―――23時30分・宇佐美G.E.H.E.N.A.ラボ本棟。
ラボ機能の殆どが集約されたそこ、所長室にて一人の女性が頭を抱えていた。2日前、政府関係者との会合を経た浅羽香我美は、あれ以降うんともすんとも言わない日本政府に苛立ちと恐怖を覚えていた。
(どうしてわたしが殺されないといけないのよ!)
突然降ってきた理不尽に、彼女は頭を抱えていた。ただ小規模コロニー一つを使っての変異実験を実施しただけだと言うのに、どうして殺されないといけないのか。自分達の様な研究員は他にもいるし、何ならここよりも新宿のルドビックラボの方が真っ黒だ。
資源を無駄にするだけの愚民共を使い潰す事に、何の罪があるのか。どうせ誰かが見殺しにしてしまう様な軽い命なら、それを自分達が実験動物にしてしまっても誰も構いはしないだろう。なのにどうして、自分達に罪が生じ、そして裁かれなければならないのか。
(所詮、研究の有用性を理解できない政治屋の言い値でしょ?! それにどうしてG.E.H.E.N.A.が応じてるのよ! 我々は人類を次の段階に導くべき存在の筈。それなのになんで古い思想の人間に尻尾を振っているのよ!)
髪を掻き乱し、地団太を踏んだ彼女は、ひとしきり癇癪を起こした後、一息を吐きながら冷えた頭で次の一手を考え始めた。最悪この研究所を犠牲にしてでも、自分は生き残らなければならない。ただの治療用途などと言う生温い研究を人類の進化に昇華させた自分が、ここで死ぬのは正しい世の通りではない。
(私以上に貴重な人間はいないのよ)
生き延びる為なら、何だってする。その為に司法取引の持ちかけがあれば応じ、ルドビックラボを売る腹積もりだった彼女だったが、その呼びかけすらない事に激しい怒りと焦りを持っていた。国家が一研究所を攻撃するなど、稀代の天才である自分を処断する等、言語道断だ。この不条理を世間に知らしめ、横暴を行う政府へ民意による鉄槌を下す他無い。
(私は悪くない。そうよ、たかが小規模コロニー一つ潰したのが何よ。あんな奴等、所詮資源を食いつぶす負債でしか無いでしょうに)
自分に言い聞かせながら、彼女は懇意の議員の電話番号をプッシュする。G.E.H.E.N.A.子飼いの業者を介し、地下深くに極秘回線を引いている。そうそう切断できる物では無いが、何故か繋がらない。
ジャミングを疑うが、それならPCも使用不可能になっている筈、と推測した彼女は懇意の議員に何か起きた事を察する。まさか、と彼女が予知し、事前に用意した持ち出し物に手を付けた瞬間、悲鳴の様なサイレンが鳴り響き、地面が激震する。
『緊急! 緊急! 当ラボに戦闘機2機強襲、現在攻撃を受けている! 警備部は至急迎撃を!』
外部スピーカーから監視員の叫び声が響く中、室内灯が非常用の物に切り替わる。赤くなった室内に恐怖を抱いた彼女は、溜まらず所長室を飛び出す。正面に位置する窓の向こう、既に攻撃を受けたらしい職員宿舎が崩落し、破損したガス菅から火の手が上がっていた。
悪夢のような光景を前に、足が竦んだ香我美は、頭上を過ぎたジェットエンジンの音に腰を抜かす。政府は、自分を殺すだけに留まらず、このラボ自体を廃墟に変えるつもりだ、と彼女はようやく理解した。自分の死はあくまでも付随品でしかない。
「あ、あ……」
恐怖で言葉の出ない香我美は、何とか立ち上がり、震える足を使って階段を降り、用意しておいた車へ向かっていく。こんな所で死んでたまるか、自分は才能ある選ばれた人間なのだ、と。現役時代の栄光にしがみつきながら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ラボ上空。初撃を機銃の斉射で決めた『QFAX-11』2機が、高速旋回する。ジェットエンジンの轟音を尾に引いた彼等は、ウォーターシップダウンを乗せた無人輸送機に先んじ、敷地内の掃除を始めていた。彼らの機銃には徹甲榴弾が装填されており、その直撃を受けた宿舎は呆気なく崩落し、爆発炎上していた。
鉄火場慣れした元軍人の警備員が手早い動きで1機に向けて携行式対空ミサイルを構えるが、照射波を検知され、ロックオンするより前にもう一機の機銃で消し飛ばされた。2機1対として『QFAX-11』2番機『サイクロプス』が、1番機『ストライダー』のカバー行動に入った結果だった。
その間に輸送機が相模湾上空、所定の地点を通過し、それを皮切りに2機は対地攻撃を開始する。対地ミサイル4発を抱えていたストライダーは、ハイクライムレートで急速上昇し、2発1対となるそれの誘導装置を起動。上昇の最高点で180度ベクタリングし、機首を地面に向けた。
機首が向く先、『多目的倉庫』2つをそれぞれロックオンし、ハードポイントから射出した。初速と合わせ超音速状態になったミサイルが倉庫に突き刺さり、炸裂。整備中の四脚戦車1両諸共、保管されていた多種多様な弾頭を一斉に誘爆させ、建屋が粉砕される。
上向きの爆風が破片と共に対リリィ用焼夷弾に使われていた白燐を敷地に飛び散らせる。千々になった破片と共に、炎の雨が敷地内の人々へと降り注ぎ、無慈悲に命を奪っていく。
「うわああああ!」
大粒の雨の様な火の玉がぱらぱらと降り、逃げ惑う人々に引火したそれは彼らの体を容赦無く溶解させ始め、無辜の人間達は悲鳴と共に真っ黒な煤に変貌していく。
「クソがぁあああ!」
絶叫と共に銃声が鳴る中、位置に着いたツングースカ対空戦車2両がストライダーに攻撃を開始する。戦車は機関砲を放ち、その砲火に機体を捉えようとするが、高い運動性能を発揮したストライダーは容易く逃れ、自らを囮に対空戦車の照準を引き付ける。
四脚車両も死体ごと瓦礫を踏み潰しながら機銃で迎撃に加わり、火の手が上がりつつある敷地内から針のむしろの様に火線が伸びる。その間に高空へ飛んでいたサイクロプスが攻撃態勢に入り、爆撃範囲に対空車両を捉えた。
《Cyclops:CBU's_Away》
符丁と共に吊り下げていたクラスター爆弾を透過。円筒型の親爆弾の外殻が指定高度で4つに解放、落下の風圧と合わせ、花弁の様に開く。減速板の役割も果たしたコンテナから圧縮空気で何十発もの子弾が放射され、白煙を尾びれに目下の対空車両へ降り注いだ。
放射のタイミングで対空戦車の内の1両が気付き、迎撃を試みたがそれよりも直撃の方が早かった。舗装路を抉る爆撃が飽和気味に降り注ぎ、数発を迎撃して悪足掻きした対空戦車達をスクラップに変える。巻き添えで直掩の兵士や避難中の人間がバラバラに吹っ飛び、赤い霧と共に夥しい死臭が辺りに立ち込める。
風で逸れた爆弾が建物を崩落させ、十数人が下敷きになる中、追い打ちの様に次弾が放たれ、子爆弾の直撃を受けた敷地内の建物は本棟を残し、軒並み瓦礫に変貌していった。
残された四脚車両達が懸命に機銃を放ちながら、主砲であるビーム砲の仰角をギリギリまで上げる。機体後部を下げ、撃ち上げる体勢を取り、板状のバレルの間に紫電を迸らせる。紫電のスパーク音が大きくなり、薬室内の荷電粒子が強い熱量に変化した瞬間、空を飛ぶ2機に向けて粒子ビームが斉射される。フレシェット弾の様に一定範囲に拡散した荷電粒子が空気を膨張させ、轟音と衝撃波を伴って飛翔するが、2機はいとも容易く回避し、高熱を帯びた粒子は大気に熱を奪われ、夜闇に溶けていく。
粒子ビームの行方には目もくれずに空を飛ぶ鉄の翼竜達は、目下の鋼の獣を凝視し、機体を傾ける。ハイG旋回を繰り返し、攻撃に適したポジションを取った両機が共に降下姿勢を取り、減速しながら機首下部のカバーを解放、隠されていた砲口を露出させる。
《Strider:javelin》
《Cyclops:javelin》
両機ともに符丁を唱えると同時、砲口より高出力レーザーを放射。レンズにより、僅かながら偏光したレーザービームが地表を舐め取る様に走る。退避をしようとした随伴兵を焼き尽くしながら、彼等は四脚戦車に光線を浴びせた。
高熱を諸に浴びた重厚な装甲が融け、蒸発しきらず垂れた金属が表面に細かいこぶを生み出す。赤熱化した装甲から白煙が上がるが、分厚い正面装甲では致命傷には至らない。だが、本命は戦車の後部。1列に並んだ戦車の車列を挟み撃ちする形となった事で、お互いの第1波を防いだ車両を後ろから攻撃する形となっていた。
エンジン冷却の兼ね合いもあり、装甲が薄くなっている後部には、エンジンルームの間近に耐熱板で隔てられた大型コンデンサーがあった。強制冷却装置と一体化しているそれに、排熱以上の熱量が真上から襲い掛かる。エンジンルームを貫いたレーザーがコンデンサーに接触した瞬間、誘爆を起こした。
レーザーを浴びた車列両端の戦車が後部から爆発し、熱と共に爆圧が車両内部に浸透、その圧力でもって砲塔をビール瓶の王冠の様に吹き飛ばした。ハリウッド映画顔負けの大爆発が、中央の車両に襲い掛かり、装甲の表面を焼く。
照射を打ち切り、再攻撃に向けた機動を始めた2機は、最早狼狽えるばかりの車両を無慈悲に観察し始める。電子機器で出来た巨大な一つ目が赤い燐光を不気味に光らせ、残る1機をどう狩るか考える。
数瞬考えた2機は先の攻撃とは進入方向を90度変更し、中央に残る1機を再び前後から挟む形でアプローチを開始。車両正面から進入するサイクロプスが機関砲を選択、後方から迫るストライダーは先程使用した戦術レーザーシステムを選択。
サイクロプスは機関砲の徹甲榴弾で内部乗員の殺害を狙い、ストライダーは弾薬庫の誘爆で戦車を誘爆させる二面攻撃を両機は合意し、実行していた。機銃掃射に向け、真っ向から迫ったサイクロプスへ、させまいと戦車が低圧縮の粒子ビームを発砲。先以上に拡散しやすい粒子ビームは近距離での迎撃を志向した散弾の様な一撃だ。
幅の広い加害半径と飛散粒子で以ってサイクロプスの撃墜を目論むが、彼は下方向への急激なベクタリング偏向によって後部を跳ね上げ、斜め前へ跳躍する様に軌道変更。加害半径ギリギリで粒子ビームを飛び越えた彼は、そのまま縦方向に回転し、機首を真上に向けてアフターバーナーを点火。流石に攻撃を中断し、打ち上げロケットよろしく真上に逃れていく。
《Strider:javelin》
その間に攻撃を開始したストライダーは、戦術レーザーの熱量でコンデンサーを過熱させ、構成部品たる水素や貴金属類を誘爆させる。先と同じ破壊がもたらされ、砲塔が吹き飛び、火柱に突き上げられたそれが辛うじて残っていた建屋に突き刺さり、崩落させた。
対地攻撃を完了したストライダーが高速旋回。ジャンクと炎が埋め尽くす敷地を精査。多少の生き残りを感知しつつも、渚達に排除しきれない範疇では無いと判断し、彼は符丁を送る。
《Cyclops_to_Carrier:Mission_Area_Secure》
巡行中の輸送機に向け、ストライダーが報告を送る中、作戦区域を旋回していたサイクロプスが敷地から離れていく車両を発見する。追跡の動きを取った彼は、機体底部のセンサーで車内を精査。1名の生体反応を確認すると輸送機に追跡と渚達の投下を命じた。
命令を受諾した輸送機の機内、シートベルトを外して待機していた渚達は、命令を受諾した機体から送信される進路を確認する。それを見たアイネが、司令塔として次に何をするべきかを隊員に告げる。
「現在逃亡中の車両は、ターゲットの可能性が高いわ。これより降下し、車両を確保、搭乗員の身元を確認した後、然るべき対応を行う」
そこらの自動車よりも速度の速い輸送機は難なく追いつき、窓の外から逃げる姿を覗かせる。降下に先んじて後部ハッチが解放され、アステリオンをシューティングモードに変形させた麻衣がそちらへ移動する。
天の秤目を起動した彼女は、ベルトに繋いだ安全帯を適当な所に引っかけた後、後部ハッチに寝そべって照準を始める。相対距離と合わせ、脳内で計算した彼女は銃口を僅かに前へずらし、逃亡車両の左フロントタイヤを照準する。
「
符丁を唱えた後、引き金を引いた彼女は、対車両用出力のそれで車両前方を射抜いた。凄まじい衝撃力を受けた車両は左前輪を脱落させながら強制的にスピンさせられる。整備の行き届いていないボロボロの舗装路に沈み込んだフロントを擦れさせ、火花を散らしながら路肩の大木に車両側面を叩きつけた。
銃撃でエンジンの破壊まで至らずとも主要な機能は停止しており、破損したラジエーターからは白煙が上がる。
「ターゲットヒット。逃亡車両、強制停止完了」
淡々と狙撃成果を報告した麻衣に、アイネはハンドサインを出し、車両上方に位置する様に輸送機が制止する。降下高度までホバリングしながら下がる中、イシュヴァールを構えた優愛が周辺を警戒する。
「降下」
高度が下がり切ったのを確認したアイネが渚達AZに命令し、先行して4人がCHARM起動状態で降下、着地点に小さなクレーターを作る。詩季達と共に着地点を確保した渚は、単身、拳銃型のアンチヒュージウェポンを手に車へ歩み寄る。
逆手持ちしたサクリファイスを左に、右に引き抜いたそれを腰溜めにした彼女は、白衣姿の女性を視認し、構えを上げて銃口を向けた。一定角度で段階を置いて移動、女性の顔が見える位置に着いた渚は、衝撃で強く頭を打ったらしい彼女と対面する。
「浅羽香我美所長ですね」
そう呼びかけた渚は、ふらふらと頭を揺らす香我美に浅く照準する。反撃兆候があればいつでも撃てる様、警戒していたが彼女からは無言しか返ってこなかった。喋る気が無いのか、それとも脳震盪を起こしているのか。恐らく後者だろうと思った渚は、降下後、カバーに入ろうとしたアイネを待機させる。
「もう一度問います。あなたは、浅羽香我美所長ですね?」
「だとしたら何だって言うのよ」
銃を構えたままの渚に、諦めの表情を向けた香我美は身動ぎするが、その場から動けないでいた。どうやら足が挟まっているらしいが、殺す人間の状態等、渚には関係無かった。
物理的に逃げられないと悟った彼女は、荒く息を吐きながら、ダッシュボードから拳銃を取り出した。
「政府の犬に成り下がった二流共が!」
怒りのまま銃口を向けた彼女は引き金を引くより前に渚に撃たれ、絶命する。胸部に二発、頭部に一発。確実に命を奪った渚は、懐から携帯端末を取り出すと銃創の見える彼女の死体を撮影して真波へ送信した。
「
報告を終え、優愛から焼夷グレネード2つを受け取った渚は、ピンを抜いたそれを予めガラスを砕いておいたフロントに投げ込む。時限で炸裂し、火の手を上げたそれを何の感慨も無く見届けた彼女は、アイネ達と共に宇佐美ラボへと足を向けた。