機動戦士ガンダムUC バタフライ・エフェクト 作:しゃくなげ
ひさしぶりのコックピットは、宇宙の冷たさをにじませるような空気がある。
身体をつなげているとわからなくなる、ノーマルスーツ越しの温度。誰かが使っていたリニアシートは、記憶の中よりも少し硬く感じる。
壁面の全天周囲モニターが、次々と点灯する。表示されるログを流し見ながら、二度、三度、ゆっくりと呼吸をくり返す。
ふわふわと、足先が落ち着かない。
胸の奥に、重たいしこりのような感覚がある。
乱れそうになる呼吸を整えて、まぶたを落とす。
残光は、今もまだ、消えない。
「ジンロウ、平気?」
通信機からユイの声が聞こえて、記憶を追いそうになっていたと気づかされる。
「ああ、問題ない。ギルボア、いつでも出撃できる」
「いいぞ、まずは連中の出方にあわせよう。わかってるとは思うが、近づきすぎるなよ」
視線は、ギルボアの忠告を受けて向こう側へ。
青と緑の、水の星へ。僕の友達が墜ちていった、地球へと吸いよせられる。
「……なあ、ばかなニッコ。こうして戻ってくるのなら、あのとき、一緒に行けばよかったのかな」
聞いたところで、返事なんてあるはずもない。
あれだって、もう六年も前のことだ。
とっくに忘れてしまっていいはずなのに、あいつの顔は、あいつらの声は、今でもまだ覚えている。
もしもの話なんて、ばかばかしいとはわかっているけれど。
もしも、あいつらが生きていたのなら。
もしも、あのふたりが無事だったのなら。
今の僕は、もっとちゃんと、あいつらと友達になれたような気がしている。
「射出を確認」
ガランシェールからの通信に、意識を呼び戻される。
軌道上、大気圏すれすれのこんな場所で、ロンド・ベルの連中はなにかをするらしい。
ランデブーポイントに意識が向くのであれば、そこに隙が生まれる。だから、僕たちはそれを突く。
「今日は、俺が相棒だ。頼むぜ、落っこちたら死んじまう」
「ああ、わかってる。友達が墜ちるのを見るのは、いやだからね」
「おっと、ようやく友達になれたか。だったら、俺もしっかり助けてやらなきゃな。……一緒にやろう、マリーダを取り戻す。みんながガランシェールに戻って、元通りさ」
敵に気取られないよう、射出はしない。格納庫からゆっくりと宇宙空間へ押し出されながら、ヘルメットのバイザーをおろした。
「そうだね、そうだ、一緒にやろう。マリーダを救出できたら、それでいい。フラスト、ガランシェールは落っことすなよ」
「誰に言ってる、俺だってそのくらいわかってるさ」
「さらに射出を確認。先に発進した機体と、ランデブー軌道に乗る模様」
「例のガンダムか」
「確認できず」
サイコ・モニターに反応はなし。ブリッジの通信を聞きながら、システムチェックを終わらせる。
ビスト財団のシャトルと木馬もどきの接触まで、あと十分か。
「聞いての通りだ。ランデブーのついでに、指定座標を調べるってのが連中の腹づもりらしい。モビルスーツがラプラスの残骸の方に出払った時がチャンスだ」
「了解です。ようやくガランシェール隊らしい仕事ができるってもんだ」
「僕が艦内に入ればこっちの勝ちだ。映画の殺人マシンみたいに、目立つデコイをやってやる。マリーダは、ギルボアに任せるよ」
「ふたりとも、おかしな色気は出すなよ。ティクバたちもユイも、おまえたちの帰りを待ってるんだからな」
「わかってます。マリーダは必ず連れて帰ります」
「帰ったら一杯やろうってやつだろ、これはさ」
ギルボアが、ちがいねえと楽しげに笑う。
システム、オールグリーン。戦闘モードを起動して、ひさしぶりにコントロールロッドを握った。
向こうの方で、宇宙ステーション『ラプラス』の残骸へと向けて翔ぶガンダムが見える。
あいつはまだ、こっちに気づいていないらしい。尾を引くように伸びる青白い炎が、モニターに映し出されている。
「……おまえも死ぬなよ、バナージ」
自然とこぼれた僕の言葉は、機体のフレームから伝わる駆動音に溶けてしまって、そのままどこかへと流されていった。
異変は、いつだって突然に起こる。
聞こえた声がどういうものであるのか、最初は誰にもわからなかった。
こどもの僕だけでなく、大人であるはずのギルボアにも。それはきっと、ガランシェール隊の皆にも。
クリアとはいえない音質のそれが、静かで淡々とした演説だと気づくまで、一分近く時間を要したと思う。
地球と宇宙、どちらの人類にも語りかける声は、聞き覚えのないものだった。
「なんだ、これ。ユイ、発信源の特定はできるか」
「ちょっと待って、やってみる」
ギルボアも周囲の警戒をしているものの、目立った動きはない。
「通信波は、ガンダムから。内容は、……地球連邦初代首相の、演説みたい」
「0001のか?」
ギルボアの通信が割り込む。
大昔の演説は、さながら亡霊の声のようで変な気分になる。音声記録を再生しているだけのそれは、誰もいない真っ暗な宇宙に語りかけているようで、どこかむなしい。
「たぶん、そう。まだちょっと、わからないけど」
「ユイ、作戦行動中は言葉づかいに気をつけろ」
「アイアイ、キャプテン。……報告。ミノフスキー粒子の濃度、急速に上昇中。散布源の方位、確認できず。拡散パターン、定常化しません」
ブリッジからの通信が、緊張感を宿し始める。待機していたレウルーラの部隊が、しかけるのが見えた。
木馬もどきのモビルスーツ隊もまた、異変に気づいたのか動き始める。奇妙な演説を聞かされながらの交戦が、始まる。
どちらも、ここからが本番というわけだ。
「見えるか、ジンロウ」
こちらに向けられる、ギラ・ズールのハンドサイン。指し示された先、残骸の海ではビーム・ライフルの閃光が迸っている。
「見えてる、速いな。あいつらのギラ・ズール、こっちのよりも高性能じゃないか」
「ま、向こうさんは親衛隊だからな」
ああ、動きがいいわけだ。アンジェロ・ザウパーが率いているやつか。
戦場の中で、バナージの姿は、まだはっきりと見えない。そんなふうに探している自分に気づいて、思わず舌打ちをしていた。
ギルボアはガランシェールへの報告を欠かさない。状況の判断力といい、長年の経験を感じさせる。
ジンネマンが信頼するのも、納得だ。
「敵部隊、ラプラスの残骸付近で足止めを食っています」
「よし、ふたりとも引き際を見誤るなよ」
「了解、言って聞かせますよ」
今のは不愉快だ、こども扱いをしているのはわかる。
「言ってろ、面倒を見てやるのはこっちだからな」
悪態を吐くときは、通信を切ってのひとりごと。別に、けんかをしたいわけではない。向こうだって、攻撃の意図があるわけじゃあないんだ。
そういう判断を冷静にできるようになったのが、大人になるってことなのだろうか。
「気をつけろ、ガンダムの動きが思ったより早い。やつだけラプラスの残骸から離脱したようだ」
「勘のよさそうなガキでしたからね。どうしたよ、待機に飽きちまったか?」
「こども扱いするなって。見た感じ、ガンダムのライフルは火力が段違いだった。僕なら躱せるけれど、ギルボアは位置どりに気をつけろよ」
へえと感心したようなギルボアの声は、どういう意図を持っているのだろう。なんだか知らないけれど、コックピットの中でにやついているような気がしてならない。
「そういう気づかいは、うれしいね。なに、雑兵には雑兵なりの戦い方ってものがある、見せてやるさ」
「別に、気をつかったわけじゃあない。墜とされるなって言ってるんだよ」
「照れ隠しか、わかりやすい。いいんだぜ、戦友だとか、仲間だとか、同志だとか、そうむずかしい呼び方にしなくていい。友達に生きていてほしいって思うのは、人間なら自然な話さ」
ギルボアのギラ・ズールが、背中を向ける。
俺についてこいと、まるでそう伝えているように。
やり辛さと居心地の悪さを断ち切ってくれたのは、ジンネマンの静かな声だった。
「聞け、フル・フロンタルのお出ましだ」
木馬もどきの座標を確認しながら、ギルボアの動きにあわせて翔ぶ。ギラ・ズールの反応は、僕の想像よりも二秒ほど遅い。
前方で閃いた炎は、ガンダムのそれか。
「しかけるぞ、足止めだけでいい。あいつも、こんなところで死ぬことはないからな」
「諒解、威嚇射撃で留める。説得は任せた、僕の苦手な分野だ」
「おう、任せておけ」
安全装置を解除、標的を確認。モニターの上で、ガンダムにロックオンマーカーが重なる。
トリガー、二度。射出したシュツルム・ファウストがガンダムを追う。爆炎が巻き起こり、反撃の弾頭が迫る。
「当て勘がいいな、反応が早い」
後退、同時にサブマシンガンのトリガーを絞る。反動で暴れる銃身を支えて、二発を撃墜。大口径の弾頭が、爆ぜて砕けて視界を塞ぐ。
ビーム・サーベルが来る。僕なら、そうする。
推進剤を燃やし、一気に前へ。振りかぶるガンダムの懐へ、質量をぶつけて食い止める。激突の瞬間、通信に混じるのは聞き覚えのある声だ。
「くっ、この……っ!」
ああ、本当にガンダムのパイロットなのか、バナージ。けれど、まだへたくそだな。
前腕同士の接触から、振り下ろす一撃を捌いて背面へ回り込む。互いの機体が離れるよりも早く、ギルボアが前面から斬り込む。
ガンダムが、受ける。もとより、ギルボアに殺す気はないのだけれど。
「退がっていろ、バナージ!」
「ギルボアさん! じゃあ、こっちは……」
「僕だよ。おまえを殺す気はない、ギルボアの話を聞け」
明らかに、ガンダムから戦意が消える。
困惑しているのだろうけれど、だからこそ説得もやりやすくていい。
「艦は沈めない。俺たちの目的は、マリーダの奪還だ」
「そんな……どうやって」
「いいな、退がっているんだぞ。こんなところで死ぬことはない」
言うだけ言って、ギルボアのギラ・ズールが後退する。
「ギルボアさん! 待って!」
呼びかけるバナージに、ギルボアは答えない。僕もまたコントロールロッドを引いて、ガンダムを、バナージを離してやる。
「あいつ、死なずにいてくれるといいんだけど」
「おまえだってそうさ。こどもが死ぬのは、やっぱりいい気がしねえや。さあて、行くとしよう。連中に気づかれる前に、木馬もどきに潜り込むぞ」
「向こうで動きがあるね、さっきので気づかれたかな」
「なに、覚悟の上でしかけたさ。援護を頼むぜ、相棒」
こういうときのハンドサインは、どれだったか。
思い出せないまま、ギルボアに続いて木馬へと翔ぶ。
背中を向けているというのに、隙だらけだというのに。ガンダムは、バナージは、最後まで僕たちを撃たなかった。
木馬もどきの防御は、予想よりもずっと堅い。
攻めあぐねるというのは、ひさしぶりの感覚だった。
「さすがに精鋭部隊だ、量産機の性能もいい。メンテナンスをしっかりやってるな、あいつら」
メガ粒子の閃光が、すぐとなりをかすめていく。
攻撃の精度が、いちいち高い。中距離の射撃戦は、遮蔽物のないこちらが不利だ。
「部隊の統率が取れてやがる、訓練の賜物だな。弾切れだ、援護しろ!」
推進力を生む青白い炎が、ギラ・ズールを突き動かす。同時に、ギルボアの指示。座標を飛ばしながらの弾倉交換は、彼のお家芸だ。
隙をつぶすように、シュツルム・ファウストをばら撒いてやる。弾切れのギルボアを追おうとした一機が、慌ててシールドを構えて防ぐ。
前に出すぎたな、いいぞ。
「ダルマにしろ、その方が救助に手がかかる!」
「諒解」
右腕、次いで両脚部。サブマシンガンの威力だと、装甲を貫けない。フレームの関節部を狙う精密射撃は、僕のお家芸だ。
敵は応戦するように弾丸をばら撒きながら、僚機の救助を試みる。その隙に、木馬もどきへの距離を稼ぐ。狙いの甘い牽制なら、躱すのはたやすい。
「ええい、予想よりも足止めを食っちまった!」
いらだちの声をかき消すように、
普通のビーム・ライフルとはまるで別物の、高出力。ラプラスの残骸を撃ち抜いて、真っ直ぐに伸びた光が
赤いモビルスーツが残骸から飛び出し、青い炎が膨れあがる様が見える。撤退しているのか、フル・フロンタルが。
消し飛ぶように流れていく光景の中、サイコフレームの赤い光を放つガンダムが確かにいる。彗星めいたシナンジュを追う姿は、まるでそう、白色をした悪魔のように感じる。
「墜ちる、墜ちた。親衛隊が、やられてる」
友軍のマーカーが消えていく。
バナージなのか。あんな凶暴な翔び方をするのか、あいつは。
ぞわりと、ぢりと。背中からうなじまで、這いあがるような感覚。覚えがある、僕はこれを知っている。
「ああ、くそ、くそ。バナージ、怨念だ、それは。呑まれるぞ、バナージ」
頭から離れないものがある。
ずっと触れてこなかった、今、まさに触れているもの。
どろりとして、重たくて、ひどく胸が苦しくなる感情。六年前のこの
「ジンロウ、おい、ジンロウ!」
気づけば、先行していたギラ・ズールが目の前にいる。
ギルボアの声に、意識をかたむける。過去を見つめそうになる気持ちを、無理やりに押し込める。
「悪い、すまない。大丈夫だ、行ける」
頭を振るう。前を向いて、過去ではなく今の音に耳を向ける。
ガランシェールからの通信は、切羽つまっているように慌ただしい。
シナンジュのレーザー通信が、ロストしたらしい。墜とされたわけではないだろうけれど、窮地にあることは確かだ。
ガンダムのサイコ・モニターは健在。諸々の確認をするジンネマンの声は、ひとつの決断を示している。
「ただちに転進、軌道変更。重力の井戸に引きずりこまれる前に三機を回収する」
「俺の操縦で、ですか?」
フラストの、頼りない声。ああ、そうか、くそ、失敗したのか。
「大気アシスト航法だ! フラスト、なんとかなる」
フラストを励ますギルボアの声を、ジンネマンが上書きする。聞きたくなかった言葉を聞かされるのだと、直感で理解する。
「ギルボア、ジンロウ、タイムアップだ。この状況では木馬もどきに侵入することはできん」
マリーダの奪還を、あきらめる。
ジンネマンの命令の裏側には、その事実が存在している。
「しかし……これを逃したら……」
「作戦中止だ。ギルボア隊はフロンタル隊の救援に当たれ」
さっきの出遅れが、原因だ。
いいや、それよりも前から、大気圏の近くだからだ。この場所に、僕自身が苦手意識を持っているんだ。
すまないと、思いはする。思いはしても、それを口にする余裕はない。
異変は、いつだって突然に起こるんだ。
「ガンダム、バナージだ! 大佐のシナンジュを追ってる!」
ギルボアのギラ・ズールが、青白い炎を噴き出して
「やめろバナージ、落ち着け。おまえ、呑まれてるぞ、それは怨念だ。なにがあったか知らないけれど、そいつの言うことに耳を貸したらダメだ、バナージ」
声が届くはずはない。
強化人間といっても、僕はユイやマリーダとは違う。ムラサメ研の中でも、四番のようなタイプではない。ニュータイプのような力は、まるでない。
だから、わかっている。僕の声は、届かない。
「ばかやろう、周りを見ろ、そこは危ないんだ。墜ちるぞ、重力に引かれて、墜ちるしかなくなる。バナージ、止まれ、止まるんだ」
ギルボアが、追いつく。
バナージの声が、ノイズ混じりの通信に聞こえた。
「今度は外さない……!」
シナンジュの背中を、ガンダムが狙う。
ギルボアは、ためらわない。軍人だから、そうする。そうしなくてはならないと、軍隊で教えこまれている。
「バナージ……!」
さけび声。
ギルボアの。それとも、僕の。
わからない。
ガンダムのビーム・ライフルが火を噴き、その射線にギラ・ズールが飛び出した。シナンジュの背中を守るため、フル・フロンタルを守るため。
着弾の瞬間が、爆裂するモビルスーツが、スローモーションのようにゆっくりと見えている。膨れあがり、炎に包まれて、閃光を放って。
消えた。
「ギルボア……さん……?」
震える声。
バナージの。それとも、僕の。
わからない。
ただ、いつか感じた、あの感覚。モビルスーツが爆発するのではなくて、ひとが消える、最期の瞬間を感じる。
意識がおかしい。目の前がぐにゃりとゆがんで、ああ、脳が誤作動を起こしているのか。
さけび声がする。苦しそうな、悲しそうな、怯えるような声がする。
また泣いているのか、泣き虫め。
「キャプテン、回収の準備をしてくれ。このままだと落っこちる、あいつを、助けなきゃ」
「ふざけるなよ、おまえ、ギルボアが……!」
「黙ってろ、フラスト。ガンダムの回収は、どのみち俺たちの任務だ。ジンロウ、やれるか」
「やれる、やる、すぐに終わらせる」
意識が、身体に戻ってくる。
助けるのかと、自分の声がする。あいつはギルボアを撃ったんだと、見捨ててしまえと、そんな声。
けれど、耳を貸してはいけない。
黒くてどろりとしたその声は、怨念だ。耳を貸してはいけないものだ。
「わかってる、わかってるよ。撃った、ああ、撃った。けれど、僕も同じだ、同じだった」
仲間を殺されたから、見殺しにする。
それは少しだけ、ほんの少しだけ納得できるかもしれないけれど、それではだめだ。あの日の僕が、六年前の僕が、とっくに答えを知っている。
怨念に囚われるな。
許すことが肝心だとか、そういう話じゃない。今の僕を保ち続ける、ただそれだけだ。
ユイが知っているこの僕を、別のものにしてはいけない。怨念に任せて見殺しにするような、激情家の気質は僕にはない。
そうやって、言い聞かせる。変な気を起こさないように、いつも通りに振る舞えるように。
「バナージ、おい、バナージ! 聞こえるか、バナージ、生きてるのか!」
気持ちが、揺れる。
いつかの光景を思い出して、今の景色に重ねているせいだ。
バナージは、ガンダムは、地球に向かって落ちていく。もっと下の方で、ラプラスの残骸が燃えあがる。大気との摩擦熱で、破片は次々と焼け溶けていく。
手を伸ばすように、ガンダムのマニピュレーターが揺れる。なにかをつかもうとして、五本の指が虚空に触れる。
「いいかバナージ、そこで待ってろ、そこにいろよ。動くな、おまえだけでも助けてやる、そこで待て!」
呼びかけながら、バーニアを噴かす。角度を修正する最中もずっと、機体ごと重力に引かれていくのが感覚でわかる。
記憶が混濁しているような、夢をみているような、奇妙な感覚。喋っているのか、いないのか。それすらわからなくなっていく。
危険を示すアラートは、水中で聞く音のようにくぐもっている。視界が赤く染まっていく中で、ギラ・ズールの手が伸びていく。
つかまえた。手をつかんだ。ああ、大丈夫だ、まだ燃えていない。
ガンダムと密着させて、身体を抱えるように固定する。フレームの剛性がもたなければ、たぶんきっと、そこまでだ。
「いいか、ガランシェールがあそこにある、こっちに来てくれている! わかるな、翔べ、一緒でないと推力がもう足りない!」
「もう限界だぞ、急げ!」
「ジンロウ、ガイドデータを送信した! 早く戻って!」
ガランシェールの皆が、口々に急かす。
モニターに映し出される光景は、どれもこれもが、赤い。場違いなイエローのガイドラインを中央に捉えて、フットペダルを限界まで踏み込む。
「止まるな、翔べ! ニッコ、翔べっ!」
叫び声を聞く。
自分自身の、六年前にも叫んだ、僕の声。他人の視点になったように、自分の姿を見下ろしている。
いつものやる気のなさは、どこにもない。助かろうと、助けようと、おどろくほどに必死になっている。
僕はこんな表情をするのかと、感心するけれど。僕の見ているこの光景は、脳の誤作動が原因なのか、現実なのか。
あの日、この手で助けられなかった友達への贖罪のように、僕はガンダムを引き上げる。重力の井戸から抜け出すように、ガランシェールだけを見上げて。
地球へ落ちていく残骸の海を、僕は、どこまでも無我夢中で泳いでいた。