アサルトリリィEDGE   作:Sence023

13 / 43
死は平等に降り注ぐ



第12話『Fatality_Accident-2』

 午後12時。周辺地域の避難勧告を受け、哨戒に出されていた関東新選組の面々は、アイドル音を鳴らす四脚車両の背後であくびをしていた。

「なぁ、何時まで俺達はここに居れば良いんだよ。もう帰ろうぜ」

 あくびをする面々の内の一人、年若い青年がそうぼやき、黒煙を吐き出す車両を忌々しげに見上げる。上層部から最新式の装備と共に提供されていた車両は、噂によれば米軍が採用しているモノと同様らしい。

 パワーパックなる動力部こそ日本製のディーゼル式に換装されている物の、その装甲と火力は一テロリストが持つものとしては破格のものだった。実際、今朝強襲してきた警察に対しては有効に機能し、見事彼等を撃退した。

「あれだけ周りが騒いでいるんだ。きっと何かある」

「そのきっとが何時になるんだよ。雨も降ってんだぞ? もう全身びちょびちょだし装備のせいで蒸れるし。最悪だぜ」

「バカ。俺達は兵士だぞ。そんな事で革命なんか出来るかよ」

 言い争う青年達を見かねて中年の男が割って入る。でっぷりと腹の出た男は、サイズの合わない装備を早々に脱いでおり、マガジンポーチの類は腰に装着していた。

「止めろ、貴様ら。見苦しい。今は敵を待ち構えている時だと言うのを忘れているのか?」

「も、申し訳ありません」

「全く。血の気が多いのは結構だがな、もう少し落ち着きと言う物を身に着けろ、貴様ら」

 スリングで『コルト・M4』アサルトライフルを下げた中年は、崩れた敬礼をする青年らに嘆息を吐く。革命と言う言葉に惹かれ、こうして同志となった青年達だが年相応の血の気の多さには中年も手を焼いていた。

 こうして、スポンサーが付き立派な装備が与えられるほど、自分達は世に認められる様な存在であると言うのに、そんな調子ではそこらのチンピラと変わらなくなる。

「3号車、前方の様子はどうか」

『こちら3号車、依然として動きはありません。中隊長、やはりただの杞憂ではありませんか?』

「馬鹿者! 行政が脅しで市民を退避などさせるか!」

 どいつもこいつも緊張感と想像力が足りない。行政機能が伊達や酔狂で市民に移動を促す事などまずありえない。必ず何かある。

 年の功と言うべきか、そんな勘は鋭い中年だったが、彼自身の想像力にも限界があった。自分達に迫る敵が一体どんな存在なのか。彼は一度経験した以上の事を考えられなかった。

 だからこそ、1区画先で轟いた轟音に気付けど、何が起きたかを図る事が出来なかった。

「な、何だ!?」

 迂闊にライトを照らした中年は、1区画先で展開していた4号車が紙細工の様に吹き飛ぶのを目の当たりにする。砲塔と車体で泣き別れたそれは、夥しい轟音を轟かせながら残骸を転がし、廃墟の一角を崩した。

 悪夢の様だ。哨戒に当たっていた5人ほどの兵士は姿が無く、恐らく彼等であっただろう血飛沫が、バケツで撒かれた様に飛び散っていた。

「こ、攻撃だ!」

 敵の事も何も分からない彼にはそう言うしかない。何者かの狙撃であるのかどうかも、パニックになった彼には判断できない。無線機からは詳細な判断を求められ、息を荒げた彼が怒鳴り散らそうとする。

 遅れて雨天に響いた轟音に身を竦めた刹那、彼らの意識は暴風と共に消し飛び、盾にしていた戦闘車両は先の機体と同様の末路を辿った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 廃マンションの屋上、デジタルスコープに映る最後の標的を対物狙撃銃型の第1世代CHARM『フェンリル』で射抜いた麻衣は、スコープから顔を離し次弾の装填操作を行う。

「ターゲット2大破。ターゲット残り2、いずれもまだ行動していません」

 その間、隣で観測していた和美が狙撃成果を確認し、麻衣とアイネに伝達する。コックレバーを操作した麻衣はドローンからの情報を基に次の車両へ狙いを定める。

 一方のアイネは通信を繋げ、待機していた渚達へ行動開始を指示する。同時、次弾を放った麻衣が廃墟を崩落させながら車両を吹き飛ばし、崩落した一角に砂煙が立ち込める。

「ターゲット3、大破。次で最後よ」

 ドローンの情報をタブレットで確認していた和美が次のターゲットである最後の車両をタップして選択。デジタルスコープにシルエットが表示され、麻衣は極小のそれにレティクルを重ねる。

 深呼吸し、そして息を止めた彼女は、既にコッキング操作を終えた愛銃のトリガーを引く。破裂音と言うより爆発音に近い銃声と共に3重のスクリーンの様にヴェイパーコーンが拡散。分厚いマズルファイアに後押しされて30㎜の弾丸が毎秒5400mの極超音速で飛翔する。

「ターゲット4、大破。予定ターゲットの全破壊確認。後は雑魚狩りだけかしらね」

 手にしたタブレットから目を離した和美は、カモフラージュを被ったまま、屋上の縁から少し下がる。下がった先、身を伏せて作戦の進行を管理するアイネの隣に伏せた彼女は、忌々し気に雨を見上げる。

 神庭時代の戦闘教練では、雨天戦闘では障壁で雨を凌ぐ分、消耗が激しくなるとされていた。だがそれ以上に湿度での不快感が強く、加えて時たま吹く冷たい風が本来逃げない筈の体温を奪っていた。

「よくこんな状況に耐えられるわね」

「甲州撤退戦の時に比べればね。それに、ヒュージ相手なんかよりもずっと早く終わる戦いだから」

「ああ。なるほどね」

 軍用スペックのタブレットに雨粒が落ちるのを見下ろしながら、和美は一人納得する。百合ヶ丘が誇る最強のレギオン、アールヴヘイムの初陣であり、そして鎌倉のリリィ達にとって最も血塗られた激戦。

 どんな事をしていたのかは分からないが、そこで戦い、生き延びてきたという事は、こんなちんけな戦い等よりもずっと厳しい状況を経験してきたのだろう。リリィとして持ち得る優雅さなどかなぐり捨ててしまう程に。

「……ここに来て、良かったわ」

 独り言ちた彼女の言葉は雨の音に掻き消され、3人のリリィ達を包み込む様に雨は降り続けた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方、前線の渚達は、狙撃成果を確認しつつ関東新選組が支配する廃墟エリアに足を踏み入れていた。

「凄惨ですね」

 支給された拳銃を手に、大破した戦闘車両を検めた黄昏はその中に衝撃で揉みくちゃにされ、肉袋と化した死体しかない事を確認する。車両から離れた彼女は、人がいたであろう肉片や銃の破片を見回す。

 展開していた歩兵戦力の殆どが車両後方で待機していたのが災いしたのか、まともに戦える人間は見当たらなかった。時折鳴る銃声は、死にきれない人間への介錯。辛うじて形のある死体も、弾丸が纏った衝撃波で節々が千切れ飛んでいた。

「つまんねえ。戦うもんだと思って損したぜ」

 柳葉刀を肩に担う真霜は、肉片と血が混じった水たまりを蹴り飛ばし、鉄屑になった車両を見上げる。無反応の周囲に溜め息を漏らした彼女は、次の作戦目標である小学校跡地の方角へ視線を向けた。

「あん?」

 跡地に繋がるその道の先、ちか、と何かが瞬く。殺気を感じ取った彼女が咄嗟に身を翻した刹那、肩口から左腕が千切れ飛び、背後で爆発が轟く。激痛を感じ、溜まらず笑みを漏らした真霜は、自身の体内から奔ったマギが失った体の形にを編まれていくのを感じた。

 自身の持つブーステッドスキル『リジェネレーター』を発動させ、被弾部位の再生を始めた彼女は発砲音に気付いた面々が集まってくるのに舌打ちする。

「あれは俺の獲物だ! 邪魔すんなよ!」

 そう言い、駆け出した真霜を詩季が止めようとするが振り切られ、彼女はそのまま射点に向けて突貫していく。どうしようか、と慌てる詩季を他所に、様子を窺っていた渚が指示を出す。

「総員、ナイトビジョン起動。優愛、黄昏さん。TZは真霜さんへ援護射撃。その他のAZは廃墟を乗り越えてターゲットを挟撃する。TZはAZからのクリアリング完了報告を待って区画を移動。作戦を第2段階に移行する」

 指示を出し終えると同時、塀を足場に高く跳躍した渚は、足元で始まった援護射撃の火線を見下ろしつつ、廃墟を足場に空高く飛ぶ。対空ターレットが渚を捉え、発砲を始める。体重移動で空中ロールを決めた彼女は、腰からアンチヒュージウェポンを抜き放ち、発砲。

 障壁を展開しつつ放たれた攻撃だが、硬い装甲に対して拳銃サイズの火力は非力であり、上面装甲に光の徒花を咲かせるばかり。しかし、それで良い、と渚は内心ほくそ笑む。本命は真霜の方だ。こっちは気を引くだけで良い。

「おらァアアア!」

 咆哮と共に飛び掛かった真霜は、手にしたヨートゥンシュベルトで主砲を割断し、ターレットを踏み潰す。攻撃手段を失った車両が悪あがきと言わんばかりに砲塔を旋回させるが、その隙を狙い、優愛と黄昏が前足を狙撃し、破壊する。

 前のめりに擱座した車両の後ろ脚も真霜が吹き飛ばし、伏せた様な体勢で機能を失う。搭乗員らしい3人が投降姿勢で降車する。攻撃の衝撃で各々怪我をしている彼等は、何処とも無い空間を見回す。

「待て! 誰かは知らんが、投降する! この通りだ!」

 大声を張った男は、静まり返った町を見回し、降り続ける雨を忌々しく思っていた。一体誰が攻撃してきたのか、彼には皆目見当つかなかったが、これだけの事をすれば身の安全は保障されるだろう。

 そう思っていた矢先、鉄が当たる音と共に、背後から殺気が彼に当てられる。振り返れば、中年の車長が銃口を向けていた。

「貴様、それでも革命の戦士か! この裏切り者が!」

 何の警告も無く引き金を引いた彼に、投降しようとしていた通信手と操縦手は射殺された。狂気を孕んだ目で満足そうに死体を見下ろした車長は、砲塔から這い出ると拳銃を周囲に巡らせる。

 闇夜に紛れて奇襲を仕掛ける卑劣漢を返り討ちにしてやろう、と根拠の無い自信に満ちていた彼は、首筋に当てられた刃に遅れて気付く。振り返った先、片袖の千切れた御台場女学校の制服に身を包んだ真霜と目が合う。

「な、何だお前は! お前が我々を襲ったのか!?」

「ピーピー喚くんじゃねえよ、うるせえなぁ……。ジジィがよォ」

「じ、ジジィだと、失礼な! どいつもこいつも、若い奴等は俺をコケにする!」

「寝ぼけんじゃねぇよクソが。テメエにくれる礼儀なんぞあるかよ」

「こ、殺してやる、クソガキがァアアア!」

 激昂と共に引き金を叩いた車長は、彼女の体表で瞬いた火花に目を見開く。スライドオープンした拳銃からは手応えの無い引き金の感触ばかりが伝わり、抵抗する力を失った事を伝える。

 パニックになり、呼吸を乱す彼に、悪魔の様な笑みを浮かべた真霜はゆらりと立ち上がると、肩に担っていたヨートゥンシュベルトを下げた。

「ま、待て、投降だ、投降する! だから、命だけは!」

「投降だ? お前の命に価値なんぞあるかよ。ゴミが」

「い、良いのか、リリィが人殺しなんて!」

 腰を抜かし、失禁しながら後退る男に、溜め息を吐いた真霜はヨートゥンシュベルトを振り上げる。

「安心しな、お前を殺した事なんか誰も知る事ねえよ」

 円弧を描いて瞬いた剣閃の後、ヨートゥンシュベルトが肩口にかけて袈裟状に男の体を斬り潰す。分厚い刃の直撃で骨は砕け、ブチブチと肉が千切れる感触が柄に伝わる。切れ味を重視しない構造故に肺まで潰した刃はそこで止まり、荒い切り口からは噴水の様に血が噴き出す。

 ショック死した男の体を足蹴にして刃を引き抜いた真霜は、恐怖を滲ませた男の顔を見下ろすと銃創で塗り潰す様に、支給された拳銃で滅多打ちにして車両の上から蹴り落とした。

「浅木より姫神へ。車両を始末した。乗員全員死亡だ」

『姫神、了解。周辺クリア。AZ、TZ、作戦を第2段階に移行させる』

 通信を聞きながら車両から飛び降りた真霜は、薄暗闇に包まれた小学校の跡地を見上げる。戦力を集中すれば潰せる魂胆だったらしく歩兵らしい存在は外には見えない。現に姿を晒している真霜は撃たれる様子が無い。

 つまんねぇ、とやりがいの無い相手を毒づいた真霜は、渚達が合流した事を確認し、錆びたフェンスを破壊して敷地を進む。戦意が無いのか、それとも待ち伏せの方が勝機があると踏んだのか、車両の痕跡が残る校庭を進む彼女等は一切撃たれる事無く、校舎に到達した。

 TZの2人が窓を警戒する中、先行した真霜は左手に逆手持ちでヨートゥンシュベルトを、右手に拳銃を構えて校舎に侵入する。コンバットバイザーのナイトビジョンで暗闇の中を確認した彼女は、待機していた他のAZを校舎に入れる。

「アイネ、校舎に侵入した。指示を」

『オリヴィアと冨亜奈は2階を確認。攻撃兆候あれば無警告で撃って良いわ。三朝さんは渚と3階に。浅木さんはTZ2名と1階の安全確保を』

「了解だ。行動開始する」

 渚の号令一下、彼女達は行動を開始。オリヴィアと冨亜奈を先導にした渚は、2階の踊り場で別れると詩季を先導して3階へ上がる。拳銃を構え、壁から僅かに顔を出した彼女は、左右を確認すると詩季に後方警戒を指示して右に進む。

 真波がデータリンクを介して校舎のスキャン状況を送信、3階は右側階段から2つ目の教室に3人の生体反応を検知しており、真波は一先ずそちらを敵の司令部と判断し、確認を促していた。件の教室に接近した渚達は、パニックになっているテロリスト達の声を聴く。

『クソ、前線の状況はどうなっているんだ! 誰も応答しないなどありえないだろう! この建屋の連中は誰も様子を見に行っていないのか!?』

『間近に配備していた車両がやられているんですよ!? 迂闊に出ればやられます!』

『ええい、役立たずの腰抜け共が!』

 護衛らしい年若い男女の声が2つ、もう一人はしゃがれた中年の声。何れもパニックになっている事は口調から察するに難くなかった。

 まとまりの無い今なら、内部突入での制圧が有効に機能する。即断した渚は、詩季に触れ、サイレントモードで通信を飛ばす。

『内部に突入する。指示あるまで後方警戒を継続』

 声帯の微振動を増幅した静音通信を聞いた詩季は、渚の太ももに触れ、2連続のタップを了承として返した。戸を睨み付け、銃を構えた渚は深呼吸の後、全力で扉を蹴り飛ばした。

 くの字に折れ曲がった扉が吹き飛び、対岸の窓ガラスを砕きながら突き刺さる。喚いていた3人が、何事かと動きを止める中、突入した彼女は、護衛の男女を排除し、中年に銃口を向ける。

「関東新選組代表、田中純さんですね? あなたを八王子ラボへのテロ行為及び保管されていた機密情報の窃盗容疑で拘束します。同行を」

 これで詰みだ、と暗に告げた渚は、観念した様に歯を噛む中年へと一歩ずつ歩み寄る。詰めた距離分下がる彼は、机にぶつかり、咄嗟に見下ろす。机の上にはトレーがあり、その中には3本の無痛注射が置かれていた。

 慎重に近付く渚とそれを交互に見ていた中年は、一度目を閉じ、意を決して3本まとめて掴み取った。

「ふざけるな、何も知らない子どもが。お前は自分が何をしているのか分かっているのか?」

「目の前の犯罪者を拘束する。ただ、それだけです」

「今の政府は市民を騙しているんだぞ!」

 半狂乱になる中年は、口の端から泡を吹き、飛沫を飛ばさんばかりに渚を糾弾する。良くある陰謀論を真実と崇めた末路を目の当たりにする渚は、ただ彼が哀れな人間にしか見えなかった。

「政府はな! この世界の真実を知った国民をヒュージに変えてリリィに始末させている! 自分達の都合の良い様に世界を作り、維持しているんだ! それを変える為に我々は戦ってきた! なのにどうして、お前は私達を悪と言う!」

 注射を手にした手を振り乱し、駄々をこねる子どもの様に、暴れる中年から銃口を下ろした渚は、逆手に持っていたサクリファイスを握り締める。この老いぼれが喚き散らすのは聞き苦しいだけのおとぎ話に過ぎない。

 この世の真実を、事実を何も知らないのは、彼らの方だ。何万人もの犠牲が守り抜いたぬるま湯の中で自分の都合の良いおとぎ話を信じ込んでいるだけだ。

「……答える義理はありません。あなたを拘束します」

 そう言い、つかつかと歩み寄った渚を振り払った中年は掴んでいた注射を前に突き出す。それが何か、直感で理解した渚は銃口を上げ、中年に照準する。

「お前に、現実を教えてやる。この薬こそ、我々が戦ってきた真実の証明だ!」

 引き金を引くより早く心臓に注射が打ち込まれ、遅れて男が射殺される。断末魔の様なポンプ運動で循環した薬物が、体内組織を人間ならざる者へと変質させ始める。

 その過程で痙攣した様に男の体が跳ね回り、ぼこぼこと膨れ上がっていく。攻撃は意味を成さないと即断した渚は緊急回線を開く。

「姫神より全ユニットへ、拘束対象がアンプル使用! 崩落の危険性あり、総員速やかに建屋から退避!」

 そう言い、詩季を連れて窓から飛び降りた渚は、特撮映画の様に校舎を崩しながら姿を現したヒュージを見上げる。考えていた中では最悪の展開。証拠の回収も、主犯格の逮捕も出来ない。

 明確に示唆するであろうそれら全てを飲み込んで、ヒュージはぐんぐんと成長していく。ラージ等級ほどの大きさになったそれは、旧校舎を踏み荒らし、高田馬場へと歩を進め始める。

「マズい! アイネ! BZで対処できるかい!?」

 その場から跳躍した渚は、遠方から飛翔してきた弾丸がヒュージに直撃したのを見る。割金の様な快音が鳴り響くと同時、何かに当たって砕け散った弾丸が破片となって宙に散る。マギで編まれていた弾丸は、宙に溶け、断末魔の様に燐光を放つ。

 弾丸はフェンリルから放たれた超音速弾に違いなかったが、直撃した筈のヒュージに傷一つない事に渚は驚愕する。着地と同時、踏み下ろされた足を回避した彼女は、目の様な感覚器に向けてサクリファイスを突き出す。

 鋭く鍛えられた刃は、先と同じ快音と共に宙で阻まれる。阻んだ何かに勢いを殺された渚は、刃の先、光の波紋が走っているのに気付いた。

「ッ!」

 光の波紋を足場にバク宙を決めた渚は、着地と同時に左にサイドステップ。サクリファイスを左手に持ち替えて踏み下ろされた足に銃撃を撃ち込む。連射されたエネルギー弾は、光の波紋と共に弾かれ、花を咲かせる様に散る。

 瞬間、足の表面が変質し、細い針の様なモノが無数に生える。咄嗟に飛び退いた渚は、足元を薙ぎ払った銃撃に目を見開くと、真横から迫った鉄球に吹き飛ばされた。地面に叩き付けられ、数度バウンドした彼女は、激痛と共に修復される体を痙攣させた。

『ナギサ、大丈夫!?』

「う、あ。ぁあ……。大丈夫。それより、あの防御力は一体……」

『これは推測でしかないけど、あれはマギリフレクターじゃないかしら。先週の下北沢でギガント級が使用した事例があるわ』

 アイネの声に応じる様に下北沢迎撃戦時の一幕が表示される。何処からの写真かは不明だが、やけに鮮明且つ全体を捉えたそれには光弾の直撃を防ぎ切った光の波紋が映し出されていた。

 光弾の規模からしてノインヴェルト戦術を行使し、規定人数である9人分のマギを吸った光弾(マギスフィア)である事は推察に難くなかった。ラージ等級のその一つ上のギガント等級でこの防御力ならば、フェンリルの狙撃を凌ぐのも頷ける話だった。

『AZ、TZグループ、ラージ級への対処に対してはこちらで戦術立案を行う。その間、当該ラージ級の足止めを』

 一瞬戦術マップが開き、平面的な地図にラージ級を留めておかなければいけない範囲が表示された後、見えなくなり、バイザー上の拡張現実に範囲が重ねられる。情報更新も兼ねて再起動した端末がラージ級と交戦する面々をタグで表示。

 省略されながらも視界を踊るタグ達に力を込めて立ち上がった彼女は、サクリファイスを手に跳躍する。その間、オープン回線の通信に冨亜奈とアイネの声が乗る。

『アイネん、戦術立案に役立つか分かんないけど一応持ってるデータ送っとく。ラージ級だからギガント級なんかよりも溜め込めるマギの総量はそう多くない筈だけど、何か普通じゃない気がするんだよね』

『普通じゃないって、どう言う事?』

『あー、何て言うかなぁ……。体のサイズ自体は同じだけど、持ってる能力が普通の個体よりも高いって感じ? 突然変異種染みてるって言うかさぁ……』

 AZとして戦いつつ、頭を回転させているらしい冨亜奈の唸り声を聞いていた渚は、無言のアイネに内心苦笑を漏らす。多分冨亜奈の話を聞いて集中して考え事をしているんだろうな、とそう思いながら、渚は放たれたミサイルを回避する。

 爆発物らしい体液が廃墟に飛び散ると同時に爆発。破片が飛び散り、掠めた左足に無数の擦過痕を生む。痛みに顔を歪めるがその間に物々しい音を立てて傷は修復されていく。

『類似する事例……。あ~・・・もしかして特型かなぁ。普通の個体よりも強めの奴』

『何と無く聞いた事あるわ。とことん面倒を掛けてくれるわね……。良いわ、ありがとう』

『あいあ~い』

 相変わらず変な相槌を返して冨亜奈は通信を切る。そうしている間に渚は戦線に復帰し、銃撃が飛び交う中、その渦中にある怪物へと突撃を仕掛ける。渚を吹き飛ばした鉄球は元の五指に戻っており、ヒュージの特性を如実に表していた。

 ヒュージの片目が真霜を捉え、物々しい音を立て、左手がドリル状に変化する。高速回転し、一定の速度に達すると同時にドリルが分離し、後方の噴射口からマギが放射される。ドリルミサイルとなったそれがゆるりとした推進で宙を走る。

「クソが!」

 毒づく真霜が回避し、優愛と黄昏が射撃を浴びせる。何らかの障壁を纏っているらしいドリルが近距離での射撃を弾き、四方八方に流れ弾が散る。花火の様に散るそれを回避した真霜は、ゆっくりと追ってくるミサイルに身構えた。

 直撃する、と覚悟した真霜は、真横から射抜かれたそれが空中で炸裂したのを見た。大口径且つ高初速の銃撃。待機していた麻衣のフェンリルが撃ち抜いたのだと理解するよりも前に、飛び散った体液を回避する。

 付着と同時に炸裂した体液が廃墟を粉砕し、破片が飛散。大雨の最中でも難なく炸裂するそれに舌打ちしつつ、止む気配の無い雨が彼女等に重圧をかけていた。

「何なんだよあのヒュージ!」

 毒づきつつ、ヨートゥンシュベルトを構えた真霜は、無差別に放たれたロケット弾を回避すると破砕された瓦礫を浴びる。散弾の様に浴びせられたそれが制服ごと彼女の体を貫き、リジェネレーターが作動。激痛はそのままに彼女の体が修復されていく。

 ロケット弾に変質していた組織は抉れた傷跡を見る見るうちに修復していき、醜いウサギの様な顔面が咆哮を上げる。その口が変化し、喉奥から砲口が生えてくる。ビーム砲だ、と理解するが早く渚が跳躍し砲身に傷をつけてその場を飛び退く。

「優愛、撃て!」

 そう命じると同時に凄まじい連射速度で実体弾が放たれ、砲身のヒビが次第に広がっていく。トドメと言わんばかりにオリヴィアと黄昏が一斉にバスターランチャーのビームを叩き込んだ。金属質な砲身は衝撃と熱疲労で止めを刺され、自壊する。

 王冠の様な破断痕と共に砲身が崩落、加速器を兼ねていた砲身を失ったビームは、指向性を失って四方に熱量を散らしていく。威力が弱体化したそれの前に飛び込んだ詩季は、制止する様に手を翳すと、障壁を展開した。

 サブスキル『聖域転換』を発動した彼女は、障壁を傾けて上へ偏光させた。斜め上に走った光線は雨雲の一部を突き破り、衝撃波で穴を拡散させる。熱膨張の衝撃波が音となって宙を走る中、吹き飛ばされた詩季は宙で身を回し、着地する。

「クラウンベックさん、作戦はまだですか!?」

 歴戦の判断力から焦りを滲ませた詩季は、目の辺りから生えた重機関銃の攻撃を回避。弾着と同時に対物弾が古い舗装路を破砕していく。

 3次元的な動きで回避した彼女は、ヒュージの顔面で咲いた花に目を見開き、攻撃の飛来方向に視線を動かした。雨天の暗がりでも目立つルド女の制服姿が5つ。何故だ、と思うと同時、ヒュージの背中が歪に隆起した。

「ッ! 誘導弾です! 迎撃を!」

 ルド女の生徒に攻撃のターゲットが移った事を悟った詩季は、垂直に放たれた弾頭を見上げる。大雨を裂く弾頭が、ルド女の生徒達がいる西落合2丁目の方角にその先端を向けた。加速が始まろうとする兆候にその場に居た全員の表情が青ざめる。

 2丁目は貧民層向けとは言え、民間居住区。そちらに被害が出るとなると、非常にマズい事になる。人的被害はともかく、親の仇の様に各省庁やガーデンからのクレームが殺到するに違いなく、非常に面倒臭い。

「迎撃します!」

 直撃させまいと優愛、黄昏、オリヴィアの三人が弾幕を張って迎撃を行う。幸いにも弾頭そのものが脆い上に比較的、的が大きかった事もあって容易に撃ち落とす事が出来ていた。

 空中で散った弾頭に、胸を撫で下ろした詩季は、隣で怒鳴り声をあげる冨亜奈に驚きながら顔を向けた。

「アンタ等バカか! 市街地区から攻撃打ち込んだらどうなるか位、習わなかったのかよ! もう良い、こっちで如何にかするから討ち漏らしの時に対処! それ以外は待機!」

『ですが、ヒュージ討伐は我々の本来の―――』

「初動でしくじった癖に何言ってんの? それともエレンスゲの連中と同じメソッドで戦おうとしてたの? 仮にも東京御三家の一つに属する君達が?」

『それは―――』

「もう良い。未熟な君達よりあたし等でやった方が早いから。もう良いね、切るよ」

 昨夜の軽薄さが嘘の様な冷酷さで対応していた冨亜奈を、おっかなびっくり見ていた詩季は、視線に気付いた彼女から気まずそうに目を逸らす。それに気付いた彼女は、鋭く研ぎ澄まされた視線が嘘の様な人懐っこい笑みを浮かべて詩季に身を寄せる。

「ごめーん、変なとこ見せちゃってさ。ま、うちの後輩の失態だから少し厳しくいかないとね。詩季にゃんだって、たまにはそう言う事するでしょ?」

「え、あ、うん。そうだね」

「だっしょ? あ、ごめん、ちょっとさっきの話アイネんにしなきゃいけないから。前線宜しくね」

 まくし立て、その場を後にした冨亜奈は、ケラケラ笑いながらその場を去っていく。直後、アイネから通信回線が開き、同時に作戦プランを送信される。

『アイネより作戦参加ユニット全員へ通達する。戦術プランの立案が完了した。同時に送信したファイルを遠隔操作しながら説明する。可能な人員のみ閲覧を。先程トラブルがあったが、現在の攻撃を見る限り、ターゲットは我々に戻っている様ね』

「うん、攻撃してきた子に、うちから抗議飛ばしたからね」

『そう。ありがとう。では、本題に戻りましょう。即席チームだから変わらずシンプルな二面作戦で行くわ。第一段階、マギリフレクターの破壊は渚のブラッドティアーズで行う。ブラッドティアーズは切断個所に大量の中性マギを注ぎ込む特性がある。マギリフレクターの情報が少ないから観測データからの推測でしか無いけど、こちらの防護障壁の強化型と仮定するなら外部から過剰供給を行えば飽和状態で脆くなる筈。そこに一撃を加えて破壊。第二段階、剥き出しになった本体をフェンリルで狙撃。一撃で仕留めるわ』

 アイネの言葉と連動した資料が閉じられる。リリィが10人いるにしては異様にシンプルな作戦。デュエル世代の会ってない様な戦術よりはマシだが、今のトレンドと照らし合わせると物足りない。

 出来もしない事をやれと言われるよりはマシだ、と割り切った詩季は、突入コースを確認すると攻撃が止まった事に困惑する様な素振りのヒュージを見上げた。

『第一段階、要を接近させる為にAZ、TZグループは全力で彼女の援護を。方法は各自に委任する。ナギサ、あなたは第二段階の準備完了まで被弾しない様に。ブラッドティアーズの消耗の激しさはこちらも承知しているから』

「真霜、こちらでターゲットを引こう。マルクルスさん、黒木さんは後続への攻撃防御を」

『いえ、それなら4人でやってもらった方が良いわ。ユア、黄昏さん、2人でナギサの防衛を』

 アイネからの命令に応じた詩季は、高く跳躍するとヒュージから放たれた触手を足場に本体へ迫る。彼女の武器はヨートゥンシュベルトのみである為に、接近しないと攻撃が出来ない。普段のヒュージ狩りなら事足りるが、こうして囮としてターゲットを取るには向かない。

 相手が遠距離手段の豊富なヒュージとなれば尚更危険度は増す。触手を器用に乗り継いだ彼女は、頭に向けて切っ先を突き出す。一点に運動エネルギーを集中させた詩季だったが、リフレクターが刃を阻む。

「調子付くんじゃねえぞオラァアアアア!」

 その対岸、飛び掛かった真霜が柳葉刀を叩き付ける。光の波紋が走り、重量とフルスイングの威力は完璧に防がれ、殺しきれないキックバックがグリップに走る。触れる事すらままならない2人は、眼球が変化したレーザー砲を回避するとそのまま離脱。

 何条にも拡散し、射線上の雨粒を蒸発させる慌てる様子も無く離脱する2人の援護に回ったオリヴィアは、担いだティルフィングの引き金を引き、バスターランチャーを叩き込む。左腹部から顔面に掛けて照射するが、全てリフレクターに凌がれる。

「やはりダメですわね。時間稼ぎすら困難ですわ」

 そう言いながら飛び退き、射出された触腕を回避した彼女は、体表からの機銃掃射に追われ、距離を取らされる。彼女を追う様に触腕が地を這い、突き上げてくるが、直撃する寸前で冨亜奈が切断。

 傷口に銃撃を加え、爆発性の体液に衝撃で誘爆させたが、本体に達する前に切り離される。爆導索の様に炸裂したそれが、大雨の中にオレンジ色の花を咲かせる。

「ひぃー、そんなんありィ?」

 側転から着地した冨亜奈は、機銃の一斉射撃を回避する。辛うじて残った瓦礫に紛れたリリィ達は、突如として開いた回線を受領する。

『全員、待たせたわね。作戦開始しましょう』

 アイネの一言と共に、グリーンバックのゴーサインが表示される。麻衣の狙撃準備が整った事を示す様に、拡張現実上にフェンリルの射線が表示される。ヒュージの胴体ただ一点を示すそれを物陰から見た冨亜奈は、対岸に隠れていたオリヴィア達に合図を返す。

 第1段階の開始が告げられると同時、渚から行動開始のメッセージが送信。それに合わせて冨亜奈達が飛び出す。シューティングモードを起動したオリヴィアが、援護射撃を放ち、詩季、真霜、冨亜奈の3人が突撃する。

 その後方から渚が追いかけ、攻撃の矛先がAZに散っていくのを見上げていた渚は、CHARMを納刀し、非起動状態で通りを全力疾走していた。

『ナギサ、あまり無茶なルートは通らない様にね。今のあなたはCHARMの無い生身の人間なんだから』

 アイネからの一方的な通信を聞いていた渚は、豪雨に打たれながらパルクールの動きで障害物を乗り越える。時折足を滑らせそうになりながらも前へ前へと進む渚は、優愛から借り受けたポンチョタイプのレインコートを翻す。

 時折飛んでくる攻撃の余波を回避する渚は、荒れた息を整えると、再び走り出す。アイネと真波が共同でコントロールするナビゲートは、雨粒が垂れたウェラブルデバイスに重なったまま。

(後、1km。500m圏内に入った瞬間、ブラッドティアーズを抜く)

 再び走り出した渚は、頭の中で作戦工程を思い出す。第1段階の要となるアーヴィングカスタム『ブラッドティアーズ』はマギの消耗が激しく、迂闊に抜けばすぐにガス欠を引き起こす。

 その為、ギリギリまで温存する方法が取られ、攻撃が有効に機能する距離である500m以内まで生身の状態で接近する事になった。

(カオスティックトランサーで複製した『円環の御手』を使えば楽にはなるが……)

 あのレアスキルでコピーしたスキルは経験則からして約5分しか持たない。それに、自身にそんなレアスキルがある事をまだアイネに明かしてはいない。今までもそうだったが、使わなくても良いのであればそれに越した事は無い。

 例え、隠す事によってトラブルの元となるとしても、非常識すぎるあのスキルは極力伏せ札にしたい。そんな意図が、渚にはあった。

『既定ラインまで残り200m。オリヴィア達はまだ保つわ。焦らなくて大丈夫よ』

 フォローを入れるアイネに、曖昧な相槌を打った渚は走りながら、不気味な影の様に映るヒュージを見上げる。まるで一昔前の怪獣映画の様に暴れ回るそれは、マギでリリィを判別しているのか渚には目もくれず、囮として飛び回る詩季達を執拗に狙う。

 残り100m。姿勢を低くし、ブラッドティアーズの柄に手を掛けた渚に寄り添う様に、マリアが姿を現す。

『さあ、お姉様。私を殺した時の様に、アイツを切り裂いてあげましょう』

 楽しそうに笑うマリアに、笑い返した渚は、既定ラインを超えた事を示す表示と同時にブラッドティアーズを抜刀。禍々しい血の色の燐光を迸らせ、妖刀が起動する。妖刀は渚から吸い出した超高出力のマギを中性に変換して放つ。

 それと同時、柄に内蔵されていた高周波デバイスが刀身を震わせ、余分なマギを削ぎ落としながら、切れ味を倍加させる。耳障りな共振音がすぐに聞こえないほどの周波数に変わり、意識の外に出した渚は身体強化を使って跳躍する。

「行くよ」

 そう言いながら振り被った渚は、バリアに刀身を叩き付ける。ぶつかり合った超高出力のマギとマギリフレクターが干渉し、激しい火花を散らす。

 一旦離れた渚は、空中で身を翻すと足裏からマギを放射。スラスターの様に作用したそれで姿勢制御すると、切っ先を突き出す。刀身に纏わされた大量のマギが局所的に飽和状態を引き起こし、脆くなったリフレクターに高周波で切れ味を増した刀身が割り入る。

「はぁああッ!」

 そのまま下に切り裂いた彼女は、風船の様に割れたリフレクターを見上げながら降下していく。紙吹雪の様に降ってくる燐光を浴びる渚は、ブラッドティアーズに吸い取られ、力が抜けていくのを感じ、何処とも無く手を伸ばした。

 着地姿勢を取れる程、今の自分に余力が無い事を感じていた彼女は、目の前に姿を現したマリアの指した方向を向く。

「姫神さん!」

 マギを細かく放射し、姿勢制御した詩季は、渚の体を受け止めると足裏からマギを放射して着地する。勢いを殺して着地した詩季は、お姫様抱っこの様な姿勢を維持したまま、離脱する。

 同時にオリヴィア達も退避を始め、ずっと捉え続けていたフェンリルの射線が開く。衝撃波の影響圏外に全員が出た瞬間、弾丸が飛翔した。

 衝撃波が雨を裂いて奔り、弾道を雨空に描く。初撃を弾かれた超音速弾は、障壁を失った怪物に向けて直進し、胴に直撃、音速弾で大穴が開けられ、体の3分の1が失われる。達磨落としの様に泣き別れた胴体が落下する。

 形が崩れた上半身はゲル状になり、濁流の様に廃墟に広がる。誰もが致命傷を確信する中、ヒュージから水音が鳴り始める。グニャグニャと細胞が増殖し、赤黒いゲルが元の形を取ろうとその数を倍々に増やしていく。

「まだリジェネレーターを!?」

 驚愕する詩季は、物陰に座らせていた渚が立ち上がろうとするのに気付く。再生されつつあるヒュージを遠目に見ていた彼女は、ブラッドティアーズを取り落とし、バランスを崩して膝をついた。

「姫神さん、何を?」

「まだ、倒せてないんだろ。トドメを刺さなきゃ」

「トドメって、どうやるつもりですか! あなたのマギはもう枯渇しているんですよ!?」

 糾弾する詩季を他所に、腰のサクリファイスを抜刀した渚は、即座に発動したブーステッドスキルによって強制的に体調を回復していく。夥しい量のマギが、渚の体に吸い寄せられ、シルクの布の様なエフェクトを残す。

 周囲から掻き集められたマギを体に詰め込まれる渚は、荒く息を吐きながら受け入れ、底をついていたマギを回復する。

「そのCHARM、一体、何なんですか……?」

 立ち上がる渚に、戸惑いがちな詩季は疑問を投げかける。ふらついていた体が嘘だったかの様に、確かな足取りの渚はサクリファイスを左に持ち替えると、取り落としていたブラッドティアーズを手に取る。

 コアの接続経路がサクリファイスに向いている為、起動しないブラッドティアーズを握り締めた渚は、深く息を吐いた。

「行こう、マリア」

 豪雨に小さく呟いた渚の視界は赤く変わり、黒い雨の降るそこに立つマリアが笑みを向ける。雨に打たれ、染められたドレスを纏う彼女は、ゆっくりと歩み寄り、両頬に手を伸ばす。

 唇同士が重なると同時、ブラッドティアーズが目を覚ました様に赤黒いマギを放ち、渦を巻いて滞留させる。高周波デバイスが切れ味を強化し、掠めたコンクリート片がチップ音と共に削れていく。

 それを目の当たりにした詩季は、何が起きたのかは理解していた。レアスキル『円環の御手(サークリット・ブレス)』の発動だ。それによって本来不可能な2つのCHARMを同時に起動させている。

 だが、何故出来るのかは理解できなかった。通説通りなら3年生世代で覚醒した事例が無いからだ。どうして、と疑問を投げかける前に、渚は廃墟の縁に立つ。屋内の半分を抉られたそれから雨天を見上げた彼女は、自嘲を忍ばせた笑みを浮かべる。

『アイツを、殺しに行きましょう。御姉様』

 そそのかす様な言い方で、幻影のマリアが囁いた刹那、渚は跳躍した。置いて行かれる形になった詩季は、薬効切れで体を縺れさせ、その場に倒れた。過呼吸症状と痙攣で身動きが取れなくなり、後を追う事は出来なかった。

 二刀を両翼の様に広げた渚は、痩せ気味になりつつも形を取り戻しつつあるヒュージを見据える。ナイトビジョン機能はリフレクターに接触した際に破損してしまい、サクリファイスの身体強化で無理矢理夜目に順応させていた。

「ォ――――――!」

 声として認識の出来ない咆哮がヒュージの体から聞こえ、衝撃波となったそれが雨粒を弾き飛ばしながら壁となって渚に迫る。咄嗟にブラッドティアーズを薙ぎ払い、斬撃波で切り裂いた彼女は、廃屋を飛び次いでヒュージに迫った。

 豪雨の調子は変わらず、視界は雨模様のカーテンと薄暗闇ですこぶる悪い。だが、ぼんやりと浮かぶ巨大な影を見紛う筈も無く、渚は右の妖刀に力を込める。その動作と共にマギを送り込み、消費したそれをサクリファイスが間髪入れず補給する。

 最大出力に至ったブラッドティアーズは、血の色を伴い、夥しいほどのマギを渦巻かせる。最早芯である刃すら歪んで見える程のそれは、触れた雨粒を蒸散させ、白い霧を伴う。

『さぁ、御姉様』

 元の巨大なウサギの様な姿を取り戻しつつあるヒュージの間近に迫った渚は、一刀を振り翳す。マギを血の色の刃に変えた彼女は、足裏からマギを放射し、空高く舞う。

 宙でサクリファイスを逆手に持ち替えた渚は、ブラッドティアーズに手を添えると上段に構えた。対するヒュージは体の再生を優先し、迎撃姿勢を取らずにいる。

『断罪を』

 ゆるりとなびくマリアの幻影がそう声を発すると同時、渚はマギの放射を利用して急降下。白煙とワインレッドの瘴気を宙に奔らせ、ブラッドティアーズと共に急降下していく。

 再生が完了した頭頂部目がけ、刃を振り下ろした彼女は、快音を伴って真っ二つに引き裂く。マギの刃には一切の抵抗が無く、ヒュージを両断した渚は、轟音と共に倒れたそれには目もくれず、荒れた息を整えていた。

「……渚からアイネへ。ターゲットダウン」

 そう告げ、渚は右の一刀を下ろす。習慣で血振りした彼女は、マギが収束しつつあるブラッドティアーズを納刀する。

『アイネから全ユニットへ。作戦終了よ。後始末はルド女諸々に任せて、撤収しましょう』

 真波からのIMと共に、アイネが呼びかけ、応じた渚は外套を翻し、元いた場所へと引き返していった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 倒れていた詩季を回収した渚は、小雨に変わりつつある雨天を見上げ、瓦礫ばかりが並ぶ景色を歩く。揺り戻しで気絶している詩季は脱力しきっており、いつも以上の重量を背に感じていた。

「あ、おーい」

 集合場所に指定された旧落合南長崎駅付近、無邪気な声と共に冨亜奈が大きく手を振る。走る事もままならない渚は、無理のない範囲で歩幅を広げ、足早にそちらへ向かう。

 戦闘に参加したリリィ達計8名に、ワンボックスを走らせてきたらしい真波の姿がそこにあり、小雨の中、彼女を出迎える。極端にボロボロと言う訳でも無いが、それでも全員大なり小なり消耗の色はある。

「総員ご苦労。想定外のトラブルにも対応してもらえて何よりだ。まぁ、思ったよりも時間はかかったが」

 小雨に打たれるにも構わず、真波は全員を見回してそう言う。最後の一文も渚達への皮肉と言うよりは件のテロリスト達への文句だろう。木端共の虐殺だけで済ませる筈だったのが、ただの対ヒュージ戦に成り代わった事で、終了予定時刻の0時を大幅に過ぎ、今や深夜の2時になっていた。

「戦況レポートなどの事後処理については明日からゆっくり進めてくれ。それが終わったら少しの休暇をやる」

 のん気に欠伸を噛み殺す面々を見ながら、そう言った真波は空気の読めない着信音に顔をしかめると断りを入れて通話に応じる。

「ガーデン運用監査局、三沢です。ああ。はい。ええ、依頼いただいた件については先程完了しました。それに伴う苦情などについては、私の上司へお願いいたします。では、失礼します」

 一方的に話した真波は、通話を切り、ため息を漏らした。相手は国家公安委員会の役人なのだろう、と暗に察していた渚は、優愛と和美に詩季を預ける。

 思わず電子タバコに手が伸びていた真波は、電源を付けると口に咥え、紫煙を吸い込んだ。一息吐き、宙に煙を舞わせた彼女は、遠く聞こえる警察や消防の喧騒を聞きながら苛立ちを沈める為に一服する。

 その間、渚達は詩季への応急処置に回り、何とか全員で帰れる様に手を尽くしていた。

「柚木さん、三朝さんの容体は?」

「今、応急処置してもらってるわ。気付の処方で済むと思うけど」

 浅く腕を組む渚に、和美は視線を流してそう語る。一瞬、アイネに視線を向けた和美は、ヒュージに止めを刺した時の事を問いかけようとする。

 口を開こうとした直前、気を失っていた詩季が咳込みと共に目を覚ます。疑問の解消よりも職務を優先した彼女はしゃがみ込み、詩季へ呼びかけを行う。

「三朝さん、聞こえる? 聞こえていたら返事を」

 呼びかけに呻き声を返した詩季が、ゆっくりと体を起こそうとするのを和美が支えに入り、ペンライトで瞳孔などを確認する。

 反射で瞼を閉じた詩季に、ライトを消した和美は、戦後のストレスが抜けきらない彼女が吐き気を催したのを察して体を横に倒し、吐き戻させた。

「ごめん……なさい」

 1人呟いた詩季の言葉を聞いた和美は、口端を僅かに上げ、彼女の背を撫でる。ひとしきり吐き終えた彼女は、覚束無い足取りで立ち上がり、真霜と黄昏に肩を支えられる。

 タバコを消し、詩季と対面する様に振り返った真波は、彼女のやつれ具合を見て、少し表情を曇らせた。

「三朝、お前は私の車に乗れ。自力で歩けないだろう」

「……はい」

「その他の連中は……。すまんが、もう終電時刻が過ぎた。宿に泊める予算も無いから歩いて帰ってくれるか?」

 悪びれるでも無い態度でそう言った真波は、露骨に嫌そうな彼女等を他所に、詩季を助手席に乗せた。

「ええ~、私お腹空いたんですけどぉ! どっかで食べて帰りたい~! 美味しいお店行きたい!」

「アホ。この時間に飯屋が営業してる訳無いだろ。途中で寄ってもらうからコンビニで適当に誤魔化してろ」

「卯月麻衣の言う通りだ、ルド女。どこまで能天気なんだテメエはよ」

「ええー、皆ノリ悪いなぁ! じゃあ、ファミレスは! ファミレスだったらやってるでしょ!?」

「……私は疲れたから早く帰りたいんだけど。帰ってからあなただけで行きなさいよ」

「ヤダー! 皆で駄弁りながらご飯食べたいの! それにその場をデブリーフィングって事にすれば良いじゃん! ね、ユアっちはどう!?」

「え、私ですか? い、良いと、思い、ます、けど……。他の皆さんが、どうかなって……。アハハ」

 駄々をこねる冨亜奈に、その場の全員が苦々しい顔をする。それを見回してた真波は、小さい舌打ちと共に地図情報を送る。帰り道の途中にあるファミレスの位置情報だった。

「だったらそこで合流だ。それで文句無いだろ。但し、店内で寝るなよ」

 釘を刺し、黙らせた真波は、それに異存無い全員へ微笑を漏らすとスマートキーを手に運転席へ向かう。

「メシ代は全部私が出す。だからそこまで頑張って来い」

 薄暗闇に紛れつつも、優しい口調で真波は告げ、彼女は車を走らせた。




全ては不幸な事故Fatality_Accidentに過ぎない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。