アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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今のところ不調さSo far, So bad



第5話『So far, So bad』

 翌日、四ツ谷駅前にたむろする渚達は、レンタルバンに凭れかかっている真波の説明を受けていた。

「お前達には品川駅に向かってもらう。その近辺にホテルを取っているし、我々が管理する拠点もある」

「一先ず、体制を整えてから、と言う事ですね?」

「そう言う事だ。加えて港区は御台場迎撃戦の影響で治安が悪化している。テロ事件に巻き込まれる可能性は十分有り得る。移動中も油断しない様にな」

 頷く渚達を見回した真波は、一人CHARMを載せたバンに乗り込み、そのまま品川駅に向けて走っていった。

 真波を見送った渚達は、今回珍しく同行が許可された冨亜奈の存在に気付く。

「今回はこっちなの?」

「えへへ、こっちに居て良いって言われたからさ」

「だからバンには監査官一人だったのね? 護衛はいらないと言う事かしら……?」

「そうみたいだよ。後なんか、今日は誰も同乗させたくないんだってさ。ストレスかな?」

「あなたがうるさいからかしらね」

 白杖を手にし、渚のエスコートで進むアイネに、ムッとする冨亜奈は、彼女等共々支給されたICカードで改札を通過する。

 乗り場で数分待ち、車内に乗り込んだ渚達は、思いの他空いている車内を見回す。

「この時間にこの格好、目立ちませんかね?」

「悪目立ちにはならないだろうから、品川までの我慢だよ」

「だと良いんですけど」

 アイネを抱き寄せる渚の微笑に、困り眉で笑みを返した優愛は、窓の外に目を向ける。

 30年前から変わらぬ都会の街並みが流れていく中、バックボーンにオリヴィアと渚の会話を聞く彼女は、昨日の出来事を思い出す。

(これから、どうなるんだろうなぁ……)

 初陣が対テロ戦闘になるとは夢にも思っていなかった優愛は、もうすっかり慣れたとは言え、未だに嫌悪感の残る死の感触を思い出していた。

 これから先、どうする事も出来ない人の死を多く見ていくのだろう、とそう逡巡した彼女は2年前の甲州を思い出していた。

 前線の死傷者回収部隊として、多くの人々を救い、そして、看取って来た。あの日々には人の死が身近にあった。

「お姉ちゃん?」

 険しい表情を浮かべていた優愛に、心配そうな顔をした麻衣が声をかける。

「大丈夫?」

 入り口近くの背凭れに立っていた麻衣に、笑みを返した優愛はドアに凭れかかる。

 電車は御茶ノ水を過ぎ、神田駅に止まる。

「降りるわよ」

 アイネの号令一下、渚達は神田駅で降車し、山手線に乗り換え、品川駅に到着した。

 未だ人でにぎわう品川駅にて、彼女達は指定されたホテルに向かう。

 ウェラブルデバイスの案内に従い、構内を抜け、バスターミナルが点在するロータリーに差し掛かる。

 普段はビジネスマンやら何やらで賑わっていた筈のそこは、何故か閑散としていた。

「渚、どうなっているの? 人の気配が無いけど……」

 人の気配が無い事を肌に感じていたアイネが渚に問いかける。

「分からない。様子が伺えないから、僕達から離れないで」

 返答を返した渚の指示でアイネを中心に固まった彼女達は、構内を足早に進みながら周囲を探った。

 ロータリーには、段ボールをコンクリートの上に敷いた浮浪者の姿がまちまちとあるのみで、その原因を探る事は出来ない。

「何があったんでしょうか」

 不安そうな優愛と共に、隊列から先行したオリヴィアは駅の一角に隠れていた男3人に気付いた。

 距離を取りつつ、腰に手を回した優愛は、制する様な動きの彼女に視線を流す。

「おい、お嬢ちゃん達。ここは危険だぜ?」

「ご忠告感謝いたしますわ。それで、我々に何用ですの?」

「怪我したくなければ金目の物を置いていきな。通行料って奴だ」

 そう言い、ナイフを取り出した男達に、溜め息を返したオリヴィアは、腰に手を回す。

「死に体でぶっ倒されたくなければ大人しく道を開けなさい。それが出来ないならどうなっても知りませんわよ?」

「ほざくなクソガキ。この状況でそんな事が良く言えるな」

「そちらこそ些か視野錯綜が過ぎませんこと?」

 正面の男に目を向けるオリヴィアは、背中に回した手で1名だけ生かす、と優愛へサインを出し、その手を特殊警棒の柄に回した。

「うるせえ!」

 激高した男がナイフを振り上げた刹那、オリヴィアは下段から警棒の抜き打ちを放つ。

 マギ抜きでも元々力が強い彼女の一閃は、男のナイフを弾き、大きく姿勢を逸らさせる。

「警告は致しましたわよ!」

 返す一閃で右側の男の左内腿を膝ごと叩いてヒビを入れ、左裏拳で左側から強襲してきた男の突きを弾く。

 体勢を戻した正面の男が突きに変えてきたのを見たオリヴィアは、左の男の懐に飛び込み、肩口からタックルで心臓に一撃を入れる。

「ごっ……」

 心臓を的確に叩かれ、体の動きを止めた男が吹き飛ぶ中、正面の男の横薙ぎを警棒で受けた彼女は、両手添えのそれでナイフを弾き飛ばす。

 膝裏に高速のローキックを叩きこみ、片膝を突かせた彼女は、そのまま警棒で顎を殴りつける。

 強烈な衝撃が脳へともろに伝わり、気絶した男が仰向けに倒れる。

「こ、このアマぁああ!」

 そう言い、右側にいた男がスナブノーズのリボルバーを引き抜いた瞬間、横合いの銃撃が彼の得物を撃ち落とした。

 衝撃を受けた右手を抑えた男が銃撃の方向を向くと、それを隙と見たオリヴィアがソバットを男に叩き込んで吹き飛ばした。

「クリアですわ」

 言いつつ、警棒を納めたオリヴィアは、拳銃型のアンチヒュージウェポンを手にした優愛と合流する。

「1名、タックルで吹き飛ばした方が生きてますかね?」

「ま、この状況が何なのか聞ければ良いですから」

 優愛の援護を受けながら呻いている男の方へ歩み寄ったオリヴィアは、胸倉を掴み上げる。

 内蔵に一撃入れた彼女は、咳込む彼を揺さぶる。

「この状況はどう言う事ですの? どうしてこんなにも人がいませんの?」

「し、知るかよ」

「追加のお仕置きが要りますの?」

「ま、待てよ! 本当に知らねえ! 八王子のテロがどうとか言ってる奴はいたが、関係あるかどうか……!」

「なるほど、そう言う事ですの。ありがとうございます」

 そう言ったオリヴィアは、足の間接を踏み砕き、顎に一撃を入れてその場を去った。

 銃を周囲に巡らせて探っていた優愛を連れ、オリヴィアはアイネ達の元に戻る。

「戻りましたわ。取り敢えず彼等については無力化。この状況は八王子の一件が影響しているものと、判断しましたわ」

「大方、不平不満を持つ層が中てられた。そう言う状況と言う事ね」

「その解釈で間違いないですわ。それで、先を急ぐ、と言う事でよろしいですわね?」

 返り血を見下ろし、気だるげに問いかけたオリヴィアへ、若干対面からズレたアイネが頷く。

 麻衣と共に移動ルートを考え終えた渚は、先導のオリヴィアに情報を送り、全員に移動する様に促した。

「品川がこんな調子で調査なんか出来んの?」

 腰に手を回しながら、そう問いかけた麻衣は、断続的な銃声に身構えつつ、通りを歩く。

 焼き討ちの痕跡が散見されるテナントビルの群れを見ながら、殺されたビジネスマンの焼死体を彼女達は跨ぐ。

「何処かしこもこんな感じなら、ちょっと厳しいよねぇ」

 肩を竦めつつ言う冨亜奈は、停止サインを出したオリヴィアに追従してその場に止まる。

 少し狭い通りの様子を窺う彼女は、食料を抱えた10歳ほどの子どもが慌てて逃げるのに気付いた。

「待て、クソガキ!」

 そう言い、散弾銃を手に出てきた中年に目を見開いたオリヴィアは腰に手を回す。

 拳銃を抜くより早く、中年は子どもに向けて銃を発砲。血飛沫と共に抱えていた食料が辺りに散らばった。

「オリヴィア、今のは?」

「子どもが撃たれましたわ。恐らく、孤児です」

「……そう。相手がこっちに気付いている可能性は?」

「子どもに注意が行っていますから、可能性は低いでしょうね」

 射殺した子どもの死体に近寄る中年に拳銃を向けていたオリヴィアは、列の後方に移動し、渚の後ろに付く。

 中年がこちらに対して妙な動きをしたら撃って良い、と小声で指示した渚に、太ももへのタップで了解を返す。

「ホテルまであと300m。向こうは安全だと良いんだが」

「大丈夫だよ。ホテル側が臨時でPSCを雇って警備してもらってるって」

 拳銃型AHWを手に通りを歩く麻衣に、安心させる様に笑みを向けた優愛は、アンニュイな表情を崩さない妹に苦笑を浮かべた。

 仮初とは言え、表面上の平穏を保っていたとは思えないこの惨状は、気を滅入らせるには十分すぎる光景だった。

「見えてきたよ」

 そう言い、麻衣が顎で指す方を見た優愛は、中流階級向けらしいそこそこ立派なホテルを見上げる。

 八王子の時と違い、値段より安全性を優先したらしい真波の気遣いが伺える選択、と受け取った優愛は、渚の指示の下、拳銃を収める。

 ベルボーイに代わって応対するPSCの社員からボディチェックを受けた彼女等は、身分証を提示した後、ロビーに通される。

「よう、遅かったな」

 ロビーのカフェテリアでテイクアウトコーヒーを啜っていた真波が、軽く手を挙げ、微笑む。

 カップを置き、サイドテーブルに置いていた鍵を手にした彼女は、憔悴気味の渚達を見回す。

「道中、何かあったのか?」

「少し暴漢と交戦を。それ以外は特に」

「そうか」

 言いかけた言葉を飲み込んだ真波は、手にしたカードキーを渚に差し出すと同時にAR空間に部屋割りのメモが、カードキー上に表示される。

 それに従い、キーを配った渚は、席で見守る真波に呼びかけられる。

「すまん、言い忘れていた。お前らのCHARMは荷物と一緒に部屋に運んでもらった。手間だが、一度部屋に戻って装備してくれ」

「了解しました。装備後はどうしましょうか」

「集荷センターに行きたい所だがな、ホテル側から止められたよ。何でも、その近辺で暴動騒ぎだそうだ。それも、朝からな」

「となると、集荷センターが閉まってる可能性は高いですね」

「だろうな。全く、どうしたものか」

 そう言い、余韻と共に溜め息を吐いた真波は、軽くなったカップをテーブルに置く。

「一先ず全員装備を持ってこい。ホテルの責任者にはお前らの事は話してある。それに、今日は殆ど客がいない」

「見られても良いって事ですね」

「そう言う事だ。その間に考えられる事は考えておく。最悪、1日をトランプゲームで潰す事になるがな」

「僕らはそれでも良いんですけどね」

「公務員モドキが言って良いセリフでは無いぞ。良いから、行って来い」

 そう言い、カップを手に立ち上がった真波に、一礼した渚は面々を連れて各自の部屋に向かう。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 彼女等を視線で見送った真波は、お代わりのコーヒーを傍らに置き、持ち込みのモダンPCで情報整理をする。

(集荷センターで顧客の事を聞けない以上、八王子で手に入れた発送情報を基にするしか無いか)

 八王子集荷センターで入手した発送伝票を表示させた真波は、公安委員会のコミュニティチャットを表示する。

 今や関東圏内に広がったテロリズムの火によって警察機関は大パニックに陥り、普段は緩やかなコミュニティチャットの流れも凄まじい速度を見せていた。

(この分だと有益な情報は貰えないか……?)

 半ば諦め気味に情報提供を呼び掛けた真波は、即時に帰ってきた返事を開く。

「港南、天王洲地域に支部があるとの情報あり、か」

 情報提供用に運用されているAIがアーカイブから瞬時に情報を引き出し、“人のふり”をして情報提供を行ってくれた。

 出所は2年前の公安委員会の捜査。当時はテロ実行の危険性が低いとしてアーカイブに留まっていたらしい。

(大人しい野良犬だと思って放置していたら狂犬になっていた、か)

 だからどうと言うつもりは無い。問題はそこが現状封鎖されている状態と言う事だ。

 究極、渚達だけで向かわせれば良いのだが、大の大人が後方で引っ込むだけなのは真波の心情としては気分が良くない。

 何とかして現場に出れないものか、と思案していた彼女は、緊急で入った応援要請に気付いた。

《緊急:応援要請:新馬場にて交戦中:御台場女学校》

 ホップアップで用件が伝えられ、真波は渚達との回線を開く。

「アッシュチーム、緊急だ。メッセージは見ているな?」

『はい。現在、詳細な状況を優愛が確認中です。どうしますか?』

「急行し、現地で援護を行え。暇潰しにはちょうど良いだろう」

 苦笑気味に言った真波は、PCの画面を切り替え、渚達のウェラブルデバイスの映像を表示する。

 それと並行して、応援要請先の状況の情報を拾い上げる。

『監査官、現地の情報を拾えました。鮫洲方面よりヒュージ群が北上中。要請発出元は中等部生徒の護衛中だそうです』

「手が回らないから応援を出した、と言った所か? 手が要りそうだな。姫神、黒木も連れていけ。現地で雑用をさせれば良い」

『了解しました。アッシュチーム、屋上から現地に向け、出ます』

 手短な報告に応答を返した真波は、渚からの報告に引っかかる点を感じていた。

(ヒュージが鮫洲方面からの侵攻だと? あのエリアはディフェンスエリアの影響下の筈)

 屋上へ上がっていく部下達の視界を見る真波の脳裏に過ぎったのは、一定間隔で敷設される筈の『広域エリアディフェンス装置』。

 ジャミングにより、ヒュージが展開するワープホール、通称『ケイブ』の発生を抑制するその装置の影響下では、この様なヒュージの急襲は発生しない。

 御台場近辺の広域エリアディフェンス装置の維持を担当する『御台場女学校』の定期レポートでは、装置の破損、傷害などの機能不全は報告されていない。

(だとすれば沿岸部から揚陸して来た事になるが、だとすれば何故直接品川に来ない?)

 ヒュージの生態がどうあれ、人口密集地域を狙って北上するのならば、海中潜航から品川の眼前で揚陸すれば良い話だ。

 沿岸から揚陸し、鮫洲経由で北上してくるのは、生物が相手とは言え理屈に合わない。

(で、あれば、この襲撃は一体どう言う事だ……?)

 普通では無い事態に、言葉に出来ない違和感を感じ取った真波は、映像の中、事情を理解した警備員の先導で屋上から跳躍した渚達の無事を祈った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 同時刻、新馬場。都市整備の進まない廃墟区画にて、ヒュージの群れと交戦する2人のリリィがいた。

 その内の一人、野性味を感じる銀髪のウルフカットの少女は手にした柳葉刀型のヨートゥンシュベルトを振るい、ガードを上げたラージ級の腕を割断する。

「こいつで7体目だ!」

 歯を向きつつ、頸動脈に当たる部分に刃を突き入れた彼女はそのまま一周して首を切り落とすと、噴水の様に噴き出た体液を浴びる。

「詩季! 残り何体だ!」

「えっと、私がさっきので3体目だから、あと40体」

「クソが。全然数減んねえじゃねえかよ」

 詩季、と呼ばれた黒い長髪の少女、三朝詩季にウルフカットの少女、浅木真霜は舌打ちを返す。

 苦笑を浮かべる詩季は廃墟区画を闊歩する“ラージ級の群れ”を見据える。

「それで、俺達だけならこいつら位、何て事ねえけど。後ろの中坊共、どうやって逃がすんだよ」

「応援は出したから、それまで数を減らす。後ろの子達には絶対に動かない様に言ってあるし」

「あいよ」

 軽く返した真霜は、その場で瞬発し、更なる獲物を狩りに向かう。

 それを見送った詩季は、サーベル型のヨートゥンシュベルトを手に背後を振り返る。

 ある程度頑丈な建屋の下、上級生付きでの現地実習に参加していた中等部の生徒達がガラスの割れた窓枠から様子を窺っていた。

(応援受領が神庭から2人、内閣府直属ガーデン運用監査局の6人。後者は、何だろう?)

 学園から支給されていた端末で確認していた詩季は、不意打ちの砲撃を回避すると叩き付けられた触腕を回避する。

「詩季、一体頼む!」

 宙返りする真霜に頷いた彼女は、深々と突き刺さった触腕に切り傷を入れながらイカの様な見た目のヒュージに迫る。

 勢いそのまま、目の様な感覚器を突き、ヒュージを暴れさせた彼女は、振り解かれ、宙に放られる。

「――――!」

 咆哮と共に無数の触手が迫るが、その全てを回避した彼女は、避けたそれを足場に降下する。

 スピードをそのまま威力に転嫁し、ヒュージを縦に切り裂いた彼女は、重力に沿って割れていくそれから距離を取る。

「これであと36体」

 息も切らさずそう告げた詩季は、改めて端末の情報を確認する。

(先に神庭のリリィが到着するのかな)

 アパート後を破壊しながら突進してきたクモ型のヒュージを回避した彼女は、端末をしまいつつ先のクモ型ともう一体、真霜をすり抜けたヒュージと対峙する。

 2対1の状況になった瞬間、クモ型に向け、砲撃が叩き付けられ、3分の1が崩落したアパートに2人のリリィが着地する。

「間に合いましたね。神庭女子藝術高校、愛染黄昏、柚木和美。応援に到着しました」

 そう言い、眼鏡ルックのリリィ、愛染黄昏はシューティングモードに切り替えたダインスレイヴで砲撃する。

 的確な砲撃でバランスを崩したヒュージに迫った詩季は、瞬く間に急所を穿ち、2体をあっという間に処理してしまう。

「応援に感謝します」

 そう言いながら、呆気に取られる黄昏達2人の元へ跳んだ詩季は、不思議そうな顔で彼女等を見る。

「御台場女学校、三朝詩季です。神庭の愛染さん、柚木さん、早速ですが、お二人はうちの中等部生徒の避難誘導と護衛をお願いします」

「え?」

「この場は我々だけで十分なので。お願い出来ますか?」

「え、あ、はい。大丈夫ですが……」

「では、よろしくお願いします」

 誘導地点の情報を渡し、深々と一礼した詩季がヒュージの群れへと跳躍していく。

 呆れ顔で見送っていた黄昏は、その隣で苦笑する茶色のギブソンタックの少女、和美をむっとした顔で見下ろす。

「あら、ごめんなさい。あなたのそんな顔、初めて見たから」

 顔は笑みのまま、口元を手で押さえた和美に、溜め息を返した黄昏は、ダインスレイヴをブレードモードに切り替える。

「行きましょう。あまり時間をかけて良い状況では無い筈です」

 不機嫌そのままにそう言った黄昏は、頷く和美の腕を取ると指定された場所へ跳躍した。

 一方、前線に戻った詩季は、ヒュージの猛攻を往なしつつ、現れたヒュージの群れが全てラージ級である事に違和感を覚えていた。

(鮫洲から突然現れたし、何なんだろう)

 疑問を呈しながらも攻撃を全て回避してみせた詩季は、触手の内の一本が後方へ伸びたのに気付いた。

「しまっ!」

 迂回し、飛び込んで斬れる距離の外にあるそれに、彼女は目を見開くしかなかった、

 中等部の誘導を始めた和美達に触手が迫り、庇う動きを取った和美がシャルルマーニュを起動する。

 あと数メートルと言う瞬間、暴風と共に触手が切り裂かれたのに気付いた。

 飛翔物が横合いから撃ち抜いた、と詩季達が気付いたのは、腹に響く弾着音と共に古びたアパートメントが崩落したのを見たからだった。

「狙撃……? 誰が」

『こちら、内閣府直属ガーデン運用監査局。アイネ・クラウンベックです。状況を』

「あ、えっと、今、北上中のヒュージ群と交戦中。中等部の生徒は現在神庭からの応援の方々2名に誘導して頂いてます」

『了解。ヒュージの内訳は?』

「ラージ級30体弱。それのみです。スモール、ミドル級は認められず」

 そう言いながら攻撃を回避した詩季は、追撃しようとしたラージ級が横合いから撃ち抜かれ、体の半分が破裂したのを見る。

 バケツで撒かれた様に体液が飛び散る中、詩季は会話を続ける。

「今の狙撃はあなたですか?」

『いいえ。私の隣にいるリリィよ。それより、ラージ級しかいない理由に心当たりは?』

「ありません。それに、こいつ等は突然出現したんです。まるでケイブから出て来たみたいに」

 前線を維持する真霜の様子を見ながらそう言った詩季は、砲声をバックに何やら考え込んでいるアイネの様子を窺う。

『分かったわ。それについては後程確認するとして、そろそろこちらのAZ、TZが到着する。到着次第、合流して対処を』

「対処なら我々だけでも」

『ヒュージ30体弱を相手にリリィ2名では何かあった時にカバー出来ないでしょうが。さっきの状況を理解していないの?』

 ピシャリと言うアイネに、納得の声を上げた詩季は通信機のスイッチを押さえる。

「了解しました。所で、あなた方は今どちらに?」

『あなたのいる位置の2㎞先、高層ビルの上よ』

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 通信機の向こう、オープン回線で静かに驚く詩季の声を聞いていたアイネは、勝手に間借りした高層ビルの屋上でタブレットを操作していた。

 オープンからプライベートに回線を切り替え、CHARMを手に急行する渚達に連絡を入れた。

「アッシュ4よりアッシュユニット。要請元との連絡完了、中等部の生徒は現在神庭のリリィがLZまで誘導中。現場到着次第、ヒュージの撃滅に集中」

『アッシュ5、了解。それで、ヒュージは全部ラージ級だって?』

「向こう曰くそうらしいわ。こっちもタケトンボ(UAV)で確認する限りだと嘘じゃないみたいよ」

『嘘であって欲しかったなぁ』

「ヒュージがどうとか、関係無い癖に」

 軽口を飛ばし、苦笑を漏らしたアイネは渚達を示す光点(ブリップ)が現場に着いたのを確認し、回線を切り替える。

 UAVが送信する情報を確認した彼女は、隣でCHARMを構える麻衣の傍に寝そべり、観測用スコープを手に取った。

「アッシュ5達が合流。当てない様にね」

「キロ単位狙撃で無茶言うな。まぁ、やってやるけど」

 片目を閉じ、スコープを覗き込んでいるアイネの隣で、麻衣は対物狙撃銃を模した大型第1世代CHARM『フェンリル』を構える。

 アッパーレールに取り付けられた等倍率デジタルスコープを覗いた彼女は、右手でボルトを操作し、発射手順を取る。

 ストレートプルボルト式で機関部の閉鎖が解除され、熱を帯びたコアが外部に露出して気の抜ける音を上げる。

「次ターゲット」

「左、群列の後方、ゴリラ型。左感覚器。距離1.8㎞。風向風速西3m/s」

 冷却を終えた機関部を閉じた麻衣は、呼吸を整えながら目標を探す。

 戦列に参加した渚達が戦火を放つ中、群列の後方に位置する件のヒュージを天の秤目で捉えた。

捉えた(インサイト)

撃て(ファイア)

 短いやり取りと共に怪物(フェンリル)の砲声が轟き、3重に拡散したヴェイパーコーンが大気を激震させる。

 毎秒5400mの極超音速に加速された30mm弾が銃口から飛び出し、目標までの距離を飛翔。

 直撃した頭部が爆ぜ、仰け反った巨体が廃墟を薙ぎ倒し、砂煙を上げた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「す、凄い……」

 着弾点の傍、呆気に取られていた詩季は、その隙を狙ってきたヒュージの攻撃を回避すると散った破片を足場に地面に着地する。

 逃がさんとばかりに大きな破片を投げ飛ばしてきたそれに、彼女が身構え、聖域転換の発動を準備する。

 トラック程もあろうコンクリート片が落下する最中、横合いから断続的に放たれた銃撃が脆くなっていたそれを滅茶苦茶に砕く。

 破砕されたコンクリートの雨が降り、張られた聖域転換の障壁がバチバチとスパークの音を鳴り響かせる。

「大丈夫ですか?」

 小脇に汎用機関銃型の第1世代CHARM『イシュヴァール』を抱えた優愛が駆け寄る。

「はい。何とも」

「良かった・・・」

 スリング吊りのそれから手を放し、胸を撫で下ろした優愛は、先のヒュージの咆哮にイシュヴァールを構え直した。

「援護します!」

 そう言い、優愛が引き金を引いた瞬間、轟音と共に凄まじい発射レートで実弾が放たれ、ヒュージが放った触手が細切れにされていく。

 一時的に触手を失ったヒュージへ弾丸が叩きつけられ、優愛の補正でヒュージの感覚器に何十発と叩き込まれる。

「―――――!」

 悲鳴を上げ、のたうち回るヒュージの触腕を足場にした詩季は、ズタズタにされた感覚器を深く切りつけると急所に刃を突き入れた。

 噴水の様に体液が吹き上がり、飛び退いた詩季は、様子を窺っていた優愛を抱えてその場から逃げる。

 体液で溺れる事も、濡れる事も無く高台に逃げられた優愛は、前線に戻る詩季と別れた。

『優愛っち、今どこぉーん? あたいの前のヒュージに弾ぶっこんでくんなぁーい?』

「ふふっ、了解です」

 そう言い、高台の端へ駆けた優愛はQD規格のスイベルジョイントを解除し、イシュヴァールのハンドガード下部にあるバイポットを展開する。

 そのまま伏せ撃ちの体勢になった優愛は、ゼノンパラドキサを使った機動戦法を披露する冨亜奈の前方に位置するヒュージを照準した。

「そのまま撃って良いの?」

『良いよーん』

 冨亜奈の返答を食う様に引き金を引いた優愛は、慌てる彼女の声を聴きながら弾丸を浴びせていく。

 イシュヴァールの高レート弾幕はヒュージの体表を舐める様に放たれたが、硬化しているのか、その全てが弾かれ、跳弾が四方八方に飛んでいく。

「やはり、本体には効きませんね!」

 ヒュージの気を引いた事を悟った優愛は、立ち上がり、バイポットを畳みながらその場を離れる。

 刹那、彼女が居た場所に砲撃が撃ち込まれ、一瞬でアパートメントが崩落する。

「優愛っち!」

「優愛!」

 冨亜奈と渚の叫び声を聞きながら、崩落に巻き込まれた優愛は打撲の痛みを堪えて立ち上がる。

 上手く体が動かない彼女目がけ、追撃の砲撃が放たれるが直前でオリヴィアがカバーに入り、ティルフィングのブレードに直撃したビームが拡散する。

「ユアさん、今の内に後退を!」

 叫んだ彼女に頷いた優愛は、辛うじて動かせる左足で跳躍し、後方へと下がっていく。

 ビームを受け切り、着地したオリヴィアは、触腕の振り下ろしを回避すると変形させたバスターランチャーを発砲。

「ッ! ビームコート!?」

 表面で拡散したビームに目を見開いたオリヴィアは、再びティルフィングを変形させて飛び退く。

 飛び退いた刹那、ヒュージの体側から30mm弾が直撃し、体の半分を吹き飛ばす。

「助かりましたわ」

 通信機を起動したオリヴィアは、新手に向けてティルフィングを振り下ろす。

 宇宙服を着こんだ男の様な姿形のラージ級の頭部を叩き割った彼女は、前転でその勢いを殺しつつ、着地する。

「これで残り何体ですの?」

「ざっと14体くらいかな。ちょっとマズいね」

「そうですわね」

 周囲を見回したオリヴィアは、そこが更地になりつつある事に危機感を抱いていた。

 このままではラージ級の行動範囲が増え、オリヴィア達がカバーしなければならない範囲も拡大する。

 2体のラージ級を撃破しつつ後退してきた詩季と真霜が、その会話に加わる。

「中等部生徒の回収は完了し、神庭のお2人は現在こちらに合流中です」

「了解。ウチの一人は負傷したから下げた。しばらくは5人で何とかするしかないかな」

「ここからは5人で……。狙撃の方は望み薄ですか?」

 攻撃を回避しつつ、そう問いかけた詩季に、渚は首を縦に振る。

 ただでさえ集中力を要する狙撃の中でも、キロ単位の精密狙撃は更に集中力を要する。

 麻衣の手元数ミリのブレがこちら側では何メートルものズレになり、狙いから逸れた一撃は乱戦状況での大きな誤射リスクとなる。

「流石にもう無理だよ。向こうもかなり消耗してる」

 そう答えた渚は、振り下ろされた触腕に隔たれた詩季の表情を窺う。

 不安がる素振りも無く、どちらかと言うと楽が出来なくなった、と悟った様な顔を彼女はしていた。

「とにかく、数を減らす事は出来るよね?」

 距離が離れたのでオープン回線にそう呼びかけた渚に、詩季が肯定を返す。

 前へ出た彼女を援護し、牽制程度にアンチヒュージウェポンを放った渚はスライドオープンしたそれをスナップ、マガジンを排し、交換した。

「アイネ、状況報告」

『こちらは麻衣の消耗が限界に達したから狙撃援護は不可ね。準備とある程度の回復が終わり次第、近接支援に移るわ。それとさっき、彼女が言ってた神庭の生徒は30セコンドで優愛が退避した地点に到着。一応個別回線でやり取りした限りだと片方はフリーランスのメディックで戦闘能力は無いそうよ』

「了解。となると、戦えるのは眼鏡の彼女だけかい?」

『優愛は動けないけど、一応射撃は出来るみたいよ。指示したポイントで構えてる』

「分かった。何かあったら連絡するよ」

 マガジンを交換した渚は、刀の柄尻にリアサイトを引っ掛け、スライドストップを解除する。

 タカアシガニ型のヒュージが渚に迫り、閉じてハンマーの様になった爪を振り下ろす。

「ッ!」

 感覚器目がけて牽制射撃を入れた渚は、2階建ての建屋を一撃で破壊したそれに舌打ちする。

 崩落で撒き上がった砂煙に視界を塞がれた渚は、挟み切ろうと迫った爪を間一髪で回避し、下を潜って間接を切断する。

 すり抜けた彼女の背後にスケールアップされたカニのハサミが落下し、轟音を上げる。

「んのぉッ!」

 立ち上がる勢いをそのまま威力に乗せ、カニの腹に刃を突き立てた渚は内臓に捕らえられたそれに舌打ちする。

 怪物の筋力で抑えられ、抜けない得物から手を放した彼女は、二の太刀である『アーヴィングカスタム《ブラッドティアーズ》』に手を掛け、一気に抜き放った。

 切り上げの動きと共に赤い刀身から解放されたマギが、斬撃波としてヒュージを両断。絶命と共に筋肉が弛緩したのを見逃さず、渚は刺さっていたサクリファイスを引き抜く。

「クソッ」

 サクリファイスを血振りしつつ、ブラッドティアーズを納刀した渚は、酷く消耗した体が最適な状態に矯正されていくのを感じていた。

 一時的に開放されていた戦闘ストレスが抑制され、クリアな思考に矯正されていく。

「……ッ」

 一向に慣れない気味の悪さを感じながら、彼女はブラッドティアーズの過剰出力で消耗していたマギの回復を待つ。

 使い手の心情など露知らず、サクリファイスは、自身のスキルを行使して周囲から吸い上げたマギを渚に還元する。

『ナギサ、どうしましたの? 足が止まっていますわよ』

 オリヴィアの呼びかけに、何でも無い、と回答した渚は、サクリファイスを手にその場から離れた。

 一方、真霜と共に最前線に戻った詩季は、消耗戦を強いられつつある事に焦りを感じていた。

(このままじゃ時間切れになる……)

 内心でそう呟いた詩季は、冨亜奈と共に討ち漏らしの処理に回っている渚を振り返る。

 この場を取り仕切る彼女にだけでも、打ち明けるべきなのだろうか、と迷っていた詩季は、自身目がけて突き出された触腕をカウンター気味に切り裂く。

「チッ、しゃらくせぇ。詩季! レアスキル使って良いか!?」

 大声で聞いてくる真霜の方を振り向いた彼女は、首を横に振った。

 真霜と詩季のレアスキルは、『ルナティックトランサー』と『フェイズトランセンデンス』。

 両者ともに一時的なブーストを掛ける類の短期決戦型レアスキルであり、この乱戦下での使用に当たっては効果切れになった際のバックアップが必要だ。

 危ういバランスながらも、渚達との連携で拮抗出来ている今、下手な使用は連携を崩し、足を引っ張る可能性がある。

「真霜、向こうから要請があれば私から伝えるから。それまでスキルは封印してて」

 そう言い、手にしたヨートゥンシュベルトを一回転させた詩季は、腕に6連スパイクランチャーを備えたヒュージに気付いた。

 その場を飛び退いた彼女は、スパイクランチャーを発射してきたヒュージに舌打ちし、塀の中に隠れる。

 生体兵器の様相を呈すランチャーから次弾となる棘が生え、堀に狙いを定める。

「ッ!」

 咄嗟に飛び退いた詩季は、堀を貫き、自身に狙いを定めるヒュージと対面する。

 距離を取ろうと身構えた彼女は、突然の目眩に体勢を崩し、転倒した。

(薬の、効果時間が……!)

 無理に立ち上がろうとするが、その足取りはふらふらと覚束無く、受け身も取れずに倒れてしまう。

 痙攣する腕で体を起こすが、狂った三半規管が誘発する気持ち悪さに詩季は堪らず吐く。

「詩季! 動け! 詩季!」

 様子のおかしさに気付いた真霜が駆け寄ろうとするも、ヒュージの猛攻に阻まれる。

「クソが! 退けろ、雑魚共!」

 攻撃を振り払おうとする真霜だが、2体同時に相手取ろうとした事が徒となり、身動きが取れなくなる。

 そんな彼女を他所に、先のヒュージはランチャーの狙いを薬の副作用で痙攣している詩季に定めて放とうとした。

 瞬間、ヒュージの感覚器に向け、何百発もの弾丸が叩き込まれる。

 何れもダメージを与える程では無かったが、トドメを刺そうとしたヒュージの動きは止まる。

「お待ちになって!」

 ティルフィングを担いだまま、ドロップキックでヒュージを吹き飛ばしたオリヴィアは、宙返りから着地する。

 その隣に駆けつけた渚は、俯せのまま気絶した詩季を抱え上げた。

「オリヴィア、ここは任せるよ。僕はこの子を後ろに下げる」

 片腕で抱えた渚は、頷いたオリヴィアに後を任せ、全速力で後方へ向けて走り出した。

 追撃を掻い潜り、優愛が待つ後方へ下がった渚は、彼女と合流していた神庭の2人と対面する。

「優愛、彼女を頼む。戦闘中倒れた。目立った外傷無し。ヒュージの攻撃を受けた訳じゃなさそうだ」

 そう言い、優愛に詩季を預けた渚は、興味深そうに近付いてきた和美に警戒心を向ける。

「あ、大丈夫です。神庭からの応援の方ですよ。フリーランスでメディックをされていたそうです」

 詩季を手近な机に寝かせた優愛は、診察を和美に任せ、彼女の補助に回る。

「柚木和美。よろしく、監査局の隊長さん。三朝詩季さんについては私と卯月さんで責任をもって診るから安心して」

 形式的な挨拶と共に一瞬笑みと視線を向けた和美は、すぐに詩季の容体を観察し始める。

 切り替えの早さに呆れた渚は、視線を感じ、後ろを振り返った。

 浅く一礼した黄昏に会釈を返した渚は、唐突な呼び出し音に応答した。

「こちらアッシュ5。どうしたの?」

『もうすぐ着くわ。そっちの状況はどう?』

「三朝さんが戦闘中に倒れたから搬送した所。これから前線に戻るよ」

『それならそこで待機してて良いわ。後はこちらで対処できるから。前線の状況も冨亜奈からのチャットで確認済みよ』

「了解。じゃあ、僕は優愛と一緒に待機しておくよ」

 そう言った渚は、和美達の様子を窺った後、裏口から外に出る。

 サクリファイスを血振りした渚は、納刀した瞬間に走った頭痛に顔をしかめた。

 抑制されたストレスがもたらすそれにまともに立っていられず、彼女は壁に凭れかかる。

「はっ……はっ……」

 強烈な耳鳴りと、視界が捻じ曲がるほどの眩暈。それをやり過ごした渚は、消えていた音の中に呼び出し音を捉えた。

 通信機を起動させた渚は、壁に手を突いて立ち上がる。

「こちら……。アッシュ5。どうしたの?」

『アッシュ4よ。一応終わらせたわ。どうしたの?』

「いや、何でも。ちょっと疲れただけだよ」

 見える訳でも無いのに、気丈に笑って見せた渚は、ふらふらと覚束無い足取りで裏口へと歩いていく。

 そんな彼女の様子に、通信機越しのアイネは気付く事は無かった。

『そう。では少しだけ休んでから、次の行動に移りましょう』

「次の行動?」

『監査官命令よ。鮫洲にある小規模コロニーの様子を見て欲しいって』

 ラフに言うアイネに肯定を返した渚は、深く息を吐いて足に力を入れて裏口から優愛達のいる場所に戻る。

 抜けきらない倦怠感を抱えた彼女は、手近な椅子に腰かけるとアイネ達の帰還を待つ。

「そう言えば優愛、三朝さんはどうだった?」

「薬物の副作用によるものの可能性が高いそうです。今、安静にしてもらってますよ」

「薬物?」

 顔をしかめた渚に、戸惑いがちに頷いた優愛は、間に割り込んできた和美と場所を入れ替わった。

「ええ。珍しい精神安定剤の副作用と似ているから。薬効切れと同時に強い倦怠感や激しい痙攣、眩暈、嘔吐感を誘発する。人によっては幻聴・幻覚作用もあったかな。まぁ、そんな薬ね」

「そんな物がどうして彼女に?」

「私の推察が合っていれば、その薬は従軍経験や戦災経験等で重度の精神障害を患った人間の一部に処方される所謂『戦闘用』の薬よ。彼女に処方されていてもおかしくは無いわ」

「……その口ぶり、三朝さんの事、知っているのかい?」

「噂位はね。そう言うあなたは知らないの? 三朝詩季と言うリリィの事」

 片眼を瞑り、ウィンクしながらそう言った和美に、渚は首を横に振る。

 そうね、と前置きを置いた彼女が、話を始める直前、呻き声と共に詩季が目を覚ます。

「この話は何かの縁があった時にしましょう」

 一方的に打ち切り、診察に向かう和美を見送った渚は、アイネ達を迎え入れた。

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