アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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第17話『Aquilegia』

 詩季とFS-0000との戦端が開かれて数分──―。

「う……」

 呻き声と共に目を覚ました渚は、絶え間無くぶつかり合う金属音と爆発に伴う轟音を耳に入れ、体を起こす。気怠さと共に軽い頭痛を感じる体をゆっくりと体を起こした彼女は、暗闇を奔る赤い線とそれを彩る橙色の火花を細めていた目に入れる。

「ナギサ、目を覚ましたのね」

 呆然と火花を見つめていたその背に安堵の声が投げかけられ、声のする方を振り返った渚は、視線の先で涙を滲ませていたアイネに気付き、今にも泣き出しそうな彼女を安心させる様に薄く笑みを返す。

 いつも通りの表情を前に、感情的になったアイネが目尻に涙を浮かべながら軽く胸元へ顔を埋めるのに、軽く抱き締めた渚は苦笑を浮かべると強く抱き寄せようとする彼女の背を叩き、ゆっくりと引き剥がす。そのまま肩にかけられた手に意図を読んだアイネは、されるがままに引き剥がされ、苦笑を崩さない渚へ頷きを返すと腕のウェラブルデバイスを操作する。

 同時、渚のウェラブルグラスの一角に司令塔権限で同期したウィンドウが展開され、平面的な作戦図が友軍を示す赤い矢印と敵性を示す青い矢印と共に表示される。

「状況を伝えるわ。現在、シキは人造リリィ(ブルーケーキ)及び彼女の支配下にある敵混成部隊と交戦中。それに対し、こちらは立て直しを優先し、現在まで彼女への援護は行っていない。一応、斥候のマイからの報告では今の所、敵からの攻勢は捌き切れているみたいだけど、相手の物量の底が分からない以上、今捌き切れたとてこのまま戦力を削り切れる保証は無い。それに彼女に与えた任務はあくまでも人造リリィの生命無力化よ。雑兵の対処で時間を稼がれては不利になるのは彼女の。そこで、我々は立て直しが済み次第、シキと交戦中の敵混成部隊を背後から強襲し、彼女を援護する」

 巻き気味の早口で作戦概要についての説明を終えたアイネは、概要通りのアニメーションを表示させていた作戦図を閉じると、黙々と聞き入っていた渚へと視線を向ける。

「詳細は既に送信してあるから、この後すぐ端末を確認して。内容についての質問は?」

 お道化る様に小首を傾げながら問いかけたアイネへ、苦笑と共に首を横に振った渚は、すぐに行動に映ろうと側に横たえられていたアーヴィングカスタム二振りを手に取り、そのままゆっくりと立ち上がろうとする。未だ続く頭痛を抑えようと深く息を吐きながら立ち上がった彼女は、体勢を変えると同時に感じた軽い目眩に大きく体を揺らし、そのまま倒れ込みそうになる。

「ッ!」

 目を見開き、咄嗟に支えに入ったアイネは、ぷつりと糸が切れたかの様に脱力した渚の体を抱え上げると、荒く息を吐く彼女の口元へ残り少ない飲料水を持っていく。力無く笑みを返した渚が小さく口を開けたのに頷きを返したアイネは、そのまま中身を彼女に飲み干させ、呼吸を安定させる。

 応急処置を受け、軽度の脱水症状から回復した渚は心配そうな顔のアイネから離れ、取り落としていた得物を拾い上げると、左腰の懸架アタッチメントへ得物を取り付けながら背を向けていた彼女の方へ振り返った。

「アイネ、作戦の開始は?」

 固定を確認しながらそう問いかけた渚は、不安そうな表情を崩さないアイネへ気恥ずかしそうに苦笑を浮かべると、回答を促す様に苦笑を浮かべる。

「……すぐにでも始められるわ。作戦の決行はあなた待ちだったから。でも、大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だよ。今はサクリファイスを使ってないからこうなだけで」

「そう……。それなら良いんだけど」

 そう言いながら、僅かに表情を曇らせたアイネへ笑みを向けた渚は、はにかみを返した彼女の目が不安に染まっている事に気付くもかける言葉を見つけられず、逃げる様にして背を向け、そのまま激戦を内に納める暗闇へと視線を向ける。

 後ろめたさの渦巻く胸中を息にして吐き出し、腰に手をかけた渚は背後のアイネへ視線を向け直すと、観念した様に溜め息を吐いた彼女へ苦笑を返し、サクリファイスを抜刀しながら激戦の最中へ足を向ける。

 遠のいていくその背を見ながら通信機を起動したアイネは、左腰からスヴァローグを抜剣すると彼女の後を追う様に歩き出す。

ダウン7(アイネ)よりダウンユニット(レギオン各員)へ。作戦開始よ」

 号令一下、待機していた優愛達と共に動き出したアイネは先行する渚を追う様にして戦火の渦中へと走り出して行った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方、FS-0000と一進一退の攻防を続けていた詩季は赤くマギを纏わせたヨートゥンシュベルトを振るい、大上段に振り上げたダインスレイヴの一撃を瞬間的に展開された障壁と合わせて弾き逸らす。

 一般的に『ジャストガード』と呼ばれる技術により、切っ先を逸らされたダインスレイフがコンクリートを砕く中、隙を晒すFS-0000に向けて切っ先を構えた詩季は、蹴り出すより前に肌を刺した殺気に構えを解くとその場から飛び退き、叩き付けられたグングニル・カービンの銃撃を回避し、そのまま射手を切り裂く。

 宙を舞った少女の首と胴が泣き別れる中、立て続けに張られた弾幕を回避し、距離を取った詩季は退避先に迫ったロボットの組み付きを回避すると、背を向けたまま上体を起こした頭部へ回し蹴りを叩き込む。

 展開した障壁の反力と合わせ、鉄槌の如き威力を発揮した蹴りがスイカの如く頭部を粉砕する中、畳みかける様に突撃したスモール級の群れを跳躍して回避した詩季は、その間に距離を詰めたFS-0000の一撃を受けて大きく吹き飛ぶ。

 寸での所でジャストガードを発動させ、障壁の反力と合わせて吹き飛ばされた詩季は宙で身を回し、背面からマギを放射して勢いを殺す。着地と同時、ダインスレイヴ・カービンを手に斬りかかってきた強化リリィの一閃を回避した彼女は、がら空きの顔面へ強度補正をかけたナックルガードを叩き付け、猟奇的な表情ごと頬骨を粉砕する。

 湿った打撃音と破砕音と共に、顔の半分を潰した強化リリィが吹き飛んでいく中、後を追ってきたFS-0000の一撃を受け止めた詩季は激突の瞬間、足裏に力を入れ、同時、背面からマギを放射して突撃の勢いを殺し切る。

 鍔迫り合いになったのも一瞬、刃から障壁を展開し、FS-0000を弾いた詩季は足裏からのマギ放射と共にがら空きの腹を蹴り付け、彼女の体を大きく吹き飛ばす。爆発音に等しい轟音を伴い、少女の体が吹き飛ぶ中、足裏からの反動を後方転回で逃がした詩季は、着地と同時、背後から再度突撃してきたスモール級を回避しながらすれ違い様に切り裂き、真っ二つに割る。

 金属質な外殻の音と湿った肉の音とが混ざり合って響く中、続くCHARMからの銃撃を回避した詩季は中世期の大砲へ四脚を取り付けた様な風体のミドル級に気付き、直後に放たれた砲撃を跳躍して回避する。

 爆発を背に身を縮込めながら周辺へ障壁を展開した彼女は、体側に叩き付けられる弾丸を弾き逸らしながらミドル級の頭上を取り、右足を溜める。溜めこんだ右の足裏が仄かに光を放つ中、薬室付近へ自由落下した詩季は右足を突き出し、土踏まずへ生成した光の楔を薬室へ突き立てる。

 楔が突き刺さった激痛に身を捩ったミドル級が鳴き声代わりに次弾を暴発させ、撃ち上げる形の流れ弾を受けた外壁が爆発する。

 直後、突き立てられていた楔が炸裂し、薬室で誘爆した蓄積マギが内からミドル級を破壊する。青白い爆炎と共に爆風が放たれ、それを推進力に大きく跳躍した詩季は、着地と同時に背面からマギを放射しながら走り出す。

 照準の修正が追い付くより前に射手達へ迫った詩季は、接近と同時、獣の反応速度で向けられた銃口を真横への放射で逃れると、足裏での制動の後、前へ向けて蹴り出し、2人いる内の1人の頭を捕らえて組み伏せ、亜音速の勢いのまま地面へ叩き付ける。

 脳漿と共に血飛沫を飛び散らせた彼女は停止と加速を繰り返しながら銃撃を翻弄し、瞬く間に距離を詰める。

「ッ!」

 ヨートゥンシュベルトの間合いに詰めると同時、射手はシューテイングモードのまま、得物であるダインスレイヴ・カービンを突き出す。殴り付ける様な軌道のそれを、膝立ち姿勢からのスライディングで回避した詩季はすれ違いざまに膝下を刈り取る。

 足を奪われた強化リリィは、左手で体を支えながら右手を背後に回し、握り締めたダインスレイヴ・カービンで牽制射撃を放つ。低空からの着地と同時、横っ飛びにその場を離れた詩季は、ろくな狙いも無い弾幕を回避すると射撃を続ける彼女へ接近する。

 そのまま仕留めようと得物を構えた詩季は、間合いを詰める直前に割り込んできたFS-0000にその場で制動をかけ、その場から飛び退く。直後、叩き付けられた一撃が大地を砕き、砂煙と共に打ち上げられた破片が乾いた音を立てて落下していく。

「うぜぇなァ……。いい加減粘んじゃねえよ、死にぞこないがァ!」

 大地を割りながら刃を振り上げたFS-0000に浅く身構えた詩季は背後からの殺気に気付き、その場で身を躱す。直後、両手から斧状の刃を生やした狂戦士の様な風体のミドル級が、トップヘビー構造の刃の質量に引っ張られて姿勢を崩し、咄嗟にミドル級を蹴り飛ばした詩季はその隙に迫ったFS-0000のタックルを受け、吹き飛ばされる。

「ぐッ……」

 咄嗟の障壁が威力を軽減するも完全には防ぎきれず、直撃した詩季の体は大きく弾き飛ばされ、砂煙を上げた彼女は引き摺られる様にして大地を転がる。激しく噎せ、息を荒げていた詩季は追撃のストンプを回避すると牽制の横薙ぎを放つ。

 反射的に跳躍し、距離を取ったFS-0000がニヤリと笑みを浮かべると同時、再び弾幕が放たれ、咄嗟に飛び退いた詩季は逃れた先、高く跳躍したミドル級の振り下ろしをもう一度回避する。大地を砕いた一撃に息苦しさと消耗を感じながら着地した詩季は、容赦無く叩き付けられた弾幕から逃れる様にしてその場を離れる。

(このままじゃ……ッ!?)

 息切れし、疲労し始めた詩季は足元をもたつかせた自身に迫ったFS-0000に目を見開く。必殺を確信し、大上段へダインスレイヴを構えた彼女は猟奇的な笑みを浮かべ、獲物である詩季を光の無い目に捉える。

「死ねェええええッ!」

 金切声に近い叫び声と共に振り下ろされる瞬間、真横から伸びた3本の火線が彼女の体を射抜き、膝から崩れ落ちた体が横合いから割り込んだ人影に蹴り飛ばされる。

 砂煙と血飛沫を上げた体が滑走するのを唖然として見ていた詩季は、いつの間にか差し伸べられていた手に驚き、その先を視線で追う。

「大丈夫かい、ダウン5(詩季)

 目が合った渚が苦笑を向け、気恥ずかしそうに顔を俯けた詩季は差し伸べられた手を取ると彼女に体を引き上げられる。

「大丈夫?」

「あ、はい、何とか。あの、どうしてここに……」

「どうしてって、君の援護に来たんだよ。君が本丸退治に集中する為の援護にね。雑兵はこちらで引き受ける。君は化け物退治に集中してくれ」

「……分かりました(コピー)。ところでダウン6、体調は如何ですか?」

「大丈夫だよ。じゃなきゃここにいないだろ?」

 小首を傾げつつそう言った渚は、戸惑いがちに頷きを返した詩季へ苦笑と共に肩を竦めて見せる。頷いても尚、変わらず心配そうな視線を向ける彼女に苦笑を崩さない渚は、仄かに青い光を放つ彼女の右目に気付き、僅かに目を見開く。

「詩季、その目……」

 脳裏へ走った嫌な予感に突き動かされ、戸惑う詩季へと駆け寄ろうとした渚は割り込む様に走った殺気にその場から飛び退く。同時に飛び退いた詩季を対岸に置き、手にした得物を浅く構えた渚は、砂煙を割いて姿を現した狂戦士型のミドル級を睨み付ける。

 獣の頭蓋骨の様な意匠の頭部から咆哮を上げ、空気を震わせたそれは渚を威圧したのも一瞬、すぐに詩季へ殺意を向け、彼女に向けてゆっくりと歩み寄っていく。意にも介さない素振りのそれへ舌打ちと共に飛び掛かった渚は、気配を察知した彼の横薙ぎを受け流し、流した勢いのまま宙で身を回す。

 そのまま回転斬りを顔面に叩き付けた彼女は、右の感覚器を浅く斬り付けると、右腕と背面を足場に跳躍する。振り被ったミドル級の背後に回る形になった渚は、そのまま詩季の傍へ着地し、背後で身構えていた彼女へと視線を向ける。

「ダウン5、ここは僕に任せて君は命令の遂行を」

「え、あ、はい! あの、ところでさっきの言葉は……」

「え? あ、ああ。それはまぁ、また後で。大丈夫だよ、そうそう簡単に死なないからさ」

 そう言い、サクリファイスを手にした右手でVサインを作った渚に、複雑な表情を浮かべながら頷いた詩季は、踵を返すと地面を滑る様に跳躍し、いつの間にか姿を消していたFS-0000を探してその場を離れる。

 暗闇へ消えた彼女を流し見た渚は、胸を撫で下ろしながら、大地を叩き割りながら振り下ろされた右手の一撃を回避すると、そのまま大地に刃を食い込ませた手首を切断する。

 切り離された手首から青白い体液を宙に舞わせたミドル級が悲鳴にも近い咆哮を上げる中、返す刀を突きに構えると正面からミドル級の顔面へ刃を叩き込む。外殻を割り、後頭部までを刺し貫いた渚は崩れ落ちるミドル級を足蹴に刃を引き抜くと、ちょうど良く繋げられた通信に応じる。

ダウン7(アイネ)よりダウン6(ナギサ)へ。状況報告』

「ダウン6よりダウン7へ。先程、ダウン5と合流。指示の伝達を行い、了解を取った」

『ダウン7、了解。こちらで全ユニットへ作戦開始(グリーンライト)を伝達する。あなたは当初の通り、ダウン9(マイ)と共に露払いを行って』

 淡々としたアイネの指示に了解を返した渚は通信を切断すると同時、コンバットバイザーの情報を更新し、フレームで表示された麻衣の存在を確認する。援護の為、待機している彼女の存在を確認し、微笑と共に踵を返した渚は手にした得物を構えながら、詩季を囲もうとしているらしいヒュージの群れへと吶喊していった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 いつの間にか雲が晴れ、ぼんやりとした月明かりが崩落した研究所の地下深くまで照らし、地獄の渦中で踊る詩季達の戦いぶりを誰に示すでもなく克明に晒す。この世に作られた地獄の奥底で、彼女達は火花と共に研究所の怪物達(フランケンシュタイナーズ)と凌ぎを削る。

 まるで歌劇場の様に整えられた戦いの場には、役者である所のウォーターシップダウンのリリィ達を囲む様に、ミドル等級のヒュージと何処からともなく現れた人型の装甲兵器が波の様に襲い掛かる中、月明かりの差し込む中央部、数多の屍と残骸が横たわる中で詩季と11人の強化リリィ達が相対する。

 まるで機械の様な、嫌に統率の取れた動きの彼女達に翻弄されつつも、一見して隙間の無さそうな密度の攻撃を掻い潜った彼女は、本命であるFS-0000へと迫る。

「死ね!」

 迎え撃つ様に袈裟へ大きくダインスレイヴを振り被ったFS-0000を見据えた詩季は逆袈裟にヨートゥンシュベルトを振るい、カウンター気味にダインスレイヴと打ち合わせる。同時、刃に纏わせていたマギを防護障壁に転化した彼女は『ジャストガード』を発動すると、障壁の反力と合わせてダインスレイヴを弾き返し、甲高い共振音と共にマギと火花が混ざり合って宙に散っていく。

 亜音速に達さんばかりの得物に引かれ、身を回したFS-0000は後ろへ下がりつつ、勢いを使った回転斬りを放とうとする。オーバーアクションのそれを明確な隙と見た詩季は、腕を引き、切っ先を突き出してサブスキルを発動する。サブスキル、インビシブル・ワンを起動した彼女は、加速すると共に背面からマギを放射し、移動系サブスキルの加速と合わせ、背を見せたFS-0000へと突貫する。

「御姉様!」

 詩季の脳裏を掻き毟る言葉と共に、一人の強化リリィが間に割り込む。当に目から光の失った彼女は、大の字に広げた体で詩季を受け止め、心臓をシュベルトの切っ先に突き破られて大量の血を吐き出す。実験動物同然に扱われ、発育不十分を窺わせる様な矮躯であっても、詩季の突撃を弱めるには十分な体躯で、次いでの様に彼女の動揺を誘う。

 刃が突き立てられると同時、過去のトラウマが激しいノイズとなって視界を遮り、酷く動揺した詩季の脳内にすでに亡い親友の声が響き渡る。

『詩季! 詩季! 集中しなさい! 戦闘中よ!』

 炎の様に右目から立ち昇ったマギが揺らめく中、霊体となった美春がヨートゥンシュベルトを突き立てたまま、過呼吸症状を起こしかける詩季へ触れ、必死に呼びかける。

『詩季ッ!』

 美春からの数度の呼びかけで僅かに冷静さを取り戻した詩季は、大振りに回転斬りを放とうとするFS-0000に気付き、強化リリィへ突き立てた刃を引き抜こうとするが、それよりも前に彼女の小さな手が刃に掛けられる。

「お前だけはァ……!」

 失血寸前なのか、顔を青ざめさせていた強化リリィは、血走った目で詩季を見据え、死までの間、刷り込まれた義姉への思いからか、残されたわずかな力を込め、胸中へ突き立てられた刃を自身の手と胸部の薄い筋肉で固定する。

 狂気じみた行為を前にパニックになった詩季が力任せに得物を引き抜こうとするも、強化リリィの人外染みた膂力は弱っても尚、常人のそれよりも強く、少女の体に足をかけても容易に引き抜く事が出来ず、その間にも少女ごと詩季を切り裂かんとばかりに袈裟の軌道に乗って刃が迫る。

 月明かりに照らされて煌めいた刃が凶暴な光を放ち、背中に冷たいものを奔らせた詩季は声も出せず、スローモーションの様に迫るそれを見つめる。

『詩季!』

『詩季様!』

『ダウン5、離脱!』

 美春と夏輝の叫びと同時、目を覚ます様な麻衣の叱咤が飛び、半ば反射的に行動した詩季はヨートゥンシュベルトの柄から手を放すとその場から離脱する。直後、飛翔したアステリオンの大口径弾が強化リリィの頭を霧散させ、貫通した弾丸が彼女の向こうにいたFS-0000を貫き、吹き飛ばす。

 衝撃に引き摺られる様にして地面を滑走した彼女は狂人の如き笑みを浮かべると、無意識下でリジェネレーターを発動させる。不快な水音を伴い、逆戻しするかの様に胸中の大穴を修復しながらゆらりと立ち上がったFS-0000は、射抜かれた事など無かったかの様な身軽な動きでその場から飛び退き、次弾を回避する。

「助かりました、ダウン9」

『別に、仕事だから』

 淡々とした麻衣の言葉に苦笑を返した詩季は、FS-0000との距離を詰めながら仰向けに倒れていた強化リリィからヨートゥンシュベルトを引き抜くと、反転して襲い掛かってきたミドル級をなます切りにする。

 それを牽制に迫った人型兵器のマニピュレータを聖域転換を纏った左腕で殴り砕き、返す腕で裏拳を叩き付けた頭部を粉砕する。主要部を失い、生々しく痙攣したそれを蹴飛ばした彼女は、砲火を逃れ、背後から奇襲してきたFS-0000の縦一閃を寸での所で回避する。

 胸部に銃創の痕を残した彼女の一撃を回避した詩季は、追う様に放たれた突きをヨートゥンシュベルトのナックルガードで受けるとその勢いを使って左旋回し、そのままグリップエンドのスパイクで剣の腹を殴りつける。

 不快な共振音と共に火花を散らし、ダインスレイフは大きく軌道を逸らす。剣の質量に引かれ、つんのめる様な形になったFS-0000へ得物を構えた詩季は、薙ぎ払われたダインスレイヴを回避するとそのままヨートゥンシュベルトで右腕の内側へ青い一文字を描き、堰を切った様に宙を舞った人ならざる血の色が幕の様に広がる。

 人ならざる血の色に嫌悪感を抱いた詩季だったが、そんな逡巡も一瞬の事で半ば強引な動きで切り替えされたダインスレイフが右に迫る。

 殺気を察知した詩季は咄嗟に突き出した右肘へ聖域展開をピンポイント展開。一点集中されたマギが高い強度を発揮し、スイングされた魔剣の打撃を防御。同時、僅かに足元を浮かせた詩季は、自らの体を真横に吹き飛ばす。紫電が散り、障壁の反発力と相まって横方向へと推進した彼女は、足裏の障壁で滑走しつつ、体側からのマギ放射で減速をかける。

「いい加減死ねよォ!」

 威嚇する様に叫んだFS-0000を前に酸素を求めて荒く息を吐いた詩季は、空気と共に未だ濃く滞留する負のマギを多量に吸い込み、激しい頭痛と共に再びトラウマを蘇らせる。グラグラと揺れる脳内に反響した数多の断末魔と共に無数の死者達が未だ生きている詩季を責め立てる様に見据える。

 かつてのクラスメイト、守り切れなかった人達、そして、美春と夏輝の姿をその中に認めた彼女は反射的にパニックを引き起こし、まともに立てない程に酷く動揺した彼女は吐き気を堪える様に口元を抑えながらその場に崩れ落ちる。

『詩季!』

 苦しげに呼吸を繰り返す詩季へ美春が呼びかける中、それを明確な隙と見たFS-0000はダインスレイヴを突きに構え、低空を滑空しながら迫る。

『正面ッ!』

 息苦しさを感じ、意識朦朧とする中、美春と夏輝からの必死の呼びかけに従った詩季は、咄嗟に構えたヨートゥンシュベルトで一撃を受け止める。高質量、高初速の一撃を受け止めたノックバックがグリップを通じて手首に伝播し、押し込まれるままたたらを踏んだ詩季はノイズの走る視界に顔をしかめ、込み上げる吐き気を飲み下す。

『詩季様!』

「余裕ぶってんじゃねえ!」

 酷いノイズの中、辛うじて聞こえた夏輝の声に目の色を変えた詩季は、鍔迫り合いを演じていた得物を薙ぎ払い、刀身からのマギ放射と合わせてダインスレイヴごと、FS-0000を弾き飛ばす。得物を薙ぎ払ったまま、荒く息を吐いた彼女が見つめる先、自らに呼びかける級友と大切な義妹の姿があった。

 ──―皆を助ける為に戦って、詩季。生きて、ここから帰る為に

 自分達の時には成し得なかったからこそ、今生きる命を守れと。誰が言ったのかも定かでは無い、そんな願いを思い起こした詩季の表情はより険しく変わる。誰に願われるまでも無い、今の自分は新しい仲間達の命運を背負っているのだから。

「御姉様に触れるなぁ!」

 口端から泡を吹く二人の強化リリィが、ブレイドモードのグングニルを振り上げて詩季に襲い掛かる。ヒュージの力を移植された彼女達の身体能力は計り知れない物になっている。だが、それ以外、彼女達に与えられた戦士の素養が無い事が、この突撃に置いて致命傷となった。

 ガンマンの早撃ち宜しく、下げていたヨートゥンシュベルトを一閃した詩季は、襲い掛かった強化リリィ達を上下に泣き別れさせ、そしてそのまま前へと蹴り出した。湿った落下音を鳴らす少女達の死に体には目もくれず、背面からマギを放射した彼女は推進力に突き動かされる様にして目の前の”敵“へと突撃していく。

 渦を巻き、一対の翼の様に広がった赤いマギは、やがてそれぞれが美春と夏輝の霊体に成り替わり、手を伸ばした彼女等は触れられない筈のそれで詩季の背を押しながらはっきりと言葉を口にする。

『行って、詩季!』

『行って、御姉様!』

 言葉と共に押し出した彼女達の姿はコウモリの様な衣装の光の翼に代わり、より強力な推進力として詩季を加速させる。光の無い目で狂った獣の笑みを浮かべたFS-0000を捉えた詩季は、加速するまま一息に距離を詰めると笑みを崩さない彼女目がけて得物を突き出す。

 瞬間、刃が微動だにしないFS-0000の胸を刺し貫くが、その手に手応えは無く、グリップからの違和感に遅れて刺し貫いた筈の彼女の姿が霧散する。

 ──―化かされた。

 そう即断すると同時、消えていた筈の彼女の殺気が背後から詩季の体を刺し貫く。反射的に剣を構え直した詩季が振り返ろうとする直前、背後から飛び掛かったFS-0000が大きく広げた左手で彼女の頭を掴み、飛び掛かった勢いのまま彼女を組み伏せる。

「ぶっ壊れろォ!」

 血走った目で暴れる詩季を見下ろしたFS-0000は口端から泡を吹き、唾を飛ばしながら絶叫する。同時、頭を掴んだ手の力を強め、暴れ狂う詩季の脳内へ干渉した彼女は大量のノイズとして過去のトラウマを流し込み、脳と精神へダメージを与えていく。

 組み伏せられ、食い込まんばかりの力で頭を掴まれていた詩季は、脳内に響き渡る夥しい量の断末魔を聞き、ノイズがかった視界に大量の死に際を目の当たりにする。物理的な脳へのダメージと合わせてパニック症状を引き起こし、地面を掻きながらもがき苦しむ詩季の鼻腔から大量の鼻血が流れる。

『詩季、詩季!』

 症状が進むにつれ、大量のノイズに押し流される様にして聞こえていた筈の美晴達の声も遠のいていき、意識を失いつつあるのか徐々に右目の光は力を失っていく。

「ダウン5!」

 組み伏せられた詩季から血の溜まりが広がる中、叫びと同時に飛び込んだ渚は組み伏せたFS-0000へ跳び蹴りを叩き込む。弾丸の様な跳び蹴りに弾き飛ばされた彼女が、砂煙を巻き上げながら滑走する中、血を広げる詩季へと駆け寄った渚は、目の光を失った彼女を軽く揺さぶる。

「ダウン5、ダウン5! 詩季! 三朝詩季! 返事をしろ! 詩季!」

 びくりともしない彼女の体に焦りを滲ませた渚は、必死の形相で呼び掛け、血の池に水紋を作る程に激しく揺さぶる。

「雑魚が、飛び入りしといて余所見してんじゃねえよ!」

 怒りを滲ませた声と共にいつの間にか跳び起きたFS-0000が大上段にダインスレイヴを構え、落下の勢いと合わせ、渚目がけて振り下ろす。

「くっ!」

 手にしたサクリファイスを振り上げた渚は、激しい火花と共に振り下ろされたダインスレイヴを受け止め、激しいノックバックと共に鍔迫り合いに発展する。癖で衝撃を逃がした渚はたたらを踏んだ足に詩季の体を引っかけ、後ろ向きに倒れ込んでいく。

(しまった!)

 悪態と共に寸での所で受け身を取った彼女は、視界に飛び込んできたFS-0000の足に咄嗟に腕を交差させ、叩き込まれた前蹴りを受け止める。へし折れんばかりの衝撃を受け、後方へと弾き飛ばされた渚は両手に走った痺れに無意識下で手の感触を確かめる。

「どこ見てんだ!」

 明確に隙を晒した渚をFS-0000が剣の腹で殴り飛ばし、悲鳴と共に吹き飛ばされた彼女が砂煙を伴って地面を滑る。苦悶の声を上げ、体を起こした渚はFS-0000からの追撃を回避すると、通信機を起動しながらその場から飛びずさる。

「ダウン6よりダウン7へ──―」

 回避を繰り返しながら渚が対応を請う中、意識を失いつつあった詩季は、ノイズがかった視界の中でクラスメイト達や慕ってくれた後輩達、そして夏輝と美春の亡骸を幻視する。

 ──―結局、誰も守る事は出来なかった

 辛うじて形になる言葉でそう悔やんでいた詩季の眼前、細く途切れていく視界の中にFS-0000とその取り巻きに苦戦する渚の姿を映す。連戦での消耗もあってか、絶え間ない波状攻撃を捌き切る事が出来なかった渚は、トドメに飛び込んできたFS-0000の一撃に呆気無く薙ぎ倒され、倒れ伏す詩季の後方へと吹き飛ばされる。

 ──―また

 姿が見えなくなった彼女を振り返る事も出来ず、朦朧とする意識の中で無数の断末魔を跳ね回らせた詩季は、ぐちゃぐちゃになった脳内でぽつりと呟く。

 ──―また、守れないの? 

 断末魔と共にフラッシュバックするトラウマと共にそう自問した詩季は、精一杯開いた目に悠々と歩み寄ってくるFS-0000を捉える。

 ──―嫌だ

 傷だらけのダインスレイヴを見せつける様に構え、獲物を狩る喜びに表情を歪ませた彼女が詩季の体を跨いで渚へと迫っていく。

 ──―もう、喪いたくない

 ねめつける様に何かを言うFS-0000の声を遠くに聞きながら、浅く呼吸を繰り返した詩季はなけなしの力を全身へ込める。

 ──―もう誰かを喪うのは

 弱り切った全身で起き上がる事すら出来ない中、輪郭のぼやけた焦燥感を頭に過ぎらせた詩季は、再び幻視した親友達の亡骸に大きく目を見開く。

 ──―もう、嫌だ! 

 過去の罪を前に、心の中で叫びを上げた瞬間、彼女の中で何かが千切れ飛んだ──―。

 右目に再び光が戻った瞬間、倒れ伏していた詩季の全身から赤色のマギが解き放たれ、大輪のフレアを咲かせる。激しく擦れ合ったマギが放たれたフレア内に大量のプラズマを生み出し、赤く染まりつつある空間に紫電を走らせる。

 その場にいる誰もが突如として現れた光に目を奪われている中、まるで夢遊病患者の様に立ち上がった詩季は、フレアの中心で俯きがちな昏い目を赤く瞬かせる。同時、取り巻いていたマギが蜘蛛の子を散らす様に霧散し、光の花弁が覆い隠していた詩季の姿を露わにする。

「詩、季……!?」

 痛みを堪えながら上体を起こした渚が光の中から現れた存在に唖然する中、まるで死人の様な風体のまま立ち尽くす詩季は、垂れ流していた鼻血の痕はそのまま微動だにせず、浅く顔を俯けていた。

「お前、まだ死んでねえのかよ。……まぁ良いや」

 詩季を死んだものと見做していたFS-0000は、凡そ生きているとも思えない彼女の風体を前に軽く動揺しながら笑みを浮かべると、手にしたダインスレイヴを変形させ、その砲口を向ける。

「だったら、コイツでェッ!」

 絶叫と共に引き金を引いた彼女は溜めこんだマギの光を立ち尽くすばかりの詩季へと放つ。ガイドの役割を果たす刃すら包み込む程の口径で放たれた粒子ビームが詩季へと猪突し、膨大な熱量を帯びた光の大蛇が広げた大口へ彼女を飲み込まんと迫る。

 声を上げる間も無く迫ったそれへ無意識に手を伸ばした渚は、直撃すると同時に奔った衝撃波に吹き飛ばされ、再びその場に倒れ込む。吹きすさぶ暴風が汚れてくすんだ彼女の髪を撫ぜ、止む事無くなびかせ続ける中、無理矢理体を起こした彼女は、何かに阻まれた様に高熱の粒子を散らす粒子ビームに気付き、目を見開く。

「何……?」

 唖然とする渚の眼前、詩季へ向けて放たれた粒子ビームが彼女から放たれた赤いマギに押し戻されていく。両肩から放たれたマギがそれぞれ三条の光の筋として放たれ、複雑に絡み合いながら螺旋を描く様に易々と高出力砲クラスの粒子ビームを押し返していく。

 莫大なエネルギー同士の干渉によってプラズマ化した空気が紫電を奔らせ、干渉点から迸る衝撃波や飛散粒子と合わせて周囲を破壊していく中、如何にか薄目を開けた渚は微動だにしない詩季の様子をその目で捉え、言葉を失う。

(彼女の目が、赤く……!?)

 異常とも言える目の色の変化に驚いた表情を浮かべた渚は、やがて粒子ビームの押し合いに敗北し、そのまま赤いマギの奔流に押し飛ばされたFS-0000を寸での所で回避する。物理干渉こそあれどビームの様な破壊力は無いらしいそれは、驚愕していた彼女を壁際まで押し込むに留まり、吹き飛ばしの勢いと合わせて押し込んだ壁へクレーターを生む。

(何だ、この出力……!?)

 回避した先、荒く呼吸をしながら詩季のマギがもたらした破壊の程を見て取った渚は、蛍火の様に消えていくマギの螺旋の先、未だ微動だにしない詩季へと視線を向ける。煌々と赤い光を両目に宿した彼女の周囲には、辛うじて姿が捉えられる程の密度になったマギが滞留しており、一つ一つ径の小さな光球となったそれ等は主の目の光に負けじと濃い赤色の光を放ち、次の命令を今か今かと待っている様だった。

「よくもお姉様ォオオオオ!」

 その最中、FS-0000にけしかけられたのか、絶叫と共に狂った形相で大剣型の第一世代CHARMを振り上げた一人の強化リリィが口端から泡と飛沫を吹きながら、生気の無い立ち姿の詩季へと斬りかかっていく。

(マズい!)

 ──―いくら物理干渉が可能とは言え、指向性も無くただ滞留するだけのマギであれば、近接形態の出力で簡単に突破されてしまう。

 経験則からそう判断した渚は、痛む体に喝を入れ、持ち主と同じく限界が近いサクリファイスを手に地面を蹴り出そうとする。が、それよりも早く少女へ視線を向けた詩季の姿が視界から消え、呆気に取られた渚が気付いた時には既に、強化リリィは上下半身を泣き別れにさせ、得物を握ったまま宙を舞っていた。

「な……」

 唖然とする渚を他所に、速度を失った強化リリィの死体が湿った落下音と共に地面に落ち、流れ出た青い体液が月明かりを反射して輝く。そして、静かな足音と共にコウモリの様な意匠の赤い四枚羽根を背負った詩季が元の場所に戻り、包み込む様にして折れた羽が用を終えたと言わんばかりに滞留マギへと戻っていく。

 規格外の光景を前に座り込んだまま、放心するばかりの渚は近付いてくる足音に気付き、身構えながら音のする方へと振り返る。

「何」

 振り返った先、身を低くしたまま歩み寄っていた麻衣と目を合わせた渚は、殺気を中てられて不機嫌になった彼女へ気まずそうに笑い返す。即射撃位置にアステリオンを構え、愛想笑いすら返さず、仏頂面のまま隣に移動した麻衣に合わせて視線を動かした渚は、詩季の様子を見たらしい彼女の動揺を見て取ると視線を同じ方へ向け、口を開く。

「それで、何かあったのかい?」

「何かあったら来てんだよ。さっきのフレアが展開された瞬間、電子機器が全部やられた。通常じゃあり得ないエネルギー量が強烈な磁気嵐を発生させたからだって思って……。何だその顔、通信機とか端末がぶっ壊れたのに気付いて無い訳?」

「あー……。ごめん、気にしてる余裕無かったから……」

「何でお前はそう……。まぁ別に、責めてる訳じゃないからどうでも良いけど。それで、お姉ちゃんの要請で直接原因の確認に来たって訳。んで、アイツ、ダウン5は一体どうしたっての?」

「……あれは恐らく彼女のレアスキルだろう。ほら、履歴書にあっただろ。フェイズトランスセンデンスだよ」

 そう言いながら視線を流した渚は、興味無さそうに納得した麻衣から顔を背けながら苦笑を浮かべ、再び詩季の方へ視線を向ける。

「ところで、さっき、お姉ちゃん(優愛)の要請って言ってたよね。アイネからじゃないのかい?」

「言ったろ、電子機器が全部やられたって。アイツの視覚補助器具も全部やられた。疲労と滞留マギのせいでレアスキル(レジスタ)も使えないし、今のアイツは指揮どころじゃないって訳」

「……分かった。僕らに後退指示は出てないんだよね?」

「今ん所はね。どうする気?」

「このまま待機する。フェイトラが切れた後の回収の事もあるし」

 視線を向けず、そう指示を出した渚へ、目を合わせず生返事を返した麻衣は、アステリオンを構えて後方へと下がっていく。振り向かず、彼女の気配が去っていくのを肌に感じていた渚は、サクリファイスを手に目の前の詩季の様子を観察する。

「何をしてんのか知らねえが、そんくらいで余裕ぶってんじゃねえよ!」

 目を向けると同時、僅かな怯えを滲ませていたFS-0000が威圧する様な怒声と共にダインスレイヴの引き金を引き、解放された砲口から再び太い粒子ビームが放たれる。軽い衝撃波を伴って猪突した粒子ビームは、詩季の周囲に滞留していたマギへ直撃するやまるで飛沫の様に四方へ散り、吸い込まれる様にして消えていく。

「クソが! だったらもう一度デカいのを!」

 恐怖と併存した苛立ちと共にダインスレイヴを構えたFS-0000が再び砲口にマギを溜め込もうとする中、周囲に滞留させていたマギを再び四枚羽根の様に背負った詩季は、未だ赤い光を放つ目でチャージ体勢に入った彼女を見据えると、そのまま姿勢を寝そべるかと言う程に低く極端なクラウチングスタートの形を取る。獣の尾を表現する様に、後ろ手にヨートゥンシュベルトを構えた彼女は四枚羽根を渦に変え、まるでスラスターノズルの様にマギを収束させ、強烈な熱量を帯びたそれが眩いほどの光を放つ。

 まるで飛び掛かる機を伺う獣の様な格好になった詩季は、殺意を帯びたFS-0000の目に射貫かれると同時、消えたかの様な速度で瞬発し、蹴り出しと共に高出力化したマギがその軛を解かれ、低く腹の底に響く様な爆音と共に衝撃波が放たれる。

 直後、放たれた高出力砲が彼女がいた場所を薙ぎ払い、龍の咆哮の様な放射音を伴った衝撃波が、標的を見失った事に怒る様に空間を荒らし回る。そのあまりの風速に堪らず渚が顔を庇う中、撃たれる前に避けていた詩季は高出力マギを纏ったヨートゥンシュベルトを突きに構え、マギスラスターの加速力と共にFS-0000へと迫る。

 芯材すら見えない程の密度のマギを纏い、まるで光剣の様に輝く得物を前に突き出した彼女は、突撃を阻む様にFS-0000との間に割り込んできたロボットを寸前で回避し、そのまま体側からマギを放射しながら回り込むと、再度加速してがら空きのボディを叩き切る。まるで熱線で溶断されたかの様な断面を曝した直後、ロボットは破片に様変わりし、内臓を散らすが如く胴体から細かな部品が四方へ散っていく。

 そのまま跳躍した彼女は、宙を舞ったロボットの上半身へボレーキックを叩き込み、砲弾と化した破片をシューテイングモードを構えていたFS-0000へと猪突させる。ヴェイパーコーンを伴うそれを分割した剣の腹で凌いだ彼女は、辛うじてまだ動ける強化リリィ五人を足止めとしてけしかけ、そのまま狙撃位置へと飛びずさる。

 無策で飛び掛かる少女達が詩季の手によって血肉へと変わっていく中、砲口を開けたままのダインスレイヴを構えたFS-0000は味方を巻き込む事すら厭わず、震えるままに高出力砲を乱射するが、分厚い壁を作った筈の尽くを圧倒的な力の前に無力化され、徐々に彼我の距離は詰められていく。

 背負った四つの渦を推進力に、宙を奔る光を掻い潜った詩季は一つの竜巻へと収束させたそれで更に加速し、焦りと共に後退の動きを取ろうとする彼女へと赤く染まった光刃を突き出す。マギを纏った片刃ががら空きの胸部を刺し貫いた瞬間、FS-0000の姿は煙に撒かれたかの様に消える。

「バァカ!」

 瞬間、闇の中から染み出すかの様にFS-0000が姿を現し、刃を閉じたダインスレイヴを大きく振り被る。獲物を獲る快楽と共に必殺を確信し、無数の傷でくすんだ大剣をがら空きの背中へ叩き付けんとした彼女は、大振りの一閃で詩季を捉えた。

 瞬間、まるでFS-0000の手品を再現するかの様に詩季の姿が消え、ダインスレイヴの刃が空を切る。

「な……」

 空ぶった刃が地面を砕く中、目を見開いたFS-0000は着地した先、宙を舞う赤色のマギに歯を噛むと、体に纏わりついてくるそれを鬱陶しそうに振り払い、殺気立った眼で周囲を見回す。

「何処だ……」

 宙を漂う正のマギに触れ、息苦しさと共に引き起こされた激しい頭痛を抱えた彼女は、激しい苛立ちと共に恐怖を抱き、周囲を見回す。

「何処に居やがる、クソ野郎ォッ!」

 激しい動悸を胸に納め、まるで威嚇する様に彼女が声を上げた瞬間、整った顔貌に音速の足裏が突き刺さる。鈍い打撃音と共に骨格が砕け、勢いのまま、残像を引いて蹴り飛ばされたFS-0000の体が外壁に突き刺さる。爆発音を思わせる轟音と共に砂煙を巻き上げた彼女は激突した外壁にクレーターを穿つと、全身の骨と内臓を損傷し、堪らず叫び声を上げる。

 獣の様な少女の叫び声が地獄の底に響く中、二対の光の翼を引いて迫った詩季は引いた左掌底に夥しい量のマギを収束させる。収束したマギは凄まじい熱量を帯びて白化し、血の様な紅色から薄いピンク色に変化しながら楔状にその形を形成していく。

 罵声を上げるでも無く、ただ静かに振り被った詩季は磔にされたFS-0000の胸部へ形成された楔を打ち込もうと迫る。

「御姉様!」

 絶叫と共に飛び込んだ強化リリィが間に割り込み、痩躯の中心へ楔が打ち込まれると同時、障壁に押し留められていた熱量が解放され、離脱する間も無く二人の間に爆発の花が咲く。激しい閃光と爆風を伴い、内から砕け散った少女の体が生焼けの肉片に変わり、散弾の如く四方へ散る。

 吹きすさぶ爆風に煽られながら、飛び散った破片をレアスキルで防いだ詩季は煽られるままに後退すると、砂煙を裂きながら飛び掛かってきたFS-0000の一撃を回避し、がら空きの顔面へ飛び膝蹴りを叩き込む。鈍い音と共に大きく仰け反った彼女の胸部へそのままソバットを叩き込んだ詩季は、足裏からマギを放射し、蹴りの威力と合わせ、大きく吹き飛ばす。

 肺を潰され、大量に吐血しながら吹き飛んだFS-0000の痩躯が脆くなっていた壁面へ深く突き刺さり、不快な水音と共に潰れた彼女の半身から文字通り意識が吹き飛ぶ。無意識下で発動したリジェネレーターが、激しい痙攣を伴いながら潰れたFS-0000の修復を始める中、大きく開いた彼女との距離を詰めるべく加速した詩季は背面のマギスラスターの勢いで滑空しながら、刃を寝かせたヨートゥンシュベルトを目一杯引く。

 修復が終わると同時、意識を取り戻しながら壁面から剥がれていくFS-0000は顔を引き攣らせながら、鬼の形相で迫る詩季に向けてダインスレイヴを構える。持ち手の意思を汲み取り、上下に刃を割った大剣は、露出した発射口へ放てるだけの粒子ビームを溜め込み、接近する詩季に向けて放とうとする。

 ぼんやりと輝く銃口が粒子ビームを吐き出した瞬間、いっぱいに引き絞っていた得物を前へ突き出した詩季は、放たれた粒子ビームを切り裂きながら強引に間合いを詰める。

「はぁあああッ!」

 気合一閃、スラスターの勢いも込めて銃口まで刃を押し込んだ彼女はコアごとダインスレイヴの機関部を破壊し、貯蔵マギを誘爆させた機体は大小様々な破片となって大爆発を引き起こす。爆風に煽られ、再び壁に叩き付けられたFS-0000は、爆風を受けても尚強引に迫る詩季に恐怖を抱き、表情を引き攣らせる。

「いやぁあああッ!」

 今際の際に初めて抱いた恐怖と共に断末魔を上げたFS-0000へ冷たい殺意を向けた詩季は、彼女が突き出した腕を払い、心臓に向けて刃を突き出す。脆くなった背後の壁ごと彼女の痩躯へ刃を突き立てた詩季はそのまま彼女の体を真っ二つに割り、恐怖に引き攣った表情を浮かべたまま、少女の姿をした獣が倒れていく。

(……終わったのか?)

 切断面から青い血を噴出し、修復を始める気配を見せないFS-0000の死体に、激戦の様子を遠巻きに見ていた渚は、サクリファイスを手に恐る恐る死体へと近付いていく。立ち尽くす詩季の横を抜け、刃先で死体を小突いた渚は、何ら反応の無いそれへ死亡を確信し、安堵の息を漏らす。

「ブルーケーキ、殺害完了(EKIA)。お疲れ様、ダウン5」

 自身へ言い聞かせる様に符丁を唱え、サクリファイスを納刀した渚は、微笑を浮かべながら詩季へと振り返る。ちょうどレアスキルの発動時間を終えたらしい彼女から赤いマギの光が失われ、輝きを放っていた双眸も生気の無い物へと変わっていく。

 ディプリーション(マギ切れ)や疲労、と言うには些か過剰に見えるそれに眉をひそめた渚は、ふらりと体を揺らがせた彼女に目を見開き、咄嗟に抱きかかえた。

「詩季!」

 名を呼びながら抱き止めた渚は、目を開いたまま気を失った彼女へ何度も呼び掛けながら容体を確認する。まるで糸の切れた人形の様に四肢と頭を垂れ下げた彼女は、立ち上がる以前と同じく、渚の呼びかけに反応すら返さない。辛うじて呼吸がある以外、死体の様にも見える彼女を前に焦りを滲ませた渚は、耳にかけた通信機から響いた声に冷静さを取り戻す。

『ダウン7よりダウン6へ。状況報告』

「こちらダウン6。ブルーケーキ、EKIA。状況終了。現在、ダウン5がディプリーションと思わしき状態になり、行動不能。対応を乞う」

『……ダウン7、了解。ダウン6はそのまま待機。すぐにそちらへ合流する。合流後、ダウン4、8にダウン5への簡易検査をさせる』

 詩季の容体に対してであろう僅かな訝しみを滲ませながら出されたアイネからの指示に、了解を返した渚は膝の上に詩季の頭を置くと大きく息を吐く。戦闘終了を自覚し、緊張が解けたと同時にどっと疲れが押し寄せ、堪らず目頭を揉んだ彼女は、再び大きく息を吐いて歪な円形に切り取られた空を見上げる。

 雲一つ無い空は僅かに白んでおり、薄らぐ黒の中でぼんやりと映る月が長い戦いの終わりを告げる様に渚を見下ろす。綺麗にまとまらない思考の中、未だ意識を取り戻す気配の無い詩季を見下ろした渚は、戦闘の前後に見た彼女の昏い目と躊躇い無くフェイズトランスセンデンスの発動を選んでの戦闘を思い出していた。

(あの状況に置いてのレアスキルの発動は、最適では無いにしても間違いでは無い選択ではあった。だが、あの時の彼女が、いつもの彼女ならば、効果時間内に倒し切れなかった場合のバックアップを用意した上で使う筈。それが今回は無かった。だとすれば、あの時の彼女は……)

 暗い表情を浮かべながら内心で結論付けようとした渚は、背後から聞こえてきた力強い足音に気付き、言い聞かせるだけの結論を放棄しながら微笑と共に振り返る。

「遅かったね、ダウン2」

 笑みと共に出迎えた先、ティルフィングからダインスレイヴに持ち替えていたオリヴィアが真霜と共に周囲を警戒しながら歩み寄ってくる。

「道が混んでましたの。それで、ダウン5の容体は?」

「ディプリーションで気絶したままだよ」

「は?」

 肩を竦めながらそう言った渚は、訝しむオリヴィアへ抱えていた詩季の姿を見せる。視診だけでは、と脱力し切った詩季の右手首を持ち上げた彼女は触れた面にマギの気配が無い事を感じると、ようやく渚の言葉を信じ、ますます表情を険しくした。

「彼女のレアスキルの等級、Aランクでしたわよね。なのにディプリーションで気絶したと? ……彼女、大丈夫ですの?」

「どうだろうね。たまたま消耗しきってただけならそれで良いんけど」

「全く……。まるでそれ以外がありそうな口ぶりですわね。まぁ良いですわ。最終的な結論を出すのはここを出てからにしましょう。重役が来ましたわ」

 極端に不安にならない様、少しお道化た様な口調でそう告げたオリヴィアは、頷きを返す渚へ微笑を向けると、優愛のエスコートで歩いているアイネの方へ向かっていく。デバイスを全損し、色濃いマギの影響で代替手段を全て失っていたアイネの傍まで駆け寄ったオリヴィアは、エスコート役である優愛と二、三、言葉を交わすと役割を代わり、そのまま彼女を渚の下へ向かわせた。

「場所、代わります。ダウン6」

 到着と同時、メッセンジャーバッグを側へ投げ置いた彼女は手短に呼びかけると渚と場所を入れ替わり、自らの膝の上へ詩季の頭を置く。その間に追いついた和美が気を失ったままの詩季の傍へしゃがみ込み、軍医と看護兵による簡単な診察が始まる。

 外診を進める彼女等を一歩引いた所から黙々と見つめていた渚は、疎らに重なった足音に気付き、音のする方へと顔を僅かに向ける。流れた視線が向いた先、オリヴィアにエスコートされたアイネが覚束無い足取りで歩み寄り、暗闇の中で何かを探る様に浮かせた手を周囲に巡らせる。

「……アイネ、どうかしたのかい?」

 驚かせない様、声量を抑えて呼びかけた渚は、宙を彷徨っていた手を躊躇いがちに取ると、感触を伝える様に優しく撫でる。ある種のサインの様な仕草に、渚本人の手であると理解したアイネが安堵の笑みを浮かべ、握り締めたそれをそっと胸元まで抱き寄せる。それを合図にオリヴィアとアイコンタクトを交わした渚は、頷き返した彼女からアイネの身を引き取ると、そのまま自身の傍まで抱き寄せる。

「お疲れ様、アイネ」

「ありがとう。でも、疲れているのは私よりもあなたの方でしょう、ナギサ」

「そうかもね。まぁ何はともあれ、この場は何とかなってよかったよ。後は上に上がってジェネレーターの復旧を行うだけ、だよね?」

「ええ、そうよ。詩季への外診が終わり次第、すぐに移動するわ。あなたも準備を。その間のエスコートは、優愛にやってもらうから」

「了解。じゃあそれまでは、こうしていようか」

 微笑を浮かべ、優しい口調でそう語りかけた渚は、胸元に顔を埋めたアイネの頭を優しく撫でながら優愛達の下から離れていく。

 仲睦まじい会話を交わしながら、邪魔にならない場所へ向かう彼女等を見送ったオリヴィアは、その隣で呆れた様な表情を浮かべる麻衣に気付き、苦笑を浮かべる。

「どうしましたの、そんな不細工な顔をして」

「一々うっさい、色魔ゴリラ。性懲りも無い色付きを前にして胸焼け起こしてんだよ」

「はいはい、そうですのね」

 肩を竦め、苦笑を浮かべ続けながらそう返したオリヴィアはぎこちない表情に一抹の寂しさを宿らせ、溜め息と共に半目を向けてくる麻衣から逃げる様に顔を背ける。複雑な心境を抱いた彼女を前に、呆れた表情を崩さない麻衣は至極面倒臭そうに溜め息を吐くと着々と作業を進める姉の方へ視線を流す。

(後はジェネレーターさえ起動できればこんな生臭い所とはオサラバか)

 嫌悪感そのままに溜め息を吐いた麻衣はそのまま腐り始めの臭いを吸い込み、鼻を衝く不快感から堪らず噎せ込む。咄嗟に口元を覆い、そっぽを向いた彼女は、汗で張り付いた制服の不快感と合わせ、漂う悪臭に更に顔をしかめる。

(こんな所、とっとと出て早くシャワー浴びたい)

 口元を腕で覆いながら、内心に不満を抱いた麻衣は一通りの外診を追えたらしい姉からの召集の声に顔を振り向け、呼び掛けられるまま、彼女の元へと移動していった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それからしばらく、予備ジェネレーターの起動に成功した彼女等は何らトラブルに見舞われる事無く、地下2階を通り抜け、地上を目指していた。

「ふぃー、ようやく外に出られるぅー」

 妖刀を手に道案内役として最前線で先導していた冨亜奈は、お道化た態度を見せながら背後の隊列を振り返る。振り返った先、自身の直後に付いていた渚が苦笑を返す中、その背後へ視線を向けた彼女は、真霜に背負われた詩季の姿を見て少しばかり表情を曇らせる。

「冨亜奈?」

 曇った表情を見て取った渚が心配そうに呼び掛ける中、首を横に振った冨亜奈は、不安を掻き消しながら笑みを浮かべ、前へと視線を戻しながら召集時に聞かされた詩季の容体について思い出していた。

『今の副隊長さんについて、ディプリーション状態にあるのは間違いないわ。けど、スキルのランクと照らし合わせた時、それで彼女が気絶すると言うのは本来あり得ない事象よ』

 記憶の中、フリスを抱きかかえる様に携えた和美が集めた全員にそう説明する。昏睡する詩季を背にしたその表情からはあの時見せた嘲笑は鳴りを潜めており、仕事人として自ら撃ち出した結果が冗談では無い事を表す為、至ってまじめな態度を示していた。

『それで、結論は?』

『あら、ごめんなさい。そうね、この場で出せる結論としては気絶の原因は鼻腔からの大量出血による貧血、としか言えないわ。ただそれも、あくまで外診の結果でしか無い。早急に医療機関へ運び込み、精密検査を受けさせる必要があるわ』

『なるほど。了解よ。であれば早急に移動しましょう。出来るかはともかく、とにかく外に出なければ何も始まらないわ』

 頷きと共にそう指示を出したアイネへ、同意する様に和美が頷く。それを合図に、各々移動に向けて散らばっていく中、手持無沙汰に立ち尽くしていた冨亜奈は、背後を降り返った和美の横顔に浮かんだ狂った笑みに気付き、一人背筋を凍らせた。

 地獄行きの道中に見せた、狂った願望が表に立った表情。三朝詩季が破滅する様を見れた事への喜び、彼女が求める最高の一人が最高の状態になりつつある事への悦び。

(やっぱり、アイツは危険だ)

 記憶の中の表情を思い出し、内心でそう呟いた冨亜奈は俯けた表情を険しくする。

(今度は私が、あの子を、詩季を守らなきゃ)

 内心で独白しながら記憶通りに歩みを進めた冨亜奈は、脳裏に過ぎった今は亡い家族と親友の姿を思い出す。守る事すら許されないまま、ただの肉袋として放置された彼等の姿を思い浮かべた彼女は、唇を噛み締め、妖刀を握る力を強める。

「……今度こそ」

 何もかもを喪った自分の為に、寄り添ってくれた新しい友人を守ろうと、そう誓う様に呟いた冨亜奈は険しい表情から一転し、元の柔和な表情に戻し、努めて明るく振る舞いながら道案内を進める。

 疲労やストレスもあってか、楽しい雑談が飛び交う事は無く、黙々と歩き続けた彼女等は1階のエントランスへ辿り着くと同時、徐々に近付いてくる轟音に気付き、全員に緊張が走る。建屋を揺らす轟音はエントランス前で止まり、ゆっくりと降下するにつれて轟音は風の音とローター音に代わり、建屋の振動はより激しくなっていく。

 息を呑みながら渚達と共に咄嗟に身を潜めた彼女は、アイドリング状態に移行したティルトローター機の後部から姿を現した2人の女性に気付き、同時、背後の方で渚が残弾少ないAHWを構える。

 仕立ての良いスーツ姿の上から完全武装された彼女等は、プロフェッショナル仕様のアクセサリーが施されたアサルトライフルを手に、お互いの死角を補いながら、慎重な足取りでエントランスを進んでいく。外観からして軍隊では無いにしろ、纏う雰囲気とその所作から、訓練された手練れである事を素人ながらに見て取った冨亜奈は、渚の指示に従い、彼女の後ろへ下がっていく。

 なるべく音を立てず、狭いスペースで移動しようとした彼女は疲労からかふらついた足に渚の背中を引っかけ、堪らずその場に倒れ込む。反動で妖刀を取り落とし、無視出来ない程の大きさで金属音がエントランスに鳴り響く。

「……ヤバ」

 冷や汗と共に倒れ込んだまま、呆れた表情を浮かべる渚を見上げた冨亜奈は、当然の様に振り向いたらしい女性達の僅かな気配に背筋を冷やす。

 パニックになりかける冨亜奈を落ち着かせる様に背へ触れた渚は、一歩引いた曲がり角へ銃口を向けつつ、近付いてくる彼女等に少しばかり違和感を感じていた。

(さっきので位置はバレてるも同然なのに、何で牽制射撃すら撃って来ない? 音源の正体を見ないと撃てない事情があるのか?)

 ホールに響かない様、ゆっくりと呼吸を繰り返した渚は、ティルトローター機のアイドリング音以外、何も聞こえない事に冷や汗を掻きながら、フィンガーガードに這わせていた指を引き金へかけ変える。

 まるでそこには誰もいないと言わんばかりに、本来なら迫っている筈の女性達の気配は感じられず、内心焦りを募らせた渚は徐々に冷静さを失っていく。緊張と共に動悸は早まっていき、徐々に募った息苦しさに耐えられず、息を吸おうと大口を開けた瞬間、彼女の眼前に人影が姿を現す。

 乱れた姿勢を立て直そうとする間に彼女に向けてアサルトライフルの銃口が向けられ、まるで射抜かれたかの様に体が凍り付く。先手を取られたと目を見開いた渚が半ば諦めた瞬間、向けられていた銃口が外れ、代わりに人影がゆっくりと近づいてくる。

「何だお前等か。全く、あまり大人を驚かせてくれるな。もう少しで撃ち抜く所だったぞ」

 聞き覚えのある声を放ちながら近付く人影は、訝しむ様な目を向けてくる渚に気付くや、呆れた様な素振りと共に腰から取り出した緑色のサイリウムを折って眼前に掲げる。

「ほら、これで分かるか?」

 呆れた声と共に緑色の光に照らされた人影、渚達の上司である真波は、安堵の息を漏らす部下達に再び呆れた様な溜め息を吐くと差し伸べた手を取った渚を引き上げる。

「欠員、負傷者は?」

「ダウン5がディプリーション症状で気絶。それ以外に損害はありません」

「分かった。黒木も無事救出している様だし、文句無し、と言いたい所だな」

「……それは少し難しいかもしれません」

「そうか。まぁ良い。こちらとしては手札を失わずに済んだだけ御の字、そう言う事にしておく。詳細な報告は後日、貴様らの体調を見て聞く。撤収だ。お前等を回収出来たなら、こんな辛気臭いおもちゃ箱にもう用は無い」

 忌々しげに吐き捨てた真波は下げていたアサルトライフルを手に取ると顎をしゃくり、渚達へ移動を促す。気だるげに立ち上がる彼女達から視線を外し、周辺を警戒していた部下へ彼女達の先導を指示した真波は、満身創痍の部下達がその場を離れるまでの間、同軸に取り付けたライトを灯し、光と共に銃口を暗闇に巡らせる。

 最後尾の麻衣が通り過ぎ様に銃口を向け続けていた真波の肩を叩き、それを合図に殿に付いた彼女は消灯しながら振り返り、前を行く部下と共にまるで一つの生き物の様に一糸乱れぬ動きで迎えのティルトローター機へ向かっていく。

 時折後方へ振り返り、再度点灯させた光と共に銃口を巡らせた真波は、最後の確認を終えると麻衣に続いて機内へと飛び込む。同時、腕のコンソールを操作し、無人操縦の機体を浮かせた真波は、スリングからアサルトライフルを切り離しながら、閉じていくドアに押される様にして荷室の奥へと歩いていく。

 その道中、ヒュージの戦禍に晒された新宿の惨状が機体の丸い窓に切り取られて映り込み、真波は国防軍から暫定的に送られてきた被害報告を頭に過ぎらせる。

(推定死者2万人以上、重軽傷含む負傷者は現在で10万人超。戦後の詳細な調査次第ではさらに増える見込み、か)

 舌打ちと共にその景色を視界から振り払いながら操縦席へと向かった真波を腹に収め、ティルトローター機は立ち上る黒煙を避けながら霞が関にある巣へと飛んでいった。

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