演習は引き分けという結果に終わった。最上の瑞雲改二から投下された演習爆弾が磐梯の頭上で炸裂するのと、磐梯の砲撃が最上に着弾したのはほぼ同時。相打ちだった。
対抗演習を終えて鎮守府に帰投した第二六戦隊は、甘味を楽しみながら食堂で談笑していた。
「それにしても、まさか砲弾を切られるなんてなぁ。どうやってやったのさ?」
「うんうん、酒匂もびっくりしたっぴゃ。磐梯さんすごい!」
「加古さんも酒匂さんも買いかぶり過ぎですよ。それに、すごいのは私ではなく私の師です」
「磐梯の師匠……って、どんな人なんだい?」
時雨の問いかけに、磐梯は少し考える素振りを見せた。彼女のことについて話せることは、あまり多くない。
「そうですね……おおらかな人でしたよ。優しい方でした」
「そいつも艦娘なのか?」
「はい。と言っても、今は予備役ですが」
一〇年も前、艤装の技術も黎明期の頃に戦っていた艦娘だ。その時代の艦娘はもはや今の海戦では通用しなくなっているため、四年ほど前に一部を除いて退役することになった。彼女はその際に予備役となった艦娘の一人だった。
今でもあの人のあっけらかんとした笑顔が、磐梯の脳裏に鮮明に浮かんでくる。
「ふむふむ……刀で砲弾を切るという離れ業をやってのけた超甲巡艦娘、磐梯さん。そして磐梯さんを育て上げた、退役済みの艦娘……気になりますねぇ」
その時、その場にいる第二六戦隊の面々ではない声が響いた。声がした方向を見ると、薄藤色の髪に透き通るような青い瞳の少女が立っていた。
「ぴゃっ、青葉さん?」
「青葉……あの"ソロモンの狼"の青葉ですか?」
「初めまして、磐梯さん。その呼び方はちょっと恥ずかしいのでやめてほしいんですけど……」
頬を掻きながら青葉が言った。青葉型重巡洋艦一番艦、青葉。第六戦隊の一員であり、不死身のような経歴を持つ艦娘だ。
「ってか、一体いつからこっち来てたのさ」
「ついさっきだよ。途中で潜水艦にやられちゃってさあ。でも艤装のおかげで青葉は平気。艤装の修理してもらって、補給してから呉に帰るよ」
「げっ、潜水艦かぁ……でも、無事でよかったよ」
南西諸島近海や南シナ海などは、特に潜水艦の活動が顕著な海域だ。米軍のP-8哨戒機や海自のP-1なども哨戒に当たっているものの、未だ深海棲艦の活動が活発な海域であるため、カバーしきれていないのが現状だった。
「それはそうと、司令官が呼んでましたよ。『ブリーフィングルームに来てくれ』とのことです」
「提督が? 急いだほうがよさそうだね。行こうか」
アイスクリームを掻き込んで席を立つ。久しぶりの甘味をもう少し味わいたかったが、遅れるわけにもいかない。
「青葉さん、また今度話しましょう。そのときはあなたの話も聞かせてください」
「古鷹と衣笠によろしく言っといてね~」
「数時間前、南西諸島近海の哨戒任務に当たっていた米軍のP-8が消息を絶った。恐らくこの機は撃墜されたものと思われる」
ブリーフィングルームのプロジェクターが南西諸島近海の海図とP-8の航路を示した。嘉手納基地から離陸し、大東諸島の周辺でその航跡は途絶えていた。
「撃墜された……? 待ってください。南西諸島は何年も前に取り戻したはずでは?」
南西諸島は日本国の重要な拠点のひとつだ。沖縄には今も数十万人以上の民間人が住んでいるほか、米軍・自衛隊の基地もある。過去には大東諸島や石垣島、宮古島まで深海棲艦が進出したこともあり、一時は沖縄で地上戦が行われたこともあった。だが今は制海権はこちらのものとなり、深海棲艦がいるとしてもせいぜい潜水艦かはぐれた駆逐艦程度のはずだった。
「その通りだ。だが哨戒機から送られてきた写真では、ヲ級、ル級を含む敵艦隊を確認した」
尾野がラップトップを操作すると、スクリーンに写真が映し出された。
「……ヲ級一隻、ル級二隻……どれもFlagship級か」
長波が呟いた。
「ああ。この艦隊が目撃されたのは大東諸島近海だ。現時点で他に戦力は確認できていないが、奴らがここを押さえるつもりなら、恐らく別の主力艦隊、そして上陸部隊がいるはずだ。君たち第二六戦隊はこれを殲滅し、南西諸島近海の戦闘哨戒を行ってもらう。支援艦隊として千歳、千代田を。その護衛に駆逐艦松、竹、梅、桃を出す。また、今作戦では君たちの支援のため、ひばら型支援艦『ひばら』が後方で待機する。有効に使ってくれ」
ひばら型支援艦は深海棲艦との戦いが始まったあとに建造された艦艇で、艦娘の支援に特化していた。全長一三〇メートル、船体はフリゲート艦が元となっていて、補給だけでなく艦娘の治療も行える。自衛用にSeaRAMとファランクスを搭載しているが、深海棲艦の艦載機に対して有効かと言われれば、ないよりはマシ程度にはなってしまうが。
「第二六戦隊はすぐに出撃してもらう。ひばらに乗艦し南西諸島沖に展開、戦闘哨戒を実施せよ。なにか質問は?」
手を挙げる者はいなかった。
「……では準備が出来次第出発してくれ。解散!」
一斉に席を立ち、第二六戦隊はブリーフィングルームを退出していく。
「それにしても、アタシたちのためだけに支援艦隊とひばらを出すなんてな」
「それだけ事態を重く見ているってことね」
吾妻の言う通りだろう。本格的な侵攻のための足掛かりを築かれる前に奴らを叩く必要がある。しかし、状況が芳しくない南方のことを考えると、戦艦を含む主力艦隊を出すわけにもいかないだろう。そこで第二六戦隊が選ばれた。戦艦ほどの火力はないとはいえ、重巡よりも主砲が大きい超甲巡が二隻もいればかなりの戦力になる。
「ほんとあたしたちって便利に使われてるよなぁ……」
加古の言葉に苦笑しながら、吾妻たちは出撃のためその場を後にした。
桟橋に着く頃には既にひばらへの艤装の積み込みは終わっていた。そばまで来ると改めてこの艦の大きさが分かる。フリゲート艦が元とはいえ、彼女にとって自分たちは蟻のようなものだろう。だが、これだけ大きな軍艦たちも深海棲艦には敵わないというのだからなんとも悲しい話だ。
深海棲艦との戦いが始まった当初に人類が苦戦していた理由のひとつとして、奴らに現代兵器は有効ではないというのがあった。艦娘の艤装がダメージを肩代わりしてくれるのと同じように、深海棲艦も現代兵器の攻撃を軽減してしまうのだ。
もちろん爆弾や対艦ミサイルを食らわせてやれば深海棲艦も沈んだが、費用対効果が悪すぎるために艦娘が運用されるようになってからは対艦ミサイルは使われなくなっていった。機関砲や速射砲でもダメージを与えることはできるが、自艦が先に沈められるのがオチだ。
とはいえ、完全に艦娘に任せきりというわけでもない。航空優勢が確保できていれば高高度爆撃を行うこともある。地上型の深海棲艦に対しての爆撃や巡航ミサイルの飽和攻撃は、こちらの被害を出さずに一方的に攻撃できるという点で今でも有効だ。
「あなた方が第二六戦隊ですね?」
「ええ、あなたは……」
声がした方向に振り向く。髪にはところどころ白髪が交じっていて、少ししわのある穏やかな表情を浮かべている男性は、海自の制服を着ていた。
「ああ、私は君島義治と申します。この艦の艦長を務めております」
君島義治。支援艦ひばらの艦長を務めるこの男性は、戦前から護衛艦に搭乗していた経験豊富な船乗りだ。
吾妻が敬礼したのに合わせて、ほかの面々も敬礼をした。
「ひばらへようこそ。我が艦の総力を尽くしてみなさんをサポートしましょう。さあ、ついてきてください」
君島の後に続いてタラップを渡り、彼に艦内を案内してもらう。船体は護衛艦と比べると小型ではあるが、支援艦という艦種のためか艦内設備はかなり充実していた。特に特筆すべきなのは医療設備だろう。手術室やICUまで備えており、病床もかなりの数を収容できる。小規模な病院船としても運用できそうなほどだった。
艦の後部にはハッチがあり、内火艇や艦娘の発進及び収容が可能だ。
一通り艦内を見て回ったあと、磐梯は寝室へ向かった。部屋は省スペース化のため二段ベッドが置かれているため、少し手狭に感じられた。とはいえ、この艦は軍艦であって豪華客船ではない。この小型の船体に乗組員と艦娘、そして物資を収容するためにはある程度居住性については妥協せざるを得なかったのだろう。
「到着までまだ時間があるとはいえ、油断は禁物よ。先に仮眠を取って夜に備えましょう」
部屋に入るなり、吾妻は磐梯に床に就くよう言った。移動中にこの艦が襲われる可能性もゼロとは言えない。深海棲艦の潜水艦隊の動向を完全に捕捉することはできないし、本土近海でも深海棲艦が目撃されることはごくまれにある。千歳と千代田から対潜哨戒機を出しているとはいえ、万一に備えて損はないということだ。
吾妻の言う通りにベッドに横になると、すぐに眠気が襲ってきた。長距離の移動と久しぶりの演習で少し疲れていたのだろう。
「おやすみなさい、磐梯」
髪を撫でられる感触を最後に、磐梯は眠気に身を委ねた。