魔王の娘ですが、聖女です ー生きたいだけなのに人生ハードモードなんですがー   作:あとらすR

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勇者侵入

  鳥の鳴き声に、木々のさざめきがかすむ意識をくすぐります。動こうとしても痛みを訴える体は応えてくれません。

 痛い。辛い。苦しい。体のあちこちから送られる感覚は、そんな負の感情ばかりを思い起こさせるので、嫌になります。

 私の血がどんどんと地面にしみ込んでいくのが見えています。酷い出血というものは、こうして命が失われるさまを残酷に突きつけてくるものなのですね。

(お父様、どうして……)

 脳裏を埋め尽くすのは、愛する人への疑念。一体なぜ、こんなことに。そんな思いが答えの出ないままゆっくりと巡ります。

 やがて言葉さえ思い浮かばなくなった頃。

「君、大丈夫!?」

 薄れゆく視界の中に飛び込んできたのは、あどけない、それは優しそうな少年の顔でした。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 その日、フェイルト城はいつになく騒々しかった。

 断続的に発生する大きな爆発や剣戟の音、鎧を着た魔族の兵士が慌ただしく行きかう音。

 人々からは魔王城と呼ばれ恐れられているフェイルト城がそのような様子である理由はただ一つ。

 

 勇者の一党が城に侵入してきたためだ。

 

 勇者一党の襲撃に即応し、戦闘に入った四天王のザラカフはあっけなく討ち取られた。

 その報せが城内を駆け巡ってそう時間は掛かっていない。

 今城内が慌ただしい状態にあるのは防衛計画の通りに兵を配置することと、非戦闘員の避難を行っているためだ。

 ただ、想定されていた以上に速くザラカフが敗れてしまったために、どちらも満足に行えていない。

 特にこういった状況に手慣れていない要人の避難は遅れている。

 

 勇者というのはいつだって一騎当千の力を持っているものだ。

 その力の大部分は、女神ナーデから与えられる加護による。

 女神から加護を受けた人間は、奇跡と称されるほどの驚異的な力を行使することができるため、その多くは歴史に名を残すものだ。

 勇者、聖女、賢者、魔女などがとくに大きな加護を受けた人間として知られている。

 勇者の他の一党の面々の実力はまちまちだが、聖女などが同行していることが多くそこらの冒険者とは一線を画する。

 魔王に連なる魔族の者たちは一兵卒であっても人間に対して個の力で大きく勝る。

 だからこそ、魔族はずっと昔から人間にとって畏怖の対象であるのだ。

 しかし勇者一党はその力関係をいとも簡単に覆す。

 当代の優秀な者や神からの加護を存分に授かった者たちが少数で乗り込んでくるのだから、それもまた当然の帰結というべきか。

 

 圧倒的な力を持つ勇者一党には、数で圧倒するような戦術は無意味であり、いたずらに損害を増やしてしまう。

 従って謀略を以てして戦わず勝利を収めるのが最善というのが、長い歴史の中で魔王軍の得た結論だ。

 しかし魔王城に侵入されているということは、勇者一党が謀略の数々をすでに踏み越えてきたということである。

 ゆえに、圧倒的な個で以て制する。

 その任を与えられたのが四天王であり、魔王軍の最精鋭である。

 末席とはいえ四天王のザラカフが時間稼ぎも満足にできないというのは、それだけ当代の勇者一党が油断ならない相手であることの証左に他ならない。

 

 ザラカフを倒した勇者一党は、魔王城を駆ける。

 ここは敵地の最奥、休む暇もなく狙うは魔王の首ただ一つ。

 

 「勇者か!」

 

 角を曲がった先にいたのはオーク族の兵士が五人。

 近衛の兵であるのか、今までに倒してきた一般兵よりも強さの格が違うと見て取れる。

 それらを勇者は抜刀の一閃で以て切り捨てた。

 生首が五つ、宙を舞う。

 

「ひぃっ!」

 

 舞い上がる血飛沫に悲鳴が上がる。

 その悲鳴は、兵士たちに守られていたと思しき侍女があげたものだった。

 侍女の腕にはまだ幼い少女が強く強く抱きしめられている。

 

 勇者はその少女に目を奪われた。

 肩までさらりと伸びた艶やかな銀の髪は、史上最高と謳われた先代の聖女を彷彿とさせる。

 金色に輝く瞳は、たった今行われた凶行に怯えるでもなく、こちらを見定めるかのように正視している。

 あどけない見た目でありながら、その風格は威厳ある王と対峙したかのようだった。

 ともすれば、気圧されてしまいそうなほどに。

 

「リリア様……?」

 

 勇者の横で僧侶がそう呟く。

 リリアとは、先代の聖女の名前だ。

 先代の勇者とともに魔王城に侵入し、還らぬ人となったと伝わっている。

 僧侶は教会での生活の中でリリアとよく接していたそうだから、よりその面影を子どもに感じたのだろう。

 

(くう)よ、其が敵を裂け』

 

 二人が目を奪われた一瞬、賢者が魔法を唱え、不可視の刃が侍女へ向かう。

 侍女はそれを己の背中で受けとめた。

 少女を風の刃から守ってのことだ。

 侍女の背中から激しく血が噴き出し、廊下の壁を黒々と染めた。

 少女は驚いたような表情こそ見せているものの、取り乱した様子はない。

 それは惨事を目の当たりにした幼子にしては、不自然なものだったが。

 

「シグ、何をしている!」

「子どもとはいえ、魔族の子です。殺さねば、いずれ我らの敵となります。それにこの状況、彼女は本当にただの子どもでしょうか?」

「そうであろうと、子どもに手を掛けようとするなど!」

 

 勇者が賢者の胸倉をつかみ、言い争う。

 その様を横に、少女は静かに目を閉じ両手を組んだ。

 まるで祈りを捧げるように。

 少女が祈る姿は、幼いころから聖職者として祈りを捧げ続けてきた僧侶をして、見惚れるほどに美しい。

 やがてぽつぽつと蛍火のような青い淡い光が少女の周囲から吹き上がった。

 僧侶はその神秘的な光に、母の腕に抱かれる温かさを思い出す。

 光は徐々にその勢いを増し、血だまりに倒れ伏していた侍女と兵士たちを包み込んでゆく。

 

「この光……リリア様の魔法……」

 

 僧侶が呟く間に、奇跡が起きていた。

 侍女の傷は何もなかったかのように完治し、宙を舞った兵士の首は元通り体にくっついている。

 それは通常の回復魔法ではなしえないことだった。

 少なくとも現在治癒魔法を使える人間として、世界で五本の指に数えられるほどの腕前を持つ僧侶を以てしても不可能だと言える。

 

「この子が、当代の聖女様なの……?」

 

 僧侶の言葉に、勇者と賢者が口を噤む。

 奇跡を起こした少女はまだ、祈っていた。




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