずこのガスを出している奴から────
「いや、俺も行く!!」
「っ鉄哲!?」
「おまっ、バカ何言ってんだよ!?」
鉄哲の言葉に、拳藤ちゃんと瀬呂がそれぞれ反論した。俺は走り出そうとした足を一度だけ止める。
「これまでに感じてたA組との差を埋めるんだ!! 俺達B組になかったもの……ピンチだ!! このピンチをお前らA組みたいにチャンスに変える!! 俺がヴィランを見つけ出して必ずブッ叩く!!」
こいつ。この単細胞バカが。
お前今、自分がなんて言ったのかわかってんのか。
俺は思わず鉄哲の顔面をぶん殴ろうとして─────その前に、瀬呂がぶん殴っていた。
「ガハッ!?」
「ド級のバカかお前は!? 俺達A組がなんで今無事でいられるか分かってねぇだろ!? みんながみんな、必死に戦ってきたからなんだぞ!?」
「なっ……瀬呂……?」
「チャンスも何もねぇんだよ! 助けるんだ!! 俺らはヒーローなんだからよ!! お前のいうチャンスってのは、倒れてるみんなをほっといて勝てるかもわからねぇヴィランに挑むことなのか!? それがお前の目指すヒーローなのかよ鉄哲ッ!?」
「っ……!」
瀬呂の叫びは、俺がまさしく言いたかったこと。
「助けるんだよ!! ここには幾野がいる!! コイツの個性は守りには向いてねぇ……だから俺達が代わりに守るんだ!! 攻めは幾野に任せて俺たちは俺達に出来ることをやるしかねぇだろが!!」
「瀬呂……」
「……瀬呂の言う通りだ。お前らがいてくれるから俺は本気で敵をブッ倒しに行ける。ガス出してるやつの位置は分かってるから、速攻で叩けばこのガスを止められる……拳藤ちゃん、瀬呂、鉄哲、小大ちゃん。救助は頼む!」
「ああっ……すまねぇ、クソっ、ガスが頭に回ってバカなこと言った! 救助は俺らに任せろ!!」
「頼んだよ幾野!! アタシらはみんなを必ず逃がす!!」
「ん!」
この場はもう瀬呂と拳藤ちゃんたちに任せて大丈夫だろう。これで鉄哲が俺を追って来たらマジで個性無視してぶん殴るからなお前。
俺は拳藤ちゃん達にヴィランの位置、倒れてる生徒の位置、脱出経路を今わかる限りで伝え、ガスが晴れたら救出に回ってもらうように依頼する。
凡そ伝えたところでみんなと別れ、ずぶりと地中に潜り、攻めに回った。
(ガスを出してるヴィランを速攻で潰す。したら近くにいる八百万ちゃんと泡瀬と合流……ラグドールを探せれば探して、麗日ちゃんたちが撤退できてなければそちらへ。撤退できてりゃ爆豪ちゃんのほうへ……時間の勝負だな)
施設の方は相澤先生が張り切っている。スタート地点のヴィランは虎さんとマンダレイが対処してる。
常闇と爆豪ちゃん達のほうは……なんか常闇の黒影がすんげぇ事になってる。あれ暴走してるか……いや、常闇ならきっと大丈夫だ。今はそう信じるしかない。
俺に出来る限りの事を考えて、まずはガスを生み出しているヴィランの元へ、地中を走って向かっていった。
音すら立てない。俺の個性の一番の利点は確実な奇襲ができること。
仮に相手がガスの中を動くものを探知できてたとしても一切関係ない。元々ガスを潜り抜けていたのだから、俺の動きを探知できているはずもない。
少し走った先、燃えあがった炎とその周りに漂うガスの中心に、学ランを着ているチビのヴィランを見つけた。
当然こっちに気づいていない。本人もガスマスクを装着している様だがもう知るか。くたばれ。
「───クソガキが」
「っ、なッッ!?!?」
地中から脚を掴んで自分の体を引っ張り上げて、ガス野郎の真正面に俺が来た。
躊躇うはずもない。頸動脈を直接手で圧迫する。
「ガッ……!? そん、なっ…………──────」
3秒。
きっちり意識を落とした。
以前I・アイランドのリーダーにもやったように念入りに意識を失わせて、装備と学ランをはぎ取る。
その上で学ランを使って簡単に腕だけ縛っておいた。これで万が一目が覚めてもすぐには動けないだろう。
「……まず一匹」
意識を失わせたことでガスも晴れた。これで少なくともガス被害はなくなった。倒れてる生徒もこれ以上ガスを吸わなくて済むだろう。
だが休む暇はない。次は八百万ちゃんと泡瀬のほうだ。
来た道を戻るために地中にまた潜り込んで走りながら見れば、二人がB組の救助を進めており───しかしそこで、化物が二人に迫っていることに気付いた。
どこにいやがった。肝試しのルートのさらに外に待機させてたのか!?
クソッ、見逃した!!
「やべぇ……やべぇッ!!」
間違いなく泡瀬と八百万ちゃんの方に向かっている、腕が何本も生えた脳無。
その腕の先にはチェーンソーがいくつも生えており、まるで暴力の化身のようだ。
あの怪物が二人に襲い掛かったらマジでヤバい!!
「くっ、そ、足が速ぇ……やらせるかよ!!」
全力疾走で地中を走る。
あの二人の個性は近接戦闘に向いていない。やられたら一瞬だ。まずい、クソ、もう接敵しちまう。
間に合え……間に合え!!
「ネホヒャンッ!!」
二人は気付いてない。このままじゃ不意打ちでぶった切られちまう。
くそ、間に合わねぇ……いや、出来ることをしろ!!
できないなんて思いこむな!! そんなの『無視』しろ!! あの二人を助けるんだろ幾野潜!!
「……泡瀬!! 八百万ちゃん!!」
叫べ。
間に合わないならばせめて気付いてもらうために、叫べ。
─────距離は『
『後ろだッ!! 化物が迫ってる、逃げろッッ!!!!』
「え、幾野……!?」
「イクノさん!? 後ろ……なっ、いつの間に!?」
俺の声は、届いたらしい。
声が届かない距離を『無視』した。意識して個性『無視』を使う。
そして、同時にずんっと頭が重くなったような感覚。
慣れない個性の使い方をしたからだ。個性許容量が削られた。
使われてなかった回路を無理矢理使ったせいで、回路が痛んでいるような。
でも今はそれで足を止めてはいられない。
俺の声で二人が脳無から逃げる方向に走り出した。
八百万ちゃんが強固なワイヤーを木々に絡めながら走ってくれている。それをチェーンソーで周囲の木々ごとぶち破って進む脳無だが、歩みは僅かに遅くなった。
これなら間に合う。よし!
「ネホヒャンッ!! ネホヒャッ」
「止まれや化物ォォォ!!!」
俺は脳無の前に飛び出て、その体に両腕を潜り込ませて、脚は地面に埋め込んだままにした。
テリーマンが新幹線を止めるような姿勢で、二人への突撃を食い止める。
こいつが脳無である以上締め技は効かないだろう。力でも敵わない……足止めした上で、個性の解除で両足を千切るしかない。
「幾野っ!?」
「イクノさん!? 無事でしたか!?」
「いいから逃げろ!! 俺でもこいつは止められるか─────っ、ん!?」
二人が俺の登場に一瞬脚を止めてしまい、俺は慌てて再び逃げるように指示を出す……と、そこで。
急に脳無の動きが止まった。
なんだ。俺はまだ何もしていない。コイツら……脳無は誰かの指示によって動くことはUSJの時で経験済みだ。
となると、こいつの被ってる変な形のマスクで撤退の指示が出た、という事か?
だが、ここから撤退してくれるとなれば俺もいつまでも潜っている理由はない。
油断はできないが、二人が無事に退避できるまで注意しつづけて。
二人が退避できたら、次の行動を─────
「撤退……ということは役目を果たしたということ……!? じゃあまさか、爆豪さんが!」
「っ!? そうか、まさか!?」
八百万ちゃんの言葉に、俺は慌てて爆豪たちがいる方をウォールハックで見る。
そこには合流したのだろう、片手がぼろぼろになっている緑谷に麗日ちゃんと梅雨ちゃん、怪我をしている障子と轟がいて、ヴィランがいて……そばには青山も隠れてて。青山の近くにさらに他にもヴィランがいて。
しかし、どこを見ても常闇と爆豪がいない。
攫われた、のか? 黒霧か?
いや……様子を見る限り、どうもそうではない。まだみんなの目に絶望が浮かんでない。
ヴィランの一人に緑谷がなんか叫んでて、その手には、小さな球?
……小大ちゃんの個性と同じタイプか? あの玉に常闇と爆豪が入ってる?
だが、どちらにしろ攫われてるのは間違いねぇ。それで撤退し始めたって事か!?
「爆豪が攫われてる!! 悪い、二人は倒れてる奴らを連れて逃げてくれ!! 俺は爆豪を助けに行くっ!!」
「あっ、オイ幾野!? 俺達も────」
「泡瀬さん! 私たちは間に合いません! でも出来ることはある……個性でこれを先ほどの脳無に─────」
木々を無視して走り抜ける俺の背後で八百万ちゃん達が何か話していたが、最後まで耳にはできなかった。
とにかく急げ。まだ俺は動ける!
俺の個性なら、敵から奪い返すことができるはずだ。体育祭のハチマキのように!
遠い……遠いが、それでも走れ!! 間に合わなくても走れ!!
『緑谷っ!!』
『えっ、幾野くん!? どこにいるの!?』
俺は状況確認の為に、遠くにいる緑谷に叫んだ。
お互いの会話の距離を『無視』する。こっちから伝えることが出来たなら、向こうからの声だって距離を無視できるはずだ。
やれるかなんてわからないが、やれると思ったからやった。
やらなきゃいけないんだからやるんだよ!
『いいから状況!! 爆豪と常闇は!?』
『っ、敵の個性で玉にされて奪われた!! シルクハットとコートのヴィラン!! 今取り返すために僕と障子くんと轟くんで追ってる!!』
『分かった!! 俺も向かってるけど間に合わねぇかもしれねぇ!! 頼む!!』
『うん!!!』
会話するたびに頭がガンガンと警告という名の痛みを伝えてくる。
やはり『無視』するのは今の俺にとっては余りにも個性の許容量を削る行為のようだ。
でもまだ走れる。峰田と共にずっと体力を、個性を鍛えてきたのだ。まだ、やれる。
ウォールハックで緑谷たちが麗日ちゃんの個性で飛翔したのだろう、その先を見ればヴィランが集まっていた。危険だ。
くそ、この距離は……間に合わない。どう見ても1分はかかっちまう。
その1分で3人がやられるかもしれない。くそ、堪えてくれ!!
「……っ、ここで来んのかよ黒霧ィ!!」
そして次の瞬間、黒モヤが空間に生まれるのを見た。
進化したウォールハックは、前は見えなかった黒霧の個性のワープゲートまで見えるようになって。
そしてどうやら……緑谷たちは失敗しちまったようだ。
障子が何か盗み出したように見えたが、それが罠だったのだろう。
舌を出してるシルクハットのヴィラン……あの野郎……!!
しかし、その瞬間。
光の帯がシルクハットの口元を襲撃した。
あれは……青山か!!
まだ希望はある!!
「くっ、爆豪!! 常闇ッ!!!」
俺はまだ遠すぎる。走っても間に合わない。
シルクハットの口元から落ちた球を、緑谷たち3人が必死につかもうと手を伸ばしている。
チャンスは一瞬だ。
ただ一瞬。
この一瞬。
俺が、出来るなら───────!!!
「飛べぇぇぇッッ!!!」
俺と、あの玉との距離を、『無視』する。
声だけ、なんていうものではない。
俺の体の距離を無視するんだ。
ワープする。
やれるかどうかじゃない、やるんだ!!
「なっ!?」
今の叫びは、ヴィランの誰からだったか。
俺は障子と轟が掴み損ねた球の、すぐ目の前に現れた。
そして、手を伸ばす。
右からヴィランの手が伸びているが、俺の方が近い。
もう一つの玉は障子が掴んでいる。
俺が、これを掴めば────────
「───が、げェっ……ッ!?」
凄まじい眩暈と共に、血反吐を吐いた。
個性の反動だ。
自分の体を飛ばしたことで余りにも個性許容量を削っちまった。
急激なストレスが一気に体にかかり、胃に穴が開いて血反吐を吐いたんだ。動きが止まっちまった。
個性を維持する、それ以外の事に一切の力を入れられなくなり、膝から崩れ落ちる。
玉に伸ばして、握ったはずの手は…………何も、掴めてなくて。
「哀しいなぁ、轟焦凍。そしてお前も……成程、アレの言う通りだ。哀れだな、幾野潜」
言葉に言い返すことも出来ない。何もできない。
呼吸と、個性を解除しないようにすることしかできない。
視界が暗い。意識が落ちる。
体が倒れる。
「────かっちゃんっ!!」
「────来んな、デク」
最後に、緑谷の叫びが聞こえたような気がして。
俺の意識は、そこで落ちた。
俺たちは、負けた。
※描写しきれてない原作相違点
緑谷が強くなってたのでマスキュラー戦で犠牲にしたのは右腕一本で済み、撃破も早くなりました。その分伝令が早くなってます。
幾野がガス個性のマスタードを速攻で撃破したのでガスが晴れたのが早くなりました。その分、最初に助けた耳郎ちゃん葉隠ちゃんを含めて、意識不明の重体になった生徒が減りました。
八百万ちゃんが頭を強くぶつけてないので意識不明にはなってないです。
血反吐吐いたセンちゃんを見てトガちゃんが目をキラキラさせてました。
施設では峰田と飯田が頑張ってヴィランに対処してました。