和美達を伴い、地下4階のクリアリングを終えて地下5階に移動した詩季は、一人破孔傍まで先行していた。斥候役として、先を進んでいた彼女は、自分達の進路上を巡回しているロボットに気付き、咄嗟に顔を引いた。独特の音階と共にエコーを放つそれに、恐る恐る顔を出した詩季は、遠巻きに様子を伺った。
まるで節足動物の様な風体で地を這うそれは、怪しく光る単眼に青色の光を灯す。詩季から見て奥まった方向へ進むそれは、T字路にさしかかると獣の様に這っていた上体を起こし、機械らしいリニアな動きで周囲に視線を巡らせる。
角から様子を伺っていた詩季は気取られない様、曲がり角へ銃口を向けたまま、一旦下がった。体の向きは変えず下がった先、戦闘能力を持たない和美を護衛していた冨亜奈へ体を寄せる。
「この角の先にさっきのロボットがいる。一体だけだと思うけど、念の為、ここで待機して」
「分かった。別動隊が来たらどうすれば良い?」
「極力交戦は避けて、反撃入れながら逃げに徹して。こっちも早めに片付けるから」
手短にそう言った詩季は、真剣な冨亜奈の表情を見て微笑に顔を崩す。ここは任せた、と言わんばかりのそれを向け、彼女は身体強化の出力を上げて駆け出す。膨らんだ軌道はそのままで跳躍し、頭から突っ込む姿勢で足裏に障壁を展開した彼女は、障壁を蹴り飛ばすと同時に背面からマギを放ってロボットとの距離を詰める。
飛び出た際に詩季を動的オブジェクトとして検知していたロボットが、4足歩行から2足歩行に形態移行し、右クローアームを引き、ストレートパンチを放つ様な姿勢で、それは迎撃準備を整える。
速いとは言え、機械からの捕捉を振り切れる訳が無く、タイミングを合わせられ、必殺を期して閉じたクローアームが迫る中、詩季はダインスレイヴ・カービンを発砲。クローを構成する高硬度の合金で光線が割られ、飛び散った粒子がカメラセンサーを焼き、一時的な視界不良に陥らせる。その隙を逃さず、ダインスレイヴ・カービンが近接形態に移行し、シューティングモード用のグリップを握ったまま、ジャマダハルの様な恰好で詩季は刃を振るう。
視界不良に焦ったロボットが再起動をかけると同時、分厚い刃が頭部に直撃する。慣性と全体重を乗せ、そのまま割り砕いた詩季は、返す剣で背後から胸部のユニットを刺し貫き、無力化した。死人の様な硬直の後、そのままパワーダウンしたロボットがその場に崩れ落ちる。
「クリア」
誰に聞かせるでも無く、そう呟いた詩季は残心の如くその場に留まり、周囲の音に耳を傾ける。物の数秒で静寂に包まれ、それを根拠に彼女は冨亜奈達はまだ襲われていない、と判断を下し、待機地点へと踵を返す。
慎重な足取りで角へ近付いた詩季は、ダインスレイヴ・カービンの切っ先をゆっくり突き出して上下に振った。
「お二人共、終わりました」
そう言って得物を振った詩季は、攻撃が来ない事を受けてゆっくりと姿を現す。銃口を下ろし、ある程度リラックスした雰囲気の冨亜奈と目が合う。浅く呼吸を乱している彼女へ、詩季は苦笑を向けて二人の間に立つ。
「取り敢えず、障害は排除しました。先程と同じ進撃方法で移動します」
その場の音頭を取った詩季の念押しで戸惑いがちに頷いた冨亜奈は、嘲笑う様にも見える微笑を浮かべた和美に気付き、睨み返そうとしたが、敢え無く躱される。そのまま詩季の後を追った彼女に逃げられ、フォーメーション維持の為にその背中を追いかける。
先程と同じ様に、詩季を先頭に置いて進む冨亜奈は、銃口を向けた先に見えた死体に思わず足を止めていた。ルドビコ女学院の制服に身を包んだそれに、恐ろしい予感を感じた彼女は、隊列を離れ、ゆっくりと死体へと近付いていく。
「止まって、三朝さん。黒木さんが隊列から離れたわ」
冨亜奈の足音や気配が無くなった事に気付いてそう呼びかけた和美は、脇道へ入っていく冨亜奈を指さす。振り返りざま、状況を理解した詩季は、和美と共に冨亜奈の下へと向かう。
「黒木さん、何かありましたか?」
そう冨亜奈に呼び掛けた詩季は、彼女の視線の先にある死体に気付いた。得物を取り落とした冨亜奈は震える手で俯けた顔に触れ、死体のそれを押し上げた。垂れ下がっていた前髪が額に張り付くと共に、愛らしい整った顔が露わになる。
「[[rb:明佳 > あすか]]……!」
その顔を見て知己である事に気付いた冨亜奈は、胸を赤黒く染めた死体を抱き締めた。力の抜け切った死体が揺さ振られ、毛先を血に染めたツインテールが虚しく地面をなぞる。冨亜奈が泣きじゃくる度、彼女が浅く握っていたグングニル・カービンの刃先が地面を擦る。
「どうして、明佳まで……。どうしてぇ!」
生気の無い明佳の両腕を握り締め、泣き叫んだ冨亜奈は彼女の膝元まで崩れ落ちる。大声で泣く彼女の背を見ていた詩季達は、周囲を見回し、気を引いていない事を確認すると彼女の傍まで歩み寄る。
「黒木さん」
優しく呼びかけた詩季は、泣きじゃくり続ける冨亜奈の肩に触れ、後ろに引いた。先行きを促そうとした彼女の手を冨亜奈は振り払い、眼前の死体を守る様に抱き寄せた。
「この子を、弔わせて」
「何言ってるの? 今優先すべきはこの場から移動する事。そんな死体にかかずらう事では無いわ」
「でも、この子は……」
そう言って死体に縋り付く冨亜奈に舌打ちした和美は、子どもの様に駄々を捏ねた彼女へねめつける様な視線を向ける。
「死んだ人間が私達に何してくれるって言うのよ。何にもならないそれに、時間を取られて包囲でもされたらどうするのよ」
「だからってこの子をそのままにはしておけない! せめて、弔ってあげなきゃ可哀想だよ……。一人で、ここで、寂しく死んでいったんだから」
「はっ、だったら勝手にやってなさいよ。それに私たちが付き合う通りは無いわ。監査官には死んだって伝えておくから、あなたとはここでお別れね」
「な……っ、待ってよ! 手伝ってくれたって良いじゃん! どうしてそんなに薄情になれるの!?」
「知識不足みたいだから教えてあげる。情だけで生き残れるほど現実は甘くないのよ、学者先生」
浅くフリスを抱き、嘲笑を向けた和美は、ダインスレイヴ・カービンを手に、食って掛かろうとする冨亜奈を挑発する様にお道化て見せる。激昂と共に、シューティングモードにした得物を振り上げた彼女は、銃口が向く前に押さえ付けられた。
「止めてください、二人共。こんな所で」
互いを睨みつけた詩季は、分厚い刃が手に食い込むのも構わず、ダインスレイヴ・カービンを押し戻す。浅く切り傷を付けた詩季は、動揺しきりの冨亜奈を見据える。
「黒木さん、柚木さんの言う通りだよ。今は少しでも時間が惜しい状況だから」
少し厳しい口調で諭した詩季に、冨亜奈は気まずそうに顔を俯ける。垂れ下がったダインスレイヴ・カービンから詩季の血が地面に滴り、静寂の中にぽつぽつと水音が響く。
「だから、二人でやろう。柚木さん、死体袋を一つ下さい」
そう言い、和美へ手を伸ばした詩季は、渋々と言った体で渡してきた彼女に一礼して冨亜奈の傍を通り過ぎる。地面に死体袋を広げた彼女の後を追った冨亜奈は、死体の瞼を閉じさせると脱力しきったそれを協力して担ぎ上げる。
慎重な手取りで死体袋の中に詰めた冨亜奈は、グングニル・カービンから取り外したコアを胸に置くとそれに重ねる様に両手を添えさせた。もう二度と、持ち主のマギが通う事の無いそれに識別用の装置も添えさせた彼女は、詩季にアイコンタクトを送り、ジッパーを閉じた。
「さようなら、明佳」
黒々とした死体袋を見下ろし、そう言い落とした冨亜奈は、辛そうな顔をする詩季に寂し気な笑みを向けた。
「ありがとう、詩季にゃん。私の我がままを聞いてくれて」
申し訳なさそうにそう言った冨亜奈から視線を逸らし、詩季は口元を抑える。何かを飲み下す様な間の後、深く息をした彼女は、壁に立てかけていたダインスレイヴ・カービンを手に取る。
「気にしないで。大切な人が死ぬのは、辛い事だから。これで少しでも整理が付くのなら、私は」
冨亜奈に背を向け、そう言った詩季はおもむろに膝を突き、呼吸を荒げ、込み上げて来る物を押し留める。口元を抑えた彼女に駆け寄ろうとした冨亜奈は、間に割り込んだ和美に制止される。
「な、何で止めるのさ!」
背を震わせる詩季を前に、堪らず抗議した冨亜奈は、大きく破顔した和美に気付き、後退った。悪魔を思わせる様な満面の笑みを浮かべる彼女の表情に、冨亜奈の理性は理解を拒み、落ち着いていた呼吸は再び速いサイクルで回り始める。
冷たさを帯びながらも一定の温和さを湛えていた筈の和美の目には、慈愛など残っておらず、ただひたすらに捕食者の様な凶暴さを剥き出しにしていた。彼女の内に秘めた本性とも言うべきそれに晒された冨亜奈は、射竦める様な彼女の目に怯え切っていた。
「下手に触れると、パニックを起こすから。まぁ、ここは専門家にお任せ」
口から洩れた含み笑いとは裏腹に、凶悪な笑い顔を浮かべていた和美は、詩季へと近付くにつれ、その鋭さを和らげていく。元の温厚さを湛えた目付きに戻り、吐き戻しそうになっている詩季を優しく看護する。背を擦り、暗示をかける様に言葉を繰り返した和美は、応急処置的とも言えるそれで詩季の精神状態を安定させていく。
その処置に、冨亜奈は違和感を覚えていた。彼女はアンプルを持っている筈なのに、と。
「気持ちは落ち着いた? 三朝さん」
「はい、ありがとうございます。あの、申し訳無いんですが、アンプルを処方してくれませんか? 手持ち分を気を失った時に紛失していて」
「ああ、それね。ここに投げられた時に全損しちゃったの。ごめんなさいね」
そう言い、申し訳無さそうに肩を竦めた和美は、隠しきれない絶望感を滲ませた詩季の表情に笑いを漏らしかけていた。余裕を失った詩季にその意図を組む事は無かったが、傍から見ていた冨亜奈は彼女の表情に気付いていた。
――――彼女は危険だ。
冨亜奈の勘がそう直感する。和美は、詩季に遠からず害を及ぼす存在だ、と。このまま彼女と一緒に居続ける事は、詩季にとって不幸を呼んでしまう事になる。それだけは何としてでも阻止しなければならない。
(詩季は、私の事を大切に思ってくれる、友達だから)
目を座らせ、力強く内心で誓った冨亜奈は、一人、あっけらかんとした態度で話している和美を睨む。一方の彼女は、冨亜奈の態度に気付きつつも、一軍医としての職務を優先していた。
「そう言う訳だから、申し訳無いんだけど、騙し騙し動いてもらうしかないわ。そう言う意味でも、戦闘は極力避けるべきね」
申し訳なさそうな態度はそのままに、励ましの笑みを向けた和美は、自信無さげな顔の詩季の手を握る。頷き、タガの外れた力で握り返した彼女は、僅かに顔を歪ませた和美に気付き、小さく謝りながら手を放す。
それを頃合いと見た冨亜奈が咳払いをし、詩季の目を引いた。
「詩季にゃん。改めて、さっきはありがとう」
改めて感謝を伝えていた冨亜奈は、思っていたのとは違った視線を返してきた詩季に小首を傾げた。同調する様な慈愛のそれではなく、対極に悲哀に満ちている目は、自分の姿を痛ましく思っている様だった。
「どうしたの?」
そう思われる筋合いは無い、と少しの苛立ちを内心から滲ませた冨亜奈を他所に、心の余裕を失いつつあった詩季は寂しげな笑みを浮かべてその理由を吐露する。
「何だか、無理している様に、見えたから」
歯切れ悪くそう言った詩季の様子に、違和感を覚えた冨亜奈は、呼吸を乱しつつある彼女に一歩踏み出そうとする。踏み出すと共に、詩季も一歩引き、鈍い汗が彼女の頬を伝う。
詩季の笑みは次第に引き攣ったものに変わっていき、その視界に映る冨亜奈の姿に強烈なノイズがかかり、見覚えのある少女へと上書かれていく。声も強いノイズの後に、聞き覚えのある何かに変わっていく。
『無理ナンテシテナイヨ?』
酷いノイズが混じった聞き覚えのある声は、冨亜奈が紡いだ語彙を借りて、詩季の耳朶を打つ。暗い研究所の一角は、激しいノイズと共に不自然なほど暗い寮の一室に変わる。ノイズがかっていた少女は、首に絞殺痕を残した美晴へと変わり、鬱屈した目を彼女に向けた。
彼女の目に射竦められ、激しく呼吸を乱した詩季は、その場に蹲り、呼吸と同じ激しさで体を痙攣させる。目に見えて分かるほど、深刻なパニック障害を引き起こした詩季を前に、冨亜奈は一瞬立ち竦み、それから彼女の下へと駆け寄った。
いの一番に駆け寄った和美は、暴れても支障の無い位置へ回り、過呼吸症状を起こした詩季の口元を手で覆った。遅れて駆け寄った冨亜奈は、何をするべきか分からず、ただしゃがんで詩季の様子を見守る事しか出来なかった。
呼吸が安定しても尚、詩季の容体は安定しておらず、得物を取り落とした彼女は耳元を抑え、何かを振り払う様に頭を激しく振り乱す。
距離を置き、呆然と見ていた冨亜奈は、先と同じ、悪魔の様に邪悪な笑みを浮かべた和美に気付いた。まるで詩季が苦しむ様を、極上の見世物として楽しんでいる様なそんな顔に、彼女は激しい嫌悪感を抱きながら二人の様子を伺った。
それからしばらくして、暴れ回っていた詩季が落ち着き、小さく縮込めた体が小さく痙攣する。それを見計らった和美の指示で、冨亜奈は彼女の腕を抑える。一時的に身動きを封した和美は、苦肉の策として常備薬と同じ物を投与し、窒息覚悟で無理矢理に飲み込ませた。
錠剤を入れた口に水を流し込み、飲み込ませた彼女は、暴れる詩季から距離を取らせると、一呼吸おいて様子を伺った。羽交い絞め同然で薬を飲まされ、防衛本能で暴れていた詩季だったが、次第に薬が回ってきたのか、乱れていた呼吸が安定し始め、昏かった目に光が戻り始める。
「落ち着いた?」
容体を遠巻きに見ていた和美はそう呼びかけ、それに反応した詩季が、はっとなって顔を上げる。薬効で正気を取り戻したらしい彼女は、錯乱した間の事を歩み寄ってきた和美へ謝り始める。
そんな中、冨亜奈は一人、苦笑交じりに宥める和美を遠巻きに睨んでいた。あの時、彼女が見せた笑みはどう言う意図だったのだろう、と、彼女は内心で疑問する。詩季が苦しむ様を前にして、あんなにも笑える心境とは一体どんな物なのだろうか。そして、一体彼女は、何を詩季に求めているのだろうか、と。
どうあれ、彼女が危険な人物である事に変わりは無い。そう思っていた冨亜奈は、不意に和美と目が合った。泣き出し、その場に蹲った詩季から表情を隠している彼女は、先と同じ様な笑みを冨亜奈に向ける。
だが、それは詩季に向けた様な見世物を楽しむそれでは無く、隠している筈の内心を射る様な、そんな笑みだった。
「柚木さん?」
一人蚊帳の外にいる詩季が様子を察したのか、和美に声をかけ、それを合図に二人の睨み合いは解かれる。お互い、気まずそうに視線を逸らす中、顔を上げた詩季は不思議そうに二人を見る。
「あの、お二人共、どうかしました?」
「いえ、どうも無いわ。あぁ、嘘。お互いあまり面識が無いから、何を話すべきか、迷っちゃっただけよ」
そう言い、苦笑を向けた和美に、納得して笑い返した詩季は、取り落としていたカービンを手に取った。
「すいません、お二人共。余計なお時間を使わせてしまって。移動を再開しましょう。私の方は、大丈夫ですから」
少し歯切れ悪くそう言った詩季に、頷いた和美は彼女に先行する様に促すと、浮かない顔の冨亜奈の背を叩いた。
「ほら。行くわよ、学者さん」
はにかんで言った和美は、縮小して腰にマウントしていたフリスに手を回しながら、冨亜奈の前を行く。促された彼女も、重い足取りでその後を付いていく中、不意に振り返ってきた和美に気付き、足を止めた。
何か用か、と睨み付ける冨亜奈に、首を横に振った彼女は、手にしたフリスを長杖状に展開し、詩季の後を追っていく。後味の悪い仕草に、不信感を募らせた彼女は、握ったままだったカービンへ目を落とす。
いっそ和美を殺してしまうか、と凶事を思い至った冨亜奈だったが、事に及ぶとしても詩季へ明確な理由を示せない事に思い至り、その場で踏み留まった。始末をつけるにしても、正当性を確保してからでも遅くは無いだろうと、そう冨亜奈は結論付け、隊列を追っていった。