アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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殺し合いGameの始まり



第2話『Opening Game』

 2週間後、4月下旬。

 タブレット端末でネットニュースを見ていた渚は、下北沢で起きた大規模な戦闘をピックアップ。

 名立たるガーデンのリリィ達が集い、即席の混成でギガント級2体を討伐したと記す記事を流し読みした彼女は、広い会議室に集ったアイネ達ともう1人のリリィに視線を流す。

「下北沢で大規模な戦闘があったんだね」

 話のタネにそう切り出した渚は、早朝と言う事もあってか反応の悪い面々に苦笑を漏らしていた。

「何でナギはそんなに元気なのさ~」

「冨亜奈と違って夜型じゃないからかな」

「う~……。エナドリ買ってこようかなぁ。今日もつまんないコンプライアンス研修だったら寝ちゃうよぉ」

 酷い隈をした小柄なリリィ、黒木冨亜奈は夢遊病者の様にふらふらと立ち上がろうとする。

「おはよう諸君。早朝からすまんな。……おい、黒木。席に着け。話が出来んだろうが」

「すいません、監査官殿ぉ。あのぉ、眠気覚まし買って来ても良いですかぁ?」

「長話はしないから後にしろ。……昨日、国家公安委員会から極秘に協力を要請された。内容はこれだ」

 そう言い、部屋を暗転させて持ち込んだメモリーカードを差し込んだ監査官、三沢真波は共用のポインターを手に取った。

「八王子に建設されたG.E.H.E.N.A.のラボへ、差出人不明の爆破予告が送りつけられた。実行時刻は本日の12時。これから現場に出向き、周辺調査の補助と警備を実施する。質問は?」

「持ち込む装備の規模は」

「通常装備で良い。相手はテロリストだ。使う火器もたかが知れるだろう」

 ポインターの電源を切った真波は、納得するアイネから視線を外し、冨亜奈の方を向く。

「他に無ければ解散しよう。黒木が限界だ。総員、装備を持って0930に駐車場集合、以上だ」

 そう言い、暗転を解除した真波は、渚に冨亜奈の面倒を任せ、先に退室する。

 残された渚達は、各々緩慢な動きで立ち上がると大きく伸びをする。

「退屈な研修が無くなったと思ったら、爆破予告の犯人捜し。全く、事の寒暖差で風邪をひいてしまいますわ」

 やれやれと首を振るオリヴィアは、手元のタブレットを操作するアイネに視線を向けた。

 眼鏡型の視力代替デバイスを掛けている彼女は、隊員全員とデータリンクを繋げる。

「これも仕事よ、オリヴィア。さて、装備がまとまった。全員に転送するわね。優愛はグングニル・カービン、麻衣はアステリオン。優愛は護衛についてもらうから少し重装気味に。

麻衣はいつも通り狙撃用の装備で。渚とオリヴィアはいつも通りで良いわ。朝食は軽めに、必ず摂りなさい」

「バックアップで何か持っていった方が良いものは?」

「アサルトライフルタイプのアンチヒュージウェポンくらいかしらね。対テロ用ならそれ位で済むから」

 タブレットに目を落とすアイネに、了解を返した薄茶色のポニーテールの少女、卯月優愛は、双子の妹である麻衣を連れて会議室を後にする。

 折を見たオリヴィアも、渚から寝入った冨亜奈を受け取り、後に続く。

「僕達も行こう、アイネ」

「ええ」

 渚から差し伸べた手を受け取ったアイネは、彼女のエスコートでフロアを進む。

 2年前と変わらない、手の優しさに表情を綻ばせていたアイネは、顔を僅かに振り向かせた渚に気付いた。

「朝、何食べる?」

 のん気な口調でそう問いかけた渚に、苦笑を漏らしたアイネは、そうね、と一拍置いて口を開く。

「無難にBLTサンドイッチ、かしら」

「良いね。カフェテリア、空いていれば良いけど」

「大丈夫。30分もすれば開くわよ」

 くすくすと笑うアイネに、渚は決まり悪そうに苦笑する。

 待機室のロッカーに到着した2人は、先客であるオリヴィア達と並び、それぞれの得物であるCHARMに手を伸ばす。

 渚は日本刀型のCHARM、『アーヴィングカスタム』2振りを、アイネは専用カラーに染められた『トリグラフ』を手に取る。

「オリヴィア、冨亜奈は?」

「一旦待機室のソファで寝かせてますわ。まぁ、すぐに叩き起こしますけど」

「酷だなぁ……」

 CHARMを強化プラスチック製のケースに収めながら渚は苦笑する。

 自分と冨亜奈の分を手にしたオリヴィアは、肉付きの良い尻を叩いてきた麻衣を不満そうに見下ろす。

「ルド女のリリィにそこまでしてやる義理は無いでしょ。私達はともかく、アイツはまだルド女の飼い犬だ」

「それはそうかもしれませんが、仮にも同じチームのメンバーですのよ? この位の協力なら、害は無い筈ですわよ」

「果たしてどうだか。聞けばアイツ、G.E.H.E.N.A.のインターンらしい。スパイ目的でここに来たのは明白でしょ」

 鼻で笑いながらアステリオンと測距センサーを同期させる麻衣に、オリヴィアは顔をしかめた。

 そんな彼女等を見ていた渚は、忍び笑いと共に口を開いた。

「仮にそうだとして、僕等に選択肢があるとは思えないけどね」

「そうね。今の私達は『[[rb:どこの誰でも無いリリィ達 > ノーバディ・リリィズ]]』だもの。それに協力してくれるリリィがいるだけでも、ありがたい話よ」

 渚の言葉を補強する様なアイネの言葉に、納得せざるを得なかった麻衣は、超小型PCを閉じる。

「分かってるよ。けど、だからって心を許す様な素振りはすんなって話。それで、朝食はカフェテリアに行くんでしょ? 先に行って、席取ってくる」

「あ、私も行きますわ! お待ちになって!」

 ケース詰めのアステリオンと狙撃装備一式を担ぎ、不機嫌そうな麻衣が出て行く中、ケース2つと冨亜奈を担いだオリヴィアが追走していく。

 下手すれば近所迷惑になりかねない騒ぎ振りに苦笑が止まらなかった渚は、背後でため息を漏らすアイネを振り返る。

「全く。朝から喧しいこと」

「あはは。まぁ、でも、いつも通りじゃないですか」

「それもそうだけど。変わらなさ過ぎるのも考えものね」

 分割状態のトリグラフを納めたケースを立てたアイネは、用意した装備を担ぐ優愛に応じる様に手に下げた。

 退室前に室内を確認した彼女等は、カードキーでの施錠を行うとその足でカフェテリアへと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 10時30分、八王子市・G.E.H.E.N.A.ラボ。一見町工場に見えなくも無い没個性な建物の周囲には、制服姿の警官達が点々と立つ。

 オリヴィア、冨亜奈と共に別働している渚は、彼等の合間を縫う様に、建物の周りを周回し、警戒していた。

「つまり、現状変わった点としては職員の方が職員証を紛失した以外に無い、と」

 ラボの一角、応接室で現場責任者と対面していた真波は、対岸で粘る汗を掻く禿頭の中年にねめつける様な目を向ける。

 しきりに汗を拭く彼は、極悪非道な研究者、と言うよりしがない中間管理職の様。

 事実、このラボの研究内容は、悪名高い過激派よりは穏便な、リジェネレイト能力を応用した人体の再生技術。

 狂犬に噛まれるならまだしも、常人相手なら凡そ攻撃される謂れの無い場所だった。

「紛失後、ラボのセキュリティ履歴に何か不審点は?」

「警備部からは何の連絡も。該当職員の職員証も速やかに再発行されたと連絡を受けております」

「なるほど……」

 相槌を打ち、後ろで侍っていたアイネを振り返った真波は、アイコンタクトを交わす。

 一瞬何か考えた彼女は、真波の耳元に顔を寄せる。

「……念の為、セキュリティ履歴のチェックをした方がよろしいと思います。又聞きで判断している可能性が」

「……だろうな。黒木に依頼してくれ。ここは良いから、アイツの監督をしていてくれ」

「……了解しました」

 静かに一礼したアイネが、通信の為に退室していくのを見送った真波は、改めて責任者に視線を向ける。

「申し訳ありませんが、念の為、セキュリティ履歴の確認をさせていただきます。宜しいですね?」

「え、ええ。問題ありません」

「それと、備品保管庫のチェックも。管理体制の確認と合わせ、実施させて下さい」

 応接間のスマートテーブルに、地図を表示した真波は、指で備品倉庫を囲んでみせる。

 刃の様な彼女の視線に射竦められた責任者は、動揺を見せながら頷くと、テーブルの上に置いていたアイスコーヒーを口にする。

「ありがとうございます。では、次の話題になりますが、改めて御ラボの研究内容について確認を」

「研究内容の確認……。ひ、必要でしょうか?」

「ええ。申し訳ありませんが、事、ヒュージに関連する組織は、表明内容と異なる事を、現場でしているケースが絶えませんので」

 淡々とそう言う真波から発せられる殺気に、中てられた責任者は生唾を飲み下す。

 それを了承と受け取った彼女は、持ち込んでいたタブレットの内容を読み上げる。

「御ラボの研究内容は、ブーステッドスキル『リジェネレイト』を応用した人体の再生技術の研究。それで間違いありませんね?」

「え、ええ。はい。間違いありません」

 真波の読み上げに恐る恐る応じた責任者は、ちらちらと時計を見始める。

 その反応を見た彼女は頃合いか、と判断してタブレットを納めた。

「長々とご協力いただき、ありがとうございました。質問は以上になります」

 そう言い、立ち上がった真波は胸を撫で下ろしている責任者へ一礼すると部屋を後にする。

 廊下に出た彼女は、通信機を起動すると、渚とオリヴィアに繋いだ。

「姫神、マルクルス。周辺警戒解除だ。お前達は備品保管庫のチェックを行え。爆破物がある可能性が否定できない。職員には私から一言言っておく。ロビーに来い」

『こちら姫神、了解しました』

「周辺警戒だが、何か目立った点はあったか?」

『それについてですが、特には。至って平和ですよ』

「そうか。なら配置転換しても大丈夫そうだな」

 安堵を含めた様な口調でそう言った真波は、相槌を打った渚との通信を一言告げた後に打ち切る。

 ロビーに戻った彼女は、監視目的で待機している警官を捕まえると、倉庫管理者を呼ぶ様に伝えた。

「監視官、お待たせしました」

「ああ。今呼んでもらっている所だ。こちらに到着次第、案内してもらえ」

「承知しました。それで、尋問の方はどうでしたか?」

 腰の刀の具合を直しながら問いかけた渚に、真波は嘆息を返す。

「一応の成果はあった。ここの連中は守るに足る連中(マヌケ)だ」

 脳裏に気弱そうな責任者の顔を浮かべた真波は、憂鬱そうな顔をして再び溜め息を漏らした。

 受付カウンターに凭れかかった彼女は、苦笑を返す渚に視線を向けると受付のペンを一本手に取った。

「リリィを玩具にするクソ野郎共とは違う。絵に描いた様な穏健派だ」

 手持ち無沙汰にペン回しをしながら、そう言う真波に渚は不思議そうな顔をする。

「しかし、それなら何故ここが狙われるのでしょうか」

「爆破予告をしたゴミに聞いてくれ、としか言えんな。しかし、これで結末がただの悪戯だとしたらそいつをブッ殺しても文句は言われんだろう」

「いっそ悪戯で済んでくれた方がまだ良いかもしれません」

 くすくすと笑う渚は、倉庫管理者に気付いた真波に促されてその場を後にする。

 軍靴の音が遠のいていく中、真波は通信を起動する。

「クラウンベック、状況報告」

『こちらクラウンベック。セキュリティ履歴を確認していましたが、案の定紛失した筈の社員証が使われている形跡がありました。最終履歴は5日前です』

「やはりな。社員証の通行経路を確認しろ。この研究所はセクション毎に認証が必要になっている筈だ」

『了解しました。何か分かり次第、また連絡します』

「……ああ。頼む」

 疲れ切った声でそう返した真波は、懐から端末と眼鏡を取り出す。

 細身のシルバーフレームが特徴の眼鏡をかけた彼女は、端末を操作し、渚の視界を自身のそれの一角に映し出す。

『こちらが、倉庫になります』

 渚が身に付けた通信機の外部マイクが、何も知らない倉庫管理者の声を拾い上げる。

『ありがとうございます。ところで、こちらでは主に何を管理されているのでしょうか』

『主に薬品を。ですが、保管に当たり、国からの認可は取得していますし、特に危険な薬品は、区分けし、施錠を施してあります』

 何気無く聞いた渚の質問に、嫌な顔一つせず、担当者は答え、危険薬品の保管所を指した。

 一目で分かるほど厳重な区画は、幾ら平和ボケしたラボとは言えど、そう簡単に内部に入る事は叶いそうに無い。

『承知しました。ご丁寧にありがとうございます。オリヴィア、手分けしよう』

 そう言う渚は、何を探すか、については流石にはぐらかしていた。目の前の人間に余計な不安を与える可能性があるからだ。

 渚のケアに感心しつつ、端末を操作した真波は、ウィンドウを拡大し、倉庫の荷を検めていく彼女の視界を見ていた。

 数列回ったそれに割り込む様に、麻衣からの呼び出しウィンドウが彼女の視界の中に現れる。

「こちら三沢。卯月妹、どうした?」

 渚の視界を消し、呼び出しを受けた真波は、姿勢を戻しながら周囲を見回す。

『こちら卯月妹。ラボの外に動きが。宅配業者と警官が揉めてます』

「宅配業者? こんな時にか?」

『はい。敷地外にトラックが駐車しています』

 麻衣の視界で操作された観測センサーの映像が送信され、塀に沿う様に路上駐車している業者のトラックが映し出される。

 光学補正された映像は、トラックの側面に記された業者名まで鮮明に映していた。

「了解した。一旦退避する。下手に撃つなよ。曲がりなりにもここは市街地だ」

 指示を出しつつ、腰に手を回した真波は、腰に挟んでいた『グロック19』自動拳銃を引き抜いてスライドを引き、差し直した。

 何かあった時の備え、だが武装する事が許されていない監査官である彼女には、迂闊に使う事の出来ない代物。

「卯月姉、聞こえるか。こちら三沢、すまんが迎えに来てくれるか」

『了解です、監査官』

 返答を受けつつ、逆光にならない距離まで玄関口に近づいた真波は、報告通り揉めているらしい人だかりを見ていた。

 台車に乗せられた1m四方の段ボールを見つめていた真波は、大回りに歩いてきた優愛と合流する。

「お待たせしました。行きましょう」

 リリィと呼ぶには些か重装であるボディアーマーに身を包んだ彼女は、ケブラー製のバリスティックシールドとグングニルカービンを手にしている。

 捜査に加わる事を前提としない、真波を守る為の防御特化の装備。マギ節約も兼ね、防護障壁無しでも護衛出来る様に選択されていた。

 最も、生娘に着込ませるにはあまりにも重くて暑苦しいそれだが、優愛は嫌な顔一つせず、真波を待っている。

「ああ」

 自己嫌悪を飲み下し、相槌を打った真波はエスコートに動く優愛の後ろに付いた。

 ラボを後にし、外に出た真波は、警官と押し問答を繰り返す業者を遠目に見ていた。

「こんな時にも大変ですねぇ」

 のん気にそう言う優愛だが、それでも彼らに盾を向ける事は止めない。

 人ではなく化け物退治をしてきた彼女達だったが、それでも鉄火場で鍛えられた野生の勘は業者達の周りに纏わりつく死の匂いを敏感に感じ取っている様だった。

「卯月姉。あの業者、どう見る」

「黒、と言う訳では無さそうですけど、白でも無いと思います」

「ほう」

 ふわふわした見た目によらない優愛の鋭い意見に、真波は感心する。

 何も知らない様子の業者は不審な動き一つ無く、周りを囲む警官3人に反論しているが、それにしては周囲の状況に対しての警戒心が無さすぎる。

「騙されている、と見るのが良いのかなって思いますね」

「良い意見だ。私も同じだよ」

 付け加える様に言う優愛に同調した真波が、出入り口に差し掛かろうとする。

 瞬間、背後から閃光が瞬き、同時に爆音が彼女の耳朶を殴りつけ、遅れて爆風が吹き荒れた。

「監査官!」

 飛散物を盾で防いでいた優愛は、もう使い物にならないそれを投げ捨て、身を屈めた真波に覆い被さる。

 真波よりも優愛の方が背は低いが、彼女が展開する障壁の範囲内には収まっており、そのまま彼女達はバンへ走る。

優愛(アッシュ2)よりアッシュユニット、ラボの外で爆破攻撃が発生!」

アイネ(アッシュ4)よりアッシュ2、監査官は無事(グリーン)?』

「アッシュ2よりアッシュ4、グリーン」

『了解。アッシュ2、そのまま護衛継続』

 カービンを手にした優愛と共に真波が周囲を見回す中、眼前のトラックがホイールスピンから急発進する。

 それを見た真波が通信機に手をかけた瞬間、住宅の堀を貫通して右後輪が撃ち抜かれる。

 強烈な衝撃を受け、右スピン状態に入ったトラックはバランスを崩し、横倒しになって通りを滑走する。

「アッシュ2、ドライバーの救出に行け。自分の身は自分で守れる」

「え、あ、はい!」

 移動車両の荷室を開け、床下からライフルケースを引き出す真波に促された優愛は、戸惑いがちにトラックへ走っていく。

 横倒しになり、諸々のタンクを破損させているトラックに飛び乗った優愛は、天に向いた運転席側のドアノブに手をかけ、素直に開くかどうかを確認。

 衝撃でひずんだドアは、硬い手応えで容易に開かない事を示唆し、それを感じ取った優愛はカービンを近接モードに切り替えた。

「ッ!」

 片手持ちで力一杯ヒンジを殴りつけた彼女は、片持ちになったドアを引き剥がすと、シートベルトで宙づりになったドライバーの脈に手を当てる。

 死んではいない事を確認した彼女は、CHARMのダイレクトアタックパーツでベルトを切断し、彼を引き上げた。

「ドライバー確保。衝撃で気絶している模様」

『了解した。念の為、ボディチェックを実施しろ。そいつが起爆した可能性もある』

「了解しました」

 応答し、ボディチェックを始める優愛を遠目に見た真波は、単身爆破現場へ引き返す。

 真っ黒く焦げた地面の周囲には爆発の衝撃を受けた人間が飛び散っており、いずれも即死しているものと真波は断定していた。

「クソ、やってくれたな」

 焦げた段ボールのかけらを拾い上げた彼女は、忌々し気に呟くと悪臭立ち込める爆心地に近付く。

 粗悪な爆薬を使ったらしく黒い煙と刺激臭が立ち込める中、衝撃で真っ二つに割れた台車を蹴飛ばす。

(釘などの類は無し、爆薬による爆発を傷害要員とする安物か)

 鼻を覆いながら内心状況をまとめた真波は、懐の端末を取り出し、協力を要請してきた国家公安委員会の担当者に繋いだ。

「私です。ええ、やられました。死者4名。凶器は予告通り爆薬でした。飛散物は無し、ただ炸裂させるだけの簡単なものです」

 そう言いながらやっと後始末に動き始めた警察にその場を譲った真波は、報告を終え、端末を懐に戻した。

 上着のポケットから紙巻を取り出した彼女は、1本咥えると傷付けられた百合の意匠が見えるライターで火を点けた。

『アッシュ2より監査官。ボディチェック完了。携帯端末を所持していましたが、それ以外に怪しいものは見受けられません』

 紫煙を揺蕩わせながら優愛からの報告を聞いていた真波は、生返事を返しながら一息放った。

「こちら監査官。了解だ。ドライバーの搬送は警官に任せ、私と合流を」

『アッシュ2、了解しました』

「残りのユニットも戻ってこい。一旦ホテルに撤収し、状況を整理しよう」

 指示し終えた彼女は咥え煙草を吸い込むと、今一度爆破痕を忌々し気に振り返った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 黄昏時に差し掛かった八王子市内、ラボから離れた立地にあるビジネスホテルの一室。

 監査官用に一部屋宛がわれたそこに、チェックインを終えた渚達は集まっていた。

 ヤニの匂いに顔をしかめる彼女らを見回した真波は、3本目の紙巻を灰皿に擦り付け、添え付けのホロデバイスの電源を付けた。

「総員、昼はご苦労。まんまとやられた訳だが、諸君等に大事が無くて何よりだ。では早速、情報共有に移ろう」

 気だるげな口調で労いつつ、デバイスに繋いだPCを操作する真波は、国家公安委員会経由で入手した現場の写真を表示する。

「爆発は職員用駐車場で発生。警官、業者計4名が死亡したが、その他の重軽傷者は無し。爆発物に釘や金属片などの類が確認されておらず、殺傷性は低かった物と見られている。

爆薬も黒色火薬や化学肥料の類で、肝心の爆発その物の威力も低い」

 スライドには、放射線状に飛び散ったすすで真っ黒く変色したコンクリートが映し出される。

 古いカートゥーン映画でしか見られない様なそれは、使用された火薬が相当に粗悪な物である事を示していた。

「起爆には遠隔装置が利用された痕跡があったが、詳細は不明。以上が、関係各部署に開示されている情報だ」

 一息つき、開封しっ放しの缶ビールを煽った真波は、ホロデバイスに隣接したデッキに凭れ掛かった。

「それで、ここからはお前らが見た事を聞かせてもらうとしようか」

 ロング缶をデッキに置き、腕を組んだ真波は、苦笑を浮かべる渚に話を振った。

「保管倉庫ですが、特に異常はありませんでした。保管品も、引火性の高いものや保管に注意が必要な物がある、と言うだけで、方法や状態に特に問題や危険性がある事とは思えません」

「それに、保管容器の外殻も固く、完全に誘爆させるには相当量の爆薬は必要になりますわ。第三者が忍び込んで仕込むには、かなり無理があります」

 保管庫の確認をしていた渚とオリヴィアがそう報告するのに、相槌を打った真波は、アイネに話を振った。

「施設内の電子セキュリティについて、ログを取得し、解析しました。フアナ、データを」

「アイアイマーム」

 アイネの促しに軽口で返答した冨亜奈は、隠し持っていた記憶デバイスをPCに差し込み、プロテクトを解除してログを映し出した。

「今回、紛失が確認された職員のIDが、当該職員の職員証の紛失が発覚した後も確認されました。経路としては、職員出入り口、第3研究区、この二ヶ所の往復」

「第3研究区は現在データ管理セクションとして利用されていて、セクション内でも管理端末へのアクセスでIDが使用されてましたよん」

「しかし、管理端末のログについてはID使用履歴とは分離されており、IDを使って何にアクセスしたか、までは不明です」

 抜き出されたログを時系列順に並べたそれを、冨亜奈操作の元に見せたアイネは、第3研究区での端末セキュリティ通過のログを強調させた。

「研究所への端末に不正アクセス? 何かデータを抜き出したって事?」

 興味無さげに画面を見ていた麻衣は、憶測を口にする。

「だとすれば、何が目的なんだろうね」

 憶測を聞いた渚は、画面を睨み付けながらポツリと呟く。

 文字ばかりの画面を見つめるその目は、一行一行が指し示す誰かを見据えているかの様だった。

「気になるか、探偵殿」

「……ええ。まぁ。こうも不気味なのは初めてなので」

「同感だな。行動の一端一端がちぐはぐだ。まるで初めから爆破で被害を出そうなど考えていない様だ」

 そう言い、ビールに口を付けた真波は、疲労してきたのか、一息つく渚に苦笑を向けた。

「それについては一先ず置いておいて、だ。卯月姉妹、報告を頼む」

「あ、はい。爆破物を運搬してきたのはフジトミ通運株式会社の八王子支社32号車、今回だけ2人体勢での配達だった様です」

「当然だが積み荷の発送元は不明。なら、次はそれを調べるか。よし、総員ご苦労。今日は以上だ。念の為、聞くが質問はあるか?」

 言いながら一本煽った真波に、渚とアイネが同時に手を上げ、前者が先を譲った。

「恐縮ですが、これ以上、警察に協力するおつもりでしょうか。ここから先、ただのテロ事件です。我々が踏み入る必要はないのでは?」

「まぁな。領分から言えばこれは我々の仕事じゃない。だが、警察の連中がG.E.H.E.N.A.の言い分を素直に疑ってくれると思うか?」

「……ですよね。それに、テロリストのバックボーンに反G.E.H.E.N.A.派がいない訳でも無いですし」

 大方理由は察ししていたアイネに、苦笑を漏らした真波は2本目のロング缶を取り出す。

 プルタブを起こし、一気に3分の1ほどを流し込んだ彼女は、酒気を帯びた溜め息を吐いた。

「そう言う事だ、クラウンベック。連中が自らをどう謳おうが、我々はその“行動”を見聞きしている。奴らの弁論など二束三文にも劣るクソだ」

 酔ってきたのか、少し声を張って言う真波に微笑交じりに同意したアイネは、一瞬渚の方を見る。

「ふぅ、少し酔ってきたな。この場はもう良いな? では、解散しよう」

 そう言い、凭れ掛かった体を起こした真波は、自室に戻っていく冨亜奈達を見送ると居残った渚とアイネ、オリヴィアに気付いた。

「どうした。部屋に戻って良いぞ」

「……すいません、少しお話をしたくて。2人になれませんか?」

「ああ。構わん。クラウンベックとマルクルスは何だ?」

「ナギサが居残った事が気になっただけです。意図が分かったので、失礼します」

「マルクルスも同じか。了解だ。2人共、しっかり休めよ」

 ベッドに腰かけた渚を置いた真波は、名残惜しそうに歩くアイネ達の背を追って部屋から出した。

 苦笑交じりに、早く戻る様促した真波は、念付で施錠すると部屋に戻った。

「それで、こんな酔っ払いに何の相談だ? 姫神」

「僕の事です。どうして僕を、この局に入れてくれたんですか」

「それはクラウンベックとの契約だな。お前を相模から引き抜く代わりに、アイツらもエオストレ入りする。うちも武力介入用の実働部隊を作ろうとしてた所だったからな、その条件に乗った。まぁ、アイツが狙ったのかどうかはさておきな」

「……どうして」

「どうしてこんな自分の為に、か? さあな。私は所詮2週間そこらの付き合いの人間だ。お前達の事をよく知ってる訳じゃない。けどな、クラウンベック達にとって、そうするだけの価値はお前にはあるって事だ」

 そう言い、サイドテーブルに500mlのコーラ缶を置いた真波は、渚の方にスライドさせる。

 呑む様に促し、携帯端末を弄った彼女は、俯き続ける渚に端末をスリープさせた。

「本当に、アイネ達が積み上げた何もかもを捨てるだけの価値が、僕にはあるんでしょうか」

「仮に無いと私が言ったら、お前はどうする? 納得するのか? それは、お前の事を認めている彼女達への侮辱だろう?」

「けど、僕は……。最愛の義妹を、この手で殺したんですよ。僕は、人殺しなんですよ! 誰かの全てを賭けてもらえるだけの価値なんて無い筈なんです!」

「……そうだな。ただの人殺しならそうかもしれん。けど、お前は誰かの為に義妹を手に掛けた。果てしなく難しく、苦しい決断を、お前は誰かの為に決断した。それがただの人殺しと同義だとは、私には思えん。なぁ、姫神。お前は誰に何をしてほしいんだ」

「僕は、僕は……」

 コーラの缶を手に、視線を彷徨わせる渚に、溜め息をついた真波は手元に灰皿を持ってくるとカートンを傍に置いた。

「殺した事の罰が欲しいなら止めろ、としか言えんな」

 火を点けた[[rb:紙巻 > シガー]]から紫煙を吸い込んだ真波は、虚を突かれた渚に当てない様にしながら宙に吐き出す。

 今日日珍しい喫煙可な部屋の換気扇に煙は吸い込まれ、数瞬と待たずに見えなくなった。

「罪を犯した人間は罰を受けなければならない筈です」

「そうだな。だが、お前の考える罰は何時終わる? 何をすれば終わる? 誰が与える? 何を根拠に決まる? 法か、それとも、誰かの舌先三寸か?」

「それは……」

「終わりの無い罰など、罰であるものか。罪を償えるからこそ贖罪や罰の意味がある。そうでないそれら等、存在する意味すら無い」

「だったら僕には、何の罰を与えられないんですか」

 深刻そうな面持ちの渚に苦笑した真波は、灰皿に燻った煙草を置く。

「何も罰せられない、か。お前自身、どうでも良いだろうが、お前は一度死んでいるんだぞ。それ以上の罰があるのか?」

 薄く笑いながら酒を煽る真波は、交渉の場に立った時に拝んだ高松咬月の顔をフラッシュバックさせた。

 親友を失った時と同じ、変に澄ました顔をした愚老は、姫神渚の件についてしらばっくれた態度を取っており、居もしない責任者に責任を押し付けようとしていた。

『彼女の戸籍が抹消された件については我々の与り知る事では無い。大方、関与がバレたG.E.H.E.N.A.による工作では無いかな?』

 苦しい言い訳を口にする老人の口車を思い返した彼女は、忌々し気に顔をしかめ、酒で流し込もうとした。

 そんな彼女の変化に気付いた渚は、ついさっきまで抱えていた問題など、些末だと言わん様に態度を変える。

「三沢さん?」

「……ああ。すまん。少し嫌な事を思い出してな。それで、さっき言っていた事は納得してくれたか?」

「少しだけ、ですが」

「そうか。まぁ、それで良いさ。別にお前を言い負かそうとは考えていない。1割、2割でも、お前の心が良い方に向いてくれれば」

「ありがとうございます」

 腰かけたまま一礼する渚に、寂し気な表情で頷き返した真波は、味気ない八王子の夜空に視線を逸らした。

 

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