FINAL STAGE 2度目 の 死
「さよなら、アクアマリン。」
その言葉と共に俺に1本のナイフが迫る。それはまるでスローモーションのようにゆっくりと感じるのにこの体は動かない。
やがてそれはかつてのアイのように深く俺の体に突き刺さった。
「…ぐっ、、ぁ。」
直後激しい痛みと痺れが俺を襲い、ゆっくりと体から力が抜けていく。やがて糸の切れた人形のように俺は地面に倒れ込んだ。
恐らく何かナイフに塗られていたのだろう。ここから俺を逃さないために。
腹部に刺さったナイフを伝って生暖かい血が地面に滴り、その特有の鉄臭い匂いと共に地面を赤く染めていく。
思えば俺は自分を過信しすぎていたのかもしれない。他人とは違う、前世というアドバンテージを持っていることを。
今までが上手くいき過ぎたのだ。
それが自分が所詮ただの子供に過ぎないという事実を曇らせた。
そんなただの子供でしかない俺が、人を殺すことに戸惑いのない目の前に佇む男、カミキヒカルに勝てる訳などなかったのだ。
結果として無惨にも俺は罠にかかり、怨敵であるカミキヒカルに無様な姿を晒している。
動けない体を無理に動かして、震えながらカミキを睨む。それが俺に出来る数少ない抵抗手段だった。
だが、カミキは瀕死の最早脅威ではなくなった俺に対して興味をなくしたのか、俺の顔を一瞥すると、
「安心して。彼女は君ほど賢く立ち回れない。だけど、愚かにも1人で立ち向かってきた君とは違って沢山の人に囲まれている。だから襲わない。まぁ、彼女には生きて苦しんでもらうさ。」
嘲笑いながらそう言い残すと足早に立ち去っていった。
「っ待、て!」
追いかけようと体を動かそうとするが、痺れ刺された痛みで体は鉛のように重くには上手く力が入らない。立てないのならと体を引きずって前に進む。痛みなんてもうどうでも良かった。
それでもやがて踠くことすら苦しくなり仰向けになる。
「…く、そが。」
悔しかった。無力で愚かな俺自身が不甲斐なかった。
咳とともに吐血する。全身が冷たくなっていく。これはもう助からないと確信した。
「…ごめん。」
それが誰に対してなのか。何に対してなのか。もはや分からないくらい周囲の人達を傷つけた。出来るならその報いは復讐を終えてから償い、そしてひっそりと消える筈だった。
もう、それすらも叶わない。
視界が揺らぐ。力の入らない手で目尻に触れると僅かに濡れていた。触れた部分だけ血の汚れが薄くなっていた。
十数年費やしてきた俺の復讐は全て水の泡となってしまった。呆気ない、その一言に尽きた。本当に笑えてしまう。
思い返せば何も救えず、ただ失うばかりの人生だった。
前世では得られなかった親の愛を、家族を奪われた。やっと幸せになって良いんだと思った楽園はすぐに崩壊してしまった。
悔しくて苦しくて悲しくて。それが嫌で仇を討ちたくて、アイの夢を、遺志を継ぐルビーの未来を守りたかった。笑顔を、守りたかった。
ただそれだけだった。
そんな何も出来なかった俺が涙流す資格は無いのに。止めどなくそれは溢れる。
急速に意識が遠のいていく。もう限界なのかもしれない。
脳裏に浮かんだのは遠い昔。誰も傷つくことはなく、俺も誰かを悲しませることはなかった、ただ幸せだったあの頃。
もしあの頃に戻れたなら。そんなあり得ない『もしも』をきっと最期だから考えてしまうのだろう。
あの頃に戻れたなら今度こそはきっと。
「…ま、もる、から。」
そうして何も果たせないまま俺の人生は幕を閉じた。
「…その願い、叶えてあげるよ。」
その一言と共にそれまで静寂であった空間に翼をはためかせる音、鳴く声が溢れかえる。その中でカツカツと足音が骸に近づいていく。
多くの鴉を引き連れ薄らと笑みを浮かべながら少女はどこからともなく現れた。
「でもね、代償は必要なの。それくらいは甘んじて受け入れてね?」
もう骸となってしまった彼は応えることなどない。選択肢などないようなものだ。あまりに一方的に絶対遵守の誓約は結ばれる。
「さあ、頑張ってね、星の子。どれだけの絶望が待っていても、今度こそはその魂の使命を全うしてね。」
ふふっと嗤うと少女はその場を後にした。