「お前は……!」
間違いない……この顔、耳に粘り着く不気味な声。
直ぐにウェブシューターを相手に放つが、予測していたかのように素早く屈んで避けられ、腹部に思いっきり蹴りを叩き込まれた。
「がっ……!?」
「先生!?まずい……みんな、開発物の死守とセミナーに連絡!先生の負傷も伝え__」
動き出すゴブリンと腹を抑えて二、三歩退く僕を横目にウタハは緊急事態だと察知し他の部員へ指示を出した。
『お前ら全員吹き飛ばす〜!』
ゴブリンの右手に光る丸い何か、ソレを爆弾だとすぐに認識できたのはスパイダーセンスとこれまでの戦闘経験のおかげ……。
「させるかっ!!」
ゴブリンが投げた丸い爆弾をウェブで絡め取って……あぁ、やっぱりパンプキン・ボムだ。文字通りカボチャの形をしたヘンテコな爆弾。だけど、その威力は凄まじい!
だから僕は爆弾を勢いよく天井へ投げた。部室の外に誰が居るのかも分からないし、部屋にはまだ三人が残っている。
爆弾は天井を突き破り、少し曇った空で派手に爆発した。見慣れた緑の煙幕を撒き散らしながら、僕の嫌な思い出をチクチクと刺してくる。
『まだだよォ〜!』
再びスパイダーセンスが反応する、2個目の爆弾か!
けど1個目の爆弾に気を取られて僕の背後に投げられた爆弾に対処する時間はなかった……ちくしょう、シッテムの箱も向こうのデスクに置いたままだ……。
「先生、危ないっ!」
ドンッ、と力強く押され、次の瞬間には派手な爆発の衝撃と背中が床に接触する感覚が伝わる。
誰かに助けられたのは分かる……視界の端に映った青い髪、エンジニア部の誰とも違う声……。
「ユウカ!?」
僕の上に覆い被さるように横たわっているユウカが視界に映り、一気に心臓が跳ね上がる。ゴブリンマスクとパンプキンボムを見たせいで気が動転していつも以上に焦っているのは自分でも分かる。
「せん……せい、無事ですか……?」
ユウカの背中には酷い火傷跡が残り、手足と頭から出血している。どうしてここに……ああ、ちくしょう。
「ごめんユウカ……僕は無事だよ、すぐに助けが来るからね。」
僕の顔に触れ、安心したように力なく笑うと、ユウカはそのまま目を閉じて意識を失った。似たような光景がフラッシュバックするが、立ち止まっている暇はない。今すぐに動かないと被害がさらに広がる。
「すぐにユウカを医務室へ!何かしらの毒が体内に入っているかもしれない!僕は……いや、スパイダーマンを呼んでくる!」
爆発を聴いて集まったロボに指示し、ユウカを医務室へ運ばせる。
生徒に守られて……何が大人だ、クソっ。
「先生、さっきの爆弾魔が発明品のグライダーを!私たちも応戦していましたが、素早くて逃げられました……!」
「チッ、狙いはそれか。皆もすぐに避難して、僕もスパイダーマンを呼んだら逃げるよ。」
「……分かった、気をつけて先生。」
不安げな表情を浮かべながら頷くヒビキ。きっと、僕の険しい表情でみんなを不安にさせてしまっただろう、けれど今回は平静を保てるか分からない。
「先生、シッテムの箱です!どうかお気をつけて!」
コトリが投げ渡してくれたシッテムの箱を手に、スーツを隠してある男子トイレの天井裏まで走る。あのゴブリンにもヘイローがあった、ならば私の生徒のはず。
……手を出してしまうのか、僕は。
「アロナ、ゴブリンの様子は?」
『現在、ミレニアム校内を飛び回しながら爆発物を投擲しています!被害も多数出ていますし、既にC&Cへの出動要請が出たとの情報も……。』
「C&C……学園最強のメイド集団か。彼女達も危険に遭うかもしれないし、早く行こう。アロナはゴブリンの位置を逐一報告して。」
バッグに詰めておいたスーツを着用し、新しいウェブシューターを手首に装着する。今は新装備にワクワクしてる暇はない、大勢の生徒が被害に遭っているんだ……大いなる責任を果たさないと。
トイレの窓から飛び出し、スイング用に調節したウェブを近くのビルに飛ばして移動する。無線機から聴こえるアロナの声がゴブリンの位置を示し、周囲の被害状況も合わせて場所を特定する。
コトリが渡してくれたシッテムの箱だが、やはり持ち歩くには些か不便だ。今回もバッグの中でお留守番しててもらう……アイアンスパイダースーツに搭載出来たら良いんだけど。
「……にしても派手にやってくれるな、あいつもゴブリン血清を打ってるのか?」
火災や大きく破損した建物がゴブリンの道筋を示し、それを追い掛けスイングする。中にはユウカのように大怪我をしている生徒も。ロボは正常に作動しているようで、怪我人を運んでいる姿も見えた。危ない所にいる子は近くの安全な場所へ避難させながら、アロナの情報と脳内の地図を照らし合わせて移動。
最近現れたブルズアイ……ライノ……グウェン……そしてブラックマーケットの男達。確実に、『僕の世界』から来たであろう者たちが出現している。今回はゴブリン……いや、マスクや服装からしてホブゴブリンだろう。グリーンでもオレンジでもレッドでも、ゴブリンには嫌な思い出しかない!
『見つけました、西に400m。その角を曲がったところです!』
「あぁ……スパイダーセンスが鳴ってるよ。ウェブシューターを完全に使いこなして制圧してみせる……!」
もう聞き慣れた爆発音と共に、ビルの角からグライダーに乗ったゴブリンが飛び出してくる。
「オモチャで遊ぶ時間は終わりだ!」
『一緒に遊んでよ、スパイダーマン!』
殴っ……いや、ダメだ。例え今スパイダーマンでも、生徒を殴ることは出来ない!
無意識に握っていた拳を解き、ウェブをゴブリンの顔に張り付けて視界を塞ぎながら僕もグライダーに乗る。ギリギリ2人乗れるサイズだが、かなり近距離になってしまう。
『気持ち悪い!直接手首から出てるのか!?』
顔に着いたウェブをはぎ取り、拳を握って右ストレートを放つゴブリン。紙一重で避けるも、振り抜いた右腕から鋭い刃が飛び出した!上半身を大きく仰け反らせ、その刃も何とか回避する。危うく僕の顔を引き裂くところだった。
仰け反った僕のスーツを掴もうと伸ばしてきたゴブリンの左腕を逆に掴み返し、引っ張りながら上半身を起こす。掴んだ腕からギリギリと締め付ける音を鳴らし、ゴブリンマスクに向けて小さく首を傾げた。
「装備もまんまか……それ自作?」
『さぁねぇ、自分で考えな!』
ゴブリンがグライダーを強く踏みつけると同時に、グライダーから刃の付いた回転する小型ドローンが飛び出してきた。数は3つ。
スパイダーセンスが反応して2つは避けられたが、最後の1つは避けきれず頬に切り傷を作ってしまう。痛みには慣れているけど、ゴブリンマスクのせいで気が気じゃない。この存在は、キヴォトスには居ちゃいけないんだ、ブルズアイやライノよりも否定されなくてはならない。
『ああ、すばしっこい!』
「どうも、すばしっこさとカッコ良さは僕の取り柄でね。」
ああもう、気を抜くとジョークが出てしまう。そんな場合じゃないだろ!ひとまずこのグライダーを壊さないと……。
ウェブを放ちゴブリンの両腕を相手の身体にくっつけ、強く拳を握り足元のグライダーを叩いた!……が。
「硬っ……これなんの素材でできてるの!?」
予想に反してグライダーの強度は凄まじく、全力の殴打でも少し凹む程度だった。殴った拳が痛い。
『説明しましょう!そのグライダーの80%は宇宙ロケットにも使用されている複合素材により__』
「おわぁコトリ!?」
通信機から突如説明が流れ始め、続いてアロナの声が聞こえた。
『すみません先生、エンジニア部の方々が急遽伝えたいことがあるらしく、先生を伝って連絡したていで通話を繋ぎました。』
「あぁ、ありがとうアロナ……ごほん、それでコトリくん。君のことは先生から聞いているけど、本当に話したいのは違うことだっうぉ!」
ゴブリンが両腕之ウェブを引き剥がし、通話中でもお構い無しに腕のナイフを振るって僕の首を裂こうとしてくる。
「ちょっと、今通話中だから後にしてくれる!?」
『人と戦ってる時に電話してんじゃねェ〜よォ〜!』
ゴブリンが悪態をつきつつ、僕をグライダーから落とそうと横に縦に回転し始める。何とか足を接着させながら、その回転に耐え続ける。蜘蛛の接着力なめないでよね……!
「ごめん手短に!」
『ショックウェブの最大威力をグライダーに打ち込めば、恐らくグライダーは機能停止になるはずです!ただ、その場合内蔵してある爆弾も連鎖して炸裂する可能性も……。』
「なるほどOK!とりあえずグライダーを落とすよ!」
『それと、シューターの自爆のさせるには合言葉が必要で……。』
「それはいいかな!ありがとうね!バイバイ!」
まずいな、グライダーの速度がドンドン上がっている。コトリの説明通り、ゴブリンの攻撃を避けながら左手に付けたウェブシューターのディスプレイを操作してショックウェブの電圧を最大まで引き上げる。
「どうかこれで壊れてくれよ……!」
警告音を鳴らすウェブシューターをグライダーに向け、ショックウェブを放とうとした……瞬間。
『これか!オマエの気色悪い蜘蛛糸の出処は!』
ゴブリンの両手がウェブシューターを掴み、強引に手首から引き剥がされてしまった。
「なっ……ちょっと!それ僕のなんだけど!?」
『ギッヒヒ、良いオモチャゲット〜!!』
無理やり自分の手首に装着し、シューターをこちらに向けて強化されたショックウェブを放つゴブリン。ああ、僕のウェブシューターが使われるなんてショック……。
「ぐぁぁあああああっ!!!?」
エレクトロにも引けを取らないほどの電流が僕の中を駆け巡る!普段使い用のスーツも絶縁体にしとけば良かった……。
『良いねェいいねェ!これ貰っちゃおォ〜!!』
「くっ……そ……。」
身体の痺れと痛みが収まらず、飛行中のグライダーから真っ逆さまに落下してしまう。あぁ、この高さだと地面に落ちた時のダメージが酷そうだ……。くそっ、せめて残ってるウェブシューターを使えたら……!
『アレ、壊れちゃった……もォ〜不良品じゃな___』
ズドォォォオオオン……。
低く、そして力強く響いた銃声と共にゴブリンの胸元を穿ちグライダーから叩き落とす一発の弾丸。それ自体は見えなかったが、銃声の鳴り響いた場所へ視線をやると、ビルの屋上にキラリと光が見えた。きっとスナイパーライフルのレンズが反射した光なのだろう、超遠距離から放たれた弾丸が正確に撃ち抜いた所を見ると腕は確かなようだ。
『がァっ……な、なんだァ……!?』
落下しながらゴブリンマスクを歪めて彼女も銃声が鳴った方へ顔を向ける……それが命取りだった。
「オラオラオラァ!!好き勝手暴れやがって、あたしが来たからには徹底的に叩きのめしてやる!!」
突如、上空から降ってきた小柄な少女に蹴飛ばされ、ゴブリンは更に加速して落下して行った。
『なん……だ貴様ァ!?』
ゴブリンはグライダーを呼ぶが、その落下の速度には追い付けずグライダー▶︎少女▶︎ゴブリンの順で一直線に落ちている。
そして……その少女には見覚えがあった。龍が描かれたスカジャンの下に少し乱れたメイド服、アロナが言っていたミレニアム最強の掃除屋Cleaning&Clearing……略してC&Cだ。
「コールサイン