アキラ回です。
「絶対に逃がすな!また忍び込まれたらたまったもんじゃねぇ!」
ブラックマーケット、美術館付近。ワイワイギャーギャー騒ぐマーケットガード達を横目に、夜でも一際目立つ真っ白な衣装の『怪盗』を注視する。ワイヤーアクションやパルクール、的確な箇所で煙幕を焚いたり等々、その手腕はまさに一流だ。一時フェリシア…ブラックキャットとチームアップした事のある僕は、若干素人ながらもその凄さを理解出来る。
「彼女も生徒の一人…なのかな。でもよりによってなんでブラックマーケットの美術品なんかを……。」
「お答えしましょうか?」
煙幕に紛れた彼女を見失い、ハッと周囲を見回す。しかしその怪盗は既に僕の真横に腰掛け、黄金の指輪を月光にかざし眺めていた。さっきまで彼女は路地を逃走していたはずなんだけど…ここビルの屋上だよ?
「ビックリした……。」
「こんばんは、今宵も悪党を追いかけているのですか?スパイダーマン。」
「僕のこと知ってるの?いやぁ、いよいよ僕も人気者ってとこかな。」
「…それで、君が慈愛の怪盗って子?すばしっこいけど、そんなことしてたらいつか捕まって酷い目に遭っちゃうよ。」
「ふふ……心配してくださるのですか?見かけによらずお優しい…。あぁ、どうしてブラックマーケットの美術品なんかを…でしたか。」
見かけによらずはちょっと失礼じゃない?
「ご存知かもしれませんが、このブラックマーケットには様々な盗品が頻繁に流れ着いています。絵画、貴金属、骨董品……何れも本当の価値を理解してる方の元には届きません。」
「……でも、その盗品を盗んだら君も同罪じゃない?それとも元の持ち主に返す義賊だったり?」
「いえ、
「ですから、盗みを働く悪党と罵られても、私はそれを受け入れ…私は『怪盗』を名乗るのです。」
眺めていた指輪を懐にしまい、仮面越しに此方を見つめる怪盗。その信念はフェリシアに通じるものもある、彼女の場合は父親の跡を継ぐ事が一番の目的だったけど。
「なるほどね、でも美術品は人の目に触れて初めて理解されるものじゃない?ずっと自分の所に置いていたら、誰にも理解されないよ。」
「えぇ、その通りです。美術品は人の目に触れなければ意味が無い……そうしなければ理解できる人も生まれない。ですが、そもそもこの世界には美術品の真の価値を理解しようとする人など居ないのです……今はまだ。」
「ただ珍しいから、古いから、名匠の作品だからと、表面上の評価だけを見て本質を理解しようとしない……そんな人々の目に晒されて、果たしてその美術品は幸せと言えるのでしょうか?」
「……まぁ、僕は美術品に疎いから特に何も言えないね。」
彼女の言い分も一理ある、だが安易に肯定できるほど僕は芸術の世界に詳しくない。けれど美術品をずっと手元に置くつもりはないことは分かる、いつかその価値を理解できる人が現れることを信じていることも。
怪盗はクスりと笑って、月を見上げる。
「……構いません、私の思想に賛同する者は一人も居りませんから。どうぞ、貴方も私の事を罵って頂いても…。」
「いや、否定することは無いよ。」
振り返った怪盗は、クールな表情を崩してポカンと口を丸く開ける。
「それは……。」
「僕は芸術だとか美術だとか、専門的な知識は薄い。けど、君のその熱心で芯の通った主張は理解できるよ。危険なことはして欲しくないけど。」
自分でもびっくりするくらい、スラスラと言葉が出てくる。この言葉をフェリシアに投げかけたかった自分がどこかに居たのかもしれない。それに、彼女が一人の生徒であるならば、僕は先生として彼女を導かなければならない。
「そう…ですか、そう言っていただけるのは初めてです。」
頬に手を当て、再び僕に背を向ける怪盗。頭のてっぺんにある猫耳が小刻みに動き、マントから見え隠れする尻尾は左右に揺れている。
「……貴方の素顔、お見せしていただけませんか?」
「あー…それはちょっと……ヒーローはマスクを取らないものだからね。」
背中越しにチラリと此方を見た怪盗は屋上の角まで歩き出し。
「でしたら、私も『慈愛の怪盗』として貴方と接しましょう。怪盗も仮面を外さない主義ですから。」
「……けど、もし貴方がマスクを外してくれるなら、『スパイダーマン』と『慈愛の怪盗』という隔たりを無くしてくれるなら。私は喜んでこの仮面を外します。その時を楽しみにしていますよ、スパイダーマン。」
口元に弧を描き、月をバックに両手を広げる怪盗。仮面で目元は分からないけれど、どこか嬉しそうだと感じた。
「僕がマスクを外すのはピザを食べる時くらいかな……マ、気が向いたらこのマスクの裏側を見せてあげるよ。」
「ふふ、それではまた。暗闇が世界を包み込む刻に___。」
両手を広げたまま、怪盗は倒れるようにビルから落ちる。
「ちょっ……!!」
怪盗の身を案じてビルの下を覗いたけど、彼女は悠々とワイヤースイングでその場から去って行った。全く、どうしてああいう人達は毎回あんな危ない退場の仕方をするんだろう。僕一回それで腰痛めてるのに…。
『ちょっと先生!いつまで待たせるつもり!?まさか、危険なことに首を突っ込んでるんじゃないでしょうね!』
「うっ…セリカ……大丈夫大丈夫、今すぐ帰るからさ。」
『ほら先生〜、セリカちゃんもこーんなに心配してるんだから、早く帰ってきなよー。おじさん疲れて寝ちゃいそう。』
『あらあら、でしたら私の膝の上はどうですか?』
『ん。今日は私がノノミの膝枕で寝る。』
「……みんな大丈夫そうだね。」
今日は色んなことが起こりすぎた。バッグの中に必要なものが入っていることを確認して、僕は頭の中を整理しながらウェブスイングでアビドスまで向かった……。
____ブラックマーケット 闇銀行____
「……この度はご迷惑をお掛けして申し訳ございません。銀行強盗の制圧にも御協力頂けるとは…。」
ボロボロになった銀行内、だが幸いダメージを受けたのは入口付近のロビーくらいで、金が盗まれることもなければ誰かが重症を負うこともなかった。死人が出ないことが当たり前になってるのは、ブルズアイにとって少し気味悪い事だったが。
「構わねぇさ、それで融資はちゃんと受けられるんだろうな?」
「えぇ、今回の謝礼も兼ねて少し色をつけさせて頂きました。」
提示される書類、そこには学生が手にするにはあまりに大きな金額が書かれていた。
「こっ、こんなに!?」
「ビビるな陸八魔、社長だろ?適度に仕事をこなせばこんな数字直ぐに見慣れてくる。」
「ヒュゥ〜ブルちゃんおっとな〜」
確かに、ブルズアイも内心驚いていた。店を一軒建てられそうなくらいの大金、融資を受けていることは既に元ボス、キングピンに知られているはずだが、その思惑は全て察することは叶わない。だが、少なくともこれで便利屋に文字通りの貸しが出来た。
「これで良い…さっさと仕事を終わらせるぜ。」
徐々に追い詰められていることに気付かない便利屋、それでもブルズアイには関係無い。自分は変わらない、名前を捨てたただの殺し屋だ。
やるべき事はただ一つ。
「スパイダーマンをぶっ殺す」