アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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第4話『Chasing_each_other』

 数分後、監査官へ予定変更の連絡を入れ、第1合流ポイントに集結したアイネ達は、周辺警戒をしながら撤退している詩季を待っていた。当の昔にストライダーとサイクロプスは燃料不足で帰投しており、詩季は今単独でロスヴァイセを振り切っていた。

 相当痛めつけられたらしいロスヴァイセのコア反応は未だ宇佐美ラボの敷地に留まっており、この調子なら詩季は問題なくこちらと合流できそうだった。各々姿勢を低くし、周囲に目を張る中、落ち着いた足取りで詩季が姿を現す。

「お待たせしました」

 笑みと共に姿を現した彼女には目立った外傷も無く、ほぼほぼ無傷と言って良い状態だった。あの人数差でどうやって、とアイネが驚愕する中、バッグから補水液を取り出した和美が労いの言葉を掛けていた。

 酷く汗を掻いてはいるが、激しくマギを消耗している様子も無い彼女は、考え込むアイネと目が合うと手持無沙汰に笑みを返した。それをトリガーに思考を切り替えた彼女は、次の行動を指示する。

「全員揃ったわね。ではこれより北上を再開するわ。全員、戦闘態勢で移動開始。尚、ここまでの道中にUAVを打ち上げてある。後方の様子はそれで探るわ。それに何かあればこちらから指示を出す。良いわね? では、移動しましょう」

 アイネの号令一下、しゃがんでいた全員が立ち上がり、移動を開始する。治療済みのリリィを運ぶ優愛と黄昏を先頭に、ロスヴァイセの強襲を警戒し、最後尾にAZを配置して進む彼女達は鬱蒼とした木々の間を抜けていく。

 しかし、彼女達の行軍速度は目に見えて落ちていた。東京エリアを主戦場としていたバニーチームは足場の悪さに苦戦しており、森林戦に慣れたアッシュチームとの速度差が出始めていた。

 特に運動神経の悪い和美は、足を数度挫きかけ、2度転んだ。苦肉の策として『DC-3004』こと『フリス』をストック代わりにして歩き始めており、そのあまりの光景に隣を歩く麻衣が半ば呆れ気味の顔を彼女に向ける。

 最前で左腰に備えていた鉈型のアンチヒュージウェポンを振るい、枝葉を切り落として進んでいた優愛は、アイネからの停止命令を受けてその場で止まった。数歩遅れた位置で停止した黄昏は肩で息をしながら、優愛の方を見やる。

「ダウン4よりダウン7、何かありましたか?」

『少し列が離れてるから。優愛、少し速度を落として進んでくれる?』

「え、あ、はい。ですけど、大丈夫なんですか? ロスヴァイセが追ってくるんじゃ」

『ええ。でも、今は列が離れる方が危険だから』

「了解しました」

 通信にそう返した優愛の呼吸は一切乱れておらず、そんな彼女を信じられないと言いたげな目で黄昏は見やる。背負う荷物の重量の差もあるがそれ以上に思った以上に体力を使わされていた彼女は息を乱し、吊り下げた水筒に手を伸ばす。

 初夏の気候も相まって森林地帯のじめじめとした空気が、彼女を苦しめる。防湿加工が施された通気性の悪い制服も相まって汗だくになり、貼り付いた下着が不快感を醸し出していた。

「ん……?」

 消耗している黄昏を他所にイシュヴァールを手にアイネ達を待っていた優愛は、背中で目を覚ましたリリィに気付き、様子が伺えるギリギリまで顔を向けた。貧血の影響で目立ったパニックこそ起こしていなかったが、逆に血の巡りが悪く半ば意識混濁の状態だった。

 ぼーっとし、周辺状況の把握すら覚束無い彼女の様子に閉口した優愛は、アイネ達の姿を見えると再び鉈を手に歩き出す。前進し、文字通り進路を切り開きながら進む彼女は、スリング下げのイシュヴァールから手を放し、通信回線を開いた。

「ダウン4よりダウン7、小柄なリリィさん(パッケージ1)が目を覚ましました」

『ダウン7、了解。可能なら彼女から何故あの場にいたのか確認し、記録して。事故証明になるから』

「了解しました。呼びかけも兼ねて実施します」

 通信を切り、再びイシュヴァールに手を掛けた優愛は足音に交じる浅い呼吸音を聞くと、一度深呼吸を入れた後、背に向けて問を投げた。

「あなた、お名前は?」

 状況を話すよりも前に、意識の確認も兼ねてそう問いかけた優愛は、寝ぼけているかの様な声を上げた彼女へ、薄い笑みと僅かな心配を顔に滲ませた。ハッキリとした声が出ないのは脱水状態だからなのだろうか、とそう逡巡しながら、それでも足は止めなかった。

 足を止めればロスヴァイセに追いつかれる。それだけは、はっきりと分かっている。だから、アイネから指示があるまでは歩く事は止めない。例え、背負った後輩の体調が緊急を要さないのであれば。

「お名前は?」

「……月詠、瑠璃です。あの、今どうなってるんですか?」

「今、あなた達を熱海の前線基地に運んでる所だよ。あ、ごめんね。私の名前は卯月優愛。ガーデン運用監査局に所属するリリィだよ」

「運用監査局の卯月、さん……?」

「うん。でも、私には双子の妹がいるから、優愛って呼んでくれると嬉しいな」

 聞き取りやすい様、いつも以上に話す速度を抑えていた優愛は考え込んでいるらしいリリィの唸り声を聞きながら邪魔な枝を切り落とした。この瞬間、焦る事は絶対に避けるべきだ、と優愛は判断していた。パニックを誘発させる様な事をすればスムーズな会話を望む事は出来なくなる。

 そうなれば、道中での聞き取りなど望む事も出来ない。

「優愛、さん。あの時、何が起きたんですか? 一瞬だけ、凄く痛くて。でも、それ以降は何も無くて。気付いたら、優愛さんに背負われてて」

「そうだね。でも、それについてはもう少し落ち着いたらお話ししようかな。ごめんなさい」

「……はい」

 眠たげな声を上げるリリィを振り返った優愛は、不意の警告音に背後を振り返る。警告音の後、打ち上げていたUAVからセンサーに何か引っかけたと表示される。直後、レギオン内通信の回線が開き、いの一番にアイネが口を開く。

『網にかかったわね。さっきと同じ識別反応のコアが9つ北上中。随分距離を取ったつもりだけど、向こうにスカウトでもいるのかしら』

 小馬鹿にした様な態度の彼女が最小サイズのサブウィンドウでセンサー情報を共有。廃墟にした宇佐美ラボから2キロメートル程進んだ位置に9つのコア反応が教科書に乗せられるくらいに綺麗なフォーメーションを描いて表示されていた。

 これがロスヴァイセを示すかどうかは兎も角、状況証拠と連想ゲームで考えれば追ってきているのが彼女達だろう事は想像に難くなかった。

『恐らく向こうはこちらのコア反応を追っているものと思われます。誤射防止用の基本仕様として、特に制限無ければコア反応は開示される様になっていますから』

『でしょうね。AZ、迎撃準備を。AZ各位、コア識別状態をステルスモードに変更して交戦。各自の位置把握は携帯端末側のデータリンクにて行え。TZ以降は私とダウン9のみ交戦、それ以外は引き続き北上。尚、交戦時、粒子ビーム兵器の使用は一切禁止する』

『ダウン7、我々の殆どがシューティングモードに粒子ビーム兵器を選択しています。その交戦規定ですとロスヴァイセに対し、一切のアウトレンジ攻撃が出来なくなります。設定の理由をお聞かせください』

 付け加えられた交戦規定に、引っかかりを覚えた黄昏が疑問の声を上げる。抗議と言うよりは、純粋な疑問。事実、彼女以外に疑問を呈する人間はおらず、各々、攻撃手段の一つに制限がかかった位は、どうと言う事は無い様だった。

『単純な話よ。森林戦での粒子ビーム使用は飛散粒子で火災を引き起こす危険性がある。対ヒュージ戦でも何でもない状況下で火を起こせば、バカでもそこの異常が分かるわ。極力ロスヴァイセとの交戦で周囲の目を退く事は避けたいし、加えて百合ヶ丘の人員を余計な消火作業に割かせるのも避けたい。そう言う理由よ。これで十分?』

 ロスヴァイセの話題と違い、小馬鹿にするでも無く、誠実に説明しようと言う真面目な口調でアイネは説明する。相手の論客としての冷静さを信頼し、きちんと根拠を話した彼女に、質問者である黄昏は応じた。

『十分です。そう言う理由であればその規定を遵守します』

 合点が言ったとそう返した黄昏は、そのまま通信を終了。それに順ずる様に渚達も了承を返し、イシュヴァールが提供するコア反応の情報から全員のそれが消えていく。

 ウェラブルグラスの端、ミニマップ上で通常の戦術データリンクへの切り替わりを確認していた優愛は、リリィを背負ったまま立ち止まり、隊列の最前列で後追いの黄昏と和美を待っていた。その間を見計らったかの様に、麻衣からの通信が繋がる。

お姉ちゃん(ダウン4)、イシュヴァールとアステリオン交換して。連射の利くイシュヴァールの方がアイツ等の事、援護しやすいから』

「良いの? 多分私、ブレードモードで使っちゃうけど」

『別に良いよ。その代わり、他の奴に貸さないでね。お姉ちゃん以外の連中は扱い雑だから』

 露骨に不機嫌な麻衣の口調で言い残し、通信は途絶える。神経質故の性だろう、と苦笑を浮かべた優愛は吊り下げていたイシュヴァールの下げ紐を首から外し、手近な木に立てかける。

「私もそんなに丁寧じゃないんだけどなぁ……」

 根拠のない妹からの高評価に、そうぼやいた優愛は意味有り気に身動ぎしたリリィを振り返る。彼女と目が合った刹那、眠気で垂れたそれが大きく見開かれ、気まずそうに彼方へ逃げていく。一瞬のアイコンタクトで彼女の内情を薄々と察した優愛は、深くは聞くまい、と同じ様に視線を逃がす。

 そうしている間に黄昏達が合流、その上を飛び越える様に麻衣もやって来る。いつもの様にシューティングモードで固定したアステリオンを手に着地した妹へ、コアを外したイシュヴァールを差し出す。素体のコアが身体強化を維持し、個人携行の銃火器としては重い部類のそれの片手保持を可能とする。

 ブレードモードに変形したアステリオンを恐る恐る地面に刺し、コアを換装した麻衣は、下げ紐を介してイシュヴァールを装備する。自身の準備を終えた彼女は、突き立てていた愛機を姉へ差し出し、コアを換装させた。

「じゃあお姉ちゃん、気を付けてね」

 そう言い、黄昏達を睨んだ麻衣は、イシュヴァールのグリップを手に最低高度で跳躍、森の中に消えていった。踏んだ枝を折りながら歩み寄って来た黄昏は、心当たりが無いとでも言いたげな顔を優愛に向け、彼女から苦笑を返された。

 一瞬ムッとしかかった黄昏は、深呼吸と共に冷静さを保とうとするも、後に付いていた和美の嘲笑で努力は決壊した。付き合いの浅い和美は、彼女の意図を図る事は出来なかったが、彼女達なりに何かあるのだろう、と余計な詮索は止めた。

「行きましょう。皆さんが時間を稼いでいる間に」

 今は仲を深める時間では無い。そう即断し、優愛は彼女達に行動を促して自身も歩き始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 優愛達が戦術データリンク上で移動し始めたのを確認したアイネは、優愛から交換したイシュヴァールを手に待ち伏せる麻衣の傍で、森の向こうを見ていた。暗視モードですら見渡せない程に深い森では、直視は役に立たない。甲州撤退戦で何度か経験した状況を前に、彼女はほくそ笑む。

 トラップの類は仕掛ける時間が無かったが、打ち上げたUAVは何とか木々の合間を縫って対象を捉えてくれている。ポイントごとに仕掛けたセンサーの捕捉時間から進行速度を割り出す。思った通り、相手の進行速度は遅い。それもそうだ。向こうにはこちらを捉える為の目が無い。目隠しで恐る恐る進んでいる状態だ。

 もし仮に、レアスキル『鷹の目』が向こうにあったとしても、木々の枝葉が捕捉の邪魔をして、まともに捉える事など出来ないだろうし、俯瞰捕捉は二次元的な捕捉しか出来ない。背の低い木々に紛れるアイネ達はともかく、木の上で待ち伏せるAZを正確に捉えられはしないだろう。

「対象、ポイント・エコー通過。強襲地点まで30秒」

 無慈悲なカウントと共に、アイネの隣で麻衣が身構える。初手は機銃掃射。銃声と銃弾の雨で綺麗な隊列を掻き乱し、彼女達の目をこちらに引き付ける。向こうのシューティングモードが何を装備しているかは知らないが、常識で考えれば向こうがエネルギー兵器の類を使うとは思えないが、先の戦闘を考えればそれは希望的観測に過ぎない、と自身を戒めていた。

 向こうは血気盛ん且つ、百合ヶ丘らしい何の遠慮もしない連中だろう。そう諦めを抱き、アイネがカウントゼロを告げると、道標を失っていたロスヴァイセがのこのこと月明りの下に姿を晒す。同時に麻衣がトリガーを引き絞り、マギで錬成された実体弾が凄まじい連射速度で放たれた。チェーンソーの様な銃声が森に反響する中、木々を伐採しかねん勢いで銃弾は一帯を薙ぎ払っていく。

 バレルへの負荷を考慮し、点射に切り替えた麻衣は、アイアンサイトの向こう、スローモーションの様に映る燐光に目を見開いてアイネの体を蹴った。瞬間、彼女達が伏せていた地点ごと空間を抉り抜く様にビームによる弾幕が張られる。荷電粒子とレーザーのカクテルが空間を引っ掻き回し、飛散粒子と放射熱が木々に引火する。

「クソ、バカが!」

 成木に背を向けて隠れ、緊急冷却用のスライドを引いた麻衣は、無数のビームが森を橙色に染め始めたのに舌打ちと罵声を放つ。考えられる最悪の選択肢を向こうは切って来た。高熱を検知した身体保護機能が通信機を介して退避する様、喧しく警告してくる。

 それ所じゃない、と盾にしていた成木へ相対する様に構えた麻衣は、成木の幹にハンドガードを押し付け、横方向への依託射撃を開始する。その対岸、同じく苛立った表情を浮かべていたアイネは、待機していた渚達へ攻撃開始を指示する。

(ここ一帯がどうなっても良いって言うの?)

 苛立ちと同時に困惑していたアイネは、ダジボーグを発砲しながら通信先を切り替える。通信相手である優愛が驚きの声を上げる中、彼女は手短に用件を告げる。

「ダウン4、緊急。ロスヴァイセがビーム兵器を使用した。のんびり歩かない様に。火の手はそこそこだけど、延焼する可能性があるわ」

『りょ、了解しました』

 戸惑いがちな優愛の言葉を最後に通信を閉じたアイネは、背後の火の手を気にしつつ、前衛の様子を観察する。

 レギオンのど真ん中に突っ込み、攪乱する作戦に出ていた彼女達だが、射撃武器を封じられた弊害は大きく、距離を取られた事で苦戦し始めていた。

「クソが、ちょこまか動きやがって!」

 そう言い、巨腕を飛ばした真霜は、それを囮に急接近。包囲していた1人に残る1機でのフックを叩き込む。スラスター推進込みの一撃は、割り込んできたロザリンデにガードされた。けたたましい激突音と共に火花が散り、真霜の勢いが止まる。重い一撃を受けても尚、涼しい顔のロザリンデを睨み付けた彼女は、インレからの警告を受け、その場を飛び退く。

 左右から挟撃する様にリリィが飛び込み、シューティングモードの一撃が交錯する。反撃と、と左の五指を広げた彼女は射撃兵装の使用禁止命令を思い出し、歯を噛みながら拳に変えて左のリリィに打ち出す。巨大な実体弾と化したそれにリリィが弾き飛ばされるが、予備動作を見て防いだ為に致命傷にならない。

「もらった!」

 威勢の良い一年生がCHARMを構えた瞬間、真霜は嘲笑を浴びせた。刹那、彼女に向けてサーベルがブーメランの様に回転しながら投げつけられた。障壁に直撃し、宙を舞ったそれに目を見開いた彼女は、飛び込んできた詩季の蹴りを腹に受け、森の中に吹き飛んでいく。リリィを足蹴に空中で飛んだ彼女はサーベルをキャッチすると鞘に差し直す。

 着地と同時、真正面から強襲してきたロザリンデの振り下ろしをエルアライラーで受け、軸足の内側に蹴りを入れる。体勢を崩されたロザリンデが片膝をついた瞬間、ハンドガードを横頬を叩き付け、一瞬意識を刈り取る。そのまま斬り上げようとした詩季は、タックルを仕掛けてきた伊紀に吹き飛ばされ、体勢を崩される。

 その間に復帰したロザリンデは、シューティングモードに変形させたCHARMで詩季を照準し、引き金に指を掛ける。

「させませんわよ!」

 横合いから割り込んだオリヴィアが全力の蹴りを打ち込み、ロザリンデを彼方まで吹き飛ばす。成木の幹に強かに叩き付けられた彼女は、凄まじい衝撃と激痛で呼吸困難に陥り、戦闘不能になる。あくまでも攻撃のカットを目的としていたオリヴィアは、攻撃に際し、強引に振り切っていた小野木瑳都と安井諒の攻撃を受け止める。

 パワー差で受け切り、逆に2人を圧倒したオリヴィアは、そのまま2人を弾き飛ばし、手近な岩を掴んで亜音速で瑳都へ投げつけた。当然、防護障壁で防がれたがそれでも浸透した衝撃はノックバックとしては不足無く、踏ん張りの利かない中で体勢を崩された瑳都に、ティルフィングを盾にしたオリヴィアは強引に接近する。

「はああっ!」

 強度補正を最大化したティルフィングを介しての弾丸の様なタックル。弾き飛ばされた瑳都は森の中へ消え、勢いの止まったオリヴィアに向けて諒がシューティングモードの銃撃を叩き込む。ティルフィングを盾に防いでいたオリヴィアは拡散する粒子ビームを振り返り、苦い顔をする。

 止めろと言って素直に止める相手では無い。かなり強引だが、相手を気絶させ、無力化するしか止める方法は無いが、相手は強化リリィとやらだ。普通のリリィと同じ打撃で、素直に気絶してくれるかどうか怪しい。

 一方的に射撃を浴び続けていたオリヴィアは、着地と同時、ティルフィングの表面で拡散する荷電粒子に照らされながら、声を張り上げる。

「くっ! ダウン7、後退を進言しますわ! このままではこの一帯の森が焼け野原になりますわよ!」

『そうね、あなた達もこっちと分断されてじわじわ包囲されつつあるから、ここは一度仕切り直しましょう。山を越えた先に廃棄区画があるわ。一先ずそちらまで徐々に後退しましょう』

「了解です、わ!」

 無理矢理距離を詰め、諒を蹴り飛ばしたオリヴィアはロスヴァイセを適当にあしらった渚達と共に後退し、アイネが展開した煙幕に紛れて森の中に消えていく。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方その頃、黄昏達と共に山を越え、綱代付近まで北上していた優愛は、大分意識がはっきりしてきたリリィに話しかけていた。

「さっきの続き、話そっか」

 そう切り出した優愛は、頷いた様な振動を背に感じ、了承と受け取って話し始めた。

「凄く痛いって言ったあの時、あなたとお友達は私達が同行させてた無人機に誤射された。手足が千切れる位の重傷を負わせてしまった。ごめんなさい。今あなた達がこうなっているのは、私達のせいなの」

「そう、なんですね。でも、手と足はちゃんと感覚があるから、その場で手当、してくれたんですよね。こんな、しがないリリィの私でも」

「あなたがどんなリリィなのかで放置したりしないよ。誤射させた責任があるし、助けられる命なら助けたいから」

 淡々とそう言った優愛に、リリィが小さな呻き声を上げる。相槌だったらしいそれを聞いた優愛は、苦笑を漏らしながら話を続ける。

「ごめんね。話題を変えるけど、あなたとお友達はどうしてあそこにいたの?」

「あ、えっと……。あのヒュージを追ってて。どうしても倒さなきゃいけなかったんです」

「そっか、焦ってたんだ。それは……あ、下世話な話だけど、お金の為?」

「え、あ、違います。お姉様の為なんです。私がきちんとヒュージを倒せれば、お姉様はもっと評価されるんです。私みたいなへっぽこを、一人前に育て上げられる凄いリリィだって」

「お姉様の為、か。月並みだけど、シュッツエンゲル想いの良いシルトだね」

 声色とは裏腹に暗い表情を浮かべた優愛は、脳裏に過ぎった級友達の顔に顔をしかめる。様々な形で最愛の義姉を喪い、精神不安定に陥った級友達はいずれも復帰の目途が立たぬまま、これまた様々な形で学園を去っていった。

 百合ヶ丘のリリィとしての籍を捨て、精神疾患を抱えたまま在野に下るのはまだ穏便な方だった。自室、墓前、校庭、中庭、様々な場所で、様々な理由で、未来に絶望した少女達の後追いが絶えなかった。今でこそ表層化しないが、甲州撤退戦以後の半年間、そんな事は当たり前だった。

「でも、深入りし過ぎない様にね」

 自然と、そんな声が出ていた。彼女が義姉にどんな想いを抱いているかも知らないと言うのに。ただ、似た境遇の少女達がどうなってしまったかと言う結果を知っているだけで、そんなお節介が口に出ていた。

 幸いにも不調故、リリィがカッとなる事は無かったが、だからこそ優愛は自分の無神経さを呪っていた。

「優愛さんは……」

 リリィから帰って来たのは、怒りの言葉では無く、疑問を投げかける為の言葉。

「どうしてリリィになったんですか?」

 不意打ちの様な言葉に、優愛の足が止まる。抉られたくなかった部分へ突き刺さった一言に、呼吸が一瞬乱れる。過呼吸になる寸前に、何とか自分で処置し、元のペースで歩き始める。その後を付ける黄昏と和美から心配の目を向けられるが、彼女は敢えて無視した。

「どうして、かぁ……。妹の為、かな」

「妹……? あ、もしかして、さっきの方、ですか?」

「うん、そう。あの子は小学校を卒業する位にリリィの素質があるって言われてね。でも、寂しがり屋だからメリクリウスに入学する時、私も一緒に来て欲しいって言われて。それからずっと、かな。私はあの子の傍にいる為にリリィであり続けた。だから、そうかもって」

 そう語り、苦笑した優愛はリリィからの相槌を聞きながら、百合ヶ丘に入学したての頃を思い出していた。推薦により鳴り物入りで入学した麻衣に対し、苦心して入学した優愛は所詮彼女のおまけ、と蔑まれていた。妹の為と言う志望動機が何処かから漏れ、リリィとしての覚悟も足りない三流とも罵られた。

 彼女のリリィとしての潜在的素養は、入学当初が既に限界で、それから先、伸びる事は無いと言われつつもデュエルによる消耗に備え、数合わせとして入学を許された。

(そんな私が今、こうして皆と戦って生きているんだ)

 彼女を罵っていた同級生は皆いなくなった。人の生から、はたまたリリィとしてのキャリアそのものから。大層なお題目を持っていて、素養に優れていても、巡り合わせが悪ければいとも容易く転落していく。

 自分がリリィになった動機に関わる事は今でもトラウマだ。だが、その後から今に至る事を考えれば、特段どうだって良い事ではあったな、と優愛は内心で独り言ちていた。

「でも、大切なのは動機じゃなくてその後だと、私は思うんだ。きっかけはどうあれ、それを続ける為の何か。そっちの方が私は大事だって思う。あなたにとってのそれって、シュッツエンゲルなのかな?」

 そう問いかけた優愛は、口ごもるリリィに苦笑を向ける。前線に出て日の浅い少女が、すぐに答えられる話では無い。自分とて答えを得るのに随分かかっている。そう言いかけた彼女は、唐突に開いた黄昏からの通信に足を止める。

『止まって、ダウン4』

 ワンテンポ遅れて停止命令を出した黄昏の方を振り返った優愛は、ハンドサインに従ってその場でしゃがむ。その場で何かを確認する彼女の言葉を待っていた優愛は、その代わりと言わんばかりに共有されたコア情報を閲覧。

 見れば百合ヶ丘所属と示されたコア反応が2つ、こちらへ真っ直ぐに接近していた。黄昏の命令が意味する所、彼女達がこちらを検知し、接近しているその事実そのものがおかしいと判断したからだ。

「ダウン3、ダウン8。お二人共、ステルスモードは解除してませんよね?」

 そう問いかけた優愛は脳内で状況を整理し始める。アイネ達のステルスモード切替に合わせ、下手にロスヴァイセの気を引かない様、こちらもコア反応をステルスモードに切り替え、アイネ達へは軍用の戦術データリンクで位置情報を伝えていた。

 これが意味する所、つまり“普通なら”優愛達の方へまっすぐ接近してくる事は無い筈なのである。仮に偶然接近するにしても、ふらふらとした進路になる筈だが、該当する2つは明らかにこちらを捕捉した動きを取っている。

「ダウン4、対象を敵性と判断しますか?」

「いえ、こちらが無警告で敵性対象と認められるのはあくまでロスヴァイセのみ。それ以外は要警告、敵対意思の有無を確認する必要があります。……ここは私が対応します。お2人は後方待機。念の為、準攻撃体勢で警戒を」

「了解しました。お気を付けて」

 手短に返した黄昏は、和美を連れて優愛の背後にある建屋に隠れた。たった一人、それなりに見通しの良い場所へ移動した優愛は、腕のスマートウォッチを介して携帯端末を操作、接近中の2人のコアに対し、通信帯を解析し始める。

 コアの処理容量も併用した携帯端末から解析終了の表示が出る。それと同時、接続音の後、しばらく沈黙が流れる。

「こちら、ガーデン運用監査局『エオストレ』強襲捜査課所属、卯月優愛。こちらに接近中の百合ヶ丘のリリィへ、そちらの身元を明らかにせよ。繰り返す、身元を明らかにせよ。尚、応じない場合、敵対意思があると認定する」

『こちら、百合ヶ丘女学院LGエリーニュス所属、アリス・ヴィクトリア。こちらに貴官との交戦の意思は無い。繰り返す、貴官との交戦の意思は無い。こちらはあなた方の不審行為を検知し、確認の為、接近しただけ。可能なら対面でお話させて頂きたいのだけど』

「……確認します」

 手短に帰した優愛は、通信先をアイネに切り替えた。拒否こそされなかったが、走っているらしい荒い息遣いと、マイク越しに取り除き切れないほどの轟音と銃声が織り交じって響く。思わず顔をしかめていたが、そんな場合ではない、と優愛は話を切り出した。

「ダウン4よりダウン7。今通信しても大丈夫ですか?」

『手短になら。ッ! 良いわよ!』

「百合ヶ丘所属生徒が2名、真っ直ぐこちらに接触する進路を取っていた為、警告。先方は交戦意思無しと返答し、その上でこちらと接触したい旨を受けました。どうしましょうか」

『相手の真意が分からないけどっ、良いわ! 真意を図る為にもダウン4、あなただけで接触しなさい。ぐッ……! 極力2人の事は伏せておくのよ、良い?』

「了解しました」

 慣習で小さく頷いた優愛は、そのまま通信を百合ヶ丘側に切り替える。

「お待たせしました。対面許可が下りました」

『了解。ではあなたがいる地点へ移動します。後ろのお二人は?』

「……申し訳ありませんが、そちらの真意をお聞かせいただけるまで、私一人で応対します」

『懸命な判断ね。では、その通りに』

「よろしくお願いします」

 極力感情を抑えて答えた優愛は、数分後、進路上からの物音を受けてウェラブルデバイス上でコア反応を確認する。前方に先の2人のコア反応があり、浅くアステリオンを構えた彼女の前に、諸手を上げた少女が姿を見せた。

 ブロンドのギブソンタックにサファイアの様に澄んだ青色の目。余裕を湛えた笑みは、極僅かに優愛の警戒心を解いていたが、それも警戒心との拮抗の結果だった。もう1人は黄昏や和美の様にバックアップとして後ろで待機している様だった。

「改めて、百合ヶ丘女学院LGエリーニュス所属、アリス・ヴィクトリア。あなたがウヅキユアさんね? あら? 背中の子は?」

「こちらの任務中、負傷させた百合ヶ丘の生徒さんです。我々は今、彼女ともう一名を熱海の前線基地まで護送している所です。ところでそちらがこちらへ接触してきた意図は?」

「宇佐美の辺りが騒がしいから様子見をと、ね。その道中に妙な反応があったから接近した。それだけよ。興味本位で近付いただけで接触する意図は無かった」

 温厚さを感じる無邪気な笑みと共にアリスがそう返すが、優愛の内心はその笑みを素直に受け取れる様な状態では無かった。そもそもCHARMだけ装備しているリリィからはコアの反応を切っている自分達の存在は見えない筈なのだ。

 にも拘らず、恐らくは敵味方識別信号の物であろう妙な反応を拾って接近してきた、とそう返す彼女は明らかに普通のリリィでは無いと優愛は警戒していた。

「それで、これからあなた達は私達をどうするつもりなの?」

 思慮に耽り、固まっていた優愛に、アリスは問いかける。急かすと言うよりも本心から心配していると言った口調と表情で、彼女は見つめてくる。それがブラフかどうかは兎も角、と優愛は咳払いをしつつ優先順位を頭に浮かべた。

 今考えるべきは安全に熱海までたどり着く事。背負ったリリィ達がそれこそ危篤に陥るよりも前に到着せねばならない。予想外のトラブルで半分も進めていない上に、足止めしているアイネ達の状況も芳しい訳では無い。

 だとすれば、今、目の前にいる彼女達に対し、起こすべきアクションは……。

「お願いしたい事が、あります」

 前置きをショートさせ、声を震わせた優愛は、いつに無く緊張した面持ちでアリスを見据える。唐突な言葉に面食らっていた彼女だったが、すぐさま続く言葉を期待し、好奇心に溢れた顔で見返してきた。

「私達が熱海に着くまでの間、味方になってくれませんか? 今運んでいる子達を無事に預けられるまでで良いんです。それまで、こちらに味方してくれませんか」

 リリィに負担をかける為に、深く一礼こそ出来ないものの、精一杯の角度で優愛は頭を下げる。自分が嗤われてでも救える命を救う、それは優愛が持ち続け、仲間から称賛され続ける唯一の美徳だった。

 それを見たアリスは、一瞬きょとんとした顔をするもすぐに表情を変え、優愛の顔を上げさせ、その手を取って握手を交わした。

「良いでしょう。こちらとしても、所属校生徒が関わる以上、あなた達の救護活動を支援する意義はある。協力させて」

「あ、ありがとうございます! では、連携に支障が無い様、一時的にこちらの編成に組み込みます。少し待っててください。関係各所に連絡しますから」

 そう言い、一歩引いて通信を切り替えた優愛を見ていたアリスは、数歩後退ると後ろで隠れているもう1人に通信を繋いだ。

「アニー、ロジー達からの状況報告は?」

『IMですが、おおむね順調と。どう返答しますか?』

「事前の展開通り、機材消耗が5割を超えたら後続のレギオンへ引き継がせて補給へ戻る様に返答して」

『承知しました。それで、どうです? 彼女達は』

「思ったよりも身持ちが堅い、と言う所かしら。間近で実力を見れる機会を得る事には成功はしたけど」

『慣れない事をされてますからね』

「……そうね。他人を口説き落とすのは苦手よ」

 ため息交じりにそう言ったアリスは、後方待機しているアンネリーゼ・アンデシュソンがいるであろう方を振り返る。口説き下手にしたのは一体誰なんだ、と恨みっ気と言うより呆れに近い感情を込め、存外悪戯好きな彼女へと視線を向けていた。

 そんな些事を受け付ける様な彼女では無いだろう、と思考を切り替えた彼女は、眼前で各所と調整をしている優愛を見ていた。ガーデン運用監査局のリリィ。突然発生した特型ラージ級を相手に、ノインヴェルト戦術を行使せず廃墟区画以外の被害を一切出さないまま仕留め切った手練れと認識している。

 だが、本来あってはならない政府機関付きのレギオンと言う事で連日報道各所で越権行為、と槍玉に挙げられ、百合ヶ丘のリリィ達が怒りをぶつけていた相手。そんな光景と共に、彼女は記者会見の席に優愛の姿が無かった事を思い出す。

 記者会見では4名のリリィが紹介されていた。だが、その中に今目の前にいる優愛の姿は無かった。

(員数外、いや非公表のリリィがいる……と言う事?)

 よくよく考えればそうだ。たった4人で特型ラージを、それもノインヴェルト戦術に類するOS戦術無しで仕留めきる事など不可能だ。非公表の人員は凡そバレると不味い人物であろう事は想像に難くないが、その一人に優愛が数えられる事は対面したアリスにとっては驚愕に値する事実だった。

(こんなに普通そうなリリィが、ウォーターシップダウンでは存在を伏せられているの?)

 俄かに信じられないが、何か事情があるのだろうとそう思ったアリスは、通信を終えたらしい優愛と目を合わせ彼女の傍へ駆け寄った。

「調整が完了しました。お二人には臨時で戦術データリンク及び作戦用秘匿回線のアクセス権限と敵味方識別信号、コールサインを付与します。ガーデンから支給されている携帯端末はありますか?」

「え、ええ。これで良い?」

「はい。……各種送信しました。もう一方にはそちらから転送をお願いします。アリスさん、あなたのコールサインは『ジャック1』、もう1人の方は『ジャック2』です。データリンク接続確認、識別信号正常作動、通信回線は極力使用しない様にお願いします」

「了解。そうね、ここの援護に向かえば良いのかしら。このロスヴァイセってタグが付いてるコア反応と交戦しているリリィ達の」

「えっ、と。支障なければお願いしたいですけど……。良いんですか? 同じガーデンのレギオンですけど」

 戸惑う優愛を他所に、アリスは左腕のガントレットから差し込まれていた長剣を抜刀。高周波振動するそれから耳障りな音が聞こえなくなると軽く下ろした。

「そうね。所属は同じだけど、私のレギオンは居候みたいなものだから。帰属意識って物は無いの。だから、心配しなくて良いわ」

 具合を確認し終え、長剣の高周波振動を停止したアリスは、柄を握ったまま、微笑と共にピースサインを見せた。そう言う事なのだろう、と無理矢理合点を行かせていた優愛は、いつの間にか自身の傍に立っていた青髪の少女に身を竦めた。

 優愛の反応を見て悪戯っぽい笑みを返した少女、アンネリーゼに、アリスは半目を向ける。彼女の悪戯は彼女にとっては日常茶飯事なのだろうと、無言のやり取りを見て推察していた優愛は、まだ残る動揺を抑えつつ道を譲る。

「では、ジャック1はこれより南側足止め部隊への合流を目指します。ダウン4、道中の安全を祈ってます」

 そう言い、アリスは空高く飛び、蔦が這う廃墟群の中へと消えていった。

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