アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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第10話『Echinops』

 ロープと手袋が擦れる中、地下20階まで降下した詩季は、振り子運動で着地すると、左手に持っていたダインスレイヴ・カービンを構える。

 暫く休眠していた得物が起動すると同時、稼働限界が近い事を知らせるアラートが詩季の眼前に一瞬広がり、そして視界左下、コンディション表示の定位置に収まった。以ってあと十分ほど、ここに来るまでの間、前衛としてダミーコア機に無茶を強い続けたツケが来ていた。

 今の精神状態と相まって、過剰供給寸前の出力に中てられた疑似コアが小さな紫電を奔らせ、周辺機器は、コンディション表示を介して悲鳴を上げ、臨界寸前を示す警告灯が一定周期で点滅していた。

(早く行かなくちゃ……)

 手遅れになる前に、救いきれず、また喪う前に。自分にはそれが出来る。例え命を落とす事になろうとも、二人だけは助け出さなければならない。それが、生き残ってしまった自分に科せられた罰なのだから。

 意を決し、前へ足を踏み出そうとした詩季へ冷や水をかける様に、けたたましいノイズが耳朶を打つ。

『み──―ん! お―と──て、み──さ―っ! ―うと―を! お──―せ―!』

 多少収まったノイズと共に、飛び飛びになった和美の声が通信帯に乗るが、何を言っているか詩季には聞き取れず、反射的に足が止まる。急激な通信状況の変化に、辛うじて残っていた冷静な判断力が先へ進む事を躊躇させた。

 これは罠では無いか、と言う直感が湧き上がり、荒れた呼吸と共に詩季は周囲に目を向ける。人が待ち伏せているとは思えない程、しんと静まり返ったフロアは、月にかかった雲のせいで薄闇に染まっており、周囲の視認性を著しく下げていた。

 コンバットグラスを失って久しい詩季にとっては大きなハンデであったが、それ以上に視覚情報を失った事で幻覚、幻聴が出始め、徐々に彼女を追い詰め始めていた。

 呼吸を乱し、視界をぼやかせた彼女は、崩れた姿勢でダインスレイヴ・カービンを構えると、一歩を踏み出す。そんな彼女の前に、赤い光が降り注いだ。

『詩季! 助けてくださいませ、詩季! 私は、こんな所で──―』

 涙声の通信にノイズが入るや、嬲り殺しにされていく断末魔と、骨と肉が潰れていく音が響き渡る。まるで舞台上のスポットライトの様に、赤く照らされたどこかには、スモール級に蹂躙されていく少女の腕が、まるで白旗の様に揺らめいていた。御台場女学校の制服に腕を通したそれは、青地の上から赤い鮮血を上塗りし、スモール級の上面にびちゃびちゃと跳ねた血が被せられていく。

 自分が救えなかった一人。破産した実家を立て直す為に、今一歩劣りながらもリリィとなった彼女。お互いに連戦で消耗していた最中、別れての生存者を捜索していた彼女達は不意打ちを受け、力を使い切っていた彼女は逃げる事も出来ず、嬲り殺しにされた。

 一瞬の過呼吸症状の後、詩季は悪夢へ向け足を進める。薄暗い空間へと一歩を踏む毎に、彼女の犯した罪が堰を切った様に彼女の前に広がる。歩みに合わせ、スポットだけだった悪夢はいつの間にか視界いっぱいに広がって行き、最終的には彼女の眼前に無数の屍が敷き詰められた。

 残響する笑い声とも相まってパニック状態が続く詩季が重い体を引き摺って進む中、呼吸障害の影響で朦朧としてきた彼女は、足を縺れさせ、その場に倒れ込む。詩季の体がうつ伏せに倒れ、長時間戦闘で汗だらけになった制服が湿った音を立てる。

 衝撃も相まって一瞬気を失いかけた彼女が、呻き声と共に体を起こすと、目の前に広がっていた地獄(あくむ)はいつの間にか元の暗闇に変わっていた。込み上げた吐き気を飲み込み、一瞬手放してしまった得物を手に取る。一瞬寸断されていたパスが繋がると同時、詩季は妙な気配を感じ、顔を上げる。

 培った戦場の勘が、彼女の内情とは別に機能し、気配の位置を探ろうとゆっくりと視界を巡らせる。気配がする方、ぴり、と肌を刺す様な感触を殺気と断じると同時、詩季は近場の壁を蹴り、真横に滑走した。

 自身が倒れていた位置へ射撃が加わるのを見た詩季は、滑走の勢いのまま、マギ放射で廊下の角へ隠れる。狙い澄ました一撃を回避し、隠れた彼女が得物を構えると同時、曲がり角の端に向けて対角線と1ブロック挟んだ先、それぞれから夥しい量の牽制射撃が放たれる。

 直立と膝立ち、それぞれの頭の位置に向けて放たれたそれは、詩季の顔出しすら許さない意図で放たれており、実際、浴びせられた彼女は、体はおろか銃口を出す事すら出来ず、伏せたまま身を縮込めるばかりだった。

 対リリィ用強装弾の威力によって壁に弾が貫通し始め、障壁を展開した詩季は、遮蔽にした壁越しに数発粒子ビームを放つ。展開された障壁を数発が掠め、斥力で偏向した弾丸が四方に散る。壁を貫いての反撃に怯んでか、対角線からの弾幕が弱まり、それを好機と見た詩季は、フルオート射撃に匹敵する速度で単発射撃を放ち、片側へ圧をかける。

 粒子ビームの弾幕に晒され、弱まっていた対角線からの牽制射撃は完全に止まり、好機と捉えた詩季は膝立ちから立射に体勢を切り替える。

 その間も牽制射だけは続けていた詩季は、飛び出す直前、大きなスパーク音と共に眼前に広がった複数の警告に足を止め、その場に伏せた。

(ダインスレイヴ・カービンが止まった!?)

 過負荷による強制停止を断末魔の様に表示したダインスレイヴ・カービンは、稼働限界も相まって沈黙し、ダミーコアの装着部からゆるゆると白煙と不快な焦げ臭い臭いを上らせる。急激に全身の力が抜け、愕然とする彼女へライフル弾が襲い掛かる。

 当たれば即死の状況に晒され、先まで遥か彼方にいた恐怖が再び彼女の膝元まで這い出てくる。

 恐怖から逃れる為、縋る様にヨートゥンシュベルトへ手をかけた詩季だったが、恐怖心で手元が狂っており、なかなか引き抜く事が出来ずにいた。

(早く、早く抜けて!)

 呼吸が乱れる中、鞘にも手をかけ、引き裂く様な手付きで詩季は抜刀しようとするが、込められた鞘の中で刃が暴れており、内壁に引っかかって止まっていた。言う事を聞かない相棒にパニックになっていた詩季は、不意に弾幕が止んだ事に気付いた。

「あれ……?」

 手の震えはそのままに少し冷静さを取り戻した詩季は、抜けないヨートゥンシュベルトからAHWに持ち替え、廊下へと身を晒す。先までの行動からすれば迂闊とも言えるが、それを自省出来るほどの冷静さまでは持ち得ていなかった。

「いない?」

 ぽつりと呟いた詩季は、手の震えが収まったのを確認するとAHWを収め、ヨートゥンシュベルトに手をかける。柄に手が触れた瞬間、背後から彼女の頭が鷲掴みにされる。

「あっは、抜かせる訳無いじゃん?」

 聞いた事の無い声、恐怖から背後を振り返ると黄昏の動画に出てきた少女の姿があった。病的な程に白い長髪、そしてネコ科の動物を思わせる様な特徴的な金色の目、色彩補正で掴めなかった色の特徴を把握しながら、詩季は隙を窺う。

(足の甲なり、鳩尾なりに一撃を入れれば……)

「何? 私の事、倒そうって? あっは、面白い事考えるのね」

「ッ……?!」

 思考を見透かした様な言動と、視線に恐怖を抱いた詩季は反射的に鳩尾へ肘打ちを叩き込んだ。だが、少女の体に届かんとする一撃は障壁が阻み、嘲笑を浮かべた少女が力任せに組み伏せる。

「あっは! 残念! アンタの考えてる事さぁ、分かるんだよねぇ! アタシ、頭の中が見えるからさぁ!」

 狂った様な笑みを浮かべ、そう言う少女は組み伏せたままの詩季を見下ろし、舌なめずりをする。鷲掴みにした手を通し、彼女の記憶が流れ込んでくるのを一種の快楽の様に感じていた少女は、ある事に気付き、ニヤリと笑った。

(コイツの記憶。よく分かんないけど、蓋がしてあるんだぁ……)

 満面の笑みと共に穴の開いた蓋の様な物を詩季の記憶の中に知覚した少女は内心で嬉しそうに呟く。蓋と言っても比喩的な表現でしかないが、何らかの処置により、一定以上の記憶が呼び起こせない様になっていたのは事実だった。

 暗示をかける様にダインスレイヴを握ったまま立てた右人差し指を、くるくると回した少女は一周する毎に体を痙攣させる詩季を見下ろすと、記憶の蓋にヒビを入れていく。

「開けぇ~、ゴマ!」

 ぴっ、と人差し指が止まった瞬間、致命的な程にヒビが入っていた蓋は粉々に砕け散る。瞬間、押し留めていたトラウマが堰を切って詩季の脳内を蹂躙し、大量の幻聴幻覚が彼女の感覚を破壊する。

 トラウマに耐えかね、暴れ始めた詩季が殺気を込めた目で少女を見上げる。力任せのハンドスプリングでそれなりに成熟した少女の体格を跳ね除けた詩季が拳を振り上げようとするが、途端に彼女の目に恐怖が宿る。

「あは、私が弄らなくてもぶっ壊れそうねぇ……」

 見た事の無い反応を前に、後ずさる素振りを見せた少女は、閃光と共に自身の右の視界が消え失せた事を知覚した。蹲ろうとする詩季を掠めた光弾が壁で弾け、何事か、と悠々と振り返った彼女は、修復されつつある視界の先、ダインスレイヴ・カービンの銃口を向けた冨亜奈を目にする。

「邪魔しないでよ、おチビさん。それとも、アタシのおもちゃになりに来たのかなぁ!?」

 挑発を口にし、にたりと威嚇する様に笑った少女は、気圧される冨亜奈に修復されつつある自身の顔を見せつける。不快な水音と共にマギが彼女の体を編んでいき、ものの数分で彼女は元通りになった。

「……化け物が」

 ぼそりと呟いた冨亜奈の畏怖を耳にした少女は、ますます増長し、ゲラゲラと笑いながら背後を振り返った。彼女に組み敷かれた詩季は、口から体液を垂れ流し、ひくひくと痙攣しており、その精神状態は崩壊寸前だった。

「ねーえ、おチビさん。このままだと後ろの女がぶっ壊れちゃうよぉーん? それなのに、あたしに構ってて、良いの、カナ? あっは!」

 小馬鹿にした様な態度で挑発しながら、少女は背後に隠していた詩季の姿を冨亜奈へ見せる。

 見るからに決壊寸前の彼女を見て動揺した冨亜奈は、その間に少女の姿を見失い、周囲にその姿を探す。さっきまでいた筈の少女の姿が無い事に再び動揺していた彼女は、周囲を警戒しながら詩季へ歩み寄る。

「詩季にゃん、大丈夫?」

 しゃがみ込み、詩季の肩に触れた冨亜奈は、ばね仕掛けの様に跳ね上がった彼女の腕に触れた手を弾かれる。火花の様な音と共に姿勢を崩された冨亜奈は、覆い被さってきた詩季に首を取られた。

「お前が! お前達が! 美晴達を!」

 涙と共に、凄まじい膂力で首を締め上げてくる詩季を見上げ、息苦しさと共に恐怖を抱いた冨亜奈は、堪らずダインスレイヴ・カービンを叩き付けた。側面部で打撃した冨亜奈は、殺気を込めた目で見てくる詩季に身構え、懐の円筒物を意識する。

(使うしか、無い……よね)

 左手にダインスレイヴ・カービンを持ち替え、盾の様に構えた冨亜奈は右手の先を懐に向ける。それを隙と見たのか、不意を打つ様に瞬発した詩季はヨートゥンシュベルトに手をかけ、それを察知した冨亜奈が敢えて突進する。居合の要領で放たれた刃は加速寸前で受け止められ、亜音速に達する一撃に、手首を痺れさせながら彼女は懐に手を突っ込んだ。

 瞬間、ジャケットの内ポケットから、アンプルを引き抜いた彼女は刃を大きく外へ弾き、つんのめった詩季の首筋にそれを打ち込んだ。先端部が刺さり、食い込みで作動したガス圧によって中身が動脈へと注入されていく。

 気の抜ける音が止まり、インジケーターが黒を示したのを見た冨亜奈は、空になったアンプルを投げ捨てる。薬剤が浸透し、詩季の体がぶるりと震えた後、全身に薬が回り、酷く痙攣し始め、吐き気を催した彼女の体が折れると、吐き気を堪え切れずそのまま嘔吐する。

 数度吐き戻していた彼女からは、最早胃酸しか吐き出されず、独特の酸っぱいにおいが冨亜奈の鼻腔を刺激する。臭気につられて吐き気を催しかけた彼女はどうにか堪え、ゆっくりと歩み寄る。また襲われる可能性も考慮した冨亜奈は、浅く得物を構え、恐る恐るの体で詩季へと近付いていく。

「詩季にゃん……?」

 そう呼びかけた冨亜奈は、瞳孔が開きつつも如何にか正気を取り戻した様な詩季に少し胸を撫で下ろし、手を差し伸べようと歩み寄る。身を屈め、憔悴しきった彼女へと伸ばした手に、応じる様に手が伸ばされる。

 指先が触れ合わんとした瞬間、殺気を感じた彼女は、そのまま詩季を押し倒し、ダインスレイヴ・カービンを構える。自動展開された障壁にライフル弾が直撃し、数発を弾いた後に貫通し始める。幸いにも冨亜奈達に当たらない位置を貫いたそれが物々しい破砕音を立て、砕け散ったマギが光の粒子となって冨亜奈達に降り注ぐ。

「ッ!」

 本能的な恐怖心から歯噛みした冨亜奈は、シューティングモードにした得物を振り上げ、闇雲な反撃に転じる。ろくに狙いも定めず、引き金を引いた彼女は、組み敷いた詩季がパニックを引き起こし始めるのに気付いた。

「立って! 詩季にゃん! 逃げるよ!」

 詩季から転がり降り、そのまま牽制射撃を入れた冨亜奈はパニックになる彼女の手を引き上げ、そのまま彼女を押して前へ進ませる。途中、弾き飛ばしていたヨートゥンシュベルトを回収した冨亜奈は、それを逆手に持ったまま、詩季を護衛し、逃走を図った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 和美から合流地点として指定されていた中央部の破孔に向け、冨亜奈は全力疾走する。その途中、自身を追う銃撃が止んでいる事に気付いた彼女は、合流地点に到着すると周囲を見回し、警戒を始める。

 肩を揺らし、激しく息をする詩季を他所に、追手がいない事を確認した冨亜奈は、逆手持ちしていたヨートゥンシュベルトを彼女に差し出す。柄を前に、掴みやすい様に向けた冨亜奈は、呼吸が整わない彼女の背を擦る。

「ごめんね、いきなり走らせちゃって」

 苦笑を向けながらそう言う冨亜奈を他所に、蹲った詩季は戦闘のストレスから再び吐き戻し、吸い込んだ胃酸を気管に入れて激しく咳き込んだ。 呼吸を安定させつつある詩季を見下ろしていた冨亜奈は、トラウマを刺激されたにしては、彼女の反応が激し過ぎる事に疑問を抱いていた。

(ひとまず、和美(アイツ)に聞いてみるか……)

 詩季を介抱しながら、そう内心に呟いていた冨亜奈は、身動きの取れない彼女に変わってヨートゥンシュベルトを納刀する。鞘込めのそれを差し出した彼女は、震える手が捕らえたのを見ると、ゆっくり手放した。

 鞘を腰に据える間、冨亜奈は和美達に連絡を試みるが、通信機に返されるのはノイズばかりだった。溜め息と共に通信機を切った彼女は、膝をついたまま、小刻みにヨートゥンシュベルトを振るわせる詩季を振り返る。

「詩季にゃん、大丈夫?」

 気休め程度に声をかけた冨亜奈は、身を竦ませた詩季に寂し気な苦笑を返す。困惑する、と言うよりも軽いパニックになっている様な、そんな表情を浮かべた彼女は小さく頷きを返した。

「助けてくれてありがとう、黒木さん。それで、その、どうして、アンプルを? 無くなった筈じゃなかったの?」

「あ……。それは、その……」

 嘘を吐いた事を責めると言うよりも、その意図を純粋に聞きたいと言う、そんな目を向けてみた詩季だが、その嘘で彼女をここまで追い詰めた後ろめたさを感じていた冨亜奈には、気遣いのあるそんな意図を汲み取れるだけの心の余裕は存在しなかった。

 責任から逃げ、自分を守る為の言い訳を探していた冨亜奈は、無言で見つめてくる詩季から目を逸らし、言葉を紡ごうとした口を固く結ぶ。

 今更何を言っても、詩季を傷付けた事からは逃れられない。善意で彼女に接していた事実すら上手く伝わらないのなら、何も言わない方がお互いにとって良いのでは無いかとすら、冨亜奈は思っていた。

 黙したままの彼女を見上げていた詩季は、一時的に晴れ、月明かりに照らされた何かに気付くと引き攣った顔で、小さな悲鳴を上げた。悲鳴に気付いた冨亜奈が頭を上げた刹那、彼女の頭が鷲掴みにされる。

「滅茶苦茶走ってたから、遠くに行ったのかなって思ったけど。意外と近くにいたんだねぇ、おチビさん」

「お前、さっきの!? いつの間に!?」

 獣性を感じさせる、狂気を孕んだ笑みを浮かべた先の少女が、二回りほど背の低い冨亜奈の頭を鷲掴みにしていた。獲物を捕らえた少女は、驚く冨亜奈を他所に、そのまま彼女を組み伏せる。

「それは、ひ、み、つ。じゃ、そこの女共々、アタシのおもちゃにしてあげるね]

 狂った笑みと共に、掴んだ手に力を込めた少女へ危機感を抱いた冨亜奈は、如何にかして彼女を振り落とそうとする。だが、倍近い体格差故に、組み敷かれた彼女が暴れた所で、少女の体躯を揺らがせる事は出来なかった。

 冨亜奈の髪を掻き分け、頭皮に五指が食い込む。彼女の小さな頭は少女の手にすっぽりと収まり、触れた指伝いに何かが入り込む様な感触を味わう。目を見開き、抵抗しようとした冨亜奈が手足を暴れさせ、それを楽しげに見下ろしていた少女は、頭に流れ込む彼女の記憶を飛ばし飛ばしに閲覧していく。そのどれもが人に囲まれ、幸せそうな感情を抱いたものである事に少女は苛立ち、それまで楽しげだった顔が嫉妬に満ち溢れた憎悪の表情に変わる。

「気が変わっちゃった。おもちゃにしてやろうかと思ったけど、お前ムカつくから殺す。このまま血を吹いて死ね!」

 そう言った少女は、怒りと共に手に力を込める。彼女の脳を破壊すべく、凄まじい量のノイズを送り込もうと構えた少女の意識が一瞬消える。空気の膨張する音共に粒子ビームが迸り、少女の頭が消滅する。首から上を失った体が仰向けに倒れ、ひび割れたリノリュームの床に打ち付けられて湿った音を立てる。

『あい―ん―り―ろきさ―、ご―じです―? く―き―ん、お──うを』

 組み伏せられた体勢から立ち上がった冨亜奈へ、酷いノイズと共に黄昏の物と辛うじて分かる声が呼びかける。呼びかけに返す余裕も無く、すかさず得物を手に取った冨亜奈は、激しい痙攣と共に頭を修復しつつある少女へ照準する。引き金を引こうとした冨亜奈は、跳ね上がったダインスレイヴに防がれた事に驚愕し、背筋を凍らせた。

「くそっ、何なんだコイツ!?」

 悪態を吐きつつ、冨亜奈は連続して引き金を引くが、その全てが刀身に防がれ、四方に拡散していく。無駄と分かっていても威嚇にはなるかもしれない、とそう念じながら連射していた彼女は、唐突な警告音に再び目を見開く。

(しまった、稼働限界!?)

 疑似コアの稼働時間が迫っている事が警告され、1分を切ったカウントが連射を続ける間に0になる。起動終了の表示と共にそれまで視界を飾っていたUIが全て消失し、全身に漲っていた力の感覚が嘘の様に消える。状態確認の為に数度トリガーを引いた冨亜奈は、虚しいクリック音だけが変えるのに舌打ちし、最早鉄の塊でしかないそれを傍らに投げ捨てた。

「クソッ、こっちを使うしか無いっての?!」

 悪態をつきながら、冨亜奈はアーヴィングカスタムに手をかける。

 鈍く汗を搔く彼女の眼前、頭部の修復と並行して体を起こす少女は、血気の無い白い唇を笑みの形に歪ませた後、唐突に姿を消した。

 瞬きすらしていない状況から姿を消した彼女に、堪らず動揺した冨亜奈は柄に手を置きながら周囲に目を向ける。

(刀の扱いも、コイツの扱いも、ナギほど得意じゃないんだよ。こっちは)

 内心悪態を吐きつつ、見よう見まねの抜き打ちを試みようとした冨亜奈は、そんな緊張感に水を差す様に入った通信に意識を持っていかれる。

アッシュ2(優愛)よりバニーユニット、聞こえますか?!』

 囚われていた筈の優愛からの通信が入った事で、無意識下で緊張感を解いていた冨亜奈は、彼女からの通信に一切のノイズが無い事に気付いた。

 他の通信帯に切り替えても同様にノイズは無く、それまで分断していたノイズの類が消失したと内心で断じた冨亜奈は、必死に呼びかけ続ける優愛に苦笑交じりに応答する。

「こちら冨亜奈。優愛っち、そっちの声はちゃんと聞こえてるよん」

『あ、冨亜奈さん?! 良かった……。ご無事なんですね?』

「うん、まぁ、ぼちぼち。それより、えらくクリアに通信出来てるけど、どうかしたの?」

『あ、そうです。そう! 先程、ここに展開していた部隊が唐突に撤退しまして、恐らくそれに伴ってジャマーも解除されたのかな、と』

「敵部隊が撤退した? マジ? 優愛っち達は大丈夫なの?」

『あ、はい。ただ、CHARMは取り上げられてるんで、自力での脱出は出来てないんですけど』

「了解。じゃあこっち、人が集まったらそっち行くから。それまで待ってて」

 軽い調子でそう言い、優愛との通信を切った冨亜奈は通信先を黄昏に切り替える。

「黒木より愛染へ、応答を。先程の支援、感謝する。こちらの状況はクリアされた。卯月姉妹の救助に向かう為、合流されたし」

『愛染より黒木さんへ。了解しました。和美と共にそちらへ合流します。合わせ、三朝さんの容体について確認を』

「……了解した」

 歯切れ悪く言い、通信を切った冨亜奈は、自身の足元で座り込んでいる詩季を見下ろす。未だに昏い表情を浮かべる彼女は、先の少女によって刺激されたトラウマから戻る事が出来ずにいた。

「お待たせしました」

 淡々とした言葉と共に黄昏が姿を現す。シューティングモードを解除し、刃を閉じたダインスレイヴを手にした彼女の背後、フリスを手にした和美が退屈そうに小さな欠伸を漏らしていた。

「ご無事で何よりです、黒木さん。ところで三朝さんの容体は?」

「まぁ、素人目に見て良くはなさそうだよ。詳細はそこのヤブ医者に見てもらわないと分かんないけど、戦闘行動は不可能と見て良いかも」

「そうですね。一先ず、三朝さんは和美に預け、我々は卯月姉妹の救出活動を続行せねばなりません。黒木さん、何か状況を掴めていませんか?」

「ああ。その件だけど、さっき優愛っち本人から通信貰って、待ち伏せ張ってた連中は撤退したって言ってる。まぁ、正誤は分かんないけど、通信障害が解消してるし、本当に撤退してんのかもね」

「そうですか。では、様子見も兼ね、我々二人が先行して姉妹の下へ行きましょう。和美、あなたは三朝さんの容体を確認後、こちらへ合流を」

 一通りの指示を出した黄昏は、ダインスレイヴを浅く構えながら優愛達が捕まっているであろう場所に繋がる通路の入口へと歩を進める。闇一色に染まった通路へ砲口を向けていた彼女は、ハンドサインで冨亜奈を呼ぶ。

 手招きに誘われるまま、忍び足で駆け寄った彼女は、黄昏から見て入り口を挟んだ対岸に立ち、腰のアーヴィングカスタム、『マリア』を抜刀する。先の戦闘でカービンを失っていた彼女は、いよいよ使いたくなかった本命を握らされる羽目になっていた。

 黒を基調とした豪奢な金の飾りが付いた鞘から、蒼炎の様な青白い刀身が抜き放たれ、柄を介し、影響を受けた冨亜奈の目が一瞬刀身と同じ色に染まる。

 まるで機械の起動表示の様なそれを傍から見ていた黄昏は、アイコンタクトを交わすと彼女を先頭に置いて進撃を始める。これまでと同じく、通り一帯に砲口を巡らせ、部屋の入り口や曲がり角を入念に確認していった黄昏は、先を行く冨亜奈の様子を見ながら後を追う。

 一人分間を開けて先行した冨亜奈は、アーヴィングカスタムを手に、周囲を見回しながら前へと進む。ダインスレイヴ・カービンと共に遠距離攻撃手段を消失していた彼女は、いつになく緊張感に満ちた表情で周囲に目を向ける。

 先の優愛の言葉がブラフだとすれば、数名兵士が居残っている可能性がある。兵士その物の強さはリリィに及ばずとも、彼らの持つアサルトライフルの長射程は、遠距離手段の無い冨亜奈にとっては脅威となる。

 加えて彼らが用いる対リリィ用強装弾は、直撃すれば並の防護障壁程度なら容易く射貫いてしまえる威力を持っている。加えて、冨亜奈は元々アーセナルであり、現場に立つリリィ達ほどの経験も無ければ、戦う為の才能も無い。

「クリア」

 そう符丁を唱え、安全を伝えた冨亜奈は自身の背後に黄昏を通す。ダインスレイヴを構え、突き当たりに位置する大部屋の前に付いた黄昏は、閉じられた扉の向こうから僅かに声が聞こえる事に気付いた。

 その後を追って扉の前に付いた冨亜奈もその声を聞き、僅かに見開いた目を対岸の彼女へ向けた。恐らく優愛の物であろう声を聞いた黄昏は、冨亜奈へハンドサインを出し、扉を開ける様に指示をする。

 罠の可能性を考慮し、ドアノブを押し下げた慣性を用いて少しだけ開いた冨亜奈は、上から下へ視線を流し、異常無しと判断する。再び黄昏とアイコンタクトを交わした彼女は、そのまま扉へ蹴りを叩き込んだ。

 爆発したかの様な轟音を伴い、蝶番ごと吹き飛ばされたドアは、その奥に据えられたミーティングルームの一角に激突し、ドアノブを簡素な作りの壁にめり込ませた。仕切りとしての機能だけを求められたそれは、壁の向こうにいるであろう優愛の悲鳴を筒抜けにしていた。

「優愛っち、助けに来たよ」

 進入一番、壁の向こうへそう声をかけた冨亜奈は、静まり返った室内を見回す。遅れて進入した黄昏の援護を受けつつ、探索を始めた彼女は、ミーティングルームの鍵を見つけ、合わせて取り上げたであろう優愛達のCHARMを見つけた。

「CHARMの確認は私がやります。黒木さんは卯月さん達の解放をお願いします」

 手を出す前に黄昏が指示を出す。コンバットナイフを手にした彼女の物々しい雰囲気に気圧され、大人しく従った冨亜奈はミーティングルームを解放し、中に収監されていた優愛達と合流した。

「お待たせ、二人共」

 開け放つ前の昏い表情から一変、揃えた人差し指と中指を振り、軽い口調を放った冨亜奈は、表情を華やがせた優愛の下へ歩み寄る。酷く汗を掻いている彼女と麻衣の様子を見た冨亜奈は、バッグからペットボトルを取り出す。

 手持ちの分を飲み干していたらしい彼女達は、受け取るや瞬く間に中身を空にしていた。軽くなったそれを部屋の片隅に投げ捨てた彼女等は、確認を終えたらしい黄昏からCHARMを受け取る。

「実戦経験のあるあなた方が不覚を取るとは珍しいですね」

 背負っていたダインスレイヴを手に取り、純粋な疑問を口にした黄昏は、睨み付けてくる麻衣から視線を逸らし、機関部のチェックをしていた優愛へ流した。大方睨まれたのだろうと察した優愛は、苦笑交じりに機関部を閉じ、彼女からの疑問に答えた。

「恥ずかしながら、隠れている時に、物に銃を引っ掛けてバレちゃいまして。一応迎撃もしてたんですけど、相手に圧倒されて結局……」

「なるほど。しかし、お二人が捌き切れない突撃とは相当な物量によるものの筈です。ですが、ここまでの道中、我々が確認する限りではそんな痕跡はありませんでしたが、一体何が?」

「兵士とリリィによる多重攻撃を受けたんです。私達としても、敵兵だけなら返り討ちには出来ましたが、流石にリリィ相手の白兵戦となると厳しい所がありました。ただ、彼等の連携は密な物では無く、同じターゲットを狙っているだけ、と言うべき粗雑なものでした」

 グングニル・カービンへと接続しながらの優愛の話に、一つ納得の相槌を打った黄昏は、ここの所続く、相反すべき存在同士の奇妙な連携に思慮を巡らせる。おおよそ連携と言えない様な共闘関係、類似性の無い筈の彼等を結びつけるものが何かを考えていた彼女の脳裏へ、不意にある少女の姿が過ぎった。先の戦闘で自身が威嚇し、その前に一時的に追跡した少女。関連性の立証こそ難しいが、それでも疑わずにはいられなかった。

(あの時、彼女が姿を消すと同時に、G.E.H.E.N.A.執行部隊はその場から撤退を開始した。仮に偶然としても、そう断じるにはいささか出来過ぎている)

 その場に立ち止まり、黙々と考え込む黄昏に報告への返事を待っていた優愛が首を傾げる。何時に無く暗い目で地面を見下ろす彼女を挟んだ向こう側、マイペースな振る舞いを見ていた冨亜奈が申し訳なさそうに笑っていた。

「ごめんね、優愛っち達に会うまでの間に色々あってさ。取り敢えずここから出ようよ。もうちょい開けた所に詩季にゃんと和美もいるしさ」

 軽めの口調でそう言いながら黄昏の背を押した冨亜奈は、苦笑を返してきた優愛と麻衣を連れて部屋から廊下へと出ていく。徐々に見えてくる月明かりの方へと移動した彼女達は、眠りこけた詩季を膝に寝かせた和美の姿を認める。

 顔に殴打痕を懐かせた彼女は、切れた口端から血を流していた。

「和美、どうしました?」

 明らかな動揺を浮かべた黄昏の問いに、苦笑を返した和美は膝の上の詩季に視線を落とす。事情を察した黄昏達とは別に、麻衣共々何ら意図を掴めないでいる優愛は、苦々しい表情を浮かべるばかりの彼女達を見て、問いかけの口を閉じた。心理的にも、状況的にも、今彼女の事を聞くのは相応しくないと彼女は断じ、それを察した黄昏達が沈黙を破り、これからの行動について話し始める。

「和美、この場は開け過ぎて留まるのは危険です。一先ず移動します。準備を」

了解(コピー)。何処に移動するつもりでいるの?」

「一旦下の階のコントロールルームを目指しましょう。そこなら情報収集も出来ますし、先頭機材もある程度揃っていますから、一時的な拠点として運用出来る筈です。和美、三朝さんをこちらに。彼女は私が運びます」

 目付きをいつになく研ぎ澄ませた黄昏は、お道化た様な素振りと共に、詩季を持ち上げようとする和美へ歩み寄る。非力な彼女に頼んだのが間違いだった、と呆れながら詩季の傍へとしゃがみ込んだ黄昏は、ウィンクをしてきた彼女に虚を突かれ、一瞬固まる。

 その間に、補助に回ってきた優愛は、呆然としている黄昏を不思議そうに見下ろしながら、手に持ったダインスレイヴ・カービンを差し出し、眼前で揺らす。ふらふらと揺れるそれに気付いた黄昏は、差し出されるまま優愛と得物を入れ替える。

 運搬時の取り回しを考慮した交換を経た黄昏は、優愛の補助を経て眠ったままの詩季を背負う。

 カービンの稼働確認と共に、簡易な指示を交わした優愛は彼女に代わり、冨亜奈とペアを組んで前へ出ると、最後尾に付いた麻衣とアイコンタクトを交わす。最後尾でシューティングモードのアステリオンを構えた彼女が頷き、それを見た優愛は前に向き直ると自然と決まった音頭役として声を出す。

「皆さん、準備は良いですか? 行きましょう」

 本来は黄昏の役目ではないのか、などと内心で思いつつ、腰溜めのダインスレイヴを構え、下の階に向けて進み始めた。

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