アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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第3話『LOSS_of_TIME』

 数分後、ウォーターシップダウンは蹂躙され尽くした敷地内に足を踏み入れた。敷地内に立ち込める夥しい死臭とは裏腹に、人の姿は無く、そこら中に血痕と肉片、そして飛び散った腕や足、臓物の類が散乱していた。

 とうに見慣れた光景を流した彼女達は2人1組に分かれ、射撃武器を構えて敷地内を練り歩き始める。アイネ、渚と組んで歩いていた詩季は瓦礫に下半身を挟まれた女性に気付き、歩み寄った。

「た、助けて下さい。子どもがいるんです」

 そう言い、血のこびり付いたラミネート加工の写真を掲げて見せた彼女に、アンチヒュージウェポンを向けた詩季は躊躇無く数度引き金を引いて絶命させた。力を失い、その場に倒れ伏した女性を見下ろす彼女は申し訳なさそうに笑った。

「ごめんなさい。これも任務なんです」

 他愛の無い約束事を断るが如く、そう言って肩を竦めて見せた詩季は、胸部が潰れた男性に気付いて止めを刺す。その顔には何の表情も無く、ただ頭の中に叩き込まれた命令を忠実にこなす機械の様だった。

 支離滅裂に乖離した彼女の思考形態は、処方された戦闘用の精神系薬剤の効果が十全に発揮された結果、生まれたモノだった。それを遠目に見ていた渚は、その薬剤と同じ『戦いに適した精神状態を維持する』効果を持つサクリファイスを見下ろし、複雑な胸中を抱いていた。

「助け―――」

 死に顔を見ない様にしつつ、死にぞこないの警備員一人を始末した彼女は、崩れた建屋に足を踏み入れる。アンチヒュージウェポンのライトを付け、周囲を探る渚はフロントカウンターからの物音に気付き、そちらへ歩みを進めた。

 旋回飛行し、待機するQFAX-11の通過音を遠く、軍靴の音を鳴らして存在を知らしめた彼女は、先手を打つ様な動きもせず、衝立の裏を覗き込んだ。

「ひっ」

 死を免れたらしい受付嬢が身を縮めており、一瞬渚と目が合う。嬢の姿を認めた渚は銃口を外し、周囲に視線を向ける中、助けに来たものと勘違いした彼女が徐に立ち上がる。

「あ、あの。い、いきなりここが襲われて―――」

 事情を話そうとした彼女を渚は逆袈裟に切り裂き、歪な切り口の半身から噴水の様に血が噴き出す。噴出の止まった体液の溜まりへ切り裂かれた半身が落下し、湿った音を立てる。凄惨を極めた死体の様子に目もくれず、彼女は周囲に誰かいないかを確認し始める。

 崩落した瓦礫が邪魔をしてこれ以上進めない事を認識した渚は、諦めて外に出る。ぽつぽつとかんしゃく玉が破裂した様に銃声が響く中、耳障りなジェットエンジンの推進音が彼女の耳を騒がせる。

 暇を持て余す猛禽類よろしく空を飛ぶ彼等を見上げた渚は、彼等からウォーターシップダウンに向けて発出された通信を受信する。

《Cyclops_to_LG/WSD:9_unidentified_persons_approaching》

 『9名、何者かが接近している』との警告が送信され、追加で接近予測のアニメーションが表示される。9名の身元不明者は、ラボの敷地の北西方向から接近しつつあると報告し、彼等も臨戦態勢に入る。

 接近方向である北西に向け、彼女等は身を隠す。森を抜けてきている為に接近まで時間がかかるが、相手は百合ヶ丘の作戦区域を迂回している為ヒュージを連れてくる可能性がある。その場合、対応は至極面倒な事になる。

アイネ(ダウン7)より全ユニットへ。接近中の身元不明者についてコア情報を受信した。対象はロスヴァイセで確定。全員、兵器使用自由(オール・ウェポンズ・フリー)。進路が変わらない為、ラボへの侵入の意図ありとみなす。事前の通告通り、無警告で攻撃する。初撃はサイクロプスの機銃掃射、そうすれば彼女達は空に意識が向くからそこを一斉射撃で薙ぎ払う』

黄昏(ダウン3)よりダウン7。その後は?』

『ストライダーにラボを爆撃させて撤退し、追跡して来るなら罠にかけて撃破する。事前のデータだとロスヴァイセは強化リリィで構成されたレギオンらしいから、くれぐれも交戦時は油断しない様にね』

 アイネから送信されてきた戦術プランを確認した渚は、プランに従い、詩季と共に北西方向へ移動する。渚を始めとしたAZは前衛として中衛以降の盾となる位置へ移動し、その間にTZ、BZは退避時の時間稼ぎの為の罠を仕掛ける。

 接近中の身元不明者のシグナルはアイネの上書きによってロスヴァイセと表示が改められ、攻撃開始のラインに接近していく。上空を旋回していた2機がそれぞれ軌道変更し、機銃攻撃担当のサイクロプスが攻撃開始ラインへ進路を向ける。

『サイクロプス攻撃開始まで54セコンド』

 戦闘管制担当の優愛の報告と共に失速寸前のサイクロプスが頭上を過ぎる。爆音が辺りを騒がせ、真下にいた渚達は一瞬音を失う。カウントが30秒を切る中、サイクロプスが轟音と共に闇夜に消えていく。

 カウントが0になった瞬間、魔獣の唸り声の様なバルカン砲の砲声が鳴り響き、それから何十秒か遅れて、構えていた渚達AZによる一斉射撃が北西方向に放たれる。前衛のタスクとして攻撃成果を確認した詩季は、ロスヴァイセのシグナルが静止しているのを確認。

「ッ! 反撃ですわ!」

 鋭い勘を働かせたオリヴィアが叫び、全員を飛び退かせる。射点に向けての一斉射撃が辺りを薙ぎ払い、対ヒュージ用出力が崩落した建屋を瓦礫に変貌させる。真上に逃げていた彼女達は、ストライダーからの警告に従い、急ぎその場から離れる。

 急降下していたストライダーは抱え込んでいた1対の対地ミサイルを起動。敷地内でもひときわ大きい本棟に向けて射出する。対要塞用モードに信管を設定した彼は、8階建ての建屋に深々と突き立て、炸裂させた。特撮映画の様に爆発した本棟は、基部を残して木端微塵に吹き飛ぶ。

 吹上花火宜しく、上階の破片が散り散りに降り注ぎ、爆風と崩落の砂煙が吹雪の様に辺りを嘗め回す。瓦礫に隠れ、やり過ごした渚達は、その間に接近していたらしいロスヴァイセから攻撃を受けた。

会敵(コンタクト)!」

 アンチヒュージウェポンを牽制に放った渚は、得物の左右を持ち替えて彼女達に迫る。基本色こそ見慣れた白と黒だが、その意匠は彼女が覚えている百合ヶ丘の制服とは異なる。レギオン用に仕立てられた制服と理解すると同時、彼女は隊列の先頭に立つピンク髪のリリィに斬りかかった。

 全体重を乗せた斬り結びと同時、激しい怒りが伺える彼女に冷笑を向けた渚は、左右から迫るリリィに気付き、彼女を足蹴に跳躍する。宙で身を回し、アンチヒュージウェポンを発砲。牽制射撃で足止めすると背後から迫った巨腕を回避する。

 金属同士の激しい激突音。咄嗟に得物で巨腕の一撃を受け止めていたピンク髪のリリィ、北河原伊紀は、数メートル後退った後、ジェット推進で押し続けるそれに足を止められる。CHARM同士が擦れ上がる度に火花が散り、無機質な黒色の腕が彼女の視界を埋め尽くす。

「このっ!」

 敢えて姿勢を崩し、腕の軌道を上へ逸らした伊紀は、悠々と飛んでいくそれを睨み上げる。旋回したそれが行きつく先を追っていた彼女は、渚とオリヴィアに取り押さえられた前衛2人の間をすり抜け、迫ってきた真霜に目を見開く。

「油断してんじゃあ――――」

 彼女の左腕と一体化した巨腕と同じ様に、引かれた右腕のガントレットと旋回を終えたそれがドッキング、スラスター推進と腕の振りが一体化する。罵倒と共に、『インレ』と名の付いた巨腕のCHARM『BC-2003』を振り被った彼女は、固まっている彼女目がけてそれを叩き付けた。

「―――ねえッ!」

 推進加速とストロークにより、先とは比べ物にならない衝撃で体が浮き上がる。粗雑に見える一撃は、彼女の体勢を崩すに最適な打撃方法で放たれており、体が浮き上がった彼女はそのまま射出された腕ごと吹き飛ばされ、瓦礫と挟まれる形で叩き付けられて肉の潰れた音を鳴らす。

「伊紀!」

 彼女の義姉(シュッツエンゲル)である青髪のリリィ、石上碧乙が叫び、その隙を狙ったオリヴィアが脇腹にフルパワーの膝蹴りを入れる。亜音速の勢いの膝が深く刺さり、鋼と化したそれを受けた彼女の呼吸が一瞬止まる。胸骨の一部が折れ、体液と血液が混じらせて吐き出し、動きが一瞬止まった刹那、彼女の襟首を掴み上げたオリヴィアはそのまま粗雑に投げ飛ばして気絶させる。

 一気に2人制圧した彼女等に、プラチナブロンドのリリィ、ロザリンデ・フリーデグンデ・V・オットーが動揺する。彼女のアステリオンと鍔迫り合っていた渚は、その隙を見逃さず、サクリファイスを手繰って得物を押し下げると一気に懐へ飛び込み、頭突きを打ち込む。頭突きはロザリンデの左目の上に直撃するも、リジェネレーター持ちである彼女の傷は瞬時に修復されていく。

 動揺するでも無く、その一瞬の視界不良の間に渚は左に回り込む。修復と同時、渚の振り被りに反応したロザリンデが得物を振り上げ、防御態勢を取る。それを見て取った渚は、嘲笑しつつそのまま眼球へ柄尻を叩き込み、破裂させた。激痛で後退るのを見逃さず、返した峰で頭蓋を割るほどの勢いで側頭部を打撃し、脳震盪を引き起こしてその場に倒す。

「ッ! 真霜(ダウン1)、正面!」

 デュエルの名手たる彼女を相手に、安堵の息を漏らそうとした渚は、殴り潰された筈の伊紀の体が修復されているのに気付き、声を上げる。真霜がその場から飛び退き、攻撃を外した伊紀が追撃に移る前に渚が斬りかかる。

 再びの鍔迫り合いで足止めした渚は、オリヴィア達から後続との交戦を開始したとの報告を受けつつ、目の前の伊紀の怒り顔に笑みを向けていた。

「よくも、同胞を、御姉様達を!」

 怒りそのままの力で押し込んでくる彼女に圧倒された渚は咄嗟に右手を離し、ホルスターに伸ばす。そのままクイックドロウし、彼女の左脇腹に向けてアンチヒュージウェポンを連射する。激痛で力が緩んだ伊紀は、押し返しから蹴り飛ばした渚の銃撃を回避、残弾を撃ち切った彼女の隙を狙って斬りかかる。

 剣を受け流し、アンチヒュージウェポンのスライドを戻してホルスターに差した渚は、両手でサクリファイスを構え直す。

「悪いけど、これは仕事なんでね」

 小馬鹿にした様な顔で伊紀を見た渚は、飛び込んできた彼女の一閃を回避すると返す横薙ぎをバックステップで回避。そのまま突きに移行してきた伊紀に笑いながら切っ先を逸らし、懐に飛び込む。左手を添えたサクリファイスの刃で彼女の得物を受け流し、渚は伊紀の眉間に肘打ちを打ち込んだ。

 弾けた様な快音と共に額が割れ、少量の血が伊紀の肌を伝う。仰け反った彼女と距離が空いた瞬間、胸倉を掴み、その場に投げ倒す。ローリングで受け身を取った伊紀は、その間に迫った渚に顎を強く蹴り飛ばされた。サッカーボールを蹴る様な一撃で脳を揺らされた彼女の側頭部にダメ押しで、フルスイングの峰打ちを入れた渚は、頭蓋を割り、倒れ伏した彼女を見下ろして息を整えた。

「クリア」

 サクリファイスを逆手に持ち直し、ホルスターから抜いたアンチヒュージウェポンに予備弾倉を挿入。スライドを引いて初弾を薬室に送り込んだ渚は、スライドを半分引き直して薬室内を確認し終えるとホルスターに差し直し、オリヴィア達の加勢に向かう。

(ダウン6)よりダウン7。前衛(AZ)3名無力化。以降、撤退指示があるまで中衛(TZ)以降を抑える」

『ダウン7了解。前衛の様子は?』

「2名ほど僕が無力化してる。かなり強めに脳を揺らしてるから気付薬とか無いと早々復帰してこないと思う。で、もう1人はオリヴィアがやった。あの子が投げ飛ばしてから暫く動いてないけど、どうだろ」

『そっちも暫く動けないでしょうね。了解よ。引き続き、戦闘を継続。こっちはまだかかるわ。ちょっと想定外の事が起きてるから』

「何かあったのかい?」

 真霜達AZ3人が戦う様を遠目に見ながら、渚は問う。答えを言うより前に、アイネは自らの視界をサブウィンドウ表示する。ポップアップしたそこには四肢を千切れ飛ばした幼い顔立ちの百合ヶ丘のリリィが映っていた。

『無関係者2名への誤射よ』

 心底ウンザリした様な口調で、アイネは言う。止血が施される前に流れ出た血を踏みつけながら。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 渚の報告より少し前。敷地内への罠の敷設を急いでいたアイネ達は、唐突な警告音に揃って顔を上げる。警告はヒュージの接近警報で、ウェアラブルデバイスのUIが邪魔にならない程度の表示で方向を示す。

 体に染みついた動作で、全員がCHARMを構え、ゆっくりと足音を殺しながら待ち伏せに適した地点に移動する。観測員として真正面から見える位置に移動したアイネは、UIが示す先、覚束無い足取りのミドル級1体に気付いた。

「手負いのヒュージ?」

 そう呟いた刹那、機銃掃射から引き返してきたサイクロプスからメッセージが送信されてくる。

《Cyclops:ENGAGE》

 メッセージ受信の電子音と共に、デバイスの片隅にサイクロプスの状態が表示される。ガン、レディ。戦術レーザーシステム、レディ。爆装を全て使い切ったサイクロプスの残存兵装が全てアクティブに切り替わる。手負いのミドル級程度なら通常兵装しかない彼でも十分に始末できる。

 だが、アイネには何かが引っ掛かっていた。何故作戦エリアからかなり離れたここにヒュージがいるのか。そして、何故現れたヒュージが手負いの状態なのか。その答えがすぐに現れた。

「いた!」

 無邪気な声と共に2名の少女が姿を現す。見慣れた百合ヶ丘女学院の制服を身につけた彼女達は、その手にグングニルを持っており、リリィである事は明白だった。無防備にヒュージを追うその姿を認めたアイネの顔面が真っ青になる。

 降下するサイクロプスは既に攻撃態勢に入っており、今更中止する事は出来ない。仮にしたとしても、彼女達への誤射は防げない。急ぎ中止命令を出したアイネだったが、彼女の眼前をサイクロプスは機銃で薙ぎ払い、手負いのヒュージが裂けたザクロの様な裂傷を露呈させる。

 迂闊に飛び込めば自分もああなっていた事は想像に難くない。サイクロプスの攻撃ログを呼び出し、先のリリィ達が直撃コースから逸れている事を確認する。とは言え、機銃掃射の余波は人体には大きなダメージを与える。例え、彼女達がリリィであり、最低限の防護障壁があったとしても。

黄昏(ダウン3)よりダウン7、何かあったのですか? サイクロプスに攻撃中止命令が出ていましたが』

「ダウン7よりダウン3。攻撃直前に百合ヶ丘の生徒が手負いのヒュージを追ってきたの。直前で攻撃中止命令を出したけど、巻き込んだ可能性があるわ。攻撃地点へ先行を。彼女達の容体を確認しましょう」

『了解しました』

 淡々とした返答の後、姿を隠していた黄昏達が移動を開始する。ヒュージがいた地点へ銃口を向け、十分に警戒する彼女達に遅れてアイネも移動を開始する。慎重を絵に描いた様な足取りの彼女の背後、ロスヴァイセと交戦しているらしい渚達の剣戟音が鳴り響く。

 先行した黄昏からクリアの符丁が放たれ、後方で様子を見ていたアイネは一息に駆けた。徹甲榴弾を浴び、即死していたヒュージを避け、リリィ達がいた地点へ彼女は辿り着く。

「状態は?」

 一部が焼け焦げた草むらは、赤黒い血で染まっており、その中心にはやはり先のリリィ達が倒れ伏していた。幸いにして即死していない物の、ヒュージ寄りの位置で倒れていた小柄な少女は両足を失い、左半身は無残な姿となっていた。もう1人の長身の少女は、左腕を失っていた。

 見るからに重傷である彼女達を前にしても尚、アイネの思考はクリア且つ冷静さを保っていた。救護兵である優愛が損傷の酷い小柄な少女に止血を施す中、軍医でもある和美に彼女は彼女達の状態を確認した。

「見た通りの損傷状況。辛うじてCHARMの生命維持機能が働いていたから即死はしてないけど、防衛反応で気は失ってる。今黄昏と麻衣さんに彼女達の千切れた部位を探してもらってる」

「処置は?」

「私のレアスキル、Zを使い、損傷部位を修復。止血も兼ねて千切れた四肢もここで繋ぐわ。けど、出血した分の血液の復元はZでは出来ないから、何処かに運び込んで輸血させる必要がある」

 手渡されたゴム手袋をはめた和美が、そう説明するのにアイネは頷く。端末を操作し、作戦前に受領した周辺の地図を呼び出しながら次の工程を考える。そのタイミングで、ロスヴァイセの前衛を無力化した渚から通信が入った。

 戦況を報告する彼女に先の会話の通りに返したアイネは、戦闘に入る渚との通信を切り、対応を考える。目下では破片除去を開始した和美達2人の簡易手術が進められており、気を失った小柄な少女は除去の痛みによる反射で体を[[rb:痙攣 > けいれん]]させていた。

(彼女達の状態を鑑みて早期に撤収するのが先決。ただ、今現状ロスヴァイセを完全に無力化出来ていないから機材による撤収は危険……)

 視界の端に渚と詩季の交戦映像が映し出され、中衛以降をどうにか無力化しようとしている様が映し出される。完全に頭に血が上ったロスヴァイセの苛烈な攻撃を捌き続ける渚達を見たアイネは、彼女達によるリリィ達の回収の可能性を早々に消した。

 この様子だと執拗にこちらを追いかけて、倒れ伏したリリィ達の存在を見落とす危険性が高い。そもそも喧嘩を吹っ掛けたのはこちらの責任だが、それにしても彼女達と彼女達の元締めの行動が原因の自業自得だ。

 何の事も無いただの強襲作戦なら、巻き込んだリリィ達の命の為に頭を下げる事も(いと)わないが、今回は各方面への警告をする為の強襲作戦だ。下手なアクションで表明すべきスタンスに傷をつける事態になっては作戦の意味が無い。

(彼女達は、私達で運ぶしかないわね)

 目標地点は百合ヶ丘女学院が前線基地を設営している旧熱海市街地区。最悪、ロスヴァイセから操作された情報が渡り、攻撃される危険性もあるが、そうなれば救護活動中のレギオンを攻撃したという事実が彼女達に張り付けられるだけだ。

 向こうがどうだか知らないが、こちらは逐次作戦中の行動は記録する様にしているし、何ならリアルタイムで行動時の視界を映せる様にしている。有利になるかどうかは兎も角、不利になる事は無いだろう。

「和美、優愛さん。彼女達の体を持ってきました」

 そうしている間に、血だらけの黄昏達が、吹き飛んだ四肢を抱えて持ってくる。代理で受け取り、サイズを見てそれぞれに割り振った優愛は、和美と共に施術を開始する。復元時に異物を巻き込まない様、施術台代わりにシートを敷いており、その上に、優先順位の高い小柄な少女が寝かされていた。

 左腕の修復が開始され、接合後の血液循環の為に優愛が止血バンドのロックを緩める。解放の瞬間、せき止められていた血が堰を切って流れ出し、和美のロングスカートを血染めにする。ぬらぬらと照るそれを無視し、彼女は施術を開始する。優愛が支える千切れた腕と本体を繋ぐイメージをしながら、彼女はマギを込める。

 流れ出ていた血が止まり、千切れていたのが嘘の様に、少女の腕は元通りになる。傷口の血を拭った優愛は、和美の促しに応じて両足も同様に対処し、接合を確認するとナイフでバンドを切除する。

「見事な手際ね。こう言う場面に何度も遭遇してるの?」

「まぁ、そんな所ね。と言っても、連続した人体修復は疲れるからあまりやりたくはないんだけど」

 お茶を濁す様などこか引っかかる返答に顔をしかめたアイネへ、和美は誤魔化す様な苦笑を見せ、しんどそうにその場から立ち上がった。マギを酷く消耗した彼女は、メディックバッグからアンプルを取り出し、自身の静脈に突き刺す。

 薬を巡らせながら、荒く息をついていた彼女はふらふらと覚束無い足取りで次の患者に近づくも直前で膝を折り、胃の中の物を吐き出す。しきりに痙攣する彼女に駆け寄ろうとした優愛は、止めに入った黄昏に肩を掴まれ、後ろに引かれる様にバランスを崩した。

「どうして止めるんですか?!」

「彼女は薬剤でマギの補充をしているだけです。心配しなくても大丈夫。それよりも、早急に施術の準備を」

「は、はい……」

 ビニールシートに包まれた腕を手に取った優愛は、和美の対岸でしゃがみ込み、次の準備を進めながら様子を窺う。苦しそうに息をする彼女に、いてもいられず傍に寄り添った。

「大丈夫ですか、柚木さん」

 そう問いかけた優愛は、紫色に変色した和美の目に気付き、異常を確信して更に呼びかけようとした。それを遮る様に、血だらけの手で彼女の口を塞いだ和美は、背筋が凍るほど邪悪な笑みを浮かべる。

「”アタシ”は大丈夫よ、優愛さん。それよりも、早くこの子を修復しましょう」

 貼り付けられた様な笑みを浮かべる和美へ、戸惑いがちに頷いた優愛はぬるりとした血の感触に気付き、慌てて拭った。そんな様子を愉しそうに見ていた彼女は荒れていた呼吸を整え、少女の隣にしゃがみ込む。鼻いっぱいに血の匂いを感じ取った彼女は、快楽で体を痙攣させながら嗜虐的な笑みを浮かべる。

 思い切り吸い込み、笑っていた彼女は準備を終えた優愛とアイコンタクトを交わして施術を開始する。遠目に彼女達を見ていた黄昏は、背後で何かを考えていたアイネへ振り返る。何も移さない筈の虚ろな視線は、第2のコントローラーとして操作に使われている様だった。

「ダウン7、施術は順調です。次の指示を」

「……そうね。ダウン3、マイ(ダウン9)、施術が終わり次第、リリィ達の移送準備をして。応急処置が終了次第、彼女達を連れてこの場から撤収。このまま北上して、熱海の百合ヶ丘女学院の前線基地を目指すわ」

「了解しました。しかし、彼女達は百合ヶ丘の生徒です。交戦中のロスヴァイセに任せた方が良いのでは?」

「秘密作戦中の彼女達がこの子達を拾うとは思えない。仮に偶然を装えるにしても、目的である強化リリィを殺された今、怒れる彼女達が理性的かつ合理的な判断が出来るとは思えないわ」

「善意を起因とした怒りですか。そんな物で感情的になれるのは、自由な校風のお陰でしょうか」

 黄昏の皮肉めいた物言いを流したアイネは、再び詩季と渚の視界を確認する。双方共に先よりも交戦の人数が減っており、何らかの原因で離脱している事を推察した彼女は、半分開けた視界で施術の状況を確認する。

 リリィ2人の応急処置は完了し、移送準備として彼女達の全身は保温用のアルミシートが巻かれ、そして何重ものダクトテープで固定されていた。優愛と麻衣の背負子からロービジカラーのバックパックが外され、代わりに彼女達が固定用のロープで括り付けられていく。

 廃棄される予定のバックパックから最低限必要な物資が回収され、和美と黄昏、それぞれが有するスリングバックへと収納されていく。相変わらず意識を失っているリリィ達は背負子に固定され、ハーネスを介して優愛と黄昏はそれぞれ背負う。

優愛(ダウン4)、ダウン3、準備出来ました」

「了解。両名は先行して北上開始。カズミ(ダウン8)、ダウン9はその護衛を。私はAZと合流して追いかけるから」

「分かりました。では、また後程」

 そう言い、4人が走り出すのを見送ったアイネは、建物の陰に隠れて通信機を起動する。

「ダウン7よりウォーターシップダウンAZ各員に通達。TZ及びBZは要救護者を連れ、撤退を開始。それに合わせ、AZも撤収を開始せよ。繰り返す、撤退を開始せよ」

『こちら詩季(ダウン5)。撤退命令了解。こちらも折り合いを見て撤退開始します。進路は?」

「先行する隊は現在熱海の百合ヶ丘女学院の前線基地に向け、北上中。そちらとの合流を目指しましょう。私も今あなた達の近くにいるから、先ずは私との合流を」

 そう言いつつ、建物の陰から顔を出したアイネは、シューティングモードに変形させたスヴァローグを手に、詩季達の元へと移動した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ロスヴァイセと交戦する詩季は、マギが枯渇寸前になっている真霜を後ろに庇いながら牽制射撃を繰り返していた。前衛を張る渚とオリヴィアの攻撃の合間を縫う様にバスターライフルを放った彼女は、合間を見て崩落した本棟の壁に向けて数発放つ。

 壁の向こう、ロスヴァイセのメンバーが無力化された伊紀達AZ3名に処置を施そうとしていた。そこに冷や水を浴びせる様にバスターライフルの高威力射撃が叩き込まれ、分厚い鉄筋コンクリートの壁が容易く射抜かれる。牽制として頭がある辺りに撃ち込んだ詩季は、合流しに来たアイネへ一瞬視線を向けた。

「状況は?」

「ダウン1がマギが枯渇(デプリーション)寸前なので下げてます。ダウン6とオリヴィアさん(ダウン2)は現在ロスヴァイセのTZ以降を抑え、私はお二人の援護をしながら向こうの救護活動を妨害してます」

「了解。あまり時間を掛けてはいけないみたいね。良いわ、ダウン5、あなたはダウン1を連れて先に撤退を。2人は私が連れて行くから」

 そう言い、アイネが前へ出ようとするのを、詩季は体ごと妨害して制し、溶解し切った壁に向けてバスターライフルを放つ。意図を図りかねたアイネが眉を(ひそ)めるのに、詩季は顔を半分だけ振り向ける。

「いえ、4人で撤退してください。ここの殿は私がやります。まだマギに余裕がありますから、レギオンくらいなら大丈夫です。それに、ストライダーとサイクロプスもまだ使えるんですよね?」

「え、ええ。向こうからまだ撤退するとのサインは出てないから」

「分かりました。じゃあ、ダウン6とダウン2に撤退指示をお願いします。入れ替わりで交戦しますから」

 ニコニコと笑った詩季は、手持ちのCHARM、識別用に『エルアライラー』と言うペットネームの付いた『GC-1002』を大剣形態に再合体させる。正気を疑ったアイネが止める間も無く、彼女は前へ出てバスターライフルの銃身が分離したガトリング砲を発砲する。

 催促する様な背中を見た彼女は、粘る様な汗を掻きながら、通信機に手を掛けた。

「ダウン5よりダウン6、2へ。これよりダウン1を連れ、撤退する。殿はダウン5に任せる。至急こちらに合流を」

『ダウン6了解』

 いつも通り、アイネの判断に渚達が異論を出す事は無い。彼女がそう決めたのなら、それに従う事が何よりも優先される。リリィとしてのキャリアでお互いに染み付いた習慣が、この時ばかりは恨めしく思えた。

 通信を聞き届けた詩季は、一瞬視線をこちらに向け、軽く会釈する。感謝する様な素振りに苛立ったアイネは思わず彼女を睨み返してしまう。対G.E.H.E.N.A.戦(弱い者苛め)が主任務とは言え、1対9ではいずれ不利に陥る事は分かる筈だ。

(時間稼ぎに終始するなら、あるいは……)

 自殺願望を叶える為だけのダシにされるのだけは止めて欲しいと、内心そう思ったアイネは、渚達と入れ替わりに突撃していった詩季の背中を見やった。驚きつつも駆け戻って来た渚達と合流した彼女は、有無を言わさず撤退の動きを取る。

 同時、対空攻撃を警戒していたストライダーとサイクロプスに詩季の援護命令を出し、彼女が先行して渚達を誘導する。その後ろを真霜を担いだ渚達が追い、敷地外の深い森へと侵入する。

 程無くして真霜を下ろし、応急処置を始めた渚は、オリヴィアがアイネへと詰め寄るのを見上げた。

「一体どう言うおつもりですの?! ダウン5をあの場に残すなど……!」

「彼女からの進言よ。自分は大丈夫だから、あなた達を連れて退け、とね」

「自殺行為ですわ! あなたも知らない訳では無いでしょう!? 彼女は―――」

「常に死にたがっている、でしょう? 分かってるわよ。でも、どちらにせよ誰か残らなければならない。理屈の上では、拒否する材料は無いわ。それに、彼女はまだ死ぬ気は無い。少なくとも、今は」

「あなたにしては随分と楽観的ですわね。まぁ、良いですわ。私も感情以外に反論する材料を持っていませんし」

 深く息を吐いたオリヴィアは、立てかけていたティルフィングを手に取ると周辺警戒を始める。一方のアイネも、トラップの爆発音や機銃掃射の轟音を聞きつつ、ストライダー、サイクロプス両機から送られてくる情報でまだ詩季が生きている事を確認する。

 身内以外の無事を祈るのは随分と久し振りだ、と内心に気付いた彼女は、薄く笑みを浮かべると、どうにかマギを回復させた真霜の傍にしゃがみ込む。

「動ける?」

「あ? ああ。んで、今どう言う状況だよ」

「やる事は終わったから撤収中よ。ダウン5が今、一人で殿をしてる。彼女が時間を稼いでいる間に、別働隊と合流するわ」

 そう言い、立ち上がったアイネは、インレを支えに立ち上がった真霜を見守ると全員に第1合流ポイントを送信した。

「移動しましょう。合流ポイントに着くまで、他の事は考えない様にね」

 誰に言い聞かせるでも無くそう言ったアイネは、頷いた渚達と共に夜の森の中へと消えていった。

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