機動戦士ガンダムUC バタフライ・エフェクト   作:しゃくなげ

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The Unicorn

 戦場を駆ける。

 ガランシェールを目指して、ただひたすらに。

 コロニーの中で戦うモビルスーツたちの姿は、なぜか、ふわふわと現実感がない。

 いっそ僕自身からも現実感がうすれてしまって、夢の中にいるようだ。

 ああ、脳がまた、誤作動を起こしている。

 今の身体とつながっているはずなのに、走る自分を見下ろして、視点がどんどん高くなる。モビルスーツとつながったときの、あの感覚だ。

 視界に映るなにもかもが、コンピューターグラフィックのように見え始める。コックピットの中にいる、あの感覚。

 よろめきそうになる足を止めて、まぶたを落とす。視覚を遮断しているはずなのに、鮮明な映像は中々止まってくれなかった。

「どうした、具合が悪いか?」

 フラストの声だ。自分をつなぎ止めるために、聴覚に意識を集中する。

 視点はまだ、戻らない。ただ、音の高さはいつもの高さ。

「いや、問題ない。めまいがしただけさ、軽く」

「意地っ張りだな、だったら走れ。時間も敵も、待っちゃくれない」

 ジンネマンの声もする。自分の背丈を思い出して、ひとつ呼吸をおいてから目を開ける。いつの間にか、浮かんでいた視界はいつもの高さに戻っていた。

 わかっていると答えて、僕はまた足を動かす。

 ロンド・ベルのモビルスーツが、クシャトリヤに蹴り飛ばされるのが見えた。ガランシェールまでの退路を確保しているのがマリーダの動きから理解できる。

 モノアイが一度だけ、僕たちを見下ろしたように感じる。行けと言われているようで、言われなくてもと返しそうになる。

「いいぞ、これで抜けられる」

 そんな性分だから、僕はいつだって仲間の声には助けられるんだ。

「助けられるのは、やっぱり性に合わない」

「そういうセリフは、なんでもひとりでやれるようになってからにしな」

 うるさいと、返しかけたときだ。

 ぢりぢりと、うなじのあたりに感じる。それから、周波数が合ったときのように声が聞こえた。

 ──ガンダムだ、ガンダムが来る。

「ガンダム」

「どうした、おい」

「あの子が言ってる、ガンダムが来ると」

 敵を見つけたクシャトリヤが、警戒するように身構える。爆炎の中へと飛び込む姿は、肉食獣のようだ。

 いくらかの静寂を置いて、駆動音が大気を伝う。始まったと、僕らに知らしめているように。

 空気の対流に押し流されて、黒煙はちぎれて消えていく。視線の先には一本角の、見たこともないモビルスーツ。

「ありゃあ新型か、見たことねえな」

「マリーダならやれるさ、あいつはガランシェールじゃ一番だ」

「おい、喋ってる暇があるなら走れ!」

 口々に仲間たちが感想を述べて、ジンネマンが急かす。それがそもそも異質なのだと気づいたのは、何人だろう。

 新型だからといって、普通ならこの状況でモビルスーツに目を奪われることなんてない。ハイスクールのこどもならまだしも、作戦行動中の軍人が、だ。

 新兵のようなぎこちない動きで、一本角がクシャトリヤと相対する。どうなるかなんて明白だのに、結末を見ていたいと思わせるなにかが、あいつにはある。

 背を向けて、走る。

 始まる格闘音を背後に聞きながら、振り返りたくなる欲求を堪えて。

 大人たちを追いかけて、ガランシェールに向かって戦場を駆ける。

「ガンダム、か」

 理由は知らないし、わからないけれど。

 なんとなく、そうだという確信が胸の中で渦巻いていた。

 だとしたら、やれるのは自分だけだという自負がある。

 ──ダメだよ、いやだ。

 仕方ない。そうだとしたら、僕でなければ無理さ。

 マリーダを助けてやれるのも、ガンダムと戦えるのも、僕しかいない。

 君を守るためにも、それが一番、確実だ。

 ああ、また。

 頭の中で、会話が勝手に成立していく。

 走っている最中にも、言葉を考えるよりも早く。本心なのかわからないけれど、自信満々に僕は言う。

 ひどいうぬぼれ屋だと、他人事のように感じていた。昔よりもずっと弱く、衰えてしまっているくせに。

 この世の中で、僕が一番うまくモビルスーツを動かせる気でいるかのような言いぶりは、一見すると自信家を通り越しているようにさえ思える。

 ただ、わかってしまう。どうしようもないくらいに、わかってしまうことがある。

 一歩を退いて、他人の目で見ているからわかることがある。ユイもわかっているから、必死に止めようとしているのだろう。

 戦場へ向かおうとする僕と、それを止めようとするユイと。

 男であろうとする僕の言葉は、こどものような虚勢にあふれている。自分が衰えていることを理解した上で、強いままだと振る舞っている。

 ユイを心配させないように、僕の心が発しているのは、道化のようなセリフばかりだ。

 ガランシェールが、近づいて来る。

 誰ひとりとして欠けることなく、無事なままで戻ってこられた。それはとても、よいことのように思う。

 ただ。

 ──男って、勝手だ。女のこと、わかってくれない。

 つながる心に胸が締めつけられて、それきり、言葉は浮かばなくなった。

 

 二機の戦いはメガラニカの隔壁を破り、クシャトリヤと一本角は宇宙空間へと翔び出していく。

 青白い炎が尾を引いて、彗星のように駆けめぐる。一方のマニューバは絵に描いたように流麗で、一方はまだまだ動きそのものがぎこちない。

 どちらの軌跡がマリーダか、横目で見ていてもわかるほどだ。

 ガランシェールのブリッジに戻るなり、命じられたのは「待機しろ」のひと言だけ。それが命令なのだから、兵士である以上、僕は命令に従うほかにない。

 一本角とクシャトリヤ、パイロットの差は歴然だった。ガンダムだとしたら、拍子抜けもいいところだろう。

 あとは戦況をモニターで確認するだけの退屈な仕事だと、クルーの誰もがそう思っていたに違いない。

 最初に異変を感じたのは、ユイだ。通信士としての仕事を中断して、モニターの、いいや、隔壁の向こう側をにらみつけている。

「あいつ、違う、おかしい……なにか来る、マリーダ!」

 クシャトリヤが、ファンネルを展開。けれど、コックピットを穿つはずの閃光は、空中でぐにゃりとねじ曲げられて直撃に至らない。

 なんだ、あれは。なにをされている、マリーダは。

 モニター越しに見た一本角が、きらきらと輝いている。光の粒子を散らすように、赤く、赤く。

 きらめきは、展開していく装甲の隙間から。あふれ出す力のように、一本角を別のものへと塗り替えていく。

「一本角のモビルスーツに、変化あり!」

「なんだ、あいつ、角が割れたぞ!」

 観測していたクルーの声が、どよめきのように騒がしくなる。ジンネマンもまた、むずかしい顔でモニターを見据えていた。

 変形と呼ぶにはささいな、変身とでもいうような変化。現れた顔は、まぎれもないガンダムのそれ。

 いいや、造形の話だけじゃない。ゼータに触れたからこそ、わかる、感じる。

 頭の形状だけでガンダムなら、それこそ連邦にはいくらでもガンダムがいる。今さらになって、おどろくようなことじゃない。

 あれは、違う。

 モニター越しに見ただけであっても、ガンダムなのだと理解ができる。感覚的なものでしかないけれど、あれは、まぎれもないガンダムだ。

 大人たちの声が、どこか遠くに聞こえるように感じる。水の中にいるようで、音がくぐもって聞こえない。

 頭の中で、警鐘のように直感がさけんでいる。

「キャプテン!」

「動くな、マリーダを待て!」

 命令は、変わらない。

 兵士ではない指揮官の目で、ジンネマンは状況を見定めている。もどかしいけれど、兵士は従うものだから堪えるしかない。

 ガンダムが、翔ぶ。

 今までのそれとはまるで別人の、弾丸めいた強引な加速。蛮勇めいた直線的な動きだからこそ、マリーダも対応が遅れる。

 ガンダムは、クシャトリヤの後退を許さない。抜刀されたビーム・サーベルが、あざやかな残光で弧を描く。

「おい斬られたぞ!」

「バインダーだけ、機体は問題ない! マリーダ、後退する気だ!」

「格納庫、準備しておけ!」

 メガ粒子砲で距離を置くと同時に、クシャトリヤが力強く青い炎を噴く。ガンダムは追撃をすることもなく、二機の座標は猛烈な勢いで引き離されていく。

 交戦時間にしてみれば、きっと、数分にも満たない短時間。

 緊張の糸が切れると、疲労感が押し寄せてくる。めまいにも似た眠気なのか、眠気のようなめまいなのか。とにかくあいまいな、倦怠感。

 いつものことだから、脳が休みたがっているんだということが自然と理解できた。

「ああ、無事で、なによりだ」

 誰にでもなく、つぶやく。

 思いがけないところであふれ出した本心は、そのままブリッジの喧騒に流されて消えていった。

 

 再起動をしたコンピューターのように、意識の覚醒はいつだって突然だ。

 どこでスイッチが切れたのかも、定かではない。寝入りの瞬間を覚えていないように、僕の記憶はときどき、こんなふうに穴が空く。

 目覚めと同時に、時計を確認する。今回は、ざっくり六時間か。

 どこかで意識を手放して、気づけば船室で寝かされている。今に始まったことでもないし、僕の身体を知っているガランシェールのクルーもすっかりと慣れている。

 とびらの開く動作音と、硬質な足音。

 ほんの一瞬、呼びかけて止める。寝ぼけていても、そのくらいはわかる。

「目が覚めたか。状況を簡潔に伝える。フル・フロンタル大佐が一本角と交戦、我々が同機を確保した」

「諒解、パラオに向かうのかな」

「いいや、もうすぐ到着だ」

 マリーダは、それだけ伝えると黙り込む。

 向けられる視線には、温度を感じない。冷たいとか温かいとか、そういうものがない。ただ観察しているような、静かな目をしている。

 こちらも見返して、言葉を探す。なにかを言おうと考えて、頭の中をひっくり返す。

「ああ、ええと。マリーダ、悪かった」

 出てきた言葉といえば、不恰好そのもので、

「気にしていない、援護がなくとも十分にやれた」

 マリーダもまた、淡々と返してくる。

「負荷が高いのだろう、おまえのそれは。休息を必要とするのは、自然なことだと思う。起動するにしても、二分か? どのみち、間にあわなかったさ」

 失敗したなと、自分の言葉選びを考える。

 それとも、状況を考えるべきだったか。

 どちらにしても僕の言葉は、彼女には少し別の意味として届いたようだった。

「手順を飛ばせば一分半、一分かな。それよりも、ガンダムはどうだった」

「さあ、なんとも。交戦時間も短くて、ああ、ただ……いやな感じだった。私たちのそれじゃなくて、なんだろうな……」

「角が割れたときの、あれか」

「そう。あれは、全身がサイコフレームだった」

 話題はそこから、形を変えていく。

 僕が触れる機会を逃した、新素材。とはいえ、ファンネルを扱えない僕のような旧型にも恩恵があるのかはあいまいだ。

 ずっと戦場にいただけあって、マリーダの話は参考になる。心踊るようなものは、感じられなかったけれど。

 ふと、向けられている視線にほんのわずかな揺らぎを感じる。

 僕を観察するマリーダの目に変わりはないものの、なにか、少しだけさっきと違う。ゆっくりとしたまたたきを見ながら、たわむれのように問いかけてみる。

「どうかしたかい」

「丸くなったな、昔と比べて」

「どうだろう、自分ではわからない」

「そうだろう。おまえは、そういう人間だ」

 会話の切れ目を見つけ出して、マリーダがきびすを返す。

 パラオへの到着を知らせるアナウンスがひびいたのも、そのときだった。

 身体の動きを確かめて、身支度を整える。部屋を出る間際に振り返り、マリーダはまた僕を見る。

「変わったよ、おまえは。……許してほしい、私にも八つ当たりだとわかっている。ただ、おまえにしかぶつけられない。おまえにぶつけるしか、できないんだ」

 切ないのか、苦しいのか、さびしいのか。

「男を変えるのは女だと、いつか聞いたことがある」

 その声に呼び起こされるのはどんな感情なのか、僕には的確に形容する術がない。

「そんなに大切になったのか」

 ただ、ひとつだけわかったことがある。

 確かに、マリーダの言う通りだ。その言葉は、僕にしかぶつけられない。

 あの日、あのとき、あの宇宙(そら)で、プルトゥエルブを見捨てた僕にしかぶつけることのできない言葉だった。

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