RESTAGE 01 逆行
『続いては今注目のアイドル、B小町のアイさんです!』
「あっ!ママだ!」
五反田監督の映画に出演して以来アイへのメディアの注目は高まった。まるで一番星のような彼女に、その瞳に誰もが目を心を奪われた。
そして遂にアイの所属するB小町はドーム公演が決まった。これからも彼女の人気は上がっていくだろう。
推している身として嬉しい事この上ない。
そして何よりアイとルビーが、家族が笑っている。前世では得ることの出来なかった幸せな時間。
全てが順調満帆で、この幸せがずっと続く筈なのに何故こんなに苦しいのか。何を恐れているんだろうか。
どうして′′これから′′や′′続いていく′′という言葉がこんなにも胸を突き刺すのだろうか。
違和感と共に脳内に突然映像が流れる。目の前でアイが刺され壁に縋るように倒れていく姿。
これは、何だ。
「アイ!救急車呼んだから!」
「…いやぁ、油断してねぇ。…こういう時のためにドアチェーンってあるんだぁ。施設では、教えて…くれなかった」
「喋るな!」
何処か諦めた様子のアイとそんな彼女の助けるために必死に救急措置をとる映像の中の俺。
アイの刺された箇所は腹部大動脈。流れ地面を染めている大量の血液が状況の絶望さを物語っている。彼女の命の灯火が今まさに消えようとしていた。
それでもなお諦めない映像の中の俺をアイは抱き締める。
「ごめんね。…多分これ…無理だぁ。アクアは大丈夫?…怪我とかしてない?」
優しく尋ねる彼女の声に映像の中の俺はどんどん顔を歪ませ、目尻には涙を溜める。
「…してない。」
ほっと安心した顔を見せるアイ。
こんなの嘘だ。タチの悪い夢だ。なのに、何かがこれが現実だと、運命だと訴える。
そんな俺を置いて映像は進む。
「…これは言わなきゃ」
…やめろ。聞きたくない。
「ルビー、アクア、」
お願いだから、やめてくれ。
「…愛してる。」
家族3人がこれからも幸せに暮らしていけると信じていた。だって、これからじゃないか。なのに、こんな結末あんまりだ。
そして、アイの瞳から光が堕ちていく。一番星は潰えてしまった。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
その瞬間、果てのない絶望と共に流れてくる記憶。アイのいない未来を復讐の道を進んだ未来の記憶。
濁流のように流れてくる記憶が頭が割れるような頭痛となり俺を襲う。
「うぁっ…。」
ぐらりと視界が揺れる。
「どうしたのお兄ちゃん?顔色悪いよ?」
いつの間にかアイの特集は終わり、元々それ以外に興味が無かったルビーが俺の異変に気づいたようだ。だがルビーに何かを伝えることも出来ず、俺はソファから崩れ落ちる。
「ねぇ、お兄ちゃん!?しっかりして!ミヤコさんお兄ちゃんが!」
そんな俺の様子から危険を悟り、ミヤコさんを呼ぶ彼女の声が遠くなっていく。
そこで耐えることが出来なくなり意識を手放した。
目を覚まし、天井を見ると家のものとは異なり、違和感を覚えた。そこで漸く今居るのが病院の一室であることを理解する。
そうか。あの後俺は意識を失ったのか。
「…起きたのね。」
声のした方を見ると、ミヤコさんと彼女にもたれ掛かり眠るルビーの姿があった。ルビーの目元は赤く腫れていた。
「…ごめんなさい。」
心配をかけてしまった。
「別に責めている訳じゃないわ。でも、無事で良かった。」
そう言ってミヤコさんは安堵の表情を浮かべる。
「あなたが起きたこと、先生やあの人に伝えてくるわ。あの子も心配しているだろうし。とにかく今はしっかりと休みなさい。」
「うん。」
眠るルビーを抱きかかえ、病室を出ていくミヤコさんを見送る。
「…。」
病室のドアから視線をずらし、窓の外を眺める。
今の俺の記憶と18年生きた俺の記憶が混在している。不思議な感覚だが違和感はない。
「…そうか、戻ってきたのか。」
転生という超常現象を体験しているせいか、過去に戻ってきたという事実にそこまでの驚愕は無い。
いや、そんな事はどうでもいいと言う方が正しいのだろうか。
「アイを、救える。」
まだ惨劇は起きていない。壊されてしまった幸せな日常も、救えなかった彼女もまだ両方存在している。
ルビーの悲しむ未来も失くす事が出来る。
小さくなってしまった拳を握り締め、俺は虚空を睨んだ。
「アクア君の容態ですが、特にこれと言った異変は見当たりませんでした。」
「…そうですか。」
医者の回答にほっとする社長。一応は斉藤夫妻が俺とルビーの両親ということになっているので、医者からの説明も彼らが受けていた。
当然だが、ここにはアイはいない。彼女がここに来たことがバレれば、俺たち家族のことが明るみに出てしまう。そんな事を、彼女のことを大切に思っている社長が許すはずもなかった。
「それでも念には念を入れて、今日1日は入院してもらいます。明日もう一度検査をして、それでも何もなければ退院してもらう形となります。」
「「お願いします。」」
夫妻の返答を聞くと医者は失礼します、と残して病室から出ていった。
「…ほれ。」
医者が病室から離れたのを確認し、社長はスマホを俺に差し出した。
「アイにお前の声を聞かせてやれ。お前のこと一番心配してるのは本当の親のアイツだからな。」
渡されたスマホは既にアイに電話を掛けられていた。そして数秒もしないうちに繋がる。
「もしもししゃちょー!アクアはどうだった!?」
繋がった瞬間にアイの声が聞こえた。
「あ、い。」
「アクア?ねえアクア無事なの!?」
返答したのが俺だとわかりアイはさらにヒートアップしていく。
「…うん。」
「ああ、良かった。倒れたって聞いて、でも私はそっちには行けなくて。」
俺が無事なことを知り、アイは漸く落ち着いた。
頰を冷たい何かが流れていく。そしてシーツに落ちシミを使った事でそれが涙だと気づいた。
「ごめん、なさい。」
心配させてしまったことと、救えなかった人が電話越しに生きているのが分かったこと。その二つが合わさって涙はとめどなく溢れる。
「え?アクア泣いてるの?えとごめん!怒ってる訳じゃないの!ただ私こんな時になんて言ってあげれば良いか分からなくて!」
アイがあたふたとしているのが電話越しからでも分かる。
俺も彼女もあまりに家族の愛を知らな過ぎた。
「でもね、アクアの声を聞いて、無事だと分かって安心した。この気持ちは嘘じゃないよ。…帰ってくるの、待ってるからね。」
…ああ、今度こそは必ず君を守るから。
『ルビー、アクア、…愛してる。』
脳裏に過ぎるかつての記憶。次こそは愛を知るのを、あんな形にはさせないから。
「…うん。」
必ず君を幸せにしてみせるから。