新宿区上空無人輸送機器内・18:00──―。
地下駐車場からの車両輸送を経て無人機に乗り込んだウォーターシップダウンは、けたたましい羽音を鳴らす機内に在っても尚、至極落ち着き払った態度で過ごしていた。
剥き身のグングニル・カービンを下げ、一人窓の外を見ていた優愛は、対地警戒も兼ね、黒煙の燻る街並みを見ていた。
ビームの光が迸る大通り、乗り捨てられた車列は爆発の残り火を燻らせ、一帯を埋め尽くすスモール、ミドルの群体がアスファルトの色を覆い隠しながら、避難民を守るリリィへ迫る。ネオンサインの様な、青白い粒子ビームが断続的に迸り、津波の様に迫る怪物達を返り討ちにしていく。
だが、その勢いは止まらず、彼女達は背負った避難民諸共、群体に飲み込まれて姿を消した。それを悔やむでも、憐れむでも無く、ただ目の前の現実として見下ろした優愛は、先の光景も新宿で起きている悲劇の一コマでしかない、とどう思うでも無く、胸中で呟いていた。
彼女達を怪物から救うのは自分達の仕事では無いのだ、と慰める訳でも無く、そう付け加えた彼女は、到着を告げるアラートと同時の減速Gでたたらを踏み、辛うじてバランスを取った。
ゆっくりとしたGの感触と共に降下し、着陸すると同時に突き上げる様な衝撃が優愛の足元を揺らす。同時、優愛は通信機のスイッチを入れ、グングニル・カービンを起動した。
「総員降機」
アイネの号令一下、AZから順に機体から降り、アイドリング状態のそれを中心に、各々射撃武器を構えて対空警戒を開始する。彼女等が警戒するのは飛行型ヒュージで、彼等によって無人機が破壊されれば、弁償などの問題が降りかかる事になるが為の警戒だった。
それはさておき、渚達から援護を受けた優愛は、最後尾の麻衣と共に降機、しゃがみ込みつつ彼女から受け取った観測器を足下のルドビックラボに向けた。その隣、アステリオンを構え、天の秤目を発動させた麻衣も同様にラボを監視する。
真新しいコンクリートの白さが目を引くラボの天井には、これまた目を引くほど大きな孔が穿たれており、熱線によって破壊されたのか、孔の端部は一部が融け、焼け焦げている。恣意的な破壊の痕跡を残すそれがヒュージ達を野に放った地獄の門の痕跡である事は疑うまでも無い。
角度と明度の問題で人工的に望遠された視界では薄暗い孔の中までは見えず、優愛は諦めてラボの入り口を流し見る。一帯を観察する彼女はそこにあるにはあまりにも不自然な大型コンテナと、放置されたロープに気付き、通信機に手を掛ける。
「
観測器内蔵カメラで注目箇所を捉えた優愛は、自身が不審と称した大型コンテナをズームアップする。成人男性の平均身長程の高さの大型コンテナには片側3つずつ、何かを格納するスペースが設けられており、何かをルドビックラボに侵入させる為の物である事は容易に推察出来た。
沈黙するアイネの返答を待ちながら、優愛は観測器を巡らせ、新宿御苑の一帯を撮影する。撮影が終わると同時、敵影を観察していたらしいアイネが沈黙を破る。
『ダウン7よりダウン4へ。周辺に敵影は?』
「認められず」
『
簡潔なアイネの指示へ、優愛は了解を返す。すぐさま最適な位置を割り出した彼女は、ポインターを経由してLZを指定し、拡張現実に明確な位置を記す。
「ダウン4よりダウン7へ。ポイント完了。監視続行します」
『ダウン7、コピー。これより指定ポイントへバニーチームを降下させる。周辺索敵と援護を続行せよ』
「ダウン4、コピー」
応答を返した優愛の視界、詩季達バニーチームの4人がビルから飛び降りていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
抜刀したヨートゥンシュベルトを逆手に、ビルから飛び降りた詩季は、肌を刺す風の感触を感じつつ、ポイントされたLZへ向かっていた。装着したインカム越しに風切り音が耳朶を打つ中、ウェラブルコンタクトに表示された高度計がインカムと合わせ、高度警告を表示する。
瞬間、詩季は他の面々共々180度姿勢を変え、地面に足を向ける。高度計の数値が規定値を超えた瞬間、詩季は足裏からマギを放射、減速で発生するGを歯を食いしばって耐える。血液が偏り、視界に暗転がかかるが、CHARM側の保護機能によって半ば強引に意識を引き戻される。
減速し切れなかった詩季は、そのまま足裏に障壁を展開して着地。そのまま滑走しながらマギの放射を続け、再度減速を掛けた。
「バニーチーム、
減速を終え、優に数十メートルを滑走していた彼女は、全員の無事を確認する。報告と共に、ヨートゥンシュベルトを左手に持ち替えた彼女は、右のホルスターから拳銃型
攻撃の出来る兵装を持たない和美を除いた3人は、それぞれ死角を補う様に背を預けて周囲を警戒する。銃口を巡らせている間に渚達が着地し、各人が射撃用に持ち替え、変形させる。
「アッシュチーム、
号令と共にハンドサインを出したアイネに頷き、詩季達AZはラボへと侵入、アイネ達も追従する。清潔感のある趣の建屋内は、照明が全て落ち、破孔から差し込むぼんやりした光だけがロビーを照らしていた。
一息にロビーへ飛び込み、左右に分かれた詩季と渚は、背後にそれぞれ置いていた真霜とオリヴィアと共に、銃口を巡らせる。
「クリア」
ロビーを見回した詩季は敵影無しと判断し、符丁を唱えて移動する。背後に真霜を置いた彼女は、他の部屋に通じる廊下の一つ一つに銃口を向ける。対岸は渚がオリヴィアと共に確認しており、機械的な程の線対称で、彼女達はロビーに通じる通路口を見て回る。
「左クリア」
『右クリア』
確認を終えた詩季と渚の符丁を合図に、アイネ達が内部に侵入し、二手に分かれ、彼女達の後を追う様に移動し始める。それを他所に、詩季達はロビーの最奥部、破孔を避けた先にある階段に向けて進み、通路口を挟む様に渚と並んだ。
見えない射線を交差させる様に、AHWを構えた詩季と渚は、最後尾にアイネ達TZ以降が付いたのを確認し、一気に突入した。一本道になっている通路を進み、階段のある突き当たりまで彼女達は進む。
L字状の突き当たり、その脇道へ銃口を向けた詩季は、背後に真霜を通し、次いで渚達を通す。列の最後尾に付いた麻衣が通過すると同時に彼女の肩を叩き、自身の背後、列の最後尾に付ける。
真霜の先導で2階に上がった詩季達は、アッシュ、バニーに分かれてフロアの捜索を開始する。詩季を先頭にし、真霜を最後尾に置いたバニーチームは、何の変哲も無い一部屋に狙いを定め、内部に突入した。
資料保管庫、と書かれたそこに先行して突入した詩季は、鼻腔を刺激した悪臭に思わず顔を歪めた。紙、樹脂、そして肉。あらゆる物の焼けた臭いが混じった悪臭のカクテルが部屋の中を満たしており、場慣れした彼女達ですら吐き気を催すほどだった。
「何なんです、この臭い」
自動的に切り替わったコンタクトの暗視モードの中で、黄昏が腕で鼻を覆っていた。緑がかった視界は、鮮明とは言い難いものの、暗所で誰が何をしているのか位は、容易に捉えられる画質だった。
黒く染まった戸棚には変色し、醜く変形したファイルが並べられていた。一つ一つに焼け跡が刻まれたそれの中身が無事では無い事は容易に想像がつき、実際、和美が手に取ったひとつは中身まで焼けていた。
「証拠隠滅、って所かしらね。ほら、あれとか」
軽めの口調でそう言う和美が指差す先、真っ黒く染まった人型がまるで胎児の様な格好で倒れていた。肉が焼けた様な異臭の正体に気付いた詩季と黄昏が足を竦ませる中、和美は一人、笑みを浮かべながら歩み寄る。
「よく焼けてるわねぇ。皮が真っ黒よ」
手にしたフリスの柄で倒れた人間を小突いた和美は、黒く焦げ、ボロボロと崩れ落ちていく皮膚を見下ろす。崩れ落ちた皮膚の向こう、焼けた食肉の様に白色へと変わった人肉が露出する。死体は焼けた事による収縮の負荷に耐えきれず、骨格が砕けており、胎児の様、と称した体の一部はあらぬ方向へ曲がっている箇所が散見された。
縮こまり、固まり切った死体を転がした和美は、首と頭部に銃創を見つける。原形を保ったままの頭部に貫通痕は無く、首の銃創は3分の1を抉り取っており、致命傷である事は疑うまでもなかった。
「
『アッシュ4、コピー。こちらも同様の状況よ。明らかに外部からの証拠隠滅が施された痕跡がある。
「バニー2、コピー」
呆れ気味に出されたアイネの指示に。和美は少し喜に弾んだ声色で了承を返す。お化け屋敷を楽しんでいるかの様な和美は、無言で俯く黄昏の対岸、口元を抑えている詩季に触れた。驚愕と言うよりも発狂に近い声を上げ、身を竦めた彼女にくすくすと忍び笑いを向ける。
「ここを調べても何も出ない可能性が高いわ。他の部屋を捜索しましょう」
青い顔で震えている詩季に笑みを向けた和美は、ついでの様に黄昏も後押しして外へ出る様に促す。部屋から押し出された彼女達は、別室の捜索に移るが、どの部屋も同じ様に入念に破壊され、人々は容赦なく殺害された。
物言わぬ肉塊としてフロアの各地に放置された彼等は、何れも確実な殺害を期した弾痕が穿たれ、室内に遺棄されたものは先の遺体と同じく、部屋ごとこんがり真っ黒に焼かれていた。
そんな状況では回収できる情報も針の先程の分量しかなく、苦心して回収できた情報も、毒にも薬にもならない様な物ばかりだった。
「結局このフロアで回収できたのは、研究員の個人情報ばかりでしたね……」
回収してもしょうがない個人情報を閲覧した詩季は、溜め息と共に端末を下ろす。執拗とも言える程の入念さで以って、証拠が抹消されており、残されたものも、外部の人間が手にしても意味の無いものばかりだった。
明らかに誰かの手が加わっている。それも、この施設内の人間では無い、プロの火消屋の手が。
『アッシュ4より
「こちらバニー4、全員無事です。それで、捜索の方ですが、部屋が軒並み破壊されており、目立った物は回収出来ませんでした。出来ても従業員の個表が各部屋1、2点程。組織に係る書類については軒並み破壊されていました」
『そう、奇遇ね。こっちもそんな感じよ。まぁ、破壊が容易な上階に、重要書類を保管するほど向こうもバカじゃないと思うけど。了解したわ、じゃあ上に上がりましょう。3階の捜索後は一旦ロビーに戻り、地下階層に移動する』
淡々としたアイネの指示に了承を返した詩季は、通信を切ると待機していた面々にハンドサインを出し、上階への移動を指示する。
そんな彼女等を、天井に張り付いた”何か“が僅かな青い光を眼光に灯し、静かに見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
3階まで上がった彼女達は、結局目立った収穫の無い事に徒労感を感じていた。潜伏する残敵の確認と言う意味では無駄足では無かったが、それと引き換えに、世界残酷物語の一ページをじっくり読まされる羽目になった。
残虐な破壊の証拠と、誰かも分からない従業員の個人情報を手に、詩季達はロビーへ戻る。相変わらずぼんやりとした明かりが、破孔から降り注ぎ、新宿の厄災の中心である事を除けば、幻想的とすら思える程だった。
そんな月明かりを避けた彼女達は、次の行動、”地下階層への移動“を行う為、別の通路へと移動していた。機密対策故か、地下への階段は上階の階段とは別の位置に配置されており、その場所も来客からは目立ちにくい所にあった。
先頭を行く渚の背後に付いた詩季は、暗視モードの視界に射殺された死体を映し、堪らず目を背ける。悪趣味なインテリアの様に、まばらに転がされたそれらは頭の後ろ半分が吹き飛んでおり、ザクロ状になった死体からは、頭から零れた体液が肉片と脳漿の合挽を押し流しながら廊下へ流れ出ていた。
半端に乾いた体液の溜まりを踏む度、足裏に張り付いたそれがにちゃにちゃと粘度の高い不快な音を鳴らす。血の色の足跡を廊下に刻みながら進んだ彼女等は特に接敵するでも無く階段を降りる。
敵の待ち伏せを警戒し、慎重に階段を下りた詩季達は、降りた瞬間に広がったむせかえる様な死臭に表情を歪めた。特殊加工がなされたリノリュームの床に血が広がり、まばらに遺棄された元研究員の死体達は身に纏う白衣をどす黒い血で斑点模様に染めていた。
「クリア」
短い符丁を呟いた渚の背後を過ぎ、1ブロック先を確認した詩季は、彼女と同じ符丁を通信に向けて唱える。それを合図にアイネ達が一息に階段を下り、周囲を確保する。1階に輪をかけて暗い地下空間は、暗視モードの補助が無ければまっすぐ歩く事すらままならない程だった。
「どこ行っても死体が平積みされてやがる」
不快な悪臭に堪らず悪態を吐いた真霜は、順手に持ち直したヨートゥンシュベルトを振り回し、詩季よりも前へ出る。敵がいるでもなくただただ死んだ人間の腐臭を嗅がされるだけの現状は、彼女にとって全く面白くない状況なのだろう。
悪臭を遠ざけるかの様な溜め息には隠しきれない程の苛立ちが包含されており、弄んでいるヨートゥンシュベルトからは乱暴な風切り音が鳴る。
「
「うるっせえ! いい加減戦わせろ! イライラすんだよ!」
「ッ! 触るな、ダウン1!」
苛立ちそのままに倒れ伏した死体を蹴り飛ばした真霜へ、切迫した表情の黄昏が今までない無い程、声を張り上げる。フロアに響くほどのそれに眉を顰めた真霜は、甲高い金属音に気付き、足元を見る。ころころと乾いた音を立て、オリーブドラブに染められたリンゴが彼女の足元に転がる。
「伏せて!」
そう叫び、黄昏は後続への防御態勢を取る。彼女より前に位置していたAZも全員が距離を取り、防御姿勢を取る。瞬間、死体に隠されていた対人手榴弾が炸裂した。爆発と共に破片が飛び散り、咄嗟に展開した障壁を嬲る。
リノリュームの床が焦げ、飛び散った破片があちこちに突き刺さる。白煙が換気扇の止まった空間に充満し、庇った黄昏の背後、耳鳴りと入れ替わりに優愛の咳込む声が聞こえてくる。
「無事ですか?」
背後を振り返った黄昏は、頷きを返すアイネに安堵の表情を浮かべるや、白煙の向こうにいる真霜を睨み付けた。気だるげに片膝を立てた彼女は、詰め寄ってきた黄昏を睨み返すと、彼女に胸倉を掴み上げられた。
「どうしてこちらの警告を無視したのですか」
刃の様に鋭い視線と酷く冷えた口調を向けた黄昏は、不満げな真霜に掴み返される。お互いにお互いの胸倉を掴み上げる格好になった彼女達の間へ詩季が割り込む。
「ちょ、ちょっと二人とも。今はそんな事してる場合じゃないって」
上から割入る様に腕を下ろし、胸倉の掴み合いを解除した詩季はお互いに距離を取らせる。自身を間に挟み、一触即発の彼女達を交互に見た詩季は、楽しげな表情を浮かべて歩み寄ってきた和美に気付く。
「前々校の知識が生きたわね、黄昏」
ねめつける様にそう言った彼女から、ばつが悪そうに顔を背けた黄昏は、不思議そうに見てくる詩季からも逃げる様に顔を背けた。
「今のは?」
それは兎も角、と割り込んだ渚は、飛び散った破片を見回しつつ、いの一番に予想していた黄昏に問いかける。彼女等に背を向けたままの黄昏は、周囲を見回しながら説明を始める。
「ブービートラップです。遺体の下に対人手榴弾が仕込まれていました」
淡々と答えた黄昏に、一先ずの納得を返した渚は、黙したままの彼女に何かを問いかけようとした詩季を視線で黙らせた。頷きと共に下がる彼女に一礼を返し、渚はアイネへ通信を繋げた。
「
『ダウン7、了解。じゃあ、フロア内の捜査を開始して』
「ダウン6、了解だ。皆、移動しよう」
揉め事は御免だ、と言わんばかりの目を周囲に向け、そう言った渚がAHWを手に先を行く。楽しみを取られまい、と真霜が慌てて後を追う中、得物を見下ろした黄昏は疑問を含めた詩季の目に気付いた。
ブービートラップに勘付けたのは何故か、とそう問いたがる目に射竦められた彼女は、詩季と重なる様にして忌々しく思っていた記憶がフラッシュバックする。ヒュージの群れに焼かれ、壊滅したコロニーの中、たった一人で防衛し、戦闘不能に陥った自分を救った一人のリリィ──―。
──―三朝詩季。
血に汚れた自分を救った英雄。自分が手に入れられない栄光を手にするに相応しい存在。
(私の過去など、あなたには関係の無い事です。詩季さん。あなたは何も知らなくて良い)
内心そう呟いた黄昏は、シューティングモードに切り替えたままのダインスレイヴを手に、真霜の後を追う。決意を胸に先を行く彼女を心配そうに見送った詩季は、オリヴィアと共にその後に続いて歩き出す。
程無くして、何事も無かったかの様にフロアの捜査が始まる。だが、やはりと言うべきか、フロア内に保管されていた資料は徹底して破壊されており、残敵の確認を終えた彼女達は早々に下の階へ移動しようとしていた。
だが、階段へ続く道は分厚い鉄の扉で固く閉ざされていた。穿たれた破孔の傍に位置するそれには対マギコーティングが幾層にも施され、どうやっても容易な突破が見込めそうにないそれに詩季達は足止めを食らっていた。
「何なんですの、コレはぁ!」
忌々しげにそう言いながら鉄の扉に全力の一撃を入れたオリヴィアは、見事に受け止めたそれの表面を撫でた。ミドル級にすら致命傷を与えかねない彼女の蹴りを受けても尚、僅かにへこむだけに留まっており、こじ開けられるだけの隙間が空く事を期待して放った一撃は、全くの望み薄だった。
「怪力女の蹴りじゃ無理か。なら、俺のシュベルトで……!」
「止めとけ、シュベルトでぶん殴っても刃が欠けるか折れるのがオチだ」
「じゃあどうやりゃあ良いってんだよ」
肩にヨートゥンシュベルトを担った真霜は、扉を触っている麻衣に悪態を吐く。月明りに照らされたそこでは暗視モードは解除されており、ぼんやりとした光の中に吸い寄せられる様に彼女達は集まっていた。本当に鉄の塊であるらしい扉をしきりに叩いた麻衣は、この分厚い鉄の塊をこじ開けるにはどうしたものかと短機関銃型のAHWを手に頭を抱えていた。
「どう、マイ。開けられそう?」
「まぁ、出来なくは無い。ダインスレイヴのバスターランチャーを最大出力で照射すれば、だけど。でも、構造材が分厚過ぎて焼き切るまでに時間がかかるし、そんな事すれば余波でここら一帯は確実に崩壊する」
「そう。じゃあ代替案を考えないとね」
苦笑を浮かべたアイネに頷いた麻衣は、ウェラブルコンタクトに青図面を表示する。腕のコントロールデバイスを使い、携帯端末から必要な情報を取り出した彼女は、早くも代替案を思いついた様だった。
「アイネ、近くにエレベーターがある。カゴがここで止まって無ければシャフト伝いに昇降できると思う。まぁ、向こうの状態次第だろうけど」
「そうね。じゃあ、この際、アッシュとバニーに分けて状況確認を行いましょうか。アッシュがエレベーターの状況確認を担当するわ。バニーはこの場で待機し、退路の確保を。エレベーターの状況確認が終わり次第、バニーはこちらに合流し、下に降りる」
「コピー」
淡々と符丁を打った麻衣は、扉の傍で待機していた渚とオリヴィアを先行させ、エレベーターホールへと向かう。途中、アイネと優愛も合流し、チーム単位になった彼女達が闇夜に消えていくのを、詩季は無言で見送る。
「また待機かよ。俺も向こうの方が良かったぜ」
そう言いながら、心底つまらなさそうに扉へ凭れ掛かった真霜は戦意が失せているのか、ヨートゥンシュベルトを腰に差し直していた。体を揺らす度にコツコツと切っ先が扉を叩き、黙して待機する詩季達の気を散らす。
刃が扉を小突く音以外、沈黙だけが場を締める中、片膝を立てた状態で通路を警戒していた詩季が口を開いた。
「ねぇ、愛染さん、さっきの罠、どうして察知できたの?」
純粋に気になる、と言う素振りで問いかけた詩季は、自身の背に触れていた黄昏の足が竦んだのに気付いた。
「愛染さん?」
小刻みに震える感触に、少し心配になった彼女が背後を振り返ると酷く動揺した黄昏と目が合った。彼女の表情の意図が汲めず、心配になった詩季が立ち上がり様、彼女の頬へ手を伸ばす。
指先が触れそうになる瞬間、黄昏は反射的に腕を掴み、力一杯握り締めていた。特に痛がるでも無い詩季はきょとんとした顔で見返し、それに射竦められた黄昏は、はっとした顔で手を離した。
「す、すいません」
「え? あ、ううん、大丈夫です。それより、愛染さんこそ大丈夫ですか?」
「…………大丈夫です。お気になさらず」
心配から顔を背け、表情を隠した黄昏に、変わらず心配そうな顔をする詩季は、不意に気配を感じ、元々警戒していた通路側を振り返った。そのタイミングで優愛からの通信が届き、詩季が応じる。
『ダウン4よりダウン5へ、エレベーターの状況確認が終わりました。シャフト伝いに下りられそうです』
「ダウン5、了解しました。ですが、合流は難しいかもしれません」
『と、言うと?』
通信機の向こうで優愛が問うのに合わせてなのか、暗闇の中に青い光が灯った。2mほどの高さに灯ったそれは、徐々に近付くとその主を月光が照らし出した。
フレームと最低限の装甲を備えたそれは一見すれば金属で出来た人体骨格模型の様であり、極僅かな軋みだけが聞こえる足音が、目の前の存在が早速湧いて出た怨霊の類を思わせる。
「敵です!」
全貌を見て即断した黄昏が叫ぶと同時、彼女を庇った詩季がAHWを発砲する。胸部と頭部に3連射ずつ、屋内戦用の実弾が叩き込まれるが装甲が弾き飛ばし、それを合図に正体不明のロボットは目を赤く染め、緩慢だった動きを倍速の様に早めた。
「ッ!」
咄嗟に身構えた詩季は、振り下ろされたクローアームをヨートゥンシュベルトで受け止める。彼女の頭を狙ったクローアームは、体格差で押し込みながら、まるで生き物が歯噛みするかの様にガチガチと開閉する。
両手添えで耐える詩季は、体勢を落とすと背後で振り被っていた黄昏の一撃を叩き込ませた。CHARMのフルスイングを検知したそれは、ヨートゥンシュベルトを手放すと、空いた左のクローアームでダインスレイヴの刃を受け止めた。
「しまっ……!」
顔を引き攣らせた黄昏を他所に、詩季はヨートゥンシュベルトのナックルガードで胸部を殴りつける。快音と共に機械はよろけ、後退る。その隙を逃さないと言わんばかりに、真霜が破孔側から垂れ下がったままのラぺリングロープを使って飛び込む。
「うぉおおおおッ!」
振り子運動で勢いを付けた彼女は、横薙ぎにヨートゥンシュベルトを振るった。快音と共に頭部装甲に傷が入るが、致命傷には至らず、反撃とばかりにアームによるラリアットが腹部に打ち込まれる。
「がッ!」
機械の膂力で呆気なく吹き飛ばされた彼女は、宙を舞い、そのまま破孔へと落下していく。
「真霜!」
思わず叫んだ詩季の声は空しく反響し、意識混濁した真霜の体と共に落ちていく。
落ちていく彼女を見下ろし、軽く動揺していた詩季へ冷や水を掛ける様に、ロボットが襲い掛かる。表面の態度とは裏腹に、極めて冷静にサーベルで左のクローを往なした彼女は、返す刀で首の装甲を狙うが、往なされた動きそのままに上半身を回転させたロボットの一撃を右脇に食らう。
通路の左側にあった壁を砕いて詩季が吹き飛ばされる中、和美共々残された黄昏は、形勢不利を悟る。
「こちら
恐らく無事であろうアイネ達へと増援を求めた黄昏だったが、返って来たのは通信と外部で二重に重なった戦闘中と思しき雑音だけだった。アイネの物らしいマイクから、優愛の悲鳴がドップラー効果で遠のいていく中、激しい剣戟の音が響き渡る。
渚か、オリヴィアか、あるいは両方か。いずれにしても救援を望む事は叶わないと理解した黄昏は、周囲に視線を巡らせる。
『ごめんなさい、こちらアッシュ4。どうしたの?』
「いえ、接敵し、救援をと思いましたが、そちらも同様の状況の様ですね?」
『ええ。そうなの。先に
狼狽の後、風切り音と共にアイネの悲鳴が聞こえ、そしてノイズと共に通信は途絶える。いよいよ望みが無くなったと内心毒づいた黄昏は、右の逆手にダインスレイヴを持ち、その腕で和美を抱き寄せた。
「どうするつもり?」
鈍く汗を掻き、問いかける和美に視線で答えた黄昏は、その先にあるラぺリングロープを凝視する。火消し部隊が残した物らしいそれを忌々しく思いつつ、彼女は左手で3を作る。3カウントを意味するそれを見た和美は、黙々と頷きを返す。
間合いを読む為か、ゆっくりと迫るロボットを前にした黄昏は、0カウントと同時に走り出した。右腕で和美を抱えた彼女がロープを掴み、飛び込みの勢いを吸収したロープが大きくたわみ、振り子運動で戻ろうとする彼女達をロボットが待ち構えていた。
黄昏の頭を掴み取ろうとクローアームを広げたそれだったが、引いた右腕を伸ばすより前に背後から袈裟に切り裂かれ、軋みを上げて倒れていく。バチバチと火花を散らすロボットの残骸の向こうでは、膝をついた詩季が肩で息をしていた。彼女の姿を確認した黄昏が安堵する中、蹲った彼女は胃の中の物を吐き出し、びちゃびちゃと水音を鳴らす。
口腔に残った胃酸を吸い込んで激しく咳込んだ彼女は、先の戦闘からは考えられない程、酷く消耗していた。
「黄昏、降下中止よ。三朝さんの容体確認を行うわ。この状態の彼女を放っておくのは危険よ」
メディックとして即断した和美は、少しでもフロアに近づこうと身動ぎするが、抱えられている為にロープを大きく振るわせる事は出来ず、むしろ無軌道にロープを暴れさせるだけだった。
「無茶言わないで下さい、これから降下しようと言うのに……!」
腕の中で暴れる彼女に抗議した黄昏は、ロープ伝いに下方向への衝撃を浴びる。がくん、と上下に揺さ振られる様なそれに、彼女が顔を上げた瞬間、打ち込まれたペグが床の構造材ごと抜け落ちた。
和美の悲鳴で、蹲っていた詩季が顔を上げた時にはすでに彼女達の姿は無かった。死んだ、と知覚した彼女の脳裏は連想ゲームの様な形で、頭の中に押し込められていた級友達の死に様を呼び起こしていた。
──―また誰かを見殺しにした。
──―あの時と同じ様に。
脳裏に反響する誰かの言葉から逃れようと、耳を抑えた詩季は叫び声を上げる。その声に惹かれてか、もう一機のロボットが姿を現す。渚達からの激しい抵抗にあったらしいそれは満身創痍の五体を引きずり、詩季へと歩み寄る。
唯一残った右のクローアームで壁際に抑え付け、圧殺にかかったロボットは、身動きの取れない彼女を嘲笑うかの様に赤い燐光を迸らせる。
(このまま、死ぬんだ……。私、このまま……)
肺が圧迫され、骨が軋む痛みと共に意識を遠のかせる詩季は、内心に諦観を懐かせようとするが、それをある感情が邪魔していた。
(怖い)
死への恐怖。幾度も目にしてきた、死ぬと言う概念。その人が将来成すべきであろう事の何もかもが消え去り、そして、時と共に故人の記憶は掠れて消えていく。声も、顔も、性格も、思い出も、死者に纏わる万事は朽ちて、生者の頭から消えていく。
例え死んでこの世界から消え去る事が、自分にとっての救いだとしても。
私は──―
「──―死にたくないんだぁあああッ!」
朦朧とした意識の中、口を突いて出た叫びは、なけなしの空気と共に体内にあるマギの軛を解き放つ。目を青く染めた彼女の全身から、無差別に高出力のマギが放射される。それそのものは攻撃用では無いとは言え、陽炎を伴う程の高エネルギーを有するそれが、満身創痍だったロボットにトドメを刺し、稼働停止したそれと共に意識を失った詩季は、放射されたマギで脆くなった床を砕かれ、下の階へと落ちていった。