機動戦士ガンダムUC バタフライ・エフェクト   作:しゃくなげ

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Lost Child

 身体を引かれる、なつかしい感覚。

 暗闇に閉ざされたコックピットから出ることもままならず、ただただ、重力というものを感じている。

 ガランシェールを包む熱気も、船体を震わせる振動も、モビルスーツの中までは届かない。

 地表へ引きよせる重力だけが、僕に地球を感じさせる。

 身体を包む力に、少しだけ酔いそうになりながら。

 どうせ地球に降りるのなら、一度くらいは水平線が見えるといいと、そんなことを考えていた。

 

 コックピットから引き上げてもらうまで、それこそなにもわからなかった、けれど。わからないままの方がよかったかもしれないと、そう思ってしまうこともある。

 墜落こそ免れたものの、ガランシェールの状況は芳しくない。少なくとも、ここで足止めされるのは確実だ。

 砂漠の只中に不時着して、船体の半分は砂の中。格納庫のハッチも開かず、モビルスーツを使っての作業も不可能な有様だった。

 ギルボアの代理を務めたフラストは、自分の失敗をくいている。正直、ここまでやってのけたのだから、悪くない結果だと僕は思う。

 こうなると、あとは本人が自分の気持ちに納得させるだけのこと。これは、他人がどうこうできる問題でもないと知っている。

 僕だって、同じようなものだから。

「キャプテン、いいかな」

「どうした?」

 返答の声は、短くてそっけない。

 だからといって、不機嫌なわけではない。

 ジンネマンもフラストも、ガンダムのやつが出力した、次の目的地とやらを調べている。つまりは、仕事の最中だからだ。

 不時着したかと思えば、休む間もなく次の仕事。それが終われば、また次の仕事がやってくるのか、それとも自分で見つけ出すのか。

 とにかく、大人はいつだってやることばかりで、ときどきつまらなくもなるし、ときどき心配にもなる。

 あんなに働いてばかりで、倒れなければいいけれど。

「バナージが、目を覚ました。医者じゃないけれど、異常はないよ」

「そうか」

「……けっ」

 不機嫌そうな声は、フラストのそれ。

 ジンネマンは、なにを考えているのか読みとれない。

 怒られるのは、怖いとは思わない。

 彼らが銃を持っていたとしても、僕にはかすり傷ひとつさえ負わせられない。

 恐ろしいことなんて、ない。

 だったら、僕はどうして、こんな気持ちになるのだろうか。

「それから。なんだろう、ええと」

「急ぎの要件か?」

「そうだね、急ぎだ。手は止めなくてもいい、少し待ってくれれば」

「早くしろよ、時間は有限だ」

「ああ、わかってる」

 会話を切り出そうとすると、警戒とも違う、なんともいえない心地になる。

 恐ろしいはずもないのに、気後れしてしまう。

「その、なんだ、ごめん。独断専行、じゃないな。うまく言えないけど、ごめん。ギルボアのこと」

「ガンダムは回収した、大佐の身も守った。ギルボア隊は戦果をあげた。戦死者は出たが、それだけだ」

「そうだね、そうだ。昔の僕なら、そう判断した。だけど、僕はもう昔の僕ではなくなってしまってる。だから、ごめん、失敗した」

 ジンネマンは、作業の手を止め振り返る。

 きっと、いろいろと考えているのだろう。静かな目をしているけれど、真っ直ぐに見つめてくる彼の目は、ふしぎと複雑な色に思える。

「パラオに戻ったら、あいつの家族に報告して、それからメシを食っていけ。食事のときには、家族に話をしてやれ。おまえから見たギルボアの話を、たっぷりとな」

「わかった、そうするよ。うまく話せるか、わからないけれど」

 その行為に、どんな意味があるのかは、きっとうまく理解できてはいない。

 ただ、なんとなく。理由はきちんとわからなくても、そうしてみたいと感じる。

「フラストも、少しくらいギルボアの話を教えろよ。僕の記憶だけじゃ、足りないからさ」

「まったく、態度ばかりデカくなりやがって。手すきのときでよけりゃ、教えてやるよ」

「なんだよそれ。恩着せがましいぞ、おまえだって」

 そうやって、くだらない会話を交わして、僕たちは少しだけ笑う。

 喪ってしまったギルボアを忘れようとするのではなく、お互いの思い出を交換して、傷の痛みだけを忘れるように。

 

「どうだった」

「ダメそう、閉じこもっちゃってる。無理もないよ、だって、知ってるひとだったから」

「栄養だけでも摂らせないと、倒れる」

「だから頑張ってるの。ほら、ジンロウも手伝って」

 目を覚ましてから、バナージはひと言も話さない。

 ぼんやりとした目でどこかを見て、たまにうつむいては小さく震えてひざを抱くばかりだ。

 面倒を見てくれていたユイにうながされて、非常食の封を開ける。ペースト状のなにかを、皿へかき出してやった。

「レーションってさ、どこで食べたっておいしくないよね。ああ、マスターのチョコパフェが食べたい」

 横目で見ながら、ユイはぼやく。

 バナージは、ベッドの上でうつむいたまま話さない。

 となりに腰を下ろすのも妙だから、ひとりぶんのスペースを開けて、ベッドの端を使わせてもらう。

「結構さ、わがままなんだよ、ユイは。しっかりしてるんだけど、食事に関してはうるさいんだ」

「聞こえてるからね、ジンロウ」

 釘を刺されながら、皿を差し出す。バナージの反応はない。小さく上下する背中の動きで、呼吸をしていることは把握できた。

「聞いてたかもしれないけど、栄養だけでも摂っておけよ。砂漠ってやつでさ、昼は暑くて夜は寒い。体力をうばわれるから、弱ってるとひどい目に遭う」

「……その方が、いいんです。俺のせいで、こんなことになって……」

 やっと聞けた声はかぼそくて、かすれている。パラオで話したときとも、コックピットの中で聞いた声とも、まるで別のものだ。

 なんとなく、わかる。やけになっているんだと、そう感じる。

「まいったな。こういうとき、どうしたらいいのかわからない」

 今のこれではいけないと、それだけはわかる。

 ただ、なにをすればいいのかは、僕には想像がつかない。

 なぐさめたり、諭したり、導いたり。そういうのは、大人の役割なんだと思い知らされる。僕の人生経験は、こういうときに、とても軽いのだと感じる。

「けれどさ、バナージ。それは、きっといけない。そうやってても、よくなることなんて、ないんだ」

 あいまいで、あやふやで。

 こどもなのだから当然だけれど、こども同然の言葉ばかり。

 どうしてダメなのかを説明できなくて、ひどくもどかしい。

「あなたは、あなたは軍人だからそうなんでしょうけど、俺は」

 バナージの声は、震えている。声だけでなく、やせっぽちの身体も。

 その様子は僕への恐怖心ではなくて、内側にある感情が暴れ出しそうになるのを堪えているようだ。

 顔をあげたところで、バナージがすくむ。発しようとしていた言葉は、息が詰まってしまったように出てこないままだった。

 マリーダさん、と。くちびるの動きに、頭の中で勝手に音がついた。おかげで、ユイの立ち位置は見ていなくても把握できる。

「バナージ、落ち着いて。そんなふうに、いやな気持ちをぶつけてはダメ。ジンロウだって、バナージのことを」

「あなたたちはっ!」

 大きな声には、拒絶の意思が宿っている。

 僕を、ユイを、バナージはじっと見つめている。にらむような、おびえるような、そんな瞳で。

「あなたたちは、そうやって、ふたりで助けあってるからっ……だから、平気なんですよっ。俺は、俺は、誰もいない中で、ひとを、ギルボアさんをっ! ダグザさんが、あんなになってっ!」

「バナージ、落ち着いて」

「落ち着いていられますかっ! わかるんだ、皆、ガランシェールの皆が! 俺に、なにを思ってるのかくらい、わかるんです……」

 知ってる名前と、知らない名前と。

 半日にも満たない時間の中でさえ、バナージの見てきたものは、僕が知らない光景もあるのだろう。

 彼がどうしてそうなってしまったのかは、僕にはわからない。

「なあ、バナージ。僕はさ、おまえが撃つのを見ていた。止めようと思えば止められた、僕なら。でも、止められなかった。おまえを撃つのが、いやだったからさ」

 ただ、このまま放っておいてもいいとは思えない。思えなかった。

「それにさ、なんとなくわかってた。パラオで、おまえがなにをしていたのか。あのとき、キャプテンに報告していたら、もっと別の結果になっていたと思う。まあ、そうしたら今よりもずっと悪い結果になっていたかもしれないけどさ」

「……」

「だから、僕にだって、責任がある。おまえだけが悪いなんて、思ってない。皆も同じように考えてるはずだ。納得できる落としどころってやつを探そうとして、いらだってるだろうけどさ。ギルボアのことで、本気でおまえに怨念を抱いてるやつは、いないと思うんだ」

 もちろん、確信はない。

 そうであってほしいと願う、僕の思いでもある。

 怨念に呑まれてしまうと、ひとは恐ろしいものになる。だから、ガランシェールの皆には、そうなってほしくない。

 そんなふうに考える、僕の素直な思いだ。

「怨念って、なんなんですか。そんなこと、急に言われたってわかるわけ……」

「わかるだろ、バナージ。だから、つまり、僕は、おまえもなのさ。ガランシェールのやつらと、同じなんだ」

 船室の空気は、やはり重たくて居心地が悪い。

 だからといって、逃げ出そうという気持ちにはならなかった。

 ユイも同じなのだろう、なにも言わず、僕のすぐとなりにいてくれる。

「どうして、そんなふうになるんですか。俺のこと、なにも知らないのに」

「さあ、わからない。……僕にはさ、友達がいたんだ。僕がうまくやれなくて、最後は怨念に呑まれた。バナージと似てるのかって言われると、似てない。似てないけど、なんでか、思い出すのさ」

「呼びましたよね、あのとき」

「どうだったかな。とにかく、ああいうのはいやだからさ。怨念とか、怨念返しとか、そういうのに囚われてほしくないんだ。自分がやってしまったことで、辛くて、塞ぎ込むのもわかる。でも、ああ、なんて表現したらいいかな……」

 考える。

 ニッコのやつが、できなかったこと。

 バナージなら、まだ、できること。

 それは、どんなことなのだろう。

「……つまり、ええと、そういうのが、うまく納得できたときに、ちゃんと生きていてほしいんだ。弱りきってなにもできないままだとか、抵抗もせずにとか、そうやってただ死んでほしくない。自分の生き死にくらい、きちんと決められるやつでいてほしい」

「そのためにも、栄養は摂れ、ですか……」

「そういうこと、かな。ああ、くそ、本当にへたくそだな、僕は。会話をしてこなかったせいだ、回り道ばかりしてるし、ちゃんとできてるかわからない」

 考えていることはふわふわしていて、きちんと伝わったかどうかもあやしい。

 それでも、言ってよかったと感じる。自己満足でしかないけれど、バナージが僕を見るようになったのは、素直にうれしい。

 差し出したままのスープ皿を受けとって、バナージが中身をひと口すくう。

 口へと運んで、飲み込んで、もう一度。何度かくり返したあとに、バナージは震える声で、

「ごめん、なさい……」

 この場の誰にでもなく、きっと、おそらくは、僕の知らないひとも含めた、たくさんのものに向けて。

 小さく、小さく。涙ながらに、謝罪の言葉を口にした。

 

 状況ってやつは、少し好転したと思ったらいつだってすぐにひどくなる。

 そのくせ、宇宙の果てへと飛んでいくデブリのように、どうやっても止められない。

 ことの発端は、突き詰めればやはり、僕たちなのだ。

 ガランシェールの不時着を機に、地球に潜伏していたジオンの残党が、ダカールを襲撃したという。

 ジオン残党の力を借りるためにも、ジンネマンはバナージを連れて、どこまでも広がる砂漠へと漕ぎ出した。

 留守を預かる僕らにできることは、彼らを待つ間、生きて待っていることだった。

 待ちぼうけをする間、ふと思うことがある。

 ティターンズの名を忘れてずいぶんと経つけれど、地球に降りて最初に聞く名前がダカールというのは、思えば皮肉な話だ。

 運命だとか神さまだとか、そういうものがあるのなら、きっとそれらはとびきり性格が悪いにちがいない。

 もっとも、ジオン残党にもガランシェールにも、ましてやバナージにも、僕の個人的な感情が知られることはない。

 ただの感傷で、それ以上の価値はない。だから、忘れる。ティターンズも、オーガスタ研究所も、ムラサメ研究所も。

 もうきっと、この地球に僕の生きる場所はない。いいや、そんなものは最初からなかったのだろう。

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