地下4階。ツーマンセルを維持した詩季達は、相変わらず光の無い通路に銃口を巡らせる。認識できる範囲に人の気配が無い事を感じ取った詩季は、背後に付いた冨亜奈の体側を叩き、予め決めていたルートへと前進する。
相変わらず、点々と死体が遺棄されており、噎せ返る死臭はここにも立ち込めていた。慎重な足取りで前を行く詩季は、これまた風景の変わらない一つ一つの個室を確認していく。彼女達が目指すのは、各10階で構成されるエリアの管理システムのバックアップ端末。そして、それが備えられている第一エリア警備室。
「クリア」
淡々と符丁を唱えた詩季は、十字状になった通路の片隅に、12歳ほどの子どもの死体がある事に気付いた。背面から千切れ飛んだ腸をこぼし、露出された背骨の一部を欠いた彼女は、歪なすり鉢状になった銃創から、生乾きになった肉の花を咲かせていた。
今更子どもの死体を見た程度で、詩季にはどうと言う事は無かったが、一つ気になる物を見つけた彼女は、冨亜奈にハンドサインを出すと横たわった少女の傍らに歩み寄る。詩季が気にしたものの正体に気付いた冨亜奈は、振り向き様、心底不快そうな顔をして背けた。
「黒木さん、この女の子の頬に何かあるんですけど」
そう言い、少女の左頬を指差した詩季は、釣られて振り返った冨亜奈の顔が青くなるのに気付いた。凄惨極まる少女の死に体が目に入っているのが、吐き気を催した彼女は込み上げた物を何とか飲み下すと詩季が指差す先を見た。タトゥーの様にも見えるそれに、彼女の目の色が変わり、瞳孔の開いた少女の頬を掴んだ。
「これ、強化リリィの魔術刻印だよ。ブーステッドスキル使う為に必要な奴」
「それが刻まれているって事はこの子は強化リリィ、って事?」
「って、事だね。こんな所にまでいるって事は、下の方だと相当数逃げてるって見るべきかなぁ……」
これから先の事を思う冨亜奈は立てたカービンへ凭れ掛かりつつ、至極面倒臭そうに言う。わざとらしく溜め息を吐いた彼女は、ただ黙々と少女の死に顔を見つめる詩季に気付いた。
「どうしたの、詩季にゃん。この子の事が気になる?」
「うん、まぁ、そうかな。こんな歳の子でも、強化リリィになれるんだなって」
「ああ、そう言う事。そりゃ手術には年齢制限とか無いし、それに、そう言う歳の子って、皆、望んでここに来るから」
淡々とした物言いの後、少女と目を合わせた冨亜奈は、弔うでも無く溜め息を浴びせる。
「殺された美愛と唯も、そうだったよ。この子と同じくらいの歳の時に家族の仇を取りたいって、私のパパとママに志願してた」
苦笑を漏らしながらそう逡巡した冨亜奈は、黙々と少女を見下ろす詩季に笑みを向けたまま、立ち上がった。何処とも無く、薄暗い周囲を見回した彼女は、両親の結婚記念パーティの準備を進める親友達の笑みを脳裏に浮かべた。いつか、協力してヒュージの群れを始末した時と同じ、屈託のないその笑みを思い返した冨亜奈は、どことなく寂しげな笑みを浮かべた。
担当主任研究員である両親の影響で交流する中、彼女達と、自分とではどこか違う事を冨亜奈は悟っていた。戦いで人生を狂わされた友人達にとって、大切なモノを奪った戦いは、自分を規範する為に不可分なモノになってしまっていた。
(それでも私は……。君達と他愛の無い事で笑い続けていたかったよ。美愛、唯)
死ぬ事によって彼女達は呪縛から解き放たれたのだと、そう思うべきなのだろうか、と複雑な思いを抱き、冨亜奈は胸の上で拳を握り締める。
戦う者に、人並みの幸せは訪れない。青春を謳歌し、将来を夢見、明日を担うべき少女達は、今、この時の幸せを謳歌する誰かの為に消費される運命にある。例えそれが歪んでいるとしても、それでもこの世界は、そんな歪んだ犠牲の下でしか、誰かの幸せを成り立たせる事は出来ない。
どんなに悲しもうと、それは極々当たり前の犠牲でしか無い。だが、そう理解しても飲み下すには時間がかかる。強化リリィになってまで、
「さぁ。先を急ごう、詩季にゃん」
一息吐き、詩季を見下ろした冨亜奈は、諦めた様な、寂しげな表情の横顔の彼女に愛想笑いを向ける。
「うん」
淡々と返答した彼女は、少女の死に顔を見つめると、そっと目を伏せて立ち上がる。一体、彼女が少女の死に体を見て、内心に何を抱いたのか、浅く乱れている彼女の呼吸共々、冨亜奈には察する事は出来なかった。
移動を再開した二人は、慎重な足取りで目的地である第一警備室に到着した。モニター類をはじめとする電子機器や鎮圧用の銃火器が納められたロッカーなど、部屋に収められた機材の殆どが破壊され、機能を失っており、加えてこの部屋に勤めていたであろう警備員の死体も粗雑に転がされていた。
「あちゃあ、何かあると思ったんだけどなぁ」
そう言い、大仰に後頭部を掻いた冨亜奈は、ダインスレイヴ・カービンを逆手に持ち替えると、詩季と入れ替わる様にして一しきり破壊された室内に進入していく。一人残敵確認を始める詩季を他所に、破壊されている機材を検め始めた冨亜奈は、ガラクタ同然の物を乱雑に放りながら生き残っている物を探す。
一方、警備室に繋がる部屋を捜索していた詩季は、めちゃくちゃに荒らされた部屋に踏み込み、瓦礫を除けながら残存する人員の捜索を行う。不意打ち対策で前面の障壁出力を上げつつ、会議室入り口付近の瓦礫をひっくり返した詩季は、俯せに倒れた男の死体に銃口を向ける。
数瞬で死亡を判断した彼女は、銃口を外すと瓦礫を立てかけて部屋の奥に歩を進める。同じ様にクリアリングを行い、部屋に生存者がいない事を確認した彼女は、警備室のど真ん中で物音を立て続ける冨亜奈に苦笑を向けて次の部屋に進入する。
2部屋程進入し、確認を終えた詩季は、未だ探し物をしている冨亜奈の方へ歩み寄る。今まで誰の侵入もされなかったのは運が良かったのだろう、とそう思った詩季は、机に頭をぶつけた彼女に身を竦める。
「あったぁ! 生きてるPC!」
埃に塗れながら叫んだ冨亜奈は、腰のポーチから端末を取り出すとケーブルを介して接続する。筐体と端末間で相互通信が確立した後、画面上で仮想デスクトップをエミュレートさせた彼女は、端末を瓦礫を均した机の上に置く。シート状のキーボードを展開した彼女は、手慣れた動きでタイピングし、2つのアプリケーションを起動する。
「連中甘いねぇ、サーバー壊し切れて無いじゃあん」
筐体PCを介してサーバーにアクセスした冨亜奈は、PCと紐づいたサブアカウントでインフラ管理システムにアクセスすると、管轄内である10階までのインフラ状況を確認する。ヒュージ脱走の際の衝撃と、工作による破壊が為されたインフラの状況は想像通りの状況だった。
「確認出来る地下10階までは電力とか水道が死んでるねぇ。文字通り、お先真っ暗だよ、詩季にゃん」
そんな冗談を飛ばした冨亜奈は、真剣な面持ちで狭い画面を覗き込んでくる詩季に、苦笑を返す。見辛そうにする彼女を他所に、キーボードを操作した彼女は、管理システムの表示を監視カメラの状況に切り替える。切り替わりと同時、インフラと同じく、管轄内の10階までのカメラの状況が同数のワイプとして端末の画面に表示される。ほぼ全てが砂嵐を表示しており、破壊されている事を示す中、唯一残された地下10階の映像は光学補正がかかっており、深緑のフィルターを通した様な映像になっていた。
インターフェイス上では、予備バッテリー駆動である事を示す電池マークが点滅する中、キーボードを操作した冨亜奈は、幾分か性能の抑えられた収音マイクと合わせ、周囲の状況を探る。
映像には死体以外に何も映ってはいないが、収音マイクは響き渡る硬質な足音を拾っていた。軍靴の音だ、と音質の悪いスピーカーを経由して聞いていた詩季がそう判別した直後、黒ずくめの軍装姿が二人映り込んだ。
カメラが回り続ける十字路に映り込んだ彼等は、自動小銃を手に周囲を探っており、手持ち無沙汰に遺体の確認を行ったりしていた。
「こいつら見回り?」
苦笑交じりにそう疑問した冨亜奈に、画面から目を離さない詩季は黙って頷き、彼女の小芝居を無視してカメラが捉え続ける軍装姿達の様子を観察する。何かを探すでも無く、所在無さげに周囲を見回す彼等はカメラに気付いたらしく、マズルフラッシュを浴びせた。
「おわ、流石に気付いたか」
オーバー気味のリアクションをした冨亜奈は、砂嵐になった画面を見つめている詩季に首を傾げ、彼女の目の前で手を振る。突然視界に入ったそれに肩を竦めた詩季は、苦笑を向けてくる冨亜奈に驚きで見開いたままの目を向ける。
「ぼーっと考え事して、何か気付いた事でもあった?」
「うん、その、映像に映ってた人達、まだ場慣れしてないのかなって。多分、新米の人かも」
「不慣れな相手だから仮に交戦しても大丈夫かも、って?」
引きつり気味の笑みを浮かべた冨亜奈に、詩季は頷きを返す。経験豊富なリリィらしい、自分の実力とを加味した戦闘評価だが、如何せん冨亜奈は辛うじて自衛が出来る程度で、先の戦闘も辛勝に近い。
「やれやれ、優秀なリリィは言う事が違うねぇ」
芝居がかった仕草と共に嫌そうな顔をした冨亜奈は、詩季からの苦笑を浴びながらキーボードを操作する。なめらかな鍵打に従って、全て砂嵐になっていたカメラから、マギを検知する対強化リリィ脱走用のセンサーへ操作対象が切り替わり、管理エリアである地下1階から地下10階までの簡略図がアニメーションで展開される。
「これは一体何を?」
「さっき私のブースを出る前に行ってたっしょ。降りがてらウォーターシップダウンの面子も探すって。このセンサーを使えばマギの反応から大体どのフロアのどの位置にいるかを絞れる。一回一回虱潰しに行くより、ずっと楽っしょ?」
「うん。ありがとう、黒木さん」
微笑と共にお礼を言う詩季へ、照れ臭そうに笑った冨亜奈は変わらない速度で鍵打し、各階のセンサーを起動する。予備電源での作動故に一度きりのそれは、先のカメラと違い、欠落したフロアも無く対象全てをスキャンする。ピンガーの様なサウンドエフェクトの後、同フロアに1つ、地下10階に2つの反応を検知する。
取得した反応を対象フロアのマップに重ねた彼女は、先ほどの監視カメラの映像と合わせ、自身の端末へそのデータを移行させ始める。数分を要するその作業の間に、詩季が口を開く。
「再確認なんですけど、今ここで確認できるのは地下10階まで、ですよね?」
「ん、そうだね。この警備室はあくまでも第1エリア、地下10階までを担当してるから」
フロア移動に向けた準備をしながら、ついでの様に聞いた詩季へ頷いた冨亜奈は、データ転送の進捗確認がてら手短に説明する。ルドビックラボは機密保持の観点からエリア管理制を取っており、地下10階から先、別のエリアの情報を得るには該当するエリアの警備室へ到達する事が必須だった。
いずれにしろ、今の状況では慎重に行動しなければならない。
「よし、おーわった。データ取得完了。いつでも動けるよ」
軽い口調でそう言い、ケーブルを外した冨亜奈は、先んじてダインスレイヴ・カービンを手にした詩季に端末を掲げて見せる。データ転送の要否を暗に聞いた冨亜奈は、首を横に振った彼女に苦笑を返して懐に収めた。
その間にカービンの状態確認を終えていた詩季は、冨亜奈に先んじて出入口に向かい、閉じられたままの扉へと銃口を向けて彼女を待つ。得物の確認を終えた冨亜奈は、端末とウェラブルグラスの再同期を確認して、詩季を追う。背後に回り、背を数回叩いて前進させた彼女は、扉を挟んで対岸に回るとドアノブを捻って蹴り開けた。
勢い良く扉が開くと同時、カービンを構えた詩季が室外へ飛び出し、周囲に銃口を向ける。安全確認を終えると、待機していた冨亜奈へサインを出す。退室と同時、詩季の背後を守る様に付いた冨亜奈は、マギ反応の位置を改めて確認する。
「詩季にゃん、真っ先にマギ反応へ向かおうと思うんだけど、どう?」
「良いと思います。道案内、お願いしても良いですか? ポイント近くになったら代わりますから」
「い、良いよ。……まぁ、私しか地図持ってないしね」
声を震わせた冨亜奈に微笑を向けた詩季は、彼女と前後を入れ替え、彼女の先導でマギ反応の確認へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから暫く、道中通過する箇所をクリアリングしながら進撃していた二人は、マギ反応があったポイントに差し掛かる。このフロアに目立った敵の気配は無く、処理されたであろう死体ばかりが転がっていた。
反応がある地点付近の曲がり角で一時停止した彼女達は、隊列の前後位置を入れ替える。前へ出た詩季は、後方の警戒位置についた冨亜奈の合図で、反応がある位置へと突入した。前面に防護障壁を張りながらと同時、彼女は醜く頭が変形し、内から中身を零した兵士二人の死体を見つけた。
幾度と監視カメラで見た、黒ずくめの装備を身に着けた彼等の死に様に眉をひそめた詩季は、慎重な足取りでその内の一人へ近付いていく。彼の頭部は握り潰された様に変形し、その中央には杭で穿たれた様な大穴が開いていた。そして、彼の傍には自動小銃が転がっており、何に使ったか、右手には自動拳銃が握られていた。
ゆっくりと近寄り、小銃のマガジンを外した詩季は、空になっている事を確認すると側へ投げ捨てた。強化プラスチックの軽い落下音が鳴り響くと、後方警戒をしていた冨亜奈が顔を出す。
「詩季にゃん、どうだった? って」
のん気にそう問いかけた冨亜奈は、凄惨な現場に続く言葉を失う。仇敵達の死を前に状況が呑み込めず、呆然としている彼女を他所に、詩季は周囲を見回す。マギ反応は彼らの物では無い、と冷静に判断していた彼女は、パニックになる冨亜奈の隣、不意に感じた気配へ銃口を向けた。
「あら、随分なご挨拶ね。隊長さん」
銃口を向けた先、メッセンジャーバッグを下げた和美が笑っていた。容赦無く照準に捉えていた詩季は、数瞬遅れて相手が誰であるかを理解し、マギを溜め込んでいた銃口を下ろした。
「柚木さん、無事だったんですね」
一転して温厚な笑みを浮かべた詩季に、頷きを返した和美は、呼吸を乱す冨亜奈の方へ歩み寄ると、ペットボトルを彼女に手渡す。
「ええ。落ちた後、黄昏がここに向けて投げてくれて助かったの」
冨亜奈に水を飲ませ、彼女の呼吸を落ち着かせながらそう答えた和美は、暗闇の中、目を泳がせている詩季の様子に浅く首を傾げる。無意識に呼吸を乱していた彼女は、息苦しさから深呼吸を行うと、改めて彼女に問いを向ける。
「それで、今まで何を?」
「ひと先ず、このフロアの探索をね。ステルスで身を隠しながら、色々と調べたり、物資を調達したり。まぁ、でもここを探索して分かったのは、外部からの破壊工作が無くても、ヒュージに関するめぼしい情報は得られなかった、と言う事くらいかしらね。この階層含め、地下10階までのエリアは表層的な研究を主に取り扱うエリアみたい」
そう言い、転送画面を表示した端末を差し出す和美に、詩季は困った顔を浮かべる。それを見て大方事情を察した彼女は、画面を変更し、辛うじて撮影出来た資料を見せる。焼け焦げた資料の表紙には、『ヒュージ細胞による人体治療技術』と記されており、続くページにも比較的穏当な研究内容が記されていた。
「なるほど、確かに関係の無さそうですね」
彼女が撮影した資料に一通り目を通した詩季は、一通りの処置を終えた和美に端末を返却する。端末を受け取った和美は、蹲ったままの冨亜奈を一瞬見下ろすと、詩季に向けて話を振る。
「そう言えば、あなたの方こそ、あの後どうしてたの? 上で暴れるまで随分とかかってたけど」
「それが、よく覚えてなくて。皆がいなくなったから無我夢中で戦ったのは覚えてるんですけど……」
「そうなの。それで、黒木さんがあなたを回収して、今に至るって訳ね?」
微笑を浮かべながらそう言う和美は、苦笑と共に頷く詩季へ、無事で良かった、と返しながら胸を撫で下ろす。そんな彼女に何かを言いかけた詩季は、それを遮る様に冨亜奈が立ち上がったのを見て、言いかけた口を閉じた。
「よぉし、冨亜奈さん復っ活!」
ばねの様に跳ねて見せた冨亜奈へ苦笑を漏らした和美は、顔を俯ける詩季に気付き、小首を傾げる。先程から様子がおかしい、と怪しんでいた和美は、俯いた顔から僅かに覗ける浮付いた目に気付く。
(へぇ……。見ない間に面白い事になってるじゃない)
思わず満面の笑みを浮かべていた和美は、そんな自身を怪しんできた冨亜奈と目が合い、彼女を牽制する様に笑い返した。怯む彼女を無視した和美は、転がされた死体の傍にしゃがみ込み、楽し気に笑った。
「はぁ、勿体無いわねぇ。顔にこんな大穴開けて」
嫌味ったらしく笑いながらそう言った彼女は、背後で見てくる詩季達に気付くと、ため息と共に立ち上がった。張り付いた笑みにはどこか残念そうな印象を漂わせていたが、それを推して図るだけの余裕を、詩季も冨亜奈も持ち合わせていなかった。
「ああ、ところで二人に見てもらいたい記録があるの」
そう言い、再び端末を取り出した和美は、首を傾げた彼女達の方へある画面を見せる。中央に再生アイコンが鎮座するそれは、何かを映した動画であると示しており、透過処理のされたアイコンの向こうには上階で始末したロボットと、それに追い込まれた軍装姿二人の姿があった。
再生するわね、と一言告げた彼女が、アイコンをタップすると、動画が始まる。
『く、クソ、何でこいつが俺達を襲うんだよ! 味方じゃねえのか!?』
息も絶え絶えに後退る野球帽姿の一人が、ゆっくりと迫るロボットへと銃口を向ける。動画は姿勢を低くした和美が撮っているらしく、遠巻きに煽る様なアングルのそれは、背を向けるロボットの様子を窺う事は出来ない。辛うじて、それが発する紫色の光が、異常な状態を示していた。
『し、知るか! クソ、開発局のポンコツが! 人間様に偉そうによ!』
バリスティックヘルメットを被ったもう一人が、悪態と共に発砲する。口ぶりからして想定外の対ドローン戦を演じさせられた彼らは、対人用のライフル弾を放ち続ける事しか出来ず、跳弾音と共にロボットの体表にオレンジ色の火花を咲かせるばかりだった。
『くそっ、対ドローンライフルさえあれば!』
声を震わせながら無い物ねだりをするヘルメット姿は、弾切れのショックを腕に受け、思わず得物に目を落とす。その隙を逃さんとばかりに、ロボットが一気に迫り、彼の頭を鷲掴みにして持ち上げた。
『な、や、止めろ! あ、がぁああっ! 痛い、痛いィイイイイ!』
暴れる彼の頭がヘルメットごとメキメキと物音を立てて潰れていき、激痛に耐えかねた彼が四肢をバタつかせ、暴れ回る。腰を抜かしたもう一人が見上げる中、暴れる彼を鬱陶しがったのか、ロボットはマニピュレーター中央部から杭を射出し、頭蓋を打ち抜いた。まるで噴水の様に脳漿が飛び散り、貫かれたショックで痙攣させたヘルメット姿は四肢を垂れ下げ、成されるままに頭部を握り潰されて側に投げ捨てられた。
『く、来るな、来るなぁ!』
弾切れのライフルを投げ捨て、拳銃を握り締めた野球帽姿は、失禁しながら乱射する。闇雲な射撃は数発のみしか当たらず、撃ち切るより前に、彼はロボットに捕縛される。先のヘルメット姿と同じく、碌な抵抗も出来ないまま頭を掴まれた彼は、握り潰される間も無く、杭に射抜かれた。
また脳漿が華を咲かせ、一瞬痙攣した野球帽姿の死体から杭が引き抜かれようとするが、杭の径にぴったり嵌まったそれはなかなか引き抜けず、握り潰す事で変形させると、杭から滑り落ちた死体が血溜まりに落下し、水音を鳴らす。
無機質な鉄人の殺戮劇が終幕を引き、両手から血を滴らせたロボットは、その見た目通りのぎこちない歩き方でその場を去っていく。ゆっくりとフレームアウトすると同時に動画は終わり、詩季達は現実に引き戻される。
「これは、一体……」
信じられないものを見た、そう言いたげな顔をした冨亜奈に和美は笑みを返す。
「フロアを捜索している際に撮った映像よ。前段階として彼等はロボットから執拗な追撃を受け、ここまで追い込まれた。一応彼等もG.E.H.E.N.A.の一員みたいだけど、ここの警備員なのかしら?」
「違う。こんな装備じゃない。ロボット共々、外部の人間だよ。だけど、だからこそ……」
「何で同士討ちしてるか分からないって? まぁ、それもそうね」
口元を抑えた和美がくす、と微笑を洩らす中、冨亜奈は一人事態の異常性を考えていた。セオリー通り、かつ一方的な攻撃の痕跡に加え、証拠隠滅の徹底ぶりを見るに、ここの証拠隠滅に投入された外部の人間達は、一人一人の練度も含め、周到な準備の下にいる。だが、あの映像はそんな彼等をあそこまで崩し切るイレギュラーが発生した事を示していた。
彼らの口ぶりから察するに、ルドビックラボ内での対ドローン戦は想定外だったのだろう。それもそうだ。このラボに無人兵器は存在しない。よしんばあったとしてもそれは開発中の試作機がせいぜいだろうし、それに対処するのは彼らが導入した無人機の役割だ。彼等の盾であり、最大火力の武器でもあるそれが、何らかの要因を受けて今回、彼等に牙を剥いた。だから彼らは困惑し、冷静さを欠いたまま対処する羽目になった。
だが、そこが冨亜奈には引っかかっていた。それほどまでに周到な準備ができる組織が、外部からのオーバーライド対策を施していない訳が無い、と。ましてや、データリンクもあるであろう彼等へ、察知されない様にしながら無人機の制御を奪ったのは誰か、そしてどうやってそれを成したのか。
「随分とお悩みね。ラボの研究員としての血が騒いでいるの?」
「違う。私は事態の把握と整理を──―」
「へぇ、ご立派な事ね。けど、今、そんな事をしている暇があるのかしら?」
そう言いながら、和美は微笑を嘲笑に変える。戦力が整っていない現状、足を止めるのは避けるべきだった。確かに冨亜奈の言う把握と整理は重要だが、その間に強襲されればこちらが不利なのは明確だった。事実上、まともに機能し得る戦力が詩季一人だけである以上、極力、敵性勢力と交戦する様な展開は避けるべきであった。
「相手だってバカじゃないんだから、ここの異常に気付けば誰かしら増援が派遣されるわ。そうなる前に動くべき。戦場慣れしてない学者さんはそうとは思わないのかしら?」
嫌味っぽくそう言った和美を睨み上げた冨亜奈は、間に割り込んできた詩季に虚を突かれ、一歩後退った。
「柚木さんの言う通りだよ、黒木さん。今はここから移動するべきだよ」
そう諭した詩季に、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた冨亜奈は、渋々と言った体で了承すると、嬉しそうに笑う和美を一睨みした。
ある種のプライドからによるものらしい彼女の態度には興味の無い詩季と和美は、別段咎めるでも無く、必要なものを手に取って移動を始める。
「それで、これからどうするの。隊長さん」
「ひとまず下へ降りましょう。ここにリリィはもういないみたいだし。道中のクリアリングも最低限の残敵確認だけに留め、フロア間移動を最優先に」
「了解よ。ところで、二人共、物資は足りてる? 水なら余分に回収しているから渡しておくわ」
そう言い、下げていた鞄から二本のペットボトルを取り出した和美は、詩季と冨亜奈に手渡す。躊躇い無い詩季に対し、先の件もあって渋々の体を崩さない冨亜奈は、引っ手繰る様に受け取る。
相変わらず邪険な態度を前にしても、興味無さげに笑って流した和美は、先を行く詩季に追従して歩き出す。
「さっきはあの学者さんのおかげで聞けなかったけど、万が一、交戦する事態になったらどうするつもりでいるの?」
「相手によるかな。非リリィの戦闘員が相手なら、最悪私でもどうにかなる。リリィが相手になら逃げの一手を取るしかないかな。最悪、ロボットを利用して同士討ちさせることも視野に入れるべきかも。柚木さんと黒木さんは基本、逃げの一手で」
「ええ。分かったわ。どうせ私は戦力になれないし、あの学者さんも修羅離れしてないから実質お荷物でしょうし、賢明な判断ね」
自嘲気味な笑みを浮かべた和美に、やりにくそうな苦笑を返した詩季は、まだ通った事の無い通路に差し掛かるや、ダインスレイヴ・カービンを構え、前進していった。