機動戦士ガンダムUC バタフライ・エフェクト   作:しゃくなげ

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Encounter

 窓の外では、景色が尾を引くように流れていく。

 メガラニカへの道に、ひとの気配は感じられない。目に見える範囲でしかないけれど、街並みはまるでがらんどうだ。

「戻って、万一の事態に備えておけ」

 ジンネマンは、マリーダとの通信を切り上げるとアクセルを踏み込む。うなり声めいたエンジンノイズが、いよいよ悲鳴のように高くなっていく。

「失敗したのかい」

「ああ」

「僕は時間がかかる、出撃するなら」

「必要ない、マリーダだけでいい」

 エンジンのうなり声に、ギアの切り替わる音が入り込む。運転に慣れている、あざやかな手つきだ。

 一年戦争のころに身につけた技術だろうか。思えば僕は、彼のことを多くは知らない。

 昔から戦場にいる腕利きで、僕のような厄介者を受け入れる度量があって、つまりは、大人のひと。

 きっと、僕のような子どもが見習うべきだったもの、なのだろう。ジンネマンを慕うクルーたちの姿からも、それはわかる。

 そのくらいしか、僕は、彼のことを知らない。

「ときどき、さ」

「うん?」

 騒音でしかないはずなのに、回転数の上がっていく音は、なぜだかふしぎと心地がいい。

 力強い機械音が、よけいな音をかき消すからか。流れていく無人の街並みが、僕の心を置き去りにするからか。

 それとも、あるいは。

「どうして生きているのか、わからなくなる」

 なにも知らない相手だから、知ってみたいと思ったのか。僕のことを知ってほしいと、感じたのか。

 頭の中はぐるぐると、不要なところを回り続けている。

「あの子のためにって考えてるはずなのに、こういうのが、裏目に出るっていうのかな。昔を思い出して、なんだか、いやな気分になる」

 ジンネマンは、まっすぐに前を見ている。ときおりステアリングを操作しながら、僕の話に耳をかたむけているのが、なんとなくわかる。

 だから、言葉を探していく。なにを伝えようとしているのか、自分でもそれを知りたくて。

「僕は、エースだった。キャプテンも覚えてるだろ、ガンダムだって手足のように動かしてさ。誰にも追いつかせずに、宇宙(そら)を自由に翔んでいたんだ。強かった、すごく、とても、誰よりも」

 言葉を吐き出すほどに感じる、胸の奥が締めつけられるような痛み。

 そこには、なにもないのに。

 脳に血液を循環させる心臓だって、人工物だっていうのに。

 それでも僕の脳は、幻肢痛のように、胸の痛みを感じ取っている。

「なのに、なにもならない。僕の強さは、なにもならないんだ。マリーダよりもずっとうまい、自負だってある。けれど、接続の準備が多くてさ、即応性がないから戦力の要にもなれない。ああ、そうか、そういうことか」

 ばらばらだった思考が、組み合わさっていく感覚。

 この感情がなにから生まれて、どこにいこうとしているのか。それが少しだけ理解できて、不愉快になった。

 くやしいのか。

 僕は、くやしいのか。

 あの子のためにもなれず、部隊の切り札にもなれず。

 自分の存在意義を見失って、それが、くやしくてたまらないのか。

 わかってしまえば情けなくて、それきり、言葉は出てこない。自分は歳ばかりとっていて、こどものままでしかないのだと思い知らされた気がする。

 いやな気分だ、ひどく、とても。

 他人を知りたいのではなく、他人に知ってほしいだなんて。弱い部分を見せようとしているだなんて、いよいよ、僕は壊れてしまっているのだろうか。

 なにか、それこそ、言葉をかけてほしいだなんて思っていたとでもいうのか。自分の感情が処理できなくて、もどかしい。

「情けないな、取り乱した。接続酔いのせいだ、こどもみたいな思考になる」

「俺は、構わんがね。おまえも、あの子も、マリーダも。大人にとっちゃ、みんなこどもさ」

「そういうものかな、わからない」

「少なくとも、おまえの気持ちが聞けたのは悪い気分じゃない。……なあ、おまえ。機械になろうとするのはよせ。人間にはな、無理な話だ」

「無理なんか、していないよ」

 そうかとだけ言って、キャプテンはそれきりだ。

 かけられた言葉は、思っていたよりも優しくて、手を伸ばしてしまいそうになる。だから、心を閉じこめるのに苦労した。

 彼を信じられるかどうかと、弱さをみせるかどうかは別だ。僕に求められている役割は、そういうものではない。

 誰よりも強く、誰よりもうまく。戦局を単独で左右して、組織に不可欠な兵器になる。

 そういうものになれたなら、きっと、自由が手に入る。目指すべきは、それだけだ。

 となりに目をやるよりも、身体が減速を感じる方が早い。気づけば、目的の邸宅が向こう側に見えている。

 切り替えよう。仕事だ、役割だ。

 頭の中にこびりついている不愉快な感情に、目を背けてふたをする。車が停止すると、シートベルトを手早く外す。

「歯車のひとつになってしまえば、モビルスーツのパーツになってしまえば、さ。そういうこと、考えないですむのにね」

 とびらを開く、その瞬間。

 またひとつ、自分の気持ちを聞いた気がした。

 

 先だって潜入していた連中と合流したあとは、観光客のように連れ立って歩く。

 メガラニカは静かなもので、警備兵の姿もありはしない。おかげで、怪我人は出ずに済みそうだ。

 建築様式はわからないけれど、高級感のある居住区は、なぜだか昔を思い出す。

 記憶の中の光景は、月のマンションでも、最下層でもない。近いのは、そう、グレミーのエンドラだ。

 とはいえ、こっちはずっと、機能的な印象がある。エンドラの中、それこそ艦長室なんかはひどく豪華に飾り立てられていた。

 不要な装飾、アンティークの調度品、機能的ではない絵画。見栄っ張りだったんだろうなと、会えなくなったやつのことを今さらになって理解する。

 あいつと一緒にいた最初のころは、きっと、とても楽しかったように思う。

「まるでお上りさんだぜ、シャキッとしな」

 ささやくような声で、仲間のひとりにからかわれた。周囲の状況を確認していたのに、あちこち見すぎだと笑われる。

 フラストめ、いつもよりか得意げな顔をしてる。

 まるで、僕が気後れしてるかのような態度だ。こっちだって、アフタヌーンティーくらいなら作法も知ってるというのに。

「緊張してるわけじゃあない、別に」

「こどもの遠足じゃないんだ、黙って前を見て歩け」

 軽く噛みついたところで、ジンネマンにたしなめられる。

 気づけば、目指していた応接室はもう目と鼻の先だった。

「さあて、鬼が出るか蛇が出るか」

 フラストめ、得意げにして。

「叱られたのは、おまえも同じだろ」

 室内へと踏み入りながらの言葉は、届いたのかどうかもわからない。それを確かめるよりも、待ち構えていた男を観察する方が重要だった。

 執務机の向こう側にいるのが、カーディアス・ビスト。となりに控えているのは、ボディガードだろう。

「ご当主自らお出迎えとは、恐縮です」

「財団の命運を託そうというのです、人任せにはできません。どうぞ」

 ていねいな、大人同士のやりとり。

 少なくとも、今から殺してやろうという空気ではない。理知的というのが正しいのかはわからないけれど、そういうものを感じる。

 ジンネマンは勧められたままにソファへ腰を下ろし、僕たちはその後方で待機する。カーディアスが男を従えているように、僕らもまた、ジンネマンの護衛というわけだ。

 こういう取引の話は、退屈で困る。

 ガランシェールに引き渡されるものは『箱』そのものではなく、鍵だけらしい。なるほど、もう最初の話からずれが生じている。

 ジンネマンは、説明を求める。カーディアスがはぐらかすような答えを口にして、ニュータイプ論へと話題が移り変わっていった。

 会話の内容に、集中できていない自分に気づく。

 いやな感じだ。うなじがぢりぢりするような、あの感じがある。

 目の前のカーディアスからも、控えている男からも、敵意は感じない。

 けれど、本当にそうだろうか。

 僕のそういう感覚は、とてもにぶい。ユイのような、ましてやニュータイプのような、研ぎ澄まされたものはない。

 見誤っているのではないか、誤解しているのではないか。自分以外の身の安全を考えると、胸のあたりが浮つく。

 ふたりの会話に割って入ってもいいものか、わからない。前々から感じていたけれど、判断するための力が低下している。

 だから、というのも妙な話ではある、けれど。

 メガラニカを震わせた突然の衝撃は、自分の警戒が正しかったと感じられて、不謹慎にも僕はどこかほっとしていた。

「ロンド・ベルです。すでにコロニー内で戦端が開かれているとのことです」

「我々はハメられた、ということですかな?」

 ジンネマンの判断は、力強いし、なにより早い。

 彼と同時に拳銃を突きつけることのできた人間は、応接室には誰もいなかった。一秒かそこら遅れて側近の男が動こうとするのを、カーディアスは片手で制止する。

「あなたがたが追跡されたのではないかと言いたいが……水掛け論だな」

 カーディアスの言葉で、少しだけ理解する。

 どちらがロンド・ベルを呼び込んだのかは、この場の誰にもわからない。だから、ジンネマンもカーディアスも、疑心暗鬼になっているのか。それこそ、最初から誰も呼び込んでいないかもしれないというのに。

 こどもではないのだから、心を開いてわかりあって、なんて言葉が幻想なのはわかっている。

 ただ、わかっているけれど、ひどくむなしい。

 お互いに敵意がなくとも、大事なものがあるせいで、大義とかいうものがあるせいで、目の前の相手を疑ってしまう。

 それが切ないことのように思えて、仕方がない。

「人が人を信じるのは本当にむずかしい。残念です、ご当主」

「同感だ、キャプテン」

 ふたりの言葉を合図に、交渉は決裂する。

 居心地の悪い空間から抜け出すまで、僕の胸には、ひどく重たい気持ちがまとわりついていた。

 

 エレベーターの中にいても、強い衝撃を断続的に感じる。

 コロニーの中でしかけているのか。民間人だっているだろうに。

 機械の箱は乗員である僕の感情など関係なしに、プログラムされた通りに上昇を続けている。

「傷の具合は?」

 待ち時間の問いかけに、今さらながら自分の身体を確認した。自分のためではない。心配してくれている、彼らのためだ。

 無傷だということは、自分が一番、わかっていた。

「問題なさそうだ、シャツは新しいやつがほしい」

「着替えは帰ってからだな、助かったぜ」

「あのくらいなら、痛くもないからね」

 実際、道中の襲撃で受けた弾丸は、着ていた服こそぼろ布に変えたけれど、胸部のプレートに阻まれて止まっている。皮膚も破られてはいない、損傷と呼べるほどのことはない。

 ジンネマンは怒るけれど、こういう身体なのだから、弾除けになれるのが一番いい。

 怪我人が出ないというのは、たぶん、それだけでとても価値があることだ。少なくとも、僕はそう思う。

「正直、予想よりも手が早い」

「部隊単位でこんな隠密行動もやれるんだな、練度が高い」

 それが、僕の抱いた率直な感想だ。

 少なくとも、僕が戦場にいたころの連邦軍にはここまでやれる連中はいなかった。戦闘技術は昔とくらべて、ずっと進歩している。

「ロンド・ベルってのは、優秀なんだな」

「アムロ・レイがリーダーだったからな、精鋭ばかりさ。キャプテン!」

 ガランシェールに戻るためのルートを確認していたフラストは、早足のままでジンネマンを呼ぶ。

「ミノフスキー粒子、言うまでもないが戦闘濃度だ。通信は絶望的だと思ってくださいよ」

「手慣れてるが、俺たちが戻れば振り切れる。うちの手札は、ロンド・ベルでも墜とせるって顔だ」

「ずいぶんと期待してるじゃないですか、キャプテン」

 会話の最中も、座り込むようなやつはいない。空いた時間には弾倉を確かめ、あるいは呼吸を整えて、状況を整理し続けている。

 そんな中で向けられた言葉にうれしくなるのだから、僕の脳はいい気なものだ。

「やれるだろう?」

 ジンネマンもフラストも、いい気なものだ。

 どう答えるかなんてわかっているくせに、おだててさ。

 アムロ・レイの所属していた特殊部隊、見るだけでわかる練度の高いエースパイロットたち。

 そういうものを前にして、怖気づくような軟弱者ではない。むしろ逆に、ひとり残さず墜としてやろうという気になるのが僕だ。

 自分の性分くらい、くやしいけれど、自分が一番わかっている。戦場や戦争を好まなくなっても、この気質だけは、ふしぎとずっと変わらないらしい。

「やれるさ、当たり前だ」

 話題を振ってきたふたりは、笑う。口元をゆるめて、どこか得意げに。

 僕が戦場に出ることを、ユイはいやがるだろう。僕だっていやなはずだけれど、こんな瞬間は、その気持ちが揺らぐ。

 頼りにされて、喜ぶだなんて。まるでばかみたいだ、こどもみたいだと思っていたっていうのに。喜んではいけないことだと、頭ではわかっているのに。

 仲間というものを得ているのだと、思い知らされているみたいだ。軍人というのは、こんな気持ちで戦うものなのだろうか。

 ふと、エレベーターが減速を始める。小さな電子音のチャイムと同時に、とびらが開く。わずかな隙間から人影を見つけて、無言で拳銃を突きつけた。

「あ、っ!」

 黒い髪と、端正な顔立ち。見覚えのある顔ではなかった。

 少なくとも、軍人には見えない。大人と呼ぶには背丈もずっと小さくて、ハイスクールの生徒だろう。実際、着用しているのはアナハイム工専のジャケットのようだった。

 僕の周りにいる男たちが軍人ばかりのせいで、身体はやせっぽちにみえる。こちらの持っている武器におびえているのか、顔色は真っ白だ。

「こどもはいい」

 ジンネマンに制止される。行き場を失った銃口は、床へ。それ以上は、民間人に構ってはいられない。

 向こうは道を譲るように退いて、廊下の壁に背中を預けている。一方のジンネマンはエレベータの操作パネルに弾丸をしこたま撃ち込んで、次の瞬間には前へと進み始めていた。

 あれじゃあ、もう動かせそうにないな。

「マリーダと連絡はつかんのか」

「まだ無理だね、急ごう。連絡がつかなきゃ、モビルスーツだって起こせない」

 思考を切り替えて、出遅れた大人たちを急かす。

 帰ろう。僕にとっても、ユイにとっても、あの船は家ではないけれど。だからといってガランシェールが墜とされるのも、誰かが死ぬのもいい気はしない。

 ジンネマンを追いかけるフラストも、そうだなとだけ答える。ほかの仲間たちもふたりを追いかけて、あとはただ、帰路をゆくだけだ。

「なあ、おまえさ」

 そうして行きすがら、僕はひとり、さっきのやつに声をかける。

 理由は、なんてことのない小さなものだ。おびえた顔が少しだけ、弱虫な昔の友達を思い出させた。ただの、それだけ。

 向けられる視線は警戒心が色濃くて、僕を非難しているようだった。

 去り行く僕たちを見て、困惑しているように思える。うしろから撃ってくるようなやつには、思えない。

「おどろかせて、悪かった。早く避難しろよ、危ないから」

 警戒するほどの相手ではないせいか、それとも感傷のせいなのか。

 なんだか、とても、らしくない言葉をかけてしまった。

 どうせもう、会うことなんてないというのに。

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