アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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地獄を生きる者達
コリウスに囚われて


 2051年5月10日・横浜港―――。

 春も終盤に差し掛かった時期とは言え、横浜の海は少し冷えた風を送り込んで来る。深淵よろしく底の見えない海原を見ながら、一人コーヒーを傾ける女性、三沢真波は、人を待っていた。

 戦災復興を何とか果たした横浜の港には、ヒュージ接近に対する早期警戒を目的として、フリゲート艦が識別灯を灯しながら巡行していた。かつての繁栄を取り戻しつつある横浜の灯りが、世の暗部とも言える軍艦を灯すのを何の気も無く見ていた真波は、近付きつつあるパンプスの足音に気付き、振り返った。

「お待たせしました。御姉様」

 揶揄う様にそう言い、笑みを浮かべたボブカットの女性、嶋木杏珠に笑みを返した真波は、ビジネスカジュアルと言うべき服装を見回す。

「防衛軍も随分と服装の規則が緩くなったんだな」

「内勤の時くらいですよ、こんな服装。それよりも、それ、処分しないと入店出来ないでしょう?」

「あぁ。……お前、飲むか?」

「結構です。私の好みは、真波さんのとは違いますから」

「そうだったな。と言っても今飲み切った所でな。何処かゴミ箱に寄っても良いか?」

 肩を竦めながら言った真波に、嘆息を向けた杏珠は、彼女のエスコートで一先ずテイクアウトを買ったカフェへと向かった。店舗のゴミ箱でモノを処分した真波は、外で待っていた杏珠を連れて横浜の街を歩く。

 彼女達が歩く街並みに廃墟の類は一切無く、多数のテナントが入った高層ビル群は、商業地帯と合わせ、嘗ての繁栄を取り戻したと錯覚させる様なきらびやかさで通りを賑やかす。

「聞いたぞ、三尉に昇進だって? 待遇入省は昇進速度が違うな」

「真波さんまでそんな事言うんですか? いい加減聞き飽きているんですけど」

「だろうな。私も似た様な事を言われたよ」

 冗談だ、と言わんばかりの笑みを向けた真波は、ムッとなる杏珠に視線を僅かに落とす。真波よりも背は低い彼女だが、それでも女性平均の上を行っており、道行く人の目を僅かに引いていた。

 お互いにリリィを引退して5年以上は経っているが、保有マギやリリィとしての才能は衰え切っても、その外見の良さは衰えていなかった。

「そう言えばお前、今技術士官だったか? アーセナルでも無かったのにか?」

「管理部門ですよ。モノに対して直接関わる様な部署じゃないんですけど、まぁ、大方元リリィだからCHARMにも詳しいだろうって安直な考えなんでしょうね」

「上が無能だと大変だな。その点、私は恵まれた方か。ま、相手が無能ばかりなのがストレスだがな」

 冗談めかして言った真波は、労いの言葉を返した杏珠に苦笑する。流石にそれ位の余裕はあるか、と内心呟いた真波は、そう言えば、と話題を切り替えた杏珠に小さく首を傾げた。

「どうして真波さんが横浜にいるんでしたっけ」

「仕事だ。でなきゃこんな所に来んよ」

「ああ、そうでしたね」

 からっとした物言いで返した杏珠に、顔をしかめた真波は面倒以上の何かを表情に滲ませていた。無理も無い、と杏珠は内心で思う。かつて彼女は東京・神奈川エリアの監査官として、勤務し、散々辛酸を舐めさせられた。

 各ガーデンが監査局に対して敷いた極度の守秘義務に加え、表向き自衛手段を封じられているが故に、ガーデンに対しての無理な捜査は命取りになっていた。実際、そう言った行動を取った同僚を何人も行方不明にさせられたらしい。

「さて、そろそろ着いたぞ」

 真波の先導で、店舗に案内された杏珠は、個室で仕切られた店舗の一室に入ると彼女と対面する形で掘りごたつに座った。意図的に照明が絞られた店内は程よく落ち着いた雰囲気を持っており、これから話す内容の事を考えるとピッタリな場と言えた。

 通しと飲み物の注文を受けに来た店員に適当なものを告げた彼女達は、荷物を整理した後、お互いの情報端末を取り出した。

「真波さん、一先ずこちらを。依頼されていた防衛軍内のCHARM開発プロジェクトの一覧です。と言っても、防衛省のガーデン注力傾向に伴って全部凍結されましたが」

「ああ、それは把握してる。凍結プロジェクトの予算は被害を受けたイルマや御台場への臨時支援に回されたらしいな。それと、最近だと柳都か。臨時と言いつつ、今後は恒久的な予算になるんだろうが」

「だと思いますよ。全く。ただでさえ、ガーデンは財政を圧迫していると言うのに……」

 嘆息を吐いた杏珠に、苦笑を返した真波はリストに目を落とすと計7件あるプロジェクトの一つ一つを見ていく。凍結された計画の殆どはマギに関連する基礎研究とその有効活用に向けたCHARMの開発計画だった。

 作られてもせいぜいが1案につき、1機。それも既存の機体を改装した本当に基礎研究の為の機体が殆どで、とてもでは無いが、魅力的には思えなかった。

「覚悟はしてたが、思っていた以上につまらんものばかりだな」

「ああ、そうでしょうね。殆どは民間がやらない基礎研究ばかりですから。真波さんのお気に召しそうなのは、次世代型高等CHARM開発プロジェクトですかね」

「これか。次世代型高等CHARM開発プロジェクト……」

 そう呟いた真波の手元、情報端末にプロジェクトについての詳細が書かれていた。他の計画と異なり、計画凍結時点で試作機が5機ロールアウトされており、現在は試験委託先の城ヶ島で全機がモスボール保管されていた。

 用件の一つを見れば、試作機とは言え、実戦での試験も視野に入っていた様で、改装機体よりも厳しい設計基準が設けられていた。詳細は持ち帰って検める必要があると判断した真波は、端末を持ち主である杏珠に返却した。

「良いな。と言って試作機に毛が生えた程度だろうがな」

「ええ、現場の担当者の評価もそんな感じでした。あ、真波さん、このコードでさっきの計画書、ダウンロードできますよ」

「すまんな」

 コードが書かれた紙を差し出してきた杏珠に、一礼しつつ受け取った真波は、自分の端末に打ち込み始める。それを待つ間、杏珠は予てより抱いていた疑問を口にした。

「真波さん、どうして彼女達を率いようと思ったんですか?」

 酒に口を付けつつ言った杏珠は、やり難そうな雰囲気を醸し出した真波に笑みを返された。どう返せば良いか分からず、取り敢えずで返された笑み。

 コードを打ち込み終わった彼女は、ダウンロードが始まった端末を脇に避け、縋る様にグラスを掴んだ。

「その質問には、成り行きって言えば良いのか?」

「お好きにどうぞ。まぁ、私にはあなたがそんな浅慮な女とは思えませんけどね」

「良く知ってるな。じゃあ、前言撤回だ。レギオンなんてものを持とうとしたのは元々決めていた監査局の方針によるものだよ。だが、アイツ等を手に入れられた事は全くの偶然だ。良い拾い物だったよ」

 酷く寂しい顔をしてグラスの中身を空にした真波は、呆れた顔の杏珠から顔を逸らす。溜め息と共に一口飲んだ彼女は、目を閉じる。

「そんな顔には見えませんよ」

 ぽつりとそう言った杏珠は、タブレットで二杯目を注文した真波を見据える。

「……何もかも、あなたらしくない考えです。あんなにもリリィと言う存在を嫌っていたあなたが、彼女達を率いる事を選んだのも、彼女達を捨て駒同然に思う事も」

 呆れと言うよりも悲哀を込めた杏珠は、返す言葉を失い、押し黙る真波に釣られる様に黙々とグラスを傾けた。沈黙の後、2つ目のグラスを半分まで減らした真波は、遠くを見る様な目で天井を見上げた。

「あの子達は、[[rb:賭け金 > ベット]]だよ。こんな世界に風穴を開けられるかどうかって言う、な。今の世の中、ガーデンや企業共はヒュージと言う脅威をまっすぐに見てはいない。どいつもこいつも自分達の今ばかりを優先して、未来を見ようとしない」

「……限りなく勝率の低い賭けです。馬鹿げてますよ、そんなの」

「だろうな。私とてこんな馬鹿げた賭けに勝てるとは到底思ってないよ」

 浮かべていた深刻そうな顔持ちを崩した真波は、酒気を帯びたため息を漏らすとすっかり泡の消えた麦酒の液面を見つめる。対岸では意図を測りかねる杏珠が、半目で彼女を見てくる。苦笑交じりに真波は返答を返した。

「勘違いするなよ。賭けはあくまでも名目だ。レギオン結成やらは、あくまでも家無しのガキ共に、居場所を提供してやるのが一番の目的だ。その上で、私は少し夢を見ているんだよ」

 憂いを帯びた赤ら顔を何処とも無い場所へと向けた真波は、肴である軟骨揚げを箸でつまみ、口へ運んだ。気分の問題なのか、それとも冷めたせいか、味の落ちたそれを口に運んだ彼女は、安堵の笑みを浮かべた杏珠に気付いた。

「何だよ。変な笑いしやがって」

 意図を汲み、笑い返した真波は、嫌に脂っぽい口の中を酒で洗い流し、3杯目の注文に手を伸ばす。

「うふふ。年を取っても、あの時の御姉様のままなんだな、って。ちょっと安心して」

 微笑と共にそう言い放つ杏珠の頬は僅かに赤くなっており、目も少しばかり座り始めていた。アルコールが理性を溶かし始めた表情を見て取った真波は、その口から出た言葉が本音に近いものだと捉えていた。

 酔って甘えたがりな本性が見え始めた杏珠は、真波の肴にも手を出し始め、被害者である彼女はそれを笑って見ていた。取りやすい様に皿を寄せた真波は、嬉しそうな彼女を見据える。

「いつに無く甘えたがりだな、エリート様は。私以外にもそんな相手はいないのか?」

 酒を待つ間、片頬に手を突きながら言った真波は、むすっとした顔の杏珠に笑って見せた。初恋相手が誰なのか、敢えて知った上での揶揄いに、子どもっぽさを剥き出しにした彼女は、頬を膨らませる。

「いませんよ」

 そう言い、杏珠は座った目で真波を睨む。

「初恋の未練を、未だに振り切れていませんから」

「そうか。相変わらず律儀な女だな、お前は」

 苦笑を返しつつ、猪口を傾けた真波は、杏珠の視線から逃げる様に顔を背ける。

「そう言う御姉様はどうなんですか」

 逃げる事など許さない、と言わんばかりに杏珠は言葉を詰め、それを受けた真波は、やり難そうに笑った後、ゆっくりと瞼を閉じる。

「私はお前ほど殊勝な人間じゃないからな。失恋の穴を埋める様に、何人も関係を持ったよ。どれも1年と続きはしなかったがな」

 言い終わると同時に日本酒の味で口を漱いだ真波は、不満そうな杏珠に一度視線を向けて笑うと、懐に手を伸ばす。

 肌身離さずにいるせいで潰れかかったカートンを手に取った彼女は、その中から一本引き抜く。普段使いのライターを取り出した彼女は、火をつける前に杏珠に視線を向ける。アイコンタクトで承諾を貰った彼女は、すかさず火をつけ、紫煙を吸い込んだ。

 ぷか、と口から上に煙を吐き出した彼女は、店内の照明を曇らせたそれを見上げる。

「私ももう良い歳だ。こんな擦れ切った女に好意を持つ物好きなど、この先いないだろうと諦めているよ」

 自嘲した真波は、灰を灰皿に叩き落とすと、猪口を手に取った。煙たい口の中に酒が入り、アルコールの刺激だけが口内に広がる。

 深くため息を吐いた真波は、タバコを持った手の甲で額を拭うと、徳利の残りを乱雑に注いだ。

「……オリガ姉様のせいですよね。あなたの人間関係が長続きしないのは」

 いつの間にか来ていたカシスオレンジを手にした杏珠は、真波から張り詰めた殺気を感じ取った。彼女がリリィとしての現役時代と同じものを感じた杏珠は、決して踏み入れて欲しくない領域である事を理解しつつ、意を決した。

「10年前、オリガ姉様が自殺した事。それがずっと、尾を引いてるんですよね?」

 酒の勢い、と誤魔化しながら話す杏珠の脳裏には、かつて葬儀に参列していた真波の顔が浮かんでいた。悲しみと喪失感が織り交じった横顔には、涙は浮かばず、ただ茫然と想い人の死に顔を見下ろしていた。

 死の詳細こそ、公にされていなかったが、真波達と縁の深かった杏珠は、真相を薄々察していた。それを彼女は、チャンスとは思えなかった。自分が思っていたものとは全く違う表情を、自分の義姉が浮かべていた事に衝撃を受けたからだ。

「もう、随分と経ちました。それでも、あなたはあの方に囚われ続けるおつもりなんですか?」

 何を思ったのか、何を感じたのか。間接的にしか敬愛する義姉の死に向き合えなかった自分とは同じとは思わない。だが、あの日見た顔は間違い無く、戦場で大切な人を喪ったリリィ達とは違う顔をしていた。

 戦場や床の間での死とは全く違う何かが、今目の前にいる女性を呪い続けている。10年来の呪いの解呪と、未だに燻り続ける自分の恋慕の解消も兼ねられるのであれば、この機を逃す事は無い、と杏珠は何処か冷静な部分で考えていた。

「……囚われ続けている、か。その通りだよ」

 怒りから変換した溜め息を深く吐いた真波は、苛立ちを抑え込む為にタバコを吸い込むと紫煙に変えて吐き出した。光を遮って揺蕩うそれを見上げた彼女は、カシスオレンジを一気に飲み干した杏珠に苦笑を漏らす。

「だったら! 私と付き合いませんか?」

「そうすればオリガへの執着も捨てられるかもしれないって?」

 空にしたコップを乱暴に置いた杏珠の首肯に、苦笑を崩さない真波は首を横に振って4杯目の酒に口を付けた。渇きを癒すでも無いその味に、理性を溶かす事を期待した彼女だったが、彼女の体質がそれを拒んだ。

 酔いが回り、くだを巻く杏珠を前に、笑みを吹き消した真波は努めて冷静に、答えを返す。

「無理な話だな」

 顔を合わさない様にそっぽを向いた彼女は、驚き、一気に酔いを醒ました杏珠に理由を述べる。

「確かに私は、アイツの遺した呪いに囚われ続けている。だがそれは、アイツへの執着じゃない。アイツが遺したのは、他人へ好意を向ける事、そして好意を返される事への、恐怖心なんだよ」

 胸の内を明かしながら、真波は最愛のルームメイトを喪った日の事を思い出す。赤い浴槽に、いつも以上に真っ白くなった彼女の死体。左腕の動脈を切り裂いた剃刀は右手から滑り落ち、シャワーが広げた水溜りに血の色を流していた。

 オリガが負った精神疾患の治療について、ようやく目途を付けた矢先だった。彼女がしたためたであろう遺書には、これまでの献身への感謝が述べられ、文末にはこう書かれていた。『あなたの一番の親友、オリガ・クルトイヴァより』、と。

「難しい話だよ。他人との距離感、それを見誤った結果がこれだ。私は、アイツに胸の内の思いが伝わっていると思っていた。アイツの生きる希望になれると思い込んでいた。だが、結果は違った。私はアイツにとっての希望になれなかった。私がなれたのは、ただの大切な何かだったんだよ」

 酒の勢いによるものなのか、妙に饒舌な真波は、深く深く息を吐いた後、灰皿に置いていたタバコを手に取った。時間が経ち、短くなったそれから紫煙を吸い込んだ彼女は、悲しい顔の杏珠に笑みを向ける。

「そんな顔をするな。これはもう不治の病なんだよ。私はもうこのまま一生を終えるつもりでいる。だからお前は、別の幸せを探せ。こんな私になんて構うんじゃない」

 目を合わせない様に体を斜めにしつつ、酒を煽った真波は、動揺しながら首肯した杏珠に微笑を向ける。もしかすると、縁が切れるかもしれないとそう思った真波の胸中には、寂しさが広がり始める。

 それもまた成り行きなのだろう、と今までに切れてきた縁を思い返す。

「分かりました。それならそれで、別の相手を探し始めます。苦労はしそうですけどね」

 動揺を僅かににじませつつも、務めて明るく振る舞った杏珠に、そうか、と素っ気なく返した真波は、慎重にグラスを置いた彼女に小さく首を傾げた。

「だから諦められる様に、最後に私を、抱いてくれませんか。御姉様」

 意を決しつつも酷く悲し気な義妹の顔を見て、鼻で笑った真波はムッとなった彼女に苦笑を向ける。

「そう言うのは、もう少し酔ってから言うセリフだ」

 笑みを浮かべたまま、やんわりと否定のニュアンスを含めた真波は、頼んだ肴を処理しつつ、クールダウンとして頼んだウーロン茶を口にする。対する杏珠は自棄になってペースを上げていた。

 そんな彼女を見て昔を思い出した真波は、彼女と、そしてオリガのいた思い出を懐かしみながら酔いを醒ましていく。夢見心地だった頭の状態が、スッと冷えた現実に戻っていく。

「御姉様ぁ、どうして断るんですかぁ? 私の事嫌いなんですかぁ?」

 酩酊状態に入り始める杏珠に、溜まらず噴き出した真波は首を横に振るとウーロン茶を一気に飲み干した。

「そんな訳あるか。お前が良ければ今の関係は続けたいと思っているよ。って、聞いてないな?」

 ほくそ笑んだ真波は、グラスを手に舟を漕ぐ杏珠の隣に回る。着席するや否やスマートウォッチを見た彼女は、入店から3時間経過している事を知る。もう頃合いか、と会計を済ませて店を後にした。

 店外に出た彼女は、千鳥足の杏珠の腕を取ると階段を下っていく。ふらふらと覚束無い彼女が足を踏み外したのを受け止めた真波は、へべれけの彼女を抱えて一息に下った。

 1階にある飲み屋の椅子に座らせた真波は、心配そうに声をかける中年達に愛想笑いを返し、机に突っ伏しかけた杏珠を無理矢理引いて背負い、駅に向かって歩き出す。

 現役時代以上に体が出来上がっている真波にとって、デスクワーク中心で痩せ気味の杏珠は脱力しきっても体が軽く感じていた。酒に酔い、深い眠りに落ちた彼女が背中でぐずるも、それで大きく姿勢を崩す事は無く、幾分かハッキリした足取りで駅までの道を行く。

 加齢で筋肉が落ちた故か、いくらか減ってはいるものの、人肌の体温を背に感じた真波は、現役時代を思い出していた。

(コイツが足を怪我した時も、こんな風に負ぶってやったっけな)

 近隣での討伐にて足を捻った杏珠を背負い、撤収した時の事を思い出していた真波は、その隣にオリガがいた事を連鎖的に思い出す。家族を養う為に百合ヶ丘の基準ギリギリの才能でリリィとなり、そして間接的な人災によって、全てを喪った。

 後から知った事だが、彼女の家族はユーラシア大陸からの疎開難民であった為に、日本籍を持つそれに対し、幾分か不利な待遇を受けていた。その一環として、ヒュージの襲撃に晒されやすい地域に住まわされていた。

 不利な待遇は百合ヶ丘でもそうだった。難民である家族の為に、持てる限りの才能を使ってリリィとなった彼女を待っていたのは、心無い謗りだった。『足手まとい』だの、『百合ヶ丘の肩書に泥を付けた』だの、と同級生や上級生はもちろん、下級生までもが彼女を罵っていた。

 オリガは、リリィ全体を見ても決して実力は低くなかった。ただ、“百合ヶ丘が求めるリリィスペック”では下の方だと言うだけ。そして、後ろ盾のいない難民であったと言うだけ。たったそれだけの下らない理由で、彼女は迫害された。

 そして、不当な迫害を受ける度に、つるんでいた真波が実力で叩き伏せていた。軽率に迫害をしたクズの容姿端麗な顔が、醜く腫れあがるまで、小綺麗に整った体躯へ彼女の心と同じくらいの傷が刻まれるまで。

 真波と杏珠以外、誰もオリガを守らなかった。教導官達は現役時代の栄光に縋り、モラルと言う物をかなぐり捨てていた。スペックの低いリリィ一人を守るより、よりスペックの高い多数のリリィを守る事を選んだ。

 結局、人は、社会は、全ての人間と手を繋ぐ様に出来てはいない。取り合う為の手を拳に変えて、自分より低い人間を寄ってたかって叩き潰し、一抹の安心感を得る。それは上層教育を謳う百合ヶ丘とて、小さな社会を形成していた以上、逃れられない摂理だった。

(……ヒュージさえいなければ。誰かが不幸になる理由は一つ減ると言うのにな)

 だが、世の中はシンプルに出来てはいない。一つにまとまる事すら叶わない。誰かが独善の為に、誰かの足を引っ張れば、その誰かが報復で足を引っ張り返す。そんな応酬が、今この世界を支配している。

 反吐が出る、嫌悪感が出る。だが、その汚い地盤の上にも、人の営みは存在する。他人の犠牲を無視して、何かを変えようとする程の盲目さは、もうこの手に残っていない。ならば、せめて、生きていく中でマシな社会になる様、促していくしかない。

「む」

 そんな独白をしながら、新横浜駅に着いた真波はとある事に気付いた。杏珠の最寄り駅が分からない。個人情報がどうとか、と言うより、他人への興味が希薄であるが故に、家の住所やら何やら聞こうとも思っていなかった。

 駅が分からなければ送りようが無い。かといって自分は今横浜の監査局のセーフハウスに寝泊まりしている状態で、部外者を連れ帰る訳にはいかない。

「仕方ない、宿を探すか」

 誰に言い聞かせるでも無く呟いた真波は、妹分を負ぶったまま、宿を探しに横浜の街へ引き返していった。

 深夜0時過ぎ。手近なビジネスホテルを見つけた真波は、シングルベッドに杏珠を寝かせ、傍らに腰かけて端末を見ていた。

 ロビーの自販機で買った発泡酒のロング缶を煽る彼女は、3分の1が減ったそれを床に置くと、加熱の終わった電子タバコを咥える。

(次世代型高等CHARM開発プロジェクト。既存機体を配備するよりも対外的なウケは良好だろうな)

 手のひらサイズの端末には、酒の席で受け取った次世代型高等CHARM開発プロジェクトについての計画書が表示されていた。

 現在乱立するCHARMを一本化し、補給負担の軽減と整備性の向上を目指したそのプロジェクトは、最終的な量産モデルに向け、複数の機体が計画されていた。計画の内、実際に製造されたのは5機。何れも4桁の数字で表現された味気の無い開発コードネームで記されていた。

 最終的な開発計画の凍結が成されるまでのレポートを見るに、どれも実験機の域を出ない代物であるらしく、設計はともかく実性能については細かな部分が甘く、完全に実戦に向いているとは言い難かった。

(使えるのなら使いたい所だが、この性能だと内部システムを特化させる必要があるか)

 あわよくば部隊内共用としたかったが、内部システムの甘さを補うには、個人に最適化させて補う他無いだろうと内心で考え、頭の中で計画を練った真波は、席を立ち、鞄からタブPCを引き出した。

 PCのローカルフォルダから、計画書のテンプレートを開いた彼女は、計画書に記された機体5機をどう割り振るか、考えていた。

(この機体を専属化するとしたら、三朝達のチームにだろうな)

 内心で呟きつつ、計画書に記入した真波は、その根拠を書き記す。プロジェクトの機体の殆どが大型で、次世代型高等CHARMにおけるユニット換装後を想定、且つ、対HUGE戦を志向した物が殆ど。そのサイズ故に、取り回しが悪く、リリィとしては対人戦に優れた技能を持つ渚達アッシュチームに専属で使わせるよりも、詩季達に渡す方が良いだろうと言う判断からだった。

 適当な水増しを加えつつ、計画書を書き進めた真波の思考は、機体の輸送に移った。機体は今、城ヶ島工科女子高等学校にある為、どうやって運び出すか、それを考えていた。

(これに関しては防衛省に借りを作るか)

 溜め息と共に内心で呟いた真波は、輸送機の借用を記入すると身動ぎした杏珠に作業の手を止めた。寝言共に呻き声を上げた彼女に、真波は苦笑を漏らす。

 すぐに仕事に戻った彼女は、ぼんやりと光るディスプレイを見つめ、ふ、と笑みを零した。これから始める哀れな少女達を使っての世直しに、思いを馳せて。

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