ルドビックラボ・地下30階──―。
最下層に到達したウォーターシップダウンは、フロアの奥に存在するサブジェネレーター室に向けて進んでいた。前衛と後衛の間隔を狭めた密集隊形を取って進む彼女等は、全体が貨物倉庫であるらしいフロアを進んでいた。
四角張ったフロア構造に対してシステマチックな賽の目を描く貨物倉庫は中心部に作業エリアを据え、それに繋げる形で十字状に幅広の通路を配していた。そして、幅広の通路に繋がる細い通路に細断された保管エリアには研究開発用のヒュージが檻に詰め込まれて保管されていたらしく、他よりも高く天井が取られており、床に黄色でマーキングされた正方形の枠に沿って一定間隔で空の檻が積み上げられていた。
一部が荷崩れした檻は殆どがスモール級、ミドル級用のものであるらしく、成人男性ほどの大きさであるそれらの中身は全て空になっており、先頭を行く渚が向けた光を遮る物は無く、ただただ鉄格子の影を映すばかりだった。内から破壊され、開け放たれた檻の群れへ視線を巡らせた渚は、直感で異常を感じ取りながら、慎重な足取りで目的地であるサブジェネレーター室へと進路を取る。
備蓄資源が底を突き始めた今のレギオンにはあまり猶予は残されておらず、足取りこそ慎重ながらその実、進路は大胆にも倉庫の中央を通る最短の物を選択していた。フロアの中心部、天井に穿たれた破孔から差し込む月光へ誘われて、檻が作り出した鉄の森の中を進んでいた渚は幅広の通路へ抜け出ると、腰からAHWを引き抜いた。
部隊間でマガジンを融通したとは言え、気軽に使える程残弾に余裕の無いそれで周辺の走査を行った彼女は、敵性無しと判断するや、如何にか復帰した詩季達AZを前にしたレギオンを引き連れ、積み荷共々一部が崩れた棚沿いに通路を進んでいく。
(……妙に静かだな)
極力控えめにした足音を鳴らしながら周囲に目を向けた渚は、静かすぎるフロアに違和感を覚えながら中央の作業エリアへ近付いていく。四方、防壁としてのコンクリートブロックに、白塗りにされた金属製の薄板を装飾に配した作業エリアは、詰所兼任のプレハブ小屋を中心に据え、その傍には作業場らしき設備が見受けられた。
遠目故に仔細こそ分からないものの、防御も視野に入れた構造は
いくら時間が無いとは言え、最低限の慎重さを欠いてはならない。徐々に迫りつつある作業エリアは建物に遮られている為に全体の見通しは悪い。こんな所に何の確認も無く、全員で進入しては何かがあった時に部隊が瓦解する危険性がある。それを避ける為、斥候として渚達二人は先んじてエリアに侵入し、確認を始める。
「周辺クリア。オールクリア。
「回避!」
大声を張ったオリヴィアからの警告に従い、声帯マイクから手を離し、身を屈めた渚は、頭上を掠めた青白い血の刃に目を見開き、そのまま続く縦振りの一撃を回避する。サブジェネレーター室が存在する方向のバリケードが粉砕され、コンクリート片が飛び散る中、残ったバリケードへ着地した渚はホルスターへAHWを収め、空いた手にサクリファイスを持ち替え、駆け寄ったオリヴィアと共に身構える。
目に焼き付けていた先程の一撃を思い浮かべ、深く深呼吸した彼女は近付くにつれ、月明かりに照らされていく少女の姿に表情を歪めた。
「待ってたよ」
修復したか、別のものに変えたか、いずれにせよ元の形を取り戻したダインスレイヴを手にしていた少女、FS-0000は自ら傷つけた動脈を水源に、鈍色に輝く刃を青白い血で染めていた。得物と少女とを青白い糸で繋ぐかの様に流れていた血は、やがて用を成し終え、大口を開いていた傷は逆戻しの様に水音を上げて塞がっていく。
生理的嫌悪を誘発する光景を前にしても最早驚く事すらしない渚達へ、威圧する様に笑みを向けたFS-0000は、身に付けた病衣と同じく、夥しい量の血糊を張り付けた口端から小さな舌を覗かせる。愛らしさの残る舌なめずりで口元の赤が拭い取られていく中、下手な化粧の様に見えたそれが人のものである事に気付いた渚達は、溌剌とした表情の彼女が何をしたのかを悟り、揃って歯噛みする。
「……どうしますの?」
「ここで足止めする。今の第一優先は電力確保だ。ダウン7には迂回を進言する。援護を」
「
言葉短なやり取りの後、ほんの一瞬視線を交わした渚は頷き合ったオリヴィアの援護の下、腕のウェラブルデバイスを操作し、通信回線を
「
『
「それで、どうするつもりだい?」
『……危険ではあるけど、中央を突破して強引にサブジェネレーター室へ進入する。ダウン6、進路の確保をお願い』
「
引き攣った様な薄ら笑いと共にそう返し、スイッチから手を離した渚は、通信を聞いていたオリヴィアへ視線を向ける。呆れた様な表情を浮かべ、肩を竦めた彼女に苦笑を返した渚は前方からの殺気に気付き、咄嗟に身を躱す。
直後、回避運動を取ったオリヴィアとの間を莫大な熱量を持った大口径の粒子ビームが擦過し、熱量に当てられた彼女達の前髪が僅かに焦がされ、白煙と共に不快な臭いを放つ。立ち上る悪臭と嫌悪感に表情を歪めた渚は、剣を振り上げながら飛び込んできたFS-0000に反応し、剣を振り上げる。
「お前等、私の事無視してんじゃねえよ!」
蚊帳の外へ追いやられていた事への苛立ちから金切り声に近いヒステリックな叫び声を上げたFS-0000は、鍔迫り合いに発展させた得物越しに渚を睨み付ける。
今まで以上の殺意が込められたそれを怯む事無く受け流した渚は、鍔迫り合いを維持したまま押し込みにかかる彼女に力負けし、歯を噛みしながら背面からなけ無しのマギを放射して対抗する。光り輝く翼の様な翡翠色のマギを背負い、余力の無さを露見させた渚へ、狂気染みた笑みを浮かべたFS-0000は横合いから放たれた殺気に気付き、咄嗟にその場から飛び退いた。
瞬間、彼女の残影目掛けてオリヴィアの縦一閃が振り下ろされ、コンクリート打ちの地面が地雷を踏んだかの様に真上へと破裂する。
「な……っ!?」
叩き付けた勢いそのまま、飛沫の様に吹き上がるコンクリートに虚を突かれたオリヴィアは砂煙と共に浴びせられた土塊をティルフィングで防ぐ。土煙と共に魔剣の腹を撫ぜた土の飛沫が乾いた金属音を響かせる中、飛び退いたFS-0000は合一していたダインスレイヴの刃を二つに割り、奥底に秘めていたバスターキャノンの砲口を露出させる。
「死ねよォ!」
口腔にマギを溜め込んだバスターキャノンが主の絶叫と共に光線を放つ。威嚇とは比にならない程の出力を前に渚は飛び退き、オリヴィアはティルフィングを構えたまま、足元に力を込める。疲弊した魔剣の腹に直撃した光線が轟音と共にビームコーティングに弾かれ、拡散した粒子ビームが荷棚を含めた周囲を滅茶苦茶に破壊する。
荷棚の屋台骨が溶解し、空の檻の天板が貫かれる中、光線を回避した渚は抜刀したサクリファイスを前に光線を撃ち切ったFS-0000へと突撃する。
「はァああッ!」
明確な隙を見出し、切っ先を突き出した渚だったが獣染みた反応速度で振るわれたダインスレイヴによって真横に弾き飛ばされ、そのまま荷棚の側面へと激突する。衝撃を受けた荷棚が激しく揺れ、空の檻が次々に投げ出される中、呻き声と共に喀血した渚は砂埃の向こうにぼんやりとした光を見つけ、目を見開くと同時に横っ飛びにその場を離れる。
直後、元居た場所に向けて粒子ビームが叩き付けられ、根元を溶解された荷棚が支えを失って崩落する。雪崩れの様に崩れ落ちた檻が物々しい音を上げる中、息を整える前の渚を追いかける様に粒子ビームが放たれ、流れ弾が周囲を滅茶苦茶に破壊する。
「くっ!」
歯を噛み、全弾回避して見せた渚は至近弾を回避すると同時、白煙を裂いて現れた少女に背後から組み付かれ、激突の勢いそのまま地面へと叩き伏せられた。俯せに倒れ伏せ、小さく呻きを上げた彼女は、組み付いた少女へ振り返りながらサクリファイスの柄尻を額に叩き付ける。まるで固い木の実を割るかの様に何度も叩き付けた渚は、意識朦朧とした少女が逃すまいと力を強めたのに苦悶の声を上げる。
「御姉様の為に死ねェッ!」
内臓が破裂し、口腔から胃酸混じりの血が大量に吐き出した渚に、鼓膜を切り裂く様な狂った叫び声を少女は上げる。内臓ごと胴を絞り上げられ、作動したサクリファイスの痛覚抑制によって全身を鈍麻させていく中、真正面から殺気を感じ取った渚は、白煙越しに鈍い光を放っているそちらへと顔を向ける。
靄の様に立ち込めていた白煙が晴れていく中、舌なめずりと共にダインスレイヴを照準していたFS-0000は、拘束された渚へ嘲笑を向けながらその引き金へ指をかけた。
「今度こそ殺す……ッ!」
難敵を仕留める事への喜びから、喜生に弾んだ声と共に光線が放たれる直前、横合いからオリヴィアと真霜がそれぞれの得物を手に飛び込んでくる。
「させませんわよ!」
水蒸気を伴い、宙を切り裂いた大剣と柳葉刀が咄嗟に飛び退いたFS-0000がいた場所を叩き割り、束の間、跳ね上がった破片が木の葉の様に宙へ浮かぶ。逆瀑布が隔たりを作る中、得物を構えた真霜は着地点へ先回りする様に飛び出し、ティルフィングを肩に担ったオリヴィアはシューテイングモードへと変形させ、宙で身を回す彼女へ重機関銃からの弾幕を浴びせる。荷棚を巻き込む弾幕が反撃を企図していた少女を牽制し、爆発音と同義の銃声と共に放たれた衝撃波が汗と汚れでくすんだ銀髪が揺らす。
薄暗闇でも目を引くそれを遠目に見ていた渚は、自身を組み伏せていた少女から軽い衝撃を受けた後、生暖かい液状の感触と共に彼女の力が緩んだのに気付き、体を起こした。
「大丈夫ですか、
振り返った顔を上げた先、切っ先に血糊を貼り付けたヨートゥンシュベルトを手にした詩季が、柔和な笑みを浮かべながら渚に張り付いていた少女だった死体を蹴り転がしていた。足蹴にされ、湿った音を上げて滑り落ちた死体は首から上を切り落とされており、凄惨且つ美麗な一切の乱れの無い切断面からは壺から零れた水の様に青白い体液がだくだくと流れ、小さな池を作っていた。
「
「了解。くれぐれも無理はしない様に」
「……分かっています。隊長」
俯けた顔に昏い表情を浮かべた詩季の手を取り、立ち上がった渚は口腔から胃酸の混じった血を吐き出すと荒く息を吐きながら周囲を見回し、状況を整理する。
(今の最優先事項はジェネレーターの状況確認。こっちは時間稼ぎと橋頭保の一時制圧だけで良い。それでもアイネが援軍を寄越したと言う事は、思っている以上に状況は切迫している、と見るべきか)
口端に残ったそれを拭い、垂れ下げていたサクリファイスを握り直した渚は、背後で待機していた詩季へ視線を向ける。
(とは言え、今の彼女をこんな戦場に立たせるのは……)
表向き平静を保っていた彼女は渚からの視線に気付き、にこやかな笑みを返す。今、彼女の心を守っているのは、効き目の弱い常用薬と死人に成り代わって吐いた、付け焼き刃の嘘だけだ。
彼女の心に深い傷を残した親友、鹿島美春の言葉と偽って吐いた、罪を償う為に戦え、と言う言葉。真実に気付いてしまえば用を成さない所か、彼女自身を壊してしまう諸刃の盾。
それが無くなった時、彼女は一体どうなるのか。そして、守られる物を失った彼女を誰が、何が守るのか。
「ダウン6、どうかしましたか?」
答えの無い問いを頭に浮かべていた渚は、じっと見つめる形になった詩季が小首を傾げているのに気付いて身を竦めると、気恥ずかしそうに苦笑を返す。
「ごめん、何でも無いよ。状況は?」
「あまり芳しくなさそうです。早急に救援に向かう必要があるかと」
「
笑みと共にそう返した渚はヨートゥンシュベルトを手に頷いた詩季より先行し、足早にオリヴィア達の元へ向かう。その道中、ほんの一瞬、詩季へ視線を向けた渚は打って変わって俯けた顔に暗い表情を浮かべる彼女に気付き、少なからぬ動揺を浮かべる。
浅く目を見開いた渚は、視線に気付いたらしい詩季が顔を上げようとするのに目を伏せ、体の内に動揺を隠しながら視線を前へ向ける。
『御姉様?』
『大丈夫だよ。心配してくれてありがとう』
動揺で少し呼吸を乱し、早鐘を打つ脈に気付いてか、体の内から問いかけたマリアが心配そうな声を上げるのに、努めて優しい口調で念を返した渚は近付きつつある轟音に意識を切り替え、戦場へ踏み込む。
喧騒の中心にあるFS-0000を射程に捉え、気合と共に斬りかかった渚は縦振りから踏み込みながらの逆袈裟に繋げるが、獣の反応速度で反応され、あっさりと跳躍で回避される。浮き上がったまま宙で身を回す彼女が放った回転斬りを寸での所で捌いて見せた渚は、着地と同時の滑る様な横一閃を受け流し、後頭部に蹴りを叩き付ける。
水蒸気を伴った亜音速の一撃を一回転して受け流したFS-0000は勢いそのままに側転蹴りを叩き付ける。素早い勢いと全体重が載せられた重い一撃が渚の右頬に突き刺さり、脳を揺さ振られた彼女は意識を飛ばしながら軽く吹き飛んでいく。
足をもつれさせ、倒れ込む渚へ砲口向けようとしたFS-0000は横合いからの殺気に気付くと、そちらへ照準を変え、砲口に溜め込んでいた粒子ビームを放った。瞬間、射線上で剣を構えていた詩季の姿が消え、構えられていた左側面に彼女の姿が現れる。
「はぁああッ!」
気合と共に振るわれたヨートゥンシュベルトと、高速で変形したダインスレイヴとが激突し、激しく火花を散らした両者はそのまま鍔迫り合いに発展し、火花を散らす。
「今更何しに来た、死にぞこないが!」
叫び声を上げたFS-0000は打ち合わせた刃の向こう側、僅かな怯みを見せた詩季へ威圧する様な嘲笑を向けると、そのまま人外染みた膂力で圧倒し、彼女の体を大きく弾き飛ばした。
「ッ!」
得物に負荷がかからない様に受け流しても尚、堪え切れない衝撃を受けた詩季は背面から赤いマギを放射し、急制動をかける。砕かんばかりに歯を食い縛り、減速の負荷に耐えた彼女は追撃と言わんばかりに距離を詰めたFS-0000に目を見開く。
「今度こそ死ね!」
殺意に満ちた咆哮と共に横薙ぎが放たれるが、寸での所でヨートゥンシュベルトを構えた詩季は刃を這わせた体側で一撃を受け止め、再び吹き飛ばされる。足裏の障壁とを合わせ、低空を滑走しながら身を回した彼女は数mを滑走し、背面から翼の様に赤いマギを放って再び急制動をかける。強烈なエネルギーを浴び、プラズマ化した大気が立ち込める砂煙の間に紫電を走らせる中、荒く息を吐いた詩季は突き立てたヨートゥンシュベルトを支えに立ち上がる。
「へぇ、やるじゃん」
ダインスレイヴを肩に担ったFS-0000が嘲笑を向ける中、高ストレスによる過呼吸症状を発症した詩季は口元を抑え、込み上げた吐き気を飲み下しながら如何にか呼吸を整える。戻り切らない息苦しさと共に視界がゆっくりと明滅する中、震える手でヨートゥンシュベルトを構えた彼女は、深呼吸を繰り返しながらシューティングモードを構えたFS-0000をぼんやりと見つめる。
(あの子を倒せば──―)
──―ウォーターシップダウンの面々はここから出られる。
自身へ言い聞かせる様に内心で呟いた詩季は、手に馴染んだグリップの感触を感じながら最後の深呼吸を吐くと、虚ろな目を鋭く研ぎ澄ませ、徐々に強くなっていくバスターランチャーの光を見据える。二股になった刃の間、そこに溜め込まれた暴力性の光が宙へと放たれる瞬間、相棒を手に低く構えていた詩季は、消え失せたかの様な勢いで瞬発した。
直後、彼女がいた場所を粒子ビームが薙ぎ払い、プラズマの残滓を残したそれが倒壊した棚へ直撃すると、棚から高温に熱された鉄片とマギ粒子が飛び散り、彼岸花の花弁の如く橙色の尾を引いて雨あられと周囲へ降り注ぐ。小さな粒子ビームとなって飛散するマギ粒子は、進撃していたヒュージと強化リリィの群れを襲い、ゾウムシ型のヒュージが蜂の巣状に貫かれ、咄嗟に防御した強化リリィ達の防護障壁が削られていく。
無差別に散る文字通りの花火が、気絶したままの渚をその毒牙に捉えんとする瞬間、寸での所で割り込んだオリヴィアが防護障壁を展開する。
「させませんわよ!」
気合入れも兼ねて叫んだオリヴィアは、大粒の雹の如く殴り付けるそれに歯噛みしながら防ぎ切ると、少なくないマギの消耗に肩で息をしながら足元に倒れ伏す渚の傍へしゃがみ、彼女を抱え上げる。
「ナギサ、ナギサ! 起きなさい!」
余裕を失い、いつも以上に激しく揺さぶったオリヴィアは、光の無い目を開いたまま、何の反応も返さない渚へ再び歯を噛むと、焦燥感そのままに彼女の頬へ平手の一撃を入れる。甲高い破裂音と共に、頬を張られた渚の頭が首振り人形の様に揺れ、やがて勢いを失った頭が力無く垂れ下がる。
それでも尚、目を覚まさない彼女をゆっくりと下ろしたオリヴィアは、胸を焼く焦燥感と共に顔を上げ、暗闇に踊る火花と深紅色の剣戟を遠目に見つめる。
(このままシキさんを単独で戦わせては、彼女が持ちませんわ)
視線が注がれた先、仄かに輝く深紅色のマギを纏ったヨートゥンシュベルトを振るう詩季は傍目にも分かる程に消耗しており、ダインスレイヴと刃を激しくぶつけ合った彼女はそのまま数mまで弾き飛ばされ、虚ろな目で敵を睨みながら共に肩で息をしていた。
「ナギサ、起きなさい! このままではシキさんが──―」
一向に目を覚まさない好敵手へ苛立ちを向けようとした瞬間、眉間に皺を寄せたオリヴィアの口を塞ぐ様にマリアが姿を現す。
「オリヴィア義姉様、後ろ!」
真に迫った亡き義妹の言葉に、背後を振り返ったオリヴィアは眼前に迫っていた強化リリィの一撃を受け止め、暫しの間、鍔迫り合いを演じる。
「挟撃部隊がもう来てますの!?
『
「くっ、
親友の無茶振りに思わず舌打ちしたオリヴィアは、鍔迫り合いから相手を圧倒するとそのままリリィの腹部を蹴り飛ばし、迫りつつある後続に向けて不健康な痩躯を放った。
「マリア! どんな手を使っても良いからナギサを叩き起こしなさい! 今の私達に居眠りを許す程の余裕は無くってよ!」
戦闘の興奮と苛立ちを交えた激情そのままに、渚の傍に控えていたマリアへ指示を出したオリヴィアは、未だ交戦を続ける詩季を挟んだ対岸へ視線を向ける。躍動する火花と深紅の動線を挟んだ対岸、暇を持て余していたらしい真霜が嬉しそうに別働隊と交戦しており、喧嘩殺法らしい粗雑さで以って迫る敵を薙ぎ倒していた。
「ままなりませんわね、全く!」
不調や空腹も相まってか、いつも以上に苛立っていたオリヴィアは激昂と共に背後を振り返ると、迫り来る敵部隊へと突撃していった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁああッ!」
徐々に大きくなる気合と共に、赤い軌跡を描いた詩季の刃が構えられたFS-0000のダインスレイヴと激突する。同時、ヨートゥンシュベルトに纏わされたマギが炸裂し、見た目以上のインパクトで彼女を弾き飛ばす。爆炎の代わりに大輪のフレアが放射され、正のマギに晒されたFS-0000の脳に激しい頭痛が奔り、不快感と共に咆哮を上げた彼女は乱暴に剣を突き立てると、そのままコンクリートを剥がしながら制動する。
「お前のマギ、キモいな……! 浴びてると吐き気がする」
目尻を痙攣させ、不快感を吐き出したFS-0000は赤いプラズマを放つ残留マギの向こう、呼吸を乱し、今にも崩れ落ちそうになる詩季に今まで以上の殺意を向ける。
「ここまで気持ち悪くさせられたのは初めてだ。だから、お前は絶対に殺す!」
体内のマギを解き放ち、威圧する様に叫んだFS-0000は苦し気に顔を俯かせる彼女へダインスレイヴの切っ先を向けると、そのまま瞬発する。地面を抉る程に蹴り出した獣の膂力と合わせ、インビシブルワンを発動させた彼女は、空気を切り裂きながら一瞬像が消える程の速度で加速すると、呆然自失の詩季へその凶刃を届かせんと彼女へ迫る。
刃が届く寸前、獲物を仕留める高揚感に身を震わせると同時、横合いからの衝撃に殴り付けられたFS-0000は進路を逸らされ、そのままあらぬ方へと突撃していく。亜音速を維持したまま、大きく逸走したFS-0000は数十m滑走しながら急制動をかける。砂埃を巻き上げて停止したFS-0000は、畳みかける様に浴びせられたペレット状の粒子ビームを回避し、詩季から大きく距離を取らされる。
「誰だ!」
不快感そのままに叫んだFS-0000は叫び声を響かせた暗闇を睨み付けると、ダインスレイヴを変形させ、腰溜めにバスターランチャーを構える。
一方、彼女の怒声で正気を取り戻した詩季は発射寸前のダインスレイヴに気付くと、辛うじて手の内に収まっていた得物を握り締めて発射寸前のランチャーを真横から打ち据える。金属の共振音と共に彼方へ向けられた砲口は堪え切れず溜め込んだマギを放射し、青白い光が射線上に存在した棚の支柱と檻を容赦無く溶かし切る。
「お前ェ!」
激昂と共に刃を閉じたダインスレイヴを振り上げたFS-0000は、突き出されたヨートゥンシュベルト越しに詩季を弾き飛ばし、背面からのマギ放射で急制動をかける彼女を追って袈裟に大剣を構える。
「ブッ殺ォす!」
咆哮を上げた彼女が先にも増した速度で迫ろうとした瞬間、地面を蹴る直前の彼女に向けて再びペレット状の粒子ビームが浴びせられ、咄嗟に防御した彼女は、そのまま剣の腹に叩き付けられた大口径弾に弾き飛ばされ、引き摺られる様にして数mを滑走する。畳み掛ける様な絶え間無い大口径弾の連射を叩き付けられ、苛立ちを募らせながらFS-0000が押し流されていく中、弾丸の飛翔元へ視線を向けた詩季は、それと同時、オープン回線経由で繋がった通信に気付いた。
『
「え、あ、は、はい、何とか。あの、どうして援護を? こちらは無視してジェネレーター室へ向かう筈では?」
『そうする予定だったんですが敵の展開速度が予想以上に速かった為、先に周辺の安全確保を行う事になりました。それに伴い、
「お願いします。こちらの戦力は?」
『
「たった3人だけ……」
『不安ですか?』
優しい口調でからかい半分にそう返した優愛がくすくすと忍び笑いを浮かべるのに苦笑を返した詩季は手の内でヨートゥンシュベルトを1回転させると、殺気立った様子のFS-0000を見据える。大口径弾の弾雨を凌ぎ、盾にしていたダインスレイヴの腹から白煙を立ち上らせていた彼女は、興奮そのままに血走った目を詩季に向けており、今にも撃発しそうな様子でゆっくりと歩み寄ってきていた。
「いえ、大丈夫です。お二人は予定通り、援護をお願いします」
手短に優愛へ返答し、ヨートゥンシュベルトを構えた詩季は了解が返ると同時、それを隙と見て飛び込んできたFS-0000の一撃を受け止める。一瞬たたらを踏み、後退りながら突撃の勢いを殺した彼女は数瞬の鍔迫り合いから大剣を受け流し、がら空きになった背中を蹴り飛ばすと握り締めた左拳へマギを集中させ、振り被る。
押し込みの勢いを受け流され、バランスを崩して前へ倒れ込んだFS-0000は前ローリングからの立ち上がり様、亜音速で飛び込んできた光の塊に目を見開き、直後、強烈な衝撃に胸部を撃ち抜かれた。
「ご……っ」
口腔から大量に吐血したFS-0000の胸部、正確に叩き込まれたサブスキル『聖域転換』を纏った拳がインパクトと障壁の反発力で以って心臓ごと肉を潰し、骨を粉砕する。背骨を折りながら突き抜けた衝撃が湿った爆発音と共に彼女の身体を浮き上がらせ、突き抜けた先に暴風を吹き荒れさせる。
宙に浮き上がったまま、意識を失った彼女の顎に1回転からの踵蹴りを叩き込んだ詩季は瓦礫と化したプレハブの残骸へ叩き付け、もうもうと砂煙を上げさせる。
『援護要ります?』
「まぁ、保険で。それに、この程度で何とかなる相手では無さそうですから」
茶化す様な口調の優愛へ苦笑を漏らした詩季がそう呟くと同時、砂煙を裂いたFS-0000が得物を大上段に振り上げ、飛び掛かる。浅く身構えていたが故、寸での所で回避した詩季は宙で逆手に変えたヨートゥンシュベルトを左に掴むと、開けた右手にAHWを引き抜き、上司仕込みのトリガーワークで以って連射する。雨あられと降り注ぐ拳銃弾は、興奮した強化リリィの体表に弾かれて宙を舞い、月光に照らされた弾丸が新雪の様な輝きを放ちながら地面へと落ちていく。
「テメエ、いい加減うぜェんだよォ!」
硬化した体表を殴り付けた弾丸に苛立ちを募らせたFS-0000は、絶叫と共にシューティングモードに変えたダインスレイヴを振り回し、宙に浮いた詩季目掛けて粒子ビームを放つ。
彼女の怒りを代弁するかの様な轟音を伴い、宙を奔る光線へヨートゥンシュベルトの切っ先を向けた詩季はマギを纏わせた刃でビームを切り裂く。細い光の筋となり、周囲へ拡散する粒子ビームが瓦礫の山と化した倉庫へ追い打ちをかける中、宙で隙を晒す詩季へ狙いを定めたFS-0000は、下段に構えたダインスレイヴを近接形態へ移行させる。
得物を握り締め、高く跳躍しようと身構えた彼女は、蹴り出す寸前に叩き付けられた弾幕に出鼻を挫かれ、大きく体勢を崩す。
「チィッ!」
舌打ちと共に再び刃を割り、バスターランチャーの砲口を露出させたFS-0000は、弾幕の飛来方向へ怒りと共に照準を向ける。
「やらせない!」
口腔いっぱいに溜め込まれたマギ粒子が光を放つ中、左の順手に持ち替えたヨートゥンシュベルトを手に、真上から降下してきた詩季が撃発寸前のダインスレイヴを打ち据え、矛先の逸れた粒子ビームが大地を抉る。赤熱と共に迸った爆風が砂煙の逆瀑布と共にコンクリート片を打ち上げ、粒子ビームに抉り溶かされた鉄扉が露出し、歪に隆起した断面からは煌々と赤熱が放たれる。
真上から刃を抑え付け、鍔迫り合いの恰好になった詩季は苛立った様子のFS-0000と一瞬睨みを交わすと、AHWを納めていた右手を掌底の形に広げる。マギを収束させた掌にサブスキル『聖域転換』を部分展開した詩季は、楔状に収束させた防護障壁を突き出し、そのまま左肩へ叩き込んだ。硬化した肉に食い込んだ光の楔は、詩季の元から離れると同時、収束していたマギを炸裂させた。
「ッ!」
肩口から吹き飛ぶ激痛に堪らず歯を噛んだFS-0000は、握り締めたまま柄にぶら下がる左腕はそのままに近接形態へ移行した得物を蹴り上げ、抑え付けていたヨートゥンシュベルトを大きく弾き飛ばす。そのまま振り下ろし、打ち据えようとした彼女は咄嗟に掌を突き出した詩季へ目を見開き、そのまま展開された聖域転換の障壁に受け止められる。
激しく干渉する刃と障壁が紫電を迸らせ、左へ往なした詩季は体側へタックルを叩き込むと、そのままバックステップで距離を取る。制動をかけ、軌道に砂煙を巻き上げた彼女は、大きく息を切らせながら左手から右手へヨートゥンシュベルトを持ち替えると、弾き飛ばしたFS-0000を見据える。
「どこまでも私をイライラさせる、お前はァ!」
怒髪天を抜かんばかりに吼えたFS-0000は、感情のままに体内のマギを解き放ち、翼の様に広がった禍々しい負のマギが、柄にぶら下がっていた左手と左の肩口とを結び、まるでぬいぐるみを編むかの様に取り付ける。生理的嫌悪感を誘発する水音と共に、五体満足に戻った少女は砲口を露出させた魔剣を振り回すと、様子を見守る詩季に向けて狙いを定める。
「ぶっ殺す! 今度こそ! お前をォオオオ!」
絶叫と共に血走った目を向け、引き金を引こうとしたFS-0000は撃発の直前に浴びせられた弾幕を回避し、高く跳躍すると、そのまま直下の詩季に照準する。
「皆まとめて死ねェエエエエッ!」
辛うじて言葉として聞き取れる咆哮と共に、最大出力で放たれたバスターランチャーの閃光がコンクリートへに突き刺さる。光の柱とも見紛う一撃を寸での所で回避した詩季は波打つ様にめくれ上がったコンクリートに目を見開き、咄嗟に防護障壁を展開する。散弾の如く叩き付けられた破片が防護障壁を嬲り、それと共に吹き荒れた衝撃波を背面からのマギ放射で耐えた彼女は激震と共に破断した大地に足を取られ、そのまま引力に沿って奈落へ引きずり込まれる
『ダウン5!』
落下に気付いた優愛の絶叫が詩季の耳朶を打つと同時、プレハブを中心に大口を開けた深淵が周辺へ展開していたウォーターシップダウンの面々ごと、彼女を飲み込む。
『きゃあああ!』
空きっぱなしになっていた優愛との通信回線が彼女の悲鳴を伝える中、瓦礫と共に落下した詩季は、雲に覆われていく月明かりを見上げながら闇の中へと吸い込まれていく。
瓦礫に四方を囲まれながら落下した詩季は叩き付けられる寸前、地面へ向けた足裏からマギを放射し、強烈なGを感じながら減速を行う。食い縛った奥歯が軋む中、足裏から放射された赤いマギの閃光が暗闇を照らし、ゆったりとした物へ変わった落下速度に合わせ、暫しの間、地下空間の一部を照らし、吹き抜け構造らしいそこを落下しながら見回していた彼女は、足元へ迫った分厚いコンクリート打ちの地面へ足を付ける。
それと同時、ピリピリと肌を刺した負のマギの感触に眉をひそめた詩季は、暗闇一色の周囲へ視線を巡らせる。今まで彼女を照らしていた月明かりは落下する合間に雲へ隠れており、天井以外開放感の無い閉鎖的な空間と合わせ、辺り一面を深淵とも取れる暗闇が支配する中、不快感に表情を歪めていた彼女は周囲に視線を巡らせる。
高負荷による破損によって短距離通信しか出来ない詩季の通信機は、高密度のマギによる磁場の歪みによる激しいノイズで使い物にならず、加えて損傷によりウェラブルデバイスからの補助も使えない現状、情報の
(早く、皆と合流しないと……)
この場に留まるリスクへの焦燥感を表情に滲ませた詩季は高ストレスに晒され、次第に酷くなる息苦しさと共に乱れる呼吸を抑え付ける。闇雲に移動しようと動かした足は鈍り、暴れる心臓と合わせて過呼吸気味だった呼吸は更に悪化し、視界は酷く捻じ曲がる。初期の過呼吸症状より、空間の負のマギを過剰に摂取してしまった詩季は先の症状に加えて神経痛も発症し始め、全身を刺す激痛に声を上げそうになりながらその場に蹲る。
激痛によって制御を離れた体が激しく痙攣し、意識を遠退かせ始めた彼女の目がゆっくりを上向いていく。意識を失いそうになる寸前、幻聴が彼女の耳朶を打つ。
『嬉しいですわ。ようやく死んでくれますのね、シキ』
今は亡い筈の級友が嬉しそうに囁くのをはっきりと聞いた彼女は辛うじて上げた視界に駆け寄る人影達を見つけると同時、意識を失った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「三朝さん!」
眼前、崩れ落ちる様にして倒れ込んだ詩季へ叫んだ優愛は目を見開く渚と麻衣を後ろに、彼女等の先陣を切って駆け寄る。駆けた勢いそのままに滑り込んだ彼女は、コンクリート打ちっ放しの床へグングニル・カービンとバッグを投げ置く。気絶し、力の抜けた詩季の体はいつも以上に重く、横倒しになった体へ手を回した優愛はCHARMからの身体強化を失った事で少し難儀しながら彼女を抱え起こす。
駆け寄る際の必死さから打って変わり、極めて冷静に詩季の脈拍と呼吸を確認した彼女は、サクリファイスを手にした渚と共に、周囲へ銃口を巡らせながら歩み寄ってきた麻衣へ視線を向ける。
「お姉ちゃん、先に行きすぎ。敵がいたらどうしてたの」
「え、えへへ……。ごめん」
「はぁ……。まぁ、何も無かったから良かったけどさ……」
警戒を解き、手にしたアステリオンの銃口を上げた麻衣は、誤魔化す様な苦笑を返す優愛へ呆れ気味の溜め息を漏らすと渚へ視線を向ける。黙々とただ一点を見つめる渚を訝しむ様に見つめた麻衣は、視線に気付いたらしい彼女の人懐っこい笑みへ睨みを返すと、二度目の溜め息を吐きながら手招きをする。修羅場の渦中とは思えない程に剣呑な雰囲気の渚に軽く苛立ちを浮かべた麻衣は、笑みを崩さず歩み寄ってきた彼女を睨み付ける。
「何かあった?」
「え? あぁ、いや、何も。暗いなぁって思ってただけだよ」
「ふーん……あっそ。そんな事思う暇があるならお姉ちゃんから状況確認したら?」
腰に手を当て、小首を傾げながら半目を向けてくる麻衣を笑みのままにあしらった渚は、足元で苦笑を浮かべる優愛へと視線を下げた。
「だってさ、
からかい半分の軽口と共に肩を竦める渚に、苦笑を崩さず返した優愛は彼女の浮かべる苦笑に僅かな動揺の色が滲んでいる事に気付いた。
「あの……」
心配から口を開きかけた優愛は、牽制する様に向けられた笑みに内心へ触れられたくない彼女の事情を察して、誤魔化しと共に口を噤ぐ。
(ごめん、優愛)
思わず威圧してしまった事を内心申し訳なく思いつつ、外面を取り繕った渚は、咳払いと共にその場を支配しかかる気まずさを晴らしながら本題へ入った。
「それで、
「はい。現在、ダウン5は呼吸と脈拍に異常、本人は気を失った状態です」
「了解。心当たりは?」
「恐らくですが、過呼吸症状を起因とした空気中の負のマギを過剰に吸い込んだ事による身体障害と思われます。甲州でもシェルショックで似た様な症状を起こした子がいましたから。それで、もし推測通りであれば一旦後方に下げ、マギ交感と並行して処置を施す必要があります」
「分かった。ならダウン5はこのまま後方へ下げ、
気持ちを落ち着かせながらそう指示を出す渚へ、麻衣と共に了解を返した優愛は、暴れない様に軽く拘束した詩季の体を背負うとそのまま固く荷紐を結び、滑り落ちない様に彼女の体を固定する。麻衣の介助を受けながら立ち上がった彼女は軽く体を上下させ、固定具合を確認すると、投げ置いていたグングニル・カービンとバッグを手に取り、背を向けたまま周辺警戒を行っていた渚の肩を叩いて準備完了を合図し、麻衣と共に先行する。
殿として周辺警戒を行っていた渚は一人分の間隔を置いて立ち上がると、サクリファイスを手に踵を返し、足早に彼女達の後を追う。一定の間隔を保ちながら後を追っていた彼女は、宙に浮かび、優愛の後を追う2つの光を凝視する。ぼんやりと光りながらも周囲への照り返しは無いそれらが次第に人の形を成していく中、背後からの殺気に気付いた彼女はその場で足を止め、気配のする方へ振り返った。
同時、同じ様な気配を感じたらしい優愛達の足も止まり、ゆっくりと、そして確実に、後を追ってくるそれへ彼女達は浅く得物を構えた。
「ダウン6」
「この感じ……ミドル級が2、いや、3か」
「迎撃しますか?」
「いや、僕が引き受ける。その間に彼女の移送を」
「
踵を返す優愛へ頷きを返した渚は、隊列を維持したまま離れていく彼女達を後ろに見送ると、ゆっくりと呼吸を整えながら迎撃態勢を取る。ゆっくりと迫る気配を正確に感じ取り、両手添えのサクリファイスを下段に構えた彼女は、影が形を成した様に暗闇からゆらりと姿を現した気配の正体、人狼型のヒュージを見据える。
一様に低い唸り声を上げながらゆっくりと歩み寄っていく彼等は、一定の距離を保つ様に後退る彼女へ威圧する様に牙を剥き、広げた五指の先に刃の様な鋭い爪を露出させる。短剣の様な長さまで伸びた鋼色のそれが負のマギを纏うと同時、固有の青白い輝きが薄暗闇を力強く照らし、手にした暴力的な光を振り被った人狼達は堰を切って渚へ襲い掛かった。
瞬間、下段からサクリファイスを振り上げた彼女は先頭の一匹を逆袈裟に切り裂き、宙に青白い体液をぶち撒ける。半身と共に宙を舞う活性化状態の体液が輝きを放ちながら膜状に広がり、後続の二匹の視界を遮るそれに紛れた渚は右側に体を躱すと、そのままもう一匹の足元へ潜り込み、得物を構える。大きく開かれた脇腹へ切っ先を向け、そのまま一息に心臓を突き立てた彼女は首筋から刃を飛び出させた後、即死した死体を足蹴に、刃を抜きながら続く一閃を回避する。
寸での所で回避した爪の一閃が既に息絶えた同類を切り裂き、異形の肉と血が宙に踊る中、血振りした得物を構え直した渚は続く一撃を弾き逸らすと、胸部を深く切り付ける。悲鳴と共に青い血が宙を舞う中、絶命寸前のヒュージにトドメを刺さんと僅かに覗ける心臓部へ切っ先を向けた渚は、斬りかかる寸前、視界の端に映った青白い瞬きに気付き、咄嗟に身を引いた。
瞬間、彼女がいた場所を閃光が薙ぎ払い、巻き添えを食らった人狼の体が塵芥と化す。閃光から飛び散った高温のマギ粒子が無理な回避で姿勢を崩した彼女目掛けて散弾の如く浴びせられ、防護障壁に激突したそれがスパーク音をがなり立てる。飛散粒子の勢いに押されるまま、二回転した渚は剣を構えながら立ち上がると、自身目掛けて吶喊してきたタマムシ型のヒュージ数匹を切り裂き、次いで姿を見せたミドル級の一撃を受け止める。
歪に隆起した唯一の腕を黒曜石の様な輝きを纏う刃に変え、彼女と鍔迫り合いを演じるミドル級は、成人男性の様な筋骨隆々の二足の上に腕を生やした肉腫の様な醜い肉塊がのっかった不細工極まりない姿をしていた。凡そ人と形容出来ない異形は、彼方此方に生み出された呼吸器から白煙を伴った呼吸を放ち、肉塊の中央に据えられた単眼が血走った視線を切り結んだ相手へ注ぐ。
「くッ……!」
押し潰される様な形で刃を受け止めてしまっていた渚は、体格差そのままに潰されそうになるのを堪え、峰に手を添えながら歯を食い縛る。過負荷を受けた地面にヒビが穿たれる中、背面からマギを放射して僅かに押し返した渚は、見極めた軸足へ足払いをかけ、鍔迫り合ったままのサクリファイスを手繰って引き倒すと大きな隙を晒した背へ刃を突き立てる。
呼吸器から甲高い断末魔を上げるミドル級が死に際の一太刀を浴びせようとするよりも前に、頭頂部にかけてを両断した渚は呼吸を乱しながらその場に崩れ落ち、死後硬直を起こす異形へ大玉の汗を零す。妖刀の力では誤魔化す事が出来ない程に消耗し、ぼやける視界に歯を噛んだ渚は、自身から姿を現したマリアと対面すると心配そうな顔をしているのだろう彼女へ誤魔化す様な微笑を向けながら立ち上がる。
『お姉さま、大丈夫?』
「あ、ああ。大丈夫。少し疲れただけだから」
『そう……。お休みする?』
心配そうな口調と共に覗き込んでくるマリアへ首を横に振りながら苦笑を返した渚は、深呼吸と共に立ち上がると引き抜いたAHWの残弾確認をしながら戦闘音が乱反射する周囲へ視線を巡らせる。
「正直、今すぐにでもそうしたいけど、そうすると他の皆が困っちゃうからね」
『……そっか』
「そうだよ。でも、気遣ってくれてありがとう、マリア。……ところで、アイネ達がいる方角、分かる?」
『えっと……。うーん、周りのマギが濃くて分かんない。ごめんなさい、お姉さま』
「そっか。いや、大丈夫だよ。それなら歩いて探すから」
装備品を一通りチェックし、元の位置へ納めた渚は、申し訳なさそうに宙に浮かんだ体を縮こめるマリアへ苦笑を漏らすと実体の無い彼女の頭を撫でようと手を伸ばし、それに気付いたマリアが表情を一変させ、嬉しそうに頭を垂れて自分から伸ばされた手を迎えに行く。
半透明の小さな頭に指先が触れる寸前、肌を刺した悪寒と共に脳裏に直感を過ぎらせた渚は、突如として現れた殺気目掛けてサクリファイスを振り抜く。左の逆手から放たれた音速の一閃が亜音速で突撃してきたゾウムシ型ヒュージを両断し、勢いそのままに滑走した残骸が生々しい水音と金属質な共振音とのカクテルを放ちながら闇の中に消えていく。整いかかっていた呼吸が再び荒れ始める中、残心で血振りしていた渚は左から右の順手へ持ち替えながら剣戟に巻き込んだマリアの様子を伺う。
流れた視線の先、小動物の様に怯え切った様子の彼女は義姉の剣戟が体を透過した事など気にも留めておらず、せっかくのスキンシップを反故にされた事に心底立腹している様子だった。形容出来ない安堵を吐息にして吐き出した渚は変わらず遠くに戦闘音を鳴らす周囲へ視線を流し、次なる敵意を探る。
(さっきの突撃、直前まで気配は無かった。このやり方は……)
つい十数分前の心当たりを内心に抱えながら周囲を見回していた渚は、不意に向いた視線の先で輝く青い双眸に気付き、嬉し気に細められたそれを睨み付けた。
睨み付けた先、ハズレを引いた、と言わんばかりの仕草と共に姿を露にしたFS-0000は、サクリファイスを向けてくる渚へ嫌味っぽい笑みを浮かべながら気だるげに振り上げたダインスレイヴを肩に担う。
「あーあ。こっちはハズレかぁ。ねぇ、雑魚、さっきの仕留め損ない、どこ行ったか分かる?」
「……そんな言われ方で答えると思うかい?」
「まぁ、良いよ。答えないなら殺すだけだし」
そう言いながら威圧する様にダインスレイヴを地面へ叩き付けたFS-0000は、青く輝く双眸に殺意を宿らせ、渚を睨み付ける。
突き付けられた殺意を受け流しつつ、自覚した自身の消耗具合を鑑みた渚は焦りを押し殺しつつ、低く姿勢を落としながら剣を構え、傍らに浮かぶマリアへ一度視線を送る。
『マリア、今から僕は時間稼ぎをする。その間にアイネを探しに行ってくれ』
『わ、分かった。そ、それで、見つけたらどうすれば良いの?』
『僕が一人で戦っていると彼女に教えてくれれば良い。それからどうするかは彼女が考えてくれる。さぁ、早く!』
念話で催促した渚は、ぼんやりとしたマギの光を放ちながら慌てて離れていくマリアを見送るといつの間にか距離を詰めて来たFS-0000の一撃を受け止める。速度と大質量とが乗った一撃を刀鍔で受け止めた彼女は、背面からマギを放射して速度を殺しきるとそのまま押し返す。
「相っ変わらず面倒な奴。さっさと死ねよ!」
「悪いけど、生き汚いのは性分なんでね!」
心底不愉快そうに咆えるFS-0000へ負けじと声を張った渚は、飛び掛かりの一撃を回避するとそのまま彼女の背へと斬りかかっていった。
一方その頃、詩季を回収したアイネ達はヒュージ、ロボット、強化リリィの混成部隊の波状攻撃を受けており、真霜達が中心となって対処に当たっていた。
「まだ終わんねえのかよ! こんなんじゃこっちだって保たねえよ!」
悪態と共に仕留めたロボットの残骸を蹴り飛ばした真霜は、飛び掛かったスモール級ヒュージに左拳によるカウンターを叩き込み、墜落した体躯にヨートゥンシュベルトを叩き付け、外殻ごと肉を割った。
「
真に迫る黄昏の声と共にその場から飛び退いた真霜は、自身のいた場所へ振り下ろされた蝕腕を回避すると、一撃を空振らせたミドル級の腹部へ回し蹴りを叩き込む。
腹に響く打撃音と共に内臓を破壊されたミドル級が軋む様な声を上げながらその場に崩れ落ち、その隙を過たず接近した真霜は、大上段からの一撃の頭頂部へ振り下ろし、人の形を模した肉塊を真っ二つにする。
大振りの一撃で隙を晒した彼女へ強化リリィが迫り、意趣返しと言わんばかりに上段へグングニル・カービンを振り上げる。
「しまっ……」
疲労もあり、一瞬反応を遅らせてしまった真霜は遅れて身構えながら血走ったリリィの目を睨み付ける。傷だらけの戦斧が容赦無く振り下ろされる寸前、爆発音に近い轟音と共に宙を走った四連射が、グングニル・カービンごと少女の体を容赦無く射抜いた。
射抜かれたマギクリスタルコアが砕け散り、傷口から青い血を吹きこぼしながら仰向けに撃ち落とされた少女は背から血溜まりを広げ、苦し気に息を漏らす。
『
「
『うっさいボンクラ。文句なら
嫌悪感いっぱいの心底面倒そうな麻衣の言葉に苛立ちを浮かべた真霜は、一方的に切られた通信に舌打ちしながら立ち上がり、撃墜された少女の方へと歩み寄る。
「お姉、様……」
生気を失った目を点に向け、うわ言を呟く少女へ歩み寄った真霜は、内心に抱えた苛立ちそのまま、彼女の頭蓋を踏み砕く。小さな少女の頭は潰れたトマトの様に内容ごと砕け散り、飛び散った青い血に潰れた脳漿が混じる。異形の血に塗れ、ぬめるコンバットブーツに舌打ちしながら血振りした真霜は、荒く息を吐くと晴れない心の内を解消する様に次のターゲットへと斬りかかっていった。
一方、詩季を収容した隊列の後方では気を失った彼女への応急処置が終わり、後は昏睡状態から回復する事を待つばかりとなっていた。
「カズミ、シキの状態は?」
麻衣や冨亜奈と共に隊列の護衛に回っていたアイネは、二丁拳銃にしたトリグラフを手に後方へと下がり、ちょうど処置を終えた和美と優愛の傍にしゃがみ込む。
「過剰吸引した負のマギによる身体障害は卯月さんのブレイブで粗方浄化し、回復傾向。ただそれに伴う意識障害は現在回復待ちの状態」
「如何にかならないかしら」
「無理ね。如何にかしようにも、私も卯月さんも気付け薬の持ち込み分を使い切ってるから。まぁ、そこら辺に落ちてれば話は別だけど」
冗談めかした物言いと共に苦笑を浮かべ、視線を逸らした和美は、焦燥感を浮かべながら押し黙るアイネへ視線を向けると、さもつまらなさそうに鼻で笑った。
「もしかして、隊長さんの事? まぁ確かに、そろそろ合流しないと不味い頃合いよね。どうするつもり?」
「捜索班を編成する。とにかく彼女が孤立しなければそれで──―」
「でも、敵の波状攻撃は激しさを増す一方よ。下手にリソースを割けば、こちらは不利になる」
広げた道具を片付けながら興味無さげに言葉を交わす和美に、小さく歯を噛んだアイネは、優愛の膝に頭を置き、昏々と眠り続ける詩季を見下ろす。
──―このままでは渚は失われる。
そんな焦りを内心へ抱きつつも、アイネは詩季を責めようとは思わなかった。むしろ、彼女は被害者であるとすら思っていた。
(彼女の昏睡と合わせ、この事態を引き起こしたのは、無理と分かって戦地へ投入した私の判断ミス。言い逃れは出来ない事実よ)
砲声と剣戟の共振音を背景に、そう自分へ言い聞かせていたアイネはそれでも燻る八つ当たりの感情に表情を歪める。論理と感情で揺れ動き、苦悶の表情と共に額を抑えた彼女は伏せ目と共に感情を飲み下すと、大きく息を吐き出した。
「一先ず、対応はこちらで考える。二人は引き続き、容体の観察。何かあれば連絡──―」
『アイネお姉さま!』
そう言いかかったアイネは、話を遮る様に飛び込んできたマリアに和美達共々目を見開く。
「どうかしたの?」
『お姉さまが、一人で化け物と……! それで、アイネ御姉様にそれを伝えろって!』
「ッ……! 分かった。マリア、ナギサの居場所は案内出来るわね?」
『う、うん! 大きく動いて無ければ、だけど』
「十分よ。すぐに準備する。それまで近くで待っててちょうだい」
手短な指示に従い、その場から離れるマリアを見送ったアイネは、わざとらしく溜め息を漏らした和美へ振り返る。心底くだらなさそうな目で軽く睨み付けてくる彼女へ、負けじと睨み返したアイネは、そんな姿を鼻で笑われ、苛立ちと共にダジボーグの銃口を彼女の額へ向けた。
「あら、怖い怖い。大切な仲間へ簡単に銃口を向けるなんて、愛する隊長さんが見たら何て言うかしら」
銃口の圧に負けじと嘲笑を向けた和美は、引き金に指をかけたまま歯を噛むアイネへねめつける様な視線を向ける。
「ちょ、ちょっとお二人共! そんな事をしている場合じゃないです!」
一触即発の状況を前に思わず身を乗り出した優愛は、射竦める様な視線を浴びつつ、何とか仲裁をしようと目を泳がせながら言葉を探す。
そんな最中、苦し気な呻き声を上げた詩季が苦し気に身動ぎし、驚きと共に上体を起こした優愛は目を閉じたまま、苦痛に表情を歪ませる彼女を心配そうに覗き込む。覗き込むと同時、静かに薄目を開いた詩季と目を合わせた優愛は、僅かに乱れた呼吸と共に伸ばされた手を取ると背へ手を回し、彼女の体を起こそうとする。
「三朝さん、気が付きましたか?」
「み……はる……」
「三朝さん? 大丈夫ですか?」
「どう……して……」
「大丈夫じゃなさそうですね、もう少し様子を──―」
言いかかった優愛は虚ろな目を見開いた詩季に手を払われ、そのまま組み敷かれる。体格差そのままに圧倒され、強かに背を打った優愛は激痛に表情を歪めたのも束の間、両肩を抑え付けられ、立ち上がる事すらままならないまま、肩で息をしながら憎々し気に睨み付けてくる詩季を見上げる。
「どうして、私を置いて逝ったの!」
様子のおかしさに動揺する優愛を他所に、掠れた詩季の喉から絶望を宿した目と共に叫び声が放たれ、戦闘の音に掻き消されていく。
天から降り注ぐ轟音を背景に、意識混濁状態の詩季は、組み敷いた優愛に美晴の幻覚を重ね、困惑する彼女を正しく認識できないまま、糾弾し続ける。
「あの時、死ぬ事を選んだあなたに、私は、私は! 恨まれていたと思っていたのに……!」
組み敷いた優愛を見下ろしたまま、詩季はいっぱいに開いた虚ろな目に涙を滲ませる。
「そうでなかったのなら、何であなたは死んだの!? 私はただ、あなたに生きていて欲しくて、ずっと、ずっと支えていたつもりだったのに! どうして!」
大粒の涙を零しながら泣き叫び、その場に崩れ落ちた詩季は形にならない声を上げ、悲しみを浮かべた優愛の胸の中に顔を埋める。
痛ましい姿の彼女を慰める事も出来ず、苦い顔のまま、ただ顔を背けた優愛とアイネが沈黙する中、同じく顔を背けていた和美は、小さく肩を震わせながら端正な横顔を崩し、口端を大きく歪ませる。
(素敵な顔よ、三朝詩季。あなたが味わってきた地獄が涙を通して私にも伝わってくる)
醜悪で、それでいて美しい詩季の姿を横目に流し見た和美は、獲物を見つけた狡猾な肉食獣の様に目を細めると恍惚とした視線を彼女へ注ぎ、無意識に熱っぽい息を漏らす。
(やはりあなたは最高のリリィ。こうして傍にいるだけでも、胸の高鳴りが収まらないわ)
昂る胸の内を抑えながら大きく歪ませた口元を覆った和美は、殺気立った視線で見つめるアイネに気付くと、水を差された不快感を内に抑えながら牽制する様な笑みを返す。内面の殺意が滲んだ彼女の笑みを前にしても尚、アイネは怯む様子も無く、和美を睨み返し、暗闇の中で交わされた二人の視線が火花を散らす。
そんな彼女等を見かねた優愛が仲裁に入る中、未だ落ち着かない様子の詩季は、自身から離れていった彼女の背を不安げに見つめ、ゆっくりと呼吸を乱していく。両者を叱咤する彼女の声が遠退くにつれて息苦しさは増していき、一呼吸ごとに甲高くなっていく呼吸音はやがて喘鳴へと変わっていく。
「三朝さん!」
驚きの表情と共に駆け寄る優愛を他所に、目眩を起こした詩季はその場に崩れ落ち、口腔から多量の涎を垂らしながら体を激しく痙攣させる。最早己の体を制御出来ない彼女は、苦悶の声を上げながら打ちっ放しのコックリートへ染みを穿っていく。
意識も遠退いていく中、言葉にならない呻き声を上げた詩季は、駆け寄る優愛とは別に青白い光を二つ、ぼやけた視界に捉えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
気を失いつつある詩季を見つめていた二つの青白い光は駆け寄った優愛を通す様に分かれると、その姿を人のそれへと変えていく。粘土細工の様に変形していく光は、やがて鹿島美春と一ノ瀬夏輝の姿に変わり、元の姿を得た彼女等は宙に浮かんだまま、足元で処置を受けている詩季を見下ろす。白目を剥き、体を痙攣させる彼女を前に、自らが遺した代償の重さを目の当たりにした美晴達は苦々しい表情を浮かべる。
「御姉様……」
かつて師弟関係を結んだ義姉を苦し気な口調で呼んだ夏輝は、応急処置を進める優愛の背を見つめながら自身の死の間際に吐いた我儘を思い返していた。
功に逸り、詩季の制止を振り切って先行し過ぎた彼女は、下半身をヒュージに吹き飛ばされ、辛うじてCHARMに生かされていた。どうせ死ぬのならば、これ以上苦しみたくない、とそう悟った夏輝は、楽になりたい一心で、『慈悲の一撃』を与えてほしいと、追いかけて来た義姉へそんな我儘を言った。
優しい義姉の性格を考えれば残酷とも言えるそんな我儘でも、彼女は叶えようとしてくれた。冷たい印象を漂わせた端正な顔に恐怖を浮かべ、震える手でCHARMの砲口を向けた彼女は、苦しみから解放する事の意味を理解しながらもそれでも大切な義妹である自分を撃ちたくないと、そんな拒絶の意思を目に宿していた。
「ごめんなさい、御姉様」
感情と理屈との逡巡の果て、躊躇いがちに詩季は引き金を引いたが、残弾少ないCHARMの砲撃が夏輝の頭部を粉砕させた時にはすでに、彼女の息は無かった。
命令違反を起こし、死に際に残酷な我儘を言った負い目を未練に、現世へ残った彼女が見たのは、与えるべき慈悲が間に合わず、ただ徒に体を傷つけた事実に打ちひしがれる義姉の姿だった。
(私がもっと、あなたの言う事を聞いていれば)
あの時、早く義姉の隣に並び立てるリリィになりたいと日に日に募らせていた焦りを爆発させてしまった自分は、感情的に命令違反を起こした。それが結果的に尊敬する義姉を追い詰めてしまった。
晴らせない後悔を抱き、表情を曇らせた夏輝の隣、唇を噛み締めていた美春は、まとまらない思考の中で詩季の言葉を思い返していた。
『私はただ、あなたに生きていて欲しくて、ずっと、ずっと支えていたつもりだったのに! どうして!』
錯乱し、悲痛な表情と共に優愛を相手に泣き叫んだ彼女の言葉は、自分が伝えた言葉に対する答えであり、本心なのだろう。
──―これから先、心の傷を抱えた苦しみが待っているとしても、それでも諦めず、自分と一緒に生きていて欲しかった。
それが彼女の、三朝詩季の願いだった。
(私は……)
──―本当に正しい選択をしたのだろうか。
彼女の為と言いながら、自分の選択は結果的に彼女を追い詰めた。そして何よりも彼女が、誰よりも心に傷を負い続けた彼女が、自らを犠牲にしてまで願った『生きていて欲しい』と言うその思いを、自分は彼女を理由にして裏切った。
どんな言葉を尽くして取り繕おうが、結果的に自分は『生きる』と言う地獄から逃れたい一心で、自分の為だけに三朝詩季を理由に使ってこの世を去り、そして今に至るまで、死者を忘れまいと生き続ける彼女を苦しめ続けた。
自分勝手な願いを押し付けた自分を恨んで鹿島美春は自殺する事を選んだ、とそんな呪いによって。
(詩季、私は……)
思考に過ぎった後悔の念に歯噛みした美春は、優愛の呼びかけを受けても目覚める気配の無い詩季を見下ろすと、変質しつつある
「美春様、何を!?」
痛々しい義姉の姿に目を伏せていた夏輝が驚きの声を上げる中、詩季の傍まで滑り込んだ美春は、微かに聞こえる程の静かな呼吸を繰り返す彼女を見下ろすと浅く上下する彼女の胸へと手を伸ばした。
瞬間、伸ばされた手が詩季に吸い込まれていき、それに引きずり込まれる様にして美春は彼女の中へ入っていく。
「美春様!」
目を見開き、真に迫った叫びと共に宙を滑った夏輝は、義姉の体へ沈んでいく美春へ手を伸ばす。
「あなたは来ないで! これは、私がやらなきゃいけない事なの!」
静止する様にそう叫んだ美春は肩までを吸い込まれながら宙に留まった妹分に微笑んで見せると、そのまま詩季の体の中に沈んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、詩季の目覚めを待っていた優愛達の状況は悪化の一途を辿っていた。接敵から十数分、未だに波状攻撃は止む事無く、圧倒的物量に消耗を強いられたオリヴィア達は否応無しに戦線を後退させられていた。
「クソっ!」
悪態と共に振り下ろされたアームを受け止めた真霜は、ヨートゥンシュベルトへ叩き付けられたロボットの隻腕を力任せに振り回し、頭から地面へ叩き付ける。痛ましい破砕音と共に頭部が砕け散り、人間のそれの様に痙攣を起こした機体はそれでも真霜を仕留めようとぎこちなく四肢を動かすも、覚束無い動きを見逃す彼女では無く、そのまま動力部に分厚い刃が叩き付けられる。
一撃による損傷を受けたバッテリーが破裂音を放つ中、顔から玉の様な汗を零した真霜は荒く息を吐きながら刃を引き抜き、勢いそのままに横薙ぎを放つ。放たれた一撃と隙ありと言わんばかりに飛び掛かってきた強化リリィの振り下ろしとが激突し、持ち手の体重差から強化リリィが弾き飛ばされる。
「クッソ、キリがねえ! こんなんじゃCHARMも保たねえぞ!」
舌打ちと共に悪態を放った真霜は、着地と同時に距離を詰めてきた強化リリィの一撃を受け止める。僅かに後退りをしながら鍔迫り合いを演じた彼女は、押し込みにかかろうとする少女を圧倒的な膂力で以って制するとそのまま峰で顎を砕き、脳震盪を引き起こす。
ぐらりと体が揺れ、白目を剥いた彼女が膝を突くと同時、胸部までを斬り潰した真霜は花開いた様な格好の死体には目もくれず、荒れた呼吸を整える。
深呼吸を繰り返す彼女の周囲ではオリヴィア達が戦闘を繰り広げており、消耗の色の見える彼女達も何とか迎撃する事は出来ていたがそれも長くは続きそうには無かった。
「クソが、お前さえ起きればこんな事にはよ……」
悪態を吐き、詩季がいるであろう方を見た真霜は、畳み掛ける様にして襲い掛かったスモール級を切り裂き、人型ミドル級からの一撃を弾き、結晶を生やしたマネキンの様な風体のそれを縦に割る。
「んで、これからどうすんだ、司令塔さんよッ!」
続くロボット二体がかりの攻めを捌きながら通信機にそう吹き込んだ真霜は、分厚い刃でクローアームを受け止めると背後へ視線を回し、そこにいるであろうアイネを睨み付ける。
後退指示のタイミングこそ正確だったが、未だ詩季や渚を見捨てられずにいる彼女に苛立っていた真霜は、右足の身体強化の出力を上げ、脆くなっていた一体の腰を蹴り付けて真っ二つにする。
『現状維持よ。未だダウン5が目覚めていない』
「チィッ、相も変わらずそれかよ! 優等生ぶりやがって、そんな事を言ってる場合じゃねえだろ! これじゃあ全員共倒れになんぞ!」
『怒鳴らなくても分かってるわよ。……そんなに死ぬのが怖いなら、あなただけでも尻尾巻いて逃げなさいよ』
苛立ちを孕んだアイネの口調に再び舌打ちを返した真霜は、通信を一方的に切ると、八つ当たり気味に蹴り倒していた一体を踏み砕き、もう一体の一撃を弾く。けたたましい共振音と共に弾かれたクローアームを粉砕し、返す一太刀で頭部ユニットを刈り取った真霜は、大の字に倒れ、耳障りなノイズを迸らせた機体に苛立ちを浮かべたのも一瞬、背後に感じた殺気にヨートゥンシュベルトを振るった。
振り返り様、逆袈裟に放たれた刃が空を切り、その手応えの無さに眉をひそめた真霜はいつの間にか攻撃が止んでいる事に気付いた。
「一体どうなってんだ、こりゃ」
独り言ち、静まり返った周囲へ目を向けた真霜は、翻弄する様に暗闇を飛び交う殺気に舌打ちし、自身が積み上げた死体の山を跨ぎながら優愛達がいるであろう場所へと慎重に歩みを進めていく。
『ダウン7よりダウンユニット。何かあった?』
『ダウン2よりダウン7へ。敵の波状攻撃が止まりましたわ。打ち止め、と言う訳では無さそうですが』
『……了解よ。各ユニットは一旦こちらへ集合し、全周警戒。今の内に休憩を』
オープンチャネルに乗ったアイネとオリヴィアのやり取りを聞きながら歩みを進めていた真霜は、溜め息と共に脱力し、下げていたヨートゥンシュベルトを肩に担うと殺気の消えた周囲を見回す。
(さっきの、何だったんだ?)
暗闇を見回し、首を傾げた彼女は、気にしてもしょうがないだろうと気分を切り替え、欠伸を噛み殺しながら集合地点へ向けて歩き始める。床を埋め尽くさんばかりの死体を面倒そうに跨ぎ、歩を進めていた真霜は大量の汗を吸い、酷い損傷を受けて最早用を成さない上着を脱ぎ捨てるとシャツの第一ボタンに手をかける。
「あちィ……」
熱気のこもったシャツで扇ぎ、大きく息をした真霜は背後へ再び殺気を感じ、浅く身構えながら振り返る。それと同時、眼前にダインスレイヴの刃が飛び込み、咄嗟に受け止めた彼女は、膂力の差から弾き飛ばされ、そのまま地面を滑走し、死体に引っかかって後ろに転倒する。
そのまま後方転回で起き上がった真霜は、不意に左へ気配を感じ、一瞬視界を向ける。だが、そこには何も無く、一瞬遅れて化かされた事に気付いた真霜は、真正面から斬りかかってきたFS-0000に獣の速度で反応し、振り下ろされた刃を受け止める。
「ッ……!」
人外の膂力を前に歯を噛みつつ、如何にか拮抗させて見せた真霜は、激しい火花を散らす刃越しに破顔するFS-0000を睨み付けると、一瞬身体強化の出力を限界以上に上げ、押し込みにかかっていた彼女の体を弾き飛ばす。
「何だ、テメエは……!」
肩で息をしつつ、ヨートゥンシュベルトを構え直した真霜は、返答代わりに笑みを零したFS-0000に舌打ちすると得物を振り上げ、彼女に斬りかかる。身動き一つ取らず、ただ刃を受けるのを待つばかりの少女を訝しみつつ、一息に振り下ろした真霜は、分厚い刃が彼女の体をすり抜けたのに目を見開く。
「な……ッ!?」
驚愕を浮かべ、着地した真霜が再び化かされた事を悟ると同時、暗闇から溶け出す様にして姿を現したFS-0000が背後から斬りかかり、咄嗟に構えられた刃が激しく打ち据えられる。不意打ちを食らい、火花を浴びながらたたらを踏んだ真霜は、更に畳みかけられた大上段からの一撃を受け止め、そのまま鍔迫り合いに発展する。
「あっは! やっぱあの仕留め損ないじゃないと面白くないなァ!」
「言ってくれるじゃねえか、ヒトモドキ!」
嘲笑を浮かべ、力の限り押し込むFS-0000へ咆えながら押し返した真霜は、嬉しそうに笑う彼女を睨み付けると、体内でレアスキルの発動を自覚した。
──―ルナティック・トランサー
茶けた目を青く染め、身体強化以上のマギ出力を全身へ巡らせた真霜は、地面をひび割らせながらFS-0000を押し返しにかかる。
「ォオオオオオッ!」
獣の様な咆哮と共に少女の体躯を押し上げた真霜は、宙に浮かび上がった彼女へそのまま刃を叩き付け、大きく弾き飛ばす。
「さっきのセリフを後悔して死にやがれェえええッ!」
砂埃を立て、滑走するFS-0000目がけ、猪突した真霜は、体を支配する獣性そのままに刃を振り上げ、血走った目に捉えた少女を叩き潰さんとばかりに殺意を放つ。
必殺必中を期し、刃が振り下ろされた瞬間、眼前の少女の姿が激しいビデオノイズとなって消え失せる。
「何ッ!?」
「だったら同じ手に引っかかってんじゃねえよ!」
背後を取った少女の叱咤と共にバスターランチャーが放たれ、背面に直撃を受けた真霜の体が呆気無く吹き飛ばされ、直撃の勢いで揺さ振られた彼女のレアスキルが強制的に解除される。戦闘音を受け、何事かと身構えていたアイネ達の元まで吹き飛ばされた彼女はそのまま強かに地面へ叩き付けられ、倒れた衝撃で気を失い、ヨートゥンシュベルトを取り落とす。
「ダウン1!?」
暗闇から突然現れたかの様な彼女へ驚愕を浮かべながら駆け寄ったオリヴィアは、後を追う様に姿を現したFS-0000に気付き、目を見開いた。
「あなた……! ッ、と言う事は」
言い様、傍らに置いていたティルフィングを手に取ったオリヴィアは血糊でくすんだ切っ先をFS-0000へ向け、幾分か切れ味の落ちた鋭い刃と共に彼女を睨み付ける。
「あなたと戦っていたリリィ、何処にやりましたの?」
「あ? ああ、アイツ? 持ってるよ。ぶっ倒したのになかなか死ななくていい加減邪魔だし、何なら返してあげようか?」
「……ええ。お願いいたします」
苦い顔と共にそう返したオリヴィアは、不敵に笑い返したFS-0000の背後、暗闇から投げ出されてきた渚に視線を流し、ボロボロの制服に身を包んだその姿に小さく歯噛みする。意識を失っているのか、脱力したままの彼女へ歩み寄ったオリヴィアは、呼吸と脈拍を確認すると通信機を起動し、後方で待機している冨亜奈と黄昏を呼ぶ。
(取り敢えず気を失っているだけ、ですわね)
意識を刈り取るまで相当痛めつけられた痕はあれど、何とか死んではいない事に安堵したオリヴィアは、気を引く様に数度舌打ちを送ってきたFS-0000へ意識を向け直す。
「それで、お前は何? 邪魔だからさっさとどいてくんない?」
「あら、奇遇ですわね。私、あなたを足止めして時間稼ぎをしようとしていましたの。このままお喋りにお付き合いいただけますこと?」
「時間稼ぎ? 何の為の?」
「あなたを倒す為の、ですわ」
「あっそ。ならお断りだ!」
満面の笑みと共に斬りかかったFS-0000に笑みを返したオリヴィアは、大上段から振り下ろされた一閃を受け止めると、苦い表情と共に内心でレアスキルの発動を宣言し、文字通り目の色を赤く変えた。
──―ルナティック・トランサー!
瞬間、オリヴィアの全身から力が沸き上がり、同時、過剰分泌されたアドレナリンが彼女を一時的な興奮状態を誘発し、魔獣の如き膂力で以って少女の皮を被った人外の一撃を受け止めたオリヴィアは、嘲笑を浮かべた彼女を睨み付けるとそのまま圧倒し、痩躯を大きく弾き飛ばす。
強い衝撃を受け、足元から砂埃を上げながら滑走したFS-0000は、追撃に入ろうとするオリヴィアへねめつける様な視線を向ける。
「いただきましてよ!」
瞬かせた赤く目で睨み付けたオリヴィアは蹴り付けた地面を砕きながら低空を滑空し、彼我距離を詰める。風切り音を伴いながら猪突した彼女がティルフィングを振り上げ、刃の射程圏内に捉えた瞬間、悠然と見上げたFS-0000の口元が笑みの形に大きく歪んだ。
「ッ……!」
瞬間、真横から亜音速で猪突したヒュージが外殻を砕きながらオリヴィアを弾き飛ばし、無視出来ない衝撃を受けた彼女はろくに受け身も取れないまま、コンクリートの地面へ強かに叩き付けられ、限界近い制服へトドメを刺しながら地面を滑走する。
下敷きになった右腕に激しい痛みを感じ、辛うじて触れているだけのティルフィングを左の逆手で握ったオリヴィアは、全身の痛みに耐えながらそれを支えに立ち上がる。
「分かってはいましたが、一対一で戦ってはくれませんのね……」
「当たり前じゃん。ルールがある訳でも無いんだしさァ!」
「それも……そうですわね」
薄ら笑いを浮かべ、深く息を吐きながら立ち上がったオリヴィアは、嘲笑を崩さないFS-0000を見据えながら浮かべていた笑みを吹き消し、突き立てていたティルフィングを順手に持ち替える。
(相手が単騎でいると踏んでルナティックトランサーを発動させましたが、迂闊でしたわね)
無事な左腕で構え直したオリヴィアは、深呼吸と共に発動させていたレアスキルを解除すると、過集中に陥る寸前だった脳内を冷静な状態に如何にか引き戻す。
(恐らく同様の伏兵はまだいる筈、となるとルナティックトランサーは迂闊に使えない)
使用者を一時的にバーサーク状態に突入させるルナティックトランサーはその特性上、眼前の敵への過集中を誘発させやすいレアスキルであり、視野狭窄のリスクの観点から対集団戦闘にはあまり向いていない。事実、先のヒュージの突撃についてオリヴィアは直撃するまで検知出来ず、それ故に回避動作すら取る事が出来なかった。
(状況は不利ですが、元より覚悟の上。後は私の命がある内にシキさんが目を覚ますと言う博打に勝てれば良いだけの事)
「参りますわッ!」
意を決し、ティルフィングを肩に担ったオリヴィアは、痛む右腕をたなびかせながら再びFS-0000へと猪突した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時は戻り、十数分前。詩季の精神へ潜り込んだ美春は、そのまま渦状の何かに吸われる様にして赤く染まった空の下、墓石が無限に並べられた墓地へ投げ出された。同時、尻餅をついた彼女は、赤い空共々、詩季の心象が形作った異様な風景を見回すと、全身を包んだ衣類の感覚に気付き、生前の姿に戻った全身を見回した。
ヨートゥンシュベルトまで再現された姿に困惑していた美春は、すぐに何をするべきかを思い出し、墓石ばかりが続く周囲を見回す。
(詩季、どこなの!?)
焦燥感と共に走り出した美春は、墓地の遊歩道沿いに走り、詩季の姿を探す。吹き付ける潮風が鼻腔をくすぐる中、浅く息を切らせながら走った美春は、自身の墓前にしゃがみ込んでいる御台場の制服姿の詩季に気付いた。
「詩季!」
シオンの花束を前に黙祷を捧げる詩季へ叫ぶ様に呼び掛けた美春は、組んだ手を解き、目を開けた彼女へとゆっくりと歩み寄る。
「美春、なの?」
「……ええ。そうよ。正真正銘、私は鹿島美春。あなたの、親友だった女。そして、あなたの望みを裏切った薄情者。さっきの言葉は聞いていたわ、詩季。……ごめんなさい、私は、あなたの──―」
「ッ……! 今更!」
怒りのまま、下げていたヨートゥンシュベルトを引き抜いた詩季は激しい憎悪を目に宿し、切っ先を向けた親友を睨み付ける。
「今更、何を謝るって言うの!? そんな事をした所で、あなたはもう!」
「……そうね。私はもう、取り返しのつかない選択をしてしまった。今更謝罪した所で、何も変わらない。けど、それでも……」
「そんな事、しなくて良い! そうやってまた、私の気持ちを無視して自分善がりな事をするつもりなの!? あなたにとって、私はそんなにもどうでも良い存在だったの!?」
「ッ! 違うッ! どうでも良い訳無いじゃない! けど、私、あなたに謝る以外、何をしたら良いか……」
「だったら! 教えて、欲しいの。どうしてあの時、あなたは私を置いて死ぬ事を選んだのかを」
極めて冷静な口調で問いかけ、刃を下ろした詩季は鋭く研ぎ澄まされた目に悲しみを湛え、目の前の美春を見つめる。自分は、裏切った親友を憎むよりも、親友が自殺を選んだ真意を知りたい。そんな意思と共に。
そんな目から気まずげに視線を逸らした美春は生唾を飲み込むと、横目に詩季を見ながら躊躇いがちに口を開いた。
「……あなたの、負担になりたくなかったから」
「え……」
「あの時、クラスの皆や後輩達、沢山の人達の死を、自分のせいだって言って全て背負っていたあなたは、もう限界だった。……もちろん、当事者であるあなたは気付いていなかったのかもしれない。けど、私から見たあの時のあなたは、既に壊れかかっていた。ほんの少し、触れるだけで壊れてしまう程に。だから私は、もう戦う事も叶わない『私』と言う重荷をあなたに背負わせたくなかった。それが、私が死ぬ事を選んだ理由よ。……まぁ、最も、それがあなたの心にとどめを刺してしまっていたなんて、思ってもいなかったけど」
「思って……? どうして……?」
「え? ああ、本当はね、あなたへ遺書を残してたの。もう、私の事も、皆の事も背負わないで生きて良いって。苦しんでまで、過去の、死者の事なんて覚えておく必要なんて……無いって」
気丈にふるまった笑みを曇らせ、歯切れ悪く言った美春は顔を上げた先、酷く動揺した様子の詩季にぎこちない笑みを浮かべながら一歩を踏み出す。
「でもそれは、あなたの……。詩季?」
怒りのまま詩季に斬られる事を覚悟しながら歩み寄っていた美春は、得物を取り落とし、その場に崩れ落ちた彼女に目を見開きながら駆け寄り、崩れ落ちそうな体を支える。
「詩季、どうしたの!?」
「──―書は……」
「詩季……?」
「あなたの遺書は、無かったって……。あの時、先生や生徒会の子は、言って……」
「そう……。そうだったのね」
そう言い、優しく微笑んだ美春は涙を零し、パニックになる詩季を抱き締めると泣き出した彼女の頭を優しく撫でる。大声を赤い空に響かせ、強く抱き寄せる彼女に、微笑を向けながら内心に母校への強い怒りを沸き上がらせた美春は、強く歯を噛み、微笑に結んでいた口元を僅かに歪ませる。やがて詩季が泣き止み、離れる気配を見せた彼女を解いた美春は内心を埋め尽くしていた怒りを吐息にして吐き出し、思考を切り返る。
伝えるべき事は全て伝えた。今はどうしようもない怒りに支配されるよりも、生きて返す為に目の前の少女を目覚めさせることを考えるべきだ、と。
「改めて、詩季。あなたが私を許すかどうかは強制しないわ。身勝手だけど、私はあなたに事実を伝える事が出来ればそれで良い。赦しを得る必要も、資格も、今の私には無いから」
「……ううん。私の方こそ、あなたの
「ありがとう、詩季。変わらないわね、あなたは。……それで、別件だけど詩季、そろそろ目を覚ましたらどう? 皆、あなたを待ってるわ」
「……うん。そうだよね。でも、ここを離れたらもう、美春には会えなくなるよね? それは──―」
「──―寂しいって? まぁ、それは私もそうだけど。でも、そもそもこうして私があなたと会えた事自体、ルール違反みたいなものなのよ? それにまぁ、もう二度と会えなくなる訳でも無いし」
「え、それって、どう言う……」
「まぁ、詳しくはあなたのレギオンの隊長さんに聞いてみなさい。さて、そろそろ時間よ」
苦笑と共に空を見上げた美春は、黒く染まりつつあるそこへ視線を向け、寂しげな笑みを浮かべる。もうそろそろ別れる時間だ、とそんな懐柔を胸に視線を下ろした美春は、それと同時に腕を掴んできた詩季に目を見開き、彼女の方へ視線を下ろす。
「詩季?」
「ねぇ、美春。最後に、我儘一つだけ、良いかな」
「何よ、改まって。まぁ、内容によるわね。それで、何?」
「その、向こうに戻ったら、一緒に戦ってくれる?」
「何よそれ。私は幽霊よ。どうやってあなたのフォローをすれば良いのよ」
「ううん、フォローしなくても大丈夫。一緒にいてくれるだけで、良いから」
「何それ。……まぁ良いわ。それくらいなら、出来そうだから。何なら、夏輝と一緒に、ね。あの子も、あなたの事心配して成仏出来なかったみたいだし」
冗談めかしながらそう言った美春は、義妹の名を聞いて複雑な表情を浮かべた詩季の手を払い、苦笑を向ける。
「ねぇ、詩季。皆、あなたの事を恨んでいないわ。むしろ感謝している。実力主義の御台場で皆がリリィでいられたのは、あなたが皆を引っ張ってくれたおかげなのよ? だから、もう思い詰めないで」
そう言い、後ろ歩きに一歩ずつ離れていく美春は俯く詩季を見つめながら、崩れ落ちていく風景に一度視線を向ける。現実世界で詩季の肉体が目覚めようとしており、それに伴って無意識下に形作られた世界も崩れ去ろうとしていた。
「じゃあ、向こうで待ってるわね」
「え、あ、うん。また後で」
手短な別れのあいさつを交わした美春は、光の中に飲み込まれていく詩季を見つめながら、何かに吸いだされる様にして現実へと吐き出されていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ゆっくりと意識を浮かび上がらせた詩季が耳にしたのは、激しい戦闘が轟かせる轟音。銃声や剣戟の共振音、そしてそれに紛れて放たれるアイネ達の怒号。絶え間無いそれに数度のスパーク音が紛れ、音と共に散った激しい閃光が閉じられた詩季の瞼を貫き、眩しさを感じて目を覚ました彼女は、半球状に自身を包み込む光を見上げる。
「あら、お目覚め?」
妖艶さと柔らかさを併存させた口調が降り注ぐと同時、柔らかい感触を後頭部に感じた詩季はゆっくりと体を起こし、声の主の方へと顔を振り向ける。
「おはよう、三朝さん。皆、あなたが起きるのを待ってたわよ」
「……そう、ですか。状況は?」
「悪いわ。あなたを守る為にここに留まって戦い続けてたから、全員消耗してるし。まぁ、かく言う私も正直そろそろ限界よ」
「……すいません。皆、私の為に」
「ふふ。その言葉、私よりも頑張ってた隊長さん達に言ってあげなさいな」
口元を抑え、含み笑いを浮かべながら横たわる渚達を指差した和美に申し訳無さそうな表情で頷いた詩季は、戦場の状況を把握しようと視線を巡らせ、暗闇の中に瞬く火花を見回す。
そんな背中を見ながら苦々しい表情を浮かべた和美は、僅かな会話の中で気付いた彼女の変化を思い浮かべていた。
(眠ってる間、何があったかは知らないけど、随分と良い表情する様になったじゃない、三朝詩季。どうやらあなたの絶望した顔はしばらく見納めになりそうね)
一抹の寂しさと悔しさを胸中に懐かせた和美は、一つ息を吐くと、傍らに置いていたヨートゥンシュベルトを手に取り、その場から立ち上がる。
「早速行くの? 三朝さん」
柔らかい口調で問いかけ、微笑と共にヨートゥンシュベルトを差し出した和美は、一瞬驚いた表情を浮かべた詩季が躊躇い無く手を伸ばしたのに小さく歯を噛み、鞘を握る力を無意識に強める。
「柚木さん?」
そんな様子を訝しんだ詩季が問いかけるのに、ハッとなった和美は誤魔化す様な笑みを浮かべると、催促する様な視線を送る彼女へ鞘ごと得物を手渡す。
「気を付けて。まぁ、怪我しに行く人間に言う事じゃないけど」
「いえ。ありがとうございます、柚木さん」
内心嫌悪感を募らせつつ、取り繕った笑みを向けた和美に笑い返した詩季は、鞘からヨートゥンシュベルトを抜き放って状態確認を行うとそのまま半球状のバリアを通り抜け、戦火の中へと走り出す。
同時、詩季の右目が青く輝き、暗闇に瞬く火花と共に浮遊する美春と夏輝の姿が彼女の視界に映し出される。約束を果たしてくれようとする親友の存在を確かめた彼女は、自然と湧き上がる力を転嫁して足を踏み、地面をひび割らせながらアイネ達が戦う戦場へと飛び込んでいく。
「はぁあッ!」
戦列の後方、猛攻に圧倒され、姿勢を崩した優愛の下へ飛び込んだ詩季は、彼女へ襲い掛かるミドル級の右腕を切り落とし、突然の痛みに怯んだ彼の胸部を聖域転換を纏わせた右拳で貫いた。
「大丈夫ですか、卯月さん」
絶命した死体を足蹴に腕を引き抜いた詩季は、得物を持ち替えると尻餅をついたまま唖然とする優愛へ手を差し伸べる。
「卯月さん?」
「え、あ! はい、大丈夫です。ありがとうございます」
隠し切れない困惑と共に差し伸べられた詩季の手を取った優愛は、安堵させようとしてか笑みを向ける彼女に眉を顰める。
「三朝さんの方こそ、大丈夫なんですか? その……」
そんな言葉と共に安堵と困惑、そして心配を混ぜた複雑な表情を浮かべた優愛は、寝起きの彼女がまた無理をしているのではないか、とそんな心配を告げる様な視線を向ける。
優しさ故に向けられた彼女の視線へ、苦笑を浮かべながら首肯を返した詩季は、そんな彼女等のやり取りを遮る様に飛び込んできた強化リリィの一閃を弾き逸らす。すかさず構えた優愛が牽制射撃を放つ中、一息に距離を詰めた彼女は弾雨に晒されていた少女の心臓を刺し貫き、そのまま頭頂部にかけてを切り裂いた。
切り上げと同時、噴水の様に体液が噴き出し、まるで悪趣味なオブジェの様に全身の力を失った肉塊が足元から崩れ落ちる中、返り血から逃れた詩季は笑みと共に肩を竦めながら、荒く息を吐く優愛へ振り返る。
自分は大丈夫、と誇示する様な素振りに複雑な表情を浮かべた優愛は、観念した様に溜め息を吐くと通信機を起動する。
「
『……了解。
「ダウン4、了解。伝達します。
事務的な口調で通信を切った優愛は、その間に攻め入るヒュージをなます切りにしていた詩季の方へ振り返る。粗方排除し切ったタイミングで駆け寄った彼女は、戦闘で掛かったストレスから少しばかり表情を歪ませていた詩季を見上げ、ほんの一瞬、苦い表情を浮かべる。
小さな咳払いと共に表情を戻した優愛は、それを合図に視線を向けた詩季へ笑みを向けながらアイネからの指示を伝達する。
「三朝さん、ダウン7から連絡です。三朝さんはこのまま、
「
ウェラブルデバイスを見つつの優愛の指示に、首肯と共に返答を返した詩季は何か言いたげな彼女に気付き、振り返ろうとした足を止める。
「卯月さん?」
「……あの、三朝さん」
「はい?」
「くれぐれも、無理はしないで下さいね。そんな事をしても、私達は誰も喜んだり感謝したりはしませんから」
「分かってます。では、後程」
精一杯の笑みと共に一礼した詩季が飛び去り、暗闇へ溶けていく背中を見送った優愛は胸中の不安を広げる間も無く、攻め入るヒュージ達を前に迎撃を再開した。
その場を飛び去った詩季が向かう先、包囲が完成しつつある最前線では息も絶え絶えのオリヴィアがFS-0000を含めた波状攻撃を寸での所で捌いていた。
「眠てえ事ばっかりしやがって! いい加減にくたばれェッ!」
激高と共に牽制のスモール級二体を突進させたFS-0000は、緩慢な動きで攻撃を凌いだオリヴィアに向けて大上段にダインスレイヴを振り上げる。圧倒的な膂力によって叩き付けられた一撃は、受け止めにかかったティルフィングの刃に深く食い込み、耐えきれなかったブレードユニットが破砕音と共に砕ける。
「くっ……!」
不慣れな遅滞戦術でお茶を濁していたオリヴィアだったが、渚の見よう見まね、付け焼刃だった事が災いして予想以上の負荷をティルフィングに掛けていた。幸い敵の攻撃で砕けたのはR型への換装モジュール部であり、要となる本体まではダメージを受けていなかった。だが、それでも攻撃力は大幅に落ちる。それに何よりもオリヴィアはこのショートブレードの類の扱いが大の苦手だった。
(やるだけやるしか、ですわ!)
短い夏休みに仕込まれたナイフ格闘の動きを思い出し、片手でショートブレードを構えたオリヴィアは、乱れた呼吸を繰り返しながらぼやける視界にFS-0000を捉える。
だが集中力も、体力ももうすでに限界近く、いくら得物が軽くなったとて素早い動きも期待出来ないコンディションのオリヴィアに必殺を確信したFS-0000は、ダインスレイヴの刀身を二つに割り、砲身を露出させる。
「いい加減、ウザいんだよ!」
咆哮と共にFS-0000は引き金を引き、青白い光を溜め込んだ砲口から粒子ビームが解き放たれる。
寸前、咄嗟にショートブレードを構え、障壁展開の指示を出したオリヴィアはコンバットバイザーに奔ったエラーと再起動のメッセージに目を見開く。
(システムエラー!?)
緊急パージよりも前にモジュールが砕け散ったのが原因なのか、ティルフィングはショートブレードへの正常なモード移行が出来ておらず、加わった衝撃によるダメージのリカバリも合わせ、再起動に時間がかかっていた様だった。
間の悪い再起動表示の向こう、砲口から放たれたマギの閃光が迫り、過集中状態に移行した視界の中でねめつける様にゆっくりと視界を塗り潰していく。
「ッ!」
迫るにつれ、目を見開いたオリヴィアが直撃を覚悟した瞬間、それを遮る様に放射された赤いマギの塊が放たれた粒子ビームを遮り、激突した高出力のマギが激しいスパークを放つ。高出力のマギ同士、干渉し合った粒子ビームが四方へ散り、流れ弾を受けたヒュージ達が焼かれていく中、疑似的な防護障壁と化していた赤いマギが粒子ビームと共に消滅する。
「ご無事ですか、マルクルスさん」
眼前で何が起きたかを理解するより前に声をかけられたオリヴィアは、眼前に立つ詩季に一瞬目を見開き、その後、苦笑を浮かべた。
そんな彼女を横目に見た詩季は訝しむ様に眉を顰め、小さく肩を震わせる彼女の方までゆっくりと下がる。
「何かありましたか?」
「いえ、お気になさらず。ただ賭けに勝って嬉しくなっただけですわ」
「ああ、なるほど。ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方ですわ。助かりました、ダウン5。後はお任せしてもよろしくて?」
「はい。そのつもりで来ましたから」
真面目その物の顔で言い返し、向けていた横顔を正面へ向けた詩季の背中に微笑を送ったオリヴィアは、差し出された彼女の腕を支えに立ち上がる。立ち上がると同時、僅かに覗けた詩季の右目の色に気付いたオリヴィアは、驚きで無意識に小さく声を漏らす。
「何か?」
「え? あ、いえ。随分顔色が良くなりましたわね。何か気分転換でも出来ましたの?」
「……その、えっと」
歯切れ悪く言葉を探す詩季に、溜め息を浴びせたオリヴィアは、苦笑を浮かべると首を横に振りながら彼女の方へ軽く握った拳を当てる。
「まぁ良いですわ。状況はどうあれ、私は一度下がります。武装も損傷していますし、何より疲れてますもの」
「
「ええ、ええ。分かってますわよ。うちの司令塔は人使いが荒いんですもの。……くれぐれも無理はなさらず」
「分かってます。ダウン4にも言われましたから」
「そう。流石、優愛さんですわ。考える事は一緒ですわね。だったら尚更、我々の思い、反故にはしないで下さいましね、シキさん」
念を押す様な視線を向けたオリヴィアに首肯を返した詩季は、小走りに去っていく彼女を見送ると、ダインスレイヴを手に黙して聞いていたFS-0000へ視線を向ける。
「話は済んだ? “死に損ない”」
「ッ! ……はい。おかげさまで」
嘲笑と共に放たれた言葉に、過去の記憶をフラッシュバックさせた詩季は苦い表情を浮かべ、膝を折りながら言葉を返す。半ば無意識にヨートゥンシュベルトを握る力を強めた彼女の右目が青色の輝きを強めると共に、心配そうに滑り込んでくる美春達の姿が視界に移り込む。
『詩季!』
実体の無い彼女達が支えに回ろうとする素振りを見せるのに苦笑を漏らした詩季は、和らぎつつも未だ息苦しい胸を抑えながら立ち上がる。
「大丈夫」
心配そうに見つめる美晴達へ笑みと共にそう返した詩季に胡乱げな視線を向けたFS-0000は、虚ろな目のまま、誰かへ向けた笑みを浮かべる彼女に異常を感じ、全身を総毛立たせる。
──―コイツは誰と話してる?
そう疑問すると同時、詩季の背中から赤いマギで出来た光の翼が放出され、眼前のFS-0000を威圧する様に羽ばたかせる。
コウモリの羽の様な意匠と合わせ、禍々しく映るそれに、初めてはっきりとした恐怖を抱いたFS-0000は暫し圧倒された後、歯を噛みながら逆光の中、右目を青く輝かせた詩季を睨み付ける。
「ここからは、私がお相手します」
そう言い、目が細められると同時、彼女の眼光は文字通りの輝きを放った。