地下10階。事前の調査で2つのマギ反応を検知したフロア。最低限のクリアリングを行いながら、現状情報を確保している最終階層に至った詩季は、地下5階からここまで、何らトラブルが無かった事に強い違和感を覚えていた。巡回のロボットも無く、見回りの兵士も無く、ただ醜い死体と破壊の痕跡だけが残されていた事が、彼女には引っかかっていた。
ここで何かが起きている。後始末の為の部隊が投入され、存分に活動している、と言う事実以上の何かが。恐らく彼等ですら予見し切れなかったであろう何かが。
内心、そう思いながら斥候として和美達よりも1ブロック先を進んでいた詩季は、不意を打つ様に行く先を照らしたタクティカルライトの光に気付き、角で足を止めた。減音された足音が二つ、軍靴がまばらに地面を叩いている音を検知した詩季は、後続の和美にハンドサインを出して彼女達を止める。後続の冨亜奈が味方の可能性を静音通信を使って伝えてきたが、詩季はその可能性は無い、と内心で即断していた。
(この感じは恐らく巡回している兵士)
直感で判断した詩季はシューティングモードにしたダインスレイヴ・カービンを角に構え、ゆっくりと姿勢を落とす。
この角の向こうにいるのが、仮にウォーターシップダウンのメンツだとすれば、もう少し慎重に行動する。仮にも周囲を敵に囲まれ、孤立している様な状況下で、無防備に明かりを照らす様な真似を彼女達がするとは思えなかった。
その上で先手を取られやすくなる明かりを使うとすれば、戦術的に優位を確保している状況でなければならない。それに合致する勢力があるとすれば、ここを確保した後始末部隊の面々しかあり得ないだろう。
光源は徐々に近付き、その明かりの中に詩季の姿も入らんするその瞬間、奥から金属が持ち上げられた音が鳴り、身構えた詩季の眼前に既に破壊されたロボットの上半身が叩き付けられる。粒子ビームの一斉射を浴びたのか、円形の溶解痕を無数に開けたそれがもん通り打って暗闇に吸い込まれていく。
何かが注意を引いたと理解するより前に、光量が弱まり、間接照明の様に角の向こうがぼんやりと明るくなる。光源の持ち主が振り返った、と理解した直後、けたたましい銃声がフロアに響き渡り、銃撃戦が始まる。
一人が点射を繰り出し、もう一人は単発射撃を連続させる。消費弾薬を抑えての制圧射撃を繰り出す彼等の足音が遠のく中、角から顔を出した詩季は、交戦している相手を一目見ようとカービンを構えた。
だが、交戦相手は分の悪さを悟って既に逃げ出しているらしく、後を追っている彼らは角から銃口を構え、様子を伺っていた。動きの無さから安全と見たのか、彼らは角の向こうに消えていく。
姿が消えるまで待った詩季は、銃口の向きはそのままに下がると、待機している和美達を近くに呼び寄せた。
「状況は?」
「巡回の兵士2名が何者かと交戦状態に入ってます。交戦相手の規模、人員は不明。ですが、あの初撃から察するに──―」
「──―相手はリリィね。そうじゃないとあんな投擲は出来ない。かと言って、あれをうちのメンツがやるとは思えない。とすれば、第三者と見るのが自然ね」
「ええ。現状、可能性としてあり得るのは、脱走した強化リリィでしょうか」
そう視線を流す詩季から出た言葉に、意外そうな顔をした和美だったが作戦指示書の内容を思い出したのか、すぐに納得した顔を浮かべる。その言葉が出たと言う事は、自分の与り知らぬ場所で遭遇したのだろう、と言う察しと共に。
「それで、どうするの、隊長さん。彼らをやり過ごそうにもこのフロア全体で戦闘されれば、こちらも巻き込まれる可能性が高いわ」
「分かっています。これから彼らの戦闘行動に介入し、脅威排除を行います。直接戦闘は私が担当、柚木さんと黒木さんはバックアップと援護をお願いします」
「
「おおむね良好、と言ったところでしょうか。私としてもあまり長く戦う気は無いですから、安心してください」
「それは良かった。でも、あまり無理はしない様にね、隊長さん」
笑みと共にそう言う和美へ頷いた詩季は、稼働し続けるダインスレイヴ・カービンの基部を見やると単身、夜闇の中へと駆けていく。すでに暗闇に慣れていた詩季は、慎重な足取りで兵士達が通ったであろう痕跡を追いかける。
単独である事を踏まえ、不意打ちを警戒した詩季は、物の散乱した暗い通路に差し掛かると体をぶつけない様、ゆっくりと合間を抜けていく。その最中でも、先の物々しい雰囲気からは不自然と言える程、周囲で戦闘の音は鳴っておらず、道行く詩季を不安にさせる。
脇道につながる曲がり角へと差し掛かった彼女は、ストックを肩に乗せ、ダインスレイヴ・カービンをコンパクトな形に構え直す。構えを維持したまま、一定距離で旋回し、一呼吸一呼吸、慎重に先の様子を見て彼女は角を曲がっていく。
暗がりの向こう、先と変わらず機材の散乱した通路が広がっていたが、交戦が始まっている様子は無かった。何ら動きの無い空間を不審に思った詩季は、周囲に銃口を巡らせながら通路へと一歩踏み出す。
細かな破片が砂利の様に足元を不安定にさせる中、慎重を期し、詩季はゆっくりと進んでいく。十字路に差し掛かると、左側から白い布端が顔を覗かせる。銃口を向け、慎重に歩を進める中、それが痛んだ病衣である事に気付き、彼女は僅かに身構えた。
銃口の先を壁を背に隠れているであろう誰かに向けた詩季は、側面に這わせていた指を引き金にかけ直す。体が見えた瞬間に発砲出来る様構えた彼女は、不意に足元から鳴った小さな破砕音に目を見開き、正面の不審者へと銃口を向けた。
先手を打たんとトリガーを引く直前、自身の右に気配を感じた詩季は構えを解き、身を屈めながら左側へと跳躍する。ちょうど上半身のあった位置を数発のライフル弾が突き抜け、反撃を止めた詩季は勢いそのまま、散乱していた事務机の一つへ滑り込む。
逃げる彼女を追ったライフル弾は薄い鉄板製のそれをやすやすと貫き、追撃を予見していた詩季が障壁を張って弾き逸らす。樹脂製のマガジンが落とされるくぐもった音が響き、アサルトライフルのリロードを終えた一人の兵士が銃を構え直しながら姿を現す。
委託先の角から姿を見せた彼は、生気を感じさせない虚ろな目で、硝煙が立ち込めた周囲を見回す。視界不良になる様な濃さでは無いが、彼の眼前に広がる瓦礫の山は、彼の相棒と共に行われた掃射によって油断を誘うほどの酷い損傷を与えられていた。
それもその筈で、彼らのアサルトライフルが放つ対リリィ用強装弾の威力は、通常の防護障壁であれば容易に射抜けるほどの威力がある。普通のリリィなら、こんな状況で生きていられる筈が無い。
「この分なら始末はついたな」
そう呟いた瞬間、彼は視界いっぱいに光を認識する。疑問する間も無く頭部を粒子ビームで撃ち抜かれ、一撃で絶命した兵士の体がその場に倒れ、彼の背後に付いていた女性兵士が機械的な動きでアサルトライフルを構える。
射殺された彼と同じく虚ろな目をした彼女は、仲間がやられたショックを感じるよりも、眼前の敵を排除する方が優先すべき事項であると思考させられていた。敵はどこにいるのか、と浅く得物を構えた彼女が、視界を走査した瞬間、弾痕が穿たれたものとは別の事務机から詩季が飛び出す。
跳躍と同時、ダインスレイヴ・カービンを両手に構えた彼女が女性に向けて照準する。銃口を視認するよりも前に、気配で回避していた彼女を光線が擦過し、身に着けていたナイトカモのプレートキャリアが背面部を軽く焼け焦げさせる。
前転から仰向けになった女性は、その体勢からセミオート射撃を繰り出す。宙で彼女と向き合う様な姿勢を取った詩季は、足裏からマギを放射し、自身の胴体を狙った射撃を辛うじて回避する。背面が天井と擦れ、薄く展開していた障壁が激しい擦過音と共に火花を散らす。
スパーク音にも似たそれを背負い、宙で捻りながら身を回した詩季は、近接形態に移行させたダインスレイヴ・カービンを手に、銃口と共に体を起こそうとしている女性へと迫った。
身体強化のみの加速で距離を詰め、下段で振るおうとした直前、自身の右側からの気配を察知した彼女は、側面からマギを放射して強制的に運動ベクトルを偏向、ターンを交えながら勢いを殺し切ると、眼前に迫った刃を受け止めた。
グングニル・カービンのものと分かる、分厚い片刃には誰の物とも分からない血がこびり付いており、赤黒く変色したそれの向こうではあどけない顔立ちの少女が、狂気じみた笑みを浮かべていた。
「私達と遊ぼうよ、お姉ちゃん!」
先の女性と同じく、光の無い目が無邪気な笑みを浮かべ、彼女の額に刻まれた魔術刻印が怪しく光る。強化リリィだ、と正体について即断すると同時、身を屈めて横合いからの射撃を回避し、瓦礫で射線を塞ぐ。
虚を突かれる形になった少女の側頭に一発が直撃するが、大した事は無いと言わんばかりに、彼女は膝をついたまま、グングニル・カービンを構える。少女が縦振りを打ち込むより前に、詩季は彼女の腕を左足で抑え、左側へとダインスレイヴ・カービンを構えた。
宛ら鍔迫り合いの様相を呈す中、その隙を逃さんとばかりに顔面へ数発ビームを撃ち込み、防護障壁に阻まれたそれのノックバックで少女の体は大きく仰け反った。マウント寸前の状態から脱した詩季は、右足で追撃の蹴りを叩き込んで吹き飛ばすと、いつの間にか回り込んでいた女性と目が合う。
瞬間、左手を突き出した詩季は、目を閉じながら低出力のマギを放射する。放射されたそれは分厚い光の壁となり、女性の目を焼く。瞬間、フルオートに切り替えた女性は闇雲に引き金を引き、空間を銃弾が引き裂く。
数秒、目を焼いた光が晴れると同時、女性の頭部が切り潰される。フルオート射撃を天井まで跳躍する事で回避していた詩季は、真上からの唐竹割りで仕留め、打点を中心に、倒れていく彼女の体を飛び越える。
(……さっきの子は?)
回転受け身から立ち上がった詩季は、ダインスレイヴ・カービンを血振りしながら周囲に目を凝らす。激しい攻撃で乱れていた息を整え、シューティングモードに持ち替えた彼女は、最奥からの閃光に気付き、障壁を展開した。
(狙撃!?)
驚愕しつつも、放たれた熱線を逸らした詩季は、次弾を回避すると十字路の側路に隠れて様子を窺う。このフロアのマギ反応は二つ、となれば狙撃を仕掛けて来たのは最後の一人である可能性が高い。
一先ず、先の通路は封鎖されたも同然だ。迂闊に体を出せば一方的に撃たれ続けるだけになってしまう。狙撃手が見張る通路に背を向けた詩季は、振り返ると同時、視界に飛び込んできた刃を受け止める。
「見ぃつけた!」
遊んでいるかの様な無邪気さを浮かべ、刃を押し込みにかかる彼女の膂力は、体格で上回る筈の詩季を圧倒する。咄嗟に足を振り上げ、薄い腹を蹴り飛ばした詩季は、内臓を破壊する手応えと共に繰り出された押し込みに驚愕し、仰向けにバランスを崩す。
彼女の強化の度合いは相当なものであるらしく、青紫に変色していた打撃部は元の白い肌の色を取り戻しており、片足だけになった詩季は少女に押し倒され、彼女にマウントを取られる形になる。
「お姉ちゃん、ばいばい!」
内腿で胴を挟み込み、少女は大上段にグングニル・カービンを構える。人外の膂力で振り下ろされるであろうそれは、幾ら詩季のマギ出力でも耐え切れる保証は無い。まるでおもちゃを壊す子どもの様に、無邪気な少女を睨んだ詩季は、展開した障壁と合わせ、ダインスレイヴ・カービンで上体ごとの振り下ろしを右側へ往なすと、彼女の首に右腕を回して抱き寄せる姿勢を取る。
突然の事にもがく彼女の肩関節を極め、左拳に出し得るだけのマギを込めた詩季は、右脇に全力でフックを打ち込む。内出血どころか内臓を破壊する威力のそれを何発も叩き込んだ詩季は、少女の力が緩んだのを見計らい、
乱雑に転がされた少女は、血交じりの胃液を吐きながらその場に突っ伏す。苦しそうに息をする少女の後頭部を掴んだ詩季は、そのまま床に顔面を叩き付けた。潰れたトマトの様に血しぶきが散り、反動で海老反りになった少女の体が一瞬痙攣する。硬い地面へ顔を埋めた様にして彼女は沈黙し、銃口を向けながら距離を取っていた詩季は、無力化したと判断し、銃口を外す。
そのまま、狙撃手への対処に移ろうとした彼女は、生理的嫌悪感を誘発する様な水音と共に、体を起こす少女に銃口を向けるとゆっくりと体を起こす彼女と目を合わせた。
「酷いなぁ、お姉ちゃ──―」
笑いかける少女が言い切るより前に、その首に左腕を絡めた詩季は、肩口から撃ち抜いた右腕を彼方へ蹴り飛ばし、そのまま彼女を盾にしながら狙撃手が構えているであろう通路へと加速しながら進入した。
暴れる少女の首を絞めつつ、通路の瓦礫に叩き付ける様にして突進する詩季は、閃光を視認すると同時に左側へと回避しながらダインスレイヴ・カービンを連射する。案の定、少女の体が無い右側を狙った一撃は、詩季が展開していた障壁に干渉し、掠めたカートを変形させる。
無限とも感じられる長さの通路を走りながら、狙撃手との距離を詰める詩季は、先の一撃で相手のスキルと状況を推察していた。
(先の狙撃、暗所視認が出来ているのなら、恐らくレアスキルは『天の秤目』、そして多分、狙撃手はこの子の知己。一般的なリリィの傾向に当てはまるのであれば、躊躇い無く狙撃してくる事はそうそう無い。リジェネレーターで再生し切る前に、このまま距離を詰める!)
再び中央に位置取った詩季は、酸欠になっているのか、大人しくなった少女に一瞬視線を向けると、『インビシブルワン』を発動。それに加えてマギ放射を行い、さらに加速していく。盾にした少女の前に薄く障壁を張り、空気抵抗を往なした彼女は前方の視界と引き換えに加速する。
距離を詰める最中、詩季は自身への狙い方が変わっている事に気付いた。直接的な射撃では無く、威嚇射撃による停止効果を狙った撃ち方、具体的には障壁ぎりぎりを掠めさせる当て方に切り替わっていた。
(流石に仲間に当てるのは気が引けるのかな)
そう言う類の情は持っているんだな、と独り言ちた詩季は、修復された少女の腕越しに射手の姿を捉える。
少女と変わらない年恰好の狙撃手は、所々痛んだ病衣を身に着けており、狙撃機材には片刃を取り外したダインスレイヴ・カービンを使用していた。接近に動揺した彼女を捉えると同時、少女への
壁と少女の体躯で得物を封じた詩季は、そのまま近接モードに切り替えたダインスレイヴ・カービンを突き出し、二人まとめて刺し貫いた。致命傷を与えられると思っていない詩季は、そのまま引き抜くと脱力しきった少女を押し退けながら、狙撃手の動脈に刃を食い込ませ、一息に引き切った。
人ならざる青紫色に変色した血が噴水の様に吹き出し、白目を剥いた少女の体が崩れ落ちると同時に彼女の顔面を踏み潰す。果実を潰した様に青紫の血と肉片が飛び散り、それを見下ろした詩季は息を荒げる。ノイズと共にフラッシュバックが走り、踏み潰した死体が、同じ死に方をした友人の姿に変わる。
半ば反射的に口元を覆った詩季は、ふらりと起き上がった少女が伸ばす手に恐怖心を抱き、絶叫と共に手にしたダインスレイヴ・カービンを彼女に叩き付けた。厚い刃に肩口を斬り潰された少女は修復途中でマギを使い果たして絶命する。とうに命の輝きを失った少女はぼんやりとした目を詩季に向け、彼女へ手を伸ばしたまま、その場に崩れ落ちた。
湧き水の様に青紫色の血が流れ、血の色を見た詩季の頭が冷静さを取り戻す。
「クリア」
沈黙させていた通信機を起動し、そう符丁を唱えた彼女は、その向こうで応答した冨亜奈達へ詳細を伝え、誘導を開始した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
地下11階、地下10階から打って変わり、ベージュを基調とした内装と鼻腔への刺激物に機械の匂いが混じるそこは、上階の荒れ具合からは一転して手の加わった雰囲気も無く、落ち着いた様子を見せていた。
様変わりし過ぎた空間に違和感を覚えていた詩季は、冨亜奈達と共に警備室の出入口で待機していた。道中、無人機との交戦こそあったものの、3度目ともなれば慣れたもので特に苦戦する事無く、スクラップに変えていた。
ドアを挟んで右側、ダインスレイヴ・カービンを構えた彼女は冨亜奈の手で血を拭われたそれを見下ろし、様子を確認する。稼働開始からここ、体感時間こそ長くとも稼働時間自体には影響は無く、加えて内部構造へのダメージも見られなかった。
状態を確認し、万全と判断した詩季は、対岸で待機していた冨亜奈へアイコンタクトを送る。視線を合わせた彼女がドアノブに手をかけ、手にしたダインスレイヴ・カービンで短く3カウントを取る。
カウントが0になった瞬間、冨亜奈はドアを開放し、詩季の体がするりと滑り込む。照明が落とされ、真っ暗になった空間に銃口と灯りを巡らせた彼女は、上階と比するまでも無い程、全く手の付けられていない空間に気付き、眉をひそめながら非常電源を探す。
後続した冨亜奈達がメインルームに入る間に電源を見つけた詩季は、明るみになった部屋の全貌に改めて驚いていた。
「あれっ、荒らされてない?」
開口一番そう呟いた冨亜奈は、待機状態になったコンピューターのスイッチを入れると、主電源が強制的に落ちていた事を知らせる以外、何ら異常を示さず、機器の立ち上げを開始する。
同時、壁面の10のモニターが作動し、照明以外の光が室内に差し込み始める。冨亜奈と和美がそれを見守る間、詩季は部屋に繋がる小部屋の状態を確認する。部屋は軽く荒らされてはいるものの、それも死体の周囲のみであり、それ故に部屋の状況の不自然さを物語っていた。
物が盗られた訳でも、破壊された訳でも無く、ただ人だけが殺されていた。殺された人間も、避難してきた研究員らしき人物達であり、上階の同胞の様に惨殺された訳でも無く、必要最低限の致命傷を与えられるに留まっていた。
「一体、何が……」
そう独り言ちながら部屋の中を捜索していた詩季は、彼らの内の一人が持ち出したらしいハードケースを取り上げ、中身を開いた。目立つ黄色いケースの中には、数冊の冊子と、クリップ止めされたテキストが数束クリアファイルに収められて、保管されていた。
CHARMに関連する文献らしいそれを確認すると、ハードケースに収め直してメインルームへと戻る。
「黒木さん、お手隙ですか?」
「ええ。どうかしたの?」
「こちらの文献をスキャンしてもらえませんか? 申し訳ないのですが、精査をしていないので全部、と言う事になりますが」
「了解。まぁ、学者先生が作業している間の暇潰しにはなりそうね。その間、隊長さんはどうするの?」
「他の部屋の安全確認をしてきます」
そう言い、得物を構える詩季に苦笑を向けた和美が手元の資料を黙々とスキャンし始め、それを見届けた彼女は別室のクリアリングを開始する。
もう一つの部屋には虐殺された死体しか無く、死臭の充満したそこを後にした詩季は半ば無意識に扉を閉めた。その間にスキャンは終わっていたらしく、手持ち無沙汰に文献に目を通した和美が軽く手を挙げていた。
「おかえりなさい、隊長さん。学者先生の作業が終わったみたいよ」
乱雑に文献を投げた和美は、フリスを手に詩季を誘導する。その最中、詩季はモニターが埋め込まれた壁面へ視線を流す。埋め込まれた10個のモニターそれぞれにフロアの定点カメラの映像が映っており、暗所対策の取られた深緑色の画面には時折巡回の兵の姿が映っている。
分からないまま、モニターを見ていた詩季は、明るい表情で出迎えた冨亜奈に笑い返し、彼女に促されるまま、近場の席に着いた。
「二人共お待たせ。じゃあ、このフロアの状況について共有するね」
そう言い、キーボードを操作した冨亜奈は、上階と同じ見取り図を展開すると、まず最初にマギ反応のスキャン結果を表示する。
「このエリアのマギ反応は、それぞれ14階に1つと18階に2つ。それで、各階のカメラを確認した所、14階に黄昏、18階に優愛っちと麻衣を発見した」
そう言い、キーを押した冨亜奈の手で、別モニターに2つの画像が表示される。一つはダインスレイヴを手にフロアを移動する黄昏の姿、もう一つは身を寄せ合い、お互いを守りながら移動する卯月姉妹の姿。それぞれ無傷のまま生き延びている辺り流石だ、と思っていた詩季だったが、画像自体はリアルタイムの物では無いらしく、左下に撮影時刻が後付けで表示されており、それぞれ1時間以上前の物だった。
「これ以降、彼女達の姿がカメラに映った形跡が無い。やられてるとは思えないけど、何処かに潜伏しているとすればあまり時間をかけてられない状況だよね?」
「そうだね。物資、精神面、諸々を踏まえて、極力早く合流するのが吉かな。そこまでの情報って何か分かってる?」
「そう言うと思って、ちゃんと調べてあるよ。地下14階までは人と無人機が階ごとに交互に配備されてる。このフロアは無人機が配備されていたから下の階は警備部隊1班が配備されてる。それが14階まで続く。で、問題は15階からなんだけど、これ見てくれる?」
再びキー操作をした彼女は、黄昏達の画像と入れ替わりに、記録されていた地下15階以降の映像を表示する。無人の廊下をサムネイルとして映したそれが冨亜奈の手で再生され、軍靴の足音と共に、機械の歩行音が鳴り響き、遅れて1班分の兵士と1機のロボットが姿を見せる。
上階で和美から見せられた映像とは異なり、明らかに連携を取っている彼らの様子に詩季は異常を覚える。ちょうど彼らがフェードアウトした瞬間に録画は止まり、動画はサムネイル表示に切り替わる。冨亜奈が様子を探る中、詩季は映像に映っていた状況を一人嚙み砕いていた。
沈黙する詩季に変わり、動画を見ていた和美が軽く手を上げつつ、所感を口にする。
「学者先生、これがあなたの言う問題なの? 確かに現行戦力だけで考えれば厳しさは残るけど、14階で黄昏と合流できれば余程へまをしなければ苦戦する事は無い戦力よ?」
顎でサムネイルを指し、冷笑を浮かべた和美は、事実を元にした客観的な意見を淡々と告げる。詩季からしても彼女の言う事は一理ある。実際、映像に見えるだけの戦力が相手ならば、特段苦戦する事は無い。無論、こちらに2人、戦闘が出来るリリィがいると言う皮算用の下であるが。
「大方、臆病風に吹かれてこんなくだらない戦力を問題視してるだけじゃないの?」
「っ……! それは、違う!」
嘲笑と共に放たれた和美の言葉に、図星を突かれた冨亜奈は少しの苛立ちと共に反論するが、背丈に見合った子どもっぽさのそれに、彼女は忍び笑いを浮かべる。
冷静さを失い、殺意を込めて睨み付ける冨亜奈を他所に、状況を考えていた詩季が一触即発状態の間へ割り込む様に手を上げる。
「黒木さんが何を懸念していたかは分かりませんが、先の映像は問題提起には十分だと思います。先の映像が指し示すのは、15階から戦力が拡充し始めている事、そして、その拡充した戦力が今まで同士討ちしていた筈の2勢力で構成されている事、この二点です。前者は、15階から先、敵性勢力が何かしらを守る為に防備を固めている事が推測できます。ですが、この状況、何かおかしいと思いませんか?」
「そうね。本来なら防衛する側では無い戦力が、何かを守る様な戦力配置する事。それがおかしいって事でしょう? でも、仮にそうだとしても工作部隊の防衛をしているかもしれないじゃない」
「工作部隊の防衛ならとっくの昔に撤退している筈です。彼らの侵入は私達のそれよりも遥かに前に行われている。破壊工作も、それまでに終わっていてもおかしくは無い筈です」
「自部隊の為じゃない、って事は彼らは別目標を防衛してる事になるけど……。じゃあ一体何を守ろうとしているのかしらね」
そう問いかけた和美は、キャスター付きの椅子の上でくるくると回る。回る彼女に触れそうになった冨亜奈が、一人不快感を露わにする中、再び手を挙げた詩季が彼女の疑問に回答する。
「それが恐らく2つ目にかかってくると思います。2つ目、同士討ちしていた勢力が共同している、と言う状況です。さっきまで殺し合っていた2勢力がいきなり共同して何らかの防衛行動に移っている。まぁ、ロボットが上の機体と違い、兵士を敵性対象と見ていない正常な機体である可能性は否定できません。ですが、それだと上の階での状況が成り立たなくなります」
「上の階……。確か、強化リリィと兵士が、連携を取ってあなたと戦った、と言う奴よね」
「そうです。本来なら敵対している筈の強化リリィと兵士とが、共同して私と交戦した。それも、敵対関係を匂わせるやり取りをした後に、です」
「どちらかがこちらの存在を認知して停戦を提案し、攻撃対象を切り替えた。そう考えるとしても、どちらかが気でも狂わなきゃ、無血で手のひらを返す事はあり得ないわね。それも、一発の銃声も発さずに。それで、隊長さんはこの話の結論として、どんな仮説を立てるの?」
「私は、彼らが何者かに洗脳されたのでは無いか、と考えてます。そして、その何者かが、彼らの守るべき対象です」
そう強い口調で返した詩季を前に、和美も、冨亜奈も、その推論を笑おうとは思わなかった。一見すれば飛躍した論調にも捉えられる彼女のそれを、単なる陰謀論で片づけるには、上階の戦闘はこの推論に説得力を持たせ過ぎた。無論、それが無ければ詩季もこんな荒唐無稽な推論を述べる事は無かっただろう。
「いずれにせよ、今は愛染さんとの合流を目指すべきです。一人でも多くの戦力を確保出来れば、先に進む為の不安要素は少なくなります」
「……そうだね。取り敢えず必要な情報をまとめて、和美に送っとく。詩季にゃんは私か彼女のどっちかから見せてもらう様にして」
「分かりました。では、各自、移動準備をお願いします。私はその間、入り口を見ます」
そう言い、得物を手に立ち上がった詩季はその場を去り、残された冨亜奈は、手持ちの物資の確認を始めた和美に一瞥くれると自分の作業を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
地下12階、今までと変わらぬフォーメーションを維持し、詩季は暗がりを進む。未だ、警邏の兵士との接敵は無く、殺気が張り詰めた空間に彼女は銃口を巡らせる。銃身下部を支える左手には、先よりも細身の懐中電灯が握られ、銃口と連動して周囲を照らしていた。
「クリア」
怪しまれない様、長時間の照射を避けている詩季は、必要最小限細かく点滅させながら周囲を確認する。忙しなく動く彼女の後を追っている和美達は、何かに気付いた詩季のハンドサインで、彼女がクリアリングした部屋へと身を滑らせる。消灯したダインスレイヴ・カービンを構えた詩季は、遠く、廊下の壁面に踊る光を凝視していた。
銃に備えられたライトから発するそれは、2つ並んで壁を照らし、そして左へと逸れていく。警邏中の兵士達が間抜けにも照らし続ける光は、宙を舞う埃に反射され、横倒しになった光の柱を顕現させる。
腰溜めに構えられたアサルトライフルの向く先と同調したそれが揺れ、詩季達が隠れ潜む通路を照らす。光源が向くよりも前に咄嗟に頭を引いた詩季は、僅かに覗けた陰に違和感を覚えたらしい彼らが寄る気配に内心舌打ちをしながら構える。
音を出さない様、浅く息をした彼女は、シューティングモードに変形させたダインスレイヴ・カービンの切っ先を出入口の角に触れさせる。側面で委託し、照準を安定させた詩季は徐々に近付いてくる光に対し、肩を引いた姿勢を取り、引き金に指をかけた。
左右の壁に背を向ける様にして広がった兵士達は、それぞれ交錯させる様に銃口を向け、僅かな影すら見逃さない様に目配せをする。即座に撃てる様、トリガーに指をかけたままの彼等が移動するに連れて光も移動する。
一時的に目を眩まされる様な光が向けられた瞬間、詩季は引き金を引く。分厚い光の壁を更に塗り潰す様に粒子ビームが迸り、壁の向こうにいた兵士の左側面を掠めて焼く。
不意打ちを浴び、咄嗟に飛び退いた兵士を追って真横へ飛び出した詩季は、射角を確保しつつ追撃をかける。不意打ちと火傷で、応戦が遅れた兵士は二発目を浴び、上半身に大穴をぶち空ける。
一撃を浴びせた詩季はそのまま姿勢を低くしながら、手前側の前衛を仕留め、後続する二人も一気に射殺する。血しぶきこそ散らなかったが、装備と肉が一緒くたに焼け、辺りに悪臭が立ち込める。光線に射抜かれた4つの死体が転がる中、荒く息を吐いた詩季は口元を覆う。
「オールクリア」
手元に覆われたくぐもった声で彼女がそう告げたのを合図に、和美達の緊張が束の間解ける。過度なストレスで目眩を起こした詩季が壁へ凭れかかり、それに気付いた和美が足早に歩み寄る。
廊下上での処置を他所に、立ち入った室内を物色した冨亜奈は、ペンライトの明かりに照らされた机の上に、ある文書を見つける。
(『アウニャメンディシステマス社日本支部次期主力ブーステッドCHARM選定の経過レポート』? 何でそんなもんがここに……)
クリップで閉じられたそれをめくった彼女は、遠く六本木はエレンスゲ女学園を試験場に行われていたコンペティションのレポートに目を通す。
アウニャメンディシステマス社と言えばサードパーティ製品の開発ノウハウを手土産に最近メーカーズへ名を上げた新興企業。しかし、新規参入故のノウハウ不足による信頼性の低さから実績の面で先行するメーカーの後塵を拝しており、それを抜きにしても他メーカーと比較して変わり映えしない、いまいちパッとしない製品を世に放ってきたメーカーである事を冨亜奈は良く知っていた。
だが、彼女が手にした文書は、現状を打破するカンフル剤として、日本支部が次期販売戦略の主力にブーステッドCHARMを据える計画を立案し、本社へまんまと通してしまった事を指し示していた。外部機器の追加などによりCHARMを
資料で目を引くのは同社が予てより開発を進めていた『マグスシステム』を搭載したCHARM群であり、レポートにおいても本命と見られていた。対抗馬として提出されるCHARMはどれも規定に達するのがやっと、と言う有様の物が多く、半ば出来レースの様相を呈していた。
そして、その末席。コンペ案の提出順に並べられたリストの最後、彼女が見慣れない単語が記されていた。
(『
これまで共用語である英語、及びラテン語表記で記されてきたCHARMのコードネームにおいて、この機体だけスペイン語で記されていた。それだけで無く、上からボールペン書きで何重にも丸がされており、明らかに何かがあるとしか読めないそれに冨亜奈は顔をしかめる。
ぐちゃぐちゃに書かれた丸の外側、何かに誘導する様に伸びた線を追うと、違和感の意味を解く様に箇条書きで備考が書かれていた。
『クラロ・デ・ルーナは、月光を意味するスペイン語』
『セクションリーダーからの指摘では該当機体はデータ流出があったと報告のある
『機体のデータは当セクションには無いので別フロアで当該データの詳細を閲覧する』
3行に分けて書かれたそれに目を通した冨亜奈は、衝撃を受けていた。アーヴィングカスタムの基礎データについて流出があった、と言うのは数か月前に聞いていたが、まさかここに来てメーカーズが盗用するとは彼女も思いはしなかった。
そして。
(ルドビックラボもアーヴィングカスタムに関するデータを入手していたって言う訳?)
その内部性能と構造故に機密レベルの高いアーヴィングカスタムのデータは、本来ならどのラボにも開示されないはずなのだが、どう言う訳かルドビックラボがそれを有し、挙句、一般職員へ開示してしまっていた。
よしんば政治的取引で入手したとしても、一般職員へ気軽に開示できる様な代物でも無いし、それが発覚すればラボの立場とて危うくなる事は誰の目にも明らかになる。だが、この文章を読む限り、そんな緊張感は無い。つまり、このデータの出所は非公式なルート、と言う事になる。
「流出規模、思ったより広いって事……?」
無意識に呟き、冷や汗を掻きながら口端を吊り上げた冨亜奈は、資料に添付された閲覧可能端末への地図を取り外すと端末のカメラでスキャンを行い、端末に反映させる。データ上の地図が更新され、そこまでの道が自動的に算出される。
暗所モードにしていた端末からの応答を確認した冨亜奈は、懐にそれを収め、詩季達の下へと向かう。容体の落ち着いた詩季の傍にしゃがみ込み、様子を見ていた和美は、苦々しい表情を浮かべながら出てきた彼女と目が合うや嫌味っぽい笑みを浮かべて出迎えた。
「随分遅かったわね、学者先生。中で何やってたの?」
「調べ物。詩季の容体は?」
「一旦は落ち着いたわ。けど、これから先、長時間戦わせるのは難しくなってくるわ。応急処置で渡してる常備薬だって、
「……そうしたいんだけど、ちょっとだけ寄り道させてほしい。気になる事がある。優先して消化したい」
「ええ、良いわよ。大切なお友達よりも、大事な要件なんでしょう?」
皮肉を込めてそう言った和美を、冨亜奈は睨みながら通り過ぎ、詩季の元へとしゃがみ込む。次の動きについて説明をする彼女の背を見ていた和美は、微笑を浮かべ、嘲笑っていた。