魔王の娘ですが、聖女です ー生きたいだけなのに人生ハードモードなんですがー   作:あとらすR

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一年が経ちまして

 私がアサン村に来てから一年と少しが経ちました。

 アサン村は相も変わらずのどかで、平和な時間が流れています。

 変わったことと言えば、私、リリィとルッツの三人が毎日のようにトレヴァーさんの特訓を受け続けたことでしょうか。

 今日もまた三人で彼に会いに行こうと家の扉を開けると、モーガンさんがそこに立っていました。

 

「ルッツ、少し話がある」

「なあに?」

 

 モーガンさんは森を見やり、声の調子を落としました。

 

「近頃森に狼が増えとる。これまでは考えられんかったほどにな。もしかすると何か異常が起き取るかもしれんで、お前に先に言っとく」

 

 いいか、と彼は続けます。

 

「もし異常があれば、儂は赤い狼煙を上げる。それが見えたら村から避難せい。他の村人にも伝えてあるが、お前らが逃げ遅れるなんてことがないようにの」

「それなら僕も付いていくよ」

「ならん」

「そう言わないでよ。最近剣だって上手になったんだ。狼相手でも少しは「ならんというとる」」

 

 縋るように言い募るルッツにモーガンさんが向ける目は鋭いものでした。有無を言わせない、怒りすら感じさせる瞳です。

 

「お前が来たところで何にもならん、足手まといを連れていく余裕なぞない」

 

 断固として許さないという意志が込められています。

 確かに、いくら鍛えたとはいえ剣一本で狼の群れに立ち向かうのは無謀でしょう。

 例えモーガンさんがいても変わらないこと。

 

「……わかったよ、おじさん」

 

 そして彼は弓を背負い、森の奥へと向かいました。

 大丈夫、なのでしょうか。どうしても嫌な予感が拭えません。

 

「大丈夫だよ」

 

 じっとモーガンさんの背中を見守るルッツの声は、彼自身に言い聞かせているかのようでした。

 

 

 私達が向かったのは、ルッツが以前素振りに使っていた場所です。

 既にトレヴァーさんはおり、倒木に腰掛けてじっと地面を見つめている様子でした。

「さて。今日も始めようか」

 私達の姿を認めるとトレヴァーさんは意気揚々と立ち上がります。

 これが去年から、私達の日常風景となっていました。

 思えば一年が経っていたわけです。短かったような、長かったような。

 この一年でリリィはめきめきと魔法の腕を伸ばし、黒を除く各属性の中級魔法までをほとんど使えるようになりました。

 黒魔法を教えられていないのは、他の属性に当てはまらないその他全部という雑多な扱いであり、体系化が進んでいないので教えられないからだそうです。

 ルッツはというと、この一年間トレヴァーさんからボコボコにされ続けていました。攻め掛かれば軽くいなされ、受けに回れば技術で押し切られる一方的な試合。

 模擬戦で彼から一本も取ることはできず、日々絶えない生傷を私が治癒魔法で癒す日々でした。

 しかし最近は以前よりも生傷が減っていて、成長が感じられます。

 最も成長していないのは私でしょうか。

 もともと私は王女としてそれなりに魔法を学んでいましたから、中級魔法まではほとんどの属性で使えていました。

 ですから成長速度はリリィのペースに少し遅れるよう偽装はしていましたが、それでもリリィが速すぎて不自然さは拭えないでしょう。

 実際何度もトレヴァーさんは不思議そうにしていました。リリィに比べて魔法の素質に乏しい私がどうして彼女のペースについて行けるのかと。

 まあ習得についていけるだけで、威力や効率の面でどうあがいてもリリィには敵いません。

 同じ魔法を使っても、素質の差によってそこに大きな差が生じるのです。

 素質ある人が使えば、低級魔法ですら素質のない人の中級魔法に勝りえます。

 『今のはメラではない、メラゾーマだ』が本当にできてしまうわけですね。

 現状は私のメラミがリリィのメラと同じ程度なのですが、彼女が魔法に慣れ親しんで行けば実現されそうな気がします。

 

 一方で治癒魔法に関しては何故か他の魔法より効果が大きくなっていました。

 これも聖女の力の影響でしょうか。

 それとも何度か死にかけたことで生存本能がそれを求めたのでしょうか。

 現状ではよくわかりません。

 防御魔法や身体能力の強化は雀の涙程度の成長しか感じられないので、後者の可能性の方が高いように思いますが。

 

 成長した二人に、何も変わらない私。

 過ごした穏やかな日々の中に、確かに燻ぶる焦燥感。

 ――本当に、私はこのままでいいのでしょうか。

 

「あぐう!」

「だいぶ上達して来たね。まだ先は長いけど、弱い魔物とならいい勝負ができそうだ」

 

 今日もまたルッツはトレヴァーさんに敗北を喫していました。

 どれだけ吹き飛ばされても、殴打を受けても倒れずに立ち向かうルッツの執念は凄まじく、模擬戦だというのに二時間近く経っていました。

 しかしそれだけ戦えば流石に限界は来るようで、地面に倒れ伏したまま大きく呼吸をしています。

 私は彼の傍で跪いて、その傷を一つ一つ治療していきました。

 

「……ありがとね、ステラ」

「いえ、気にしないでください」

 

 傷を全て治し終わった頃、ようやく体力が回復したのかルッツは体を起こしました。

 まだ息は荒いけれど、少し落ち着いた様子です。

 その目に宿る闘志は全く衰えていません。

 そして彼がもう一本、と口に出した時。

 

 ワオオオォォォォォ……。

 

 とても聞き覚えのある遠吠えでした。

 一年前、命の危険にさらされたあの日。背筋が粟立つような死の気配。禍々しい気配を纏った魔狼。

 弾かれたように声の方向を見れば、空に赤い狼煙が上がっているのが見えました。

 

「――モーガンさん!」

 

 それに気付くや否や、ルッツは迷うことなく木刀を片手に駆け出しました。

 制止する間もなく、森の奥へと走っていきます。

 止めなければ。

 たかが子ども一人が、木刀を手にして魔狼に挑むなど自殺行為です。

 モーガンさんにも、村の人を連れて逃げるよう言い含められているというのに。

 彼の優しさが、彼を死地へと連れて行ってしまう。

 行かないでください。私は。

 ――大切な人を失うのが怖い。

 気付けば彼を止めようと走り出していました。

 

「どこへ行くんだい?」

 

 どこか愉しそうな声と共に、強い力で腕を掴まれます。

 振り向けば、トレヴァーさんが口角を吊り上げながら私を見下ろしていました。

 そこに人のよさそうな優しい先生の影はなく、まったく知らない人が表れたかのようで。

 私はぞっと鳥肌の立つ感覚を覚えました。

 

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