アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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第6話『CHECKMATE』

 上多賀町近郊、放棄区画となって久しい廃墟群に砲声と破裂音が響き渡る。実弾の軌跡とビームの光芒がグラデーションの様に空間を掻き回し、飛翔の先にあるミドル級とスモール級を穿つ。射手たる優愛達3人は、廃墟に身を隠しつつ、最低限の迎撃に留めて攻撃を放つ。

 身体強化が入っているとは言えど、重量物を背負っての行軍は思っていた以上に消耗を強いており、進路の真横から攻め入るヒュージの群れを振り切るには、些か心許無い体力しか残っていなかった。無理をせず、後続の詩季達を待って北上を再開する。それが簡易的に決まった作戦だった。

(……とは言え、アイネさんからの指示じゃなかったのは少し気がかりです)

 この作戦指示を下したのはアイネ達と一緒にいたオリヴィアだった。伝達代理と考えても、アイネが喋れない状況にあるのは少し不思議だ。今までに無い状況、と考えるのは少し大げさだな、と優愛はアステリオンの銃声に苦笑を紛れさせる。

 原因を考えるなら、送り込んだ百合ヶ丘の生徒2人だろうが、所属がそうだからと言うだけで露骨に不機嫌になるほど、彼女達が子どもでは無いのは優愛がよく知る所だった。だからこそ、頭の片隅で気になっていた。

「優愛さん、もう少しでダウン5の隊が到着します」

「了解しました。瑠璃さん達の容体は?」

「2人共、軽いシェルショックの症状が出ていましたが、和美が鎮静剤を処方しました。容体は落ち着いており、すぐに移動可能です」

 優愛に代わり、フライルーに自動射撃させていた黄昏は、和美から預かっていた補水液を彼女に手渡す。黄昏が牽制射撃を代わる間、補給を行っていた優愛は胸に手を当て、自身のマギ残量を確認していた。

 平均程度のマギ保有量しかない優愛は、他の面々と違って長時間に渡ってマギの消費行動をする事は出来ず、上手く節約して戦わなければすぐに枯渇する。

(ちょっと危ないかな)

 間隔で行けば残量は3割ほど。無理をすれば戦えなくはないが、代替手段が豊富な今はまだ無理をすべき時では無い。そう判断した優愛は背にした壁へのノックで黄昏の気を少し向けさせる。発砲音を考慮し、ハンドサインでマギの回復の為、休憩すると告げる。

 壁から距離を取り、砂埃に塗れた床に水分補給を終えた体を横たわらせた優愛は、口元を抑えながらゆっくりと目を閉じる。地脈を介し、そこに流れる僅かなマギを体で受け取り、失った分を回復させていく。アステリオンをお守りに抱き締め、久し振りに行使する方法で彼女はマギ回復を行う。

 その横、ブレードセルの砲撃でスモール・ミドル等級を間引いていた黄昏は、窓枠の向こうに打ち上げられた閃光を視認し、フライルーを収納しつつ咄嗟に横たわる優愛へ覆い被さる。瞬間、マギの砲撃を受けた壁が吹き飛び、破片が榴弾よろしく高速で飛び散り、サブスキル『ステルス』と共に展開された防護障壁が金属質な跳弾音を響かせる。

「優愛さん、ここは危険です。せめて廊下側へ退避を」

 押し倒している様な体勢でそう言った黄昏は、目下の優愛が頷くのを見届け、体を起こす。起き上がり様、サブスキル『魔眼』を先のステルスとの併用で起動した黄昏は姿勢を低くし、増幅された視力で先の射手を探す。

(あれは、ラージ級……。先の砲撃は奴からか)

 うぞうぞと蠢くスモール級、ミドル級の群れの奥、群れのボスであろうラージ級ヒュージの姿を捉えた黄昏は、優愛を背後に置いてゆっくりと下がっていく。一般論で行けばコンクリートの壁を一枚隔てればマギを感知する事は出来ない。

 監視そのまま、和美のいる廊下に出た2人は、詩季達を待たず、離脱に向けて準備を始めようとしていた。鎮静剤で眠る瑠璃の側に優愛が歩み寄った瞬間、冷水を掛ける様に地面が激震、バランスを崩しかけた彼女は思わず声を出す。

「今のは?」

「ラージ級の砲撃です。ですが、砲撃は手当たり次第の様で、先の一撃もまぐれ当たりだった様です」

「つまりこちらの位置は悟られてない?」

 和美から処方の詳細を受け取っていた優愛は、ステルスと魔眼の併用で監視していた黄昏からの報告を受け、詳細の読み込みを中断。端末を取り出し、現在地と詩季達の現在地のそれぞれを確認しながら、次の一手を模索する。

 雷鳴の様な爆発音は遠く、黄昏の言う通り闇雲に上多賀町を砲撃している様で、一か八か詩季達が来るまでここで待つ事は出来る。気まぐれがこちらに来ない事を祈るしか無い、と内心で決心した優愛は顔を上げ、指示を待っていた2人を交互に見る。

「ダウン5達が現エリアに到達するまで、ここに待機しましょう。敵がこちらを把握できていない今、迂闊に外へ出るのは危険です。彼女達の作戦エリア入りを待って行動を開始しましょう。ダウン5への連絡が私がやります。お二人は引き続き、所定の行動を続行してください。異変があれば構わず連絡を」

 つらつらと指示を出した優愛に、黄昏達が頷きを返す。無言の返答を受け、彼女達にその場を任せた優愛は、階段を下り、外の様子を窺いつつ、詩季達へと通信を繋いだ。

「ダウン4よりダウン5。こちらは現在ラージ級の砲撃を受け、停止中。こちらへの合流は行わず、至急当該ラージ級の排除を求む」

『ダウン5、了解。こちらの排除後の動きは?』

「ターゲットの排除後は進路確保の為、周辺掃討へ移って下さい。我々は確保して頂いたルートを使用して北上を再開します」

 了解を返した詩季に、一人頷いた優愛は手にした端末で彼女達の進路が変わった事を確認、ブレードモードにしたアステリオンを肩に担い、外の轟音を聞きながら現在時刻を確認する。予定していた帰還時間はとうに過ぎ、現在時刻は午前2時を通り越していた。

 かれこれ3時間近く戦場にいる事になる。アドレナリンが抜け始めた体が疲労を訴え始めているも、安心して眠れる場所はまだ遠い。こんなに長く戦場に居続けるのは久し振りだ、と優愛は薄く笑い、端末が映し出す詩季達の動きに傾注していた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 上多賀町に侵入した詩季達は、各々の得物を手に、荒れた舗装路の上を滑走する。スケートの様に滑る、と言うよりは超低空ジャンプに近い挙動で各々の限界まで高度を下げ、町の間を飛び抜ける様にして、ラージ級がいるであろう方向へ進む彼女は、合間に空を見回す。間接砲撃の形を取っているらしいラージ級の挙動から、空に何かあるのではないか、と睨んでいた詩季に、端末から警告が飛ぶ。

 処方した薬剤の効果切れが近い、とウェラブルグラスの表示と合わせ、警告が飛び、背後の2人に断りを入れて進路変更し、廃倉庫へ滑り込む。マギ放射と合わせ、制動を掛けた彼女は、真霜達に監視を任せ、腰のポーチから無痛注射を引き抜く。

「ッ……」

 長期作戦用に和美が用意した戦闘用の向精神薬は、いつもよりは効きが弱い代わりに連続して注射する事が出来る代物だった。思った以上の長期作戦となり、予備として持ち込んでいた3本は先の注射を以て使い切る形となった。

 薬が回るのを待っていた彼女は、真霜達に補給を指示し、周囲の索敵を代わる。その間も弾着の轟音は遠くから聞こえ、むしろここまで接近がバレていない事に詩季の不安は募っていた。何故だろう、と言う思考が出来る位に落ち着いてきた事を確認しつつ、周囲に目を向けていた彼女は、通りの向こうに見えたミドル級に目を見開き、咄嗟に隠れた。

 本来なら先手を打つべきだったのだが、迂闊に攻撃すれば砲火がこちらに向く危険性があり、すぐには手が出なかった。こちらからは見えたが、ミドル級が認識したか否かは分からない。が、認識した前提で考えるとすれば、最悪ラージ級に位置情報を送られる可能性がある。

(手を打つべきなのかな……)

 そう思い、エルアライラーを握る力を強めた詩季は、僅かに覗かせた視界にきょろきょろと周囲を見回すミドル級の姿を目に入れる。周囲に群れがいる気配は無く、単独行動であろう事は間違い無い、と判断した詩季は空に目を向ける。他に気付かれるとすれば空からだ、と考え、見上げた彼女は何かが浮遊しているのに気付いた。サブスキル『魔眼』を使い、凝視した彼女は、それがクアッドロータードローンに似た飛行型ヒュージであると知るや眉をひそめた。

 よく見るものとは異なり、夜間に考慮したらしい青い色のそれは、下面に下げた感覚器を周囲に巡らせると、何かを検知してその場を離れる。じっと様子を見守っていた詩季は、雷鳴の様な砲音に気付き、目を開く。咄嗟にその場を離れた彼女を他所に、遠方から弾道軌道で射出されたマギの塊が、ミドル級がいる位置目がけて降下する。

 弾着と同時にマギの塊が炸裂し、力場で保持されていた暴力的なエネルギーが、周囲諸共ミドル級を粉砕する。爆風が砂煙を伴って十字路に奔り、咄嗟に隠れた詩季の髪を乱暴に撫ぜた。衝撃波が周囲の建屋をめちゃくちゃにする中、轟音と激震で補給を中断させられた真霜が、不機嫌そうに周囲を見回していた。

「何だよ。至近弾か?」

 剣呑とも取れる言葉を口にした彼女は、飲み干した経口補水液を傍らに投げ捨てると、拳を突き立てる様にして置いていたインレに手を掛ける。嫌にも目を引く巨腕をガントレットへ装着する直前、詩季から停止のハンドサインが出される。

 意図を汲み、不機嫌になるでも無くその場で身を屈めた真霜を他所に、詩季はエルアライラーを手に爆風が吹き荒れた通りへ顔を出した。顔を出した先、衝撃波の走った通りは案の定滅茶苦茶に破壊されており、視線の移動に合わせて銃口を巡らせた詩季は、爆心地がミドル級のいた場所である事を悟り、そして怪訝そうな顔を浮かべ、建屋に顔を引っ込めた。

(ミドル級に砲撃した……?)

 あの爆発位置は、ミドル級がいた場所だと言う事までを詩季は飲み込んでいた。ラージ級は他のヒュージの視界を間接的な感覚器として扱っており、共有した情報を基に砲撃していると言う仮説が正しい事は証明された。だが、何故ラージ級が同じ種であるミドル級を砲撃したのかが分からず、思慮に耽る詩季は、顎に手を当てたままじっと地面を見つめていた。

 加えて今まで闇雲な砲撃を繰り返していたにも拘らず、ミドル級にだけは正確に当てていた事も、解せないと言えば解せなかった。一方向への牽制射からいきなり別方向へ効力射を放つ事など、普通出来るものなのか、とそう思い、詩季はふと思い付いた。そもそもあのラージ級は最初から牽制射など放っていないのではないか、と。それを前提とした場合、ラージ級は何ら識別無く動くもの全てに向けて砲撃している事になる。

 そして、観測手である飛行ヒュージが複数おり、共有でかかる負担を軽減する為にほんの一場面だけ、彼等が観測した胴体の情報を受け取って砲撃している。そう考えれば、何とか腑に落ちていく。

「おい、詩季」

 インレを装備した真霜がぶっきらぼうに呼びかけてきたのに、顔を上げた彼女は笑みを返す。考え事は終わった、と暗に告げる形の詩季に、呆れた様な表情を返した真霜は、イシュヴァールを立てて座る麻衣にも目を向けた。

「んで、どうすんだよ」

「ラージ級の側まで急接近する。相手は動体に対し、無差別に砲撃していると推測して、空に浮かんでる観測手と共有した瞬間の位置に砲撃して来るから、ラグの分着弾点がズレてくるかも。着弾に巻き込まれる前に全力で接近する」

「結局さっきと変わんねえじゃねえか。まぁ良いさ。それならそれで気が楽で良い。それで、接近したらどうすんだ? 俺が前へ出れば良いのか?」

「ううん。真霜は麻衣さんと一緒に周辺を掃討して後続の進路確保を優先。インレはまだ温存しときたいから、ラージ級は私が仕留めるよ」

「あいよ」

 軽口を返した真霜は、詩季の話が終わったタイミングを見計らった麻衣を睨む。今更来てんのか、と言いたげな視線を無視した彼女は、腰溜めに構えたイシュヴァールを見下ろす。今まで姉を守り続けてきた、数多のCHARMの一つであるそれ。そのハンドガード部には手入れでも直し切れなかった無数の傷が刻まれており、酷使の度合いを示していた。それはまるで姉のリリィとしての才能の低さを物語る様で、見下ろす麻衣を心底不快にさせていた。

 自分の為にリリィである事を選んでくれた姉。彼女が味わった辛酸も、苦しみも、それを察すれば悔しい思いがこみ上げてくる。中学生のあの時、自分が彼女に我が侭さえ言わなければ。姉妹揃っての入学以降、胸中に渦巻き続ける後悔が、喉元まで込み上げてくる。あのままアイネ達に出会わなければ、一体どうなっていたのだろう、と連想ゲームを始めそうになった麻衣は、心配そうに見てくる詩季に気付き、彼女を睨み返した。

 それを準備完了の返事と受け取った彼女は、ハンドサインに合わせて超低空跳躍し、走り出す。麻衣と真霜も追従し、倉庫から飛び出すと同時、宙へ浮かぶ飛行型ヒュージが彼女達を捉える。静音でホバリングし、凝視し続けていたヒュージは、移動中の一コマを遠く離れたラージ級と共有するや、即座に砲撃を行わせた。刹那、打ち上がった閃光が弾道軌道を通って飛翔し、遅れて轟音が轟く。マギの塊が弾着すると同時、遥か後方で爆発が起き、辺りに衝撃波が奔る。

 凄まじい爆風を背に受け、バランスを崩しかけた3人だったが、勢いが緩む事は無い。否、緩めてしまえばラージ級の砲火に捉えられ、木端微塵になってしまう。怖気づこうが足を止める事は出来ない。ただひたすら真っ直ぐに、ラージ級の足元まで走り続けるしかない。快走を続け、ラージ級との距離が順調に縮まるにつれ、詩季達と砲火の着弾誤差も縮まっていく。4度目の砲撃はほぼ至近に近い位置に弾着し、爆風に煽られた3人が前へ吹き飛ばされ、各々が走っていた勢いそのまま、廃墟に突っ込まされる。

 鈍い音を立て、脆くなっていた外壁を崩して突っ込んだ彼女達は、突っ込む直前の位置目がけて放たれた砲撃を身を屈めてやり過ごす。砂埃が浴びせられ、詩季達と共に束の間咳込んでいた麻衣は、瞬時にレアスキル『天の秤目』、その更に上位に位置するS級スキル『デッドアイモーション』を発動。スローモーションになった視界へ、死に様を見に来たらしい飛行ヒュージを捉えた彼女はイシュヴァールを振り上げ、引き金を引いた。

 それなりの重さのそれが引き切られると同時、高レート射撃が飛行型ヒュージを襲う。怪物の咆哮の様な銃声と共にヒュージ目がけて弾幕が放たれ、マギで錬成された実体弾が脆弱な躯体をバラバラに引き裂く。破片と化したヒュージが墜落していく中、周囲に銃口を巡らせた麻衣は、スキルと過集中状態を解除すると深呼吸と共に銃口を下ろす。砂煙を吸い込み、噎せた彼女は、復帰した詩季の先導に従って再び移動を開始する。

 代わりの飛行型ヒュージが配置されるまで砲撃は来ず、6度目の砲撃はラージ級の姿が見える位置へ接近する頃に到達、1度目と同じ、弾着のズレを起こした砲撃は最早彼女達の移動を手助けするブースターでしかなかった。急接近を果たした彼女達の眼前、戦闘の余波で一部が広い台地にされた団地、その嫌に目立つ高台に、彼はいた。

「散開!」

 号令一下、詩季達は方々へ散り、それぞれ戦闘を開始する。真正面、壁の様に位置したミドル級を飛び越えた詩季は、手にしたエルアライラーに変形命令を入力する。相変わらず遅いレスポンスで返答したそれは大剣を構成していた部品をパージ、内、切っ先を構成する2つのブレードパーツをメジャーバトンと呼ばれる本体へ引き寄せる。引き寄せられたパーツが合体してショートソードとなり、残るパーツは自立駆動で獣の尾の様に詩季の後ろへ追随する。

 着地寸前、前方転回の要領でミドル級を縦に切り裂いた彼女は、その勢いを使って前ロールしながら着地、第二波であるミドル級の懐に飛び込むと腹部に切っ先を突き立てて盾にする。ぼたぼたと体液が滴る中、悲鳴を上げるミドル級の背に、無慈悲に放たれた同族からの砲撃が直撃する。致命傷を受けた、と即断するや、すぐさま叩き込んでいたブレードを引き抜き、倒れていくミドル級を回避して一斉攻撃を回避した後、数体を切り裂く。余計な物の無い軽量さが売りのショートソードモードの利点を生かし、襲い掛かる数体を素早い剣戟で以って乱切りにした彼女は、死体の背を蹴って跳躍。

《Ell-Hrairah:Slash-Gun-Mode:Ready》

 跳躍した直後、彼女はエルアライラーへ形態移行を命令。尾を引いていた部品がブレードを分離したメジャーバトンに集結する。組み変わった部品達はメジャーバトンを中心にクロスボウ型を形成、二連結一対になったブレードがリムを形成し、4つのバレルシリンダーはマギ粒子の収束器として四つ一体で銃口を形成する。1丁のクロスボウガン型、引き渡し後の後付けでスラッシュガンモードと呼称された形態へ移行したエルアライラー、そのナックルガード側に備えられた銃撃用のグリップに持ち替え、詩季は着地する。着地と同時、発射モードをワイドレンジに切り替わったエルアライラーの引き金に触れる。

 予備動作を感知し、収束器であるバレルシリンダーがリムに沿ってマギ粒子ビームの刃(ソニックウェーブ)を形成し、光度が最大になるや間髪入れず引き金を引く。瞬間、収束フィールドの軛から解き放たれた光刃が、扇状に広がっていき、範囲内のミドル級をまとめて撫で切りにする。期せずして進路が掃討され、穴が埋まる前に跳躍した彼女は、開いた進路の先にラージ級を捉えるやモード変更を命じる。受諾したエルアライラーはクローズレンジモードに形態移行、開いていたバレルシリンダーの距離が縮まり、連装砲の様に収束。トリガーへの接触を検知すると同時、4基の中間点に高圧縮のマギ粒子ビームが収束する。

 圧縮完了の表示と同時に引き金を引き、ビームサーベル以上の高圧縮で収束したビームの(やじり)が放たれる。流星の様な輝きを伴い、白色交じりの赤い粒子ビームが身動ぎするラージ級へ猪突する。砲を背負ったカメの様な風体であるラージ級の甲羅に直撃したそれは、強固な装甲を抉り抜きつつも、致命傷を与えるに至らない。3層ものビームコーティングと、金属質な分厚い甲羅が、鏃が抱えていたエネルギーを全て発散させてしまった結果だった。輪切りになったミドル級の死体を踏み、再度ジャンプした詩季はエルアライラーを分解させ、バスターソードに変化させる。

 甲羅にダメージがある以上、バスターソードの一撃さえ与えれば砕く事は容易いと詩季は判断していた。ショートソードの様に振り回す剣戟は向かないが、重量と出力面の広さを生かしての一撃は大槌にも匹敵する。形態移行を終えたエルアライラーを手に、詩季は物の怪の血が染み込んだ地面を蹴る。そのままラージ級目がけて助走付きで跳躍した彼女は、飛び上がりの勢いを使って大剣を振り上げる。飛び上がる彼女を認めたラージ級は、砲の根元に備えた副砲を動かし、彼女を狙う。対する詩季も、自由落下などせず抱え込んだ莫大な量のマギの一部を背面から放射した。

 自由落下よりも早く、降下した彼女は発生したモーメントそのままに穿った破孔の側に向けて刃を振り下ろした。瞬間、快音が轟き、穿たれたヒビは大きくなるが破砕には至らない。

 ラージ級の甲羅は、砲の土台として堅牢に出来ており、構成する生体組織に金属を含有している為か予想以上の堅さを発揮していた。

 殴りつけたノックバックが柄を介して詩季に伝播し、捻挫防止の為の瞬間的な身体強化が奔るが、それでも誤魔化し切れない痛みが走る。

 甲羅に着地すると同時、副砲が彼女に狙いをつけ、発砲。高密度のマギ粒子を低レートで放つそれは回避され、彼女の背後にあった廃屋を粉々に吹き飛ばし、さながら重機関銃の様な威力の重さを見せる。

《Ell-Hrairah:Bastard-Scimitar-Mode:Ready》

 柄に力を込め、変形を命じた詩季はメジャーバトンから各部品をパージさせ、内、先端部ブレードユニット1つと中腹ブレードユニット全ての計3つを連結、連結したブレードをメジャーバトンに合体させ、残されたブレードユニットは峰側に取り付けられた。射撃機構を全て排し、1本の大太刀(バスタードシミター)となったエルアライラーを振り回した詩季は、先の大剣よりも高められた近接出力を甲羅に叩き付ける。余剰出力が全て集中した大太刀の一撃は、如何に強固な装甲であってもその質量と出力で以って割り砕いて見せた。破壊は甲羅全てに伝播し、乗っかっていた砲が根元から倒壊する。

 甲羅で保持していた砲の質量がそのまま本体にかかり、押し潰される。激痛に悶え苦しみ、咆哮を上げたラージ級は青い体液を飛び散らせながら四肢を暴れさせる。だが、自身の鈍重さの大半を担っていた砲は胴の大半を押し潰しており、今更足掻いた所でどうともならない状況だった。

 せめて介錯を、と言う訳では無く単に目に付くのが癪と言う理由で以って、詩季はラージ級の首を撥ね飛ばす。それが彼が放つ最後の砲弾として、詩季に迫らんとしていたミドル級を圧壊させ、目の潰れたリクガメの様な頭部は数度バウンドしながら坂を転がり落ちて行った。

「ダウン5より全ユニットへ。ラージ級排除。繰り返す、ラージ級排除」

 通信機を起動し、大剣形態に移行させた詩季は、腰溜めにガトリングを放ちながらその場を飛び去る。

『ダウン7よりダウン5へ、こちらはダウン4と合流し、旧道頼朝ラインを経由して熱海市内へ進入する。進路状況伝え』

「ダウン5よりダウン7へ、頼朝ラインは未だヒュージによる封鎖状態にあります」

『ダウン7了解。そちらへジャック1とダウン2、ダウン6を派遣する。ダウン9はこちらに下がって合流を』

 宙返りしつつ、建屋に着地した詩季は、集会所から先、ラージ級が引き連れていたであろう残存するミドル等級以下のヒュージを見回す。ケイブから現出した彼等は、指揮官であるラージ級を失った事で群れとしての統率力を失くし、群としての動きに乱れを生じさせていた。とは言え、それでも群としての指向性は失われておらず、むしろランダム性が生じた事で面倒が増えた印象だ。ミドル級程度の強さなら大した障害にはならないが、彼らの持つ数の多さはネックだ。旧道までの道は意外と長く、且つ基本徒歩移動となるTZBZの障害排除を主とするならば、機動性の無い彼女達の為に通りの群体は掃除しきっておく必要がある。

 制圧射撃を撃ち続ける詩季は、前へ出てきた真霜と共に眼前のミドル級の群れを掃討する。真霜が五指の高出力砲(バスターキャノン)を斉射し、その熱量でもって擦過したミドル級諸共、群れを溶かし切り、爆発させる。平面の制圧を真霜に任せ、跳躍していた詩季は、討ち漏らしに銃口を向け、引き金を引く。赤い粒子ビームが暴雨の様に降り注ぎ、直撃したミドル級の遺骸が跳ね、流れ弾が廃墟となった別荘を破壊する。

 その間に、渚達が合流し、最前が彼女達に入れ替わる。戦闘は近接戦に移行し、前を行く渚がサクリファイスで文字通り切り開いた道を、後続のオリヴィアが渾身の一撃でさらに広げる。彼女達が猛進する背後をアリスが抑え、奇襲を狙おうとしたミドル級2体が死体に様変わりする。上からそれを見ていた詩季は、順調と報告しようとして、肌の不快感に気付き、続く激震に顔を上げた。

「な、何?」

 疑問を口にした詩季に明確な答えを返したのは、得物であるエルアライラーのUIだった。

《Ell-Hrairah_to_Ly.Misasa:WARNING:CAVE_spawns_at_close_range》

 警告音と共にUIが激震の正体が何かを英文で伝えてくる。相変わらず日本人に優しくない表示の仕方だ、と内心でぼやきつつ、詩季は相棒が伝えようとする意図を読み取っていた。近くにケイブが出る。だが、この肌の不快感はラージ級の規模では無い、と思慮を巡らせた所で、不意に空が明るくなった。空を昇る太陽の様な意図の無い光では無く、照明の様な意図を以って放たれた不自然な光。巨大な天使の輪(エンジェル・ハイ・ロゥ)にも見えるそれは、激戦を潜り抜けたリリィ達に取って最早見慣れた物だった。

「ケイブ……!」

 そう呟いた詩季を他所に、大きく穿たれたケイブの破孔から雨あられとミドル級とスモール級、ラージ級が上多賀の海沿いへ降り注ぎ、のどかだった街並みを異形が埋め尽くす。幸いにもアイネ達は団地に入っており、すぐに追いつかれる心配は無かったが、それ以上の懸念点がケイブから降下する。小物を踏み潰しながら着地したそれに、詩季は一瞬目を見開くが、それも当然と疑問を呈す事はしなかった。ケイブから現れ、数多のスモール級、ミドル級を踏み潰したギガント級ヒュージは、腹の底に響く様な咆哮を上げる。産声代わりであろうそれだったが、赤子の様な可愛気は無く、音を通り越した衝撃波が地面を震わせる。

 一見すれば熊の様に見えるギガント級は、大口を開け、光を溜め込むや周囲の建屋に向けて放出した。瞬間、火柱が奔り、上多賀の町が火の手に包まれる。退路を断たれた、と思う以上に面倒くさい事になった、と詩季は頭の中で考えていた。

 各ガーデン共通の教練として、ギガント級はノインヴェルト戦術と言う必殺戦術の運用による一撃必殺で瞬時に葬る事が推奨されているが、そのノインヴェルト戦術の発動に必要なのがノインヴェルト戦術用の特殊弾である。

―――だが、その特殊弾に対して面倒事が生じていた。

 通常のガーデンならいざ知らず、非ガーデン団体であるガーデン運用監査局は、そもそもの問題として、対ヒュージ防衛を主業務としない為に特殊弾が支給されていない。その為、傘下組織であるLGウォーターシップダウンは当然発動の為の特殊弾を所有しておらず、故にノインヴェルト戦術を取り扱う事が出来ないのである。

―――そして、それは目前のギガント級に対し、彼女達は有効打を持ち得ていない事を意味する。

 ギガント級に対し、取れる手としては足止めが関の山、となれば頼りになるのは熱海に駐留する百合ヶ丘のレギオンになるのだが、3か月ほど前の作戦におけるルド女との一件を思えば、正規ガーデンと密な連携を取れる確証は無い。撃破スコアを献上してやるのは特段癪では無いが、変に出しゃばってしくじった場合の責任をこちらに押し付けられるのだけは勘弁願いたい所だった。

「ダウン5よりダウン7。後方、上多賀方面へギガント級を確認。対応を乞う」

『ダウン7よりダウン5へ。こちらで対応を協議する。向こうの動きについて、何か分かればこの場で報告を』

「ダウン5了解。報告ですが、対象は未だ行動せず、スモール、ミドル、ラージが行動を開始。そちらを追跡する様に前進しています」

『了解よ。あなたとダウン1でカバーを。進路掃討はダウン6のチームに任せるわ』

「ダウン5よりダウン7へ。援護命令、了解しました」

 手短な言葉と共に反転跳躍した詩季は、アイネ達のチームの後ろに着くと、同様に動いた真霜と共に斉射を放ち、登坂しようとしていたヒュージ達を穿った。

 2度の斉射の後、詩季は真霜のステータス異常を訴えたUIを確認。その理由を内心で解し、彼女の元へ駆け寄った。射撃武器がバスターキャノンしかないインレは、その巨躯に違わず燃費が悪く、長時間の射撃戦闘が難しい。

 真霜を一旦下がらせ、前へ出た詩季はイエティの様な風貌をしたラージ級のボディチャージを回避、側面グリップから手を離し、がら空きの横っ面に大剣の一撃を叩き込む。頭部の3分の2に食い込んだ刃が容易に生命を奪い取り、詩季はそのまま引きずる様に引き抜く。青白い体液が噴出し、白目を剥いたラージ級がその場に崩れ落ち、廃屋を砕く。

 もうもうと砂煙が上がる中、滅しきれなかったミドル級を伴い、もう一体、似た様な風体のラージ級が迫る。

 容易に排除されたミドル級を牽制に、ラージ級が獣の速度で迫り、右の拳を振り上げる。サブスキル『聖域転換』と共にガードを上げかけた詩季へと拳を振り下ろす寸前、ラージ級は横合いから飛んできた何かに殴り飛ばされた。もんどり打って吹き飛んだラージ級は、砕かれた全身を痙攣させながら詩季を威嚇する様に咆哮を上げる。だが、彼を全力で殴り飛ばしたのは彼女では無かった。

 まだ息のあるラージ級は不意に掴み上げられ、宙吊りの形になる。上半身を包み込む様に持ち上げられた彼は、インレを構成する黒い巨腕、『アウスラⅠ』と呼称される右腕に視界を覆い隠されていた。

 四肢の骨を砕かれた体では激しい身動ぎすら許されず、ラージ級が必死に体を揺さぶる中、右腕を構えた真霜が詩季の隣に並び立つ。

「くたばれよ……!」

 静かにそう言い、広げていた手を握った真霜に連動し、インレの五指がラージ級を握り潰す。骨格の砕ける音、肉の千切れる音と共に、夥しい量の体液が滴り落ち、ラージ級は生命活動を止める。最早原形も留めていない体は絞り尽され、残った下半身も、日頃の鬱憤を晴らすが如く、拳に潰された。

 気は済んだか、と言いたげな目を向けた詩季に頷いた真霜は、彼女と共にアイネ達を追って前進した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 数分後、ウォーターシップダウン+αは行動の兆候を見せないギガント級は一旦そのままに、全員で北上していた。念付の斥候としてドローンを配置してはいるが、それでも未だ行動しようとする兆候は見られなかった。

「念の為、AZはここで待機。ギガント級が行動を開始したら足止めに徹して。TZ以降はこのまま熱海入りし、2人を引き渡した後、援軍を要請し、あのギガント級を撃破してもらうわ」

 山中にある頼朝ラインの分かれ道で作戦行程を確認していたアイネは、即席で作ったマップデータに各人の役割を表示する。何かの拍子にギガント級が行動を開始するとすれば、この山を突っ切って近場の熱海に近づくと彼女は予測しており、AZに課せられた足止めはその阻止の意味もあった。

 阻止をしている間に、ノインヴェルト戦術が出来る百合ヶ丘のレギオンを連れて戦地に戻る。

 半ば楽観的とも言えなくもない作戦だが、然程浮世離れした話でも無い筈だった。

「無駄だと思います」と、作戦行程におけるその一文を見たアリスが手を上げる。

 怪訝そうな目を向けられた彼女は、自身の端末から熱海の基地の状況を引き出し、アイネ達へと送信する。共有された情報を開いたアイネがいの一番に目を見開き、正気なのか、と目を疑った。

 そこに書かれていたのは、現在、熱海には駐留するレギオンがおらず、フリーランスのリリィと工廠科だけがいると言う事実だった。つまり、熱海に向かってもギガント級に決定打を与えられる人材はいない、と言う事になる。

 そう言われればおかしな話だ、とアイネは自分の楽観視を恥じながら状況を考え直していた。

 あの百合ヶ丘が、基地の近隣にギガント級が出現して動かない筈が無い。今の今まで、向こうに動きらしい動きが無かったのはこう言う事情だったからなのだ、とアイネは合点した。

 ではどうするのか、とアイネが思案し始めるのを、アリスは呼び止めた。策を考える邪魔をされ、不機嫌になったアイネは胡乱げな顔を小さく片手を上げた彼女に向ける。

「引き渡し後、我々でノインヴェルト戦術を敢行しましょう」

 そう提案してきたアリスに、不可能だと反論しかかったアイネは、彼女の懐から現れた円筒状のケースに目を見開いた。メスシリンダーほどの細い外見に、使用前後を判定する為の封印シールが貼り付けられたそれは、百合ヶ丘時代にサンプルとして一度見た事のある代物。

 ノインヴェルト戦術用特殊弾のケースだ、と断じたアイネは、差し出されたそれに恐る恐る手を伸ばす。

「こんな物、どこで?」と、そう言いながらアイネはケースを受け取り、まじまじと見回す。

「レギオン行動中に持ちっぱなしだった物です。学院からの支給品ですから、現在我々の管理にあります。事態が事態ですし、上層部の心象は兎も角、事実としてはあなた方が悪く言われる事は無いかと」

「……良いでしょう。私達はデュエル世代で、ノインヴェルト戦術なんか、シミュレーションすらやった事無いけど。まぁ、やってみる価値はあるわね。これは一旦預かっても?」

 ケースを掲げて言うアイネに、頷きを返したアリスは、話が終わるや残弾確認をしている渚に束の間、熱い視線を送る。一瞬ムッとなりかけたアイネは、その視線が恋慕の類で無い事に気付いて眉をひそめた。一目惚れ、では無いとすればこんな視線を送る感情は一体何なのだろうか、とそう考えていた彼女は、優愛に呼びかけられる。何となく誤魔化して見せた彼女は被りを振り、優愛の後を追っていく。

 他人の感情の推理は先延ばしにすべきだ、と内心で言い聞かせながらも、あの視線、否、彼女自身から感じる雰囲気そのものに何処か嫌なものを感じてならなかった。

 分岐路を出発したアイネ達は旧来栖駅前に展開している百合ヶ丘の前線基地までの道をゆっくり歩いていた。事態の切迫さを考えれば剣呑とも言える行動だが、優愛達の背負いものが身体強化の対象外である事を考えればあまり負荷のかかる行動をすべきでは無い、と言う判断だった。

 旧市街を転用した前線基地の全貌こそは生い茂る木々に隠されて見えないが、一点光る場所がある事くらいは、空に伸びた光で感じる事は出来た。対人の戦争では無いとは言え些か迂闊に過ぎるその行為も、知性の無いヒュージには何を意味するかが分からないと断じての事だろう、と彼女は光を見上げた。

 出発して早30分が過ぎる。簡易ナビゲートでは50分近くかかる道のりを行く彼女は、不意に背後を振り返った。ギガント級が動いた兆候は未だ無く、むしろここまで来ると不気味だ。

 今、渚達はけしかけられた群れに対処している。山道の狭さを利用して10分間何とか捌いているが、その間もギガント級が動く気配は無い。奴が動く条件が一体何なのか、当面の議題としてそれを考えていたアイネは、不意に肩を叩かれる。

 振り返った先、ニコニコと笑っているアリスが話したそうに見つめていた。

「何かしら」

 話を聞く、と暗に示したアイネへ微笑を向けたアリスは、彼女の手を引いて横に並ばせると話を切り出す。それと入れ替わりにアンネリーゼが前へ出て彼女達と和美達を分断する様に歩く。単なる世間話では無さそうだ、と内心で察していたアイネは、楽しげに笑うアリスを半ば睨み付ける様に凝視した。

「姫神さんの妖刀使いとしての武勇を聞かせて欲しいのです」

 読み聞かせをせびる子どもの様な笑みで言うアリスを胡乱げに見たアイネは、封じていた違和感を再び呼び出す。腹を探るべきか否か、と頭の中で考えていたアイネだったが会話の流れを鑑みれば初手で探りを入れるのは不自然だろうと判断し、素直に答える事にした。

「そうね。でも実の所、渚はそんなに目立った事はしてないの。ヒュージのキルスコアも平々凡々、それでもその二つ名が付いたのは、あくまでも物珍しさから来てたものだと思うわ。わざわざ刀型の第一世代を使ってるの、あの子だけだったから」

 甲州撤退戦における対ヒュージ戦の実情をそう話したアイネの脳裏に、それとはまた別の情景が思い浮かぶ。負傷者回収部隊の護衛として参加していた最中、激しい戦闘で身内を喪い、自棄になった暴徒達が部隊諸共回収者達に襲い掛かったあの時。サクリファイスを手にした渚一人によって彼等は成す術無く無力化され、彼女の全身は夥しい返り血で真っ赤に染まった。喪服の様だ、と比喩される百合ヶ丘の制服すら鮮血に染め上げてまで大切な者を守り抜いたその姿は、彼女にとっては普段よりも一層輝いて見えた。それほどまでに自分は、彼女にとって特別な存在なのだ、と。

 だからこそ今、目の前で納得の声を上げている得体のしれない女から彼女を守る必要がある。何を考えて彼女に迫ろうとしているのか。否、彼女の何に迫ろうとしているのか、それをはっきりさせるべきだと。

「妖刀を使って何か大物を仕留めた、と言う事も無かった訳ですか?」

「そうね。もっぱら黒い方、サクリファイスばかり使ってたから。赤い方、ブラッドティアーズは甲州撤退戦でも滅多に抜かなかったわ。そうする必要も無かったから」

「あなた方は……。ああ、確か負傷者回収部隊に所属していたんでしたね。であれば積極的に攻撃する機会は少ないのも納得です」

 小さく首を縦に振り、合点が言った素振りを見せるアリスは、表面を取り繕ったアイネに向け、では、と話題を変える前置きを放つ。どうしても渚に関する情報を引き出したいらしい彼女は数瞬考え込むと何か探る様に口を開いた。

「シルト殺しの一件について。あの事件では凶器としてそのブラッドティアーズとやらを使ったと聞きます。その時の状況について、教えていただけますか?」

 話題に対しての嫌悪感を抑え込んでいる様な表情で、アリスは話題を切り出す。話題にするのは心苦しいとしながらそれでも聞かざるを得ない、とそんな雰囲気を醸し出しながら彼女はアイネの返事を待つ。

 質問の文言から意図を汲み取っていたアイネは、どうやら渚では無く妖刀ことアーヴィングカスタムに興味を引かれているのではないか、とそう推察していた。となれば、答えるべきはあの時のアーヴィングカスタムがもたらした被害だ。

「そうね。あの時、渚はブラッドティアーズを使ってシルトである強化リリィを殺害したわ。狂化し、暴走した彼女が他人を傷付ける前に、渚は彼女を始末した。痛みは感じさせない様に、一瞬で」

「強化リリィを、一瞬で……。その、強化リリィはリジェネレーターを持っていなかったのですか?」

「いいえ、持っていたわ。でも、ブラッドティアーズはそんな彼女を一瞬で葬れた。それが何故なのかまでは、私にも分からないわ」

 部外者に話したくない話題故に、嫌悪感を隠し切れないアイネは、黙して聞いていたアリスがその表情を別の意味合いに捉えてくれる事を期待し、暗に話題の終わりを告げた。受け取った言葉を咀嚼しているのか、黙したままのアリスへ疑問をぶつけようと彼女を見据えた。一個人の姫神渚について知りたいのか、それとも『妖刀使い』姫神渚について知りたいのか、そして、それは何故なのか。自分から彼女を奪い去るつもりでいるのか、と。

 協力して叩くにしろ、彼女を恋敵と認識すべきか否か。それをハッキリさせなければ、気が済まない。

「ねぇアリス。あなたは、ナギサの事をどう思ってるの?」

「どう、とは?」

「そうね。憧れの存在だとか、片思いをしているとか」

 平常心を保ちつつ、何の気も無くそう言ったアイネの仕草に、何かを察したアリスはくすくすと含み笑いを浮かべる。

「ああ。なるほど。そうですね。言葉にするなら、そう。憧れ、でしょうか。必要な時に、必要な事を決められる強い意志。私が備えるべき素質を、彼女は備えている。憧れずにはいられませんよ」

 どこか悲しげな顔を浮かべたアリスに、アイネは胡乱げな表情を浮かべる。憧れだ、と言うにはひどく悲しげなその表情は、彼女が抱えた事情の深さを物語る様だが、それが何なのかを理解するには、アイネは彼女の事を知ら無さ過ぎた。他人が打ち明かさない事情に首を突っ込めるほど、彼女は無邪気では無いし、無神経でも無い。

 彼女にとっては恋慕の類を抱いている訳では無いと分かった以上、それ以上何かを深く聞こうと言うつもりは無かった。彼女とはもう会う事など無いのだから、交流を深める事は時間の無駄になる。以前ならばともかく、今の自分はガーデンに所属するリリィでは無いのだから。

 一転して無言になった二人の間を、警告音が切り裂く。警告と共にレーダーが開き、遂にギガント級が動き出した事を知らせていた。同時、全員との通信が開かれ、いの一番に渚が声を上げる。

『こちらAZ、ダウン6。群れを全滅させたが、同時にギガント級が動いた。クソ、奴はこれを狙っていたのか?』

「ダウン7よりダウン6。あなたのその推測で間違い無いと思うわ。大方けしかける小物がいなくなったから実力行使、って所でしょうけど」

『指示を乞う』

「AZは事前の打ち合わせ通り、ギガント級の足止めを。7割くらいの力で山を越えない程度に遅滞させてくれれば良いわ」

『AZ、ダウン6了解(コピー)

 短い符丁の後、渚を始めとしたAZとの通信が切れる。残されたTZ以降およびアリスとアンネリーゼの2人に対し、アイネは時間を稼いでいる間に急ぎ、基地内に入る様、指示を出し、アリスと共に優愛の小脇を固めて跳躍する。なるべく急ぎつつも彼女が背負うリリィに負荷がかからない様には留意して跳躍した彼女は、3度の跳躍で警報ががなり立てる前線基地へと飛び込んだ。

 迎撃態勢を整えるリリィ達が、何事か、とアイネ達を見る中、先陣を切ったアリスが医療テントへと彼女達を誘導する。基地に居残っているのはフリーランスのリリィ達らしく、迎撃準備を整える動きは嫌に疎らだった。

「メディックはいますか?! 急患二名です!」

 そう声を張り、手当てをしている医療担当のリリィ達の目を引いたアリスは、おっかなびっくりと言った体の3年生の腕を引き、優愛達2人と引き合わせる。いきなりの事に面食らう3年生を他所に手近なベッドを確認した優愛は、黄昏に指示を出しつつ、背負っていた2人を下ろし、横たわらせた。いきなりの行為に、思わず声を出しそうになった3年生へ所属証を突き出した優愛は、一瞬ひるんだ彼女の懐に潜り込み、端末を起動する。

「詳細な経緯については後程ご説明しますが、百合ヶ丘所属2名、作戦中に四肢切断。Zにて応急処置を実施しましたが、大量出血による貧血状態です。お二人へ早急な輸血作業をお願いします」

 簡易カルテを見せながら手早く説明した優愛に、目を丸くした3年生は、催促する様に睨みつけてきた彼女に気圧され、部下である下級生達に輸血作業を指示。作業の開始を見届けた優愛は、これ以上いても仕方ない、とCHARMを手に、アリスの先導でテントを出る。背負っていた重荷が無くなり、幾分か軽快に走った彼女は警備役のリリィに囲まれ、揉めているらしいアイネの元へ急ぐも、不意に響いた爆発音に身を竦ませた。

 山頂、もう一つの山がそびえている様に見えるギガント級からの爆発音は、爆発閃光と共に咲いた渚達の戦闘音。その場に居るリリィ達も揃って手を止め、不安そうに音源の方へ、顔を向ける。その間に、警備役のリリィとアイネの間にアリスが入った。

「マリア、私のゲスト達に何か問題でもあったの?」

「あら、アリス。彼女達、あなたのゲストだったのね。ごめんなさい、知らなくて。彼女達について特に問題がある訳では無いけど、そう言った事については事前に史房(ブリュンヒルデ)へ申請を出してもらわないと困るの」

「その件についてはこちらの不手際ね。申し訳無いわ。でも、今は緊急事態なの。あそこの山の上にいるギガント級が見えるでしょう? 今からその討伐をしようとしてるの」

 同級生である警備役のリリィにそう言ったアリスは驚愕を返す彼女にウィンクをして見せた。

「無茶よ! あなたのレギオンはとっくの昔に出発しているのよ? ノインヴェルト戦術も無しにどうやってギガント級を仕留めるつもり?」

「いいえ、私もそこまで馬鹿じゃないわ。だからゲストを呼んだのよ。ねぇ、本当に申し訳ないけど、時間が無いの。この件は史房に伝えてくれて構わないわ。始末書や懲罰ならいくらでも受ける。だから、この場は見逃してくれないかしら」

「え、ええ。良いけど……」

 言葉の意味を飲み込み切れない警備役が戸惑う中、アイネ達に先に行く様、ハンドサインを出したアリスは彼女の手を取り、乱暴に上下に振って握手の形を取る。

「ありがとう。今度のお茶会、私が用意するから」

 そう言い残し、アイネ達を追ってアリスは敷地外へ跳躍していく。気疲れのため息を漏らした彼女は、苦笑を見せながら隣に並んだアンネリーゼに苦笑を返した。百合ヶ丘に来てから身に着けた処世術が、随分と板についてきたものだ、と自身を鑑みたアリスは、先を行くアイネを追いながら彼女に向けて通信機を起動する。

「それで、どうするおつもりですか。ダウン7」

『渚達からの状況報告によればどう足掻いても彼女達では下山を食い止められなさそうだから、(ふもと)で奴を仕留める。ジャック1、ノインヴェルト戦術のパス回しのセオリーは?』

(AZ)から後ろ(BZ)へ。それが定石です」

『了解。そんな事してられないから、いきなり定石破りで行きましょう。後ろ(BZ)から(AZ)マギスフィア()を繋いでいく。トドメの一撃(フィニッシュショット)は―――』

「フィニッシュショットはダウン6に。彼女の持つ、ブラッドティアーズの力を見たいので」

 アイネの言葉を塞ぎ、そう言い放ったアリスは、ムッとした顔を向けて来たアイネに、肩を竦めて見せる。それくらい出来るだろう、とそんな意味合いを込めて見返した彼女は、返礼としてため息を吐かれる。我が侭だったか、と一瞬顧みていたアリスは目的の為だ、と己の甘さを叱責しながら彼女を後を追った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 周りを飛び回る羽虫(リリィ)にむずがゆさを感じた大熊型のギガント級の大暴れは暴風を伴い、竜巻を相手している様な錯覚を渚に与えた。

 足止めしきれず、下山の体勢に入った彼が一歩を踏む度に、大木が小枝の様にへし折れ、巻き上げられた土砂が逆瀑布をぶち上げる。まさに特撮映画の怪獣そのものだ、と舌打ちしながら渚は止まり木を蹴り飛ばし、ギガント級へ斬りかかる。

 顔面を狙った一撃は鼻っ面の側面を袈裟に切り裂くが、手応えは無く、浅い切り傷を付けるのみ。

 すぐさまマギが傷口を塞ぎにかかり、顔面に寄った羽虫を叩き落とすべく、ギガント級が熊手を振り上げる。慌てて回避した彼女は、振り下ろしの衝撃波に巻き込まれ、墜落。錐揉み状態になった彼女をオリヴィアが寸での所で受け止め、近場の大木に着地した。

 木々に紛れた彼女達には目もくれず、山を下っていくギガント級を遠目に見る2人は、時間稼ぎとして体勢を崩すべく2手に分かれて跳躍した。囮役を買って出た渚は残弾少ないアンチヒュージウェポンを引き抜き、感覚器に向けて連射。その間に膝の裏へ滑り込んだオリヴィアが高出力砲を撃ち込む。

 アンチヒュージウェポンの攻撃に気を取られていたギガント級は、足払いの様な形で高出力砲を受け、バランスを崩してその場に倒れ込む。倒れた衝撃で土砂と大木が跳ね上がり、もうもうと砂煙が上がる。やったか、とそう思うより前に砂煙に遮られた光が渚へ向けられた。察知が遅れ、回避が間に合わず、大口を開けたギガント級に捉えられた彼女は咄嗟にサクリファイスを上げた。

「ナギサ!」

 絶叫を上げたオリヴィアが反射的に手を伸ばした刹那、容赦無く光線は放たれる。直撃した、と彼女が思うが結果は違った。

 渚とギガント級の間に入った何かが光線を遮り、拡散したそれがの山を削り切っていく。拡散した光線の一条一条が高出力砲と同じ威力で以って奔り、吹き上がった土のヴェールが渚を隠したのも束の間、宙に留まり切れなかったそれは降雨の様に落ちていく。

 隔たりが無くなり、渚の無事を確認しようとしたオリヴィアは、彼女の目前、もう一人のリリィが彼女を庇っているのに気付いた。銀に輝く左腕を前に出し、展開された光壁が力を失って消えていく。逆光になる形だったそれが消えた事で、銀腕の主の顔が月光に照らされた。

「あ、アリ……ジャック1?」

 戸惑い気味にそう言う渚へ、笑みを返したアリスは銀腕に備えられた柄を掴み、一息に抜刀。そのままギガント級へと跳躍した。いきなりの登場で呆気に取られていた渚は、いきなり開いた通信回線に目を見開き、応答した。

『ダウン7よりダウン6へ。良かった、間に合ったみたいね』

「ダウン7……! 彼女達は?」

『無事に引き渡せたわ。そちらの状況は? 全員無事?』

「ああ。さっきジャック1に助けてもらったよ。それで、今からやるのかい、ノインヴェルト戦術を」

『まだよ。先に、作戦について通達するから指定ポイントに集結を。その間、抑えはジャック1、2とTZBZが担当する』

 いつもの凛とした声に了解、と間髪入れず応じた渚は、遠目に見てくるオリヴィアとアイコンタクトを交わすと指定されたポイントへと降下する。

 任せきりで大丈夫だろうか、と心配が一瞬頭を過ぎるが、アイネがそんな無茶を強いる筈がない、とパートナーへの信頼がそれを掻き消した。

 ロングジャンプから、一息に下山した彼女達は和美を護衛につけたアイネと合流、同様に集結した詩季達と共にアイネとアイコンタクトを交わし、ブリーフィングを開始した。

「事前の打ち合わせ通り、これよりノインヴェルト戦術を敢行する。BZからAZに向け、パスを開始、ジャック1、2を含めた10人でマギを供給し、フィニッシュはそのままナギサに担当してもらうわ」

「最後が僕なのはそれは構わないけど、どうやるつもり? 恐らくサクリファイスじゃマギスフィアを吸収して消滅させてしまうよ。……まさか、ブラッドティアーズでやれって言うつもりかい?」

「ええ。その通りよ。そして、これはスポンサー命令。彼女、ブラッドティアーズの力を見てみたいんですって」

 半ば呆れ気味に言ったアイネがらしくもないサービス精神を出したのを、渚は意外そうな目で見る。止めてよ、と抗議する様に睨んだ彼女は、苦笑と共に渚から懸念点を返される。

「だけど、ブラッドティアーズはかなり消耗が激しい上に保護機能が全てカットされる。持ち替え時に隙が出来る事を加味すると、とてもじゃないけど実用的とは言えないんじゃないかな」

「大丈夫よ。そこについては方策を考えてる。フィニッシュを打つ際、私があなたにマギを供給し、同時に防護も担当する。動きにくくはなるけど、マギの消耗は多少マシになるでしょ?」

「つまり、フィニッシュの直前、君は前に出てくるって事だよね。大丈夫かい、君は―――」

 視力のハンデで戦闘機動が苦手な筈だ。そう続けようとした渚の言葉を、口に人差し指を当てたアイネが遮る。信じて欲しい、と視線で思いを向けられ、渚は思わず黙ってしまう中、下らなさそうにやり取りを見ていた真霜が水を差す様に口を開く。

「要は俺達ゃ変わらず前で暴れて、マギスフィアが来たら姫神まで流してお前を待てば良いんだろ? 何回りくどい言い回ししてんだよ。やる事はシンプルじゃねえか」

 拳と掌を打ち合わせた彼女は、水を差された事に不満を覚えたアイネに睨みつけられ、周囲の面々から半目を向けられる。その意図が分からず、気まずげに舌打ちした彼女は、適当な小石を蹴り飛ばしながらそっぽを向く。

 水を差された事で話題が尽きたアイネは、溜め息と共に解散を指示した。各々が肯定の返答を返し、最前線へと戻っていく中、アイネは腰のポーチに忍ばせていた特殊弾のケースを取り出す。

 キャップを捻り、封印シールを破りながら封を開けた彼女は、傾いたケースから滑り出したバレットの薬莢部分を掴んだ。一般的なライフル弾をCHARM用にスケールアップさせた様な外観のそれを見下ろし、一度深呼吸をする。諸定位置に全員が着き、準備完了の符丁がそれぞれから告げられる。

 やった事も無い戦術に縋るしかない現状に内心苛立っていたアイネは、小馬鹿にした様な笑みを向ける和美と目が合い、相変らず、と苦笑を返しながら深呼吸と共に苛立ちを少し解消する。意を決し、ダジボーグのチャンバーを解放、特殊弾を滑りこませ、閉鎖させる。

 回線をオープンチャネルに変更、付近の無線を持つ全員に聞こえる様に設定し、声高に彼女は宣言する。

「これより、LGウォーターシップダウンはノインヴェルト戦術を敢行する。無関係者は直ちに加害範囲より退避せよ」

 一息に言い切ると同時、真横に立つ和美のCHARM『DC-3004 フリス』の基部に銃口を向けたアイネは、躊躇無く引き金を引く。打ち出されたマギスフィアを受け止め、冷や汗を掻いた和美は、事前の打ち合わせ通り、近場へ移動してきた麻衣へスフィアを放る。

 運動音痴の彼女の全力で投じられたそれを優愛と交換したアステリオンで何とか捕らえ、『天の秤目』を起動した彼女は次にパスを回す予定のアンネリーゼへ、銃身へのダメージによる照準ズレを加味して照準する。

 照準ズレに気付いたのは先の銃撃戦の最中。狙った場所から僅かにズレて当たる事に気付いた彼女は、姉に預けていた期間に受けたストレスが自分の愛機の照準に変な癖を付けたのだろう、と推測していた。

 閾値(しきいち)以上では無いから銃身交換の必要は無いか、とそんな事を思いつつ、彼女は引き金を引く。

 瞬間、込めたマギが弾道に作用し、グラグラと不安定な軌道を描いてアンネリーゼへと飛翔する。それを観測した麻衣が舌打ちし、己の認識の甘さを呪った。ふらふらと覚束無い軌道で飛んだマギスフィアだが、発砲音で気づいたアンネリーゼが自らのアステリオンで難なく受け止め、アックスモードにしたそれを振るい、優愛へ届けた。

 ほぼダイレクトなそれをイシュヴァールで受け止めた彼女は、半ば暴走状態に近いスフィアの制御に苦戦しつつ、己のマギがどんどん消耗しているのを感じていた。

 早くパスを撃たないと不味い、と即断し、アパートの屋上から数百メートル離れた位置の黄昏へ腰溜めでパスショットを放つ。発射の瞬間、暴発と見間違うほどの衝撃を食らい、踏ん張りの利かなかった優愛の体が真後ろに吹き飛ぶ。ほぼほぼマギを使い果たした彼女がもんどおり打って屋上から落下する直前、アンネリーゼが受け止める。一息ついたアンネリーゼの腕の中、消耗しきった優愛はそのまま気絶した様に目を閉じた。

 優愛の全マギを吸い取って放たれたマギスフィアは超音速弾と化し、弾道をブレさせながら飛翔する。

「ッ!」

 パスが来ると直感し、空中でコア部分を突き出した黄昏は受け止めた衝撃で大きく吹き飛ばされる。腕で吸収しつつも殺し切れなかった衝撃が柄から伝達され、右の手首に激痛が走った。

 呼吸を荒げつつも、次に繋ぐ行動を優先した彼女は痛めた右手から左手に持ち替え、展開していたブレードセルを回収。鞭の様にブレードを展開し、先端部にマギスフィアを出力しながら、スリングの要領で加速を付けたそれを詩季に向けて撃ち出す。

 直前、ギガント級の振り下ろしの風圧を防いでいた詩季は、その反動を利用して後方転回し、上下180°逆転した状態でスフィアを受け取った。反転から戻り、展開した障壁を足場に跳躍した彼女は体表からのビームを回避しつつ高度を取り戻す。

 直後、ギガント級の背から放たれた誘導弾4発が宙で分裂し、各それぞれ6発に分裂した子弾が横に回り込む様な軌道で詩季を追った。瞬間、詩季はエルアライラーを左に持ち替え、右手にアンチヒュージウェポンをドロウ、ノールックで子弾に向けて連射し、数発を迎撃する。

 迎撃の爆風が彼女を襲う中、残る弾頭と挟み込む様にギガント級の主腕がフック軌道で迫る。大剣の如き爪を捉えた一瞬、レアスキル『フェイズトランセンデンス』を発動、マギの増幅を足裏からフル出力でマギを放射、スラスター代わりにして上方向へ推進。

 そのまま前方転回で主腕に着地すると、弾切れのアンチヒュージウェポンをホルスターに差し直し、右手にエルアライラーを持ち替え、銃口を上げつつマギスフィアを宙へ投じる。

 詩季の頭上ギリギリに飛んだスフィアは滅茶苦茶なマギ注入で崩壊寸前に陥っており、球形を保ちきれなくなっている。が、知識の無い彼女が気に留める事は無く、投擲の後、反転し、足裏の障壁で腕の上を滑走しながら誘導弾を全て迎撃する。推進力を与えられていないスフィアはゆっくりと詩季の背後へと落ちていくが、その間に迎撃が終わり、エルアライラーを振り上げた彼女が再び捕らえ直し、体表から跳躍した。

「ジャック1!」

 降下しつつある詩季は、次のパス相手を呼び、真横へスフィアを投じた。そこには誰もおらず、スフィアは虚空へ吹き飛ぶかと思われたが、風の様な速度で跳躍したアリスが寸での所で受け取る。

 オーバーロード寸前のマギスフィアは、教練を積んだレギオンのそれよりもずっと強力であり、且つ非常に危険な代物となっていた。受け止めたガントレットから激しい紫電が迸り、許容範囲ギリギリのマギを受けた事で一瞬システムダウンを起こす。

 強制排出を勧告するインジケーターが鳴り響く中、彼女を狙ってギガント級が口に膨大な量のマギを溜め込む。

 咄嗟に防御しようとしたアリスは、砲撃を逸らすが如く打ち上がった鉄拳に目を見開き、直後、熱海の空に凄まじいエネルギー量のビームが迸る。月明り以上の光量のそれを背景に、打ち上げた鉄拳を回収しながら真霜が降下してくる。

 アドレナリンによるものか、歯を剥いて笑う彼女が右腕を振り上げるのに意図する事を察したアリスは左腕を振り被り、自身のマギを込めたスフィアを放出した。有するエネルギー量の激しさ故に、放出と同時に爆音を轟かせ、スフィアは真霜に向けて猪突する。

「ちゃんと取れよ、ダウン2!」

 歯を剥き、笑いながら真霜はマギを込めたフルスイングでスフィアを殴りつける。フックの軌道で拳を叩きつけた彼女は直角に軌道変更したそれの行方を目で追う。

 紫電を伴い、酷く軌道を乱すスフィアは、軌道を先読みして飛んでいたオリヴィアの元へ吸い込まれる様にして進んでいく。

 サイドグリップも使って構えられたティルフィングのコアにスフィアは直撃し、暴力的なマギの塊はCHARMへと吸収されていく。が、内包したマギの総量に中てられ、頑丈な筈のティルフィングですら一瞬のシステムダウンを引き起こさせられる。アラートすら消失する中、着地前に復旧が間に合い、咄嗟に最大出力の身体強化を入れ、オリヴィアはクレーターを生みながら着地する。砂煙が舞う中、更地になりつつある山肌からギガント級を見上げたオリヴィアは、着地の衝撃で地滑りの兆候を見せた足場に気付き、その場から飛び退く。

 再起動後も、保持し続けているマギスフィアのエネルギー量にティルフィングは悲鳴を上げ続けるが、オリヴィアはそれを無視し、手頃な成木に着地して周囲に目を向ける。

 彼女が探しているのは凶暴な球回しの終着点である渚では無く、彼女と共に一撃を見舞うパートナーであるアイネの姿だった。瞬く間にマギを吸い尽くす妖刀『ブラッドティアーズ』を使う以上、供給役を担う彼女が来なければフィニッシュは打てない。

「ダウン2よりダウン7、今どこにいますの?」

 呼びかけた彼女は、自身を狙った大型誘導弾を回避し、爆発で飛び散った成木を足場に跳躍。そのまま大きく距離を取り、渚の傍まで移動する。彼女と渚の眼前、滝の様に山の斜面が崩れ落ちていく中、流木よろしく土砂で流れ落ちていく成木を足場に、覚束無い足取りでアイネが上ってきているのに気付いた。

「アイネ!」

 渚が飛ぶより早く、オリヴィアは彼女の元へと飛ぶ。

 砂煙が舞う中、ふらふらとしながらも何とか上り切ろうとするアイネは滑り落ちてきた成木を前に一瞬判断を失う。動揺で姿勢を乱した彼女に向け、成木は容赦無く襲い掛かるが直前で割り込んだオリヴィアが粉々に蹴り砕いた。

「アイネ、手を! アイネ!」

 動揺しきりのアイネの腕を掴んだオリヴィアは、そのまま彼女を抱き寄せると手近な岩に着地し、足場にして高く跳躍する。腕の中、不慣れな事をして息も絶え絶えになっている彼女を見下ろしたオリヴィアは、通信機を起動する。

「ダウン6、このままノインヴェルト戦術を続行しますわよ! 準備なさい! 二つパスしますわよ!」

 叫んだオリヴィアは、太い枝を蹴りながらティルフィングを構え、アイネを前へと軽く放り、体勢を180°変更。彼女を蹴り出す姿勢を取って渚を待つ。

「ダウン6、了解!」

 彼女が意図する事を汲み取り、先まで今までに無い緊張感を感じていた渚は、手にしたサクリファイスの作用で薄らいでいくその感覚を彼方に捨て、駆け出す。

 オリヴィアが何処にアイネを投げ、そしてどこでマギスフィアを投じるかを予想し、彼女は跳躍する。事前に打ち合わせた訳では無いが、何となく肌で分かっており、それはオリヴィアも同様だろう。予想地点の直前でサクリファイスからブラッドティアーズへ持ち替え、赤の妖刀を起動させる。

 直後、ヒュージ以外の動体を検知したブラッドティアーズから警告が響き、そちらへ視線を向ける。

 視線の先、オリヴィアに打ち出されたアイネを捉えた渚は、彼女へ手を伸ばし、受けた勢いそのままに横ロールして巻き込む様に抱き留めた。固定できた事を確認するや間髪入れず、カウンタースラスターで回転を相殺。

 腕の中に納まったアイネとアイコンタクトと微笑を交わした直後、じんわりと暖かな感触が体を伝わり、アイネからのマギ供給によってブラッドティアーズに吸い上げられていたマギが回復していく。

『次、パスを撃ちますわよ!』

 そのまま始まりかけたラブロマンスを警戒して、一応の警告を出してくれたオリヴィアから爆発音が轟き、紫電と彗星の如き眩さを伴ってマギスフィアが放たれる。アイネと共に姿勢制御し、寸での所でキャッチした渚は、身を回しながら着地する。

 直後、スフィアを吸収したブラッドティアーズから出力異常の警告が視界に表示される。珍しく悲鳴を上げた妖刀からの所定操作の要求に従い、渚は柄に取り付けられたトリガーを三度引いた。

 瞬間、出力リミッターが解放され、マギスフィアからの供給により、ブラッドティアーズが過剰活性し、そのバックファイアが渚を襲う。

「ぐ、ァあああああッ!」

 通常なら何の事も無い妖刀たる所以が、この時ばかりはコアからの制御を離れて暴走し、異常な程の出力を放つ。指向性を失った赤いオーラが柄を通して渚の体内に流入し、強烈な出力そのままに彼女の神経を掻き毟る。

 思わず柄を放しそうになるが、流れ込んだマギが神経の伝達を混乱させて腕の制御すら一時的に奪い取り、苦しみから逃げる事を許さなかった。同時、過剰出力を転化した赤いオーラが刀身長に沿って夥しい渦を巻き始め、酷く汗を掻いた彼女の目下で本格的な出力の開放を今か今かと待ち受けていた。

 崩れ落ちかけた渚の体を、咄嗟に支えたアイネは、マギの逆流で赤黒く染まった彼女の右手を見下ろし、絶句した。

「ナ、ナギサ。ごめんなさい、こんな事になるなんて……」

「良いんだ、アイネ。今は、奴を倒す事を優先しよう。僕の体の事は、それからで良い」

「……わ、分かったわ」

 戸惑いつつも、渚の促しに従ったアイネは、動揺で中断していた供給を続行し、彼女と共に最高高度まで跳躍する。

 ギガント級を遥かに飛び越す高さまで跳躍した渚は、脇目も振らず熱海中心部へ向かおうとするギガント級を見下ろし、ブラッドティアーズを握り締める。

 思念操作で全出力リミッターを解放、それに伴い、滞留していたマギスフィアの出力が巨大なマギの刃となって成形され始める。それに合わせ、渚は切っ先をギガント級の背に向け、照準を合わせる。自由落下が始まるまでの間がやけにゆっくりと過ぎ、過集中状態の彼女はマギに反応したギガント級が振り返ろうとするのを見る。

 大口を開けながら振り返ろうとするそれに、ほくそ笑んだ渚は剣を引いてマギが成形されてくのを待つ。ギガント級が振り返り、口腔に溜め込まれたマギが放たれんとするのと同時、渚は切っ先を突き出す動きで巨大な刃となったマギを撃ち放った。

 大振りのそれは余波からアイネを庇う様な形になり、爆発音に等しい轟音を砲声として幾重もの衝撃波を伴った。放たれた刃の砲弾の禍々しさと対比する様な神々しいギガント級の砲撃は、暴力的なマギ総量の差によって真っ向から切り裂かれ、砲弾はそのままギガント級へ直撃。堅い外殻を押し潰しながら熱海の大地へ叩き付ける。高圧縮マギの持つ熱量と付随する疑似的な質量の作用により、全体的なシルエットが溶解していき、板挟みになったギガント級は声も上げられず潰されていく。

 ギガント級の肉体を掘削していった砲弾が大地に直撃すると同時、信管に触れたが如く町一つを包むほどの大爆発を起こした。爆風が周囲に展開したレギオンメンバーを襲い、当然、高空を飛んでいた渚達も例外無く吹き飛ばされる。

 防護障壁を最大出力で展開したアイネは、自らを盾にはげ山へハードランディング。数度のバウンドの後、地盤にしがみついていた成木をへし折って停止する。全身の激痛と、肌に感じた風で、辛うじて生きている事を実感した彼女は、腕の中で気絶している渚に気付いた。

「ナギサ……。ナギサ!」

 体を揺さぶると、バックファイアで焼け爛れた右腕からブラッドティアーズが滑り落ち、空しい金属音を立てる。右腕から僅かに白煙を上らせていた彼女は、内包するマギを全て使い果たして気を失っていた。

 絶えず供給していた筈なのにどうして、とそう思っていた彼女は、フィニッシュショットを放つ前から交感の感触が無くなっていた事に気付いた。フィニッシュショットに伴うバックファイアを警戒して渚側から打ち切ったのだろう、と推測した彼女は、赤黒く変色した彼女の右手を見下ろした。

 軽い気持ちで自分が彼女にフィニッシュを依頼しなければこうはならなかっただろう、とそう思い、自分の認識の甘さを呪うと同時にここまで彼女を痛めつけたブラッドティアーズの異常さに背筋を冷やしていた。一風変わった第1世代CHARMと言う今までの認識が全て間違っていたのだ、とそう思うと同時に、ではこのCHARMは何なのだ、とアイネは恐怖していた。

(知る必要があるわ。ウォーターシップダウンの司令塔として、ナギサのパートナーとして)

 未知を恐怖し続けるのは停滞以外の何物でも無い。このCHARMの正体が分からないのならば、知るべきだ。ブラッドティアーズを、否、アーヴィングカスタムと言うCHARMの正体を。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 再チャージを終えたアガートラームの障壁で爆風を凌いでいたアリスは、深い感嘆の息を吐きながら脈動する様に赤いスパーク光を放つ爆心地を見下ろしていた。

 そこはブラッドティアーズが生成した砲弾が直撃した大地であり、凄まじい爆発を起こしたそこにはギガント級の残骸は一切残っていない。直撃で生まれた直径30m近いクレーターは球形の爆発によって同じ深度まで抉られており、その威力の程を知らしめていた。

 マギスフィアによるブーストがあるとは言え、妖刀こと、アーヴィングカスタムは凄惨なまでの破壊力を示してくれた。高い攻撃力を持つブラッドティアーズならではの被害とは言え、戦術級との事前評価は何ら間違っていないと言える。

 だが、奪って使う事を企図するには、まだ障害が残っている。

『姫様、如何でしょうか』

「ええ、上々よ。予想を遥かに上回っていたわ。とは言え、これはノインヴェルトによるブーストもあるから、一概にイコールとは言えないけどね。戻ったら引き続き情報収集を続行する様、連絡しましょう。俄然手に入れたくなって来たわね」

『でしたら、ヒメガミナギサの物を奪っては如何でしょうか?』

「出来るならそうしたい所だけど、運用にあたってきな臭い話があるから、今は止めておくわ」

『きな臭い話?』

「ええ。例のシルト殺しの直後、接収したウチの工廠科が解析を試みた。けど、それが出来なかった。分解はおろか鞘から刀を抜き出す事すら出来なかったらしいわ。誰の手を使ってもね」

『……つまり、使い手が限定されている可能性がある、と』

「そうだと思うわ。だから、フリーになっている物が無いかの調査と、ロックの解除方法の二つを知る必要がある。それを、戻ったら指示しましょう」

『了解しました。……姫様』

「何、アニー」

『あなたがどんな道を行こうと、私は最期まで、あなたの味方です。例え、あなたに裏切られようとも』

 真剣そのものといった声でそう言ったアンネリーゼにアリスは苦笑を漏らした。あり得ない話だ、と内心で返しながら。彼女はいつだって自分の味方だった。だから、自分も彼女の味方であり続ける。遠い故郷を失い、異邦の地で身を寄せ合った最愛の彼女を、この先裏切るなんて事はあり得ない話だ。

 そうでなければ、『計画』を実行などしていない。信頼できる、パートナーがいなければ。

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