アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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慰めSnow_drop



第4話『SNOW_DROP』

 霞が関の一角にある5階建ての本部に戻った渚達は、戦後のダメージを考慮した真波から休む様に命じられ、各々自室で、戦闘以外でやるべき事をこなしていた。

 夕方、私服姿でレギオン控室に集まった面々は、暇潰しとして大富豪に興じていた。

「ほい、6三枚。それで、これ何待ちなの?」

「監査官待ち。何でも急な呼び出しがあったんだってさ」

「マ? 相当に空気の読めない人間もいたもんだねぇ。世の中この時間は定時だよ?」

 そう言い、流された場に3一枚を出した冨亜奈は、対面する渚の苦笑を半目で見返す。

「それだけ重要な案件なんでしょう。向こうにとってはね」

「その物言い、アイネ、呼び出し相手がどなたか知ってますの?」

「高松学長代理よ」

 8を出し、場を流したアイネに、オリヴィア達元百合ヶ丘組が一瞬固まる。

 事情の分からない冨亜奈が、場を見回す中、4を4枚出したアイネは、忌々し気に舌打ちする麻衣を見た。

「私達の事かどうかは不明よ。向こうが要件を明かさなかったみたいだから」

「だとしてもどうせ、ロクでも無い事でしょ」

 K二枚を出しながら窘めたアイネを他所に、10二枚と共に麻衣が悪態を吐く。

「ねね、優愛っち。君等、ユリジョに何か因縁あんの?」

「あー……まぁ、それは……黙秘で」

「えー、暗黙の了解って感じ? 何か寂しいなぁ」

 隣の席に座る優愛に、小声でおどけた冨亜奈は苦笑を返した彼女に不満そうな顔をする。

 知らなくて良い事を知りたがるゴシップ気質、と言うより、より親密になりたいが故の疑問なのだろうと、優愛は解釈し、笑みを返す。

「こう言う話はもう少し、仲良くなってからですね」

 当たり障り無くそう返した優愛に、冨亜奈は凭れ掛かり、マーキングする様に頬擦りした。

 そんな様子を不満げに見ていた麻衣を他所に、アイネは呼び出しを食らった時の監視官の雰囲気を思い出した。

(……あの時の監査官、腐る様子では無かった。寧ろ、憎悪が滲み出ていた。あの人も、あそこに何か恨みがあると言うの?)

 重ねた年齢の重みを感じる真波の横顔に、僅かに浮き出た感じた事の無い感情の色。

 擦り減りこそしているが、それは怒りや憎しみが織り交ざったもの。

(同情されたのかしら、私達は)

 彼女自身の私情が、自分の訴えを呑ませた真因であっては欲しく無いと、アイネはアンニュイな表情を浮かべた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 本部の3階、通常職員が利用する会議室が所狭しと占拠するフロアの一室。

 薄暗く消灯された部屋は、大型モニターを1面に持ち、そこに百合ヶ丘女学院生を背に侍った初老の男性が映し出されていた。

「こんな夜分に何用ですかね、高松学長代理。貴校に派遣した監査官が、何か粗相でも?」

『そう言った用件ではありませぬよ、山本部長殿。今回は、八王子で起きた事件について、情報をお聞きしたく』

「ほう、それは耳の早い事で。相変わらず良い情報網をお持ちですな」

 極めて穏やかに返す中年太りの男、山本は牽制する様な笑みを返した百合ヶ丘女学院学長代理、高松咬月を見据える。

 山本の隣、ノータイにジャケットを羽織る格好の真波は、彼よりもより鋭い視線で咬月を睨む。

『八王子のG.E.H.E.N.A.ラボが襲撃を受けたとの一報がありましたが、その後の進展はいかかですかな』

「何故貴校に情報を公開する必要が?」

『不本意ながら、世間はG.E.H.E.N.A.が我々の協力者だと思っている。そこが攻撃を受けたとなれば我々も無関係ではいられますまい。自衛の為にも―――』

「残念だが、こちらの開示請求に応じない貴校に公開する情報は無い。一体何度こちらの要求を反故にしてきたか、高松学長代理、あなたは覚えていないのか?」

『それとこれとは別の話だと思うが』

 涼しげな顔の咬月に、舌打ちを放った真波は、背後でムッとしている百合ヶ丘女学院生を睨み付けた。

「まぁまぁ、三沢監査官、落ち着き給え。残念ですが、高松学長代理。彼女の言う通り、こちらからは情報を公開する事は出来かねます」

『ほう、何故ですかな』

「我々が浮かべる可能性の中に、あなた方反G.E.H.E.N.A.派閥がテロリストを後援している、と言う選択肢が存在するからですな」

『……なるほど。そう言う事でしたら身の潔白を、当方は弁明をせねばならぬ、と』

「ええ。そう言う事になります」

 弓形になった細目を向ける山本に、ふむ、と相槌を打った咬月は組んだ手を机の上に置いた。

『しかし、それでは法治国家としての前提は崩れる事になりかねんと、私は思っているのですがね』

「自分達に都合の悪い法を無視するあなた方が、法治国家の前提を説くと? 冗談もほどほどにして頂きたい」

『これは冗談では無いのだがね、三沢監査官』

 やれやれと呆れ顔をする咬月に、苛立ちを募らせた真波は机の下で拳を握りつつ、深呼吸と共に冷静さを取り戻す。

 それを流し見た山本は、微笑を浮かべつつ、話を変えた。

「では、端的にお聞きしましょうか。あなた方反G.E.H.E.N.A.派閥は今回の件に関与していないのですね?」

『勿論だ。我々を含め、周囲のガーデンにもその様な動きは無い』

「なるほど。弁明については承知しました。ですが、あなた方には未だ回答いただいていない余罪が幾つもある。本件についての情報提供は、その回答を頂いた上で、検討いたします」

『待ちたまえ、山本部長。それでは話が違うじゃあないか』

「はい? 約束を反故にしたくらいで、文句を言われる筋合いは無い筈ですが?」

 すっとぼけた態度の山本に、背後の少女共々顔をしかめた咬月は、呆れ気味のため息を漏らした。

『やれやれ、我が校のエースを引き抜くだけで無く、口約束を反故にするとは。これでは我々の間にある信頼関係にもヒビが入りますな』

 少女を諫めつつそう言った咬月は、大きな破砕音と共に立ち上がった真波に気付いた。

「貴様が言えた事か、高松咬月。私の親友の治療を反故にし、死なせた事、忘れたとは言わせんぞ」

『……随分昔の事を言う』

「ッ……お前が忘れても私は忘れん。10年経った今でもな」

 刃の様に鋭く尖った真波の視線、夥しいほどの殺意を湛えたそれは、ただ一人、咬月に向けられていた。

 視線を外す事無く、拳から血を流す真波をフォローする様に、山本が別の話題を切り出す。

「高松学長、先程の発言、姫神渚を含むチームアッシュの引き抜きに関しての条件について、あなた方は全面同意していた筈でしょう。不満があるなら解消しても良いが、その代わり我々はあなた方が我々政府へ虚偽報告をしていたと世間に公表する事になります。

どちらが“あなた方にとって有益か”。考えるまでもありませんよね?」

『……ううむ』

「賢明なご判断をありがとうございます。では、この場は終了と言う事で」

 そう言って強引に打ち切った山本は、大笑いしながら真波の方を向いた。

「三沢君、よくやってくれた。おかげで彼等に余計な情報を渡さなくて済んだよ」

「……出過ぎた真似を、申し訳ありませんでした」

「いやいや、気にする事は無いよ。それより、手は大丈夫かい? この後あの子達と夕食に行くんだろう? 手当てを受けて行きなさい」

 破損した備品の手配も含め、撤収準備を進める山本は、額を抑える真波に気付いた。

「どうした? 気分でも悪いのか?」

「ああ。いえ、すいません。少し、嫌な事を思い出して」

「そうか。後は任せてくれて良いから、君は手当てを受けに行きなさい」

 モニターの電源を落としながらそう言う山本の苦笑を見て、真波は素直に指示を聞き、会議室を後にした。

 廊下に出た真波は、深いため息と共に天井を見上げ、ゆっくりと目を閉じる。

『いつもお世話してくれてありがとう、マナミ』

 瞼の裏にかつての想い人の笑顔が脳裏に過ぎ、再現性が薄れた声が耳朶を打つ。

 スラヴ人らしいあでやかな銀のロングヘアが悲し気に揺れ、不眠症を証明する様な酷い隈を湛えたサファイア色の目が僅かに生気を失っている。

「オリガ……」

 小さく彼女の名を呼んだ真波は、痛み出した手を見下ろすとその赤い色が引き出したフラッシュバックに表情を歪ませる。

 未だに悪夢として再演される彼女、オリガの最期。水で希釈された血の色が、流しっぱなしになった浴槽を満たし、その中で眠る様に、オリガは全裸を浸していた。

 深く傷付けられた腕からは血が沸き出し、慌てて止血に動いた真波を嗤う様に水に溶けていく。パニックになる彼女の頭の片隅が、脈拍を測らせ、その行為が無駄である事を知らしめた。

 湯船から引き出されていた腕を落とした真波は、膝を追った自身の眼前で滴っていく血を、無力に見つめていた。

(お前は、最期に何を思った?)

 3年間の戦いでの蓄積と守り、支えていた筈の家族を一度に失った心障でPTSDを負ったオリガは、苦しみから逃れる為に自死を選び、一人静かに命を絶った。

 一方的な片思いを募らせていた自分は、彼女にとっては大切な何者でも無く、彼女の存在で生きていた自分は、彼女にとっての死ねない理由にすら、なれなかった。

(……分かっているさ、誰に当たったってもうお前が生き返る事なんて無いんだ)

 高松咬月の忌々しい顔を思い出しながら、真波は深いため息を吐く。

(けど、お前の様な子を生み出さない事くらいは出来る。その為に―――)

 そう自白する己を忌々しく思いながら、真波は医務室の扉を開ける。

(私はあの子達を引き取ったんだ)

 子どもに役目を押し付ける事。酷く嫌った筈のそれしか出来ない自分に、真波は嫌悪感を募らせた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 深夜、眠れず建屋を徘徊していた渚は、見回る事に飽きて休憩所に座っていた。

『御姉様』

 そんな彼女の体からふわりと少女が分離し、浮遊する。

 生者では無い事を示す様な振る舞いを、微笑を浮かべて見ていた渚は、手にしていた缶コーヒーを傍らに置いた。

「久し振りだね、マリア。すまないね、ここの所構ってあげられなくて」

『ううん、良いの。私はもう生きてる人間じゃないし、それに、アイネ御姉様達は大切な人達だから』

「ありがとう。それで、今日はどうしたんだい?」

『沢山の魂の欠片が御姉様に入って来たから、凄く調子が良くて。こうして外に出ないと御姉様に迷惑が掛かっちゃうから』

「ああ。そうなんだ。昼間、たくさん人を殺したから、そのせいかな」

 お道化た態度でそう言った渚に、嬉しそうな顔のマリアはクルクルと宙返りをした後、体を伸ばして制動する。

 まるでイルカやシャチの遊びの様な動きを、楽しげに見ていた渚は、顔を向けるマリアに手を伸ばし、撫でる様な動作をした。

 その手に頬擦りをし、目を細め、甘えていたマリアは、寂し気な渚を見て甘える手を止めた。

『どうしたの? 御姉様』

「……いや、何でも無いよ」

『ねぇ、御姉様。私の力、使いにくい?』

「そんな事は無いよ。どうしたの?」

『御姉様、ここに来てから私の力、使ってくれてないよね?』

 眉を下げ、しょんぼりとした顔のマリアに、肩を竦めて見せた渚は彼女を抱き寄せる。

「そうまでする相手がいないだけだよ、マリア。必要になれば、君の力がきっと必要になる」

『えへへ、そうだよね。早くそんな相手が来ないかなぁ』

「おいおい、マリア。そうなったら僕が困るんだよ?」

 苦笑を漏らす渚は、伏目がちに自分の手を見下ろす。相模での戦闘で使った円環の御手。

 元は、マリアが持つレアスキル。それを彼女が殺し、奪い取った。

(それが僕のレアスキル、カオスティックトランサー……)

 あの世とこの世をマギの力で繋ぎ、魂から他者の生き様を写し取る観測外のレアスキル。

 その力の一端として、渚は殺し、魂を宿したマリアのレアスキルを奪い、強い制限付きで使える様になった。

「……頼りにしてるよ、マリア」

 力無く笑いながら缶コーヒーを飲み干した渚は、愛嬌満点の笑みを浮かべるマリアを見上げる。

 自分自身が犯した罪の象徴、それを見上げながら渚の脳裏に、真波の言葉が過ぎる。

『終わりの無い罰など、罰であるものか。罪を償えるからこそ贖罪や罰の意味がある。そうでないそれら等、存在する意味すら無い』

 不思議と自分の中に染み込んでいた言葉に、突き動かされる様に渚はマリアに手を伸ばす。

(僕は……逃げたかったんだ)

 罰を受ける事で、自分自身が持つ罪の重さから目を背けたいと。

 葛藤や迷いに左右される事無く、ただ決めた規範に従って、簡単に人を殺す事が出来る“殺しの才能”から。

『御姉様……?』

 他人を同じ場所まで墜とし、人生すら狂わせてしまえる“カリスマ性”から。

『どうして泣いているの?』

 笑いながら、涙を流す渚に戸惑ったマリアは、一息ついた彼女に首をかしげる。

「気にしなくて良いよ、マリア。さて、休憩は終わりだ。帰ろう」

『うん。またね、お姉様』

「ああ、また」

 そう言って伸ばした指先が触れると、マリアの姿は蛍火の様に消えていく。

 掴む事の出来ないそれを見上げていた渚は、静かに目を伏せる。

(どんな罰も、僕の罪を晴らせないのなら)

 ゴミ箱に空き缶を入れた渚は、ノイズの様に走った『あの世』の光景に、血塗れになった自分の手を映し出す。

 時間が止まり続ける『あの世』には、彼女が殺してきた何かの血が留まり続け、ぬらぬらと奇妙な色で濡らしている。

「僕は罪を背負い続けるよ」

 塗れた手を握り締めた渚は『この世』に戻った視界に、拳を入れ、目を伏せながら額に当てた。

 義妹を殺した事も、友人達の人生を狂わせた事も、全て。

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