SNS連携された一般的な動画プラットフォームの一角。奇妙な数列をタイトルとしたそれは、架空の工場を背景に覆面姿の男が中央に鎮座した5分ほどの動画だった。
『我々は、日本解放戦線に名を連ねる『関東新選組』である。今宵、我々は、東京都が隠してきた罪の一つを告発する』
ボイスチェンジャーで声を醜く歪ませた男は、懐から一つの無痛注射を取り出す。
『これは、人間をヒュージに変える薬だ。諸君らはG.E.H.E.N.A.と言う多国籍企業をご存じだろうか。彼等はヒュージに関連する研究機関であり、極秘裏に人類支配を目論む悪徳企業。
そして、この薬品はそのG.E.H.E.N.A.が開発した、人をヒュージ化させる薬なのだ。G.E.H.E.N.A.は、日頃の研究を人類を守る為と謳いながら、あろう事か彼等は人類をヒュージ化させ、それを手先であるリリィに殲滅させる事で我々一般市民を粛清しようとしているのだ。
これは、我々が主張するヒュージが政府によって作られた粛清兵器である事を強く裏付ける証拠である!』
注射を割らんばかりに握り締める男の弁は熱を帯び始める。
『この作られた脅威から人類を守る為、我々はこの悪しき研究に手を染めるG.E.H.E.N.A.やガーデン、そして政府に対し、断固とした態度を取っていく所存である。その一端として八王子にある研究所に攻撃を行った。これは、我々が示す強い抵抗の意思表示だ』
注射薬を地面に叩き付けた男は、折れ、歪んだそれを踏み砕く。
『研究が続く限り、我々は抵抗を止める事は無い! 例え最後の一人になろうとも、我々は断固たる意志で以って迎え討ち、人類に真の平和をもたらすのだ!』
大仰に両手を広げ、眩い太陽の光を映し出した所で動画は終了する。
当の動画は瞬く間にSNSの話題となり、只のイタズラだとする者、格好の玩具だとしてコラージュ動画を作り始める者、そして、彼等の言説を真実だとして崇拝し、支持する者。
「ふたを開ければこれ、か。下らないわね」
補助デバイスを介して動画を見ていたアイネは、横向きにしていた端末を起こす。
下らなさそうに懐に納めた彼女の眼前、添え付けのPCで運送会社の名簿を確認する優愛が苦笑を漏らしていた。
「昨日の一件ですよね?」
「ええ。皆皆、好き勝手に言ってくれて、全く。渦中の人間の気持ちにもなって欲しいわね」
「あぁ。あの声明のお陰で捜査指揮権がウチになったんですよね……」
マウスでスクロールしながらそう言う優愛の隣、開いたPC用の椅子に腰かけたアイネは、憂鬱そうに彼女を見つめる。
「お疲れですか?」
「いいえ。面倒くさいなって思ってるだけ。G.E.H.E.N.A.狙いってはっきりしたからとは言え、地元警察が軒並み撤退するなんて、信じられないわよ」
「でも、国内テロの案件なら流石に地元警察は出て来れないと思います」
対象を見つけたらしい優愛は、印刷ボタンを押し、席を立つ。
印刷物を手に戻ってきた彼女は、内容の確認をしながらアイネに少し視線を向ける。
「まぁ、良いわ。それで、件の履歴は見つかった?」
「はい。昨日の爆破物は港区の集配センターから持ち込みで送られてきたものみたいです。送り主は……個人事業主でしょうか?」
「送り主と住所は偽装の可能性があるから参考程度として、取り敢えず、港区の集配センターね。それだけ分かれば、監査官も良いって言ってくれるわ。じゃあ、撤収しましょう」
そう言い、荷物をまとめたアイネ達は、集配センターの所長室へ向かうと疲れ切った顔の真波と合流した。
「お疲れ様です、監査官。ここの所長はなんと?」
「知らないの一点張りだ。もう少しマシな語彙を期待してたんだがな。それで、どうだった」
「爆発物は港区の集荷センターから移送されてきたものでした」
そう言い、ファイルに入れていた用紙を見せたアイネは、発送元を指差した。
集配センターから出る動きを取った真波は、その他を検めると、用紙を彼女に返却した。
「港区なら一旦戻って体制を整えられるな」
そう言いながら、腕のスマートウォッチを見下ろした彼女は、ニュースサイトの見出しを目にし、ため息を落としながらタップする。
動画サイトでの犯行声明を受け、各マスメディアの報道合戦は過熱しており、遂にはガイドラインを無視し始め、当の研究所には多数の記者が詰めかける騒ぎになっていた。
「どうかされましたか?」
「いや、何。人間、こうもバカになれるんだな、と感心していた所だ。これを見ろ」
「……ああ、なるほど」
転送された記事を見たアイネは、真波の憂鬱について察し、同情の念を向けた。
「……何の為のガイドラインだ、バカバカしい」
社会不安の防止と報道関係者の安全確保の為、極力公安委員会からの情報の報道のみに留める様、ガイドラインが設定されていた。
テロリズムの語源が何なのかを知らないらしい彼等は、自らの命を惜しむ事無く、今この瞬間も犯行現場に詰めかけているのだろう。
「話は変わりますが、あの犯行声明でテロリストが言っていた人をヒュージに変える作用、あれは事実なんですか?」
「ああ、それは事実だ、と言いたい所だがな。あの薬自体、まだ研究中だ。要はまだ、出来もしていない物をあたかも完成品の様に喧伝し、その欠陥を糾弾している、と言う訳だ」
「なるほど。ですが、あの動画の様子だと彼等がそれを知っている様には見えませんが、誰かが意図的に情報を絞っているのでしょうか?」
「一理あるな。どう見たってあの『関東新選組』とやらは末端組織だろう。もっと上位の組織が、意図的に情報を渡していない可能性は高い」
門をくぐり、外に出て行った3人は、対岸のカフェテリアで暇を潰している渚達4人の元へ向かう。
「もし仮にそうだとして、上位の組織が正しい情報を意図的に潰している理由とは何でしょうか?」
「その方が都合が良いからだろう。人の持つ正義に指向性を持たせれば、何よりも強力な兵器になる。弱者に与える情報を意図的にカットアウトして野に放てば、彼等はそれを見て自ら情報の成否を判断したと勘違いさせられる。
自分を疑えない弱者はその判断を強力に信じ込み、結果、周囲との孤立感を強めていく」
「その孤立感が深まり続けると、社会への不満となって爆発。今回の様な事件を引き起こすのですね」
不安そうな優愛に、首肯した真波は苦々しい表情のアイネに気付く。
今の話を聞いて元所属について、思う所があるらしい彼女だったが、触れない方が良いと真波は判断し、横断歩道へと歩みを進める。
「加えて、先週の下北沢の一件が東京都内は勿論、関東エリアの治安に大きな影響を与えている。爆発するのが、『関東新選組』と言う小さな爆弾に限る話じゃない」
話して良いものか、と別の話題を出した真波は昨夜公安委員会のデータベースから引き出した情報を思い返す。
時期としては先週。下北沢で発生した大規模な対ヒュージ戦闘は、外征で駆け付けた百合ヶ丘のレギオンや東京御三家を始めとする名立たるガーデンのリリィ達の尽力と、迅速な避難対応もあって、幸いにも数百人の死傷者で済んだ。
しかし、多数のヒュージの群れの出現に加え、ギガント級及び特型撃破の為にノインヴェルト戦術を行使した結果、下北沢は事実上壊滅状態となり、不幸な住民達は、他の地域への疎開を余儀なくされた。
突然とも言える受け入れにより、実施した関東圏の各地域で摩擦が発生し、危ういバランスを保っていた関東地方の治安情勢は一気に悪化の方向に傾く事となった。
(その結果がこれ、と言うにはあまりにも出来過ぎているな)
バックの組織が何であれ、悪化した治安情勢にかこつけて社会情勢を火の海に変えるにはあまりにもタイミングが良過ぎる。
(狙ってやっている訳でも無さそうだが、それがむしろ状況の悪化に一役噛んでいる、と見るべきだろうな)
あの『関東新選組』とか言うド素人共は、自分達がしでかした事にまだ気付いていない。
彼等が火入れしたのは、爆竹や手持ち花火では無く、何万リットルもの液体爆薬だ。導線が尽きた瞬間、彼等が思う以上の爆発をするだろう。
「お前達も不幸だな。こんな面倒事に付き合わされるとは」
憂鬱そうにそう吐き出した真波は、苦笑を返してきた優愛に何処かやり難そうな表情を浮かべる。
その表情を不思議そうに見上げた優愛の袖を、アイネは顔を向けず、咎める様に掴んだ。
「気を遣わなくて良い」
ふ、と微笑を浮かべた真波は、青に色を変えた信号機を見、慌てていた優愛の背を押しながら道路を横断する。
瞬間、対岸の通りに面していたビルの一室から連続した破裂音が鳴り響き、着色された窓ガラスが砕け散る。
鋭利な刃のシャワーとなったそれが通行人に降り注ぐ中、ぽっかりと空いた窓枠から円筒状の物体が転がり落ちる。
「グレネード!」
知覚していた分、反応が早かったアイネが庇った直後、歩道へゆるりと落下したそれが、通行人達の中心で炸裂する。
火薬の炸裂で加速した金属片が、無辜の市民達をズタズタに引き裂き、白い歩道が一瞬で赤黒く染まる。
「ユア、建物の窓に向けて牽制射!」
手短に指示を飛ばし、真波に被さる形で走り出したアイネは、返って闇雲に投じられた爆弾の嵐を掻い潜る。
何とか目的のカフェテリアへ向かった彼女は、店内の人間を避難させていた渚達と合流する。
「アイネ、状況は!?」
「横断歩道正面のテナントビルの4階で銃撃、恐らく内部はもう駄目ね。今ユアが、牽制射を入れて極力外部に攻撃がいかない様にはしてる」
「どうすれば良い?」
「ナギサ、オリヴィアは内部突入、助走をつけての跳躍でテナントに直接突入して。かなり乱暴だけど、早急に制圧する必要があるから」
「分かった」
そう言いつつ、撃ち合いの状況を見ている渚は、アイネ達2人を後ろに下がらせ、前で盾になる。
その後ろにオリヴィアが張り付き、シューティングモードのティルフィングR型を優愛と撃ち合っているテナントへ向けて構える。
「アイネ、私はどうしたら良い」
「マイは2人の援護、それと私と一緒にユアの救護を。いくらあの子がリリィだと言っても、私達程、スペックが高い訳じゃないから、そう長くは保たないわ」
「……分かってる」
カバーを取り外したアステリオンをシューティングモードに切り替えた麻衣は、待機していた渚とアイコンタクトを取る。
玉突き事故も起こりつつある車道へと走り出した3人を見送ったアイネは、じっと状況を見ている真波の方を振り返る。
言わんとした事が分かった彼女は頷くと、食い意地が勝っているのかティラミスを手掴みしている冨亜奈の方へ振り返る。
「黒木、先導しろ。お前は私の護衛だ」
「ゴホッ! え、何ですか!? 私リリィだから戦えますけど!?」
「お前、実働じゃないだろ。ほら、食いながらで良いから行くぞ。手拭きも持っていけ」
護衛対象である筈の真波に促され、不満タラタラな冨亜奈がその場を離れていく。
途切れ途切れの爆発音を背負っていた彼女は、左腰から得物をそれぞれ引き抜きつつ、振り返り、優愛の元へと走っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、そんなやり取りも知らず一人奮戦していた優愛は、遠距離向けとは程遠いカービンの構造に苦戦していた。
接近戦での取り回しを重視するグングニル・カービンの構造上、照準間の距離が短い為に狙いのズレが起きやすい。
その為、遠距離に位置している窓枠の中、僅かに見えているテロリストの腕や小銃を狙い撃つ事を困難にしていた。
(せめて通常タイプなら……)
まだマシな照準だっただろう、と優愛は内心思いながら、爆発で上部を吹き飛ばしたセダンの陰に隠れる。
世間一般の銃火器と異なり、基本リロードの概念が無いCHARMだが、射撃リソースはリリィの持つマギから供される。
辺りに立ち込める血と肉の焼けた、人死にの匂いが齎す高ストレスに加え、対人用の弱装モードとは言え、無視出来ないCHARMへの供給が、優愛を消耗させていた。
集中力を乱した彼女へ、車に潜り込んだパイプ爆弾が冷水を浴びせる様に炸裂する。
「うぁっ!」
車体をひっくり返すほどの爆圧で彼女は吹き飛ばされ、停車していた車両に叩き付けられる。
彼女の悲鳴をチャンスと見たのか、窓枠から2人の男が体を乗り出し、彼女に向け、正確な銃撃を入れ始める。
「ッ!」
慌てて車の陰に隠れた彼女は、ルーフを貫通し、サイドドアのガラスを撃ち抜いたライフル弾をやり過ごす。
破砕音と共に、車内から悲鳴が響いた直後、ライフル弾の雨が車内をズタズタに引き裂いた。
ホイールを盾にし、身を縮めていた優愛の眼前、ドアの隙間から赤黒い液体が滴り落ち、黒いアスファルトに水溜まりを広げていく。
「ッ!」
死臭と共に口元を覆った優愛は、脳裏に甲州撤退戦の光景をフラッシュバックさせる。
自らの腕の中で看取ってきた多くのリリィ達の死に様、ヒュージに成す術無く蹂躙された人だったモノ。
(今は、そんな時じゃない!)
脳裏のビジョンをどうにか振り払おうとした優愛は、冷水の様に浴びせられた弾幕に晒される。
恐怖による反射で体を縮めた彼女は、車の上から薄い金属板を叩いた様な音に気付き、咄嗟にその場から飛び退いた。
直後、ルーフに落下していたパイプ爆弾が炸裂し、爆圧と破片が優愛に襲い掛かる。
「がっ!」
咄嗟に障壁を展開していた彼女だったが、衝撃だけは如何とも出来ず、セダンの側面に体をぶつけながら1車線向こうに弾き飛ばされた。
道路に叩き付けられた優愛は、ボロボロのグングニル・カービンを手に取り、咳込みながら体を起こす。
そんな彼女目がけ、絶叫と共に径の太いパイプ爆弾が投じられる。振り返った優愛の視界、スローモーションの様に捉えられたそれは横合いからの銃撃に射抜かれ、空中で炸裂する。
「ユア!」
遠く響くアイネの声の方向に、焦点の合わない視線を向けた優愛は、スヴァローグを発砲しながら駆けてくる彼女に手を伸ばす。
滑り込みながらその手を取ったアイネは、反撃を浴びるが隠れていた麻衣の援護を受ける。
『アッシュ3より全ユニット、
冷徹とも取れる報告には、僅かな怒りの色が滲む。射手の感情を代弁する様にアステリオンの砲声が、死人で溢れ返った車列に響く。
轟音を響かせながら、テナントの窓枠に大口径弾を叩き込む麻衣の背後を、拳銃型アンチヒュージウェポンとティルフィングを窓へ構えた渚とオリヴィアが通っていく。
横断歩道を渡り、距離を取った彼女等は、それぞれ得物を構える。
「アッシュ5、アッシュ1、突入開始する」
アンチヒュージウェポンから黒い刀身の日本刀型CHARM『アーヴィングカスタム《サクリファイス》』に持ち替えた渚は、牽制射撃を受け続けるテナントを見上げる。
不敵とも取れる彼女の背に回ったオリヴィアは、ティルフィングをブレイドモードに切り替え、渚の肩に手を置いた。
「3カウントで参りますわよ」
「了解」
「3、2、1。GO!」
合図と同時に、オリヴィアは前へと渚を押し、それに合わせて彼女は瞬発する。
CHARMによる身体強化の出力を最大にしていた2人は、一歩を踏む毎にアスファルトを抉りながら加速する。
ちょうど中間、車線方向が切り替わる瞬間、渚とオリヴィアは大地を抉りながら跳躍した。
「な!?」
窓際に隠れていた男達が、それを見て驚愕するが次の瞬間には銃を振り上げていた。
引き金が引かれ、大型のドラムマガジンから中口径弾が断続的に放たれる。
それを捉えていた渚は、サクリファイスを振るって切り払うと、そのまま内部に突入する。
「何だコイツ!?」
「怯むな! 撃て!」
奥深くまで滑り込む彼女等を銃口で追った彼等は、血と死体だけの薄暗闇を引き裂く様に夥しい量の弾丸をぶち込む。
やがて彼らの弾倉が空になり、辺りは静まり返って再び弾痕だらけの死体だけが彼らの視界に映り込む。
「やったか?」
彼らの内、誰かがそう呟くと同時、音速で投じられたダガーが1人の脳漿を吹き飛ばし、脆くなった窓枠を崩落させ、死体を通りに落下させる。
何が起きたか理解するのに遅れた彼等は、ゆっくりと姿を現した渚に気付き、銃口を向ける。
「何だ、お前!? り、リリィなのか!?」
「そうだと言ったら、どうです? そちらの素性を教えていただけると?」
「だ、誰が言うかよ! くたばれ!」
そう言い、痩せた男が拳銃を向け、渚の頭部に銃弾を撃ち込んだ。ぱん、と頭部に一撃を受け、脳漿を散らした彼女の体から力が抜け落ちる。
くた、とその場に倒れ、男達はあっけない最期に肩を震わせる。
「や、やった。やった! 俺達はリリィを倒したんだ!」
わっと湧き上がった彼等の前、一撃を受ける前の姿のまま、渚は体を起こし、一息つく。
「オリヴィア、彼等に投降の意思は無い。1人だけ生け捕りにして残りは始末する」
「了解ですわ。その確認の取り方はかなり酷いですけども」
「これ位インパクトがある方が、効果あるだろう?」
しんどそうに体を起こした渚の傍ら、飛び散った脳漿がそのままになっており、頭部に銃弾を受けた事を物語っていた。
見慣れた怪現象を前に、呆れ顔で彼女へ手を貸したオリヴィアは、怪力で彼女を持ち上げる。
「な、何なんだよお前!? 死んだんじゃないのか!?」
「ええ。死にましたよ。ワザとね。よくよく考えれば分かる事でしょう? リリィに拳銃なんか効かない事くらい」
「だ、だからって頭吹っ飛ばされて何で生きてる!?」
「それは、企業秘密ですよ」
「く、クソが!」
悪態を吐きつつ、拳銃を振り上げた相手に、渚は腰のダガーを抜き放つ。音速のスイングで放たれたそれは銃を構えた右腕を吹き飛ばす。
絶叫を上げる相手との彼我を一気に詰めた渚は、手にしたサクリファイスを突き出し、心臓を貫き、返す刀で首を斬り飛ばした。
「う、うわああ! バケモノが!」
狼狽し、パイプ爆弾を投じた男に嘲笑を向けた渚は、諸にそれを受けると、生々しい音を立てて被弾箇所を修復していく。
「き、傷が治ってやがる!?」
「何処を見ていますの!」
狼狽える男の側面、距離を詰めていたオリヴィアが、フルスイングのティルフィングを叩き込む。
スイング速度と質量で腰から割断された男は、打ち上げられたボールの様に宙を舞い、自分達が破壊した車列の中に落ちて行った。
「あ、あぁ……」
その場にへたり込み、失禁する男へ歩み寄った渚は、にこやかな笑みを浮かべながら胸倉を掴み上げた。
成人男性を子どもの様に持ち上げた渚は、気道を締め上げられ、窒息しかかる彼を乱雑に死体の山に投げ込んだ。
死んで間もない死体達は、べしゃり、と湿った音を鳴らして体液を男に浴びせる。
「さて、運の良いあなたに何故こんな事をしたのか、はっきりと話していただきましょうか」
周囲を見回しながらそう言う渚は、空気を割きながら得物を振り上げ、男の顎に峰を当てた。
「これは誰かの指示? それともあなた方が独自に計画した?」
「ぜ、前者だ! 東京都内の病院はG.E.H.E.N.A.の手先だから俺達は自分達の身を守る為に行動を!」
「だから、院内の人間全ては愚か通りの人間まで皆殺しに?」
「真実から目を背ける人間を罰して何が悪い! ここにいる連中も、通りの連中も皆G.E.H.E.N.A.を支持する犯罪者だ!」
「……質問を変えましょう」
体中を巡る虫唾を抑え込み、歯を噛んだ渚は声を震わせる。
温厚さを帯びていた目は刃の様に鋭くなり、サクリファイスの切っ先共々、見下ろす男に悍ましいまでの殺気を突き付ける。
「誰かの指示、と答えていただきましたが、その誰かは他に何処を狙うと?」
「し、市民病院。G.E.H.E.N.A.支援の先鋒だとかで、大人数で襲撃すると……!」
「な……。クソ! オリヴィア、アイネに連絡! 八王子市民病院で強襲事件発生の可能性ありだ!」
張った声でそう言った渚は、釣り上げた目を怯え切った男に向けると溜め息の後に顎を蹴り上げて気絶させた。
ぐったりと倒れ込んだ男の腕を拘束して俵を担ぐ様に抱えた彼女は、そのままテナントから飛び降りた。
コンクリートの道路を叩き割り、クレーターを形成した2人は、駆けてきたアイネと合流する。
アイネは、制服の端々に損傷を垣間見させる渚の姿に一瞬目を丸くしながらも、その理由を察した。
「ナギサ……。その格好、またサクリファイスのスキルを使ったのね?」
「ああ。連中をビビらせるのには効果的だろ?」
「身内にとっても心臓に悪いのよ」
顔をしかめたアイネに、苦笑を向けた渚は、担いでいた男を滅茶苦茶に破壊されたセダンのトランクの上に寝かせた。
「それはさておいて、アイネ、次の行動は如何いたしますの?」
「八王子市民病院に向かうわ。情報の正誤がどうであれ、何かがあってはならない場所なのは間違い無いわ」
「ですわね」
血振りしたティルフィングを逆手に持ち替えたオリヴィアは、渚と共にアイネの先導で優愛達の元へ向かう。
激しく消耗した優愛に付き添っていた麻衣は、戻って来たアイネを見上げ、アステリオンを手に取る。
「優愛はさっきの戦闘で消耗しているから、一旦監査官に預ける。病院へは私達4人で向かい、状況次第では制圧に移行する」
「……すいません。よろしくお願いします」
「監査官が到着した。行動を開始しましょう。渚達は先に。私は後から追うから」
そう言い、渚達3人を先行させたアイネは、優愛を回収しに来た真波と対面する。
「ご苦労、クラウンベック。後の面倒は任せろ」
「お願いします。あっちのセダンの上に、今回のテロに加担した被疑者を置いてありますので」
「何? ……あぁ、分かった。回収を手配しよう。後は無いな? では、気をつけてな。私も後から追う」
そう言った真波に一礼したアイネが、バネに弾かれた様に跳躍し、ビルの屋上を伝って病院の方角へと消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
市民病院が面する通りは剣呑な雰囲気に包まれ、武装した民衆が我が物顔で闊歩していた。
「G.E.H.E.N.A.と結託し、市民生活を脅かす医療関係者を許すな!」
「悪魔の手先に死の鉄槌を!」
「現実から目を背け、悪魔達に手を貸す犯罪者達を殺せ!」
口々に定形化された罵詈雑言を放ち、手にしたアサルトライフルを高く掲げた彼等は、無許可のデモ行進を止めようとしたらしい警官達の死体を踏み越える。
難十発と弾丸を受け、ザクロの様になった弾痕には生乾きになった大量の血が張り付いており、彼らの憎悪の程を語っていた。
病院まで数十メートル。デモの人数は百名近く、その誰もがぼろの古着を身にまとい、各々の武器を手にしていた。
「皆、準備は良いな!」
威勢良く前振りを放った首謀格は、市民病院の門が閉じられている事に気付いた。
まだ昼時であり、閉院時間にはかなり早い。面食らっていた首謀格は、ロータリーに立つ2人の少女に気付いた。
彼等は名を知る由も無いが、麻衣と共に病院に先回りしていた渚とオリヴィアが、門を挟んで彼等と睨み合う。
「クソ、乗り越えるぞ!」
そう叫び、門に手をかけた首謀格の上方から声が投げかけられる。
『デモ隊に告ぐ。その門は我々が敷いた警戒線である。そこを乗り越えた瞬間、あなた方は当院に対し、危害を加えるものと見做します。越境後の投降、降伏は一切受け付けないものとする。賢明な判断を』
市民病院の屋上、拡声器を手にしたアイネがデモ隊に呼びかけ、彼女の隣ではアステリオンを構えた麻衣が、よじ登る手を止めている首謀格に照準を合わせていた。
体をなるべく揺らさない様、深呼吸を繰り返す彼女は、自身のレアスキル『天の秤目』の起動を維持したまま、呆れ気味に拡声器を置いたアイネに呼びかける。
「連中、言う事聞くと思う?」
「あり得ないわね。門を乗り越えたら撃って良いわ」
「分かってる」
ため息を漏らすアイネに、気だるげに答えた麻衣はトリガー上部を叩きながら視界の男の動向を見守る。
案の定男は先陣を切って門をよじ登っており、麻衣は呆れ、深いため息を吐いて引き金に指をかけた。
「アッシュ3、オープンファイア」
「どうぞ」
短く宣言した麻衣に、手頃な配電ボックスに腰かけていたアイネは行動を促した。
無慈悲に引き金が引かれると同時、轟音と共にアステリオンが大口径弾を吐き出し、狙いの先にいた首謀格の上半身を霧散させる。
「
止めていた呼吸を取り戻すと同時にそう告げた麻衣は、散る所か勢いを増した群衆に舌打ちする。
堰を切った様に敷地に入り込んでいく民衆に連続で発砲した彼女は、そこから放たれた至近弾を受けて、咄嗟に飛び退いた。
「クソが、何で民間人がアサルトライフルなんか持ってんだよ」
「自衛火器でしょうね。届けはいるけど」
「そう言う殊勝な事してると思うか、あんな連中が」
「百パーあり得ないわね」
悪態を吐きながらライフル持ちを重点的に狙った麻衣は、時代劇かの様に、群衆を斬り捨てていく渚達を一瞬視界に入れる。
彼我の距離から適切な攻撃に切り替え、見た目に反して堅実に戦うオリヴィアに対し、剣で銃弾を弾き、強化された身体能力とを合わせ、強引に自分の距離まで詰め寄る渚。
距離の詰め方はともかく、寄った後の彼女の動きは、効率的な人殺しの動きを見て取れた。
(渚のアレ、冗談じゃなかったんだ)
一昨年の春、まだ彼女が百合ヶ丘女学院の生徒だった頃、御台場女学校中等部で新陰流裏太刀の類を修めたと、自己紹介の場で冗談めかしていた。
新陰流裏太刀が殺人剣と呼ばれている事は、昔のゲームを介して知っていた麻衣は、リリィが殺人術を修めいるなどただの冗談だろうと思っていたが。
それが冗談の類では無いと証明する様に、ヒュージを相手取っている時よりも、動きの良い彼女は刀一本でオリヴィアの1.5倍近い数の人間を屠っていた。
「凄いわね……」
レアスキルで状況を俯瞰しているらしいアイネが、独り言ちる中、下は数名を残して片付けられていた。
あの乱戦の中、数人を生かしておけるだけの余裕が渚にはあったらしく、拘束している様な素振りが麻衣の視界に移る。
『アッシュ5よりアッシュ4。オールクリア』
「アッシュ4、
『4人。けど、僕達の戦いぶりでショックを受けてるみたい。すぐに尋問は無理かなぁ』
「分かったわ。そっちの損害は?」
『僕は無傷だよ。被弾してないからね。オリヴィアも、障壁で防いでたから体は何とも無いよ。ティルフは何か、不調みたいだけど』
「はぁ……。この場で一概に言えないから、戻ってフアナに見てもらいましょうか。それで、病棟は?」
『1階に十数発位流れ弾の跡がある位かな。5階以上に被害は無いよ。念付けで奥に避難してもらって正解だったね』
ははは、と笑う渚に苦笑を漏らすアイネは、持ち運び用にブレードモードへ切り替えた麻衣に視線を向ける。
呆れ顔の彼女は、下に降りる様、ハンドサインを出し、アイネに手を差し伸べる。
「行くよ、お姫様」
「そんな柄じゃないわよ」
「知ってるよ」
笑うアイネに、ムッとした麻衣は彼女を抱き寄せると病棟の屋上から飛び降りる。
数度障壁を張って足場にすると、柔らかく地表に着地した。
「う……。くっさ。アンタ等殺し過ぎでしょ」
「一番強烈だったの、君が撃ち殺した時だったよ。弾着時に上半身霧散してたからね。モード切替してないのかい?」
「弾道特性変わるから早々変えれねえっつの。近接ゴリラ共とは武器の使い方違うんだよ」
死体が臭わす悪臭に苛立ちが止まらない麻衣は、返り血で赤黒い姿で笑う渚を流し見て眉を顰める。
口元を抑えたアイネが、バス停のベンチに腰掛ける中、渚は、オリヴィアの方へ向かう。
「オリヴィア、ティルフの様子、どうだい?」
「ダメですわ。可動部に何か挟まっているみたいで、変形出来なくなってます」
地面に突き立てられたティルフィングの可動部に目を向けた渚は、コアから送信された自己診断を見ているオリヴィアを見上げる。
腕を振り、ホログラフィックで出来たウィンドウを閉じた彼女は血だらけのロータリーを見回す。
「本当に私達がやったんですのね。これを」
目を伏せ、緊張をほぐす様に深く息を吐いたオリヴィアはタイヤが軋む音に気付き、目を開けた。
セダンタイプのパトカーが病院前に停車しており、冨亜奈と共に門を乗り越えた真波が、ロータリー内の惨劇に言葉を失っていた。
「派手にやったな」
ロータリーと、色が変わるほど返り血を浴びた渚達を前に、真波はそう言葉を作る。
吐き戻しはせずとも、顔を青冷めさせる冨亜奈がオリヴィアに呼び止められる中、紙巻を取り出した真波がそれに火を点ける。
「クラウンベック……は、体調悪そうだな。姫神、状況報告」
「敷地内に侵入したテロリストは4名を残し、全て殺害しました。病棟に損傷はありますが、医療関係者、利用者、入院患者の方々は奥に避難頂いているので、被害は薄いかと」
「了解した。そちらは警察に確認してもらうとして、我々は一旦霞ヶ関へ戻ろう。そんな恰好で任務を続行させたくは無いしな」
「お気遣い、感謝します」
「いや、何。血みどろの少女が港区の都会を闊歩していたらそれこそ通報案件だからな」
ふ、と笑い、口に紙巻を咥えた真波は、凄惨な虐殺の跡を流し見ると、渚が得物を握ったままである事に気付いた。
「姫神、刀を納めろ。そろそろ警官共に何を言われるか分からん」
紫煙と共に言葉を吐き出した彼女は、やり難そうな彼女に眉をひそめた。
血振りし、納刀の動作を取った渚が鞘に黒い刀身を収める。それと同時、彼女の脳に抑制されていた情報が流れ込む。
彼女が殺す暴徒が発した断末魔、死臭、死に様等、“戦闘には不要なストレス”の類が、サクリファイスの機能停止と同時に渚を襲い、彼女は膝を折る。
数回に分けて嘔吐した彼女は、遺産を気管に吸い込んで噎せ込み、苦しげに呼吸を繰り返す。
「姫神! 姫神! どうした!?」
煙草を投げ捨て、駆け寄った真波は、体を震わせる彼女の背を擦りながら容体を確認する。
ハンカチを取り出し、口元を拭った真波は、酷く汗を掻き、目の焦点を失っている渚に、異常さを覚えていた。
(武装停止と同時にこの反応、例の『妖刀』とやらの仕業か)
渚から提供されたサクリファイスのスペックノートを思い出した真波は、光すら吸収してしまいそうな漆黒の太刀が持つ“スキル”について思い出していた。
(鞘から抜き放つと起動し、リジェネレイト以上の超再生能力と使用者を最高のパフォーマンスが発揮できる様に改造する、か)
前者はともかく、後者の能力が戦い終えた彼女をこうも痛めつけたのだろう。
最高のパフォーマンスの対象は、肉体だけでなく精神面も含まれ、彼女自身の精神を極めて冷静かつ穏やかな状態に固定する。
その間に体が感じ取る筈の余分な情報は改造の一環で抑制され、何ら処理される事無く蓄積され続ける。
そして、溜め込まれたそれらはサクリファイスの機能停止と同時、使用者に還元され、妖刀の担い手は堆積された猛毒へ極めて無防備に晒される事になる。
(固有のスキルを持つブーステッドCHARM等、眉唾物だと思っていたが、こうも実演されるとな)
信じざるを得ない、と真波は内心で結論付け、自ら預かった部下の容体を測った。
「落ち着いてきたか?」
意識面の確認も兼ね、問いかけた真波は無言で頷く渚に胸を撫で下ろし、立ち上がろうとする彼女を支えた。
「すいません、お見苦しい所を」
「構うな。何が原因かは概ね推察している。自分でどうする事も出来ない事を、お前が気に病む事は無い」
「……ありがとうございます」
浅く礼をした渚の肩を叩いた真波は、到着した警察の増援を遠目に確認し、一息ついた。
もうここにいる理由は無い。悪童の落書きの様な惨殺劇も、一旦ここで終幕だ。
「オールユニット、一旦霞ヶ関に帰るぞ」
開門と同時の惨劇に面食らっている現場責任者の元に向かいながら、真波はそう指示を出した。