機動戦士ガンダムUC バタフライ・エフェクト   作:しゃくなげ

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Escort Time

「話さないとさ、会話ってへたになるよな」

「そうかな……ああ、でも、そうかも。私はさ、それでもいいって思うけどね」

 パラオに着くと、ガランシェールの面々は思い思いに散っていった。家族のもとに急ぐやつもいれば、酒場を目指すやつもいる。

 ジンネマンとマリーダは、ガンダムのパイロットを連れてフル・フロンタルの元へと向かった。

 僕とユイは最後まで取り残される形になって、当てもなく街をふらついている。時間つぶし、暇つぶし。そんな理由で、ただ歩くばかり。

 退屈のような気もするけれど、こうしてふたりで歩いていると、ふしぎと飽きることはない。こどもが寝るような時間になっても、疲れはちっとも感じないままだ。

「うまく、話せない?」

「いや、適切な言葉を選べないだけだよ、心配しなくていい。これでも、調子は悪くないんだ」

 そう、と短いユイの返事。どこか遠くで、酔っ払いのさわがしい声がする。

「ジンロウ、無理するからさ、いつも心配だよ」

「そうだね、さっきも、悪かった」

「ほんと。男ってさ、みんな自分勝手。ありふれたセリフだけど、私もそういうふうに感じる側になっちゃった」

「君が言うと、前に見ていたドラマみたいだ」

「女優みたいだって、褒めてる?」

 そうだねと、肯定を返す。

 おだてているつもりも、お世辞のつもりもない。街の明かりを背にした彼女は、テレビの中の登場人物のようにきらめいている。

 僕が出撃しなかったからか、今日のユイは安定している。

 塞ぎ込むようなこともなくて、昔のように笑顔をみせる。彼女の様子に安堵するたびに、マリーダの言葉を思い出した。

 同じ顔、同じ声、同じ髪色、同じ瞳。

 クローンだから当たり前なのだけれど、ふたりはまるで対照的だ。

 口調も、服装も、考え方も。いろいろなものが、食い違うようにずれてしまっている。

「最近、さ」

 たぶん、きっと、そんな僕の気持ちが重なったんだろう。ぽつりとこぼれたユイの声は、さっきまでのそれよりも、少しだけ暗い。

「代わってあげたいってさ、最近、思うんだ。プルトゥエルブ……ううん、マリーダと。私ばかり楽しくて、学校だって通ってさ」

「罪悪感はわかるけれど、ユイが気に病むことじゃあない。君が生きてきた時間はね、なにも悪いことなんてないんだ」

「またそうやって、ひとりで抱え込む」

 機械の心臓が、震えた気がする。

「わかるよ、だって、わかるから。あのとき、助けられたのにって、私のことを助けるためにって。ジンロウのことなら、わかるんだから」

 真っ直ぐに見つめるユイの瞳が、なにからなにまで見通しているようで居心地が悪い。

「かなわないな、本当に。けれど、うん、そうだ。ふたりがすれ違っているのも、僕の判断のせいだからね」

「ほんと、強がるくせに変なところでナイーブなんだから。昔みたいにさ、怖いものなんてなにもないんだ、みたいな顔を見せてよ。そうしてくれたら、私だって勇気が出せると思うから」

 ああ、だから、君は苦手だ。

 僕のことをなんでも知っていて、触れてほしいところに触れてくる。触れてほしくないところにも遠慮なく触れて、僕の心が閉じこもらないように、いつだって引っ張り出す。

 見守って、支えて、ときどきこうして焚きつけてくれる。そうして僕が前を向けるようになると、また笑顔をみせてくれる。

 君のおかげで僕は、こんなにも、人間になっている。

「ジンロウは人間だよ、ずっと、ずっとね」

 ああ、ほら、また。

「ずるい?」

「いいや、君らしい。そうだね、罪悪感に押しつぶされてる場合じゃあない」

「そうだよ。私もさ、うつむいてばかりじゃダメだって、思った。……怖いのは、まだ変わらないけどね」

 そこで会話が途切れても、気にならない。

 となりあって歩きながら、当てもなく街を行く。

 酒場に向かう気分でも、居住区に戻る気分でもない。ただ、こうしてユイの存在を感じながら歩くなら、どこであっても別にいいと思える。

 結局のところ、こうして一緒にいるのが、僕もユイも一番落ち着くらしい。気持ちにも心にも余裕が出て、いやなことを考えずにいられる。

 だから、ふと街中でかけられた声に、自然と歩みが止まった。

「あれ、マリーダさん?」

 どこかで、聞いた声。

 黒い髪と、やせっぽちの身体と、アナハイム工専のジャケットと。ふしぎそうな表情は、僕ではなくユイへと向けられている。

 パラオの街並みに、まるで取り残されてしまったこどものように、ガンダムのパイロットが立っていた。

 

「俺は、バナージ……今の立場は、たぶん、捕虜ですね」

 街のかたすみ、人通りから少し外れた、静かな路地へ。

 ひと息ついてようやく名乗ったバナージの表情には、どことなく疲れのようなものがみえる。

 彼の立場を思えば、それもまあ当然か。

 ガンダムのパイロットだというのに、ふたを開けてみれば、これだ。思えばインダストリアル7で出会ったときも、恐怖で顔を真っ白にしていた。

 その記憶からも、軍人ではないただの普通の学生なのだろうと理解ができる。そして、そんな普通の学生だから、こういう場所で取り残されて心細かったに違いない。

 警戒こそしているようだったけれど、バナージには僕やユイとの会話を拒む様子はなかった。

「よろしく、バナージ。私がツォンユイ、ユイって呼ばれてる。それから、彼がジンロウ。最後にさ、思ってること、当ててみよっか。マリーダさんにそっくりだな」

「……よく、言われますか?」

「どうだろう、私はあまり、人づきあいがうまくないからわからないかな。ジンロウ、バナージのこと、知ってるって顔してるね」

「そうだね、前に一度」

「ええ、銃を突きつけられました」

 バナージの声に乗るのは、どこかすねたような、けれど、敵意にはほど遠い感情だ。

 僕のことが、まだ怖いのだろう。そうやっておびえられると、昔の友達を思い出す。

「あのときは、悪かったよ。……ああ、なんだか、今日は謝ってばかりの気がする」

「さっきまでのことは、バナージと関係ないでしょ。それより、ごめんなさい。私も、銃を向けられるのは苦手だからわかる。怖かったでしょ、すごく」

 ユイはそういって、バナージに頭を下げる。彼女がそうする理由なんて、ないというのに。

「ちょっと待って、待ってください。俺、まだ追いつけてなくて。けど、言いたいことはわかったつもりです。だから、そんなことしないでください」

「すごいな、理解が早い。いや、そうじゃなかった。そうだな、悪かった」

「違うでしょ、ジンロウ、偉くもないのにいつもそうやって偉そうなんだから」

 そこで、とうとうバナージが吹き出した。

 堪えきれなくなったように、くすくすと笑っている。おかげで、空気が一気にゆるんだ気がした。

 不意に、急かすような痛みがわき腹に走る。

 肋骨の間を、鍵束でぐりとやられるあの感覚。ひさしぶりにやられたせいで、ひどくおどろいた。

 となりを見れば、ユイの視線が鍵束のように突き刺さる。言うべきことを言いなさいと、無言の圧力があった。

「……ごめん、なさい。なあユイ、これじゃ格好がつかないだろう。それから、鍵はそうやって使うものじゃない」

「格好なんて、つけてる場合じゃないでしょ」

「いえ、あの、すみません。大丈夫です、ジンロウさんがどんな立場か、わかりましたし」

 ゆるんだ空気の中で、バナージが肺の中身を吐き出していく。

 いくらか緊張がほぐれたようで、表情の硬さもなくなっている。こっちを見上げる視線は、まだ少しだけ、おっかなびっくりにも思える。

 なつかしい面影を感じるのは、どうしてだろう。

「……おふたりとも、やっぱり、袖付きなんですか。あの、マリーダさんとは」

「質問が多いよ、落ち着けって。前者は肯定、後者は……」

 言っていいものか、ユイに視線を向ける。彼女はなにを言うでもなく、ただ僕たちを見つめている。

 街の喧騒が気にならないほど、このあたりは静まり返っている。静寂は、まるで後押しをしているようだ。

「……クローンなんだ、マリーダとユイは。強化人間って、わかるかい。人工の、ニュータイプってやつ」

「聞いたくらいなら、ですけど」

「まあ、つまり、ふたりはそうなのさ。本人じゃないから、僕から話せるのはそのくらいかな。プライバシーの侵害ってやつ、気をつけないとだし」

「ジンロウさんも、その、強化人間なんですか」

 バナージの問いかけは、遠慮がちだ。

 デリケートな問題だと、すぐに理解してくれている。彼の物言いからは、恐怖や嫌悪感よりも気づかいを感じる。

 きっと、悪いやつではないのだろう。そう感じさせてくれる、やわらかい空気がある。

 だから、なのか。

「ああ、そうだよ。けど、ふたりとはまたちがって僕は旧式の強化人間だね。身体のほとんどが機械になっているんだ」

 聞かれることにも、答えることにも、いやな気分はしない。自分の性能を見せつけるためでもなく、ただ単純に、自分のことを話した。

 真剣な顔で僕の話に聞き入るバナージの顔は、少ししてから、切なそうにゆがむ。

 なにから、どこまで話したものか。他人とのコミュニケーションは、あまり得意な方ではないけれど。

 ただ、バナージに見たなつかしい面影を忘れたくないと、そう思う気持ちがある。僕がうまくやれなかったせいで、助けてやれなかった友達を思い出す。

 あのとき、もっとこうして話をしていたなら。そんなことを思いながら、へたくそなりに自分のことを教えて、彼のことを聞いて、会話を交わす。

 ぎこちないかもしれないけれど、ひさしぶりに、こういう話をしている気がする。

「ねえ、そんなに話してたらさ、のど乾かない?」

 不意の問いかけに、会話が止まる。

 気まぐれなユイは、いつの間に姿を消したのかと思えば、冷えたソーダのボトルを手にして笑っていた。

 

「ジンロウが男同士で話してるところって、ずっと見てなかったかも」

「キャプテンとか、ガランシェールのやつらがいるだろ」

「年が近い男ってこと。バナージは、ハイスクールだよね? 私よりも少し下かな」

「工専生です、歳は十六」

「ふたつ下だね。マリーダと、話とかしてる?」

「どう、なんでしょう。少しだけだと思います」

 バナージとの会話は重要な情報もなくて、きっと無意味なものなのだけれど、心がとても落ち着く。

 僕は最近、疲れていたのだろう。こういうささやかな時間が、ずっと遠くのものに感じる。

 ユイと話すバナージを見て、少しだけ感心した。初対面の人間であっても、相手のことを知ろうと、相手に自分を伝えようと、会話を試みるものなのか。

 ユイもそれは同様で、僕とふたりのちがいは大きなもののように思う。

「ジンロウ、ぼーっとしてる。眠い?」

「いや、感心してた。学校に通うようになったからかな、君はとても、会話がうまい。バナージ、ハイスクールってのはこういう感じなのかい」

 水を向けられたバナージはおどろきのような表情をみせたものの、すぐに切り返す。

 あいつだったら、どもって会話にならなかったろうな。

「そうですね、先輩のクラスに行ったらこんな感じかなって思います。ジンロウさんは」

「お察しのとおり、通ってないよ」

 理解するのが早いのか、十まで説明しなくてもバナージは納得したようにうなずく。

 すみませんと短い謝罪があるけれど、気にするようなことでもない。学校に通っていないのは、事実なのだから。

「戦争なんて、終わったあとは面倒なことばかりだったよ。……誰にも、言うなよ。ジオンだ連邦だってたいそうな話にしたって、こどもには関係なくてさ。結局、学のない貧乏な少年兵あがりが、同じようなひとと生きてる。それが、僕たちだね」

 ユイは、なにも言わないでいてくれる。

 そういう卑屈な言葉を使うのはお互いに好まないけれど、バナージに伝えるには、そのくらいの方がわかりやすい。

 言葉ってやつは、うまく伝わらないから、わかりやすいくらいがいいと最近は思うようになった。

「戦争孤児、ってやつですね」

 バナージの顔が、曇る。

「別に、悲観はしていないよ。昔はなんにも考えないで、遊び感覚でひとを殺してるからね。悪いことをしたから、相応の罰がくだってるんじゃないかな」

 知らず知らずのうちに、話している。

 バナージの顔を見ながら、自分の考えだとか、立場だとか。そういうものを話して伝えようと無意識のうちに思っているのかもしれない。

 自分を低く見られたくないという、憐憫を嫌う僕の性分なのか。

「……俺も、ひとを殺したんです。殺されるところで、だから、殺そうなんて思ったわけじゃなくて。そう思いはするけど、実際、納得なんてできなくて」

 それとも、バナージが抱えているなにかを感じとったからなのか。

 僕には、まだ、どちらなのかはわからない。

「でも、誰かに『そうだ』って言ってほしくて、ギルボアさんにも、マリーダさんにも。小さい子にだって、ぶつけてしまって」

 わからないけれど、話を切り上げる気にもならない。

 ボトルの中のソーダはすっかりと空になって、もう一本ばかりほしくなる。

「最初から殺そうと思って殺せるやつなんて、きっとひと握りさ。僕は、そのひと握り側だったけれど」

 バナージは、僕をまっすぐに見ている。

 無心で救いを求めている顔ではなくて、対話の中からなにかを探そうとしているように思えた。

「僕は、おまえのそういう感じ方、いいと思う。納得できたら、僕と同じになる。殺されそうだったから殺した、だから正しいって割り切れるなら、僕のようになってしまう。……たぶん、おまえは悩んで苦しむよ。トラウマとか、PTSDだっけ、あれになる。ひとを殺したんだから、当然だよな」

 昔の僕には、なかったもの。

 今の僕には、あるのだろうか。

 バナージには、きっとある。話しているだけで、そう感じられる。

 こいつは、優しいやつなんだろう、きっと。

 そういうところが、そういうふうに感じるのかもしれない。面影を見るほど、似ているわけではなかった。ただ、それでも思えるのは、そういうことなのかもしれない。

 まったく、自分のことながらまとまりがなくてばかみたいな考え方だ。思考能力が低下しているのだろうか。

「それでもさ、僕は、いいと思う。おまえが、そうやって感じるのが、いいと思うんだ。きっと大事なことだからさ、辛いだろうけど感じるのも考えるのもやめないでほしい」

「感じるのも、考えるのも、ですか。辛いのに、ずっと抱えて?」

「そう、ずっと抱えて。ひとの受け売りだけど、男の一生ってそんなものさ。死ぬまでずっと、やせ我慢」

「あなたも、やせ我慢してるんですか」

 話の最中に、ユイはまたどこかへと消えている。

 まるで、僕とバナージの邪魔をしないよう気づかっているみたいに。気まぐれなようでいて、きっと、全体をきちんと見通しているのはユイなのだろう。

 おかげで少しだけ、口が軽くなる。

 弱音も、秘密も。どこかで話して楽になりたいと、そう思うのは僕がやっぱり人間だからなのかもしれない。

「してるつもりだよ、僕もまだ十八だからね。袖付きに参加してるのだって、半ば強制、半ば生活のため。こどもだけで生きられるほど、強くなくてさ」

 誰にも言うなよと、これもまた、念を押す。

 バナージは少しだけ真剣な顔で、うなずいてくれた。

 男の約束ですと、似合わないセリフまで口にして。

 ふと時計に目をやれば、いつの間にかいい時間になっている。話を切り上げるには、ちょうどいいころだ。

「さて、そろそろ食事にいくよ。すっかり話し込んだね、実は予定があったとか、ないのかい」

「いえ、ちょっと街の様子とかを見ていただけなので。向こうにあるスペースゲートとか、どんな感じなのかなって。思ったよりも広くて、少し迷いました」

 バナージの声は、さっきよりも緊張している。

 思い当たる理由があったとしても、問い詰めるようなことはしない。利敵行為だとそしられるかもしれないけれど、そうする気にならないのだから仕方ない。

 バナージはといえば、見逃されたことにおどろきを隠せない様子でいた。天性のうそつきには、ほど遠い性分らしい。

 見計らったように戻ってきたユイとふたりで、バナージに背を向ける。

 歩き出すのも、すぐだ。わざわざ留まる理由なんてない。

「あの!」

 呼び止める声に振り返って、最後に一度だけ、視線を交わす。

 バナージはなにかを言おうとして、結局、言葉にはならなかった。

「いいさ」

 どんな感情に対して応えたのかは、自分でもわからない。

 ただ、口にした短い言葉は僕の本心のように思える。

 それきり、バナージの姿を見ることもないままに夜はすぎていく。

 ロンド・ベルによるパラオへの襲撃はそれから少し遅れて、午前〇時きっかりに始まった。

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