アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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はじまりのはじまり
『罪と罰』


―――百合ヶ丘女学院近郊・森林地帯

 荒れた息が夜に沈んだ森に響き、目を赤く染めたアルビノの少女は、大剣を手に一心不乱に駆け抜ける。

 何かから逃げているかの様な彼女の背後、月光に照らされた刀を手にした長身の少女が追いかける。

 血に染まった様な赤黒い刀は、ワインレッドのオーラを渦巻かせ、獲物として捉えたアルビノの少女を嗤う様だった。

「待て、マリア!」

 長身の少女は、後を追うアルビノの少女をマリアと呼ぶが、彼女は止まらない。

 逃げるマリアの顔には、苦痛に歪んだ表情だけが浮かんでおり、ただひたすらに前だけを見ていた。

「クソッ!」

 悪態を吐く少女と共にマリアは森を抜ける。その先には、ヒュージの討伐で疲れ切ったレギオンの姿があった。

 レギオンの姿を認めた瞬間、マリアは更に加速する。狩る筈のヒュージと同じ咆哮を上げながら、彼女は自らの苦痛をぶつける様に彼女らへ襲い掛かる。

「えっ、何!?」

 突然の事に足が竦んだ彼女らへ、マリアは猪突していく。得物であるダインスレイフを振るい、前を行く少女へ叩き付けんとする。

 悲鳴を上げる間も無く、距離を詰められた少女は、目を見開くだけしか出来なかった。

「ッ!」

 マリアの背後から聞こえた詰まった呼気と共に、彼女の体勢がかくんと不自然に折れる。

 違和感と共に冷静さを取り戻した少女は、力を失った彼女を受け止めて、その理由を知った。

「ッ・・・はっ、はぁっ・・・」

 マリアがいた背後に、赤黒い刀を振り切った長身の少女が立ち、大量の返り血が彼女の半身を濡らしている。

 誰の血か、と一瞬疑問に思った少女は、悲鳴交じりの息を詰まらせるレギオンメンバーに促されるまま、受け止めたマリアの姿を見下ろす。

「ッ! ひ・・・」

 目に生気を失いつつあるマリアの下半身が無く、彼女が飛び上がった足元に墜落していた。

 長身の少女が何をしたのか、少女は悟った。あの赤黒い刀で以って、マリアを殺したのだと。

「う・・・げぇっ」

 生臭い血の匂いと、目の前で殺人が起こった強いストレスが、レギオンの面々へ嘔吐を促す。

 パニックで過呼吸を起こす少女は、刀を下ろした長身の少女と目が合った瞬間、ぐるりと白目を向いて倒れた。

 嘔吐の音と、半狂乱になった叫び声が響く中、力無く刀を落とした長身の少女は、気絶した少女へ覆い被さるマリアの上半身を抱え上げた。

「・・・ごめん、マリア」

 叫び声の中で響かせるにはあまりにも小さい声で、彼女は言う。

 返り血でぐしゃぐしゃになったズボンに、だらりと垂れさがったマリアの臓器が張り付き、生乾きの血糊に体液を交わらせる。

「ナギサ!」

「・・・アイネ」

 息を切らしたプラチナブロンドの少女、アイネが、ナギサと呼んだ長身の少女へといの一番に駆け寄る。

「遅れてごめんなさい、一体何が―――」

 彼女の背後から、3人の少女が遅れて駆けてくる中、目の見えないアイネは、腰から真っ二つにされた義妹を抱えたナギサをレアスキルで知覚し、目を丸くする。

「ナギサ、マリアはどうしたの・・・?」

「僕が、殺した」

「・・・そう。そう、なのね」

 そう言い、諦めとも、悲しみともつかない顔を俯かせたアイネは、ナギサの足元に落ちたマリアの下半身の方へしゃがみ込む。

 でろりとみっともなくはみでた臓物を、体に納め直した彼女は、子どもでも抱える様に持ち上げ、通信機を起動する。

「・・・ユア、死体袋を1つくれる?」

 背後を振り返りながらそう言ったアイネは、遅れて駆けてきた3人の内、サイドテールの少女にそう指示する。

 ユアと呼ばれた彼女は、アイネとナギサが抱えているものに気付くと背負っていた斜め掛けのリュックから黒い正方形を取り出し、封を切る。

 残りの2人の内、ウェーブがかったブロンドの少女が、アイネに視線を流す。

「アイネ。マリアは、やはりナギサが?」

 投げられた彼女の問いに、死体袋に義妹を詰め込むアイネは黙々と頷く。

 色素の変わった目の瞼を下ろし、ジッパーを閉めた彼女は、放心状態のナギサに目を向ける。

「・・・仕方の無い事よ、オリヴィア」

 そう言い落としたアイネは、回収の手配をユアに任せ、ナギサの生み出した惨状を見回す。

「そうしなければ、誰も救えなかった」

 俯きがちにそう言うアイネ越しに、ナギサを見たブロンドの少女、オリヴィアは何かを言いかけて口を噤んだ。

 30分ほどで到着した回収班は、泣きじゃくるレギオンメンバー達と、血だらけのナギサに気付き、視線を彷徨わせた。

「こちらです」

 柔和でありつつも事務的な呼びかけをしたユアが、死体袋の方へ回収班を誘導する。

 その背後、レギオン単位の少女達がCHARMを手に踏み込んできた。

―――こいつらは回収班では無い。

 彼女の直感がそう告げ、僅かに臨戦態勢を取る。彼女らの意識は半狂乱のレギオンとナギサに向けられていた。

「この場に何か?」

「派遣されたレギオンの帰還がまだと連絡があり、派遣されました。この状況は一体?」

「説明は学院へ帰還後に、生徒会経由で行います。今はレギオン《彼女ら》の回収を」

「少なくとも、何が起きたかを知らなければ行動のしようがありません」

「知らなくても回収くらいは出来るでしょう!」

 むっとした表情のアイネに、少女達のリーダーである上級生は眉をひそめる。

 そんな彼女らに水をかけるが如く、半狂乱になっていたレギオンメンバーが叫ぶ。

「この人が、人殺しを!」

 この人、とナギサを指しながら彼女は叫んだ。その言葉に、上級生は目を見開き、アイネは舌打ちをする。

 殺しは事実だが、真実では無い。その事を説こうとアイネが振り返るが、彼女が知覚した上級生の目は冷ややかだった。

「待って下さい。これには事情があります」

「・・・何でしょうか? 隠蔽しようとする程のものが?」

「い・・・っ。違います!」

 その場の人間が振り返り、相手が怯む程の声で、アイネは叫ぶ。

「隠す様な事ではありません! ですが、この場で言う事は不要な人間にまで知られる可能性がある、ただそれだけです!」

「ですが、先の報告で、あなたは後日の報告を選んだ。殺人を無かった事にし、都合良く改竄する意図があったのでは?」

「っ・・・! どうして、話を聞こうとして頂けないのですか!」

 溜まらず掴み掛かったアイネに、上級生の眼は刃の様に冷たく鋭くなり、CHARMを握る手が力を強める。

 一触即発の最中、呆然と立つだけだったナギサが、アイネの傍へ歩み寄る。

「もう、良いんだ。アイネ」

 優しく、それでいて確かな力でアイネの腕を掴んだナギサは、無理矢理な笑みを浮かべていた。

 血化粧に染まった半身は、まるで別の何かが取り憑いた様に痛ましく痙攣していた。

「な、ナギサ・・・。でも、彼女達は!」

「僕が殺したんだ。僕の、シルトを。この手で」

「でもそれは!」

 言いかけたアイネを封じる様に抱き締めたナギサは、突然の事に驚いた彼女の耳元でささやく。

「庇ってくれてありがとう、アイネ。でも、良いんだ。今回の事は、僕がちゃんと説明するから」

 ぐい、と抱き締める力を強くしたナギサは、抱き返してきたアイネに微笑むと彼女から離れた。

 今生の別れとも取れるそれを見ていた上級生は、ナギサからのアイコンタクトに応じた。

「姫神渚さん、先程の供述は事実ですね?」

「・・・はい」

「・・・分かりました。詳しい話を聞かせて頂く為に、あなたを拘束します。拒否権はありません」

 そう言い、腰からタイラップを取り出した上級生へ、渚は返り血でアシンメトリーになった両腕を差し出す。

 耳障りな締結音と共に侮蔑する様な視線が周囲から浴びせられている事に、傍で見ていたアイネが気付く。

 そこまでされる謂れは無い、と彼女は周りに食って掛かろうとした。

「お止めなさい」

 そんな彼女を、オリヴィアが背後から抱き止める。その間に渚は拘束され、停泊していたガンシップへと1人連行されていく。

 彼女を腹に納めたガンシップは、VTOL機構で暴風を吹き散らし、嘲笑うかの様に彼女らの髪を乱暴に撫でた。

「ナギサ・・・」

 空の彼方へと消えていったパートナーを案じ、幼馴染の腕の中で、アイネは1人呟いた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 連行され、そのまま独房入りになった渚が目を覚ましたのは1週間後だった。

「お目覚めですか、姫神さん」

 そう問われ、ぐっしょりとした寝汗を拭った彼女は、独房の覗き穴を見返す。

 鍵の開く音が鳴り、独房のドアが解放される。

「これより、別室にて事情聴収を行います」

 冷たい声色でそう告げてくる風紀委員の生徒を見上げた渚は促されるまま、彼女の後を付いて行く。

 やろうと思えば眼前の少女を始末して逃げる事は出来るが、そうするだけの気力はもう渚には残っていなかった。

「こちらに」

 案内されたのは、理事長室だった。行方不明の理事長に代わり、彼女の弟が代理として執務を代行している筈だ。

 間違いではないのか、と渚は、視線で訴えてみるが、帰ってきた答えはノーだった。

「失礼します」

 拘束されたままの手でドアをノックする。着の身着のまま、顔の血糊だけ拭わされていた彼女の姿に、室内の全員が驚く。

 驚きの顔も一瞬の事で、表情を戻した彼等に促され、渚は対面の席に着く。

「姫神渚さん、あなたにはシルト殺人の容疑が掛けられていますが、これは事実ですか?」

「・・・事実です。ですが、それには理由があります」

「聞きましょう」

 役職を名乗りはしなかったが、オルトリンデ辺りだろうと見当をつけた渚は、彼女に視線を向け、口を開く。

「殺害直前、僕のシルト、マリア・V・アルスノヴァは突如として狂化、暴走し、近隣で撤退中だったレギオンを強襲。その為、止むを得ず殺害しました」

「・・・なるほど。つまり、周辺被害を最小限にする為の止むを得ない殺害、と」

「そうです」

 首肯した渚に、オルトリンデは理事長代理他2名と顔を見合わせ、一瞬眉をひそめる。

「あなたの供述ですが、我々としては疑いを晴らすに十分とは言えません」

 ピシャリとした態度で返したのはブリュンヒルデと呼ばれる少女。

「と、言うと」

「率直に言います。我々はあなたが意図的にシルトを殺害したのではないかと、そう疑っています」

「・・・何故でしょうか」

 疑問を呈した渚に、ブリュンヒルデは手持ちのタブレットを差し出す。

 3Dモデルで表示されたそれは、押収された渚のCHARMの諸元表だった。

「あなたのCHARM、アーヴィングカスタムと言うそうですね。これの出処は?」

「理由になっていないと思いますが。・・・入学後にカースメーカーズより、試験委託用途で郵送されてきました。これらの使用申請は受領いただいている筈です」

「ええ。ですが、あなたが眠っている1週間の調査でこの機体の製造元、カースメーカーズがG.E.H.E.N.A.傘下の組織である事が判明しました。この結果を受け、我々はあなたが彼等と繋がっているのでは、と疑っているのです」

 言葉が切れると共に、ぴり、と張り詰めた空気が学長室を満たす。

「・・・つまり、この殺害は意図的なもの、僕はG.E.H.E.N.A.から派遣された処刑人だと。そう疑われているのですか?」

 拳を握った渚は、予想を超えた疑われ方に怒りを滲ませていた。

 殺した事そのものは事実と認めるが、その理由をここまで曲解されるのは心外だと。

「大仰に言っては見せたが、掻い摘めばそうなる。無論私もそう疑っているよ」

 先の2人からは打って変わった低い声を響かせ、理事長代理、高松咬月は渚を見据える。

「何を根拠に、馬鹿げた理由を! 僕は……!」

「まぁ、待ちたまえ。君は彼女が狂化したと言うがね。それを誰が証言する。事が起きる前を見ているのは君だけ。立証するには些か、登場人物が少ないとは思わんかね?」

「……そちらがそう言い切る根拠は」

「質問はこちらがしているのだが。まぁ、良いだろう。我々は強化リリィの保護と同時に治療を行っている。無論マリア君とて例外では無かった。そうだとすれば、狂化する事はあり得ない事だ」

「ッ……。そのあり得ない事が現実に起き、僕はそれを見た! それに狂化していないリリィが他者の制止を振り切り、味方のレギオンの方へ向かう事は無い筈です!」

 どん、と机を叩いた渚は、涼しい顔の理事長代理へ殺気を向ける。

「彼女は、君から逃げていたのでは無いのかね? 被害に遭ったとしているレギオンの子はそう見えたと供述しているが」

 手元のタブレットを見ながらそう言う彼に、渚は絶句する。あの時、明らかにマリアは剣を振り上げていた。

 他人を害する素振りを見せていた。なのに逃げているだけに見えた?

「第3者がこう言っている以上、君の殺害は意図的と見るのが正解。これ以上の反論は見苦しいだけだ」

 諭す様な一言を浴びながら、渚は拳を握り締める。

「処罰については後日通達する。それまでは独房で自分のした事を反省すると良い」

 残酷とも取れる理事長代理の一言と共に、入室してきた風紀委員が渚を立たせる。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 独房へ戻された渚は、制服から支給された囚人服に着替え、翌日を迎えた。

「姫神さん、面会です」

 風紀委員に呼ばれ、彼女の後を付いて行った渚は、面会室に立つ2人の少女に力無い笑みを向ける。

「オリヴィア、優愛」

 そう呼びかけ、優愛と共に、面と向かう様に座った彼女を見届け、風紀委員はその場を去る。

 その様子を見ていた優愛は、いなくなったと同時に話を始める。

「大変ですね、渚さん。昨日の取り調べはどうでした?」

 鞄から暇つぶしの本を取り出した優愛は、渚へ差し出す。

「その様子だと、芳しくなさそうですね」

 優愛は、本を受け取った渚の様子を見て暗い表情を浮かべる。

「まぁ、うん。僕の証言は殆ど受け付けてもらえなかった。あり得ないとか、そんな事の一点張りでね」

「そうだったんですね。でも、大丈夫です。アイネさんと麻衣ちゃんが生徒会へ再捜査を求めていますから」

 身の上話をする様に、そう言った優愛へ渚は安堵の表情を浮かべ、ブックカバーを撫でた。

 『罪と罰』。そう書かれた表紙に、渚は思わず苦笑を漏らした。

「僕にピッタリじゃないか。誰のセンス?」

「アイネですわ。本棚から適当に選んだみたいですけどね」

「あの子は本読めないからね。読書をする時間も、最近はそんなに無いだろうし」

 苦笑交じりの渚は手に取っていた本を、興味津々のオリヴィアに手渡す。

 ぱらぱらとページをめくる彼女を他所に、渚は味気なくそれでいてくすんだクリーム色の壁に視線を向ける。

「・・・ねぇ、2人共。話は変わるんだけど、さ」

 居心地悪そうに指遊びをしながら、渚は話を切り出す。

「殺して、良かったのかな。マリアの事」

 目を伏せ、気まずそうにそう言った彼女に、一瞬動きを止めたオリヴィア達へ目を向ける。

 何を言っているんだ、と言いたげな睨み目に見据えられた彼女は、もう一つ差し出された本を受け取る。

「暴走したあの子を殺さなかった所で、それであなたは救われますの?」

 ピシャリと言うオリヴィアに、顔を俯かせた渚は、戸惑う優愛へ救いを求める様に視線を向けた。

 当の優愛はオリヴィアに確認を取るが、彼女は首を横に振る。

「……ごめん。変な事聞いて」

「だ、大丈夫ですよ。まぁ、色んな人から一方的に言われたら、不安になりますよね!」

「……そうだね。少し疲れているのかもしれない」

 疲労が見える笑みを浮かべた渚に、苦笑を漏らした優愛は、バイブレーションに促され、腕の内側に付けたデバイスを見る。

 昼前に差し掛かったのを見た優愛は、数回のタッチ操作で数件の通知を確認した。

「……すいません。これから別件がありますので、私達はこれで。また来ます」

 そう言い、荷物をまとめた優愛は、オリヴィアと共にその場を後にし、その道すがら、連行される渚を見送った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 場所を移したオリヴィア達は、カフェテリアで待ち人をしながら紅茶を嗜んでいた。

「待たせたわね。渚の様子はどうだった?」

「至って普通でしたわ。長期拘束でやつれてはいましたけど」

「・・・本当ね?」

 じと、と半目を向けたアイネは、しれっとしているオリヴィアから視線を逸らすと空いている席に座る。

 その隣、護衛役として付いていた優愛の妹、麻衣が席に着く。

「捜査要求、どうでした?」

「駄目ね。必要が無い、時間の無駄、そんなありきたりな言葉しか返ってこなかったわ」

「……随分頑なですね」

 意外そうに言う優愛に、ため息を漏らしたアイネは、コーヒーを口にする麻衣へ視線を向ける。

 同じ光景を見ていたらしい彼女は、忌々し気に眉をひそめた。

「連中、何か隠してる」

 ぽつりとそう言った麻衣は、一息吐くとカップを置く。

 事実を告げた事で気まずい空気が広がり、暫しの間沈黙が辺りに立ち込める。

「……さて、これからどうしましょうか」

 仕切り直す様にアイネが切り出し、カップに手を伸ばす。

 無糖の紅茶で口を湿らせた彼女は盲目を下に動かし、俯けて見せる。

「アイネ、さっき言ってた事、やる?」

 沈黙を破り、そう口にした麻衣に、事情を知らないオリヴィア達が顔をしかめた。

「ええ。彼女の無実を証明するにはそうするしか無い。オリヴィア、ユア、手伝ってくれる?」

「内容次第ですわ」

「簡単よ。我々で捜査を行うだけ。向こうが隠したがっている事も含めて、ね」

 カップをテーブルに置いたアイネは、納得し、賛同の姿勢を見せたオリヴィア達に笑みを向ける。

「では早速行動しましょう。分担については後程各自の端末に転送する。悟られない様にね」

 そう言い、ティーセットを手に立ち上がったアイネは、数人のリリィが近付いてくるのを知覚する。

「アイネ・クラウンベックさんですね? 風紀委員会です。少しお話を」

「何? あなた達に話す事なんて無いわよ。こっちは忙しいの」

 そう言い、素通りしようとしたアイネの進路を彼女達は塞ぐ。

「そうはいきません。これは学院からの命令です。我々に同行しなさい、アイネ・クラウンベック」

 強引に行こうとする彼女の腕を掴んだ一人は、アイネからの異様な殺気に気付く。

 利用していた生徒に断りつつ、近場のテーブルにトレーを置いた彼女は、ゆっくりと呼吸をする。

「よろしい。では――――」

 腕を引こうとしたリリィの右頬に拳が叩き付けられ、よろけた彼女が椅子を倒す。

 周りが唖然とする中、怒りを浮かべたアイネがリリィの胸倉を掴み上げる。

「何が命令です、よ。こちらの要求を一方的に撥ねておいて自分達の言い分が通るとでも? あまりこちらを舐めないでいただけます?」

 頬を抑えるリリィに凄んで見せたアイネは、怯える風紀委員達を睨み付ける。

「これ以上喋る事が無いなら、帰っていただけるかしら」

 普段から考えられないほどの殺気を放つアイネはトレーを返却すると、そのままカフェテリアを後にする。

 計画立案のカモフラージュの為、図書室へ向かおうとした彼女は、進路を塞いだ人物に気付いた。

「アイネ・クラウンベックさん」

「……ジークルーネが何用ですか?」

「先程は風紀委員がお世話になりました。そのお礼と教育を、と思いまして」

「言うに事欠いて実力行使ですか。随分野蛮ですね。それも、視覚障碍者相手に」

「ジークルーネの名を冠する以上、この学院の秩序を守る義務が私にはあります。それがどんな相手だろうと」

 言いながら距離を詰めてくるジークルーネに身構えたアイネは、間合いに入ると同時に抜き手を繰り出す。

 鋭い突きに虚を突かれたジークルーネだったが、荒事に慣れた彼女の動体視力の前では素人染みたそれはあまりにも無力だった。

「お止めなさい」

 そう言い、腕を掴んだジークルーネは抵抗の予兆を見せるアイネを締め上げる。

 苦悶の声を上げ、地に伏したアイネはもがきながら溜め息を浴びる。

「全く。G.E.H.E.N.A.に魂を売った裏切り者の為にどうしてここまで出来るのかしら」

 呆れ気味に放たれた侮辱の言葉に、アイネは溜まらず歯を噛む。

(何も知らない癖に……!)

 拳を握り締めたアイネは、連絡を取っているジークルーネを見上げる。

「ええ、アイネ・クラウンベックはこちらで確保しました。他のメンバーも、風紀委員会が拘束している筈です」

 その言葉を聞いたアイネは、もう打つ手が無いと悟り、顔を伏せた。

「立ちなさい。これからあなたには懲罰を受けていただきます。この学院の風紀を乱した罰を」

 睨みつけてくる彼女を他所に、アイネは諦めとも取れる薄ら笑いを浮かべていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 騒動が静まった深夜、理事長室の椅子に深く腰掛けた高松咬月は、タブレットを介し、保険医から提出されたレポートを見ていた。

「ふむ、司法解剖の結果、マリア君は普通の人間の遺伝子構造と異なる部分が認められた、と」

「はい。恐らくは現役のリリィ、もしくは退役リリィの遺伝子で複製したクローンと思われます」

「それ故、通常の強化リリィの処置が効かず、狂化に至った」

「今回の件、こちらの判断ミスによるものです。申し訳ありません」

「分かっている。以降、この様な事態を招かない様、体制を強化してくれたまえ」

 そう言い、執務机に置いたタブレットには非公表を示す電子印が捺印されていた。

「しかし、よろしいのですか? 今回の件について、非公表とし、姫神渚に一切の責任を負わせる、と言うのは」

「我々は反G.E.H.E.N.A.の先鋒。今回のような事態を引き起こしたとなれば、連中を増長させる事になりかねん。それは何としてでも避けねばならない。それにだな、姫神君はG.E.H.E.N.A.製のCHARMを有していた。その事実に今回の件を付け加えた所で事の大小は変わらんよ」

「で、あれば問題ありませんが……」

 心配そうな保険医から視線を逸らした咬月は、広い強化ガラスの窓から鎌倉の海を望む。

「彼女だけの為に我が校を危うい立場に立たせる訳にはいかん」

 目を伏せた彼は、それ以上の話を拒む様な姿勢を見せ、保険医を下がらせる。

 愁いを帯びた彼女と入れ替わりに、ブリュンヒルデが入室する。

「お呼びでしょうか、高松学長代理」

「ああ、すまんな。例の件、相模は何と言っていっていたかな?」

「申し出を受け入れる、と。現在姫神渚の戸籍抹消処理と転出に向けた手続きを進めています」

「ありがとう。引き続き進めてくれたまえ」

「承知しました」

 一礼する彼女が早々に去っていき、見送った彼は、執務机に投影ディスプレイを表示させる。

「出来過ぎだな……。このタイミングで相模からの応援要請があると言うのは」

 薄ら笑いを浮かべた彼は、相模女子高等学館からの増援要請を消すと、鎌倉の海へと歩み寄っていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 4日後の深夜、釈放された渚は、命令書を手に寮の自室に戻っていた。

「おかえり、渚」

 物悲し気な語気で放たれた言葉に、身を竦めた渚は薄暗い部屋の中で憔悴しきったアイネに気付いた。

 写真立てを手にした彼女が、大切そうにそれを撫でるのを見た渚は、自室の荷物が全て無くなっているのに気付いた。

「ただいま、アイネ。僕の荷物、運び出されたんだ」

 諦めた様に言う渚は、何かに耐える様にフレームを握り締めたアイネにしゃがみ込む。

 泣き出しそうな彼女に気付いた渚は、手を重ねる。

「処分から守れたのは、これだけだったわ」

 そう言い、渚達5人と生前のマリアで撮った集合写真を見せたアイネに、渚は寂しげに笑って見せる。

「ありがとう。アイネ。大切な思い出を守ってくれて」

 強くアイネを抱き締めた渚は、泣き出した彼女を抱き寄せ、肩に彼女の顔を埋める。

「ごめん。僕のせいで君を傷付けてしまって」

「いいえ、あなたのせいじゃないわ。あなたは正しい事をした。それを彼女達が分かってくれなかっただけよ」

「そうなのかもしれない。けど、僕は……」

 アイネのぬくもりに諭された様に渚は口を噤み、彼女から体を離す。

「ごめん、もう行かなくちゃ」

 気丈に笑って見せた渚は机の傍に置かれたパッキング済みの荷物を手に取ると、出入り口へと足を向ける。

「ナギサ」

 呼び止めたアイネは、強い意志を感じる目を彼女に向ける。

「私が、あなたを取り戻す。必ず。リリィとしてのあなたを私達の元に。だから、何処へ行っても死なないで」

「……ありがとう」

 浴びせられた視線の痛々しさに、碌に目も合わせられない渚は俯く様に頷くとそのまま部屋を後にする。

 月明りに照らされた寮室は既に消灯時間を過ぎていて、誰もすれ違う事は無かった。

 大らかで静寂な鎌倉の自然を望む窓ガラスに、情けない自分の顔が映り込んだ。

(これで良いんだ。アイネ。僕は、[[rb:義妹 > シルト]]を手にかけた。あんなに皆が可愛がっていた彼女を、僕は自分の独り善がりで殺したんだ)

 唇を噛み、堪えていた何かが涙と嗚咽となって漏れ出し、渚は膝を屈した。

「……ナギサ」

 嫌に優しい声色が彼女に投げかけられる。コツコツと硬質なブーツの音が近付き、布を介した人肌が渚を包み込んだ。

 ロールのかかった金髪が垂れ下がり、それを見た渚は、すぐに人肌の正体に気付いた。

「オリヴィア……? どうしてここに」

「見送りですわ。届け物もありますけど」

 渚を支え、立ち上がらせたオリヴィアは、背負っていたケースを見せると微笑んで見せた。

「CHARM?」

「ええ、アーヴィングカスタムですわ。工廠科からあなたに返却する様言われまして。ま、詳細は歩きながらでも」

 彼女に促された渚は、月明りが照らす廊下を並んで歩く。

 ボストンバックが揺れ、軋む中、話す話題に窮していた渚は、くす、と笑うオリヴィアに虚を突かれた。

「こんな目に遭っても変わりませんわね、あなたは」

「ごめん」

「何を謝る事がありますの? そう言う所はあなたの美点ですわよ」

 玄関口で靴を履き替えた彼女等は、夜風に吹かれながら寮の外へ出ていく。

 肌寒い風に、目を閉じた渚は意に介さず歩き始めたオリヴィアを追う。

「届け物の件ですけど。あなたが収監された間に接収して内部解析しようとしてたみたいですわ。上手くいかなくて断念したみたいですけど」

「ああ、多重ロックがかかってるからね。僕以外には抜く事すら出来ないよ」

「それで、あなたに返すみたいですわよ。厄介払いも兼ねて」

 酷く長く感じられる道を歩きながら、嘲笑を浮かべたオリヴィアに渚は苦笑を返す。

 校門が見えてくると足を止めたオリヴィアがケースを肩から降ろす。

「さて、私はここまでですわ。では、渚。武運を。生きていれば、いつか会えますから」

「……そうだね」

「だから、自棄にならないで下さいましね」

 そう言ってケースを差し出したオリヴィアは、暗い表情の渚の頬を掴む。

 内罰的な内心の彼女と無理矢理目を合わせたオリヴィアは、何かを伝える様に睨み付ける。

「良いですわね?」

 強く言い聞かせた彼女に目を伏せてしまった渚は、彼女の手を振り解き、ケースを手に取る。

「……アイネを頼むよ、オリヴィア」

 逃げる様に去っていく渚に、歯を噛んだオリヴィアは拳を握り締めた。

(私から彼女を奪ったのは、あなたでしょうに……)

 やっと諦めがついたのに。自分から奪っていったものを、あなたは平気で置いていくのか。

「無責任ですわよ、渚」

 荒れていく息の中、やっと絞り出した言葉をオリヴィアは遠ざかる渚の背に叩き付けた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 月夜の中、白く目立つ校門へと歩む渚は、潜り抜ける最後の一歩前で、足を止めた。

 その一歩で、自分は百合ヶ丘の生徒では無くなり、そしてこの世にいない人間になる。

「……行こう」

 躊躇う理由は無い。思い出も何もかも捨ててしまうのは惜しいけれど。

『お姉様』

 前に進もうとした渚を幼い声が背後から呼び止める。

 聞き覚えのある声に目を見開いた渚は、声のする方へ振り返った。

 ぼんやりと光り、薄い色で目に映る少女の姿。あの夜、切り裂いた少女が渚の目の前にいた。

「ま、マリア……? どうして、ここに。君は、僕が……。まさか、生きて―――」

『ううん。違うよ、私はあの時、ちゃんとお姉様に殺されたよ。でもね、私の魂はお姉様の中で生きているの』

「魂? 何を言っているんだ? そんな事、あり得る訳無いだろ?」

 戸惑う渚に、微笑んで見せたマリアは、彼女の胸を差すとその指を彼女の肉体に埋めた。

 彼女が実体を伴わない事を示す様なその行為に、彼女の言っている事が冗談でも酔狂でも無い事に気付いた。

「でも、どうして……?」

『お姉様の、レアスキルかな。殺された時、お姉様のマギの光に吸い込まれちゃったし』

「僕のレアスキル、だって? 僕にレアスキルなんて無い筈だよ。サブスキル止まりで」

『それはレアスキルの効果なの。自分と関わった人の魂を写し取る。だから、お姉様のサブスキルは一度きりしか使えなかった』

「じゃあ本当に、君の魂は僕の中にいるって事なのか?」

 おっかなびっくりと言った体の渚に、笑って見せたマリアは彼女の体をすり抜け、門の向こうへ渡っていく。

 受け入れざるを得ない、と疑問を捨てた彼女は、興味深そうに森林を見回すマリアの背に声を投げる。

「すまなかった、マリア。僕は、君を殺した。一方的に、命を奪ってしまった」

『……そんな事で謝らないで、お姉様。私、嬉しかったんだ。あの体のままだと、ずっと苦しくて、辛くて。救って欲しかったんだ。だから、愛するお姉様が殺してくれて、とっても、嬉しかったの』

「そうか……。それなら、良かったよ」

 精一杯取り繕った笑みを向けた渚は、荷物を担ぎ直すと門から一歩踏み出す。

 その一歩で、彼女は『この世にいない生者』となった。

『お姉様、これからどこに行くの?』

「相模だよ。一緒に行くかい?」

『うん。だって、私はこれからずっと、お姉様と一緒だもの』

 満面の笑みを返すマリアに、微笑を浮かべた渚は、一人寂しく軍靴を鳴らす。

 この先にはもう、並んで歩く友はいない。だがそれでも、自分は孤独では無いとそう言い切れた。

 自らの手で殺した義妹と、共にいるのだから。




《選ばれた者は、凡人社会の法を無視する権利がある。》

――――フョードル・ドストエフスキー著 『罪と罰』


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