地下14階、黄昏がいるであろうフロアへ降りた詩季は、いの一番に激しい剣戟音を耳にする。何合も打ち合う音は、詩季のいる位置からは遠く、何が打ち合っているかまでは窺い知れない。だが、それが、ここにいるであろう黄昏の発する音だと彼女は直感していた。
「この階ですでに戦闘が開始されています。黒木さん、柚木さんの護衛、お願いします。私は戦闘の状況確認を行います。場合によっては加勢も」
踊場へ振り返り、手短に告げた詩季は、戸惑う冨亜奈の声も無視して駆け出す。加勢すると言っては見たものの、手にしたダインスレイヴ・カービンの稼働限界が近い。無論、ヨートゥンシュベルトでの戦闘に不安は無いが、それでも遠近の切り替えが出来る得物を手放す事には名残惜しさが残っていた。
耳朶を騒がせ続ける風の音に交じって、剣戟の音が近付きつつあり、得物を握る手に力が込められる。仮に間違いだとすれば、と言う心配は不思議と頭に浮かばなかった。そうだとしても全て排除出来る自信があったからか、それとも別の感情によるものか。
少なくとも今はそれをはっきりさせる時間では無い、と割り切り、詩季は戦闘の真っただ中へと誘われる様に突入する。
2対1の戦況は五分、否、1の方が若干圧されている。暗がりの中、断線したケーブルのスパークで圧している2の服装が垣間見え、なるほど、と詩季は合点し、1への加勢を決める。垣間見えた服装、それはボロ布同然の病衣。上の階で交戦した強化リリィと同じ服装であり、もし仮に彼女達とは違う勢力だとしても、こちらの味方とは断言できない状況だった。
「加勢します」
そう短く宣言し、詩季は圧倒されていた1人に背を向ける。
「感謝します、
同じく手短に返答した聞き馴染みの声。ここで交戦していたのは、やはり
「お姉ちゃん、だぁれ?」
年相応の幼い口調に嘲笑を交えて言い放つ彼女達は、まるでテニスのラケットの様に、グングニル・カービンを交互に放って持ち替える。そんな手癖の悪さを他所に、間合いを測っている詩季はじりじりとすり足で距離を詰め、呼吸を整えて連撃に備える。
「なぁんにもしないんだ? じゃあ、こっちから行くよぉ!」
歯を剥き、髪の短さと相まってボーイッシュないで立ちの少女が、跳躍し、得物を振り上げて詩季へと切りかかる。大上段に振り上げられた戦斧を見上げた彼女は、体に腕を巻き付ける様なコンパクトな構えを取る。グングニル・カービンの側面部に剣を叩き付けた瞬間、剣に纏わせたマギを開放する。『ジャストガード』と呼称される技能で以って倍近いインパクトを浴びせられ、得物を大きく弾かれた少女はあっけなく姿勢を崩す。
気合も何も発せず、詩季は少女の首へ切っ先を向け、そのまま前へ突き出した。分厚い鋼は少女の細い首の3分の2まで突き刺さり、傷口から夥しい青紫の血が噴き出す。刃にぶらりとぶら下がる形で少女の体が吊り下がり、まだ息のある彼女は狂った笑みを浮かべて得物を振り上げる。
「あっは、あはは! 捕まえた! ねぇ! お姉様の為に、死んでよ! お姉ちゃん!」
自分の命も投げ捨てた少女が、詩季の片腕へ一撃を放とうとする直前、横合いから放たれた狙撃が少女の頭を吹き飛ばす。射手たる黄昏がダインスレイヴから硝煙を上らせる中、少女の死体は青紫の血溜まりへ落下し、激しい水音を立てた後に病衣に血が染み込んでいく。少女の遺体を前に、一歩後に引きながらリジェネレーターを警戒していた詩季へ、立て続けに白い長髪の少女が襲い掛かる。
怪物の膂力でカービン同士が激突し、あまりの衝撃で仰け反りかけた詩季は、たたらを踏みつつ、突撃してきた勢いを殺し切る。少女の体重をも受け切った彼女は、そのまま弾き飛ばし、大きく距離を取らせる。吹き飛び、宙返りした少女は身の丈に合わないグングニル・カービンを肩に担い、舌なめずりでもする様に詩季を見据える。今にも飛び掛からんとする彼女に、先手を打って拳銃型AHWを引き抜いた詩季は、甘い照準で以って牽制射を放つ。
それを皮切りに飛び出した少女が魔獣の膂力で以って回避して見せ、天井を足場に蹴り出す。威嚇する様な咆哮と共に迫る少女へ、ダインスレイヴ・カービンを構えた詩季は迎撃の姿勢を取る。が、その凶刃が達するより前に横合いから割り込んできた黄昏が少女を蹴り飛ばした。
不意打ち同然の一撃で壁に叩き付けられた少女は、シューティングモードに切り替わったダインスレイヴを視認すると、後ろへ倒れこむ様にして回避し、そのまま後方転回からのハンドスプリングで跳躍する。跳躍の勢いそのままに連続転回で追撃から逃れた少女は、白煙の立ち上るダインスレイヴを認めると、得物を手に黄昏へと接近する。
一方、詩季を庇う形になった黄昏は、シューティングモードで少女を牽制しつつ、冷静に彼女の軌道と動きを観察していた。
(この荒いマニューバ、所詮は強化施術を受けただけの狂犬ですね)
内心で独り言ちた黄昏は、壁や天井を足場に、縦横無尽に飛び回る少女の軌道に合わせて射撃を繰り出す。本能で戦う少女が気付く余地も無いが、その軌道は自然と一本に絞られ、非常に読みやすいものへ変化していく。
時折の直撃弾で少女を後退させ、その後も至近弾で牽制しながら読みやすい軌道に追い込んだ黄昏は、狩り時だ、とダインスレイヴを変形させる。大きく開いていた刃を閉じたそれを左の逆手に持ち替え、右に詩季の物と同じAHWを引き抜いた彼女は、少女の軌道を読み、偏差射撃で直撃させる。
対ヒュージ用とは言え、粒子ビームと比して低威力の部類に入るそれに怯んだ少女は、飛翔物に対する反射行動を示し、僅かながら空中で動きを止める。そんな明確とも言える隙を見逃さず、黄昏は槍投げの要領でダインスレイヴを投じた。
身体強化による亜音速に達する初速、そして彼女の持つレジスタによる火力のブーストアップ、それぞれが付与されたダインスレイヴは、少女の防護障壁を貫き、分厚く長大な刃が少女の薄い胸部を貫通する。
銛に穿たれた魚の如く硬直し、墜落した少女の体が湿った音を上げる。落下の衝撃で得物を取り落とした彼女に、AHWを向けながら接近した黄昏は、息も絶え絶えに掴み取ろうと伸ばされた手を射撃し、千切り飛ばした。
(再生が始まらない。この子はリジェネレーター持ちでは無い)
もはや声すら上げない少女を他所に、歪に切り離された腕を蹴り飛ばした黄昏は、青褪めた少女の頭に照準しつつ、ダインスレイヴの柄を握る。
目立った抵抗が無いと見た彼女は、少女の肩口に足をかけ、片腕で引き抜いた。突き立てられていた刃にべったりと青紫色の血糊が張り付き、異形の血が弧を描きながら宙を舞う。大物を引き抜かれた少女の体が痙攣し、見る者に生理的な嫌悪感を誘発する。
足元で消えかかる命に目もくれず、AHWからダインスレイヴに持ち替えた黄昏は、震える少女に足首を掴まれ、ようやく彼女を見下ろした。
「おかあ……さ──―」
朦朧とした少女の今際の際も聞き届けず、彼女の腕を蹴り払った黄昏は無言で剣を振り落とし、彼女の頭蓋を砕いた。砕かれたスイカの様に内に収められたあらゆるものが飛び散り、内に残されたものも青紫に変色した血に流され、内から外へ押し出された湖に乗って水面を漂う。
「クリア」
淡々と告げた黄昏は、振り下ろしたダインスレイヴを僅かに持ち上げ、少女だった肉塊を見下ろす。粘ついた音と共に、ゲル状になった肉が糸を引いて刃から滑り落ちる。
数瞬の後、再生が始まらない事を確認した黄昏は、ダインスレイヴを血振りし、納刀するかの様に左手へと持ち替えた。
僅かに飛び散った血を拭いながら、詩季の下へ引き返した黄昏は、眼鏡型のウェラブルグラスを直すと、戸惑う彼女に一礼する。
「援護感謝します、バニー4。いえ、隊行動をしていない今は三朝さん、と言うべきでしょうか。ご無事で何よりです。ここまであなた一人で?」
「ううん。ここへは柚木さんと黒木さんと一緒に。後方待機してもらってるから、この場にはいないけど」
「そうですか。ところで、お名前が出ていると言う事は黒木さんはすでにあなたに救出されているのですね?」
「う、うん。そうだよ」
「であれば、後はこの施設の調査と脱出の手立てを探るのみ、ですね」
先の状況はもう済んだ事と言わんばかりに、次の事を考え始めた黄昏のマイペースぶりに、苦笑を漏らした詩季は、仏頂面に困惑を滲ませた彼女へ問いを向けた。
「そう言えば、愛染さんはここで何を?」
「CHARMを所持した不審人物の追跡及び、追跡を妨害した巡回部隊の排除を行っていました。しかし、排除の最中、狙い澄ましたかの様に彼女達が乱入。ちょうど部隊の排除は成功しましたが、そのまま彼女等との交戦状態に入り、先程の様な状態になりました」
「え……。あ、そ、そうなんだ」
部隊の単独撃破、と言う予想外の答えを聞いて思わず言葉を詰まらせた詩季に、黄昏は首を傾げ、問題でもあるのかと視線で問いかける。
咄嗟に首を横に振った詩季は、もう一つの報告内容に話題を変える。
「その、追跡していた不審人物って?」
「詳細については不明ですが、肌感覚からして相当量の保有マギ、そして節々に見えた魔術刻印からしてこの施設の強化リリィと推察しています。しかし、対象の逃げ足の速さに加え、彼女を庇う様に巡回部隊、その後に先の強化リリィとそれぞれ接敵し、追跡を断念せざるを得なくなりました。その為、その後の足取りについては現状不明です」
「なるほど。じゃあ、今ので脅威排除が出来ましたし、これから痕跡探しが出来ますね」
無邪気な笑みと共にそう言った詩季へ、無表情の黄昏が被りを振り、否定して見せた。
「いえ、この状況です。痕跡を見つけ出すには時間がかかり過ぎます。無闇な捜索で時間を使うのは控えた方がよろしいかと」
「そうですね……」
「加えて、逃走したリリィにも気がかりな点があります。彼女が逃走に移った瞬間、一切の気配が消えました。まるで最初からそこにいなかったかの様に」
「リリィの気配が消えた……? 『ステルス』ですか?」
「いえ、恐らくは『ユーバーザイン』かと。先の気配の消失に加え、追跡中、周囲に気を散らされる様な感覚がありましたから。それよりも、警戒をするのであれば、この映像を」
自信無さそうに視線を逸らした黄昏は腰のポーチから端末を取り出すと、ウェラブルグラスで撮影した写真を表示させ、詩季へと差し出す。差し出されるまま覗き込んだ彼女は、光学補正が施され、色彩が薄れた動画を目にする。
動画が再生されると、詩季達と同じ年恰好の少女が各ブースで物資を漁る様子が映し出される。引き出しやコンテナの中を散乱させる彼女は水と食料以外に興味を示しておらず、その様子はさながら手癖の悪い獣の様であった。
獣染みた人間と言う点では先程交戦した幼い強化リリィ達と共通するが、彼女達よりも歳は上であろう彼女の服装は、病衣では無く、囚人に使われる様な手足にベルトのついた拘束服だった。本来なら彼女を戒めていたであろうそれは、何者かによって無残に引き千切られており、辛うじて残った革製の帯が手を覆い隠すほど余った袖と合わせ、飾りの様に振れていた。
彼女が感覚で作ったのか、聞き馴染みの無い鼻歌を口遊み、不要と判断した物を傍らに投げ捨てながら、少女は辺りを物色する。漁られるコンテナの傍には、すでに回収していたらしい数本のペットボトルが横倒しにされていた。
まるで宝を見つめたかの様に目を輝かせた少女がスナック菓子の袋を引き出した直後、撮影者が動く。この映像を差し出した事から推測して黄昏らしい事を察しつつ、詩季は映像に戻った。
『そこのあなた』
黄昏の声色がそう呼びかけると、カメラの中の少女が身を竦め、回収品の内、ペットボトル一つとスナック菓子を引っ掴む。反対の手にマットシルバーに塗装されたダインスレイヴを掴み、身構えるた少女の表情は、直前の行動からすれば異常に好戦的だった。
『ここで一体何をしているんです?』
距離を詰めようと接近する黄昏に、少女は詰めた分だけじりじりと距離を離そうとする。まるで威嚇する猫や小型犬の様に睨み付けていた少女は、黄昏が下がらないと見ると踵を返し、その場からの逃走を図った。
『待ちなさい!』
声を張り上げ、駆け出した黄昏が曲がり角を抜けた瞬間、光線が飛び込んでくる。咄嗟の防御が間に合うも余波で弾き飛ばされ、壁に叩き付けられた彼女は、シューティングモードに切り替えたダインスレイヴを構え、少女を追う。
崩落を警戒してか無闇に撃たない黄昏に対し、後ろ手にダインスレイヴを回した少女は、癇癪でも起こしたかの様に乱射する。
『ッ!』
真横に降り注ぐ光の雨を掻い潜り、距離を詰めようとした黄昏は、横合いからの銃撃に気付き、足を止める。腰だめに射撃しながら接近する彼等の姿は、特殊部隊と言うよりは訓練不足のゲリラの様で、一瞬足を止めた彼女は、ダインスレイヴを発砲しながらその場から逃走した。
録画はここで途切れ、黄昏が晒された状況を理解した詩季は、それを掲げたままの彼女に視線を向ける。
「あの、状況は分かりましたが、まだ何か?」
「はい。こちらのデータの譲渡を。端末はお持ちですよね?」
「え、あ、えっと。持ってはいるんですけど、データのやり取りに関わる機能が壊れてて」
「そうですか。それは失礼しました。では、こちらのデータは和美に預けます。彼女をこちらに呼んでいただく事は可能でしょうか?」
「大丈夫です。今お呼びしますね」
そう言い、通信機に手をかけた詩季は、黄昏からの視線を感じて振り返る。熱っぽい訳でも無く、かと言って何となくでは無い感覚に、違和感を覚えた彼女だったが、見返された事に気付いた黄昏が首を横に振り、彼女に行動を促す。
その後、和美達と現在位置の情報と合わせて通信し、集合を促した詩季は、そう言えば、と映像を見せられる前に黄昏が気にしていた違和感を話題に出し直す。
「愛染さんが言っていた違和感、さっきの映像だとどのあたりから感じてました?」
「そうですね……。感覚ですが、違和感を感じたのは最初期の段階、彼女が逃走し始めた段階から、でしょうか」
「えっと、つまり、姿が見えてる段階から既に『ユーバーザイン』が発動していたって事ですか?」
「そうなります。ですが、対象の姿格好からしてろくな戦闘訓練も受けていない強化リリィです。本能的なスキルの作動によるものと考えて良いと思います」
手元の画面を見下ろしながらそう言う黄昏に曖昧な相槌を打った詩季は、話の内容を飲み込みつつも、彼女の言動に違和感を感じられずにはいられなかった。どうしてここまで強化リリィへのノウハウがあるのだろうか、と。
そんな逡巡がそのまま外に出たのか、沈黙が二人の間に広がり、気まずい空気間だけがその場を占める。どうしたものかと詩季が悩んでいると、不意に黄昏が口を開く。
「三朝さんは読書は嗜まれますか?」
「え? あ、はい。と言っても最近は2、3冊くらいしか。御台場にいた頃とかは、もっと読んでたんですけど」
「そうですか……。意外ですね。御台場と言えば、いわゆる上流階級的な趣味を持つリリィが多く、ガーデンもそう言った趣味を推奨していると聞きますが」
「ああ、そう言うの、私、と言うか、私達の肌には合わなくって。せめて体面だけでもそれっぽく見せるなら、って私は読書を趣味にしてたんです」
「なるほど。所で、私達、とは……。あなたと浅木真霜の事ですか?」
「ううん。私のクラスメイト達の事。私のいたクラスはそう言う事とは縁遠い、一般家庭の、あまりリリィとして才能の無い子が集められたクラスだったから。別のクラスの子達と違って、そう言うリリィらしい気品とは程遠くて」
「そうですか……。しかし、気付かぬ事とは言え、不躾な質問をしてしまい、大変申し訳ありません。言い訳がましい話ですが、あなたの過去を無闇に掘り返す意図は私にはありません」
「大丈夫です。私が少し、喋り過ぎちゃっただけですから」
気丈に笑う詩季だったが、次第に呼吸を乱し始め、過呼吸状態に陥った彼女の体が崩れ落ちる。膝から崩れる彼女を咄嗟に支えた黄昏は、激しく呼吸する彼女の口を手で塞ぐ。迅速な処置とは裏腹に、黄昏の顔には何時もの仏頂面から一転した僅かな動揺の色が滲んでいた。
「あら、楽しそうね、黄昏」
ニコニコと笑いながら合流しに来た和美が、パニック症状から回復しつつある詩季に視線を移す。内心ではそう思ってはいないだろうに、心配するそぶりを見せる彼女に、黄昏共々、後ろに付いていた冨亜奈がむっとした顔をする。
「そう見えますか、和美」
「ええ。憧れていた三朝詩季の介抱をしているんですもの、嬉しいわよね?」
「今はそう言う場合では無いのですが。容体確認をお願いします」
「必要無いわよ。一時的なパニック症状。過呼吸症状が出てるけど収まってきてるから、回復するまでそのまま」
「
不機嫌を浮かべつつも、適切な指示には従った黄昏は、手の中に納まる詩季の容体を確認すると、症状が落ち着くまで待つ。和美の見立て通り、程無くして容体は落ち着き、詩季は体を起こした。
「すいません、愛染さん。ご迷惑をおかけして」
「いえ、お気になさらず。元はと言えば自分の不用意な発言が原因ですので」
浅く一礼した詩季へ深く礼を返した黄昏は、戸惑う彼女を他所に一歩引く。和美、冨亜奈とで詩季を囲む様に立った黄昏は、突然の事で困惑している彼女に無言でアイコンタクトを送る。
意図を掴み損ね、首を傾げた詩季に、様子を見守っていた和美が噴き出す。冨亜奈共々怪訝な目を向けた黄昏は、ますます困惑する詩季を他所に彼女を睨み付けた。
「ちゃんと口にしないと、隊長さんが困ってるじゃない。それで、あなたは彼女に何をしてほしいの?」
「これからの行動について、指示の伝達をお願いしたく」
「あら。そう言う事。じゃあ、隊長さん、お願いするわ」
雑な振りをする和美に溜め息を吐いた黄昏は、困惑する詩季に視線を向ける。三者三様の視線を浴びた彼女は、どうあっても避ける事が出来ないと悟り、一息吐いて指示を下す。
「我々はこれから地下17階の研究ブースに向かい、アーヴィングカスタムの研究データの取得を行います。地下15階から敵戦力が増強されている事を確認しています。加えて、当フロアにて確認された不明リリィが下のフロアに逃走しています。必然的に逃走方向への進撃を行いますので、接敵の可能性は高い物と見られます。先の敵戦力の増強と合わせ、油断しない様、厳重警戒で進撃を」
「
詩季からの指示に、その場にいた全員が返答を返す。戦闘ストレスとは別種の変な気疲れを感じる彼女を他所に、きっかけを得た和美達は各々が持つ情報を話し始める。
「それで、さっき隊長さんが言ってた不明リリィについて、あなたが情報は持っているのよね、黄昏」
「ええ、私が彼女に提供した情報ですから。一先ずこちらの映像をあなたに転送します」
「受け取ったわ。あら、彼女、拘束服なんて変わった格好をしているのね。余程危険なリリィだったのかしら? まぁ、良いわ。それにしても、こんな野生児みたいな相手なら余程の事じゃない限り、奇襲を許すとは思えないんだけど。それとも、その余程の事をこの相手は起こしかねないから懸念してるとか?」
そう言っておどけて見せた和美は、否定するでも無く黙々と頷いた黄昏に、拍子抜けした様子で傾げていた小首を元に戻す。いつもなら仏頂面で笑い所の分からない冗談を言うものだが、今回は様子が違っていた。
「当該リリィの保有マギは肌で感じられるほどに多く、通常の強化リリィと比較して異常です。肌感覚では相当量の強化が施されたリリィと判断できます。加えて、彼女が逃走に移った瞬間、『ユーバーザイン』の作用と思しき、気配の消失と別位置への転移を感じました。このことを統括して考えると対象は強力なリリィスペックとステルス性を兼ね備えていると思われます」
「なるほど。それは面倒極まりない相手ね。隊長さんは兎も角、私達は平々凡々のリリィだからそんな奴に奇襲されたらひとたまりも無いわね」
「いえ、完全に奇襲されれば、今の三朝さんでは厳しいかと。今の彼女は精神的に不安定で、万全では無いですから」
詩季の顔色を窺いつつも率直な戦術評価を下す黄昏に、和美は苦笑を漏らす。生真面目な性分の彼女は、甘さが死に直結するこの状況ではいくら憧れた三朝詩季に対してであっても、戦力評価に忖度など出来ないのだろう。最も、それで彼女が死んでしまっては元も子も無いのは事実なのだが。
「じゃあどうすんの? そいつにあったら十字切るか念仏唱えろって?」
「ええ。神頼みか、全力で振り切るか、可能な限りの火力投射で早期に撃滅するか。現実問題、その三択しか解決策はありませんね」
「それって実質逃げ一択じゃん。火力投射なんかしたらここの構造体崩壊するよ?」
「ええ。承知しています。しかし、逃げの手を取ろうにも現在の我々には彼女を撒く為の機材が不足しています。まともな身体能力での勝負は向こうに分がありますから、何らかの手で妨害しなければ振り切れないでしょう」
「何らかの手ねぇ、現状思いつくとしたら何かで煙幕弾作るか、誰かを生贄にするかくらいかなぁ」
頬に人差し指を当てながら考え込む冨亜奈を他所に、一通りの情報開示を終えた黄昏は、会話を見守っていた和美に視線を向ける。意図を悟った和美は、方法を考え続ける冨亜奈を蚊帳の外にいる詩季の方へ押し除け、端末を掲げた。
「それで、これからの行動について情報を提供する。経緯としては、あなたと合流する前、データルームにてアウニャメンディシステマス社が、流出したアーヴィングカスタムの情報を所持している事、そしてそれを基に新型アーヴィングカスタムを開発している事が発覚した。それで、私達は、その事実確認と、開発した機体のスペックなどの確認の為にデータが保管されている端末に向かおうとしてる訳」
データの転送を行いながら説明する和美は、特に異を唱えるでも無い黄昏を見ながら心底つまらなさそうに頬を膨らませた。仕事をしている時の黄昏が一番つまらないのは、1年近い付き合いで和美が下した彼女への評価の一つだった。
黄昏からは特に質問も無く、データの転送さえ終わればこのやり取りは終わりだろうな、と思っていた和美は、逸らした視線の先、雰囲気を読んでいた詩季が手を挙げたのに気付いた。
「あの、今お話ししても良いですか? 柚木さんと愛染さんの事について何ですけど……」
「ええ。どうぞ」
「今までその、込み入った話であまり聞けなかったんですけど、お二人はどう言う関係なんですか?」
「ああ、身の上話とか興味なかったから話して無かったわね。そうね、一言で言うなら……主人と従者、って所かしら。見たまんまの関係よ」
「あ、そ、そうなんですね」
本命を隠した様な素振りで相槌を返す詩季へ苦笑を浮かべた和美は、誤魔化す素振りを続ける彼女へ怪訝そうな目を向ける。彼女の意図する所が読み切れない和美は、恐らく対象であろう黄昏へ視線を移し、アイコンタクトを取る。
「あの、三朝さん。私に何か聞きたい事があるのですか?」
駆け引き無くストレートに問いかけた黄昏に、俯いていた詩季が身を竦める。余程話しにくい質問なのか、と身構えた黄昏は、促されるまま、話し始めようとする詩季を凝視した。
「愛染さんは、どうしてあんなにも強化リリィにお詳しいのですか?」
するりと口から滑り落ちる様に、喉元に留めていた疑問を言い切った詩季は、顔を上げた先、酷く動揺した黄昏と目が合った。触れられたくない部分に触れた、と直感した詩季が取り繕おうとするのを、和美が遮る。
「それはね、隊長さん。この愛染黄昏が、G.E.H.E.N.A.の暗部に所属していたからよ。ね、黄昏」
「暗部……?」
「平たく言えば、暗殺とか、後始末とか、後ろ暗い事を引き受ける組織。要は、ここに展開している連中の元同僚ね」
ケラケラと笑いながら和美が説明するのに、詩季は取り繕う為の言葉を失う。目を泳がせた彼女は、辛うじて言葉を探し、黄昏を見やる。
「事実、なんですか?」
喉元に引っかかった言葉を辛うじて吐き出した詩季は視線を背け、俯いたままの黄昏が頷くのを見る。瞬間、自身の腕の中にいた冨亜奈が飛び出そうとし、咄嗟に止めた彼女は暴れる彼女を羽交い締めにする。
「放してよ、詩季にゃん! コイツ、ここにいる連中の同類の癖に、今まで仲間のフリしてたんだよ!? 今までパパとママみたいに色んな人を殺してきたんだ! 今ここで殺さないと、私達の事だって!」
詩季を振り解こうと暴れる冨亜奈は、何も言わないまま俯く黄昏に手にしたダインスレイヴ・カービンをシューティングモードに変形させ、銃口を向けた。咄嗟に腕を広げさせた詩季が照準を逸らすも、放たれた光線は戒めるかの様に黄昏を掠める。
掠めた髪が熱で僅かに焦げ、飛散した粒子を浴びた頬が赤く腫れる。尚も暴れようとする冨亜奈を他所に、醜悪な光景を楽しんで見ていた和美は、押し黙ったままの黄昏にねめつける様な目を向ける。
「黒木さんっ!」
激しく抵抗する冨亜奈へ声を張り上げた詩季は、唐突な大声に驚いた彼女が大人しくなったのを見計らって得物を払い落とす。耳障りな金属音を伴ってダインスレイヴ・カービンが吹き飛んでいく中、乱雑に冨亜奈を解放した詩季は、俯く黄昏に視線を向ける。
「愛染さん。先程の言葉が事実であれば、どうしてあなたは今、柚木さんの下にいるんですか?」
「それは……。あなたのおかげです、三朝さん」
「わ、私の、おかげ……? どう言う事ですか? 失礼ですけど、私は今まで一度も愛染さんとは……」
困惑する詩季に苦笑を漏らした黄昏は俯いたまま、口元に寂し気な笑みを浮かべる。
「いえ、私も、あなたと直接お会いしていません。ですが、今の私があるのは、あなたのおかげなのです。2年前のあの日、私は、G.E.H.E.N.A.を裏切り、彼らが進めようとしていた実験から難民キャンプを守る為に戦い、そして彼らによって瀕死になりました。そんな私を救い、キャンプを壊滅させたヒュージを撃滅したのが、あなたです。三朝詩季」
何時に無く優しい声でそう言う黄昏は、困惑する詩季を見て微笑を漏らす。
「最も、あなたは覚えていないでしょうね。私にとっては大きな事でも、あなたにとっては、こなしてきた任務の内の一つでしかありませんから。だからこそ、私はあなたに敬意を表し、今こうしてあなたの下で戦える事に喜びを感じています」
「そう、ですか。私も、あの日の事を少しだけ、思い出しました。あの時、あのキャンプに生存者は誰もいないと……」
「ええ。公的には私は死んだ身です。あの時の彼等はキャンプ襲撃の隠蔽に躍起になり、死亡確認が疎かになっていましたから。そのどさくさで私は神庭へと亡命し、和美に飼われる事で今の身分を得ました。ささやかながら、当時関わった面々を始末する事も出来ました。全てはあなたのおかげです、三朝詩季。あなたが私を救ってくれたから、今の私があるのです」
そう言い、笑みを浮かべた黄昏に手を取られた詩季は、不意打ち同然の行動に身を竦め、見据えてくる彼女の目に吸い込まれる様にして視線を合わせる。黒真珠を思わせる瞳は、その奥底に眠る狂気を覗かせ、今まで向き合わなかった彼女の本質を、詩季は垣間見た様に感じていた。
──―『狂信者』。圧倒的な力を持つ『三朝詩季』と言う象徴への崇拝。自らが持つ事が出来なかった、理想を叶える為の圧倒的な実力への羨望。
自らを救い、圧倒的な力を知ろ示した彼女を、愛染黄昏と言う少女は盲目的に崇拝している。例えそれが、“過去”の存在だとしても。
垣間見えた真相に1人絶望していた詩季の沈黙を、戸惑いと見たらしい黄昏が手を離す。
「失礼。これはあくまでも私からの一方的な恩義です。あなたが戸惑うのも無理はありません。ですが、それでもこれだけは言わせていただきたい。過去がどうあれ、あなたがしてきた事は、間違いでは無い。こうして救われた人間もいる。それだけは、どうしてもお伝えしたく」
そう言い、その場で一礼する黄昏を、正気を失った目で見下ろした詩季は、ショックで思考がまとまらず、呆然とするばかりだった。
押し黙り続ける詩季を前に、冨亜奈共々困惑していた黄昏は2度手を打った和美に視線を向ける。様子はともかく、と前置きを置いた彼女はその場に留まり続ける少女達を見回す。
「次にやる事は決まってるんだから、これ以上の雑談は良いでしょう? 移動しましょう」
「……ええ、そうですね」
笑みを浮かべた和美の言葉に、歯切れ悪く応じた黄昏は彼女に促されるまま、ダインスレイヴを手に取ると、冨亜奈と共に先行する。憎しみを向け、向けられる関係だったとは思えないほど、割り切った態度で進む彼女達を見ていた和美は、ほくそ笑みながら詩季の元へ移動する。
(良かったわね、黄昏)
浮かない顔ながらも、一つ憑き物が落ちた様に見える彼女を内心で皮肉った和美は、絶望と共に放心している詩季を見上げ、満面の笑みと共に快楽を感じていた。自分が見たいのはこう言う顔だ、と内心で叫び、上気する頬を両手で抑えた和美は一つ咳払いをすると、詩季の両肩を叩く。
「隊長さん、移動しましょう」
そう呼びかけると、僅かに顔を上げた詩季が彼女と目を合わせ、小さく頷く。和美の先導を受け、おぼつかない足取りで歩き出した彼女は、さながら夢遊病患者の様だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
地下17階、方針を切り替え、集団戦闘で道中の戦力を排除していた黄昏達は、それぞれの事情で以って、未だ心神喪失したままの詩季の容体を案じていた。反応はあれど、何か心の内に抱えたものを下し切れない様子で、和美から処方された薬剤を定期的に飲みつつも、未だ回復には向かっていなかった。
「クリア」
それとこれとは別、と言わんばかりに淡々と符丁を唱えた黄昏は、排除したての敵部隊の方へ移動すると、援護役の冨亜奈を伴って生命活動の有無を確認し始める。AHWを引き抜き、トドメを刺して回る彼女の後をついて回った冨亜奈は、彼等の死体や残骸が転がる向こう、簡単なドアとはめ込みガラスで仕切られた研究ブースと死体を交互に見やる。
ここで骸になっている警備部隊は、何らかの手で冨亜奈達の接近を知ったのかブースの前で待ち伏せており、先手を取られ、不利な状況に追い込まれた彼女達は、彼らを仕留める為に持ち得る機材を全て使わされる羽目になった。
「オールクリア。敵性の無力化確認」
全ての敵にとどめを刺した黄昏が、通信機にそう報告するのを聞いた冨亜奈は、ダインスレイヴを構えた彼女の先導でブースの入口へと向かう。
突入準備を始めた彼女達は、各々感覚で理解した役割に沿って、扉の前に陣取る。ドアノブに手をかけた冨亜奈は、扉に何らロックがかかっていない事を確認すると、対岸、開口部に近い位置に陣取った黄昏へとアイコンタクトを送り、一気に扉を開いた。
「ルームクリア」
するりと室内へ滑り込み、辺りに砲口を巡らせた黄昏は、ダインスレイヴを大剣に変形させ、左手にAHWを引き抜いた。部屋の隅々までを確認しに向かう彼女を他所に、和美達を部屋へ引き入れた冨亜奈は、非常電源を作動させる。
PC一台分の電源を確保した冨亜奈は、該当の機体を探り当て、電源を入れた。完全に電源を落とされたPCの立ち上がりは、彼女の置かれた状況を考えれば十分過ぎる程にのろく、立ち上がりきるより前に彼女はキーボードに手をかける。
「オールクリア。部屋は安全です。和美、三朝さんの容体はどうですか?」
「さっきよりは良くはなってるけど、それでも戦闘は出来ないわね」
「そうですか……。私が不用意な事を言ったばかりに、こんな事に」
「しょうがないわよ。彼女にとって何が傷つく言葉なのかなんて、元々他人だった私達には推して図る事なんて出来ないわ。未然に防ぐ事なんて、不可能よ」
「ですが、それでもやりようはあった筈です。それを選ばなかったのは、私のミスです」
やるせなさそうに俯く黄昏に、微笑を返した和美は、椅子に座らせたままの詩季を見下ろす。正直に言えば、今のままが彼女にとってはベストなのだが、それではここから生きて帰れない。
それでは困るので、彼女なりに妥協し、今は自分の趣味趣向よりも生存する為の選択肢を選び、彼女の回復を待っていた。
その間にPCを操作していた冨亜奈は、該当のフォルダを探り当てると中に収められたファイル全てを開いた。計5つの全てに目を通し、目的の物であると確認した彼女は、自身の端末への転送を開始する。
「皆、ちょっと良い? 目的のデータ、見つけたよ」
そう和美達に呼び掛けた冨亜奈は、臨時で繋いだサブモニターへプレビュー表示にしたファイルデータを並べた。研究資料と言うだけあってその殆どがテキストデータであり、それ以外と言えば、所々にグラフやデザイン図が表示されているだけだった。
「事前調査通り、ここにアーヴィングカスタムに関連するデータが複数保管されていた。これらのデータによって、アウニャ社がアーヴィングカスタムの基礎研究データと運用データを盗み出した事が確定した。加えて一部の設計データも盗み出されている事も分かった」
転送完了の小ウィンドウが右下に表示される中、冨亜奈は対象となるテキストデータ2つを表示し、そう説明する。テキストが示唆しているであろう、アーヴィングカスタムの根幹に関わる部分については敢えて見せない様に配慮しながら。
次いで、アウニャメンディシステマス社のアーヴィングカスタムについてのテキストを表示し、まず最初に新造機体の開発研究データを表示する。
「彼らは盗み出したデータを元に新型のアーヴィングカスタムの開発を行っており、すでに6機がロールアウトしている。試作開発用の2機と先行生産機の4機。いずれも実機は完成しており、前者はモスボール保管、後者は実戦投入での試験評価段階にあり、すでに何件か、稼働データが存在している」
稼働状態にある4機の先行生産機のデータが表示され、機械的な説明を進める中、和美が稼働データに存在するある共通点に気付く。
「稼働試験に参加した強化リリィ、全員死亡しているのね。何故かしら」
サブモニターに表示された『死亡』の単語を指でなぞった和美は、理由に心当たりがあるらしい冨亜奈に視線を向ける。ここに来て隠し事は無しだろう、とそうねめつける様な視線を向けながら。
「アーヴィングカスタムの特性だよ。強化リリィが使用すると多重強化による拒絶反応を起こして死ぬ」
「多重強化による拒絶反応……? まさか、アーヴィングカスタムには──―」
「そう、アーヴィングカスタムの根幹部分には、ヒュージ細胞が使用されてる。強化リリィと同じく、細胞に付与したブーステッドスキルによる強化を目的にアーヴィングカスタムは開発された」
「つまり、強化リリィの体内にあるヒュージ細胞とアーヴィングカスタム内のヒュージ細胞とで多重強化状態となり、使用した強化リリィの体内で拒絶反応が起こり、死に至るって訳ね? でも、一回一回リリィを使い捨てなければならない兵器って欠陥機も同然じゃない?」
「いや、元々アーヴィングカスタムは無強化のリリィの使用を前提に開発されていた。それと、ブーステッドスキルの出力、ひいてはヒュージ細胞がもたらす負荷も高いから、機体に完全適合出来るリリィじゃないと本来は使えない様に設計してある。その筈なんだけど……」
嫌な予感に思い至り、言葉尻を窄めた冨亜奈へ、和美は怪訝そうな目を向ける。
「まさか、アウニャ社は新型にプロテクトを設定してない?」
独り言ちた彼女に、事情が呑み込めない和美は半ば呆れ気味に、疑問を口にする。
「ねぇ、そのプロテクトって?」
「プロテクトって言うのは、さっき話した適合できるリリィじゃないと使えない様にする機構の事。ナギと私の持っているアーヴィングカスタムにはそれが備え付けられてて、生体、リング、端末、それぞれの認証が通らないと、そもそも使えない様になってる。それで意図しないリリィの使用と、拒絶反応による死亡リスクを防いでる。だけど、アウニャ社の新型にはおそらくそれが無い。だからあんなに死人が出てるんだ」
「なるほどねぇ。だとしたら、どうして彼らはプロテクトを備え付けようとしないのかしら?」
「盗み出したデータにそれが無かったから、かもしれない。事実、彼らが盗み出した関連データには、制限についての記載は無かったし」
手元のキーボードを操作し、改めてキーワード検索をした冨亜奈だったが、該当する単語は無く、それを見た和美達も納得せざるを得なかった。
「使用者の生命保護が出来ないのだとすれば、主力とするにはあまりにも非効率的なCHARMね。一回毎にリリィを使い捨てないといけないんですもの」
「一応彼等もそこは承知してて、コンペティション提出用資料には、即席で仕上げた強化リリィでの超短期決戦運用を提唱してる。まぁ、使用者への安全対策に抜本的な対応方法が見つけられなかったんだろうね」
「けど、その安全対策とやらを軽視すれば、極短時間とは言え、万人が戦術兵器級のCHARMを扱える事には変わりないのでしょう? 別の意味で厄介じゃないかしら」
別の意味、と言う単語に冨亜奈が疑問を浮かべる中、敢えて深く掘り下げなかった和美は、矛先逸らしと言わんばかりに別の話題に切り替えた。
「ところで、さっきの適合の話だけど、アーヴィングカスタムを持ってると言う事は姫神さんとあなたが完全適合者って事で良いのかしら?」
「あー、いや。アーヴィングカスタムに完全適合してるのはナギだけだよ。私は部分適合してるのと、インターン権限があるから、使用権をもらってるだけ。部分適合の私はフル出力だと長時間戦闘出来ないし」
「ふぅん。完全適合は姫神さんだけなのね? じゃあ、熱海で彼女が受けたバックファイアは?」
「それは多分、ヒュージ細胞が過剰活性した結果だよ。リミッターカット操作で過剰供給された分のマギが逆流して、
頭の片隅にあった分析記録を思い返して述べた冨亜奈は、一先ずの納得をした和美がすでに興味を失っている事に気付いた。伝える情報としても最低限伝えられただろう、と冨亜奈の方もそう結論付け、とうに転送の終わった端末を引き抜く。
ここでやる事は終わった、と2人にアイコンタクトを送った冨亜奈は、頷きを返した和美へ視線を向ける。
「じゃあ、下に降りて卯月姉妹と合流しに行きましょう。ここまで随分時間をかけてしまったから、少し急ぎ気味に行きましょう。フォーメーションはさっきと変わらず、黄昏、黒木さんのペアで先発を。良いわね? それじゃあ、移動開始」
和美の号令一下、まるで一つの生物の様に冨亜奈達は行動を始める。即席ながらも優れた統率の中、立ち直り切れない詩季だけが順応できずに浮いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
地下18階、変わり映えしない景色のフロアは、しんと静まり返っており、激戦が生み出した残響だけが極僅かなノイズとして硝煙や焼けた塵の匂いと共に宙に漂っていた。
「クリア」
短く符丁を唱えた黄昏は、始末した2名の警備兵の方へ歩み寄り、ボディチェックを始める。先まで4名1機の体勢だったにも拘らず、ここに来て2名だけしか戦力が無い事に、黄昏は強い違和感を覚えていた。加えて、フロア中を探し回っても卯月姉妹の姿は無く、ここで何が起きたか、手掛かりを求めてチェックを進めていた。
その最中、監視警戒についてた冨亜奈は、後方へ目を向ける。視線の先、一ブロック後ろの曲がり角から姿を現す和美は、詩季を連れて彼女達と合流する。シューティングモードに切り替えたダインスレイヴ・カービンを手に、多少受け答えも出来るくらいに回復しつつあった詩季は、後方を警戒しながら和美達の会話に耳を傾ける。
「黄昏、何かここの状況について手掛かりになりそうなものはあった?」
「いえ。しかし、直接示唆される物では無いですが、1人が無線機を持っていました」
「無線機? ……何か傍受出来る?」
行き詰まりと同時に敵の無線を傍受出来ると言う都合の良い展開を怪しんだ和美は、差し出された無線機から聞こえるノイズに微かに聞こえる呻き声に目を見開いた。
優愛の声、と全員が直感すると無線機の中の声は呻き声からはっきりとした声に切り替わる。
『あなた達一体、何なんですか!? 私達をどうしてこんな所に連れ去って……。いい加減、何か答えてください!』
その場にいる誰かに向けて叫ぶ優愛の声が無線機から響き、やけに鮮明に聞こえる事を黄昏共々訝しんだ和美は、真剣な表情の冨亜奈に視線を向ける。その背後では、後方警戒を続ける詩季も秘かに耳を傾けていた。
「彼女の声だわ。黒木さん、電波の位置は?」
「待って。っと、電波は地下20階から出てる。多分2人共、ここから連れ出されたんだ」
「だと思うわ。けど、ここまで情報を筒抜けにさせていると言う事は敵の仕掛けた罠の可能性がある。ここは慎重な行動をするべきね」
情報整理を行い、慎重な行動を促そうとした和美に頷いた冨亜奈は、何かを思い詰めた様に顔を俯かせた詩季に気付いた。いくら元に戻りかけているとは言え、先まで精神的に大ダメージを受けていた彼女が、正常な状態であるとは素人の彼女でも判断しなかった。
「黒木さん?」
呆然としている様に見える彼女へ、黄昏が呼びかけ、これからの移動に際したブリーフィングへの参加を促す。どちらの重要性も理解しているが故に、板挟みになった冨亜奈は詩季への注意を割り切り、ブリーフィングへ参加する。
一方の詩季は、先の無線の状況と冨亜奈から提供された情報をまとまらない頭の中で反芻させていた。
(このままじゃ、卯月さん達が……)
その為の行動指針を決めようとしている和美達の会話も聞こえず、一人、どうするべきかを迷っていた彼女は、脳裏に過ぎった数々の惨状に動揺し、周囲に視線を向ける。ヒュージの逃走によって穿たれた破孔、そこに垂れ下げられた一本のロープは下への急速降下に使うには十分そうな印象を放つ。
「──―良いわね?」
これからの行動指針について和美が念押しすると同時、意を決した詩季がロープに向けて走り出す。唐突な行動に全員が驚愕する中、踏み切った彼女はロープを手に取る。
「ま、待ちなさい隊長!」
制止しようと叫んだ和美に、一瞬視線を向けた詩季は何を思うでも無く、そのまま急降下を開始した。グローブとロープとが擦れ合う音が遠退く中、湛えていた余裕を崩した和美は、舌打ちと共に黄昏達の方へ振り返る。
「予定変更。急いで彼女の後を追う。行動指針は変わらず、私達はロープ無しで階段で下まで降りる。隊長は先行して20階に行く筈よ。後追いでも良いから、彼女がやられる前に追いつくわよ」
「
苛立ちが混じる和美に、冨亜奈共々、黄昏は淡々とした返答を返し、彼女に先行する。一定間隔が開くまでその場に留まっていた和美は、豹変した彼女の心理を察し、表情を一変させ、一人ほくそ笑んだ。