一日一話投稿の難しさ。
ヘルメット団の襲撃から一日が経過した。
セリカはまだ体調が優れないらしく、今日行うはずだった定例会議は一旦延期になったようだ。
最近はアビドスばかりであまりシャーレに顔を出していなかった僕は、久々にシャーレのオフィスで淡々と仕事をこなしている。
合間合間に仕事を消化していた為、思っていたよりスムーズに進んでいたが、『彼女』の登場でその手がピタリと止んでしまった。
「…先生、ちょっとお時間いただけますか?」
「………はい。」
オフィスの扉をノックし、入ってきたのはミレニアムの早瀬 ユウカ。事前に来ることは知っていたが、こんなに早く来るとは思ってなかった。
いつになく冷たいその表情、必死に怒りを抑えていることが伝わってくる。
きっと『あのこと』について話をしたいのだろう。本当は逃げたかったけど…彼女なら一日中シャーレに張り込んでいそうだしやめておいた。
「えっと…今日はどんな御用で…。」
「先生も分かっているでしょう!私との約束を放ってどこかに行って…!」
「それに、この領収書はなんですか!?こんな量の薬品を購入して…一体何をするつもり……。」
「あ、あぁ…ごめん。約束については本当に申し訳ないと思っているよ…また今度…いや、ユウカが良ければ今日埋め合わせするよ。」
怒りの表情を顕にし、ズカズカと近付きながら片手に持っている領収書を突き付けてくる。
彼女が一番怒っているのは約束を破ったことだろう、そして領収書についてはこの間頼んだ書類の整理で見つけた…のかな?
ホント僕って約束を放り出すのが上手だよね…だからMJと喧嘩別れしちゃったんだよ…。
予め決めておいた謝罪の言葉を述べ、何とか落ち着いてもらうように促す。
「…それで…ええと、その領収書についてはちょっと見逃して貰えないかな…?」
「なんというか…僕が生きる上で必要って言うか…。」
「はい!?この薬品だけで数万円も使ってるじゃないですか!」
「せめて何に使うかだけでも教えてくれませんかっ!?」
僕が大量に買った薬品は、全てウェブの製作に必要なものだ。
僕が元いた世界よりちょっと高かったのは痛手だったけど、これでウェブの消費を心配する必要は無くなった。
しかし、これをどうやって説明すれば…。
「…ええっと、そう!僕が元々居たところでは健康や美容の為に使われてて…特殊な配合でそういった物を作れたんだ……。」
…苦しいかな?でも言ってしまったからには後に引けない、お願いだから納得して!
「び、美容…?それって…。」
ショックを受けたように固まるユウカ、やってしまったと顔を引き攣る僕。
「その…もしかして先生には……き、気になる相手とか…!?」
「……え?」
一歩近付き、ジッと僕の目を見つめるユウカ。予想外の返事に今度は僕が固まるが、ユウカが『美容を気にする=好きな人が出来た』と思った事に気付き、少し笑ってしまう。
彼女くらいの年頃なら、そういうことが気になるのも仕方ない。
けど、あまりにも飛躍してて笑いが抑えられなかった。
「ちょっ…ちょっと先生!何笑ってるんですか!!」
「いや、ごめんごめん…僕に好きな人は居ないかな。ただの健康目的だよ。」
「え…そ、そうですか……。」
少なくともこのキヴォトスには居ないね、それにみんなはまだ子供だし…。
赤くなった頬を隠すように手を添えるユウカ、それを見て何とか誤魔化せたと安堵する。
「…いっ、いやいや!だからと言って見過ごす訳には行きませんから!」
「それに、最近はコンビニ弁当やジャンクフードばかり食べてると聞いてます!お忙しいのは知っていますが、もう少し栄養があるものを食べて……。」
それからユウカのお説教を聞いた。
最終的には、『今日は一緒に仕事をする』『五千円以上の物を買う際はユウカに相談する』『たまにユウカが弁当を持ってきたり、一緒に料理して栄養バランスを整える』という約束をすることになった。
…あぁ、あと『約束を破ったら薬品を全部取り上げる』と言われちゃった……僕が悪いから仕方ないんだけどね。
だから、今日はユウカと一緒に仕事をする。二人でやれば早く終わるしね。
「それじゃ…頑張ろっか。」
「はい、任せてください!」
僕とユウカは向かい合うように座り、互いの顔が見えるようにノートパソコンで仕事を再開する。
何か問題が見つかれば一緒に考えて解決し、順調に仕事を消化していった。
ユウカは嫌な顔一つせず、むしろどこか嬉しそうにある程度キリの良い所まで手伝ってくれた。彼女の優しさが身に染みる。
「……ふぅ、今日はこれくらいにしておきましょうか。」
「そうだね、結構進んだし…。」
時計を見ればちょうど昼の十四時を示し、お腹も空腹を訴えている。
スマホの通知を見れば、対策委員会のグループトークで皆からお昼ご飯に誘われていた。
場所はこの間行った柴関ラーメン、セリカが居ないためピーク時のお昼からちょっと時間をズラしたらしい。
「先生、この後一緒にご飯でも…。」
「ごめんユウカ、対策委員会のみんなからお昼ご飯に誘われちゃって…。」
「…あぁ、アビドスの子達ですか?なら仕方ありませんね。」
「今度一緒にご飯でも行こう、それじゃあ行ってくるね。」
残念そうに苦笑するユウカにまた新しい約束を取り付ける。これもちゃんと守らなくちゃ。
白い制服に袖を通し、シッテムの箱といつもの鞄を持ってオフィスを出る。
そうしていつものように電車に乗り、アビドス自治区へ向かった。
一人取り残されたユウカは、慌ただしくオフィスから出て行った先生を見送ったあと小さくため息を吐いた。
シャーレに所属しているのは未だ彼女だけだが、すぐ人が増えてしまう事は分かっている。きっと先生は彼女一人では荷が重いだろうと知り合った生徒たちに頼むのだろう。
そうなれば先生と一緒に仕事をする時間が減り、話す事も一緒に居ることも難しくなってしまう。
今だって、先生はアビドスのことばかり考えている。それは仕事だし、彼女達も先生の手を借りたいくらい大変な状況なのは理解している。
けれどユウカの心の隅では、少しだけ、ほんの少しだけ嫉妬が渦巻いていた。
それを忘れようとユウカは大きく頭を振り、帰る支度を済ませてさっさとミレニアムへ戻った。