6月上旬・深夜24:30―――東京湾上空。
新宿の片隅で収束を迎えたテロ事件から1か月後、城ヶ島の滑走路を発った1機の輸送機が、星空も望めない夜闇を切り裂く様にけたたましい羽音を響かせる。
居住性を軽視した防衛軍所有の機内は、灯り以外には何ら配慮は無く、ごうごうとエンジン音が反響する。素面ではまともに会話も望めない様な機内には、ヘッドセットを頭に付けた4人の少女達、三朝詩季らバニーチームが座席に着いていた。
灰色を基調とし、金色を差し色に配色した旧態の軍服然としたガーデン運用監査局のリリィ用制服に身を包む彼女達。時代錯誤な印象のそれに対し、プラスチックの光沢が印象的なヘッドセットは嫌に不釣り合いだが、そんな場違いさとは裏腹にノイズキャンセルと会話の維持を担う重要な機材だった。
「バニーチームは城ヶ島工科女子高等学校より試験CHARM5機の受領を完了。羽田への到着予定時刻は24:46を予定しています。すいません、思ったよりも調整に時間がかかってしまいました」
軽い一礼から顔を上げ、タブレットを見下ろす黒い長髪の少女、三朝詩季は、画面の中にいる女性、三沢真波の気だるげな表情を見て取る。周りに誰もいないからか、自由気ままにタバコを蒸かす彼女は、傍らのタブレットに視線を向け、作戦工程表を確認している。
真波のタップ操作で通話画面にサブウィンドウがホップアップし、受領についての行程が間抜けな電子音と共にグレーアウトする。アプリ作成者の遊び心が気に障ったのか、画面の中の真波が顔をしかめる。
『いや、謝るのはこっちの方だ。貧乏くさい話だが、うちは
「正直、何とか使えると言う感じです。システムが未熟と言うか、あまり洗練されてない感じで。かなり癖は強いですね」
『どいつもこいつも1年前に開発が止まった機体だからな。そこは正直、後から如何にかするしかないだろうな』
眉間にしわを寄せる真波が苛立ちを紫煙に変え、画面に揺蕩わせる。大人は大変だ、と他人事の様に思っていた詩季の画面のサブウィンドウが行程表から航路図に変わる。航路図は輸送機が羽田空港へ到着するまでを示しており、その
やや迂回気味の航路を取っていた輸送機は横須賀の港を通り過ぎ、横浜の前を過ぎようとしていた。まるでゲームのミニマップの様なそれに視線を向けていた詩季は、話し始めの雰囲気を感じ取り、画面の中の真波に意識を向ける。
『バニーチームは羽田到着後、私と合流し、一度霞ヶ関に向かってもらう。向こうの連中の確認と譲渡の手続きをせねばならんからな』
「城ヶ島はあくまでのガーデンからの受領、と言う事ですか?」
『話が早くて助かる。そう言う事だ。他人を容易に信用できん弊害と言う奴だよ』
心底呆れた物言いで傍らのタブレットを弄った真波は、画面外に手を伸ばし、灰を落とす。
「そう言えば、アッシュチームは?」
『ああ、アイツ等なら先に神奈川入りしたよ。例の鮫洲の件は宇佐美の連中で確定したからな。先行偵察に出てもらっている』
タバコを灰皿に刺した真波は、腕を組みつつそう答える。鮫洲コロニー壊滅の一件は、提携先の杜撰な情報管理が幸いしてたった1か月の調査で容疑を固める事が出来た。
渚達アッシュチームは、元地元と言う事もあって熱海・宇佐美方面へと先行偵察に出されていた様だ。
『喋り過ぎたな。とにかく、港で待ってるからな』
そう言い、真波との通信が途絶えると同時、回線はバニーチームの方へと自動で切り替わる。雑談をしているでも無い彼女等の回線は嫌に静かで、殺気だった雰囲気と合わせ、詩季を閉口させる。
『お話は終わりましたか? 分隊長』
空気を敢えて読まず、静かにタブレットを見ていた黄昏が口を開く。狸寝入りしていた真霜と、自前の端末で電子書籍を読んでいた和美が、一瞬視線を向けるが、構わず彼女は詩季の返答を待つ。
「あ、はい。終わりました。何かありましたか?」
『いえ。何も。片手間に輸送航路の近辺を調べていた程度で。防衛軍情報では、沿岸部にヒュージの影は無いとの事で、一応安全は確保されているかと』
そう言い、情報共有を受けた詩季は、赤く染められた房総半島沿岸から一定以上の距離を取ってある航路を見て取る。
『一応かよ。頼りになんねえ情報だな』
同じ情報を見ていたらしい真霜が、隣の席の黄昏へと明確に悪態を吐く。協調性と言う言葉と縁の無い彼女は、一触即発の雰囲気を醸し出し、顔には出ずとも殺気立ついた黄昏へと心底下らなさそうにため息を吐く。
ねめつける様な視線を向けた真霜を説き伏せる様に、黄昏は手にしたタブレットを見せつけ、話を切り出す。
『外征宣言無しでの出撃や、不用意な刺激を行った事での突発的な遭遇もあり得るからこそ、一応と付けたまでですが』
表情こそ仏頂面だったが、タブレットを握り締めた黄昏の声からは隠し切れないほどの怒りが滲み出ていた。
「ま、まぁまぁ! 二人共、話し合いはそこまでにしてさ!」
愛想笑いを浮かべ、間に入った詩季は悪態を吐き続ける真霜に視線を向ける。
『あのクソアマに付いてからロクなもんじゃねえや。1日使って、受け取ったのがこんなガラクタだしよ!』
そう言い、立ち上がった彼女は、自分に宛がわれたCHARMケースを強く蹴る。ケースと言っても一般的なサイズでは無く、2,3m四方の大型コンテナと形容すべき代物で、蹴りの威力を完璧に吸収していた。
地団太を踏む彼女を遠目に見ていた詩季も内心では、ガラクタと言う表現は大方間違っていない、と思っていた。実験機らしく味気無い4桁の数字で名付けられたCHARM群は、その出自に見合った性能をしており、いくら実戦スペックでの設計とは言え、並のリリィでは戦う事すら出来ないレベルだった。
よくある特定個人の手にかかれば超絶的な性能を発揮する、と言う淡い夢も、ただの幻や迷信に過ぎず、彼女達ベテランクラスの3年生の手にかかってようやく実戦運用できるかどうかの瀬戸際に立てていた。
『今回のケースは仕方の無い話です。
子どもの癇癪を起こす真霜を説き伏せている黄昏の表情も、先程の怒りとは打って変わり、僅かながら諦めのそれに変わっていた。ほとぼりが冷めたらしい2人は落ち着きを取り戻し、それぞれ席に戻っていく。仲裁に入ったまま、立ち尽くす形になった詩季は、安堵の息を突きながら自席へ引き返していく。
席に着こうとした彼女は、割り込む様に入ってきた操縦席からの呼び出しに気付いた。部隊単位での呼び出しらしいそれに、詩季は全員を代表して応答した
「はい、こちらバニーチーム。コントロール、どうかしましたか?」
『こちらコントロール。もうすぐ羽田に着くぞ、お嬢さん方。大人しく席に着いててくれよ』
「はい。了解しました」
可能な限り、明るく振る舞った詩季は、通信を聞いている全員を見回すと座席に着き、シートベルトを締めた。程無くして着陸準備に入る事を知らせる警報が鳴る。
減速の兆候がGを介して伝わる中、不意に警報が止まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
羽田へのアプローチを敢行していた機内、輸送機長は、レーダーからの接近警報を受け、緩やかな降下機動を中止し、高度を取り戻させた。不安そうな副操縦士を他所に、状況確認を行う。
「チッ、近付いてんのは何処の馬鹿野郎だ。TU-1より羽田コントロールへ、当機後方より
『羽田コントロールよりTU-1へ。該当するボギーはこちらでも探知した。全モードで呼びかけてもIFFへの応答が無い。機種識別不能。全信号を閉じてやがる。どうなってんだ!? 防衛軍にスクランブル要請を出せ! 至急だ!』
「クソ。ボギー群の進行速度がかなり速い。180秒後、こちらと接触。羽田コントロール、指示を乞う」
『緊急策だ。貴機は成田へ進路を変更しろ。向こうも状況を把握している』
「TU-1、了解。こちらは羽田へ進路を変更する」
慌ただしい管制官の命令に、務めて冷静に返した機長は、副操縦士に進路変更の指示を出す。なるべく衝撃を和らげつつ、ゆっくりと進路を変更した輸送機は、指示された成田空港へのアプローチに向かう。
レーダーのナビゲートは管制官側から送信されたデータに更新され、近代化改修で追加されたHUDに行くべき進路が表示される。操縦を任せた機長は、ナビゲートを確認し、指定進路を問題無く進行している事を確認する。
所属不明機が明確に敵性対象である事は疑いようも無かったが、それでも偶然であって欲しい、と操縦席は嫌な緊張感に包まれる。そんな淡い希望も、現実を映し出すレーダーが粉々に打ち砕く。
「羽田コントロール! 後方の機の進路が変わった! こちらを追尾する形を取っている!」
警報と共に一定間隔で更新されるレーダー上、先発する2機の進路が輸送機を追う機動を取っていた。同時、レーダー照射の警報ががなり立てる。やはりあの機体はこちらを落とすつもりで追っていた、と逡巡すると同時、機長は乱暴な軌道を取る。
大きく左に傾くと同時、主翼があった場所にバルカン砲の火線が走る。射撃でこじ開けた進路を直進する様に、2機の機影が音速で飛翔し、ホップアップ機動を取る。通り過ぎる一瞬見えた機影は、80年代のSF人形劇に出てきそうな、航空機としては異形のシルエットだった。
機影が放った衝撃波は輸送機を大きく揺さぶり、旋回軌道を取っていた機体の体勢を著しく乱した。
『何だってんだよ!』
回線を開いたままのバニーチームから真霜の罵声が飛んでくるが、緊迫の操縦席には言葉を返す暇が無い。レーダー照射の警報は未だ続いており、宙を飛び回る所属不明機はまるで狩りをするシャチの様にこちらの出方を窺っている。
輸送機であるTU-1には当然反撃する武器は無い。となれば頼みの綱はスクランブル発進したであろう航空機の類だが、正直こちらも望み薄だろう、と機長は諦めの感情を抱いていた。昨今のガーデン重視傾向に伴い、防衛軍の予算は著しく減額されており、稼働可能な航空機の機数も片手で数えられる程に減少していた。
旋回を終え、機首をこちらに向けて来た敵機が機銃を発砲。寸での所で回避機動に入れたが、右の主翼に1発が掠め、燃料系統に異常が発生する。異常を知らせる警報がレーダー照射警報と重奏を奏で、警告灯がコクピットを真っ赤に照らす。
「クソ、羽田コントロール! スクランブルはまだか!」
藁にも縋る思いで、機長は通信の向こうにいる管制官へ叫んだ。
だが、帰って来た返答は無慈悲だった。
『羽田コントロールよりTU-1へ。横田基地より、現状、スクランブルに出れる機が無いとの返答が来た。何とか振り切り、成田に着陸を』
「輸送機で何とかしろって言うのか!? ふざけるな!」
『周辺に迎撃できる設備は無いんだ。そうするしかないだろう!』
そう言い切るしかない事に納得していない管制官の声を受け、押し黙った機長は機体を左右に振り回してロックオンさせない様、立ち回る。
ジェットコースターよろしく強烈なGに晒される中、詩季から通信が飛ぶ。その間にも、レーダー照射と並行して威嚇し、弄ぶ様にバルカン砲が放たれる。
『コントロール、荷室の後部ハッチを解放してください! CHARMで迎撃します!』
被弾の音が彼女達に焦りを促したのか、そう提案するが機長は即座に却下する。荷室の開放をするには機内の減圧作業が必要になり、当然その間に戦闘機動は取れず、結果、隙を晒す事になってしまう。
そうなっては迎撃の意味が無い。ハッチの開放をする間に、この機は墜とされてしまう。とにかく、今はどうにかして着陸に持ち込まねばならない。
『ミサイルアラートです!』
「フレア放射! 回避!」
別案を提案しようとした詩季の声を遮る様に、副操縦士が叫び、反射で命令を返した機長は機体を左に振る。エンジン並みの熱量を持った大量の囮がエンジェルフレアの異名通り、翼状に夜空に放射され、闇夜を切り裂いた閃光がミサイルの目を晦ませる。
フレアの赤外線で誘導装置を焼かれ、進路を狂わされたミサイルがあらぬ方に飛んでいく。一定距離を飛び、目標を見失ったそれは自爆処理に従って空中で爆発の華を咲かせる。決して遠くない距離からの爆風が機体を揺さぶる中、もう1発が輸送機に襲い掛かる。
衝撃で放射操作が遅れ、適切なタイミングでフレアを放てなかったが、直撃を避ける事が出来た。機体の直下で炸裂したミサイルから飛び散った破片が翼下に直撃して燃料経路に無数の穴を開ける。加えて破片の一部を機内のエンジンが吸い込み、機能停止に追い込まれる。
『エンジンアラート、左の1基がやられました!』
同乗の航空機関士が悲鳴を上げる中、機長は鈍い汗を掻いていた。いよいよ不味い。人の声が静まり返った機内に、耳障りな警報が幾重にもがなり立てていた。
機内クルーの意思を悟った彼は、腹を括って通信を荷室に切り替えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
異常を知らせる警報は荷室にも響き渡っていた。赤色灯の明滅に照らされながらも、下手に身動きが取れない詩季達は、操縦席からの通信に気付き、そちらに傾注した。
『お嬢さん方、聞こえるか。少々早いが荷解きをしてくれ。粘ってみるが恐らくこの機はもう駄目だ。アンタ達だけでも外に逃がす』
状況にダメ押しを出す言葉に、少なからぬショックを受けた詩季だったが、それからの指示は早かった。待機していた全員に、割り当てられたCHARMの初期起動を開始する様、指示する。
「脱出できますか?」
揺れる機内でバランスを取りながら、固定ハーネスと梱包材を解き、ペリカンタイプの大型CHARM用ケースを露出させた詩季は、ロック機構に指を当てながら通信で呼びかける。
『無理だな。電気系統と油圧がやられて、機械任せじゃ十分な姿勢制御が出来ない。人の手で、どうにかしてやらないと』
「ですが・・・」
『俺達はアンタ等を無事に運ぶのが仕事だ。気にするなよ』
最後の矜持を残そうとする主操縦士の言葉を聞いた詩季は、悔し気に目を閉じながらも、作業の手は止めなかった。静脈と指紋認証でロックを解除した彼女は、片手でプラスチック製のケースを開ける。
第3.5世代型CHARM『GC-1002』、防衛省とメイカーズで推進されていた合同プロジェクト『次世代型高等CHARM開発プロジェクト』の一機としてロールアウトしていた大剣型の実験機。彼女に与えられた、新しい剣。
自分を守る為の道具であったヨートゥンシュベルトとは違う、明確に誰かを傷付ける象徴であるそれのコアに触れた彼女は、ピクリともしないそれに目を見開く。
「ど、どうして……?!」
初期設定は受け渡し前に作戦既定時間オーバーを犯してまで済ませた筈だった。何度念を送っても起動兆候すら見せず、マギが伝達した波紋だけがコアの表面に奔るだけだった。こんな時に、と珍しく焦りを見せた詩季に気付いた和美が駆け寄ってくる。
「どうしたの、隊長さん」
「あ、あの。これが、動かなくて」
「これ? ああ、『GC-1002』ね。大丈夫、落ち着いて。黄昏に対処させるから」
パニックになりかける詩季を落ち着かせた和美は、既に自機の起動を終えた黄昏を呼ぶ。予備機の『GC-1010』のケースを背負った彼女は、和美からの指示を聞くと持ち込んだUMPCを介して1002のシステムチェックを開始する。
その間、呼吸が荒れ始める詩季に対処していた和美は、内心歓喜していた。今目の前にいるのは、本物の地獄を見てきたリリィの姿なのだ、と。どんな死に様を目に焼き付けてきたのか。武に秀でた御台場のリリィが絶望しながら死んだ説き、どんな姿になったのか。
彼女の興味は尽きない。趣味に合う素晴らしい死に方をした死体もその中にあったのだろう事は想像に難くなかった。想像だけで絶頂しつつある彼女は、笑みを抑え切れずにいた。
「あ、あの……柚木さん?」
そんな様子がパニック症状を抑えるのに一役買ったらしく、心配そうな顔の詩季と目が合う。いつもの黒目とは違う、紫がかったそれに違和感を感じていた
「ああ、ごめんなさい。アタ……いえ、私、ボーっとしてて。少し考え事してたの。こんな時に、悠長よね」
「え、あ。いえ。そんな事は……」
牽制する様な言い方と共に笑みを向けた和美は、気圧された詩季の様子を見て内心動揺していた。彼女は変に勘が良い為、自分の内心を悟られた可能性が高い。まぁ、最もこれ以上追及してくれる様な性格で無い事は重々承知しているが。
それよりも今はそれ所では無い、と現実が彼女の尻を叩く。速力の低下した機内は外で飛び回るシャチの攻撃に晒され、幾度と無く激震していた。
「ダメです、何が原因かをここで探る事は出来ません。三朝さん、『GC-1010』を使用してください。この機体は今は使えません」
あれこれ見ていた黄昏が匙を投げ、切り離したケーブルが自動で巻き上げられていく。背負っていたケースを下ろそうとした彼女は、突き上げる様な衝撃に晒され、一瞬宙を舞う。機体が大きく右に傾き、先まで座っていた座席に、和美達諸共叩き付けられる。
すぐに地面が水平に戻るが、その間も微振動が止まらない。いよいよ不味い、と呻きながら体を起こした黄昏は、操縦席からの断末魔を聞く。
『クソ、ダメだ! 嬢ちゃん達、離脱し―――』
強いノイズと共に通信が途絶し、状態を示すウィンドウが『NO_SIGNAL』と無慈悲な単語を示す。操縦席が潰されたのは考える間も無く、エンジン音が消失し、そして、ゆっくりと機体が落下し始める。
機体は緩やかに墜落し始めている事を即断した詩季は、巨腕の第4世代CHARM『BC-2003』と共に不貞腐れていた真霜の方を向く。引渡し前の事前説明を鵜呑みにすれば
「真霜、後部ハッチを破壊して!」
ハブを失い、最早用無しになった通信機を投げ捨てた詩季が大声で指示を出す。格好の暇潰しを聞いて起き上がった彼女は、自身の子機となった巨腕の手を広げさせた。一本一本がバスターランチャーの砲身となっているそれを構えた彼女は、両手の計10発を同時に発射する。
五指の一本一本からワインレッドの火線が迸り、固く閉ざされていた後部ハッチを貫通する。脆弱になった扉に向け、拳を握った巨腕がマギを転化したロケットの推進で放たれる。溶解の跡と共に砕け散った扉が、抑え込んでいた気圧差を開放し、彼女達を外へと吸い出す。
水平を保っていた機体は高度を失い、吹き込む風で共振しながら落ちていく中、宙に投げ出された真霜達は、足元に障壁を展開し、姿勢制御を取り戻した。
「チッ、蜂の巣かよ」
敵機に弄ばれ続けていた機体は、見るも無残な姿になっており、特にコクピットは原形を留めないほどの攻撃を受けていた。舌打ちをした真霜は、レーダー照射を感知したCHARMからの警告に合わせ、黄昏達と共に跳躍。彼女達が居た地点を所属不明機が擦過の衝撃波で薙ぎ払う。
そのまま減速した不明機2機はエレメントを組み、シザース機動を繰り返しながら様子を窺う様に旋回を行う。不明機に対して高度を取った真霜達は、その中に詩季がいない事に気付く。
「直下に生体反応探知。隊長は恐らく墜落しているものと思われます」
冷静に告げた黄昏を睨んだ真霜は、すかさず降下姿勢を取るが、それを隙と見た不明機が急激に高度を上げ、バルカン砲を発砲。体勢そのまま散開の動きを取り、大きく割れた真霜と黄昏の間を2機が直列状態ですり抜ける。
通過の衝撃波が彼女達の姿勢を崩す中、早々に離脱した和美が詩季に向けて降下を開始する。それを見た黄昏が、自身の役割を理解し、天上を見上げる真霜に不明機への共同攻撃を指示する。
「俺に指図すんじゃねえ!」
罵声を返しながら障壁を足場に跳躍した真霜は、上昇する2機を追いながら五指のビームを単発モードで斉射。ワインレッドの閃光が膨張音と共に宙を走り、先を行く2機が散開した合間を抜ける。縦ロールの連続で減速した2機がその舳先を真下に向け、バルカン砲を発砲し、雨を降らせる。
「ちぃッ!」
巨腕ことアームユニットを並列に並べ、盾として構えた真霜は、土砂降りの様に降り注ぐ弾丸を受け止める。割れ金の様な音が連続し、跳弾があらぬ方向へ飛び散る。弾丸が止むと同時に2機は左右にブレイク、左右からの
見え見えの機動にほくそ笑んだ真霜は、両腕を広げ、自動照準モードで左右の機体に狙いを付ける。瞬間、CHARMから熱源警報が轟く。右側の機が抱えていたミサイル2基を発射。雲を引きながら真霜へ迫るが、真下からの迎撃を受け、爆散する。直後、18条もの粒子ビームが迸り、2機の進路を妨害。
回避機動を取らざるを得なかった彼等は、旋回姿勢のまま、急速上昇する。呆気にとられる真霜の上で交錯し、そのまま上昇。追ってくるビームをアフターバーナ―も併用して回避する。それを追う様に黄昏が真霜の隣まで上昇、障壁を展開して足場にする。
自身の周囲へ中心から二又に割れた矢羽根状のブレード、計18枚を円陣型に並べた彼女は、不明機を睨む様に見上げた後、手にした鍔から先の無い柄を振るい、ブレードに命令を出す。閉じた18枚が命令に従って連なり、一本の剣となって柄に合体した。
「その機体で、単独戦闘は無理です」
冷ややかにそう言いながら真霜の方を見た黄昏は、手にした第3世代CHARM『AC-3006』の警告を受け、彼女と共にその場から飛び上がる。交錯する機動を取る不明機は、バルカンの射撃を浴びせる前に回避した2人をセンサーで捉え、再び攻撃に向けた機動を計算する。
高速で飛翔する二機の内の一機を捉えた黄昏は、3006の合体を解除すると自身の周囲に展開させる。マギクラウドコントロールを応用したセミオート操作により、分裂したブレードが再び割れ、綺麗な円陣を描いて制止する。
《3006:Round-Fire-Mode:Ready》
コントローラ兼任の柄を介し、黄昏が設定した射撃モードをUIが表示。眼鏡型のデバイスにターゲットサイトが表示され、陣を組んだブレードを回転させた彼女は飛び回る不明機の先を照準する。
ガトリングガンよろしく回転速度を上げるブレード群に発砲を命じると、最上部に達したブレードから発砲されていく。一点から断続的に粒子ビームが放たれ、不明機の進路へ沿う様に迸る。
対する不明機はアフターバーナ―を全開にして射線を振り切る。如何に粒子ビームとは言えど、照準までは亜光速になる訳では無い。大きな円弧を描いた上昇軌道に翻弄された黄昏は、天井宙返りで機首を向けて来た機体を見上げる。
《3006:Unison-Fire-Mode:Ready》
グリップに力を込め、意思を伝達した黄昏はブレードの回転を止め、自身の周囲で静止させる。二機同時のアタックを狙ってきた不明機を睨んだ彼女は、滞空するブレードに斉射を命じた。ネオンサインの様に粒子ビームを迸らせたそれは、リアタックの機動を制限させる。
回避したビームの光線で閉じ込められた二機が、機銃を放とうとする直前、彼等は気付いた。黄昏とは別の方向、強い熱源が自身に向けられている事に。
「消えろ! 虫けら共!」
凶暴な表情と罵声と共に、2003の最大出力が放たれる。掌に備えられた超高出力型バスターランチャーから、暴力的な熱量のマギエネルギーが直径数十メートルの粒子ビームとなって宙を奔り、余韻を残さず、彼等を消し飛ばした。
真霜のマギ残量をモニタリングしていたメインのドライバがリミッターが作動させ、バスターランチャーの照射が強制終了される。同時、黄昏も手動で照射を打ち切り、呼び戻したブレードと柄を合体させ、長剣型に戻す。
息を切らす真霜と共に降下する黄昏は、CHARMから発せられた警告に目を見開く。警告が示す方向へ顔を向けた瞬間、暴風が彼女達を嬲り、姿勢を崩されたリリィ達は錐揉みしながら落下していく。
視界情報から空間識失調への対応を取ったCHARMが、各種空間情報を視神経に割り込む形で投影、何とか姿勢を保った黄昏は、夜闇を飛び回る影に気付いた。機械仕掛けのワイバーンとも取れるその影は、天井で宙返りをしながら、赤い単眼で彼女を見据えていた。
(もう一機いた……!?)
索敵を終えたらしい機体が降下姿勢を取る中、黄昏は隣の真霜に視線を向ける。マギが枯渇した彼女はいつも以上に無力な状態となっていた。相手が一体どんな存在かは分からないが、最低限、今この状態での応戦は不可能に近い事だけは確かだった。
真霜を庇う動きを取った黄昏は、三度刃を分裂させようとするが、入力に対してCHARMから警告が返ってくる。
《Warning:Blade-Unit:Endurance-Limit-Over》
耐用限界を超えた事を示す英字表記を見た黄昏は、自分の機体が最低限の保守整備しかされていなかった事を悟った。出来る事と言えば、必要最低限保証された防護障壁でやり過ごす位だろう。
だが、今降りてこようとする機械仕掛けの翼竜にはそんな子ども騙しが通じる様には思えない。先の機体よりもよりずっと強力な性能を持っているだろう、と言う直感がある。いずれにせよ、AC型で攻撃力偏重の3006には大した防御性能が無い。猛攻とすら呼べない様な攻撃でも射抜かれる可能性は大いに有り得る。
(万事休す、ですか)
たった2人だけではどうしようもない。万全な戦力があれば話は別だったが。体を広げ、落下速度を下げた2人に、新手の機体は、機首の砲口を開き、見せつける様にレーザーを充填する。
見た事も無い装備に、一方的な攻撃を黄昏が覚悟した刹那、彼女の傍を何かが通り過ぎ、急速上昇する。薄暗闇でも見間違える事の無い、自分と同じ意匠の制服姿。外套の様にたなびく長髪の主は。
「三朝さん?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼女達が不明機を撃墜する少し前、風圧で吸いだされた詩季は成す術無く、墜落していた。計画停電の影響もあってか最盛期と比して薄暗い東京の風景と明るさを取り戻しつつある星空が、錐揉みする視界の中でかき回される。
朦朧とした意識の中では、どこが空かも分からない。CHARMの起動が出来なかった彼女には、真霜や黄昏達と違って道標も、身を守る何かも無い。意識が薄らぎ、視界が黒く濁っていく。
(死んじゃうのかな……)
風切り音が塞いでいた聴覚すら薄く、どこか遠い意識の中で詩季はそう思う。天地が分からず、どう姿勢を取り戻せば良いかも分からないが、このままいけば海面に叩き付けられて即死だろう。
(これでみんなの所に、行けるのかな)
そう思うと自然と笑みが零れる。待ち望んだ死、苦痛に満ち溢れた生からの開放。一人ぼっちだった自分が、ようやく誰かと共にいられる安心感。そんな物を抱こうとした刹那、爆発音が響き渡る。
目まぐるしく変わる視界の一端に、爆発の閃光が奔り、抱きかけていた安心感が爆風と共に吹き飛ばされる。戦闘が始まっている。そう認識した彼女の頭の中で連想ゲームが始まり、徐々に幻聴が聞こえ始める。
『死にたくない! 助けて!』
何重にも重なった悲鳴や断末魔が塞いだ耳を貫通し、彼女の頭の中で響き続ける。幻聴を振り払う様に悲鳴を上げる内、錐揉みが止まり、深淵の様に昏い東京湾が眼下に広がる。何もかもを呑み込むかの様なそれも、彼女の意識には無く、幾度となく見てきた凄惨な光景が視界に割り込んでいた。
ヒュージの砲撃の余波で諸共消し飛んだ難民の家族や後輩、崩落した瓦礫の下敷きになり、赤い血の色を地面に染み込ませた誰か。何度も何度も見てきた光景が、幻影となって彼女の視界を埋め尽くす。
『どウシて―――』
ノイズ交じりの声が、爆音を掻き消す。ノイズと共に、血だらけの誰かを幻視する。じりじりと耳障りな音は、彼女に何か伝わる事を邪魔する。
『どうシて、■テるノ?』
ノイズが強まると共に何を言っているのかがはっきりと聞こえる。だが、決定的な言葉はぼやけていた。首を絞められた様な錯覚、見開いた眼の先、青白い肌の美春が血だらけの手を詩季の首に伸ばしていた。
首に掛けられた力が強まると同時にノイズは酷くなる。美春の顔にもノイズは走り、その度に彼女の顔が夏輝のそれと入れ替わる。
『ド■しテ、死■デな■ノ?』
血走った目で、落下する彼女を奈落へ引きずり込む様な彼女達に、詩季の表情は大きく引き攣る。彼女達は象徴、三朝詩季と言う人間が取りこぼし、消し去ってきた命の象徴。救えるだけのの力を振るえなかったが故の被害者達。リリィとして、見殺してしまった命達。
物理的な圧迫感は無い。だが、呼吸は大きく乱れている。どうする事も出来ない位に、心臓が暴れる。人を殺してきたお前が正常な生に戻る事など許さない、と美春達が睨み付ける。
『どウしテ、あなタが生キ残ったノ?!』
助けられなかった同級生の遺族がヒステリックに責め立ててくる。
『あの子ノ代わリに、あナたが死ネば良かッタのよ!』
独断専行を誤った後輩の遺族が錯乱する。
『どうセ、自分可愛さニ見殺しタんデしョう?』
何も知らない、同じ学校の誰かが陰口を言う。
思い出したくも無い苦しみと共に無数の黒い手が彼女をがんじがらめにする。
『ねえ、詩季』
そんな彼女を諭す様に、花弁の様に広がった黒い手の中心で美春が笑う。
『皆言ってたでしょう? あなたが生きているよりも、死んだ方が嬉しい人は多いんだって』
クスクスと生き汚さを嘲笑う美春に、詩季の心は更に掻き乱される。
『だから、御姉様。早く死にましょうよ。その方が、皆、嬉しいでしょう?』
美春に同調する様に嗤った夏輝は、締め上げていた手を頬に回し、何かを擦り付ける様に撫で擦る。幻覚なのか現実なのかも認識出来なくなった彼女の心にはそれがトドメになった。
錯乱した彼女は、響き続ける笑い声から身を守る様に耳を塞ぐ。幾重にも重なるその声は、風切り音すら掻き消し、彼女の脳内に響き続ける。音の消えた暴風が彼女に絶叫を上げさせる事すら許さず、奈落へ引き摺り込んでいく。
「三朝さん!」
そんな彼女を引き戻さんと、和美が腕を掴み上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
降下する和美が、様子がおかしい事に気付いたのは戦闘が始まった直後だった。視神経に作用したUIが指向音声と合わせて高度警報を発する中、彼女は戦闘音が、眼前に捉えた詩季のパニックを引き起こした事に気付く。
先ずは詩季を捉える事から始めた和美は、身を縮めた彼女の腕を掴んだ。不用意とも取れる仕草だが、急を要する状況でそんな事を選んでいられない。案の定、反射で腕を振るい、裏拳が和美の額に直撃する。鈍い打撃音と共に、額が真っ赤に変色する。
CHARMが無くとも、嘗て最強格だった彼女の身体能力はひ弱な和美には十分脅威だ。無論、和美にはCHARMの強化がついていたが、敢えて出力を絞っていた彼女はかなりのダメージを受ける結果になった。
「いや、いやぁあああっ」
錯乱し、暴れ回る彼女に殴られ続ける和美は、痛みと共に狂喜していた。今彼女が錯乱しているのは、三朝詩季と言う女が、地獄を見てきた事が結実した結果だ。全力で振り切ろうとする姿の何と無様で美しい事か。唯一、地獄の中身を見る事が出来ない事だけを、彼女は非常に残念に思っていた。
だが、ここで死なれては困る。楽しみは、一度きりであってはならない。まだ自分は彼女と言う存在を十分に味わっていない。それに、彼女が死ぬ時、自分も諸共死ぬ事になる。それでは“彼女”を手に入れられない。
狂喜に満ちた笑みを吹き消した彼女は、一メディックとして、極めて冷静な判断を下す。致し方ないとは言え、これは独断でやる事だ、と内心で自戒しつつ、和美は腰に固定していたメディックバッグから予備のアンプルを引き抜いた。
(地獄を見せてよ。三朝詩季)
暴れ続ける彼女を前に内心で唱えた和美は、静脈に針を突き刺し、ノックを押し込んだ。適量が注ぎ込まれると同時、薬が回った彼女の体が数度痙攣する。焦点の合わなかった目に光が戻り、殴打痕だらけの和美と目が合う。
「あ、柚木、さん……」
「目が覚めた? 三朝さん」
「ご、ごめんなさい。わ、私……」
「こんなの慣れっこだから、気にしないで。それより、二人が交戦中なの。何とかしてくれる?」
「……でも、今、CHARMは」
口ごもった詩季にそう言えば、と思い出していた和美は、目下のコンテナに動きがある事に気付く。単独で降下していたそれは、1002を納めたコンテナだった。何かに反応し、突然変形を始めたそれが、中身である所の大剣を弾き飛ばす。
《1002:START-UP:COMPLETE》
同時、遠隔で送信された初期起動完了の表示に目を見開いた詩季は、飛んできたそれをノールックでキャッチし、手中に収めた。手に収まったCHARMがグリップを介して詩季と繋がり、本格的な認証が始まると彼女の目が極彩色へと一瞬だけ変わり、元の色へ戻った。
マギの増幅が始まり、全身から力が沸き立つと共に全身を刺していた風の感覚が和らぐ。そして、彼女の背中から収まり切らなかったマギが一瞬、コウモリの羽根の様な鋭利な意匠で放出され、闇夜が暖かなマギの光に照らし出され、そして光が失せる。
「CHARMは、来てくれたわね」
三朝詩季と言うトップクラスの実力を垣間見た和美が、含みのある笑みを浮かべてそう言うのに詩季は頷きを返した。
「それで、行ってくれるんでしょ? 二人の所に」
「はい」
「じゃ、手伝ってあげるわ。隊長さん」
そう言うと、和美は手にした長杖型の第1世代CHARM『DC-4004』を天高く掲げた。杖の先端から青白い魔法陣が展開され、詩季達を淡く照らす。4004の機能である、広域フィールドシステムが作り出したゲート。通過した対象のマギにブーストを掛ける為の魔法陣。
障壁を踏んでの跳躍と合わせ、一気に戦場まで打ち出す魂胆を、詩季が汲み取り、展開した障壁に足を乗せ、身構えた。射出軌道上から離れた和美は、アイコンタクトを向けて来た詩季にウィンクを返す。
「伝説を見せて。隊長さん」
そう一言告げ、フィールド制御の出力を全開にする。マギが充填され、ブーストを掛ける準備が完了する。逆手から順手に1002を持ち替えた詩季はゲートの先、新手の不明機が灯したレーザーの光を見据える。
「バニー4。三朝詩季、行きます」
そう告げると同時、全力で障壁を蹴り飛ばし、砕け散ったそれの反力で急速上昇。その勢いのまま、ゲートをくぐると更に加速がかかり、詩季の体は高い空を目がけて飛び上がっていく。
(そして私のモノになって)
姿の見えなくなっていく詩季を見上げた和美は、悍ましい狂気を孕んだ笑みを浮かべていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ドップラー効果で黄昏の言葉を聞き流していた詩季は、いきなりの登場で攻撃を止めた不明機がブレイクするのを流し見る。跳躍の最高点で体を広げた彼女は、高速旋回し、リアタックに入った不明機へ4連装の銃口を向けた。詩季の思念に応じ、センサーが作動、ターゲットサイトが視神経経由で視界に表示される。
手にした1002の動きに連動し、視界を踊るそれで照準すると同時、彼女はブレード用グリップのトリガーを引いた。腰溜めに構えた1002の4連銃身が1門ずつ一定周期を保って火を噴く。ビームガトリングモードとして機能する1002は連射による銃身負荷が少ない事を利用し、標準圧縮比の赤い粒子ビームを高レートで放つ。
亜光速の粒子ビームは飛翔する不明機の後を追うが、照準側で捉え切れずその急上昇を許す。短い振り子運動で高空へと飛び上がった機体が急激に失速、機首を詩季に向ける。スローモーションの様にその動きを捉えた彼女は、何をしようとしているか直感で感じ取ると1002の腹を機首に向けた。
瞬間、機首両脇のカバーが開き、口径20mmの多銃身機銃が火を噴く。銃身が削られ、他よりもスピンアップが早いそれが、彼女を襲い、高レート射撃で降り注ぐ鉄の豪雨が盾にした1002越しに詩季を嬲る。数秒機銃の掃射を浴びせた不明機はそのまま彼女の傍を通過すると衝撃波で体勢を崩させる。
錐揉み状態になりながら落下していった彼女は、全身からマギを数回放射して姿勢制御。牽制も兼ね、ビームガトリングを放つも不明機は機体強度ギリギリの曲芸染みた機動を連続させ、弾幕の間をすり抜ける。
「ッ、速い!」
音速域とは思えない機動性を前に歯噛みした詩季は、片隅に置いていた真霜達の行方を探す。CHARMが受信したデータリンクを基に、各人の現在位置を視界に映し出す。3人共、減速を掛け、何とか落下速度を抑えている。
先の不明機に狙われている気配は無いが、恐らく優先順序が低いのだろうと考え、詩季は旋回している不明機を探る。光学補正が追い付いた視界に、旋回を続ける機影を捉えた彼女はビームガトリングで距離を取らせつつ、意識制御で呼び出した高度計を確認。
気付けば空中制動の類を一切していない影響か、戦闘開始時から高度を落としていた。このまま戦えば東京湾のど真ん中に位置する現在地では減衰距離を稼げず、最悪海岸部の施設に誤射を起こす危険性がある。奪還したての千葉方面は、防衛軍が管理する制限区画だが、東京方面は多くの人民が住まう行政区画で、そちらに被害を出せば直ちに大問題へと発展する。
高度を見て取った詩季はすぐさま足元に障壁を展開、高反発のそれを足場に、高高度まで跳躍する。高度を取り戻す過程で、彼女は1002に命令を出す。上昇しながらの思考操作を受信した1002は入力から数秒遅れ、反応を返した。
《1002:Buster-Rifle-Mode:Shift》
瞬間、銃身を4つ腹に付けた大剣型が崩れ、銃身4つとブレード4つに分離した各ユニットが尾を引く様に詩季に追従する。ジャンプの間にメジャーバトンと呼ばれる本体が変形を始め、ブレードが取り付いていたドック部が上下に分割、コアに程近い銃身の接続部が露出する。
跳躍の最高点で追従していた8つの部品が変形を終えたメジャーバトンと合体を始め、銃身が接続していたドックに、ブレードがそれぞれ接合。分離していた銃身4つは全て連結し、一本の長大な銃身となって本体と接合し、1002はバスターライフルへと変貌する。
高圧縮・高初速の粒子ビームを射出するバスターライフルモードとなった1002を持ち替え、ハンドガードの柄側を掴んだ詩季は、ロック解除され、屹立したトリガーを感触で確認。柄尻側のハンドガードが変形したストックに肩を当て、構えた。
狙いを付けようとする直前、CHARMからミサイルアラートが鳴る。すかさず撃ち抜いた詩季は、時期をずらして放たれた2発目を回避、画像捕捉式ミサイルが旋回の予兆を見せるとロケットモーターを射抜いて自爆させる。
「これで!」
高初速を利用し、早撃ちで決めようとした詩季だったが、それを読んでいたかの様に不明機はアフターバーナ―を噴射して増速する。高圧縮されている為に飛散粒子が少なく、掠めても大したダメージにはならなかった。
身を回し、天地逆転した詩季は、接近しようとする不明機へ牽制射を数発撃ち、距離を取らせる。全弾回避した不明機は、機首を上げ、縦方向に360度回転。詩季へ機首が向いた瞬間、短時間ながら機銃を放ち、牽制し返す。
咄嗟の回避が間に合うも弾丸の衝撃波で体勢を崩された詩季は、その間に速度を復帰させた不明機が上を取る様な動きをしている事に気付く。再び障壁を展開し、斜め前方へ跳躍、上からの攻撃を回避しながら体勢を180度変更。天地逆転のまま、バスターライフルを照準する。
甘めの照準から数発連射。元より当たるとも思っていない射撃は、増速した不明機によってそのまま回避される。下に潜り込む様な機動を取る機体のキャノピ部から赤い光が詩季を見つめる。旋回軌道に入った機体に照準していた詩季は、ヘッドオンすると同時、直感に従って聖域転換を発動。
マギで出来た障壁に戦術レーザーが直撃、赤い閃光が壁となって詩季の視界を塞ぐ。数秒の照射の後、ミサイル警報。そのまま障壁で防いだ彼女は、ロッド弾頭の豪雨に打たれ、大きく弾き飛ばされる。揉みくちゃになった彼女が体勢を立て直す間に不明機は急速上昇。トドメを刺しに距離を取る。
《1002:Hyper-Burst-Mode:Shift》
上昇していく機影を見上げた詩季は、意を決し、勝負をかけに行く。彼女の命令から数秒を置いて1002が実行し、ドックに装着されていたブレードが分離した後、銃口側に移行、花弁の様に開いたそれがマギエネルギーの制御フィールドを構築する。
降下し、ヘッドオン体勢に入った不明機に銃口を向けた彼女は、トリガーに指を触れる。瞬間、チャージが始まり、銃口を中心にブレードが高速回転を始める。銃口から放射されたマギエネルギーがフィールドで球形に成形され、さながら赤い風船の様に膨らんでいく。
目に見えるチャージの瞬間を隙と見た不明機がレーザーと機銃を発射するが、径に比例して膨らみつつある熱量が全て弾き飛ばす。ビームは直径数十メートルに膨れ上がっており、マギ貯蔵量に優れた詩季の半分を吸い上げて形成されていた。
「ハイパーバースト、発砲」
淡々と符丁を唱えた詩季は、膨らみ切ったのを見計らって引き金を引く。ブレードユニットのフィールド形成が停止し、不可視の檻から暴力的なマギの塊が解き放たれる。圧倒的な熱量を受けた大気が膨張し、腹に響く爆発音を轟かせる。大気にスパークの光を散らしながら、ビームの砲弾が直進する。
不明機は咄嗟にミサイルを放ち、圧縮されたマギを爆風で散らそうとしたが、爆発する間も無くミサイルが消え、彼に向って光球が直進し続ける。数瞬遅れて強引な高G旋回を取り、回避しようとした彼だったが、機体のベクトル変換よりもビームの方が達するのが早かった。
マギの塊は機体後部を抉り抜いた後に宙で炸裂、飛び散った真っ赤な飛散粒子が無数の風穴を開けた後、不明機の燃料系を引火させ、機体が爆散する。湾の空にオレンジ色の火球が生まれ、真っ暗な夜空に紛れて無数の破片が降り注ぐ。障壁で凌いだ詩季は、衝撃で落下し、視界情報とセンサーで検知した1002から高度警報が鳴るが、詩季は再跳躍の動きを取れない。
(思ったより、消費が……)
先の戦闘で保有マギの半分以上を消費しており、ディプリーションによる意識障害の危険性を考慮した結果、再跳躍できなかった。身体保護が風の影響を防いでいるが、それでも高度を取り戻す事は叶わない。このままいけば春の東京湾で海水浴をする羽目になる。
風に煽られ、バタバタと上着が暴れる中、詩季に向けて強い光が浴びせられる。目が慣れ、目下を見ると、自身に浴びせられたものに加えて3つの光が空に向けて放射されていた。熱破壊兵器では無く、探照灯の類だと知るや、詩季は僅かに身構える。だが、その緊張はすぐに解けた。
『スカイダイビング中のお嬢さん方、こちら防衛軍東京湾警備隊第2小隊だ! お楽しみ中の所、申し訳無いが、こちらへ着陸できるか! 関係各所からアンタ等に東京湾のど真ん中で水浴びをさせるなとうるさく言われていてな!』
光の壁の向こう、小隊長らしい中年が拡声器を介して叫んでいた。体を広げ、減速した詩季が目下の真霜達に目を向けると、消耗しきった真霜を両脇から黄昏達が抱えており、さながらサイドスラスターの様に着陸態勢を整えていた。
(一度だけなら、最大出力で放射できる……!)
詩季も自分の体調を鑑み、判断を終えると5隻ある警戒船に向けて降下を開始する。高度の低い真霜達3人が着陸態勢に入り、黄昏と和美が足裏から最大出力でマギを放射。攻撃用では無いとは言え、それなりの熱力を持ったマギが大気を膨張させ、衝撃波が船員と船舶を襲う。
出力を落としながら数回噴射した彼女等はソフトランディングで警戒船に着陸する。3人分の少女の重量と腕部のガントレットにドッキングしていた2003の重量を受け、船は大きく揺れる。船員が動揺するのを見ていた詩季はもう一隻に向けて降下する。
器用に身を回し、足の裏を船舶に向ける。一定高度に達すると同時、減速を開始。最大出力のマギを放射、急減速を掛け、身体強化の出力を絞った影響で減速Gをもろに受けた詩季が苦悶の声を上げる。それから黄昏や和美と同じく低出力マギを数度放射し、船舶へと軟着陸する。
「ッ……!」
ディプリ―ション寸前の体から力が抜け、1002が彼女の手から滑り落ちる。鉄のぶつかり合う音を奏で、大剣型になっていたそれが船舶の上を滑る。数名の年若い船員が慌てる中、膝をついた詩季に数人が駆け寄る。
程無くしてCHARM回収と並行して容体確認が始まり、その間に警戒を終えた船舶が羽田空港に進路を取った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
午前1時過ぎ―――羽田空港・第5会議室(法人向け)
「夜分遅くだが、簡単にデブリーフィングを行わせてもらうか」
内外も含め、嫌に静かな会議室、その最前で真波がそう言い、簡単にまとめた資料を表示する。最前列しか使われていない座席には、消耗から多少立ち直った詩季と真霜、そして事後処理で体力を奪われていた黄昏と和美の姿があった。
「まず、この後の話だ。本来なら霞ヶ関へ向かう筈だったが、今夜は羽田に釘付けだ。ここで寝てもらう」
忌々しげにそう言った真波は、命令書をプロジェクターに表示し、理由を話し始める。
「理由としては今回の襲撃がお前達だけを狙った物だろうから、一旦この羽田で一晩様子を見て、それから移動としたいそうだ」
「一理ある判断ですが、仮にそうだとすれば羽田に釘付けもスクランブルが無理な以上、爆撃のリスクがあるのでは?」
「そりゃそうだ。まぁ、私は向こうから言われただけだ。何を根拠にしてるかは知らんよ」
知った事じゃない、と言わんばかりに肩を竦めた真波は、半目になる黄昏から視線を逸らす。
「話を変えるが、一先ず、襲撃してきた機体の解析については粗方終わった。浅木達と交戦したのは『FQ-58 ヴァルキリー』2機。世界的なリリィ依存傾向に伴う軍予算圧縮により、有人機の代替として普及している無人戦闘航空機だ」
「そんな物がどうして我々を? 普通、軍隊の所有物では?」
「それについてだが、画像を解析した結果、この機体は元々ベトナム国防軍の所有だった事が分かった」
「だった? ……つまり、横流し品、と言う事ですか?」
「ああ、そうだ。この機体はベトナム軍が所有していた管理番号と一致する。技術研究用に前線から下げた、と言う名目も出てきた。9割方、小遣い稼ぎに売り払った機体で確定だろう」
旋回する機体の映像が拡大され、補正されたそれにベトナムの国旗と識別番号が映り込む。そして、識別番号と照合する為の題目がその隣に表示される。国際化に伴う英字表記であるそれには、次世代機開発に向けて後方へ引き取らせると書かれていた。
昨今珍しくない軍兵器の横流しは予算の少ない各国防衛軍の貴重な収入源でもある事は、黄昏も認識している。まさかそれが今回の件で牙を剥く羽目になるとは思ってもみなかったが。
「それで、後から来た機体は一体?」
「ああ。それなんだがな、もう一機が『QFAX-11』。米軍と防衛軍が共同で開発していた次世代型無人戦闘攻撃機だ。こいつについては、米軍の方で襲撃発生の直前、突如外部からの命令入力を受け付け、無断で出撃した事が記録されている。事前に何者かがシステムへバックドアを仕掛けていたらしい。犯人の捜索はすでに始まっているが、まぁ、今の状況では時間はかかるだろうな。輸送機撃墜の件含め、日米間でかなり殺気立っているらしい」
「そうですよね……」
安堵の息を漏らす詩季に苦笑した真波は、プロジェクターの電源を切ると機材を片付け始める。
「何にせよお前達が気に病む必要は無い。あくまでも自衛の為に撃墜した、ただそれだけだ。政治の事は、大人に任せておけば良い」
苦笑の表情はそのままに撤収を促した真波は、内心今回の件を疑問に思っていた。バックドアを仕掛けたのは誰なのか、そして、“何故”仕掛けたのか。昨今の情勢を鑑みるに、何処も戦争をするメリットを持たない。リリィと言う対ヒュージ防衛のインフラに血税を注がされている以上、とてもでは無いが戦争状態を維持出来ない。
だとしたら。この茶番劇をけしかけたのは“何”を目的にした“誰”なのか。
もしかすれば自分達は深い沼に沈み始めているのではないか、と真波は錯覚せざるを得なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同時刻・百合ヶ丘女学院学生寮旧館。
『姫様、作戦は失敗いたしました。投入した戦力は全て撃墜。ターゲットの損害については観測されていないとの事です』
「そうですか。いえ、あなたが謝る事ではありません。向こうの戦力を甘く見た私のミスです。ですが、悠長に出来ないのも事実。手は考えます。それまで全員には待機を命じて下さい。くれぐれも逸らぬ様、皆に厳命を」
『はっ。承知しました』
通話が途絶え、一人の少女が豪奢に飾り付けられた受話器を置く。疲れ切った顔で電話ブースから出てきた少女は、ブースの外で待っていたもう1人の少女と目を合わせ、笑う。
「アニー、ここを誰か通った?」
「いえ。こんな時間ですから、誰も。それよりも、どうでしたか?」
「ダメだったみたい。リリィ相手だと思って楽観視し過ぎたわ。相手は相当な手練れ。プランを考え直す必要があるわね」
「……ご無理はなさらない様。ロジー達の件もあります。彼女達に、この件を悟られては」
「そうね。でも、私達にはあまり時間は無い。それも事実よ。少しは焦って見せないと」
プラチナブロンドの髪を揺らした少女は、アニーと呼んだ青髪の少女に笑んで見せる。少しやつれた様子の少女は、不意に立ち止まり、苦し気に胸を抑えつける。彼女を後ろから抱き締めた“アニー”は、崩れ落ちそうな体を支えた。
過呼吸気味な少女の頭をゆっくりと撫でた“アニー”は、夜闇に沈んだ廊下の端へ、彼女を移動させる。
「人殺しをさせたのね、私は」
息を荒げながら、少女は独り言ちる。それを否定せず、肯定した“アニー”は、震える彼女の手を自身の手で包み込む。
「あなたが罪に問われるのなら、私も同罪です。私はあなたに全てを捧げ、共に歩むと決めた身。あなたの罪は私の罪です、姫様」
「あなたは変わらないわね。ありがとう、アニー。愛しているわ」
「私もです。姫様。愛しています」
誰も見えない陰に隠れ、後ろ抱きになった二人の少女は体を向け合う事無く、そのまま唇を重ねた。
月すら照らさぬその場所は、彼女達の行く末を示す様だった。