アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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第11話『Cactus』

 順調そのものの足取りで21階に降りた優愛達は、早々にコントロールルームへ辿り着いていた。

 埃っぽくはあるものの、同時に手のついた様子の無いそこに進入した彼女等は、事前に取り決めた役割に沿って、各々行動していた。黄昏と共にバリケードを設置していた優愛は収められた資料を運び出した本棚をドアへの衝立とし、天板を折り畳んだ机を並べて障害物としていた。

 粗方机を並べ終えた優愛は放射線状になったそれの外に出る、外縁に位置する机に立てかけてていたダインスレイヴの傍にしゃがみ込んだ彼女は、懐から取り出した携帯端末を起動し、カメラアプリケーションを立ち上げ、室外に設置したカメラに接続する。

 バリケードが設置されるより前、コントロールルーム内の備品倉庫で大量に保管されたPCカメラを見つけた優愛は、それを監視カメラとして転用していた。

 接続が確立し、録画待機状態になったアプリケーションを経由して外の状況を確認した優愛は、黄昏とアイコンタクトを交わし、補給と情報取得も兼ね、冨亜奈の元に向かう。

 一方、予備電源を起動し、PCを操作していた冨亜奈は、エリア内の設備についてステータスチェックを進め、上層のエリアと同じく各フロアの監視カメラ及びセンサーが破壊されていない事を確認すると、スキャンを開始する。今更不審がるでも無い彼女の眼前、ピンガーソナーの様なアニメーションがモニターに表示されると、ゆっくりと光点が増えていく。無数に増殖した光点がフロアを埋め尽くし、やがて検知しきれなくなったそれがエラーと言う形で悲鳴を上げる。

 強制的に終了したアプリケーションは、エラー対処と言う形で沈黙し、再度の起動命令も受け付けない状態になってしまった。明確に舌打ちをした冨亜奈は、次いで監視カメラ映像の受信を試みる。

 1階層下、22階の映像がモニターに映し出された瞬間、激しいノイズと共にぼんやりとした白い少女のシルエットが無数に映し出される。心霊映像よろしく、項垂れた様にも見えるそれが廊下のあちらこちらに現れ、各々が廊下に転がされた死体を見物しているかの様だった。

「な……」

 流石に絶句した冨亜奈は他の地点の様子を伺う為に次々とカメラを切り替えていく。厳重な監視体制が敷かれているのか、上層エリアとは異なり、1階に付き、4か所設置されたカメラが切り替わっていく。代わり映えの無い少女型の白いシルエットが大量に映り込んだ映像が22階、23階と続く中、モニターの映像が24階のものに切り替わる。

 それと同時、誰かの激しい白兵戦の様子が映し出され、内蔵マイクがくぐもった音質で剣戟音を拾い、打ち合いで散った火花が、ナイトビジョンに白っぽい光を散らす。鮮明さに欠けるナイトビジョンの視界では詳細を追う事は出来ないが、それでも用いた得物を捉える事は出来ていた。

「ヨートゥンシュベルトとダインスレイヴ・カービン?」

 思わず口に出していた冨亜奈は、黄昏と共に補給しに来た優愛の視線を浴びる。何事か、と心配して近付いてきた彼女は、水入りのペットボトルを手渡しながら彼女がクリップした画像を見て、ヨートゥンシュベルトを振り上げたリリィを指差す。

「これ、ヨートゥンシュベルトを使っているの、真霜さんですね。相手は……誰でしょうか?」

「知らない。大方ここの強化リリィでしょ。それより、アイツ生きてたんだ。詩季にゃんから大穴に落ちたって聞いてたけど、しぶといね」

 疑問を呈した優愛へ呆れ気味に答えた冨亜奈は、両手を後頭部に回し、天を仰ぐ。バランサー役であるとこの優愛の加入が、隊内の精神的な余裕を取り戻させており、気を張りっ放しだった冨亜奈も、幾分か心の余裕を取り戻していた。

「まぁ、真霜さんは強化リリィですし。それよりも、他の地点はどうなってますか? 恐らく下の階層に渚さん達がいると思うんですけど」

 幾分か余裕を取り戻した彼女からキーボードを奪った優愛は、務めて冷静にそう言いながら、片手でそれを操作し、画面内の映像を切り替えていく。表向きこそ冷静そのものの優愛だが、実際の所、今までに無い程に取り乱していた。

 数時間前、無人機の強襲を受けた際、先んじてエレベーターシャフト伝いに降下した彼女の眼前で、渚達3人は落下した。彼女と麻衣の降下の衝撃でブレーキが緩んでいたからだ。

 ヒュージ暴走の衝撃で元々ダメージを受けていたカーゴには、高所から落下する少女達の質量を受け止め続ける事は困難であり、一瞬の間の後、鉄のカゴは天板に乗せた少女たち3人を道ずれに奈落の底へと旅立った。不運も加わっているとは言え、敬愛する3人の同級生達が、自身の過失によって落ちていく様を見た優愛は激しく動揺し、それから暫く、詩季達が接触するまでの間、彼女は軽い心神喪失状態に陥っていた。

 巡り巡って、無事かどうかを探せる機会を得た優愛は、せめて彼女達が無事であってほしい、とそう祈りながら無我夢中でカメラを操作する。

 25階、26階、27階、そのいずれにも渚達の姿は無く、先送りする度、本当に彼女達が死んでしまっているのかもしれない、と優愛は心拍数を上げていく。その真に迫った彼女の表情を見た冨亜奈は、軽口を放とうとした口を噤んだ。

 28階、映し出された無人のカメラ映像からくぐもった剣戟音が聞こえ、優愛の目の色が変わる。次の映像に切り替えると、渚達らしき3人の少女達が、真霜のケースと同じく、群がる病衣姿の少女達と交戦していた。

「渚さん達を発見しました。良かった」

 安堵の表情を浮かべた優愛に、笑みを向けた冨亜奈は各々の作業を終えた和美達も合流している事に気付き、彼女の肩を叩く。その上で、状況説明をしたい、とアイコンタクトを送った冨亜奈は、大人しく戻った彼女を含めた面々の方へ向き、状況説明を開始した。

「全員揃ったみたいだし、ここから先の事について軽く説明する。皆には合流次第軽く説明はしてたけど、このエリア、21階から30階までの第3セクションがこのルドビックラボの最下層になる。このエリアの30階に全体の予備電源があり、これをドライブさせれば、地下2階にあった隔壁を稼働させられ、ここから脱出出来る。ただ、問題はその道中。このエリアは生体研究、特に強化リリィに関連する研究を扱っていた特に生臭いエリア。この大規模破壊で保管されていた強化リリィ達は軒並み脱走している筈。まぁ、これまで強化リリィと交戦してたし、そこは疑わないと思うけど」

「それで、ご高説を唱えてくれた学者先生はここから先についてどんな懸念点を持っているのかしら?」

「……まぁ、端的に言えばここから先、戦力増強をしないと色々と厳しいって事」

 手短に結論を言え、と暗に刺された冨亜奈は、眉間に皺を寄せた心底嫌そうな顔で答えると、至極残念そうな顔を返した和美を睨み付けた。意図を読んだのか、溜め息を漏らす彼女を揶揄う様に、和美はけらけらと笑う。

 じゃれ合いと言うには、異様なやり取りを見ていた優愛は、手短に告げた冨亜奈の言葉を脳内で咀嚼する。

 現状、彼女達は三朝詩季と言う唯一と言って良い最高戦力を失っている状態であり、残された優愛達は良くて平均より少し上くらいのリリィスペックしか持たない。同じ無強化のリリィであれは工夫程度で何とかなるが、底上げを受けた強化リリィ相手では、半端な搦め手は正面から叩き潰されてしまう。そして、強化リリィ研究の総本山であろうルドビックラボにおいては、内に納めた強化リリィの母数は多いだろう。

 まともな策が通じない怪物共を、一体どうやって捌き切るか、それがこれから先、必要となる生存戦力だ。

「それで、あなたの言う戦力増強について、当てはあるの?」

「24階に真霜が、28階にナギ達が生きてるのを確認した。例の如く、合流後の容体観察は必要だけど、合流出来れば戦力としては心強い」

「なるほどねぇ。じゃあ、ひとまず24階を目指して進むって事で良いのかしら。今度は寄り道したいって言わないでね?」

 笑みと共に釘を刺した和美に、図星を突かれ、むっとした顔をした冨亜奈は、ばつが悪そうに水を口にする。軽口の応酬にも見えるそれに、苦笑を漏らした優愛は、彼女の背後、モニターに映し出された真霜と渚達、それぞれのキャプチャを睨み付ける。

「お姉ちゃん?」

 真に迫った姉の表情に、不安を抱いた麻衣が心配そうに問いかける。冨亜奈達と合流するより前、彼女が酷く取り乱した様を間近で見ていたが故に、今の彼女の精神状態を危惧していた。普段こそ穏やかで安定している彼女だが、だからこそ、その根底を崩された今の状態は、妹の彼女ですら予想も付かない程の不安定さを抱えていた。

「お姉ちゃん」

「え、あ、何? 麻衣ちゃん」

「大丈夫? 怖い顔してたけど」

「え?! あ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて」

「それって、アイツ等の事?」

 不安そうな声色を隠さず、問いかけてくる麻衣に、困惑した表情を浮かべていた優愛は彼女に袖を掴まれた。どうしようもない不安を抱えた時の癖、半ば無意識に出たそれに、更なる困惑を浮かべた優愛は、優しい笑みを浮かべてその腕を掴んだ。

「そうだよ。どうやってアイネさん達を助けようか考えてたの。生きてた事は喜ぶべきだけど、あれだけの人数に囲まれてたら、長くは保たない。だからなるべく早く助けなきゃいけない。場合によっては、黒木さん達との別行動を取って、一人で先に──―」

「一人じゃ何も出来ないって、お姉ちゃんが一番分かってるのに?」

「……それでも、私が、私のミスが、彼女達を窮地に追い込んだから。ちゃんと助け出して、その責任は取らないといけないの」

 優しく腕を取り払った優愛は、突き放す意図を込めた、柔和な笑みでダメ押しをしようとする。笑みを奥に隠れた危うい何かを感じ取った麻衣は、食い下がらないと逃げられる、と悟り、取り払われた腕を返し、再び掴み取る。

「だとしても、それは……。それは、お姉ちゃんだけが負うべきものじゃないよ」

「違う、これは、私だけが負うべき責任なの。だって私は、アイネさんの副官で、彼女から先発を任せてもらったんだから」

「……ッ!」

 笑みを吹き消し、俯いた顔へ強い責任感を宿らせた優愛に、自身の心の内を刺激された麻衣は酷く狼狽し、焦りを募らせる。入局してからこっち、意識してこなかった、姉が自分から離れていく感覚。いつも親身に傍にいてくれる姉が、何時かいなくなる事を意識させられる瞬間。

 アイネ・クラウンベック。優愛の才能を認め、開花させ、彼女を心酔させた罪深い女。百合ヶ丘で彼女と出会った事が優愛にとっての幸運であり、麻衣にとっての不運だった。それまで妹に向けられていた、依存性の愛情は、交流を深め、共に任務をこなしていく内に、心酔した才女への忠誠心に変わっていった。

 不謹慎ながら、渚の追放はその点においてプラスに働いた。チームは空中分解した事で、アイネと優愛の交流する機会は目に見えて減っていった。チームが空中分解した後、優愛と麻衣はフリーランスに転向した。優愛は戦術コンサルタントとして様々な中小レギオンを渡り歩き、麻衣はスナイパーとしての傭兵稼業に従事していた。フリーランスになったからと言って、アイネやオリヴィアとの友人関係が切れた訳では無かったが、それでも交流の機会は減り、離れていた姉の関心も自分に向く様になった。

 それが今、姉の関心は空中分解前、チームを結成した当初と同じ、アイネに向けられた状態になっていた。パニックになった麻衣の思考は、今や無謀な救出を止める事よりも、如何に自分へ関心を引くかに注力されていた。

 お互いが出方を伺って押し黙る中、問答を見守っていた黄昏が頃合いと見て割り入る。

「お話は聞かせていただきました。優愛さん、あなたを単独で向かわせる事について、私は反対です。私は、あなたを無能と誹る気はありませんが、一人で状況を打破するには、あなたはあまりにも無力です。加え、今の我々は一人でも多くの戦力が必要な状態。著しく可能性の低い救出作戦にあなたを送り出す余力はありません。それならば、時間をかける結果となってでも、総出で女達を救出に行く方が確実とは思いませんか」

「だけど、私は……」

「我々がすべきは確実な任務の遂行です。その目的に、あなたの責任意識は無関係の筈。今は目的を果たす為の最善手を選ぶべきとは思いませんか?」

 責め立てる様なきつい口調で言い含めるでも無く、ただ淡々と告げた黄昏へ、食い下がる為の言葉を探していた優愛は、見えない筈の言葉を探す様に視線を彷徨わせた後、一度伏せた目を黄昏へと向ける。不思議そうに見返した彼女は、気まずげな優愛がとうに反論する気力を失っている事を悟り、降参の意を込めて納得の声を上げた。

 それでも割り切れない自分を慰める為に一度溜め息を漏らし、心持ちをリセットした優愛は、一応と言う体で妥協案を提示する。

「隊での移動については納得しましたが、であれば少しだけ進撃速度を上げる事は出来ませんか? いずれにせよ、彼女達とは早期に合流するべきだと思います」

 単独移動はしないが、だったらなるべく早く渚達と合流したい、と言葉の裏で告げた優愛は、提案を聞いた黄昏達を見回した。

 冷静さを仮面に張り付けた優愛が、まだ焦りを抱えたままであると察した和美は、返答しようとした黄昏へアイコンタクトを送り、彼女に代わって見解を述べた。

「そうね、なるべくなら私もそうしたい所だけど、結論から言えばこれ以上速度を上げるのは無理ね。素早く動くには人数が多すぎるし、何より今の状態の三朝さんを早く動かすのは無茶よ。彼女はまだ戦える状態に無いし、それにフラッシュバックが再発する可能性も高いわ」

 そう言い、和美は自身の背後に隠した詩季へ視線を向ける。まるで小動物の様に震えている彼女の様子は、これまでを考えれば異常とも言える程に様変わりしていた。

 目に見えて分かるほどの急変について、先まで問いかけを保留にしていた黄昏はここぞとばかりに疑問を投げかけた。

「先程は聞いてませんでしたが、一体彼女に何が起きたのです、和美」

「これはあくまでも推測だけど、今の三朝さんは精神疾患を治療した記憶が全て失われている状態だと思うわ。パニックまでキャパシティが少なくなっているし、その際の認識障害も酷い。けど、こちらの事は認識できる状態。推測としては、例の少女に接触された際に何かされたか、だけど」

「彼女がリリィだとすれば、マギ由来の何かで脳内に働きかけたと考えるのが自然です。ですが、そんな事例、聞いた事がありません」

 顎に手を当てた黄昏が、同じく知識の無い和美と共に考え込む。沈黙が空気を支配する中、軽く手を打った優愛が全員の視線を集める。

「一先ず、ここから動きませんか? ある程度行動指針も定まっていますし、皆さん、補給も終わっている筈です」

「そうですね。件のリリィがここに収容されていたのは明白ですから、何かしらの資料は存在するはずです。敵を知る意味合いでも、早めに行動することに意義はあります」

 多数の視線に怯んでいた優愛は、自身の提案に同意した黄昏の後押しを受け、残る面々の反応を窺う。反対する様子の無い彼女達に内心胸を撫で下ろした彼女は、行動開始の音頭を取り、それに従って黄昏達はコントロールルームを後にした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから暫く、24階まで下りた冨亜奈達は、嵐にでも薙ぎ倒されたかの様な惨状のフロアに閉口していた。廃墟同然までボロボロになったフロアの壁は一部が崩落し、廊下には研究員の死体に交じって黄昏と交戦したらしい強化リリィの死体が散乱していた。まるで悪趣味なオブジェの様に点在する死体達は、いずれも胴と頭が泣き別れたものや、頭蓋が割れ、露出した中身をはみ出しているものなど、オブジェと捉えるには悪趣味としか言えない凄惨な様相を呈していた。

「うわ、凄い殺し方……」

 引き気味に言いながら、口元を抑えた冨亜奈が、今まで以上の惨さを前に気を悪くする中、不意に感じた殺気と目の前に映り込んだ運動ベクトルに気付き、そのままバックステップを放つ。咄嗟故に背後の優愛へ激突する中、彼女がいた場所目掛けて弾丸の如く少女が吹っ飛ばされてくる。

 亜音速で叩き付けられた矮躯がトマトよろしく潰れ、ペンキの様に青白い血が壁一面に飛び散る。脈動するかの様な体液の輝きも他所に、糸の切れた人形の様に脱力し切った少女は、修復の兆候として全身を痙攣させ、垂れ下がった手足が束の間宙を踊る。

 それと同時、少女を警戒していた黄昏が舌打ちと共に引き金を引くが、それよりも修復の方が早く、少女はするりと熱線を抜け、黄昏へと猪突する。突進直前に拾い上げたダインスレイヴ・カービンを構え、黄昏を刺し貫かんとした少女は、自身の砲撃に因って認識が遅れていた黄昏へと切っ先を突き出した。

「死ね!」

 咆哮の如き叫びと共に、化け物(ヒュージ)と同等の膂力で以って蹴り出した彼女は、不意打ち同然のそれに驚いた彼女へ得物を突き出す。制服に抑え付けられた胸を、鈍色の切っ先が刺し貫かんとする直前、突如として割れ金の様な不快な音と手首に痺れをもたらす程の衝撃が彼女の感覚を刺激した。

 見れば切っ先は何かに阻まれ、その何かは受け止め続ける衝撃を破門の様な物を通して受け流す。少女はその何かを解する事は出来なかったが、黄昏はそれがフリスによって形成された防護障壁だと理解していた。

「残念だったわね」

 虚を突かれ、驚く少女を揶揄った和美は握り締めたフリスにマギを注ぎながら、中指と揃えた左人差し指を手繰って障壁を操作し、構成するマギを爆ぜさせた。爆発反応装甲よろしく障壁の消失と共に少女に向けて凄まじい衝撃が放たれ、切っ先に全体重を乗せていた彼女が大きく体勢を崩す。衝撃を受け止め切れず捻挫し、肩を脱臼した少女は、勢いのまま得物を手放し、無防備な状態になる。

 その隙を逃さんとばかりに、黄昏がシューティングモードのダインスレイヴを構える。だが、それを野性的な勘で以って察知していた少女は、砲口が向くより前に回避して黄昏の背面へと回り込み、左の手刀を構える。得物を失った足掻きとして、マギを纏わせたそれを黄昏へと突き出した少女は、後手で防御姿勢を取ろうとした黄昏を嗤い、必殺を確信した。

 指先で刃の様に研ぎ澄まされたマギが、黄昏の背中に触れんとした刹那、少女の体に横合いからの衝撃が襲い、それその物が突撃槍となって猪突する筈だった全身は、衝撃で大きく軌道を逸らした。左脇から右肩にかけて刃を突き立てられ、そのまま押し倒される格好になった彼女は、自身を押し倒した相手である冨亜奈を睨み上げる。

 視線に気付いた冨亜奈は、興味無さげな目で彼女を見返しながら、台座よろしく突き刺さったアーヴィングカスタム《マリア》を引き抜こうと手を伸ばす。埃と青い血で汚れた床へ横たわり、苦しげに息をしている少女は、油断し切った冨亜奈が柄を手にしたのを見計らい、体に突き刺さったマリア共々、彼女の腕を捕らえた。

「私と一緒に死んでよ、お姉ちゃん!」

 青痣が浮く程の力で腕を掴み、刃が寸分も動く事を許さない程に全身に力を込め、振り払う事すら許さない少女は、驚愕する冨亜奈を嘲笑いながら、全身のマギを活性化させる。

「お前ッ、何を!?」

 焦りを浮かべ、無理矢理にでも振り払おうとする冨亜奈へ、少女は口から血を吐きながらも笑みを向ける。全身に残されたマギを活性化させ、自爆を目論んでいた少女は、朦朧としていく意識の中でも体の力を抜く事は無かった。

「クソ、放せ!」

 少女の悪足掻きを前に、悪態と共に腕を振り払おうとしていた冨亜奈は、握り締めた柄を通じて、マリアが徐々に脈動を強めている事に気付いていた。これ以上、妖刀が活性化すれば、とそんな危機感が脳裏を過ぎり、脈動と共連れに彼女の身体は異常をきたし始めていた。

 ──―獣狩りの妖刀。マリア、そしてもう一振り、アンナリーゼが該当する対特型ヒュージ用に開発された2振りの妖刀。

 ヒュージの体液、ひいては彼等の発する負のマギをCHARMの出力に転嫁する機能を持つそれは、身体強化の出力向上に加え、各機に固有能力を有している。固有能力は過剰供給による自壊防止も兼ねて付与されたものであり、発動は即ち機体内部のヒュージ細胞が活性化とそれに伴う高い負荷をもたらす事を意味する。

 狂化し、ヒュージと化した少女のマギを吸う妖刀は、閾値に近づくにつれ、次第に使い手たる冨亜奈への負荷を上げていく。痺れの様な感覚と共に体内心拍数は比例する様に上がっていき、それに伴って柄を伝わる妖刀の力は飛躍的に増していく。

 永遠にも感じられる1分間が過ぎ、自爆用に少女が活性化させた負のマギを、十分な量吸い取った妖刀は、その刀身に葉脈の様な青白い筋を迸らせた。

《転嫁出力80%超過:ACY‐12D マリア:オーバーブラストモード発動》

 無慈悲とも言えるUIの表示がレッドゾーンに突入する事を宣告し、そして、これまで以上に活性化したヒュージ細胞の負荷が冨亜奈を襲った。

「があああっ」

 妖刀を握る右腕に走った激痛、神経を直接掻き毟る様な激しい痛みと共に、その表面にマギで出来た青白い葉脈が走っていく。レッドゾーンに入り、活性化したヒュージ細胞へ激しい拒絶反応を引き起こした彼女の体は、心拍異常や内臓機能異常を引き起こし始めていた。

 そんな供物と引き換えに、妖刀はその真価を発揮する。

「ああああっ、熱い! 熱いぃいいいい!」

 妖刀が突き立てられた少女の前身は、青白い炎に包まれ、その全身に通ったマギを燃料に燃え続けるそれは、叫ぶ彼女を体内から焼き尽くす。絶叫と共にのたうち回っていた矮躯は、数秒と経たずに声と共に動きを止め、やがて煤すら蒼炎に焼き尽くされて消えていった。

 台座を失った妖刀は、その刀身に蒼炎を纏ったまま、崩れ落ちる担い手の手の内に収まっていた。両手を地面に付き、込み上げた吐き気に促されるまま、口から吐き出した冨亜奈は激しく咳き込んだ後、掠れた音を伴って喘ぐ様に激しい呼吸を繰り返す。

 過呼吸症状で意識が飛びかけていた冨亜奈は、おぼつかない足取りで立ち上がると纏わりついた蒼い炎を掻き消す様に振るうと斬撃の軌道に沿う様にして宙に蒼炎が奔り、さながら鬼火の様に漂ったそれは数瞬の後に炸裂した。

 爆風に煽られながら、震える手で冨亜奈が妖刀を納めると同時、辛うじて保っていた意識の糸は切れ、彼女はその場に倒れ込んだ。咄嗟に黄昏が受け止めると、彼女の手から鞘込めの妖刀が滑り落ち、からん、と虚しい音を立てて小さく跳ねた。

 化け物(ヒュージ)と化した少女一人を焼き消し、そして自身の使い手である少女一人を気絶に追い込んだ魔物、それが今、力を失い、単なる鞘込めの日本刀に成り果てていた。

 冨亜奈を抱え、少女がいた黒い焼け跡を見やった黄昏は、少女が飛来した先に気配を感じ、腰のホルスターから拳銃型AHWを引き抜いて構えた。

「はっ、感動の再会に対して随分な応対じゃねえか、クソメガネ。何だ、俺にぶっ殺されてェってのか?」

 気配の先、柳葉刀を手に壁に凭れかかる真霜は、青い血に塗れた顔を笑みに歪め、黄昏を見つめながら暗がりから姿を現す。

「浅木真霜……。なるほど、あのカメラ映像は幻覚では無かったのですね。ご無事で何よりです、浅木さん」

「ほざくんじゃねえ。本当にぶっ殺すぞ」

 振り下ろした柳葉刀の切っ先から青い血を滴らせた真霜、そして応ずる様に銃口と冷ややかな視線を向ける黄昏、同じチームでありながら一触即発のやり取りをする彼女達を、傍から見ていた和美は楽しい見世物を見た様にくつくつと笑い声を漏らした。

 あからさまな挑発の意を込めた笑い声は二人の琴線を揺らし、和美はほぼ同時に彼女達から睨まれた。

「あら怖い怖い。同じ仲間同士で、どうして仲良く出来ないのかしら。不思議よねぇ、優愛さん?」

「ふかすんじゃねえよ、女狐。テメェも俺らと同じ穴の狢だろうが」

「はぁ、やだやだ。品行方正な私を、所構わず吠える狂犬と同類扱いして欲しく無いわねぇ」

「このアマ、言うに事欠いて……!」

 青筋を浮かべ、得物を握る手を震わせながら上段に柳葉刀型のヨートゥンシュベルトを振り上げた真霜は、涼し気な顔の和美の間へ割り込んだ優愛の仲裁を前に一旦矛先を収め、促されるまま、数歩距離を取った。

「それで、あなた、どうやってここに私達がいるって気付いた訳? って聞くまでも無いかしら」

 小馬鹿にした様な態度でそう言った和美は、苛立ちを浮かべた真霜の舌打ちを浴び、返礼と言わんばかりの冷笑を返した。再び青筋を浮かべた真霜が殴りかかろうとするのを優愛が止め、一触即発の状況は再び沈められた。

「お察しの通り、テメェ等がここらでやかましく暴れてたからだよ」

「ああ、やっぱり? まぁ、あなたの耳が腐っててもリジェネレーターで回復するでしょうし、当然よね」

「チッ、一々うるせえな……」

 悪態を吐き、壁に一撃を入れた真霜は、ひびの入ったそれをくだらなさそうに見ながら天を見上げ、大きなため息を吐いた。それを無表情で見ていた和美は、アーヴィングカスタムを拾い上げ、黒のグロス加工に豪奢な金飾りで装飾されたそれを、まじまじと観察する。

「妖刀、アーヴィングカスタム。聞きしに勝る性能ね」

 皮肉る様にそう言った彼女へ、黙々と頷いた黄昏は僅かに覗ける冨亜奈の右腕、手首に向かって収束しつつある葉脈の様な光に気付き、眉間に皺を寄せた。苦しみ悶えていたとは思えない程に安らかな冨亜奈の寝顔、それを無表情で見下ろしながら和美は彼女の袂へ妖刀を添えた。

「話が見えて来ねえんだが、そいつも何だ、妖刀……って奴を持ってたのか?」

 汗で乱れた後頭部を掻きながら問いかけた真霜は、嘲笑と一瞥を返事にした和美に舌打ちを返す。聞いた所でお前は理解しないだろう、とそんな意が込められたそれに、図星を刺される格好になった彼女は、ばつが悪そうに視線を流した。

 視線の流れた先、アステリオンを構える麻衣の背後へ隠される様にしゃがんでいた詩季が目に入った真霜は、優愛の制止を振り切り、そちらへ足を向けた。納刀した真霜が近付くも、反射的に怯えた詩季は、麻衣を盾にして隠れ、陰から様子を伺う。

 明らかに様子がおかしい、と即断した真霜は自身を嘲笑う和美に憎悪の目を向け、腰のヨートゥンシュベルトに手をかけた。

「テメェ、女狐野郎ォ! 詩季に何しやがったァ!」

 激昂と同時に抜刀した真霜は、銃声と共に胸部に走った衝撃に怯み、吐血しながらその場に蹲る。くの時に折り、喀血する彼女へドロウしていたAHWを向け続けた黄昏は、銃口から硝煙を上らせる。

 嫌い合うとは言え、躊躇わず引き金を引いた事に優愛達が動揺する中、ヨートゥンシュベルトを支えに立ち上がった真霜は、恨みがまし気に黄昏を睨み付けた。

「ごほっ……。何、しやがる、このクソメガネ……!」

「内部崩壊防止に向けた実力行使ですが。まさか、そちらから武器を向けておいて、明確な殺意は無かったとでもおっしゃるつもりですか?」

「畜生が……」

 悪態と共に、ひゅうひゅうと苦しげに息を漏らした真霜に冷ややかな目を向けた黄昏は、間に入った和美のハンドサインを受けて銃口を外し、ホルスターへ差し直す。それを他所に、未だ回復し切れない真霜を嘲笑っていた和美は、優愛や麻衣へ牽制する様な笑みを向け、そして再び彼女と向き直る。

「それで、私が何かしたか、って、あなた言ってたわよね? 良いわ、特別に答えてあげる。私は何もしてないわよ。三朝さんは敵に襲われ、治療に関わる記憶を全て消された。だから、今あんな状態になっている」

「……記憶を消されただと? 何を出任せ言ってやがる。誰がどうやってそんな事出来るって言うんだよ!」

「信じられないならそれまでよ。それ以外に理由は無い。私が今、この場でどんなに逆立ちしようが、ね?」

 そう言い、嘲笑を浮かべた和美は、無理に大声を出した真霜が咳き込む様を見て口端を吊り上げ、弓型に歪んだ口の形を更に歪ませる。殺気だった空間に固唾を飲んでいた優愛は、それを中てられた詩季が青い顔で震えているのに気付いた。

 そんな状況も他所に一触即発の状況は変わらず、真霜は和美を睨み付け、今にも彼女を斬り殺さんとばかりの殺気を発していた。

「あ、あの。お二人共、少し落ち着いて……」

 勇気をもって二人の間に割り込み、弱弱しい声色で呼びかけた優愛は、心の許容値が限界を迎え始める詩季と、それとは別に一触即発状態の彼女等とを交互に見やる。彼女の視線に誘われた二人は、何を意図して呼びかけたのかを察し、お互いを視線で牽制しながら矛先を収めた。

 それと同時、折れたあばら共々呼吸も元通りになった真霜は、気だるげに溜め息を吐くと、下ろしていたヨートゥンシュベルトを肩に担った。

「……それで、その詩季の記憶を消した敵ってのは一体何処のどいつなんだ?」

「それは目下調査中よ。と言っても、それを主導していた人物は、この通り昏睡してるけど。まぁ、私達だけで継続は出来るし、支障は無いわ」

「回りくどい事を言ってるが、要は全く分かんねえって事じゃねえかよ」

 くだらなさそうに、そっぽを向きながらそう言った真霜へ、溜め息と共に和美は半目を向ける。理解をするには掻い摘み過ぎた解釈の彼女にほとほと呆れ、反論する気力すら失っていた彼女は、同じ様に呆れている黄昏へアイコンタクトを交わす。

 言葉を失っている彼女等の視線に気付いた真霜は、抑え込んでいた殺気を再び表層化し、肩に担っていた柳葉刀を握る力を強める。

 ぴり、と再び空気が張り詰め、座った目で二人を見据えていた彼女は、冷や水を浴びせる様に絹を裂く様な叫び声に出鼻を挫かれ、振り上げた柳葉刀をゆっくりと下ろした。驚きで見開かれた目が向いた先、蹲り、体を震わせる詩季の姿があった。

 引き付けと共に崩れ落ちていく彼女を咄嗟に支えた優愛は彼女の胸へ当てた手に、多汗による湿り気と分厚い生地越しの不整脈を感じ取る。

 パニック障害を引き起こしていると即断した彼女はアンプルを求めて和美へ視線を向けるが、当の本人は持っていない、と首を横に振る。半ば絶望した目で見返した優愛は、取れる手を全て駆使し、如何にか症状を抑え込む。

 呼吸を整え、詩季の汗を拭いながら彼女を見下ろしていた優愛は、苦々しい顔で和美に視線を向ける。

「三朝さんが限界です。これ以上刺激する様な真似は──―」

 そう言いかける優愛の言葉を押し留める様に、アイコンタクトを交わした和美は、そのまま周囲に目を向け、一時休戦を呼びかける。

 自身が火種である事を棚に上げたそれに、不服を醸していた真霜だったが、詩季の容体を前に渋々と言った体で矛先を収めた。

「それと、本当にアンプルは無いんですか? 一回でも注射が打てれば容体は安定しますが……」

「無いものは無いのよ、優愛さん。取り敢えず、移動よ。全員準備して」

「待って下さい、この状態の三朝さんを連れ回すんですか?」

「ええ。だって現状、抜本的な解決として打てる手は無いんだから。だったら、目的の早期完遂が今採れる一番の手だと、そうは思わない?」

「それは、そうですが……」

 渋々納得する素振りを見せた優愛に、ダメ押しの笑みを向けた和美は興味無さげな真霜達を見回す。残る黄昏も、抵抗の素振りを見せようとしたが、己の内にある合理性に負け、その矛先を収めた。

「異論無し。じゃあ、移動しましょう」

 少し寂し気に音頭を取った和美は、気後れした足取りで前へ出てくる優愛へ視線を流し、ゆっくりとしたウィンクを向ける。一種のアイコンタクトと捉えた彼女は、一礼を返しながらグングニル・カービンを手に、最前に立つ真霜の隣へと移動していく。

 ヨートゥンシュベルトを構えた真霜の背後に付き、右手の得物を立てた優愛は空いた左手を彼女の背に添える。移動の為の準備を終えた彼女等へ続いた和美は、麻衣を伴い、自身の背後に付いた黄昏へ視線を向ける。

 気絶した冨亜奈を背負う彼女は、笑みを向ける和美の耳元へ顔を寄せる。

「早期完遂を優先する事には賛成しましたが、恐らくその前に三朝さんは限界を迎えます。アンプルが誰の手にも存在しない以上、あなたの手から応急処置だけでも施せませんか?」

 大々的に糾弾する気は無いらしい黄昏が耳打ちをするのに、内心の悦びを抑え付けていた和美は、一呼吸を置いて答えた。

「そうね。応急処置として使える方法はある。一時的な催眠状態に陥らせる方法よ。でも、それは私じゃ無理なの。もっと別の人間、人心掌握に優れ、そして三朝詩季が心を許している人間が必要になる」

「それは、つまり……」

「ええ、お察しの通り、この応急処置には姫神渚の助力が必要になる。そう言えば彼女、今何をしているのかしらね」

 ふふ、と笑う和美の目は表情とは裏腹に何かどす黒い感情を渦巻かせ、深淵の様なそれを思わず覗いた黄昏は言葉付けの出来ないそれに内心恐怖を抱いていた。まるでそうする事を望まないかの様な、そう、渚の死を望んでいるかの様な目。

 彼女に雇われて1年、その間には覗けなかった心の深淵がそこにはあった。

「いずれにせよ、この場を早く移動する事が先決よ。準備しなさい、黄昏」

 それ以上を覗かれる事を望まない、と昏い目で告げた和美は、戸惑いがちに頷く彼女から視線を逸らす。“三朝詩季を手に入れられる”と言う願いの成就を前に気を急く欲望が内心で渦巻く。それとは別に、己の職務を全うすべきと言う理性が働き、いつになく雁字搦めになっていた彼女は、決して表に出さない心情の暴れぶりに内心困惑していた。

(いけないわね。まだ決まった訳じゃないのに)

 自嘲気味の薄ら笑いを浮かべ、隊列に従って彼女は先への道を歩み始めた。

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