階層は変わり、地下29階。アイネ達と共に順調に歩を進めていた渚は、シューティングモードのティルフィングを構えたオリヴィアを相方に相変わらず薄暗い廊下を前進していた。左の逆手で持ったサクリファイスと共に拳銃型AHWを進行方向に構え、ゆっくりと舐める様にして周囲を走査する彼女は、横並びにティルフィングの重機関銃を構える彼女へ一度視線を流す。
軽量且つコンパクトであるR型を装備していても、肩に担って構えるスタイルであるティルフィングのシューティングモードは著しく視界を限定される。ブレード部を直角に曲げ、基部から砲身を露出させたそれを右肩に担う彼女は、現在右側の視界をブレードに占有されている状態にあり、錆止め塗装だけが施された刃の向こうを知る事が出来なくなっていた。
通常、屋内戦では天井や壁によって機動力に制限がかかる上、入り組んだ構造によって機動力を発揮出来ず、加えて見通しの悪さから不意の遭遇戦が起こりやすい。ただでさえ死角が生じやすい状況に置いて、構造上の問題を抱えたティルフィングは屋内戦では不利な武器と評するべき物であり、それ故に渚とオリヴィアは走査範囲を交錯させる事でお互いの死角を補い合っていた。
一定のリズムでそれぞれの銃口を巡らせる彼女達は、やがて十字路に差し掛かる。オリヴィア共々壁を背に停止した渚は、後続の詩季と真霜へハンドサインを出して一時停止させ、ゆっくりと姿勢を落とす。視界にティルフィングが重ならない高さまで姿勢を落とした渚は、銃口と同期した左目でオリヴィアの背面方向を確認する。真っ暗闇の視界には疎らに体の一部を欠いた年齢様々の死体しか無く、生理的な嫌悪感を吐息にして吐いた彼女は、同じ様な光景を見たらしいオリヴィアとアイコンタクトを交わし、お互いに頷き合う。
指で3を作ってみせた渚は、3カウントを示すそれに頷いたオリヴィアと共に身構えると手にした拳銃型AHWを軽く上下に振る。ゆらゆらと揺れるAHWがメトロノームよろしくカウントを刻み、上振れたそれが折り返し、3をカウントした瞬間、正面へ視線を向けたオリヴィアがティルフィングを手に瞬発し、曲がり角へと銃口と共に身を晒す。
銃口管理の観点から、銃身を上下に振る事が難しいティルフィングを使用するオリヴィアが先行し、それに少し遅れて渚も曲がり角を曲がり、闇一色に染まった廊下へと銃口を巡らせる。
「左クリア」
「右クリア」
確認を終えたそれぞれが符丁を打ち、それを合図に待機していた詩季と真霜が背中合わせになった彼女等の間を通り、アイネ達を引き連れて先行する。
「ラスト」
最後尾の麻衣が符丁を唱えながら渚の傍を通り過ぎ、彼女の肩を強く叩く。声とボディタッチでの合図を受け取った渚は頷きを返し、オリヴィアへ同様の合図を送ると彼女を最後尾に置いて撤収し、時折後方を警戒しながら麻衣の後を追う。そんな彼女達と代わり、真霜の後に続き、隊列の前を進む詩季は予定通りラボの中心へと進路を取り、逆手に持ったヨートゥンシュベルトと共に拳銃型AHWを構え、月光が差し込む方へ歩を進めながら周囲に銃口を巡らせる。
渚達と同様に軍隊然とした構えを取る詩季とは対照に、ギャングかチンピラの如く、左手に持った拳銃型のAHWを斜めに構える真霜は気怠そうに右手のヨートゥンシュベルトを肩に担いつつ、浅く伸ばしたそれを周囲に巡らせる。
リジェネレーターを前提とした粗雑とも言える動きを取る彼女が無言で曲がり角を抜ける中、彼女の後を追っていた詩季は不意に襲い掛かったフラッシュバックに表情を歪め、半ば無意識下に動かしていた体を大きくふらつかせる。
「ダウン5?」
壁に体を叩き付ける様にふらついた彼女へ直後に位置していた黄昏が心配そうな声をかける。続く言葉に聞き取れなくなる程の酷く歪んだエフェクトがかかる中、壁を支えに立ち上がった詩季は、何か話しているらしい黄昏へ微笑を返すと、彼女の姿が明滅と共に顔見知りだった同級生の姿と交互に入れ替わる。
『あなたが助けていれば、あの子は──―』
詩季のクラスメイトと幼馴染だった彼女は泣き腫らした顔でそう言いかかり、恐怖から咄嗟に引き金へ指をかけた詩季は酷い耳鳴りと共に元に戻った視界にダインスレイヴを盾に構えた黄昏の姿を映し出した。
「ご、ごめんなさい。私……」
「いえ、私の事はご心配無く。それよりも、あなたの方こそ大丈夫ですか? 随分と、その、怯えてらっしゃいましたが」
「え、あ……。だ、大丈夫、だよ。うん……」
誤魔化す様に笑い、視線を背けた詩季へ不満を滲ませた相槌を打った黄昏はばつの悪そうな彼女が慌てた様に真霜を追うのを見送り、小さな溜息を吐きながら彼女の後を追う。
(時期尚早、だったのでしょうか)
眉間にしわを寄せた黄昏が内心でそう呟く中、先を行く詩季はぐるぐると脳内を渦巻くフラッシュバックに苛まれていた。
『痛いよ……。助けて……。三朝さん……』
『あなたがあの場を離れてなければ私の娘は!』
『死にたくない! 助けて、詩季! いやァああああッ!』
『あなたはあの子を見殺しにしたの!』
『助けてくださいませ、シキ! 私は、まだ! 死にたく──―』
『彼女とはお茶会の約束をしていましたのよ、それをあなたは!』
頭にこびり付いた、クラスメイトや後輩が死んだ前後の記憶。断末魔の叫びと、遺族や友人達からの叱責、恨みがましげな目、これ見よがしな泣き顔。自分のせいだ、と責め続ける事でしか背負えなかった何もかも。
『美晴お義姉様を殺したのはお前だ! 三朝詩季!』
ルームメイトであり、最愛の親友である鹿島美春が死んだ時の記憶。死の真相も、彼女を介護していた自分への気持ちも、何もかもが分からない状況で、彼女の義妹から激しい糾弾と憎悪を向けられた記憶。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった彼女にヨートゥンシュベルトを向けられた記憶。
『夏輝を奪うだけじゃ物足りなかったのか、この人殺し! 私はお前を許さない! いつか! 絶対! 二人の仇を取ってやる!』
どうして夏輝の名前が出るのか。どうして彼女に恨まれるのか、自分には分からない。だって美春は自分から死んだ。地獄から逃れる為に、自分から死んだ。私が、何もしてあげられなかったから。地獄からあの子を救ってあげられなかったから。
友人も、後輩も、親友も。自分と親交を深めてくれた誰も彼もを、冷たい墓標に叩き込んだから。リリィとしてでは無く、一人の個人として、自分を尊敬してくれた人達を、この地獄から救い出す事が出来なかったから。
だからこそ、自分は死んでいった人々から恨まれていなければならない。彼女達が当たり前の様に得る筈だった
──―不甲斐無い自分のせいで、彼女達が犠牲になった事を一生忘れてはいけない。
早鐘を打つ心臓を抑えながら壁に凭れかかった詩季は、自己暗示をかける様にそう内心で呟くと覚束無い足取りで先を行く真霜を追う。
壁に体を擦り付けながら一歩を踏む度、収まる気配の無い鼓動は次第に速度を速めていき、過呼吸症状の発症と共に詩季の視界を歪ませる。呼吸の乱れと共に僅かだった耳鳴りも次第に大きくなり、耳鳴りの大きさに反比例して現実の音が消えていく。
次第に下がっていく視界では、青白くぼんやりとした月明かりがAHWの発砲炎らしきオレンジ色に塗り潰され、慌ただしく駆ける黄昏達の雑踏に踏み潰されていき、次いで夥しい量の閃光が様々な色のカクテルを瞬かせる。
──―皆、戦ってる。
飛び散った閃光を浴び、俯いた視界にある程度の規律を保って戦う渚達の影を捉えた詩季は、壁に拳銃のグリップ底を押し付け、それを支えに立ち上がろうとする。まるで生まれたての小鹿の様に足を震わせ、覚束無い足取りで立ち上がった彼女は自身を支える様に伸ばされた手を歪んだ視界に捉え、そちらが伸びる方へ視線を向ける。
視線を向けた先、CHARMを持たない優愛が心配そうな顔を浮かべながら両手を伸ばしており、容体を確かめる為の言葉を繰り返し口にしている様だった。
その背後、フリスを手にした和美は優愛に対応を任せ、自身は遠巻きに詩季の容体を観察している様で、眉間に僅かなしわを寄せ、真剣な表情を浮かべて観察していた。
介抱の為に隊列から離れているのであろう二人からの視線に晒された詩季は、どう返すべきかも思いつかず、ただ力無い笑みを返答に返し、逃げる様に顔を背ける事しか出来なかった。
そして、優愛達から逃げる様に一歩を踏んだ詩季は、体側を壁に擦らせながらアイネと共に銃撃戦を繰り広げる黄昏の背に向けて歩みを進めていく。出力を絞ったバスターランチャーの閃光とスヴァローグの発砲炎のカクテルが疲弊した詩季の目を晦ませ、覚束無い足元を更に不安定にさせる。
乱れた呼吸は整う気配を見せず、足を縺れさせた彼女はその場に倒れ込み、受け身もろくに取れないまま、倒れた衝撃で朦朧としかけていた意識を飛ばしかける。横倒しになった視界には徐々に暗転がかかっていき、僅かな視界には慌てて駆け寄った優愛の足元がぼんやりとした像を結んで映り込む。
──―戦わなきゃ。
渚達の為に、今の
そう思っても、満足に体は動かない。辛うじて瞼を閉じずにいる詩季は、浅い呼吸をしながら辛うじて動いた目と頭を僅かに動かし、腰のバッグを探りながら和美に対応を仰ぐ優愛を見上げる。対処に当たる彼女の必死な表情が記憶の中の美春と重なり、動きの鈍った頭で幾重もの記憶をフラッシュバックさせた詩季は僅かな呻き声を上げる。
『私は、彼女を恨んでなんていない』
記憶の最後のページ、何処からともなく聞こえた彼女の声を思い出した詩季は無意識下で両手に力を込める。
あの時、あなたは何も言わず自分を置いて逝った。だから、自分はずっと恨まれていると思っていた。そうじゃなければ、あなたが死んだ事を受け入れられないから。
なのにあの時の彼女の声はそうじゃないと言っていた。
──―ならどうして、私を置いて逝ったの……?
内心でそう呟き、小さく歯噛みした詩季は仰向けに起こされた視界に映り込んだ美春へと手を伸ばす。
「み、はる……」
恨みと困惑を交えた、か細い声と共に詩季は力無く優愛へと手を伸ばした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
真霜の会敵に端を発したG.E.H.E.N.A.執行部隊との戦闘はやや優勢を保ちつつも、対人戦闘に置いてリリィ以上の手練れである兵士達の連携を前に圧倒しきれない場面が続いており、アイネと黄昏の援護を受け、攪乱を意図して切り込んでいた渚達AZは各々少なくないダメージを受けつつも着実にその数を減らしていた。
AZ総出で10人程を切り捨てた渚だったが、別働隊からの弾幕によって次の行動を封じられ、冨亜奈共々破孔部に辛うじて残された壁の残骸へ身を隠していた。身を伏せ、やり過ごす一方の彼女等が隠れている残骸に夥しい量の弾幕が叩き付けられ、砂埃が撒き上がる中、反撃としてAHWを放っていた渚はスライドオープンしたそれを引っ込めながら、隣でグングニル・カービンを放つ冨亜奈へ叫ぶ。
「冨亜奈、あと何人だ?!」
「え?! 何て?!」
「残敵は後何人だって言ってる!」
「あーえー、分かんない! つかこんな状況で見える訳無いっしょお!?」
「まぁ、それもそうか。あ、聞こえてない」
苦笑を浮かべ、怪訝そうに眉間に皺を寄せる彼女から視線を逸らした渚は、残弾切れになり、スライドを戻したAHWをホルスターへ差し直すと、床へ寝かせていたサクリファイスを右手に取り、右目を残骸から覗かせる。
鉄筋越しに破孔の向こう側を見た彼女は乱れ咲くマズルフラッシュの方へ視線を向け、様子を窺う。
(マズルフラッシュの数は5つ、途切れるタイミングはまばらだが何れも2秒以内に射撃が再開する。リロードタイミングと考えるには些か早い。恐らく何人かでローテーションしていると見るのが妥当。となると甘く見積もって2分隊くらいか)
そう思案しながら様子を見ていた渚は鉄筋へ直撃した弾丸に体を引くと、冨亜奈の体越しにアイネの方へ視線を向けながら通信機を起動する。
「ダウン6よりダウン7へ。そっちから敵性勢力は確認出来てる?」
『ダウン7よりダウン6へ。
「こっちは弾幕を張られてて誰も身動きが取れない。防護障壁任せで突破する事も考えたけど、この弾幕の厚さじゃ相手へ到達する前に障壁が破られるだろうから断念した」
『賢明ね。なら、こちらでお膳立てをしてあげましょう。今現在我々にちょっかいを出している敵性へこちらから牽制を行います。それなら後は、あなた達だけで何とか出来るでしょう? ダウン6?』
「ああ。ご期待に応えられる様、善処させてもらうよ。ダウン7」
アイネがいるであろう薄暗い空間に向けて苦笑を返していた渚は呆れ顔を浮かべる冨亜奈と目が合い、気まずそうに視線を逸らした。
「そんでー? アイネん、何て?」
現在進行形で銃弾を受け続ける壁に凭れ、銃身から蜃気楼を浮かべる得物の機関部を解放した冨亜奈は、気の抜けた音と共に外気に晒されたそれを見下ろす。前衛での援護役を一手に引き受けた弊害により赤熱化した機関部からは白煙が立ち上り、薄暗闇には目立ちすぎる照り返しを受けた彼女は不意に視認性を頭に過ぎらせ、早々に機関部を閉鎖すると俯せの姿勢を取る渚を見下ろす。
「向こうで弾幕に対応してくれるってさ。向こうが撃ち出したら斬り込むんで、援護よろしく」
「はーあ、援護ォ? あーい変わらずナギは気軽に言ってくれるねぇ。これさぁ、借り物なんだよ? いつも以上に丁寧に使わなきゃいけないの!」
「それなら大丈夫。壊しても優愛なら笑って許してくれるさ」
「分かって無いねぇ、ぶっ壊したら司令塔と妹さんに怒られんの! 貴重な戦力減らすなってさぁ!」
「ああ、なるほど。そう言う事か。ご愁傷さん」
皮肉る様に笑った渚に、青い顔を返した冨亜奈は諦観と共に溜め息を吐くと、再び機関部を解放する。仄かに赤みを帯びたそれを見下ろした彼女は、覚悟を決めると一呼吸入れながら機関部を閉鎖する。半ば呆れ気味の行為に、申し訳なさそうに苦笑を向けた渚は通信機を起動しながら、立てられた冨亜奈の片膝越しに隣の壁に陣取るオリヴィアへと視線を向ける。
「ダウン6よりダウン2。ダウン7から新たな指示が来た。弾幕はどうにかするから突っ込め、ってさ」
『あぁ……。全く、相変わらず人使いの荒い司令塔ですわね。一先ず指示については了解ですわ、それでこれからどうしますの?』
「向こうの砲狙撃を待ってから敵に突っ込む。僕が先鋒、君とダウン1は後から来てくれれば良い。分かりやすくて良いだろ?」
ぎこちない笑みを浮かべながら指示を出す渚に、半ば呆れた様な表情を浮かべたオリヴィアは溜め息を吐きながら残弾僅かなAHWを右手にマズルフラッシュの絶えない対岸の様子を窺う。
──―今、ティルフィングは使えない。
伏せ身で対応しなければならないこの状況では姿勢が制限され、肩に担う射撃姿勢を取るティルフィングは体への負担が大きく、かと言って負荷の少ない姿勢を取るとなると自然と膝立ちになり、敵の弾幕へ大きく身を晒す事になってしまう。いくら超常の力を操るリリィとは言えど、長時間銃火に晒され続ければ無傷では済まない。ましてや今のオリヴィアは渚達同様、連戦での疲労と消耗を受けて万全には程遠い状態にあり、その状態で被弾して無事でいられる保証は無い。
『要はさっきと同じ、と。まぁ、言っても無駄でしょうけど、くれぐれも無茶はしない様にしてくださいまし。被弾すればマギを消耗するのですから、その分、こちらの兵站に負荷をかける事になりますのよ?』
言いながら残る数発を放ったオリヴィアは、スライドオープンしたそれを引っ込めながらスナップを利かせ、空になった弾倉を振り落とす。弾丸の如き勢いを以って壁へ飛ばされた空弾倉が砕け散る中、浴びせられた倍返しを壁裏に身を潜める事でやり過ごした彼女は、左手に持っていたティルフィングを手放すと腰から予備弾倉を引き抜く。
体側でティルフィングを支えつつ、予備弾倉をグリップ底部に叩き込んだ彼女は、開いたままのスライドを引いてロック解除を行うと、凭れ掛からせていたティルフィングの柄を掴み、浅く持ち上げながら姿勢を整える。
『聞いてますの? ダウン6』
「聞いてるよ、ダウン2。君の小言には善処するとしか言えないけどさ」
『ええ、期待していますわよ』
「へぇ、珍しいね。期待してないとか何とか、いつもは言うのにさ」
『今回はいつもと事情が違いますから。望み薄でも期待せざるを得ないんですのよ』
ため息交じりの達観した様な口調でそう返したオリヴィアに、苦笑を浮かべた渚は左腕と両足で体を支えながらクラウチングスタートの姿勢を取る。未だ弾着の火花を散らす鉄筋越しに5つのマズルフラッシュを見据えた彼女は、銃声と共に壁へ叩き付けられた粒子ビームと大口径弾に口端を吊り上げる。
「じゃあ、皆。作戦開始だ」
そう告げると同時、身体強化の出力を最大まで上げた渚は体を起こしながら瞬発する。ビームと弾丸の弾着に怯んだのか、一瞬弾幕が途切れ、その間に距離を詰める彼女は自身の総身を刺す様な殺気に気付き、左体側からのマギ放射と同時に壁へ向けて跳躍する。
跳躍と共にサクリファイスを壁へ突き立て、銃撃を回避した渚は照準が向くより前に三角飛びで天地逆転しながら天井へ張り付く。過集中によってスローモーションになる視界にゆっくりと花開いていくマズルフラッシュを捉えると同時に天井を蹴り、床面へと飛び降りた渚は前ロールで受け身を取りながら走り続ける。
オリヴィアと冨亜奈からの援護も加わる中、直撃弾をサクリファイスで切り払った渚は十分に加速しきった事を確信し、針の様に伸びる殺気を感じ取って縦横無尽に回避する。
致命傷だけを避け、着実に距離を詰めていった渚は、相変わらず動揺する素振りを見せない兵士達を視認すると、内心で違和感を感じながらサクリファイスを構えた。瞬間、断続的な左右2つのマズルフラッシュが数珠繋ぎの銃声と共に瞬き、鋭く息を入れながら身を躱した渚は、下段に構えた得物を地面に擦らせながらその距離を詰める。
接近を止められないと早々に断じた射手達が後退の動きを取る中、距離の近い右側に位置していた1人を間合いに収めんと加速し続けていた渚は真横からの殺気を察知すると、加速の勢いはそのままに前へ跳躍し、後方から放たれた弾丸を回避する。束の間低空を滑空した渚は左手で減速をかけると、殺しきれない勢いを利用して前方転回しながら距離を詰め、体勢を戻す勢いを利用して狙いの1人へ袈裟に斬りかかる。
咄嗟に盾として突き出されたライフル諸共、深く斬り付けた渚は肌を刺す殺気に気付き、刃を引き切りながら共に体を後ろに引く。尾を引いた前髪を擦過したライフル弾が掠めた毛先を焼き切り、弾丸の飛来方向へ身構えようとした彼女は、それを制する様に真正面から放たれた同質の殺気に気付き、直後に放たれた拳銃弾を一刀の下に弾き飛ばす。
斬り捨てた兵士が倒れ伏す向こう、腰溜めに拳銃を構えた兵士の目には斬り捨てられた味方への動揺の色は無く、生気の無い虚ろな目は構えられた拳銃の照星越しに渚を捉える。その目の異常さについて内心で合点した渚は、冷や水をかける様に撃発した拳銃へ反射的にサクリファイスを振り上げ、放たれた弾丸を切り飛ばす。
そのまま立て続けに放たれた弾丸を弾き飛ばした渚は距離を詰めて斬りかかろうとするが、直前、真横からの殺気を感じ取り、後ろに身を逸らす。直後、彼女の眼前をライフル弾が擦過し、強烈な衝撃波が横殴りに頬を嬲る。円錐状に衝撃波を纏ったライフル弾に引っ張られる様にして身を回した渚は千切らんばかりの衝撃を受け流すと、畳み掛ける様にして浴びせられたライフル弾の弾雨をサクリファイスで凌いだ。
「くっ!」
重圧をかけるが如き苛烈な攻撃に負け、後退りながらも放たれた攻撃全てを凌いで見せた渚は、攻め入る隙も無い銃撃の嵐を前に苦しげに歯を噛む。
(このままでは!)
内心の焦りを表情に滲ませた渚は苦し紛れに腰へ手を回し、バックアップで差していたコンバットナイフを投じる。空気を切り裂きながら飛翔したナイフが拳銃からライフルへ持ち替えようとしていた射手の脳髄を刺し貫き、割れたスイカの様に頭蓋に包まれていたあらゆる物が飛び散っていく。頭部が破裂し、束の間痙攣した射手は凄惨極まりない死に体を周囲に晒すが、それでも状況は変わらない。投擲の間に息を整えようとした渚は変わらず機械的に撃たれ続けるライフル弾を回避し、致命個所への直撃弾をサクリファイスで弾き飛ばす。
残り3人となった敵部隊は首無しになった仲間を前にしても兵士達が動揺している気配は無く、目論見を外した渚は体力の消耗の激しさも相まって冷静さを失いつつあり、撤退の判断すら取れず再び防戦一方に追い込まれる。まるで機械の様な規律の取れた動きで以って弾幕を維持し続ける兵士達は、圧に圧されて徐々に後退っていく彼女と一定の距離を維持し、ゆっくりと距離を詰めていく。
(腕の感覚が……!)
縦横無尽にサクリファイスを振るい、弾丸を弾いていた渚は徐々に失われつつある腕の感覚に小さく歯を噛む。弾丸を斬り付けた衝撃はリリィの身体強化があるとは言え、決して無視できる物では無く、加え、動体視力の強化最適化を除いて何の強化能力も無い状況で弾丸を見切り続ける負荷が連戦の疲れが残る彼女に更なる消耗を強いていた。
腕の感覚と比例する様に徐々に手の握力が無くなっていき、しっかりとした感覚で握り締められていた筈のサクリファイスが彼女の手の内でのたうつ様に暴れ始める。極僅かに残った感覚が得物の暴れ様を捉えており、取り落とす事を警戒した彼女は更に力を込めるが、ダメージが溜まり切った最中ではその感触ですら曖昧だった。
「ぐっ……」
激しい衝撃の伝播なのか、それとも肉体からの悲鳴なのか、痙攣し始めた腕を半ば無意識に見下ろした渚は、その間に放たれた弾丸を捉えきれず数発を被弾する。防護障壁が遮り、如何にかダメージは無かったものの、突き抜けた衝撃によって大きく姿勢を乱した渚はたたらを踏み、背負っていた壁に背を打ち付ける。
「しまっ!」
背を打ち付けた衝撃でサクリファイスを取り落とした渚は弾幕の切れ間を見計らい、咄嗟にその場に伏せた。刹那、彼女の直上を弾丸が薙ぎ払い、構造材を滅多打ちしたライフル弾が破片と砂煙を撒き散らす。
永遠と錯覚する様な時間の後、1マガジン分の銃声が止み、一帯に視界不良になる程の濃い砂煙が立ち込める中、身を屈めた姿勢はそのままに取り落としていたサクリファイスを握り直した渚は僅かな金属音を響かせる。耳朶を打つ澄んだ響きは分厚い砂煙を貫き、その音を聞いてか、体で煙を割きながら徐々に近付いてくる兵士に気付いた。
砂煙の上、リロードを終えたライフルを構えているらしい兵士は、不意の遭遇に備えてか慎重な足取りを見せてはいるものの、その進路が変わる事無く、真っすぐ音源である渚の下へ向かっていた。
じりじりと追い詰める様に迫る足を息を殺してじっと見つめていた渚は、刀を握る力をゆっくりと強め、接近と同時、即座に足首を切れる様、身構える。夜間想定の紺色の戦闘服に包まれた足が彼女の間合いに入った瞬間、刀を振るった彼女は戦闘服ごと、足首を切り裂き、バランスを失った体が横倒しになる。
奇妙にも悲鳴を上げるでも無く倒れ込んだ兵士は、その無機質な双眸に渚を捉えるや手にしたライフルを彼女に向ける。照準と共に虚ろな目が渚を捉え、躊躇いや動揺も無く引き金が引かれる直前、腕の力で飛び掛かった渚は組み付くと同時に額目がけて柄尻を叩き込み、そのまま地面と挟み込む様にして頭蓋を歪ませた。
みしりと何かが軋む感触が柄に伝わり、バリスティックヘルメットの隙間からゆっくりと血だまりを広げていく兵士を見下ろした渚は、乱れた呼吸を整えようとして砂煙を吸い込んでしまい、その場で咳込む。体を折り、蹲った渚は背後からの殺気に気付き、身を翻す。直後、撲殺した死体にライフル弾が着弾し、事切れた肉袋が奇妙に暴れ回る。
弾丸の衝撃波が砂煙を払い、防弾箇所以外に着弾したライフル弾が血飛沫を噴き上げる。息を止め、壁際までローリングしていた渚はロールの勢いを使って立ち上がると、そのまま壁を蹴り、破砕しながら急制動をかける。勢いを殺し、前へ駆け出した彼女は単発で放たれたライフル弾を回避しながら強引に間合いを詰めると、手前の一人を袈裟に切り裂き、そのまま奥に位置するもう一人へと照準を合わせる。
連射されるライフル弾を回避しながら間合いを詰めた渚は、その勢いのままに剣を振るい、首を切り飛ばす。脊椎ごと切り裂かれ、泣き別れになった頭は束の間宙を舞うと、鈍い音と共に地面に落下する。残心と共に、荒く息を吐きながら血振りした彼女は、額から玉の様な汗を滴らせる。
乱れた呼吸を整え、乾いた喉と口腔を癒そうと生唾を飲み込んだ彼女は眼前に広がる破孔、その向こうから瞬く瞬く光に気付き、疲れ切った笑みを浮かべる。アイネ達の方も何とか終わらせたらしい、と心得た渚は、彼女達が交戦していた方へ視線を流す。
視線の先にはCHARMの大口径弾と粒子ビームがもたらした破壊の痕が散らばっており、まるでぶちまけられた立体パズルのピースの様に、千々になった兵士達の体が乱雑に折り重なっていた。血生臭さが漂うその惨劇の程に少し呆れて見せた渚は笑みを浮かべた顔を浅く俯ける。
「やり過ぎだよ、全く」
溜め息と共にそう呟いた渚は鼻腔をくすぐった血生臭さに少し噎せながら、対岸で待っているであろうオリヴィア達の方へ足を向ける。連戦の疲労が抜け切らず、どこか覚束無い足取りで歩き出した彼女は、緊急通信の表示と共に届いた声に耳を貫かれた。
『ダウン6、緊急回避!』
真に迫ったアイネからの声にぼんやりと返事を返した渚は爆発音と共に背後からの衝撃を受け、そのまま大きく吹っ飛ばされる。幸いにしてサクリファイスがあった事で即死はしなかったが、少なからぬダメージを受けた体が数度跳ね、そして廊下に叩き付けられる。
『ナギサ!』
悲鳴に近いアイネの声が遠く、耳鳴りと共に響く中、朦朧とした意識の中で何が起きたかを把握しようと、喀血しながら体を起こした渚はダメージ修復と並行して腹から込み上がって来た血生臭さを床に吐き出す。口端に垂れ下がった血を拭い、圧迫感を感じながら呼吸を整えていた彼女は煙を裂いた人影に目を見開き、咄嗟に身構える。
獣の如く飛び掛かった人影、彼女とそう年恰好の変わらない病衣姿の少女を見上げた渚は大上段から叩き付けられた刃を受け止め、激しく火花を散らす。そのまま器用に鍔迫り合いを演じる少女は、サクリファイス越しに渚へ叩き付けた得物、ダインスレイヴへ全体重を乗せ、押し潰す様にして彼女を圧倒する。
「くッ!」
圧倒した勢いそのまま、少女に組み伏せられた渚は交錯したままの刃を押し込み、首を落としにかかる彼女に歯を噛む。機械を思わせる無機質な表情を浮かべた少女は圧倒的とも言える膂力で以って刃を押し込み、堪え切れない渚の首筋にサクリファイスの峰が触れる。
冷たい鉄の感触が伝わる中、漆黒の妖刀は外からの不可抗力によって主の首筋、鎖骨をゆっくりと圧迫していく。鎖骨に奔る圧迫感に少しの恐怖心を感じた渚は、如何にか押し返そうと少女の目を睨み返しながら妖刀へ力を込める。だが、万力に固定されたかの様に、妖刀も、ダインスレイヴも身動ぎせず、寧ろかかる圧力は先よりも増していく。
「う、ぐ……ぅ、っ!」
皮膚に峰がめり込み、外圧を受けた鎖骨が悲鳴の様に軋みを上げる。
──―このままでは首まで落とされる。
そんな確信と共にどうする事も出来ない無力感と恐怖心を感じた渚は更に押し潰す様な力を感じると同時、外圧に負けた鎖骨が大きくひび割れ、総身を走った激痛に彼女は一瞬悲鳴を上げ、体を強張らせる。一瞬の後に痛みは消え、緩みかかった力はすぐさま元に戻る。寸での所でダインスレイヴの刃は彼女の首には達さず、そして渚は痛みなど意に介さないかの様に少女との鍔迫り合いを続ける。
「いい加減……ッ!」
僅かに頭を起こし、歯を食い縛る渚の粘り強さに僅かな苛立ちを浮かべた少女はダインスレイヴから離した左手で渚の額を掴み、そのまま地面に叩き付ける。
「お前を殺せば、あの子は!」
叫びと同時、床と挟み込む様にして渚の後頭部を叩き潰した少女は、意識を失い、脱力した彼女を見下ろすと口端を吊り上げながらその場から立ち上がる。一段と目を引く緑と黄の目を笑みの形に歪め、殺害を確信した少女が込み上げた笑いを口に出そうとした瞬間、彼女の眼前に傘の様に大きく翻ったロングスカートの中身が飛び込んできた。
「ふっ……!」
鋭い呼気と共にスカートを翻したオリヴィアのドロップキックが直撃する。怪力と飛翔の勢いの相乗効果で、砲弾の如き威力を発した彼女の蹴りは、爆発したかの様な打撃音と白化した円形状の衝撃波を伴い、少女の体躯を音速で吹き飛ばす。砂埃を巻き上げ、往年のバトル漫画の様な派手さで以って見えなくなった彼女を他所に身を翻し、華麗な着地を見せたオリヴィアは一息吐きながら砂埃を払うと、手にしたティルフィングを肩に担い、少女の様子を窺う。
「一歩、遅かったわね。そこの子ならもう殺したわよ」
嘲るでも無く淡々と事実を口にした少女は、ぼろ雑巾の様になった体を修復しながらオリヴィアの前へ姿を現す。千々になった病衣を脱ぎ捨て、全裸を晒す彼女に一瞬目を見開いたオリヴィアは、平手で口元を隠しながら顔を背ける。
「あなた……。良い体してますわね。もしかして誘ってますの?」
「は?」
「……冗談ですわ。忘れてくださいまし」
予想外に冷たい反応に決まり悪げに顔を背けたオリヴィアは、生まれたての姿のまま半目を向ける少女を横目に、吊り上がる口端を覆い隠す。
「って言うか、仲間が死んだのに何なの、その反応。少しは悲しんだら?」
「死んだ? 誰がですの?」
「は? 誰って、そこに寝っ転がってるリリィだけど」
半目はそのまま、呆れ顔を浮かべる少女に合点が言ったと言わんばかりに声を上げたオリヴィアは、血溜まりの中、仰向けに倒れている渚を振り返ると、内から膨らんだ後頭部を見て溜め息を吐きながら肩に担っていたティルフィングを下ろす。
「あそこの彼女なら今は寝てるだけですわ。ほっとけばその内起きますわよ」
呆れ気味にそう言ったオリヴィアに、小さく動揺した少女は熱っぽい視線を向け続ける彼女を睨むと、下げていたダインスレイヴを構える。月光に照らされ、鈍く光る切先を見据えたオリヴィアは残念そうに被りを振ると、下段にティルフィングを構える。
「私好みの体ですが誘いを断られると言うのでしたら、惜しいですがここであなたを排除いたしますわ」
言い切ると同時、熱っぽい視線が一瞬の内に殺気に染まり、刃に冷たく鋭い視線が眼前の少女を射抜く。一瞬の様変わりに動揺を浮かべ、数歩後退った少女だったが視界の端に映った渚の姿に余裕を取り戻し、ほんの少し揺らいでいたダインスレイヴの切先を再びオリヴィアへ向け直す。
「良いの? 私、そこの子を殺ったんだよ? 怖くない訳?」
動揺を誘う為、嫌らしく笑って見せた少女は動揺も無くただ一つ溜め息を返したオリヴィアに眉を顰め、威圧する様にダインスレイヴを向ける。
「ええ、怖くありませんわね。今のあなた、随分と余裕を失っている様ですから。ですがまぁ、強いて言うなら──―」
呆れ顔はそのまま、溜め息交じりに言ったオリヴィアは、不意を打つ様に瞬発するとダインスレイヴ越しに少女を吹き飛ばす。ドロップキックと同じく、派手に吹き飛ばしたオリヴィアは背後からの呻き声に気付き、溜め息と共にそちらへ足を向ける。
「あなたを相手に上手く戦えるかが心配、ですわね」
強い衝撃を受け、人の形を留めていない少女に背を向け、そう言ったオリヴィアは目を覚ました渚へしゃがみ込むと彼女へ手を差し伸べる。
「ほら、いつまで寝るつもりですの? さっさと起きてアイネと合流なさい。ここは私がやっておきますから」
「ん、ああ。悪い。よろしく」
「それと、髪に血が付いていますから、後ろでユアさんなりに何とかしてもらいなさいな。流石に頭まで血生臭い女の横には立ちたくありませんわよ」
「ああ、そうだね。そうするよ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう。気を付けて」
「気を付けて、はこっちのセリフですわよ。ダウン6」
無茶をしない、と言う小言を守らなかった事に対する皮肉で返したオリヴィアは、苦笑と共に後方へ戻って行く渚を見送ると再びティルフィングを構える。
「ダウン2よりダウン7、ダウン6の回収完了。後の事はそちらにお任せしますわ」
『ダウン7、
「ええ、まぁ何とか。強化リリィとの戦闘はここでさんざんやってますもの。最も、今回の手合いは今までとは違い、戦い慣れているみたいですが」
『なるほど、なら相手は現役のリリィかしら。なら手早く済ませましょう。あなたまで消耗されるとこの後が厳しくなるから』
「そうですわね。こちらとしてもそうしていただけると幸いですわ。対人戦はあまり自信がありませんもの」
そう言いながら復帰してきた少女の一閃を受け止めたオリヴィアは、身体強化の出力を上げて難なく押し返すと、腹部に前蹴りを叩き込んで大きく距離を取らせる。爆音を伴う一撃を受け、咄嗟に得物で制動をかけた少女は蹴りが突き刺さった腹を青紫に変色させ、その場に蹲ると込み上げてきた血を足元に吐き出した。
「それで、ダウン7。どうするおつもりですの? 恐らく相手はリジェネレーターを持っていますわよ」
『
「ダウン2、
応答を返しつつ、突き出されたダインスレイヴを弾いたオリヴィアは少女の横っ面に蹴りを叩き込み、壁に叩き付ける。鈍い音と共に左肩が脱臼し、リジェネレーターの回復を待たず片手でダインスレイヴを振るった少女は、オリヴィアの持つティルフィングと激しく打ち合わせると、そのまま破孔に向けて彼女を押し込みにかかる。
「このままお前ごと!」
正気を失った虚ろな目で睨み付ける少女は押し込んだにも拘らず、足元にクレーターを生みながらもオリヴィアの体がびくともしていない事に気付き、目を見開いて戦慄する。
「残念でしたわね。私は、彼女と違いますのよ!」
言い様、少女の顔面にストレートパンチを叩き込んだオリヴィアは、ぐらりと体を揺らがせた彼女の胸部に向けて右ソバットを叩き込む。亜音速の蹴りはそれその物を槌として肉ごと臓器を殴り潰し、胸骨が折れる感触と共に心臓が蹴り潰される。そのままヴェイパーコーンと共に少女を吹き飛ばしたオリヴィアは、僅かにへこんだ足元を全力で蹴り、少女に向けて突撃する。
音速のまま、壁へ張り付けられる様に叩き付けられた少女がその衝撃でダインスレイヴを取り落とす中、切っ先を向けたオリヴィアは彼女を壁へ縫い付ける様に胸部を刺し貫いた。まるで杭の様に、壁と少女とを繋いだブレードユニットは早々抜けない程に深く刺さり、粉々になった心臓が押し上げた血を少女は口腔から吐き出す。
「さようなら、美しい白百合さん」
そう言い残し、ブレートユニットをパージしたオリヴィアは、血を吹き出しながら伸ばされた少女の手から逃れ、床に伏せた。苦しく息をし、口腔に絡んだ夥しい量の血を吐き出した少女はオリヴィアへ向けていた視界の端に橙色のマズルフラッシュを捉え、そして振り向く間も無く外界との繋がり全てを失った。
ラージ級に有効打を与えられるアステリオンの一撃が少女の頭部を四散させ、頭蓋に収められていた何もかもが辺り一面に飛び散る。被弾の一瞬、彼女の総身が強張り、そしてだらりと糸無し人形の様に垂れ下がる。やがて弛緩した体からあらゆる物が垂れ、凄惨な死に体を効果確認を行うオリヴィアへ晒した。
美しい女体美を汚すそれに、悲し気な顔を浮かべたオリヴィアは、麻衣からの呼び出しに応じ、彼女と通信を繋いだ。
『ダウン9よりダウン2、狙撃効果報告』
「ダウン2よりダウン9。
『ダウン9、
「了解しましたわ。はぁ……」
『何、ウザイから通信機越しに溜め息浴びせんな。耳が痒くなる』
不機嫌その物の声を返す麻衣を他所に、意気消沈したオリヴィアは、少女に突き立てたブレードユニットへ手にしたショートソードモードのティルフィングを接続すると一度押し込んだ後、一息に引き抜く。ずるりと生々しい音を立てて刃が引き抜かれ、湿った音と共に首無しになった少女の死体が崩れ落ちる。二次性徴の矮躯が崩れ落ちると同時、肉袋に留まっていた血が一気に広がり、赤紫色の血溜まりが広がる。
「眼前で可憐で美しい花が無残に散ってしまったのです。溜め息の一つや二つくらい、出てしまいますわよ」
『あー、はいはい。そうだね。百合ヶ丘出てからご無沙汰だったもんね、アンタの美少女趣味。残念ねー』
「な、なっ、何ですのその返答! 麻衣さんは相っ変わらずロマンと言うものを分かってませんわね! 全く!」
至極どうでも良さそうな麻衣の返答に、軽く怒りを放ったオリヴィアはマイクに向かって思わず声を張り上げる。
『うるっさ。いきなりデカい声を出すなバカ。取り敢えず、周辺警戒しながら大人しくそこで待ってろ。ダウン9、
苦手な大声を浴びせられて苛立った麻衣が感情そのままそう返すのに、申し訳なさそうに返答を返したオリヴィアは通信終了と同時、深く息を吐きながら肩に担っていたティルフィングを地面へ突き立て、浅く顔を俯ける。深く刺さった得物に体重を預け、赤紫色の血糊を張り付けた片刃を見下ろした彼女は身目麗しいその顔貌にやつれた表情を浮かべる。
疲労感はそのままに呆然としていたオリヴィアは、自ら刺し貫いた少女の苦し気な顔を思い出し、震える手に残った少女の肉の感触に僅かな吐き気を催して苦し気に目を伏せる。込み上げた物を無理に飲み下し、軽く咳き込んだ彼女は口腔に溜まった胃酸交じりの酸味のある唾を傍らへ吐き出し、荒く息を吐いた。
(疲れてますわね、私も)
内心で呟き、自嘲気味の笑みを浮かべたオリヴィアはアイネ達から先行する渚と冨亜奈に気が付くと、突き立てていたティルフィングを手に取り、立ち上がる。なけなしのゼリー飲料を手に駆けてくる彼女等へいつも通りの笑みを返したオリヴィアは、左の逆手に持ち替えようとした得物に付いた血糊を見下ろした。
「オリヴィア?」
疑問と共に小首を傾げる渚を他所に、背後を振り返ったオリヴィアは、裸のまま血の池に沈んだ少女の死体を見下ろし、少しばかり表情を曇らせる。
「もうすぐ、終わるんですのよね」
「ああ、終わらせるさ。こんな所に長居するのはごめんだからね」
「……同感ですわ」
らしくない弱音を吐く口を塞ぐ様に、頬へ当てられたゼリー飲料を受け取ったオリヴィアは、半分向けた顔に苦笑を浮かべた渚へ苦笑と皮肉を返すと、彼女を追いかける冨亜奈に背を叩かれながら封を開けた。
「オリヴィア、君は一度アイネの所まで後退して補給だ。その間の代理は愛染さんにやってもらう。移動しながらにはなるけど、中衛で一旦休息を」
「ダウン2、
「落ち着いてはいるけど、前線に投入するのは厳しいってさ。恐らく、ターゲット一極での参戦になると思う」
表情を曇らせながら返す渚に、了解と首肯を返したオリヴィアは、後続するアイネ達の方へ振り返るとそのまま合流しに向かう。
この地獄を終わらせる為の力を蓄える為に。