アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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地獄はここにあります。頭のなか、脳みそのなかに。大脳皮質の襞のパターンに。
(中略)
だけど、地獄からは逃れられない。だって、それはこの頭のなかにあるんですから。

伊藤計劃『虐殺器官』より



地獄は記憶の中にある

 6月某日。御台場女学校の空は晴天。その空の下では追悼式典が開かれていた。

 戦火続きの同校に取って、それまで弔う事の出来なかった犠牲者達を悼む機会となり、遺族や同校生徒、そして関係各所の要人達が参列していた。

「――以上を持ちまして、追悼式典を終了とさせていただきます」

 女声らしい柔らかさを持ちつつも芯の強さを感じる凛とした声色。それを伴い、終了の宣言を発したのは、御台場女学校の生徒会長、月岡椛。

 最も、外部の人間として参列していた二人の少女にとっては、至極どうでも良い事ではあったが。

「やっと終わったか」

 その言って伸びをした灰色のウルフカットの少女、浅木真霜はレギオン制服のポケットに手を突っ込む。

 グレーを基調に差し色で金色のラインが縁どられた独特のレギオン制服は、マントのついた儀礼用のもので、腰には刃挽きされた柳葉刀型のヨートゥンシュベルトが下げられていた。

 ざわつく周囲を鬱陶しそうに見回す真霜の隣、物憂い気な顔立ちの少女、三朝詩季は、儀礼時に抜いていたサーベル型ヨートゥンシュベルトを納刀する。

「……そうだね」

 真霜から目を逸らし、ぱちんと剣を納めた詩季は周りの流れに従い、座っていたパイプ椅子を折り畳む。

 臨時開催らしく、講堂では無く、屋内運動場を使った式典の装いは、参列者のそれと比して見劣りするものだった。

「そんで、これから墓参りだっけか?」

「うん。ようやく皆のお墓が建ったって言ってたから」

「そうかい。じゃ、早い所行こうぜ」

 そう言って床に椅子を置いた詩季達は、運動場を出ていく。

 硬いロングブーツの足音を鳴らし、渡り廊下を歩く二人は、御台場女学校の生徒では無い。

 彼女達は、ガーデン運用監査局。内閣府直属であるそこに属するレギオン、『ウォーターシップダウン』のメンバー。

 対リリィ等の対人戦闘を主とする、レギオンの名を借りた政府直属の私兵集団の一員だった。

(……でも、ほんの一か月前までは母校だったのに)

 すれ違う生徒からの心無い視線を浴びつつ、そう内心で呟いた詩季は、一か月前までの母校の様子を見回していた。

 道行く生徒の様子は変われど、校舎の姿や何気ない日常風景そのものは大きく変わる事は無く、相変わらぬ疎外感を彼女は感じていた。

「こんな所に、気になる事でもあんのかよ」

「ああ……。うん、余所者になっちゃったんだなって、ちょっとね」

「余所者になるって、お前が決めたんだろうがよ。忘れたのか?」

 追加で悪態を吐きつつ、忌々し気に見下ろしてきた真霜に、慌てた様子の詩季は彷徨わせていた視線を中庭へ向ける。

「そんな、忘れてないよ。ただ、少し、寂しいなって、ね」

「寂しい、ねぇ……。そんなに感慨深くなれる程、ここに俺達の居場所はあったのかよ」

「それでも……ここで過ごしていたのは事実だから」

 寂しげな顔をした詩季に、そうか、と素っ気なく返した真霜は人でごった返した出入り口を見て舌打ちした。

 忌々しい初夏に差し掛かった天候が、じめじめとした不快感を彼女等に与える。

 マントが汚れるのも構わず、校舎の壁に寄り掛かった真霜は、じっと中庭を見つめる詩季を見ていた。

「ねぇ、真霜」

 無音の中庭を見つめる彼女が、何かを思い出した様に口を開く。

「何だよ。アチぃから話したくねえんだけど」

「私達が二人ぼっちになったのって、この位の時だっけ」

「……ああ、そうだな」

 俯きがちに言いながら、白い手袋を外す真霜は、雑にポケットへ突っ込み腕を組んで、詩季の後頭部を睨む。

 それまでエースとして御台場女学校の一クラスを牽引してきた三朝詩季と言うリリィのキャリアが尽きたのが、ちょうどこんな初夏の時期。

 彼女と、そして真霜以外のクラスメイトが、初夏を最後に全員死亡し、遺された詩季は精神を壊して戦線を離脱した。

「だから何だってんだよ」

「ううん。聞いてみただけ」

「だったら黙ってろ。胸糞悪ィ」

 そう言い、そっぽを向いた真霜は、姦しいリリィ達の声を忌々しく思いながら出入り口の様子を窺う。

 先と変わらず、のん気な来賓達の帰り際はのろく、段差でよろめいた初老の官僚が、似た年頃の男性達と談笑をしている。

(クソがよ・・・)

 悪態を吐く真霜の頭上からは、追い詰める様にリリィの営みの声が響いてくる。

 ほんの一か月前まで当たり前だった疎外感が久し振りに鎌首をもたげ、初夏の蒸し暑さと合わせて真霜をイラつかせる。

「皆、楽しそうだね」

 支柱に手を置き、詩季はそう言うが、言葉とは裏腹に羨ましがる様な響きは無い。

 事実を口にしているだけ。そんな印象を真霜は感じ取っていた。

 返事は必要としないだろう、と判断した彼女は、だんまりを決め込み、出入り口に視線を移すと先の様子が嘘の様に人気は無くなっていた。

「おい、詩季。行くぞ」

 そう言い、壁を蹴って立ち上がった真霜は、ぼんやりしたままの詩季に舌打ちして彼女の肩を掴んだ。

 びく、と身を竦ませた詩季の体を引いた真霜は、そのままロッカーへ向かうと二人分の鞄を引き出した。

「ったく、ぼやっとしてんじゃねえよ」

 詩季の分の鞄を投げ渡した真霜は、メッセンジャーバッグからペットボトルを引き出し、一息に飲み干した。

 荒い一息を吐いた真霜は、詩季を連れて空のボトルを手に駐車場へと向かう。

 車の入りがまばらな駐車場を歩く二人は、潮風に吹かれ、マントをはためかせる。

 暴れる風に目を細めた彼女等を、黒いショートボブの女性、三沢真波が缶コーヒーを片手に出迎える。

「お帰り。二人共、向こうでは行儀良く出来たか?」

「舐めんじゃねえよ、監査官サマ。ガキじゃあるまいに」

「浅木がそう言うなら安心だ。私が一番心配してたのはお前だからな」

 真霜と小馬鹿にし合い、缶コーヒーをセダンのルーフに置いた真波は、トランクを開ける。

 両手で抱えられる大きさの段ボールを持ち上げた真波は、暑がる二人の前に下ろした。

「頼まれた35人分の貴重な生花だ。丁寧に扱えよ」

 車内で冷やしていた経口補水液を手渡しながら言った真波に、詩季は黙々と頷く。

 やれやれ、と補水液一本を空にした真霜が、空になったそれを真波に投げる。

「チッ、本当に行儀良くしてたんだろうな」

 悪態を吐きつつ受け取った真波は、段ボールを持ち上げた真霜を睨みつけた。

 一方の詩季は、不安そうに周囲を見回し、拳を強く握っていた。

「どうした、三朝」

 先行して出発するでも無い彼女に、真波がそう呼びかける。

「あ、いえ。その……。思ったより人が少ないな、と」

「まぁ、正規の式典では無いからな」

「そ……そう、です……よね」

 乾いた笑みを浮かべる詩季に、真波は僅かに顔をしかめる。

 何か思う所があるのか、と問い詰めようとした彼女との間に、真霜が割り込む。

「四の五の言ってねえで、とっとと行こうぜ」

 ムッとなる真波と目も合わせず、彼女は詩季の背中を肘で押す。

 強引に連れ出された彼女の背に少しばかりの胸騒ぎを感じた真波は、徐に取り出した紙巻を口に咥えた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 新しく出来た墓地への道を行く詩季は、その道に仄かな懐かしさと胸騒ぎを感じていた。

(この道、よく知ってる……)

 茂った木から漏れる木漏れ日も、隙間に苔がむしった石畳の感触も。

 全てが覚えのある感触。四人分の道幅で視覚的に狭められたそこを抜けた先、青々とした芝生に、規則正しい順序で墓石が立てられていた。

「絵に描いた様な墓場だな」

 独り言ちた真霜が一歩を踏む中、脳裏に過ぎった記憶に詩季は足を竦ませた。

「第三寮棟……」

「あ?」

「ここ、私達の寮があった所……」

 古い建物故に、他クラスや学年の量と比して小さく、一クラス分しか部屋の数は無かったが、それ故居心地の良かった場所。

 “居場所”と言っても良かったそこが無くなった事実。そして、そこにかつての住人達が埋葬されている事実。

「嘘……」

 ショックで詩季の足が震える。自分が、死んでいった人間がいた思い出が、刻々と、磨り潰される様に消えていく。

 いつか来る“忘却”と言う残酷な未来の一つが、目の前に顕現していた。

「クラス統合の弊害だろ。あそこじゃ良くねえ事もあったしな」

 あっけらかんと言う真霜を他所に、ゆっくりとその場に座り込んだ詩季は、激しい動悸を抑え込む様に胸を抑えた。

 慌てた真霜は、その場に段ボールを置き、彼女の両肩を掴んだ。

「落ち着け、深呼吸しろ。吸って、吐いて」

 過呼吸を起こし始める詩季の口元を覆った真霜は、痙攣する彼女を抱き締め、背中を擦る。

 震える吐息、縋る様に抱き返す力は制御が効かず彼女の全力で。

(……ずっと、こうしてろ)

 内心、そう呟いた真霜は、皮膚を引き千切らんばかりに掛けられた力の痛みに安心感を覚えていた。

「あの……。大丈夫ですか?」

 それを邪魔する様に、心配の色を含んだ優しい声色が彼女に掛けられる。

「あ? 見せもんじゃねえぞ!」

 それが彼女の気に触れ、怒鳴り散らした真霜は、慌てて逃げていく女性達を睨み付けると詩季を立ち上がらせた。

 段ボールを抱え、震える彼女を休憩所まで連れていった真霜は、ベンチに彼女を座らせる。

「ったく。しっかりしろよ」

 そう言い、自販機で買った水を差し出した真霜は、薬を飲み下した詩季に怒気を孕んだ声を向ける。

 彼女を無視し、ペットボトルを空にしようとして噎せた詩季は、肩で息をしながら呼吸を整える。

 震える手に握り締められ、くしゃくしゃになったボトルから水滴が滴る中、弱った詩季が顔を起こす。

 口端から飲み切れなかった水が垂れ、整った顔立ちは痛々しいものに変わっていた。

「いつもごめんね、真霜」

「……気にすんな。それより、そんな状態なら帰ろうぜ。別に墓参りなら今日じゃなくても良いだろ」

 そう言いながら、段ボールを乱暴にベンチへ置いた真霜は、色とりどりの花を見つめる詩季を睨んだ。

「聞いてんのかよ」

「聞いてる……。私は大丈夫だから。今日、やり切りたいの」

 顔をしかめた真霜を他所に、震える腕で段ボールを引き寄せた詩季はその場から逃げる様に立ち上がる。

 足を縺れさせた彼女を咄嗟に抱き止めた真霜は、未だ震える彼女の体に舌打ちをする。

「何が大丈夫だ、馬鹿が。何処をどう見てそう思えば良いんだ?」

 そう言いながら、真霜は詩季の体を引き起こす。

 頑なな彼女は真霜の手を振り解き、その反動でよろめいてベンチに尻餅をつく。

 鈍い音を響かせた詩季は、痛みに耐えながら取られまいと段ボールを抱え込む。

「今日はもう良いだろ。時間ならあの女が作ってくれるだろうし」

 そう言い、落としていたペットボトルを拾い上げた真霜は、いつの間にか立ち上がっていた詩季の方を振り返る。

 軒の柱を支えに、ふらふらと歩いた詩季は、深呼吸をしながら一歩を踏む。

「言う事聞けって!」

 そう言い、肩を掴んだ真霜は、手を払い除けた詩季に唖然とする。

「……皆を弔わなくちゃいけないの。もう、邪魔しないで。先に監査官と一緒に、帰ってて良いから」

 明確な拒絶を示しながらもう一歩踏んだ詩季に、苛立ちを募らせた真霜は彼女の腕を取る。

「死人相手にそこまでする義理がどこにあるんだよ! お前がそこまで苦しむ価値があるのかよ! もう生きてもいねえ連中に!」

 激高し、唾を飛ばさんばかりの叱咤を飛ばした真霜は、肩越しに顔を俯かせた彼女を見る。

「いい加減、過去なんか忘れろ!」

 駄目押しと言わんばかりの一言を放った真霜は、ちら、と顔を向けて来た詩季の殺気に気付いた。

 無言で、殺意だけを募らせた目を向けてきた彼女に、真霜は思わず後退る。

 気圧された彼女が、手が離した隙を見計らい、詩季は覚束無い足取りで逃げ出した。

「……誰にも興味が無い癖に」

 去り際に彼女が放った呪詛の一言は、ショックを受けていた真霜の耳には届かなかった。

「何だよ……」

 手にしたペットボトルを握り締めた彼女は、よろよろと歩く詩季を他所に駐車場への道を行く。

 砂汚れですっかり白くなったマントを脱いだ真霜は、車内で涼んでいる真波に顔をしかめた。

(のん気なもんだな、監査官サマは)

 内心で悪態を吐きつつ、勝手にトランクを開けた真霜は、ぐしゃぐしゃに折り畳んだマントを投げ込んだ。

 トランクを閉じると同時、冷気と共に真波が車内から出てくる。

「浅木、三朝はどうした?」

「知らねえよ。一人が良いって拗ねられた」

「……お前、さては何か余計な事を言ったな?」

 半目を向けてくる彼女に、イラつきそのままの睨み目を向けた真霜は、怯みもしない大人の女に舌打ちをした。

「……まぁ良い。車内に入れ。外にいたんじゃ熱中症になるだろう」

 真波が促すまま、後部座席に入り込んだ真霜は、二人分の座席に寝っ転がる。

「何してる。寝ろとは言ってないが」

「別に良いだろ。それ以外にやる事あんのかよ」

「世間話でもしようとは思わんのか?」

 ナビを弄り、ラジオ番組をセレクトしていた真波に、体を起こした真霜はむっつりとした顔を向ける。

「何でアンタとべらくちゃ話さなきゃなんねぇんだよ」

「……愛想の無い奴め。まぁ良い。一つだけ聞かせろ。それが終わったら寝て良い」

「じゃあ、一つだけな」

 そう言い、後部座席でふんぞり返った真霜は、ため息を漏らす真波から視線を逸らす。

「お前と三朝、どう言う関係だ?」

「聞くに事欠いてゴシップとはな。殴り倒されてぇのか?」

「そう言うんじゃない。お前とアイツは友達になるタイプじゃないだろ。じゃなければどう言う関係なのか、統括者として知っておきたいだけだ」

「……俺とアイツは、世話人とその相手ってだけだ。それ以上でも以下でもねえ。俺が居なきゃ、アイツは生活もままならないんだからな」

「そうか」

 素っ気なくそう返し、ナビを弄った真波を鼻で笑った真霜は、座席に横になった。

「……なぁ。お前は、ここで新しい人間関係を持とうとは思わないのか?」

「思わないね。俺は詩季の事で手一杯なんだよ」

 言い切られた事に思わずナビの操作を止めていた真波は、真霜の方を振り返る。

 背凭れに顔を埋める様な格好の彼女の背を見た真波は、ふ、と鼻で笑うとナビに視線を戻す。

(コイツは他人に興味が無い人間、他人の存在をアイデンティティに思うタイプか。なら、三朝の事も興味無しか)

 はぁ、とため息を落とした真波は、完全に寝入った真霜を無視して物思いにふける。

(あの子は大丈夫だろうか)

 一人弔っているであろう詩季の事を想った真波は、妙な胸騒ぎを感じるのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 強い動悸と共にぼやけた視界は、赤い地獄と白い現実を交互に行き来する。

 何度も屈した吐き気を堪え、重くなった足を引き摺った詩季は、壊れたテレビの様なノイズと共に死人を見る。

『助けて……。助けて……。三朝さん……』

 『双木 果歩』と刻まれた墓石に住人たる一人の死人が寄り掛かって座る。

 ヒュージによって励ましていた少年の頭ごと、整っていた顔の左半分を抉られた彼女は、壊れたラジオの様にか細い声を繰り返す。

 且つてアイドルリリィを目指すと豪語した彼女の声は、命が途切れる間際にあっても、良く通る澄んだ声をしていた。

『三朝さん……』

 尋常でない量の汗を垂らし、崩れ落ちる様に膝を突いた詩季は、自ら選んだ花を、震える手に取る。

 埋葬の追い付かないクラスメイトの為に、教室の席へ花瓶ごと飾った花。墓前に添えようとした彼女の手を、死人が掴み取る。

『痛いよ……』

 顔を向けた詩季と、半分になった死人の顔が目を合わせる。縋る様に力が込められた彼女の手に、詩季の動悸は更に激しくなる。

『助けて……。助けて……』

 そして、命が消えるまでの間、繰り返された言葉。

「ごめん、なさい」

 あの時と同じ言葉を口にし、花を添えた詩季は生まれたての小鹿の様な、覚束無い足取りで立ち上がる。

 立ち上がる彼女から滑り落ち、ぬるりと不快な感触を伝わせた死人の手は草根に浮いた血溜まりに落下する。

 同時に幻覚は消え、ぐっしょりと汗を掻いていた彼女の顔を、潮風が嗤う様に撫でる。

 現実か、幻想かの区別も付けれぬまま、彼女は次の墓石へ向かう。

 『ルーシア・バフェット』と書かれた墓石を認めた瞬間、視界は赤く変わる。

 墓石には、目の引く長いプラチナブロンドの少女が、軟体動物の様な、骨格を感じさせない風体で、垂れ下がっていた。

 抱え込めるだけの力を失い、段ボールを引き摺る詩季に気付いた彼女は、見えない糸に吊り上げられる様に立ち上がった。

『どうしてあの時、見捨てましたの?』

 ぷらぷらとおもちゃの様に手足を遊ばせたルーシアが、苦悶の表情を浮かばせ、動揺し、目の浮つかせた詩季を見据える。

 動揺する詩季を他所に、彼女の表情にノイズが走り、明るく活発なそれに変わる。

『リリィたるもの、弱き人々を助ける事こそ誉れですわ!』

 ほほほ、と高笑いを添えて言い放つ彼女の表情は次の瞬間には別の顔に変わっていた。

 死に際の絶望に染まった顔。凄惨な彼女の最期を物語るに相応しい顔は、詩季に恐怖を励起させた。

「うぶ……」

 吐き気を催した詩季は、蹲り、何度目か分からない嘔吐をする。

 もう吐き出すものも無いそれに、激しく噎せ、咳込んだ詩季は、自身に覆い被さる様に崩れ落ちたルーシアと目が合う。

「ひゅ……」

 息を呑み、そして口の中の胃液を吸い込んで噎せた彼女は、嗚咽を漏らす。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 二人きりで殿を務めた最中、小型のヒュージの群れに弄ばれた彼女は、全身の骨を砕かれて死んだ。

 そして、救助に向かった詩季が、彼女を怪物から取り戻した時にはすでに、その体は人の形を成していなかった。

『ズルい人ですわ、シキさん。一人だけで生き残れるくらい強いんですもの』

 タコの様に、骨を砕かれた体をうねらせたルーシアが震える詩季の体に巻き付いて見せる。

『どうして、あなたはそんなにも死んでくれませんの?』

 低く、呪う様な声がルーシアのそれ以外にも、幾重に重なり、詩季の体が硬直する。

「わ、私、は……。皆の事を忘れない為に……」

 硬直した体から絞り出した声は、酷く震え、まるでそう口にする事にすら恐怖を覚えているかの様だった。

 覚悟を示す言葉を聞き届けたルーシアは、くつくつと笑みを浮かべ、骨の無い指で詩季の頬を撫でる。

『じゃあ、ずっと、逃げずにいてくださいますわよね?』

 これ以上無い邪悪な笑みを浮かべたルーシアの姿は、霞の様に消えていく。

 鈍く汗を掻いていた詩季の視界が、白と赤を行き来し、彼女の正気が少しずつ削り取られていく。

『嫌ぁああああっ!』

『死にたくない! 助けて、詩季!』

『お父さん……お母さん……』

 赤く染まった視界の中、看取ったクラスメイト達のノイズがかった断末魔が空から降り注ぐ。

 青春を共に過ごした仲間達。共に学び、笑い合い、そして、見殺しにした仲間達。彼女等の墓標へ、あの日の教室の様に、詩季は花を添えていく。

 そして、残り二本の内の一つを供え、墓石へ親し気に話しかけた。

「……久し振り、美春」

『鹿嶋 美春』と彫られた墓石に手を伸ばした詩季は、手に滴り落ちた体液に気付いた。

 顔を上げた彼女の目線の先、黄昏時の日差しに照らされた、かつての寮室でふらふらと揺れる美春の姿があった。

 取り外された電灯の代わりに、自身を吊り下げた彼女がゆらゆらと揺れ、タイツを伝った体液が雨漏りの様に床へ染みていく。

 浮いた彼女の足元で横倒しになった椅子は、彼女が普段使いしていたもの。あの日見た、彼女の最期。

「ッ!」

 息を呑み、こみ上げた吐き気そのままに吐き出した詩季は、墓石に飛び散るのも構わず、体を折った。

『私は救えなかった……』

 声に気付き、咳込みながら周りを見渡した彼女は、暗い部屋の一角で震える美春に気付く。

 自ら命を絶つ数週間前、彼女と共に出撃した任務で、区画整理の為、地区を移る事になっていた大勢の難民達が死んだ。

『助けてと叫んでいたのに、何も出来なかった……』

 小規模な群れの強襲を受け、難民を乗せていた数台のバスは、砲撃の余波で吹き飛び、衝撃で車体を潰しながら炎上した。

 幸いにも即死しなかった人間がいたらしいが、たった2人で迎撃していた彼女等には助け出すのは困難だった。

『あの人達が死んでいくのを、見ているだけで……』

 美春達の背後、醜くひしゃげた車体の中から、必死にガラスを叩く手は次第に力を失い、終いには炎上するバスから何の悲鳴も聞こえなくなった。

『私には何も……。何も出来なかったのよ!』

 部屋の一角で、体を震わせながら声を張り上げた美春は、耳を抑えながらブランケットに身を包む。

 何かから必死に逃れ、自分の身を守る様な振る舞いに、事の顛末を知っている詩季は何を意味するかを悟り、視線を逸らす。

『どうして、私を救ってくれなかったの』

 そんな彼女を責め立てる様に、恨みを含めた美春の声が別の方向から耳朶を打つ。

 声のする方、宙吊りの彼女が居た方を、詩季は恐る恐る振り返る。

『あなたが私を受け入れて救ってくれれば、私は死ななかったのに……』

 椅子の上で立ち竦んだ彼女は、酷い隈が証明する様な鬱屈を湛えた目で、引き攣った呼吸を繰り返す詩季を見つめる。

『死人達の声から解放された筈なのに!』

 しきりに痙攣する目で見据え、ヒステリックに叫んだ美春に、詩季は怯え竦む。

『あなたは私から逃げた。自分の事ばかり考えて! 私を救おうとしなかった!』

 苦しかった。自分の気持ちを理解して欲しかった。そう必死に訴える彼女の心情を想っても、救う事が出来なかった。

 何も出来なかった自分が、最後のクラスメイト、最愛で尊敬するルームメイトを殺した。

『だから、そこで見ていれば良いの』

 達観と悲哀と嘲笑を零した美春はロープに首を通し、笑みを浮かべたまま、椅子を蹴った。

 がたん、と言う物音と共に彼女は人形の様に事切れる。あの日見た最期になる。

『これはあなたへの罰の一つなんだから』

 吊り下がり、生気を失った美春の口元が言葉を結び、暗く染まっていく寮室にケラケラと笑い声が反響する。

 流れる汗もすでに無くなり、荒い呼吸ばかりを垂れ流す詩季は、夢から覚めた様に、胃酸を浴びた墓石と目を合わせる。

 震える手で、ポケットからハンカチを取り出した彼女は墓石を拭うと、ふらふらと立ち上がった。

『何処に逃げても、私達はあなたの傍にいる』

 ニヤリと笑う美春の幻影から逃げる様に、残る一本を手に取った詩季は、最後の一人の元へ向かう。

 御台場の空は橙色に染まり、黄昏時を告げる。

 薄暗闇が墓地に差し掛かり、供え付きの電灯が光を灯す。

 精神的にも、体力的にも、消耗しきった詩季は、ふらふらと覚束無い足取りで歩き、目的地へ到着する。

 『一ノ瀬 夏輝』と彫られた墓石へと、崩れ落ちる様に花を添えた詩季は足早にその場を去ろうとする。

「あの」

 背後から声をかけられた詩季は、振り返った先、大きな花束を持った少女と目が合う。

「お姉ちゃ……姉の、お知り合いの方、ですか?」

「……ええ、はい。そうです」

「失礼ですけど、どの様な関係ですか?」

 そう問われた詩季は、興味津々の彼女から目を逸らし、一瞬ではあるが逡巡する。

「夏輝の……先輩」

「お姉ちゃんの先輩……。あ、もしかして、三朝詩季様ですか?!」

「……はい」

 青ざめさせながら頷いた詩季を他所に、少女は顔を華やがせた。

「初めまして! 私、一ノ瀬夏輝の妹の一ノ瀬秋穂と申します。詩季様のご高名は姉からよく聞いていました」

 花を抱え、一礼する少女、秋穂と対面する形になった詩季は彼女の顔立ちに夏輝のそれを感じ取っていた。

 同時に、限界だった心にもう一つ、大きな亀裂が入る。

「その制服、御台場の……。あなたも、彼女と同じで、リリィなんだね」

「はい。高等部一年です。そう言う詩季様は、今どちらに? 見慣れない制服ですが」

「……エオストレ、って政府機関に」

 そう言い、顔を引きつらせながら笑んだ詩季に、なるほど、と取り敢えずと言った体で相槌を打った秋穂は、姉の墓前に花を添える。

「政府機関にスカウトされるとは、ご高名は伊達では無い、と言う事ですね。流石です」

 墓標を見つめながらそう言った秋穂に、詩季は曖昧な相槌を打つ。

「それに対して私は、姉の代わりにもなれない、しながいリリィです。姉とあなたに憧れても、力不足を痛感するばかりで」

 横顔に自嘲の笑みを浮かべる秋穂に、生前の夏輝の姿が重なった詩季は、ノイズの様に入れ替わる赤い世界にこめかみを抑えた。

 秋穂と重なる様に姿を現した夏輝が自分を嗤い、妹と重なる様に立ち上がる。

「せめて姉の代わりに、立派に戦い、誰かを守れる様になりたいと」

 整えていた筈の息が乱れ始める。どくどくと鼓動は早まり、強烈な頭痛が彼女を際悩ませる。

 崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、墓前を前に何かを語る秋穂を見つめる。

『あの子よりも、詩季様の方が無力ですよねぇ』

 遠くフェードアウトする秋穂の声と入れ替わりに、夏輝の声が彼女の耳朶を打つ。

『私を殺す事も出来なかったあなたが、迷うばかりのあなたのどこが強いリリィなんですかぁ?』

 彼女の耳元でくすくすと嗤う夏輝の方を振り返った詩季は、右腕に重量感を感じ、視線を落とす。

 青い体液に塗れたダインスレイフ。数々のヒュージを屠ったかつての愛機。それが今、シューティングモードのまま、手に握られている。

『詩季、様……』

 息も絶え絶えの夏輝の声、青冷めた詩季が視線を落とした先、下半身を失った彼女がいた。

 ヒュージに下半身を吹き飛ばされた夏輝の最期の光景。手を重ねたグングニルがマギを供給し、彼女を苦しめる様に生かしていた。

『痛い、です……』

 薄く意識を保った夏輝は、縋る様に手を伸ばす。あの時取った手に恐怖を覚えた詩季は、にこりと笑う彼女と目が合う。

『助け、て……御姉様……』

 終ぞ許さなかった言葉を紡ぎ、夏輝はダインスレイフのブレードに手を伸ばす。

 残された力で頭に引き寄せようとする彼女に、抵抗した詩季は、嘘の様に引っ張られた腕に恐怖を覚える。

『私を、助けて……。御姉様……』

 そう言い、夏輝は力無くにこりと笑う。薄れ行く意識とそれでも感じる堪え様のない痛み。

 それから彼女を逃がす方法は一つしかなかった。頭を射抜き、彼女を殺すしかない。

『撃って、下さい……』

 叫ぶ事も出来ない彼女と目が合った詩季は、全身を震わせながらも引き金を引こうとする。

 だが、ダインスレイフのトリガーは動かない。何度叩いても、動かない。彼女を殺す事が正解なのに、トリガーは動かない。

『無駄ですよ、お姉様。これはあなたの記憶。あなたがした事を思い出させてあげる場です』

 くすくすと夏輝の向こう側で秋穂と重なった夏輝が、運命を変えようとする彼女を嘲笑う。

 息を荒げ、トリガーを叩く詩季は、不意にするり、と何かが落ちる音に気付く。

『ごめん、なさい……』

 消える様な声が響いた直後、ダインスレイフが火を噴く。

 雷鳴の様な炸裂音と共に最後に残っていた実体弾が既に事切れた夏輝の頭部を吹き飛ばす。

『あらら。遅かったですね、詩季様』

 ダインスレイフを滑り落とし、口元を抑えながら膝を屈した詩季を嗤い、首無しの死体になった夏輝を前にもう一人の彼女がしゃがみ込む。

『もう少し早ければ、私のお願い通りになったのに。臆病な人』

 くす、と耳元で夏輝が嗤った瞬間、詩季の心は決壊した。

「ァあああああああああッ!」

 笑い声が反響し続ける耳を抑え、絶叫した詩季に、思い出話をしていた秋穂が身を竦ませる。

「詩季様!? どうされたんですか!」

 咳込み、涙を流す彼女に、慌てて駆け寄る秋穂が必死に呼びかける。

 揺さぶり、容体を窺う秋穂の姿が、認識障害を起こした詩季の目には嘲笑う夏輝の姿に変わっていた。

「どうして!」

 獣の様な速度で飛びついた詩季は、驚く秋穂の首を取り、思い切り締め上げる。

「まだ生きているの!」

 パニックを起こす詩季の脳裏は既に正常では無く、認識もままならない程にぐちゃぐちゃになっていた。

「か、は……っ」

 凄まじい膂力で圧迫され、顔色が赤く酸欠になっていく秋穂の姿は、未だ嗤う夏輝のそれと重なっていた。

「生きている内に、殺さなきゃ!」

 血走った目は虚ろで、焦点の合わない彼女は、幻覚の夏輝を睨み付け、白目を剥く寸前の秋穂を恐怖させる。

「それがあなたの望みでしょう!」

 誰に聞かせるでもない言葉を放った詩季に向け、強烈なローキックが叩き込まれる。

 秋穂の首から手がすり抜け、墓地の通路に吹き飛ぶも、それでも彼女を狙おうとする。

「何やってんだバカ野郎!」

 叫ぶ真霜が間に割り込み、真正面から受け止め、暴れる彼女をその場に叩きつけた。

 その背後、強烈に咳込む秋穂が恐怖を帯びた目で詩季を見つめる。

「君、大丈夫か?」

 遅れて駆け付けた真波が泣き出しそうな秋穂を抱き締め、詩季の姿が見えない様にする。

「私の部下がすまない事をした」

 そう言い、泣き出す彼女を撫でた真波は、何かに怯え、もがく詩季の姿を傍目に見る。

 叩きつけられた詩季の視界、真っ黒く濁った地面から生気を失ったクラスメイトや後輩達が、生贄を求め、手を伸ばす。

 飛び起き、死人達を振り解いた詩季の顔が青ざめる中、美春と夏輝が背後から抱き締め、彼女の耳へ口元を寄せる。

『ずっと、一緒にいますよ』

『詩季』

『詩季様』

 口元を歪め、ニタリと笑う二人の声が重なる。

 声を皮切りに、おびただしい量の手が彼女の視界を塞ぐ。暗闇に沈んでいく彼女の意識はそこで途絶える。

「詩季、詩季!」

 仰向けに倒れ、気絶した彼女の傍についた真霜は白目を剥いたままの彼女の瞼を下ろし、抱え上げた。

 むっつりとした表情を浮かべた真霜が、僅かながらに歓喜を滲ませる中、真波は怯え切った秋穂の頭を撫でる。

「……浅木、三朝を連れて先に車に戻っていろ」

「アンタはどうすんだよ」

「この子を送って行く。こんな目に遭わせたんだ、一人にする訳にも行かないだろう」

 そう言い、秋穂を見下ろす真波を鼻で笑った真霜は、踵を返す。

 とっぷりと日の暮れた道に歩を進める彼女を見送る真波は、失禁している秋穂に気付く。

「あ……。すいません……。粗相を」

「気にしなくて良い。あんな光景を見たんだ。そうなっても仕方ない」

 気丈に微笑んだ真霜は、秋穂に手を貸すと彼女の背を支えながら寮への道を歩き出す。

「詩季様は何故、ああも取り乱されたのですか?」

「それは……。知らない方が良い。君には関係の無い事だ」

「ですが、あの人は、私の、私と姉の憧れなんです……。せめて何か……」

 足を止め、懇願する様に縋った秋穂から真波は顔を逸らす。

「彼女に憧れているのなら、尚更ダメだ。私から教える事は出来ない」

「何故ですか……。どうして教えてくれないのですか! 私はただ、あの人に近づきたい。ただそれだけなのに!」

「だから止めろと言っているんだ!」

 夜空に響くほどの声で叱咤した真波は、動揺する秋穂に、決まり悪げに顔を逸らす。

「……早く帰りなさい」

 何事かと駆けてくる教員を見つけた真波は、その場に秋穂を置いて立ち去る。

 悔し気に拳を握り締める彼女の睨みを背に受ける真波は、疲労感を背負い、その場を後にした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「う……」

 詩季の意識が戻ったのは深夜24時、見知った天井は霞が関某所にあるエオストレの仮眠室のそれだった。

「目が覚めたか、三朝」

 ぼんやりとする彼女にそう呼びかけたのは、僅かに疲れの窺える真波。

 フォールディングナイフで器用にリンゴを剥いていた彼女は、切り分けたそれを皿に並べていく。

「食べるか?」

「……後で、いただきます。それよりも、ご迷惑をおかけしました。その……」

 俯く詩季を他所に、真波は切り分けた一つを摘まみ上げ、口に放り込む。

 所属員の私物が散乱した仮眠室を見回した彼女は、咀嚼の後にリンゴを飲み下す。

「気に病まなくて良い。お前がやりたい事を叶えた結果だ。許可を出した私が責を負えば良いんだ」

 そう言いつつ、携帯端末を確認した真波は、酷くやつれた彼女を流し見た。

「三朝」

 そう呼びかけた真波は、ゆっくりと顔を上げた詩季に親友の面影を感じる。

「辛い時は、私を頼って良いんだ。一人で抱える必要は無い。苦しければ苦しいと言って良いんだ。そうじゃなければ自分を殺す事になる。私の同級生も何も言えないまま、自分を殺した。だから、君にはそうなって欲しくない」

 諭す様な言い方の真波に、戸惑った詩季は、誰かの気配を感じとる。

『良かったね、詩季。あなただけ、頼れる人のいる場所に逃げられて』

「み、美春……」

『私も欲しかったなぁ。あなたみたいな臆病者じゃない頼れる人が』

 そう言い、くす、と笑う美春と目が合った詩季は尋常じゃない怯え様を見せる。

「三朝、三朝!」

「ひ……っ、か、監査官?」

「ああ。そうだ」

 首肯する真波は、体を震わせる詩季へ戸惑いがちに手を伸ばし、腕を掴んだ。

「ここには私とお前しかいない」

 落ち着かせる為にそう諭した真波は、怯える詩季を抱き締めた。

「ここには誰もお前を責める人間はいない。お前が死なせた事も、お前が生きている事も、全部」

 抱き締め、頭を撫でてくる真波に縋り付いた詩季は大粒の涙を流す。

 声を上げて泣き出す彼女を抱き留めた真波の脳裏には、自死を選んだ親友の姿があった。

(お前と同じ過ちは繰り返さんさ、オリガ)

 内心でそう呟いた真波は、泣きじゃくる詩季をあやしながら寂しげに笑う。

(ああ、愚かだと嗤ってくれ。お前を救えなかった苦しみを、私はこの子達で慰めようとしているのだからな)

 落ち着きを見せる詩季が凭れかかる様に眠り始めたのに安堵した真波は、そっとベッドに寝かせる。

 彼女の眠りの深さを確認し、その場を離れた真波は、懐から紙巻を取り出して口に咥える。

(子どもを道具として使う。所詮私も、官僚やガーデンのゴミ共と同じか)

 そう独り言ちた真波は、咥えた紙巻へ電子タバコ用のアタッチメントを取り付ける。

(願わくば、この感覚が当たり前だと麻痺しない様、祈るしかないな)

 アタッチメントの電源を入れ、独特の香りを放つ煙を吸い込んだ真波は、喫煙所に足を向けて行った。

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