魔王の娘ですが、聖女です ー生きたいだけなのに人生ハードモードなんですがー   作:あとらすR

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聖女、長女になります

 

「そういえばステラはこれからどうするの?」

「これから、というと?」

「いやあ、お家とかどうするのかなって。モーガンおじさんは気難しいからもしかすると泊めてもらえないかも」

 

 なんと。それは初耳です。

 いえ、現時点でそもそも居候させていただいていた怪我人の身分ではあったのですが、そこからさらにホームレス、家なき子というステータスまで追加されては厳しいものがあります。

 私の体はどれくらい魔族によっているのかわかりませんが、少なくとも身体能力は人間の五歳児女子と変わりありません。

 それで日本と違って野生動物が当然のように人間の住みかに現れるこの世界で、野宿生活。

 あっという間に狼さんにでも食べられてしまうでしょう。比喩としても物理的にも。

 非常に申し訳ないことではあるのですが、背に腹どころか命は代えられません。

 早急に寝床を確保しなくては。

 

 

 

「もう泊めてやらんぞ。怪我はもう治ったろう」

 

 モーガンさんにはにべもなく断られました。予想はしていましたが、ここまであっさり断られると少し悲しいものがあります。

 しかしいきなりこの村に流れ着いた身元不詳の子どもなど、見捨てられないだけよかったというものでしょう。

 しかもその内実は魔王の娘で聖女の力を持っている。なんともまあ厄ネタです。

 それを想えば、モーガンさんとルッツには頭が上がりません。

 

「というよりルッツ、お前が拾った娘だろう。お前が面倒をみてやれ」

「僕?」

「そうだ。手当はお前の手に余ろうが、寝床はお前の両親にでも頼めばえかろう」

 

 ルッツの反応を伺います。私にとっては暗闇にたらされた一本の蜘蛛の糸です。

 もしここでルッツにすら拒まれれば、私は体を売ってでも生きていく必要があるでしょう。

 五歳にして体を売って生活を立てる。生んでくださったお母様に申し訳が立ちませんが、この状況に突き落としたのはお父様なのでぜひ怒るならそちらへお願いします。

 お母様がどのような方だったかは人づてにしか聞いていませんので怒るのかさえわかりませんけれど。

 とにかくここでルッツの助けが得られなければ、私は非常に困った事態に陥ります。どうすればいいか見当もつきません。

 ですがそんな心配は杞憂でした。

 

「それもそっか! ねえステラ、うちへおいでよ!」

 

 そういうなりルッツは私の手を引っ張っていきます。

 連れてこられたのは、この村でよく見た木造の一軒屋です。石で作られた煙突から夕焼けの空に煙が立ち上っています。

 ルッツは勢いよく扉を開けました。

 

「ねえねえ、この子をうちに泊めてあげてもいい!? こないだ話した、森で怪我してた子!」

 

 家の中に飛び込んだ私たちを出迎えたのは、かまどで鍋をかき混ぜている恰幅のいい婦人と、ウッドチェアで体を休めている気のよさそうな男性でした。

 恐らくこの二人がルッツのご両親なのでしょう。驚いた様子のお二人の反応やいかに。

 まだ何も言われていませんが、とりあえずは私から名乗ることにしましょう。これからお世話になるかもしれない方に、礼などいくつ尽くしてもいいですから。

 

「ステラと申します。故あって近くの森で倒れていたところをルッツに助けられました。着の身着のまま辿り着いたものですから、どうかここでしばらく泊めていただけないでしょうか」

 

 しいんと静けさに包まれます。これはもしかしなくとも、ダメでしょうか。

 

「か……」

 

 か?

 

「かわいぃぃぃ! ルッツ、よくこんなかわいい子を助けたね! よくやった!」

「むぎゅ」

 

 婦人にぎゅっと抱きしめられました。凄まじい力です。頬ずりもされていますし肉感あふれる肉体に包まれて息が……これが、母性というものですか?

 

「まあね! へへ」

「おお、ほんとに可愛らしい子だな。うちのリリィにも劣らない……うん、比べるのもおかしな話か。とにかく、良く助けた」

「ほんっとうに可愛いよ! うちの娘に迎えたいくらいだ! 泊まるくらいならいっそうちの娘にならないか!」

「ハンナ、流石にそれはいきなりすぎるだろう……」

「いきなりも何もあるもんかい! 困っている子どもを助けないなんて生きているのが恥ずかしいくらいさ。しばらく泊まるなんて肩身の狭い思いさせるくらいなら、最初からうちの子として迎えるよ」

「むぐぅ……」

 

 どんどん息が苦しくなっていきます。あったかいですね、ああ、お星さまが回って綺麗です……。

 

「お母さん、離してあげないとステラが苦しそうだよ」

「おっと、ごめんよ」

 

 ぱっと解放されます。欠乏した後に味わう空気は新鮮で、一命をとりとめたという実感が湧きます。少し名残惜しくはありますが……。

 

「すまないねえ、あまりにもあんたが可愛いもんだからついやりすぎちまったよ」

「い、いえ、大丈夫です」

 

 最近私は死にかけることが多すぎではないでしょうか。それでも一番平和な死にかけ方なので痛さとか怖さがなく、むしろ多幸感に包まれていたくらいですが死にかけること自体があまり嬉しくありません。

 私は生きなくてはならないのです。自分のためにも、お父様のためにも。

 

「それでステラ、うちの子にならないかい?」

「え?」

 

 頭がはてなでいっぱいです。しばらく泊めてくださいと頼んだはずなのに、どうしてそれを飛び越えて家族にならないかと尋ねられているのでしょう。

 いえ、望外(ぼうがい)の喜びではあるのです。ただ予想外すぎて頭が追い付きません。

 どうして一切が謎に包まれた赤の他人をそうまで温かく迎え入れられるのでしょうか。

 

 困惑する私を見て夫人は笑いかけます。

 

「そんなひとりぼっちの子どもみたいな寂しい目をしてる子を放っておけやしないよ。うん、決めた。何が何でもうちに泊まりな。家族云々はそのうちさな」

 

 がしがしとたくましさを感じる手で肩を力強く叩かれます。しかし痛くはなく、温かいです。

 他の方はどうなのかと見てみれば、ルッツ君はにっかりと笑っていますし旦那さんは微笑まし気に見守っています。

 本当に、いいのでしょうか。

 

「ステラ」

 

 ルッツが私の手を握ります。

 

「遠慮なんてしなくていいんだよ。僕の自慢の家族だもの」

 

 ……本当に。彼は人の心を優しく溶かす天才ではないでしょうか。

 この家族にしてこの子あり、という感じです。

 これから一人でどうしようかと悩んでいたのが馬鹿馬鹿しいくらいに、温かい人が周りにいました。

 

「……不束者ですが、よろしくお願いします」

「それはなんか違う気がするけどもなあ」

「思っても言わないんだよ、あんた」

「あいだ!」

「ふふふ」

 

 旦那さんが頭にげんこつを落とされています。なんだか緊張していたのが一瞬で緩んでしまいました。

 

「なあにぃ……?」

 

 あどけない声が聞こえてきました。奥の部屋からよたよたと、小さな女の子が歩いてきます。

 

「リリィ、起きちゃったか。このお姉ちゃんな、今日からウチにいることになったステラちゃんだよ」

「おねえちゃん?」

 

 かわ、可愛いです!

 さらさらと流れる茶髪に、ルッツと同じまん丸としたシトリンの瞳。

 ぐしぐしと半分閉じた目をこすりながら舌足らずな声で呼ばれた言葉に胸が高鳴ります。

 天使ですか? 尊いの極みでは? え? こんな可愛い生き物がこの世に存在してもいいんですか?

 思わず口を両手で覆っていました。はわわです。

 

「はい、お姉ちゃんです!」

「ステラ!?」

 

 ルッツが驚いていますがそんなことは気になりません。手首のねじがゆるいと笑うなら好きなだけ笑ってください。

 可愛いものの前にそんな些事はどうだっていいのです。

 リリィがこちらに両手を伸ばしてきます。

 

「だっこ……」

「はい! ああ、可愛いです……」

 

 むにむにといつまでも抱きしめていたくなる柔らかさにほんのりとした温かさ。

 もしやこの子は天使ではないでしょうか? 今すぐ妹になってくださいいや私がお姉ちゃんになればいいんですね。

 

「私お姉ちゃんになります!」

「早いねステラ!?」

「わあいおねえちゃんら……」

 

 ぐう、と私の胸元でリリィはそのまま眠ってしまいました。

 大丈夫ですか私可愛いの過剰摂取で死んだりしませんか? ごめんなさいお父様、可愛さに殺されるのはちょっと本望かもしれません。

 あまりの尊さに固まる私をぎゅっとリリィごと婦人が抱きしめました。

 

「うちへいらっしゃい、ステラ」

「……はい!」

 

 私にとって命の危険で満ち溢れたこの世界ですが、それでも人の暖かさというものはあるのですね。

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