アサルトリリィEDGE   作:Sence023

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悪魔は細部に宿るThe devil is in the details.



第7話『The devil is in the details.』

 けたたましいガンシップの飛行音はどこも変わらない。使う機体が同じなのだからそれもそうだ、と和美は飛翔する機の腹の中で苦笑する。

 久しく機能を失っている品川の港湾設備をLZに、ガンシップは東京湾を超え、御台場女学校へと進路を向ける。

 品川から御台場女学校まではそう距離は無く、ガンシップを移動の足に使うのは、消費燃料の事を考えるとかなり効率の悪い手段になる。

 かと言って、剥き身のCHARMを持ったまま、公共交通機関を使う事は例え法が許していても、乗客の安全確保を考えれば断念せざるを得なかった。

(退屈ね)

 移動の足としてしか機能しない機内は、花の乙女を乗せるにはあまりにも快適性が無く、そして歓談に花咲かせられるほどの静寂性も無い。

 最も、この場の凍り付いた雰囲気を見て、楽しく歓談を始めようなどと考える人間は万に一人もいないだろう。

『ドルフィン2-5、着陸態勢に入ります』

 そうしている間に、ガンシップは着陸態勢に入る。VTOL機らしい急減速のGを感じた和美は、進行方向への振り子運動で振り回された後、緩やかな降下を感じる。

 着陸のショックを感じた彼女は、先細っていくエンジン音と共に停止したガンシップのハッチが開くのを待つ。

「到着です」

 誘導係の手で外部からハッチが解放され、夕日が機内に差し込む。鼻につく潮の匂いに、眉をひそめた和美は、ラックに納めたシャルルマーニュを取りに向かう。

 リング認証を行い、ラックの電磁ロックを解除した彼女は、屹立したそれを手に取る。

「ようこそ、御台場女学校へ」

 先に降機していた詩季の案内を受け、校舎へと入っていった和美は、待っていた教導官の先導を受けて学長室へと通された。

「学長、連れてきました」

 一礼した教導官は、後ろに連れていた渚達を部屋に通すと自身は彼女達の後ろに回った。

 何の資料か、本棚を埋め尽くす書籍を背負って立つ学長に、一歩前へ出た詩季は略式の敬礼を向ける。

「姫神渚、以下3名、帰校しました」

「中等部の護衛任務、ご苦労でした。こちらの神庭の生徒の方々も、協力に感謝します。皆さん、無事で何より」

「それで、ここに連れてこられたのは何故でしょうか?」

「ああ。そうですね。本題に入りましょう。教導官報告によれば、あなた方は中等部生徒の護衛時、ガーデン運用監査局の応援を受けた。ですが、撤退及びヒュージの殲滅完了後、突如としてあなた方の識別信号は途絶し、足取りは追えなくなり、その3時間後に信号は復活した。この間の行動について報告いただきましょうか」

「それについては……」

 口ごもった詩季は、笑みを向けてくる学長へ深呼吸の後に改めて話を切り出した。

「ヒュージ殲滅後、私を含め、ここにいる4人はガーデン運用監査局の作戦行動に同行しました。しかし、作戦内容及びそこで知り得た内容については先方から口外を禁じられている為、お答えできません」

 そう言い切った詩季は、眉をひそめた学長の様子に怪しさを感じたが、意図を問いかける事はしなかった。

「あなたは御台場女学校の生徒です。ガーデン運用監査局の一員では無い筈ですが? 彼女等に義理立てる必要が?」

 責め立てる様な口調でそう言った学長へ怯んでしまった詩季は、薄く笑った和美に気付いた。

「その理屈で言えば、今ここで知り得た事を私達も全て神庭へ話しても良い、と言う事になりますわね。私達は御台場の生徒ではないから」

 顎を撫で擦りながらそう言った和美は、薄く笑いながら学長を見据える。むっとした表情を返した彼女から、和美はおどけた態度で顔を逸らした。

 学長の矛先が彼女に向く中、詩季は、何としてでも情報を手にしようとする彼女の態度に眉をひそめた。

「神庭の柚木さん、でしたか。三朝さんの案内で通しはしましたが本来あなた方は食客の筈です。本件に関して口出しは―――」

「でしたら三朝さん達共々、さっさとこの場から解放していただけませんか? それとも、食客のもてなしは二の次とするのが御台場の礼儀でしょうか?」

 明らかな苛立ちを浮かべ、詰め寄った学長に、怯む事無く笑って見せた和美は、見かねた黄昏の介入を受ける。

「お言葉ですが。どんな目的があるか存じ上げませんが、守秘義務を破らせようとするのであれば、あなた方も同様の扱いを受けるのが筋と言うものではありませんか」

 和美を庇いながら言った黄昏は、刃の様に研ぎ澄まされた目を向ける。

 余計な挑発を仕掛けようとする和美の額へ裏拳を入れた彼女は、ため息交じりに言葉を続ける。

「本件に関して、守秘義務違反を発生させるのであれば彼等にこの事実を報告します」

 そう言いつつ、逆手で持っていたダインスレイフを握る手を強めた黄昏は、殺気を放つ学長を見据える。

 教導官がヨートゥンシュベルトに手をかけようとする中、真霜が視線で牽制し、一触即発の状況が出来上がる。

「……良いでしょう。後程、護衛の件についてレポートを提出しなさい。以上」

 その場の流れを打ち切る様にそう言った学長は、身構えていた教導官にアイコンタクトを送った。

 頷きを返した教導官は扉を開け、詩季達に外へ出る様に促す。

「失礼しました」

 一礼してその場を後にした詩季は、真霜達に笑みを向けた後、端末を取り出す。

 事前に送られてきていた案内を表示した彼女は、全員に端末を掲げ、接触を介して送信した。

「すいません、柚木さん、愛染さん。気分を害してしまって」

「気にしなくて良いわ。それで、今夜のお宿は……。あら、あなた達の隣なのね」

「3年生のフロアには随分空きがありますから」

「でしょうね。私達の世代は只でさえ消耗が激しいもの。武のガーデンである御台場女学校なら尚更よね」

「……ええ」

 低いトーンでそう言った詩季は、顔を俯かせつつ道案内の為に和美達の前を行く。

 一瞬はっとなった和美だが、悟られまい、とすぐに表情を誤魔化し、詩季の後を付いていく。

「随分と趣のある建物ね。うちとは大違いだわ」

「ふふ、隣の芝は青く見えますからね。私は神庭の最新鋭の建屋が羨ましいです」

「そうかしら。芸術家を育てるにしては、味気の無い校舎よ」

 シャルルマーニュを肩に担いつつ、溜め息を漏らした和美は、校舎の出入り口に少女が立っているのに気付いた。

 腰まで届くワインレッドの長髪をポニーテールに結わえた彼女は、ウインクしながら銃の様な形にした右手をスナップする。

「お疲れ、シキ。後ろの彼女達は神庭の子?」

「え、あ、うん。そう」

「初めまして。アタシはチェルシー・F・ガーメント。御台場女学校工廠科3年生。今んとこシキ専属でやらせてもらってまーす。よろしく」

 再びウィンクしながらスナップした少女、チェルシーは、苦笑する詩季に左手を差し出した。

 何を示すか気づいた彼女は、腰のヨートゥンシュベルトを取り外し、手渡す。

「いつもながら丁寧な使用で結構結構。ほら、マシモも。アンタのシュベルトも整備するから貸しな」

「変な細工すんなよ」

「いっつもしてねえだろうが」

 舌打ち交じりにそう言うチェルシーは、持ってきた背負子式のラックにヨートゥンシュベルトを2本立てかける。

 外れない様、機械式のロックをかけた彼女は、何かを思い出し、詩季達の方を振り返る。

「あ、そうだ。神庭のお二人さん、あなた等のCHARM、簡易点検と部品交換してあげる。見ず知らずのアーセナルに預けてくれるなら、だけど」

「……そうね。お願いしましょうか」

「変な細工はしないから、安心してよ」

 和美達2人からCHARMを預かったチェルシーは、ラックを背負う。

「よいしょ。じゃ、明日の朝、工廠科に取りに来てね。おやすみ~」

 入りきらなかったダインスレイヴを手に取った彼女は、その場を後にし、敷地内を歩いていく。

 月明りが手入れの程が伺える艶やかさを際立たせ、跳ねる後ろ髪を見送った和美は、心ここにあらずの詩季に気付いた。

「三朝さん?」

 呼びかけた和美に、肩を竦める詩季は向けられた彼女の笑みに笑みを返した。

(何か考え事かしら。だったら良いんだけど)

 笑みを向けていた和美だが、内心で彼女の様子のおかしさを悟っていた。

「で、では、皆さん。学食にご案内しますね」

 誤魔化す様に笑みを浮かべ続けた詩季は、和美達をエスコートし、学食へと案内する。

(クラスメイトを全て失い、自らも精神疾患で戦線離脱した“悲劇のリリィ”、三朝詩季)

 学食の店員と談笑している彼女を見ていた和美は、堪えきれず口を弓型に歪めた。

(噂通りなら、どんな死を見てきたのかしら。今から話を聞くのが楽しみだわ)

 歪んだ笑みを浮かべた和美は、食券を手に取るとすぐに表情を戻し、店員に手渡した。

 各々、好きな物を手に取った和美達は、窓際の一角に席を取り、夕食に手を付け始めた。

「そう言えば、お二人は品川の近郊で何をされていたんですか?」

「輸送部隊の護衛よ。この前、下北沢で戦闘があったでしょ? その難民疎開を受け入れた分の物資を持って行ってたの」

「ああ。品川が一番多く受け入れていたんでしたっけ?」

「一番は八王子よ。二番手が品川。ま、大方お台場の戦災復興に向けた人手確保も兼ねているんでしょう。糧食を餌にすれば、安い労働力になるでしょうし」

「……あくまで、ここは最前線です。復興するだけの価値なんか、無いですよ」

 暗い表情で夜景に目を向けた詩季に、和美は楽しそうな表情で視線を向ける。

 和美には政治の話をする気は無く、あくまでも本題に踏み込む為の布石に過ぎない。

「分かってねえなぁ。そうやって死んでも良い人間を詰め込む場所を作ってんだよ」

「死んでも良い人間なんて、いないよ」

「はっ、綺麗事抜かすんじゃねえよ」

 むすっとした顔でカレーライスを口に運んだ真霜は、箸が止まった詩季を横目に見る。

 反論できず、顔を俯ける彼女をニコニコと笑って見ていた和美は、箸で切り分けた鮭の切り身を口に運ぶ。

「お話は変わりますが。容体は如何ですか、三朝さん」

 グラタンを口にしていた黄昏が沈黙を破り、無表情を詩季に向けた。

 唐突な切り出しに呆けていた彼女は、首を傾げて見せた黄昏にハッとなり、答えを探して視線を彷徨わせる。

「うん。大丈夫です」

「そうですか。安心しました」

 俯きがちに言う詩季に、あっさりと回答した黄昏は談笑するでも無く食に戻る。肩透かしを食らった詩季は、無言の黄昏に促される様に食事に手を付けた。

 昼間の苛烈な戦いぶりからは信じられない程、細々と食を進める彼女を見ていた和美は、彼女が昏倒した当時を思い出した。

(あの症状、戦闘用精神安定剤の副作用と酷似していたけど)

 詩季が見せた諸症状の数々は、強い精神疾患を患った兵士に向け、戦闘用に処方される劇薬の副作用と酷似していた。

(仮にそうだとすれば、御台場女学校の責任者は重い罪に問われる。あの薬は成人への処方しか許可されていない筈)

(でも、電子カルテには何の記述も無かったわね。偽装したのかしら?)

(そうね、“私”の言う通りかもしれない。だとしたら……そうまでして、彼女を立たせる理由が御台場の大人達にはあるのでしょうね)

 思慮に耽る和美の背後、幻影の様に姿を現した彼女そっくりの少女が詩季を見つめる。

 心配そうに見るでも無い憂いを帯びた視線をそのまま食事に落とした和美達は、何かを喋るでも無く、食を進めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 数分後、全員が食事を終え、沈黙だけのティーブレイクが始まった。

「そう言えば……。お二人は明日、神庭に戻られるのですか?」

「いえ。警備の現場監督が残ってるから品川に戻る予定。ま、お飾りの監督なんだけど、一応いないとね」

「そうなんですね……」

 食後のコーヒーをソーサーに置いた詩季は、対岸の和美を他所に何か考え始める。

 1、2分の間を置いた彼女は、何かを決心し、口を開いた。

「私も、品川行きに同行して良いですか?」

 真剣そのものの目で和美を見つめた彼女は、驚く周囲を見回しつつ自信無さげな表情を浮かべる。

「だ、ダメでしょうか」

「別に良いけれど、さっきも話したでしょう? お飾りの監督業しかやる事無いの。同行してもやる事なんか無いのよ?」

「分かっています。でも、自分達の指定守備地域の状況くらい知っておきたくて」

 自信無さげな顔はそのままに、視線を巡らせた詩季は、意図を探ろうとする和美と目を合わせず、カップに目を落とす。

 紅茶で口を湿らせた和美は、沈黙を保ったままの詩季へ口を開こうとして、黄昏に遮られた。

「良いのではないでしょうか。どうせ何も出ない様な地域です。その時間を有効活用すれば、技術交流の良い機会となります」

「それは……。そうかもしれないけど」

「何かあるのですか?」

 平然としている黄昏の押しの強さに、少し違和感を覚えた和美は言い淀む。

「……いえ。何でも無いわ。あなたがそう言うなら、同行してもらいましょうか」

 代替出来る理由を見つけられなかった彼女は、ため息交じりに折れ、許可を出した。

「そうとなれば、あなたも来るわよね、浅木さん」

 苦笑を交えてそう問うた和美は、グラスの中のコーラを傾ける真霜に問いかけた。

 仏頂面の彼女は黙々と頷き、そっぽを向く。苦笑を返事にした和美は、暗い表情の詩季を見つめる。

「……三朝さん。少し、あなたの話を聞かせて欲しいんだけど」

 もう真意を量る事は止めた和美は、新しい話題を切り出し、不意を打たれた詩季を竦ませる。

 邪悪を滲ませた笑みを浮かべる彼女は、紅茶をソーサーに置いて顔の前で手を組んだ。

「あなたの事は噂話でよく聞いていたわ。御台場女学校に同学年で凄まじい戦績と能力を誇るリリィがいるって、ね」

 楽しげにそう語る和美から、苦し気に顔を背けた詩季は手を震わせ、包み込む様にしていたカップを握り締める。

「一部には長沢雪や円山周を凌ぐとも言われていたあなたは、1年前、戦傷性PTSDを原因として、表舞台から姿を消し、そして再び姿を現した。数多くの戦友を喪った悲劇を乗り越えたリリィとして」

「おい、お前……!」

「ねぇ、それは本当の事なのかしら? 本当のあなたは、何も乗り越えられなくて、ただ大人の作り上げた神話の為の象徴として、無理矢理に引き摺り出されたのではないかしら?」

「テメエ、余計な事言うんじゃねえ……! ぶっ殺すぞ!」

「ねぇ、教えて欲しいの。あなたに纏わりついた神話が嘘か本当かどうか」

 悪辣とも言える笑みを浮かべる和美に掴み掛かった真霜は、理的な表情から一変し、へらへらと笑う彼女を睨み付ける。

 目の前の光景と、投げかけられた疑問に怯える詩季は、カップを滑り落とし、砕け散らせる。

 入浴時間に差し掛かり、人の減っていたカフェテリアに響き渡った破砕音は、パニック症状を起こした詩季と合わせ、衆目を引くに十分だった。

「あははっ、神話は嘘みたいね。嬉しいわ。たくさん楽しいお話が聞けそうだもの」

「お前、殴られなきゃ黙れねえのか?!」

 胸倉を掴まれ、揺さぶられる和美に、真霜は拳を握り締める。

「そこの生徒、何をやっている!」

 彼女等のやり取りを咎める様に教導官が駆け寄り、2人の間に割って入る。

 それぞれを交互に睨んだ彼女は、黄昏の介抱を受けつつ、対岸のテーブルで蹲っている詩季に気付く。

「何のつもりだよ、教導官。邪魔すんじゃねえよ」

「……ここは公共の場です。喧嘩は止めなさい。御台場女学校のリリィとして、相応しい振る舞いを―――」

「仲間の古傷抉られて黙ってろって言うのかよ、アンタは。そこの神庭のクソアマは、止めろっつっても話を聞かなかった。口が駄目なら手が出て当然だろ」

 忌々し気に吐き捨てた真霜は、睨み目を向け続ける教導官を睨み返す。

 反抗心と言うにはあまりにも刺々しい視線に、好奇心を沸かせた和美は、詩季の傍にしゃがみ込む。

「三朝さん、ごめんなさい。あなたを追い詰めるつもりは無かったの。許して欲しいわ」

 そう言い、背中を擦った和美は、掴み掛かろうとして教導官に制止された真霜を見上げる。

 容体が落ち着きつつある彼女を介抱した和美は、後始末を黄昏に任せて外に連れ出した。

「落ち着いた?」

 そう問いかけた和美に、頷きを返した詩季は周囲を見回すと話を切り出す。

「ごめんなさい。折角聞いてくれた事に、何も返せなくて」

「こちらこそ、少し無神経だったわ。無理に話してもらわなくても良いから、またの機会にでも―――」

「大丈夫です。ああなるのは、いつもの事だから」

 昏い表情でそう言った詩季は、嘗ての灯りを失い、薄らぼんやりと見える港湾設備を遠目に見ながら、ベンチから立ち上がった。

 夜景を背負っていた和美の隣に立ち、手摺に凭れ掛かった彼女は、ぽつりと呟き始める。

「さっきの質問。柚木さんの言う通りなんです。私は、本当の私は、何も乗り越えてなんかいないんです。1年前、クラスの皆や、後輩の子達を亡くしたあの日から」

「それを大人達は無理矢理に立ち上がらせた。何も飲み下せていないあなたの意志とは別に、象徴として利用する為に。それについて、あなたはどう思っているの?」

「……正直、私自身もどうしたいのか、明確に決め切れていないんです。こうして利用され続けるか、それともどこかへ逃げるか。でも、リリィとして生きてきた私には、それ以外の道なんてない気がするんです。リリィとして、戦う一人の少女として、どうしようもなく壊れ切ってしまった私は、ただの少女にはなれない」

「だからこうして現実を受け入れている、と。悲しい事だけど、かと言ってどうする事も出来ない問題ね」

「そうですね……」

 星の見えない夜空を見上げた詩季の目に、空虚さを感じていた和美は見立て通りだと期待を膨らませると同時に、同情の念も向けていた。

 どうしようもなく心が壊れた彼女には、与えられる現実に留まる選択しか出来なくなったのだろう、と。

 結局、心壊れる前の過去に縋る事も、別の道を行く未来も、何の選択肢も、彼女には残されていなかった。

「……分かり切った事を聞くけど、ガーデンを移る気は無かったの?」

「ありませんでしたね。仮にそうしたとして……私が私であり続ける限り、しがらみは付いてきます。私が、リリィであり続ける限り」

「そうね。無駄な事聞いてしまったわ」

 吐き捨てる様に言った和美は、微動だにしない詩季の背中を見た後、通知の入った端末を取り出した。

 後始末の完了を知らせる通知を見た彼女は、腰かけていたベンチから立ち上がると、詩季の背に触れる。

「黄昏から連絡があって、後始末が済んだみたいだから、部屋まで案内してくれる?」

 そう呼びかけた和美は肩越しに頷いた詩季に導かれる様に、彼女の後を追った。

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