彼方の空 作:ショ・シンシャ
住宅街の窓明かりが輝く雨の夜、空は必死に走っていた。
「待てやコラァァァ!! 貴様、強者だなッ!! 俺とやり合えッ!!」
「嫌ですうぅぅぅぅ!!! 私は平和主義者なんですっ!!」
傷だらけの男がヨーヨーのようなものを振り回して、笑いながら空を追い回す。
非常に細く頑丈な糸がヒュンヒュンと風切り音を生み出して虚空を切り裂く。
命のやり取りにしか生を見出せなかった男は、あの時以来の強者に目を輝かせながら空に戦うようお願いをする。
だが、空は避けるだけでなくヨーヨーを踏みつけて男の姿勢を崩し、距離を離そうとする。
「貴様のような女が平和主義者であるものかッ!! その鍛え上げられた肉体!! 俺の攻撃を全て見ずに避け切るどころか逆に妨害してみせる才能!! 貴様を強者と言わず何と言う!!」
「ごもっともだけど鍛えてはいないです!! このフィジカルは生まれつきなんです〜!!!」
しばらく逃げ続けたものの、コンビニの前にまで追い詰められてしまった空はいよいよ後が無くなる。
(……もう、やるしかない!!)
これより後ろに下がったら、被害は自分だけに留まらなくなる。
覚悟を決めた空は、拳を前に構えて戦う意思を見せる。
「やっと! やっとやり合う気になったかッ!! いいぞ…!いい目をしている……! 誰かを守りたいという意思!! それもまた強者特有の覚悟!! 行くぞぉぉぉ!!!」
男は嬉々としてヨーヨーを振り回し、空に向かって駆け出していく。
すると、1人の女性がコンビニから出てくる。
そして、女性の顔を見た男はピタリと動きを止め、ヨーヨーを手元に戻しお気に入りの玩具で遊んでいる子供のように目を輝かせニタリと笑う。
「あぁ……テメェにまた会えるなんて、今日は最高の一日だなぁ!!! 織斑ぁ…!!!!」
「ふん……外が騒がしいと思えば貴様が暴れていたのか、この脳筋め。……これを少し持っていてくれないか?」
男に織斑と呼ばれている女性は面倒そうに溜息をつきながら、空に持っていたレジ袋を渡す。
女性は持っていたビニール傘を竹刀のように構えて男と相対する。
レジ袋の中にあった缶同士がぶつかり、金属同士が触れた音がゴング代わりに二人の戦いの火蓋を切る。
互いに百均で買えるような見た目の得物だが、二人の放つ強者特有の気配がそれを大業物や殺人兵器に錯覚させる。
「いくぞ織斑ァァァァ!!!」
「…………ふんっ!!」
ヨーヨーを投げた男の顎に、女性の傘先がほんの一瞬、僅かに触れた。
すると、男が呆気なくバタリと倒れる。
女性は倒れた男に近寄り、軽くデコピンをする。
その瞬間、男がくわっ!と目を開き、すぐに起き上がる。
「……貴様も随分と強くなっているではないか」
「テメェもな! はっはっはっ!!」
豪快に笑う男を見て、女性は頭を掻きむしりながらまた溜息を着く。
「全く……貴様が家のコネを使って殺人をでっち上げたと聞いた時は、流石に肝が冷えたぞ?」
「がっはっはっ!! それで強くなって、おめぇに勝てるなら安いもんさ!!」
また豪快な笑いをする男に呆れる女性。
そこに恐る恐る空が近づき、ひょこりと顔を出す。
空の顔を見た男は少し申し訳なさそうに苦笑いをして起き上がる。
「悪いな、嬢ちゃん。俺は定期的に強え奴と闘わねぇと我慢が効かずに暴れちまうんだ。んー、金もねぇしなんも奢れねぇなぁ……おい織斑、お前ん家寄って飯おごってやろうぜ!」
「!!!! …い、いや……とりあえずその子の家に帰してやらねばならないだろう?」
「(織斑の奴、露骨に話逸らしやがったな……?そんなに見られたくねぇなら部屋掃除すりゃいいってのによォ……)……んじゃ嬢ちゃん、代わりにこれやるよ」
男はポケットから携帯電話を取り出し、1つのメールアドレスを見せる。
「……えっと、徳川…財閥、ぶいあいぴー用?」
「ま、困った時はそれに連絡しな! んじゃあな嬢ちゃん! おい織斑! 久しぶりに酒飲もうぜ!」
「お、おい! はぁ……気をつけて帰るんだぞ?」
男は空の背中を軽く叩き、女性を連れてその場を去る。
「い、行っちゃった……凄い強そうな人だったなぁ…いやまぁ、ホントに強かったけど……」
コンビニの前には空だけが取り残され、彼女はハッとする。
(あ、帰り道聞くのまた忘れたぁ〜〜!!)
……仕方なく渡されたメールアドレスを使い連絡すると、黒服を着たサングラスのイカつい人達が迎えに来てくれた。
ここは男の親の財閥が所有する別荘の一室。
先程の男と女性が缶ビールで乾杯をする。
「俺達の再会を祝して、乾杯!! ……そういや織斑、あの嬢ちゃんなんだが……」
「んぐ、んぐ……ぷはぁ!彼女がどうしたんだ?」
缶ビールを片手に男が女性に話しかける。
女性はビールを一気に飲み干し、男の質問に耳を傾ける。
「……鍛えたらアイツ、強くなるぞ。それこそ、俺やお前以上に」
「……そうか。貴様がそう言う程の逸材なら、機会があったら鍛えるのも悪くは無いかもしれん」
晴れた夜空から月明かりが部屋に降り注ぐ中、2人は再び乾杯をして祝った。己達に代わる次世代の誕生を……