機動戦士ガンダムUC バタフライ・エフェクト 作:しゃくなげ
「あの小僧が逃げ出したか」
つぶやくようなジンネマンの声は、静かで淡々としている。
予想は、できていた。
連邦の精鋭が、ガンダムを敵の手に残したまま撤退するはずがない。どんな手段にせよ、バナージごと奪還するに違いない。
ロンド・ベルのパラオ襲撃は、誰もがどこかで予想していたことだった。
そう思わせるくらいには、召集されたガランシェール隊のメンバーに指示を出す中でもジンネマンは落ち着き払っている。
「申し訳ありません」
「このパラオからは出られんさ」
マリーダの謝罪を聞きながら、とがめるようなことはない。事実、彼の言葉は間違っていなかった。
ガンダムを動かせば、否が応でも目立つ。そこで捕縛できれば、それでよし。
仮にパラオを出たとしても、モビルスーツ単独では宇宙を漂流するだけだ。
出られないという言葉は、事実だ。回収班がいるのは、絶対にゆるがない。
だとすれば、こちらは迎えにきた連中を見張って、合流を阻止すればいい。とっくに準備を終えていたギルボアのやつも、緊急出動にしては落ち着き払っている。
「だが、そんな度胸があったとはな」
つぶやく顔からは、あせりもおどろきも感じられない。
「だいたいわかった、準備をしてくる」
「いや、おまえは待機だ。俺じゃなく、大佐からの直々の命令でな。マリーダ、おまえはクシャトリヤで出ろ」
「了解、マスター」
「いつも言ってるだろう、マスターはよせ」
すっかりと聞き慣れたやりとりは、ここ最近の忙しさのせいか、ひさしぶりの気分になる。
そうこうしている間にも、ギルボアとマリーダは格納庫へと向かっていく。ジンネマンとふたりだけで残されて、僕はまた置いてけぼりだ。
「僕の処遇は、懲罰かな」
「罰されるような覚えでもあるのか?」
「まあ、山ほどあるけれどさ。ただ、無意味な待機はさせないだろ。ガンダムを奪われて、こっちが得をするとは思えない」
「そうさな、俺もそう思う。だが、どんな任務でも従わなきゃならんのが軍人だ」
そうかいと答えて、キャプテンが僕に向ける視線の意味を考えてみる。
大人の気持ちは複雑で、まだ、わかり辛い。けれど、たまに周波数が合致するように、わかるようなときもある。
今日はどっちだろうと考えて言葉を探すのは、ほんの少し楽しい気がする。もしかすると、僕はこれが好きなのかもしれない。
「そうだね、それが軍人だ。けれど、なんだろう。僕はさ、ギルボアもマリーダも、危険にさらすのはいやだな。たとえ任務でも、そういうのは、好きじゃない」
どうしてそんなふうに、思えるのだろう。
ユイと彼らの生命を天秤にかけたなら、僕は絶対にユイを選ぶというのに。
それは決まりきっているのに、彼らの生命を軽んじる気持ちはない。むしろ、死なないでほしいのだと、僕がそう思っているのがわかる。
「ああ、俺も同感だ。本来なら、従いたくはないさ」
僕の言葉の、どこが気に入ったのかはわからない。
ただ、キャプテンの顔は少しだけ、どこかうれしそうな表情にみえた。
レウルーラのブリッジは、ガランシェールとは比べものにならない広さと快適さがある。
フル・フロンタルの艦、袖付きの旗艦ともなればそれは当然だ。みすぼらしい偽装船が旗印では、格好がつかない。
ただ、この艦はどうしても好きになれない。
たぶんそれは、フル・フロンタルが好きになれないせいだろう。
オペレーターは冷静に、一本角の変化を逐一報告する。角が割れるあれは、どうやらNT-Dと呼ぶらしい。
ジンネマンは、不服そうな顔だ。いつもなら仏頂面で感情を隠せるくせに、マリーダの扱いに憤っているのがわかる。
モニターの上では、激しく斬り結ぶ二機のモビルスーツ。ガンダムのマニューバは、今までとは別人のような獰猛さがあった。
ああ、僕は、あれを知っている。
あの、あれは、僕が得意なやつだった。
「強化人間に似合いの仕事か……」
アンジェロ・ザウパーめ、知った口を。
僕の感情を見抜いたのか、それとも。キャプテンは片手で制して、堪えろと視線を向けてくる。
ひどく、腹が立つ。けれど、それはキャプテンも同じはずだ。同じはずだのに、きちんと堪えて役割に徹している。
だったら、僕もそうするしかない。ジンネマンの護衛として、きっちりと振る舞ってやる。
「なぜマリーダを孤立させるんです」
「これは中尉にしかできない仕事だ」
フル・フロンタルは、淡々と語る。
あの一本角、ユニコーンガンダムになにを求めているのかを。
ファンネルの制御権を奪われたクシャトリヤは、防戦に徹するしかない。バインダーを斬り裂かれ、溶解した装甲板の発光する断面さえも見てとれるほど。
NT-Dと『箱』のデータは、綿密に結びついている。全ての鍵を開けるには、順を追って封印を解くほかにないのだと、フル・フロンタルは言う。
そのために、マリーダは噛ませ犬にされている。あのシステムを起動させるために、ニュータイプが必要だからという理由で。
目標物をただ駆逐するためだけにあるシステム、ニュータイプ・デストロイヤー。その全容を聞かされて、感じるものはなつかしさのような既視感だ。
連中が追う『箱』がなにであろうと、僕にはもう関係がない。ただ、ガンダムのあり方におぞましさのようなものを感じていた。
連邦の妄執が、生きていたのか。
知っている。僕はそれを、知っている。
きっとこの場にいる誰よりも、知っているに違いない。
「理解したようだな、少尉。その通りだ」
フル・フロンタルめ。
振り返るやつの顔は、仮面に隠されて見えないまま。
シャア・アズナブルと同じ声で、仮面の男は僕の過去を見抜いているとばかりに続ける。
「かつて、君がアクシズで駆っていたトーリスリッター……いいや、原型のペイルライダーにも似たようなシステムが搭載されていただろう。あれはその完成系、君たちが収集し続けた莫大なデータから産み落とされた怪物だ」
パイロットを処理装置に逆転させることで、人間の限界を超えた性能を発揮するフルオートのモビルスーツ。
知っているさ、知っている。
わざわざそうやって、性能の解説をしなくたって。
いいや、これは僕ではなくて、ジンネマンへの説明か。
「そんな機体、並の人間に扱えるはずが……」
「その通りだ。そこには、言葉通りの強化人間が必要になる。少尉であれば、詳しいだろう」
黙っていられず割り込むジンネマンに答えながら、フル・フロンタルは仮面の向こう側から僕を見る。
向けられる視線が心をざわつかせ、反応するようにこぶしを握る。身体の奥からは、金属の骨格がきしむような感覚。ひと呼吸を置いたあと、感情を制御しろと、自分自身に言い聞かせた。
「そうだね、そうだ、僕はそういうものだった。確かに覚えがあるよ、HADESは僕でなければ十全に扱えなかったものな。機械のパーツに組みこまれるのは、僕が一番、うまいだろうさ」
そうだろう、確かに、腹立たしいけれども、フル・フロンタルの言葉は事実だ。
僕の身体は、そういうモビルスーツと、抜群に相性がいい。
そういうものを扱えるように、徹底的に生身を削ぎ落としたのがこの僕だ。人工のニュータイプ、つまりは新型に取って代わられた、旧型の強化人間。
ここに至って、古い技術の産物が求められるだなんて、ニュータイプに対する連邦の恐怖はどれだけ根深いのだろう。
「それで、どうしろっていうのさ、フル・フロンタル。乗れと言うのかい、僕に」
「貴様、大佐に向かって!」
アンジェロ・ザウパーが吠える。さすがは忠犬、しつけられている。
その一方で、フル・フロンタルは余裕の笑みを崩さなかった。飼い犬をなだめながら、僕からは興味を失ったようにモニターへと向き直る。
「機会があればそれもひとつの道だが、私は必要ないと見ている。ユニコーンガンダムは強力な兵器だが、なにより重要なのは『箱』の鍵であるという一点だ。それにあの少年は、バナージ君は私を理解してくれるだろう。最終的にそうなると、私は考えている」
手を取り合って、相互理解を。まるでそんな、きれいごとのような含みを言葉の端々から感じる。
皮肉なのか、それとも本心なのか。
空っぽの言葉からは、読み解けない。
「マリーダ……」
うめくようなジンネマンの声が、僕を現実に引き戻す。彼の視線を追いかけて、モニターを見上げる。
死に体のクシャトリヤも、とどめを刺そうとしていた一本角も動かない。
二機のモビルスーツは、まるで時間が止まってしまったかのようにモニターの中で静止していた。
クシャトリヤが、鹵獲された。
ガンダムに搭載されたシステムには、ニュータイプを駆逐する力がある。
自分の性能をまざまざと見せつけるかのような、バナージの印象とはまるで似つかない凶暴さを感じた。サイコミュの操作権を強引に上書きして、ファンネルを支配したのもその一端だろう。
ガンダムの異質さにあてられたのか、ひどく、いやな感じがする。だからといって、なにもしないわけにはいかない。
軍隊とは、いつだってそういうものだ。
ジンネマンと戻ったガランシェールの空気は、重たい。マリーダが捕虜になったのだから、それも当然だろう。
「さて、どうやって取り戻したもんか。中に入っちまえばどうにかできる、連中はこれから座標ってやつを調べに行くだろう。その隙を突いて、ってやり方が一番確実かね」
最初に口を開いたのは、ギルボアだ。
家族を持つ父親だからか、それともマリーダを居候させているからなのか。深いところまではわからないけれど、彼にはジンネマンと似たような情の深さがある。
当然といえば当然だけれど、奪還作戦の提案に反対するものはいなかった。クルーの結束は、あいかわらず強い。
「木馬もどきに、マリーダを預けとくわけにもいかないからな」
いつもと変わらない、おだやかな声。それを聞いていると、心の奥が、少しだけざわつく。
さっきのそれとは違う、なんだろう。使命感というものがあるのなら、これがそうなのかもしれない。
周囲を見回してから、手を挙げる。ジンネマンは、やはりむずかしい顔をしている。
「そういうことなら僕も行けるから、ノーマルのギラ・ズールを一機使わせてほしい。マニュアル操作になるけれど、手足を外すと潜入ができないからね」
向けられるのは、不安そうなユイの視線。
大丈夫だと、くちびるの動きで応える。そうだ、僕なら大丈夫。戦うことも、殺すことも、問題ない。
今はむしろ、動いていたい。戦えるはずなのに役に立てない方が、心がきしむ。
「簡単な話じゃないぜ、向こうにゃ何機いるのかもわかってないんだ」
「ガランシェール隊なら、僕が一番うまいさ。こっちは、元々マリーダの教官なんだ。それに、中に入ったあとは向こうに僕を止める手段はない。この中の誰よりも適任だと思うよ」
僕とギルボアのやりとりを見ていたジンネマンが、小さなため息をもらす。
あきらめたような、うれしそうな。複雑な表情の向こう側は、僕にはまだ、きちんと読み解けない。
「パイロットの顔になったな、調子はいいらしい。俺の命令で必ず戻れ、なにがあっても。たとえマリーダが目の前にいても、次に回せ。それができるなら、出てもいい」
ただ、わかることも増えてきている。
ジンネマンが、ずっと広い目で僕たちを見ていることはわかる。彼が僕を出し渋るのは、ユイのためだ。
マリーダと同じ顔をしたユイが泣くのは、彼もきっといやなのだろう。だから、僕の出撃はいつだって、いい顔をされない。
「わかってる。手綱を握ってくれるかい、キャプテン」
「それが、艦長の役割だからな」
自分だってマリーダが心配なくせに、キャプテンは僕とユイを月に帰すことばかり考えている。
彼だけでなく、ガランシェール隊の連中は、誰もがそういう大人ばかりで居心地が悪い。
「ガンダムとは、やりあわなくてもいい。こっちはマリーダを取り戻すだけだからな」
「そいつは助かります、一度メシを食っちまうとやり辛くなる。バナージは、憎たらしい悪ガキってわけじゃなさそうだった。ティクバたちも、また会いたがってるって具合ですよ」
ああ、ギルボアのところにいたのか、バナージは。
あの一家は、こどもが元気でうるさいから苦手だ。
「おうジンロウ、おまえ、考えが顔に出やすいな。うちの家族に、失礼なことを思ってんだろ」
ふと、心を読まれたようにからかわれた。
おどろいたせいで反応が遅れ、図星だったと見抜かれたらしい。
ギルボアは、それこそ息子のような笑顔をみせる。
「うちのガキどもは、マリーダだってバナージだって、おまえたちだって受け入れるからな。今度は、ふたりともうちに来いよ。うまいメシを食わせてやるさ」
そのまま語られ始める食卓の光景は、聞いているだけでうんざりするほどのにぎやかさ。
けれど、それはきっと、楽しいのだろう。話しているギルボアの顔は、あたたかで、優しいものだ。
こういう表情ができるのは、心底から家族を慈しみ、愛しんでいるからだと思う。妻やこどもたちだけでなく、客人や居候としてやってきた人間も含めて、彼の家族なのだろう。
「そのうち、行けたら行くよ。僕だけでなく、ユイの意見も」
「私は賛成。はい、決定ね」
ああ、まったく。
「おっと、彼女は俺の大人の魅力にやられちまってるかな。いやあ、妻がいるってのに、モテる男は辛いねえ!」
がらがらと笑うギルボアにつられて、ユイもくすくすと笑っている。
取り残されたようで少しくやしいけれど、うん、やはり。
「お手上げだな、男だったら腹をくくれよ」
言われなくてもわかっている、キャプテン。
いや、キャプテンこそ、言わなくてもわかってるのか。
「ユイが言うなら、仕方がないさ」
やはり、僕は、少しずつ。
このガランシェール隊のことが、好きになっているようだった。