アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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第2章 宇佐美G.E.H.E.N.A.ラボ攻略作戦編《Op.Honeycomb_Break》
第1話『ONESIDE_GAMEⅠ』


―――7月中旬・駐日米海軍所有原子力空母『CVN-206 ペラギクス』艦内ブリーフィングルーム

 蒸し暑さが頭角を見せ切った7月、米空母の管内にある一室ではある作戦に向けたブリーフィングが行われていた。米軍所有の機にあってもこの場に軍人の類は無く、9名の少女と3名の大人が薄暗い部屋の中にいるのみだった。

 既に港を離れた艦は、ヒュージの探知圏内ギリギリを目指して巡行しており、少々の揺れが彼女達の足元を賑わせる。

「全員揃ったな? では、今作戦の概要を説明する」

 大人の中の一人、三沢真波は、自らが統括する少女達の前に立ち、プロジェクターに図を表示した。晴れて『強襲捜査課』の『直轄レギオン監査官』と言う大仰な身分を手にした彼女は、これから話す話題に対して嫌にリラックスしている部下を見回し、内心呆れていた。

「今回の任務は、宇佐美にあるG.E.H.E.N.A.ラボの破壊、及び責任者の殺害だ」

 真波の言葉と共に、プロジェクターへ宇佐美ラボの見取り図と責任者である年若い女の顔写真が表示される。それらの資料はG.E.H.E.N.A.が提供したであろう証として、端部に小さく企業ロゴが見えていた。

 前へ迫り出された見取り図には、研究施設である本棟を初めとし、そこに接続する形で宿舎が三棟、加えて大型のレクリエーション施設が一棟、存在していた。その中でも一際目を引いたのが“多目的”倉庫、と書かれた三棟の大型設備だった。

「先日の鮫洲コロニー壊滅の一件が宇佐美ラボの仕業だと確定。内部の研究データの抹消も兼ね、当該施設の完全破壊が決定した。これについて、G.E.H.E.N.A.側からの異議申し立ては無く、日本政府はこれを了承したものと断定した。加えて今回の件を日本政府は市民に被害を及ぼすテロ行為と断定し、当該施設責任者には国家反逆罪を適応、その場での殺害が許可された」

 今回の作戦を行う上での命令書と殺害許可証が表示されており、そのどちらにも首相の直筆のサインが入っていた。国からの殺害許可証を目の当たりにしても、少女達は涼しい顔をしていた。

 人かどうかも怪しい連中を大量に殺しておいて、今更、まともな人間一人の殺害などに重みなんて感じないのだろう、と内心独り言ちていた真波は、命令書を映したタブレットをスワイプする。

「引き続き、作戦の内容について説明する。アッシュチームが事前に実施した偵察により、当該施設はこの多目的倉庫に隠し持つ形で既定以上の軍事力を保有している事が確認された。まぁ、大方対ガーデン用の戦力だろう。それ故、リリィのみの戦力投入は非常にリスクが高い事が懸念されている。そこで、今回の作戦は軍との二面作戦となる」

 そう言い、真波は偵察で撮影された写真を表示する。西落合で交戦した四脚歩行戦車4両に加え、払下げ品を買い上げたのか、露製の対空戦車『2S6 ツングースカ』が2両、表示された写真にそれぞれ写り込み、対ガーデン用戦力の要らしい前者の砲身は、西落合の時と異なり、ビーム発射用の解放バレルに換装されていた。

 圧縮率を犠牲に拡散性と冷却性を取った解放バレルは、近距離での使用を前提する方式であり、対リリィを想定するには最適な選択だと言え、真波の言葉には何の誇張も無い事を全員が理解していた。

 そんな一研究所の自衛として過剰とも言える兵器群へと重ねる形で、真波はある航空機のシルエット図を表示した。きちんとした図面では無く、企業プレゼン用を流用したのであろうそれを指して彼女は話を続ける。

「駐日米海軍より試作の無人戦闘攻撃機『QFAX-11』2機の借用を取り付けた。今回の作戦はこの2機による準備爆撃を実行し、ラボの主要攻撃能力を奪った後、お前達を投入する」

 先の見取り図が前に出てくると、矢じり型のアイコン2つが横切って主要施設に赤いバツ印を入れていき、その後ろを追従した長方形のアイコンから9つの丸が敷地内に投げ出される。

「ウォーターシップダウンは現場への降下後、爆撃で撃ち漏らした人間の排除、及び責任者の生命無力化を行ってもらう。この敷地内から誰一人として逃がすな」

 最後の言葉を、語気を強めて放った真波に渚達の表情が僅かに強張る。如何に人殺しに慣れたとは言え、人を選ばず殺せ、と言うのは流石に敷居の高い命令だった。

「まぁ、この敷地内にいる人間が爆撃で死んでくれる事を祈れ。そうすれば殺さずに済む」

 シニカルに笑うでも無く、ただ無表情でそう言った真波はタブレットを操作し、先程出していた責任者の女の履歴書を表示する。履歴書の数ある記入事項の中、氏名欄の上に、英和二か国語で『最重要ターゲット』と記された押印が見えていた。

「再度の確認となるが、今回のターゲットはこの女だ。お前達はコイツの死に顔を拝む事が最終目標となる。各々携帯端末のカメラで死体の写真を撮影し、こちらへ送信しろ。それを確認でき次第、任務完了とする」

 説明と共に表示された画面では殺害から死体の写真撮影までがピクトグラムで漫画化されており、一コマ一コマの茶化した台詞回しによって物々しい内容が些か間抜けたものに見えていた。

 次いで、図は熱海から宇佐美にかけての地図に切り替わり、真波の説明に先行して進入禁止エリアと書かれた枠が地図の一部に重なる。赤い太線の枠の中は丁寧に透過されたグレーの背景と赤い斜線でマスキングされていた。

「作戦完了後、諸君らは撤退してもらうがランディングゾーン(LZ)の指定はこちらから行い、そちらに向けて撤退を行ってもらう。その際、図に示したエリアは進入禁止とする。当該エリアは百合ヶ丘女学院の大規模作戦が展開されており、進入時、ヒュージと接触する可能性が高い」

 マスキングされたエリアにヒュージと書かれたシルエット図が表示され、丸いアイコンとそれとが接触し、両者の間に赤いバツ印が表示されるとそれらは連れたって『LZ』と書かれた地点へと連れたって移動する。

「その際、諸君等をヒュージが追跡した場合、撃破スコアを狙った百合ヶ丘のリリィがそいつ等を追う事が有り得るだろう。連中はこちらの敵味方識別装置(IFF)を検知できない為、撤退用の機材が流れ弾を受ける可能性は大いに有り得る。こちらの使用機材はガンシップ程の機動性も防御性能も無い。CHARMクラスの一撃を食らえば一発でアウトだ。そうなればお前達には鎌倉まで徒歩で帰ってもらう事になる」

 半分冗談めかした物言いの真波は、撤収用に用意しているであろうティルトローター機の写真を表示する。防衛軍が雀の涙ほどの予算で維持し続けているなけなしの航空機の一つで、後々の問題を考えれば破壊される事は避けた方が無難な類だった。

 最も血気盛んなリリィが破壊した所で、ガーデンが謝罪し、弁償する等と言う殊勝な事をするとは思えないのは、この場の誰もが察していた。

「さて、作戦概要は以上だが、何かあるか?」

 そう言い、プロジェクターの電源を落とし、部屋の灯りを付け直した真波は、同席していた高官達が去っていくのに一礼を向けると質問タイムに移った。

「監査官。念の為の確認ですが、当該施設には陥落地域の住人と思しき方々が勤務されていますが、その方々も含め、殲滅する、と言う事でよろしいでしょうか」

「ああ、その通りだ。日本政府は本件を高度にブラックボックス化させるつもりでいる。その為に生存者は不要だ。心配せんでも、陥落地域の住人などこの日本には存在しない事になってる。いなくなった所で普通の人間は誰も気にしはせんよ」

「戸籍の無い人間の安否を気にするのは彼等を売り物にする人権屋か、偽善に浸ったガーデン位。誰も正しく彼らの心配なんてしない。そう言う事ですね?」

 動揺するでも激昂するでも無く冷静に返した渚は、気だるげな態度で肯定した真波に苦笑を漏らす。今回の件をブラックボックス化するのはそう言った偽善者が喚き散らすのを防ぐ為、と言う事は彼女達も理解していた。

 自分が明日生きれるかどうかのこの世の中で、弱者をわざわざ助けようとするのはそこに利益が生じるからに過ぎない。どんな善意で塗り固めようとも、その根底では大なり小なり利益を求めているのが資本主義に浸かった人間の本質だ。

 大して誰の役に立つでも無い様な人間に、甘い汁を啜らせ続けられる程の余裕などこの日本には無い。唯でさえ、ガーデンと言う負担がのしかかっている状況ではそんな人間が何人もいれば復興どころでは無くなる。

 そう言った何の利益にもならない搾取を避ける為には、連中に明確な隙は見せない事が重要だった。

「そう言う事だ。まぁどの道、ガーデンの操り人形になった人情派気取りの政治屋共が金目当てにビービー喚き散らすのは変わらんだろうがな」

 心底下らなさそうに行った真波は、しんと静まった室内を見回し、深い溜息を漏らす。連日繰り返される下らない政治ゲームを思った彼女は、目先の利益ばかりを考えて他人の明日など露程も考えない人間に心底嫌気を感じていた。

 現状、防衛インフラであるガーデンには助成金が出ており、より多くの資金を搾り取る為にも彼等は躍起になってこちらの腹を探るだろう。その労力の一部を他に割けばヒュージ共に追い詰められたこの状況が少しはマシになるだろうに、と真波は苦虫を噛み潰した様な顔をする。

「ああ、そうだ。言い忘れていた事がある。今回の作戦、近隣で百合ヶ丘女学院の大規模作戦が展開していると言ったな。あれに関連する話だが、LGロスヴァイセが敷地内に侵入した場合、即刻無力化しろ。無警告で構わん」

「構いませんが……。LGロスヴァイセを? 我々は彼女達を単なる衛生レギオンと認識していますが、どうして彼女達を?」

「すまん、お前達は表の事しか知らんだろう。こちらでは奴等は百合ヶ丘の私兵集団と認識している。過去に規定外の作戦行動を実施、無許可でG.E.H.E.N.A.ラボを強襲し、勤務する民間人に多数の死傷者を出している」

「……それの何が問題で?」

「奴らがやっているのが政府は許可をしていない強襲作戦と言う点だ。奴らがどんな題目を掲げようが、政府が関与しないそれらはただの私刑行為に過ぎない。おまけにそれを何度も繰り返されては流石に政府の堪忍袋の緒も切れると言う訳だ」

 心底呆れた態度でそう言った真波は、さもありなんと納得している渚に話を続ける。

「今回ターゲットとしているラボには強化リリィが多数収監されている。奴等はそれを解放しに来るだろう。そこを叩け。こちらとしては強化リリィはラボ諸共爆殺するつもりでいる。こちらに彼女達を回収する余裕は無いし、百合ヶ丘の連中に回収されれば甘言に乗らされて奴等の私兵になるのがオチだ。そうなれば面倒極まりない」

 本心では無いという態度を取りつつも、そうと決まった以上は、と冷淡に命令を告げた真波は、動揺が見えない渚達の態度に薄く笑って見せた。日本政府としても強化リリィの存在は対ヒュージ戦以外には扱いに困るものとの認識で、戦力外のそれについては必要性が無いと結論付けての決定だった。

 幼気(いたいけ)な生娘にとっては、経緯はどうあれ研究者共の遊び道具された挙句の仕打ちだが、同情するだけの余裕は、こちらには無い。不要ならば切り捨てるだけ。それが世の条理だ。

「言い忘れは……以上だ。それで、お前等から他に何かあるか?」

 タブレットで改めて項目を確認した真波へ、黄昏が真っすぐに手を挙げた。

「監査官。ターゲットはシエルリントの元リリィですか?」

 手元のタブレットで履歴書を見ていた黄昏は、全員に画面共有を行い、責任者が辿ったであろう軌跡の一部にリリィとしてのキャリアがある事を指摘する。

 親派のガーデンに属するリリィがエスカレーター式でG.E.H.E.N.A.入りする事はそう珍しくない。寧ろ、余程劣ったスペックでも無ければそう言うキャリアになる様に仕組みが作られている。

 G.E.H.E.N.A.入りするリリィの大半は未知の物質であるマギに魅入られ、リリィとしての特権意識に支配された挙句。人としての倫理観をかなぐり捨てるケースが多い。

 この責任者もそう言う口なのだろう事は想像に難くなく、故に鮫洲コロニーを犠牲に出来るだけの倫理観の無さを持っていたと言える。

「ああ。そうだ。奴は模倣的なリリィだ。反吐が出る位にな」

 小さく舌打ちした真波は忌々し気に吐き捨てる。話す事が億劫と言うよりはその女の事を考えたくない、と言う素振りに近いそれに、黄昏を始めとした面々はプロファイルが的中している事を悟る。

 眉間にしわを寄せた彼女は、そのまま2日前の事前会合の事を話し始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

―――2日前。霞ヶ関・内閣府直属ガーデン運用監査局本部2階会議室。

「では、これより『鮫洲コロニーにおける住人の大量変死事件』についての報告会を実施いたします」

 薄暗い室内、いつも以上にきっちりとしたフォーマルな出で立ちの真波は司会進行及び報告担当として音頭を取っていた。ある程度の広さを持つ会議室には首相や関係省庁の長が出席し、主犯である宇佐美ラボの責任者である女性を半円状に取り囲んでいた。

 出席者の眼前には資料共有用のモニターが添え付けられており、彼等の背後にあるモニターと画面を共有していた。

「4月某日、監査局所有のレギオン『ウォーターシップダウン』によるテロ組織『関東新選組』の掃討作戦中、鮫洲コロニーに不審な動きがある事を察知し、調査を行いました。結果、コロニー内に人より変異したヒュージの存在が判明。同時期八王子ラボより流出したHUGEアンプルの副作用と一致する為、人為的に引き起こされたものであると仮定し、調査を行いました」

 そう言い、真波は渚達が撮影した映像を表示し、人の形をわずかに残したヒュージ達が跋扈している様子を映し出す。老齢である所の関係者達は動揺こそすれど、気分が悪くなる事は無かった。

「尚、先行してのコロニー捜査後、敷地内に侵入した無人機による空爆とエレンスゲ女学園の生徒達により、敷地内のヒュージは掃討。何者かにより事後処理が行われている事を米国提供の衛星写真により確認しております」

 追加で衛星写真を表示。エレンスゲ女学園のものと分かる白い制服姿が5つ写る写真と、彼女達が待機する間にコロニー上空を航空機が横切り、焼夷弾を投下する写真等が表示される。焼夷弾が敷地を焼き尽くした後、白い制服姿にエスコートされる様に、防護服姿が10人ほど内部へ侵入していた。

「その後、宇佐美ラボが主導となり『関東新選組』へ装備提供を行っている事が発覚。目的としては八王子ラボの研究成果を盗み出す為であり、ここから鮫洲コロニー壊滅の一因を宇佐美ラボが担っているのではとの容疑を抱き、その後の調査で確定したものとなります」

 言い切りと共に、関東新選組への装備提供を示す文書と盗み出しの為の作戦工程の指示書が表示され、それに追い打ちをかける様に宇佐美ラボから国内メーカーへの散布用キャニスターの発注履歴等が表示される。ただ淡々とした報告はそこで終わり、沈黙が途切れる兆候を見せる。

「三沢監査官、報告ありがとう。さて、ここまでの報告を受け、何か言う事はありますかな。浅羽所長殿」

 政治家としては年若い印象を与える首相が年齢の重みを感じる低声でそう問いかける。問いかけの先、所長と言う役職としては年若い女性、浅羽香我美は寧ろ彼等を見下す様な態度で口を開く。

「やはりあなた方は我々の研究の価値を分かっていない、としか言えませんね」

「ほう。価値、ですか。具体的にはどの様な?」

 勝ち誇る様な香我美へ物は試し、と問いかけた首相は、その言葉でスイッチを入れてしまった。

「分かり切った事です。人をヒュージ化させる技術を確立させる。これが完成すれば棄民をヒュージ化させ、対ヒュージ戦の兵士として活躍させる事が出来ます。ヒュージとなった彼等は資源を食い潰す事の無いクリーンな存在として生きる事が出来る上、対ヒュージ戦の為の存在として世に貢献ができる。そして、限られたリソースはより優れた人間に割り振られる様になる。誰も損をしない、素晴らしい研究だと思いませんか?」

「なるほど。しかし、現にその研究の為に鮫洲コロニーは壊滅した。この犠牲を、あなたはどう考えるのかね?」

「未来の為の投資。そう捉えております。それに、今回の件で木っ端の小規模コロニーである鮫洲に支給する資源やコストが浮くのです。得はしても損をする事は無いのでは?」

 自己正当化の範疇を超え、狂気すら感じさせる言葉に、首相を始めとした政府側の人間は少なからぬ動揺を見せる。無理も無い。こうも根の認識が異なっていると話ができる物では無い。日本政府が言う対ヒュージ戦争の勝利はあくまでも人類の栄華を取り戻す事であって選ばれた人間だけを生き残らせる事では無い。

 嘗ての栄華とは人であれば誰だろうと生きていられる世の中であり、彼女の言う選ばれた人間だけが生きていられる環境と言うのは政府の目指す先の景色とは全く異なっていた。

 動揺を賞賛と捉える香我美を前に、首相は彼女と同年であっても真反対の思想を持つ真波の様子を捉えていた。司会台の下で、血が出んばかりに強く拳を握っている彼女を見た彼は、一つ息を吐くと正面を見た。

「……浅羽所長殿。一つ聞かせてもらいたいが、君はその二つの内、どちらだと思っているのかね?」

「は……? 愚問ですね。我々が棄民側である訳が無いでしょう。人類の未来の為に貢献しているのですから」

「そうか……。いや、無関係な話をしてすまないね。何、我々は今回の件、君達宇佐美G.E.H.E.N.A.ラボに国家反逆罪を適用しようと思っていてね。何か陳情でも聞けるかと思っていたんだが、君はそう思っていなかったようだね」

 至って冷静にそう告げた首相は目に見えて動揺した香我美に柔和な笑みを向ける。言葉が出ない、と言った彼女はようやくこの場に呼ばれた真意を悟った様だった。情状酌量はおろか鮫洲の件が選民思想に基った悪辣極まりない実験であったと露呈した今、彼女は追い詰められていた。

 目を泳がせ、数瞬迷った後、彼女は口を開く。

「わ、我々以外にもこんな研究をしている連中はいるんです! 我々を消した所で何の解決にもなりません! それでも我々が犠牲にならなければならないのですか!?」

 先程の余裕は何処へやら喚きたて始めた香我美は、大きく舌打ちをした真波に矛先を向ける。

「お前が! お前達監査局が余計な事をしなければこんな事にはならなかったのよ! 研究の価値が分からない疫病神が! 正義の味方ごっこなんてしてないで、“二流品のリリィ共”とクズの慰安でもしてろ!」

「何だと貴様!」

 涙を流しながら喚き立てる彼女の暴言が、じっと耐えていた真波の琴線に触れ、激高した彼女が殴りかかろうとする。それに気づいた監査局長と国公安委員長が慌てて止めに入り、香我美の目に触れない場所へ移される。

 興奮した彼女が肩で息をするのを詰っていた首相は、怒り狂う真波の声を聞きながら深く息を吐いた。

「浅羽所長。今日の所はお引き取り願う。本件については再考し、追って決定を伝える。以上だ」

 務めて静かに伝えた彼は、興奮そのままの足取りで乱暴に退室していった香我美を見送る。腹に響くほど乱暴な音を響かせてドアが閉まると、首相は緊張を解き、席を立った。

「皆さんご苦労様です」

 開口一番にそう言った彼は、壁に一撃入った音で身を竦める。怒りのやり場を失っていた真波がやったと理解した彼は、彼女を含めその場に居る全員を招集する。

「……首相及び関係各所の皆様、御見苦しい所を申し訳ありませんでした。部下への侮辱を、どうしても許せずあの様な態度を」

 落ち着いた真波が、会議が始まる前に謝罪として深く頭を下げるのにその場に居た全員が宥める動きを取る。一応の許しと取った彼女は、香我美がついていた席に代わりに着くと会議の中に入った。

 先と違い、身内だけだと言う事もあってか和やかな雰囲気に包まれつつも、その議題は雰囲気に合わない物々しいものだった。

「首相、浅羽香我美の処遇について、結局どうなさるおつもりですか」

「彼女の処遇を変える気はない。今回の作戦は、あくまでもG.E.H.E.N.A.及びガーデンへの警告として行うもの。コロニー一つを壊滅させた事への懲罰と言うのはあくまでも建前に過ぎない。我々日本政府のスタンスの表明として、この作戦を執り行う」

 官房長官の問いかけに、断固とした答えが返る。日本政府の首相として、罪状諸々を適応した正当な刑罰としての見せしめを許可したのは昨今のマギに関わる組織の目に余る所業の数々に対する警告をする為だ。

 人を差し出し、租税を差し出し、少女の未来を差し出し、国防を差し出したその上で、自分達の好き勝手を行う彼等の所業に、愛想笑いで耐える事はもう限界だった。

「内戦覚悟だ。彼女達には、我々が上の立場である事を今一度理解してもらわねばならん」

 深く息を吐きながらそう言った首相に、その場に居た全員が固唾を呑む。国土を火の海に変えてでも立場をハッキリさせるべきだと、彼は腹を括っていた。例えそれが多くの犠牲を出す事になろうとも、そうせざるを得ない所まで来てしまっていた。

「さて、三沢監査官。我々から君に一つお願いがある。今回の作戦中、ロスヴァイセが乱入してきた場合、これを攻撃、撃退して欲しい。と言うのも、君も知っての通り、彼女達は百合ヶ丘からの命令でしか動かない百合ヶ丘そのものと言える存在だ。彼女達の撃退は彼等への警告として、十分に機能し得る」

「なるほど。命令については了解しました。しかし、対応についてはこちらの作戦規定の都合上、作戦区域に侵入してきた場合のみとさせていただければと思いますが、宜しいでしょうか」

「ああ。この件に関しては現場都合優先で構わない。あくまでもお願いだ。命令と受け取らないでくれ」

 柔和な笑みを浮かべ、そう言った首相に一礼した真波はお開きの雰囲気を匂わせた彼等が順次席を立っていくのを立ち上がって見送る。中年がいなくなり、静まり返った会議室に居残った真波は、同僚と共に片付けをしながら香我美の顔を思い出していた。

 大仰に人類の未来の為とのたまいつつ、結局は自分の利益しか考えていない。百歩譲ってそれは良い。人とはそう言う生き物だ。それとは別に、その利の為に踏みにじった犠牲へ何の思慮も無い事が腹立たしかった。

(奴のキャリアとて、誰の犠牲も無く積み上がったものでも無いだろうに……!)

 犠牲が目に入らず、あまつさえ不要な存在だと言い切れる神経の持ち主に情を向けられるほど、真波は出来た人間では無い。

(最も、今回は奴が犠牲になる番だろうがな)

 皮肉めいた言葉を放った真波は、片付け終わった会議室にカギをかけ、その場を後にした。

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