*時系列は本編のアビドス対策委員会編から少し経ったころ想定。
メフィラスの口調が安定しませんが気にしないでください。
台詞とかを読み返しながら脳内再生してると「先生」のところをつい「ウルトラマン」にしてしまいたくなりましたw
「失礼。お隣、よろしいですか?」
右斜め後ろからの呼びかけに、先生は振り向く。
シックなダークスーツを着た男性が屋台の暖簾を押し退け立っていた。できるセールスマンといった、穏やかでありながらどこか油断ならない印象の風貌。知り合いではない。キヴォトスで過ごすようになってしばらく経つが、先生は自分以外のまともな姿をした大人を見たのは初めてだった。
夜に沈んだD.U.の街並み。生徒やロボット、動物たちの雑踏で賑わう表通りとは打って変わって、住宅街が程近い裏通りの一角は別世界のような静けさだ。
暖色系の灯りを放つ、赤提灯が目印の懐かしくも独特な雰囲気の屋台。
大きい屋台ではないものの、現在客は先生しかおらず、わざわざ断りを入れる必要もないのだが、一応礼儀として声をかけたのだろう。先生は「どうぞ」と愛想よく快諾した。
「ありがとうございます」
そこはかとない胡散臭さ漂う微笑みを浮かべ、彼は先生の隣に腰かける。
「ふむ。先生は醤油ラーメンが好みですか?」
まるで知己に接するかのように親しく、彼は訊ねてくる。
先生の前には湯気を浮かべるラーメンどんぶり。コートを脱ぎ、ネクタイの先をシャツの胸ポケットに突っ込んだランチ時のサラリーマンのようなかきこみスタイルで、今まさに箸で麺を掬おうとしていたところだった。
「ウチは麵屋ですから。本日は鶏ガラ出汁の醤油ラーメン。ラーメンの他にも、おでんや焼き鳥も絶品ですよ」
「素晴らしい。『より取り見取り』。私の好きな言葉です。
では店主、大根とがんもとはんぺん、それから焼き鳥のももを三つもらえますか」
「はいよ」
おしぼりで手を拭いてる間、先に彼の前に差し出された小皿には、注文したおでんの具が乗っている。出汁の染みていそうな濃いキツネ色のおでんは見ているだけで唾液が湧き出してきそうな視覚効果を与えた。
なんとなしに見つめていた先生も食欲をそそられ、目の前のラーメンに箸を投じる。掬い上げた黄金の麺に鶏ガラの油と醤油が絡むさまは官能的な色気すら感じさせる。
「そういえば、先日アビドスとカイザーの一件で黒服がお世話になったとか」
何気ない世間話のように隣の男が爆弾を落とす。
先生は、麺を頬張りかけた前のめりの姿勢で不自然に硬直した。
「……お前、ゲマト……っ!!」
顔を上げて振り向けば、そこに紳士的なセールスマン風の面持ちはなく、黒いスウェットスーツじみたシルエットの線の細い異形。
頭部はバイザーのようになっていて、目元にあたる青いスリットはカウンターの大根に注がれていた。
「ん? どうかしたかね?」
驚愕に身を引く先生をこともなげに一瞥し、異形は紅葉型に割った大根を箸で摘まんで口? っぽい黄色い場所へ運ぶ。瞬きすらせずその様子を凝視していたのだが、運ばれた大根はいつの間にか箸の間から消失し、咀嚼音だけが響いていた。
「はい、焼き鳥もも三つお待ちどおさま」
「ありがとう」
遅れて卓に並べられた焼き鳥。店主は目の前の黒い異形をなんの変哲もないかのように見て接している。
二人のやり取りの横で、動揺を押し隠して先生はポケットのスマホ、そして畳んだ上着の上に置かれた『シッテムの箱』にさりげなく意識を向けた。
「無駄なエネルギーは使うものではない、先生。残念ながらすでにこの一帯は認識の欺瞞措置を敷かせてもらっている。貴方から送信されたあらゆるシグナルは全て無害で関係のないモノに差し代わってしまうように。疑うなら試してみるといい。誰に救援を求めても、同じだと思うがね」
視線を戻すと黒い異形は再び年齢不詳の男にすり代わっていた。
「……アロナ」
『先生っ、確かにメッセージは送れますが相手にまったく違う解釈で伝わっているようです。暗号化しても同じで……』
「そう。わかった」
触れたタブレットからの悔しげな声に先生はそっと息をついた。相手の目的は不明だが、先手を打たれ、逃げ道を封じられている。助けも呼べない。けれど、何もせず諦めるつもりは微塵もなかった。
「勘違いしてほしくはないが、私は貴方と話しにきただけだ、先生。まあ寛いで」
ふてぶてしくそう告げて、大根を完食しがんもに手をつける男。
「それに私といえど箱の力を歪めていられる時間はわずかだ。箱がもたらす貴方の概念防壁も突破できない。つまり、貴方に危害は加えられないということだ。もともと暴力は好かないタチだがね。
何より、折角の食事をひっくり返すのも忍びない」
「……さっきの姿がお前の正体か?」
「その通り。私は黒服と同じゲマトリアに所属する者――メフィラスという。一時的に貴方からの偽装認識のみを解除した。そのほうが貴方も私の正体を信じやすいだろう? ただ話をするには不向きゆえ、現在はこちらの姿をとっている。諸々、無作法な真似を許してほしい」
食べるをやめてこちらに軽く頭を下げるゲマトリア、メフィラス。慇懃無礼な態度に面食らいつつも、警戒を緩めず先を促す。
「話とは?」
「率直に言って挨拶だよ」
「
「まさか」
朗らかに言い捨て、いつの間にかがんもとはんぺんも完食していたメフィラスは焼き鳥をかじり始める。見た目によらず健啖だ。敵を前に平然と食事するマイペースぶりも一応心のメモに書き留める。
「我々ゲマトリアはみなそれぞれ独自のアプローチからキヴォトスの神秘と恐怖を研究し『崇高』を目指す探求の徒だ。同じ組織の仲間ではあるが、互いに利害で成り立つライバルでもある。なあなあの仲良しグループではない。『切磋琢磨』、私の好きな言葉だ。
なかでも黒服はカイザーという組織力を使い精力的に活動している一派なのでね。アビドス高等学校に協力して小鳥遊ホシノを奪還せしめ、彼らを打ち倒した貴方に興味を抱いた」
店主からビンを受け取ったメフィラスは先生の空いたグラスに金色の液体を注ぐ。屋台特製のノンアルコールビールだ。未成年ばかりのキヴォトスでアルコール類は基本取り扱っていないが、一部の店ではノンアルコール品の飲料を提供している。
「貴方の"外"での来歴は調べてもほとんど不明だったが、キヴォトス来訪から現在に至るまでの情報は掴ませてもらっている。初日に引き起こされた狐坂ワカモの騒動をきっかけにミレニアム、トリニティ、ゲヘナというキヴォトス最大級勢力のメンバーとコネクションを持ち、それを発端に各中枢の重役人物と縁を繋いでいる。さらには三大学園に限らず、シャーレという立場から多様な生徒との交流も厚く、連邦生徒会行政官とも個人的に親しいときた。惚れ惚れする色男ぶりだ。実に面白い」
「女たらしのように言われるのは心外だ」
「人たらしではあるだろう? 黒服が貴方を仲間に加えたがる理由もわかる気がする。どうやら貴方には、関わった者にしか分からない特別な魅力があるようだ」
「嬉しくもないおべっかだ」
憮然と返しつつ、注がれたビールを大きく呷る。ごくごくと音を鳴らす勢いで飲み下して、一息に干した。
満足げに微笑み、追加を注ぎながら男は肩を寄せてくる。
「本心だとも。私も是非、先生と
「同志とは大きく出る……なんのために?」
「私自身の探求と、キヴォトスの安寧のため」
いぶかしむ先生は疑惑の目を向けた。
「知っての通り、いまだこの学園都市は安定にほど遠い。いや、会長がその席にいた頃から、連邦生徒会はその役割を担いきれていないように思う。そもそも論をいえば、幾千にもなる学園の集合体であるこの都市運営の行政基軸を、連邦生徒会長ただひとりに背負わせていることが、私は疑問でね。
この都市は学生の街だ。ならば政治の主体となるのは学生自身。その理屈は理解できるがしかし、まだ彼女らはひどく幼く、未熟で、知り得る知見が実に狭い。外の世界を知るならば共感してもらえるはずだが、彼女たちはよくも悪くもこの箱庭の中の基準でしか物を知らないのだ。どれだけ自治区同士で政治まがいの政争を行い殺伐とした銃社会に生きようと、狡猾さ、卑劣さが足りない。目的のために感情を殺しきる冷徹さも。まぁそれも、本当の命の危機を味わう機会のない名もなき神々の末裔ゆえの弊害なのだろうと理解はしている」
みずからもノンアルビールで喉を潤し、追加でねぎまと鶏皮を注文するメフィラス。先生もまた、胡散臭い男の弁舌に黙って耳を傾けながら自分でビールを頼み、胃に流し込む。
「貴方も今回のアビドスの一件を目の当たりにして理解したはずだ。彼女らに全てを任せるのがいかに危ういか。
歴代アビドス生徒会による愚行。カイザーの甘い申し出にコロコロと引っ掛かり、ついには自治区の土地の大半を明け渡すことになった。それでも減らない借金で心身と貴重な時間を搾られ続け、挙げ句その金を裏に流されて裏工作を許す体たらく。これも立派な生徒依存の統治施策による歪みだとは思わないかね? 先生」
「アビドスの問題の発端は自然災害による居住環境の悪化と、それに伴う生徒数の減少だ。彼女らは彼女らなりにそれを解決しようと努力した。疲弊したアビドスに甘言ですり寄ったのはカイザーローンだ。彼らの手口は合法的な手段を装った悪質でたちの悪い詐欺行為で、酌量すべき点はない。
騙されるほうが悪いなどと厚顔無恥な暴論をかざして煙に巻こうとするのは感心しないな」
冷静なようで、口調や使う言葉には棘が付きまとう。無表情の仮面の下には明らかな苛立ちが垣間見えた。
アビドス対策委員会の奮闘と苦悩を、間近で見ていたのは先生なのだから。生徒をバカにされて憤らないわけがない。
「まして裏で手を引いていた
「無論、私とてカイザーのやり口を全面的に支持はしない。だが必要な処置だった。どうあれやはり、キヴォトスの学生に対する集権制度は抜本的に見直すべきだと考える。私だって、あしざまに言いはしたものの、子供たちのことは好きなんだよ、先生。そして、この都市も。
我々は大人として、子供たちを庇護し導く責務があるはずだ。こればかりは、貴方と意見は合致すると思うのだがね」
「…………」
「貴方というみなに頼られる大人が現れたのは我々にとって好機と捉えているよ先生。貴方を旗印に都市行政全体を統括する組織を再編成して混乱のさなかにあるキヴォトスを平定し運営できれば、この
どうだろう? 先生。私と貴方でこの街を統べるというのは。貴方にとっても、そう悪い話ではないと思うのだがね?」
「……それで? ゲマトリアであるお前たちはどうする? 私がお前たちの台頭を許すわけがないのはわかるだろう。私に権力など与えたら、真っ先にお前たちの無力化に力を注ぐ。だというのに、私を担ぎ上げた結果なんのメリットがあるんだ?」
「ふ……私は、大人という存在を自分たちより上位の概念だということを、学生たちに認知してほしいだけだ。個人の膂力で勝るなど大したことではない。我々には敵わない……そのささやかな、しかし決定的な絶望を認識し、大人の庇護と依存を受け入れやすくしてもらう。そのためなら我々が表舞台に立てないことなど些細なこと。『戦わずして勝つ』。私の好きな言葉です」
「お断りだ」
先生は逡巡なく毅然とした態度で断言し、飴色の卓を叩くようにコップを置いた。
「私はお前たちの傀儡になるつもりはないし、都合よく生徒を利用されることも許さない。まして、お前たちはすでに私の生徒を傷つけた。袂はとっくに別れている」
「……大人ならば、時には前途ある一歩のため、昨日の敵と握手をする甲斐性も必要ではないのですか?」
「
仮に、お前の言うような組織の運営方針が正しいのだとしてもだ。それは生徒たち自身がみずから導きだす答えであって、大人の私たちが上から強要していいものじゃない。その上で私の助力が必要なら、協力は惜しまないけれど。
あと、これはごく個人的な心証に過ぎないが……私はお前たちのことが嫌いだ」
本音をぶちまけた先生は新しいビールビンを頼み空のコップに注いで、グビグビと喉を鳴らす。
タレのついた指をおしぼりでぬぐい、咀嚼する鶏肉をビールで流し込んだメフィラスは、ふっ、と。含んだ笑みを浮かべた。
「生徒の自発的な成長こそが先生の願いというわけですか……確かに、管理と抑制を掲げるこちらとは相容れない。残念です。ことさら黒服との因縁が、都合悪く貴方の態度を頑なにしてしまったようだ」
「いかにも他人事みたく振る舞っているが……」
言いながらスマホを立ち上げ、先生はフォルダ内の動画データを再生し、押し付けるようにメフィラスへ見せた。
「
『オーッホッホッホ! 邪魔よお退きなさい! わたしを誰だと思っているのっ! ゲヘナに名だたる超一流アウトローとはこのわたし! 便利屋68社長! しゃッ・ちょッ・おッ! のッ!! 陸八魔アルよぉ! オーッホッホッホ!』
『くそっ、なんだあの図体は!? まるで怪物ではないか! 我が兵どころかビナー対策のゴリアテが手も足も出んなど! 一体どうなって……ぐああああッ!!』
『アッハハハハ!! アルちゃんすごーい!! 身長もテンションもバカみたいに高くなってんじゃん! イエェーイ!! 面白いからとにかくイケイケー!!』
『モチのロンよ! 天上天下唯我独尊! ツッパッてこそ悪の花道! 世間の良識なにするものぞ! 何がなんだと聞かれたら! 問答無用が諸行無常! オーッホッホッホ!!』
『アル様ぁぁあああああああっ!! ステキすぎですぅぅぅぅぅ!! 一生ついていきまぁ゛ぁ゛す゛ぅぅう゛う゛う゛ううぅううっ!!』
『いや、マジでワケわかんない。今度は何やらかしたの社長……はぁ。面倒だから考えるのやめよ』
動画は、個人のスマホで撮影されたもののようだ。砂塵が立ち込めながらブレる視界で、懸命に被写体を収めんとする気概を感じる。
辺りから便利屋一同の声が聞こえるなか、高笑いしつつカメラの焦点に捉えられているのは、社長の陸八魔アル……。
ただし、その体長はもはやメートル単位でしか表現できないほど大きく見上げるレベルのもので、応戦するカイザーPMCの手勢と素手で渡り合うという奇々怪々な絵面を繰り広げている。
ざっと見ても比率の差は子犬と大人。カイザー肝いり戦力である二足歩行機動兵器ゴリアテと比べても中型犬程度。小銃はもちろん、榴弾や固定砲台の雨あられにもてんで怯むことなく、やたらハイな哄笑を張り上げおもちゃの兵隊をなぎ倒してくさまはまるっきり怪獣映画のワンシーンを彷彿させた。
ビンタとストンピングで地響きと突風を巻き起こす画面の中の生徒を、メフィラスは興味深そうに観察する。
「なるほど。先生が大事な教え子のスカートをローアングルからかぶり付きで激写するような人物だったとは……いえ、自然で男性的な情動を私は否定しませんとも。いかに不惜身命な先生とて、ひとりの人間には違いない」
「これを撮影したのはアルの仲間のハルカだ! お前分かってて言ってるだろ!」
不名誉な認識に意義を申し立てるも、メフィラスは涼しい素振り。
「しかし、妙ですね。ネットに散らばった一般撮影の映像の類いは全て消去されたはずですが。個人ハードディスク内のデータも含めて。ネット環境と隔離された完全強固なクローズドスペースでもない限り、私の干渉を避けられない……ああ、なるほど、シッテムの箱に。それならば納得です」
「やっぱり、ネット画像を消し去ったのはお前本人の仕業か」
騒動の渦中がアビドスの砂漠地帯に建設されていたカイザーPMCの基地とはいえ、この巨人化アルの存在感は銃撃戦慣れしているはずのアビドス住人にとっても無視できないものだった。少ないながら一般人が撮影した動画や写真がSNSにアップされると大バズり。スクープの匂いを嗅ぎ付けたクロノススクールが詳細な情報提供を求め瞬く間にネットの海にこの巨人アルのネタは拡散した。しばらく便利屋に依頼とは無関係の電話が殺到する珍事となったらしい。
けれど、アップされてから半日経つ頃には画像の類いが一切検索に引っ掛からなくなった。サジェストも含めてだ。それのみならず個人の保存ハードからも軒並み関連映像が消えていたことから、また新たな怪現象として騒がれている。
「彼女の件は私としても予定外の事態。まさか起動不全の失敗作として廃棄した"ベーターカプセル"をどういった経緯でか陸八魔アルが手にし、あまつさえ起動させてしまうとは……。
誓って、意図して実験の被験者にえらんだわけではありません。そこは信用していただきたい。
このままデジタルタトゥーとして彼女の個人情報が世論のオモチャにされるのは、私としても本意ではなかった。なので、アフターケアを施したまで」
「ベーターカプセルというのは、コレか?」
メフィラスがつまむ枝豆の皿の横に、筒状の装置を置く。大きさや見た目はペンライトに近いが、どこか近未来的なシャープさを宿している。
「アルから預かっていたものだ。物珍しさから廃墟で拾ったこれが光った途端、アルはあの姿になったらしい。巨人化中の記憶はなかったようだが」
ハルカの録画した映像で度肝を抜き、ネットにばら蒔かれたアレコレに言葉を失くして白目を剥いていたさまを思い出す。
「偶発的な誤作動か、彼女の固有の神秘にベーターカプセルがなんらかの反応を示したゆえか。……事故とはいえ興味深い現象ですね」
「てっきり私は、話し合いを装ってコレを回収しに来たのかと思ったぞ」
「誤解です。目的はあくまで初志貫徹、親交を持つことですよ。それにもはやその点火装置は不要のもの。友好の証として差し上げるので、お好きなように調べてくださって結構ですよ」
メフィラスの横顔には余裕があった。先生の伝手や交友を把握してるなら、これがエンジニア部の解析に回されるのは想像がつくだろう。それでも一切動揺がないのは、原理を知られても構わないということか。それともミレニアムの技術レベルでは解析などできないと高をくくっているのか……。相変わらず胡散臭さの抜けない表情からはうまく感情が読み取れない。
「……その口振り。あの巨人化そのものは、この装置の
「ええ。詳しくは企業秘密ですが、ベーターシステムは対象の生命体を巨大化させる技術といったところです。正確には巨大化しているのではなく本体の周囲を特殊な均一物質で覆っているのですがね。とてつもないサイズの着ぐるみを着ているようなものです。ですので、本体へのダメージやフィードバックは最小限。実際、その後の陸八魔アルに目立った後遺症などはなかったでしょう?」
それは病院で精密検査を受けさせたから先生も心配していない。
「なら、妙にテンションが高かったり、当時の記憶が残っていなかったのは?」
「不慮の事故だったためかと。何より点火装置自体が不完全。身体の巨大化に伴って感情も肥大化し、一時的な躁状態を生み出したのでは?
彼女、悪党を自称しているようですが、いわゆるトラブルの星に魅入られているようですし。内に秘めた闇は根深そうですね」
愉快げに肩を揺らすメフィラスを横目に、先生はお冷やの氷をカラカラとグラスのなかで回す。考え込むような眼差しは、これまでで一番鋭い。
「なんの目的でそのベーターシステムとやらを作った?」
「無論。崇高に至る―――」
「違うな。アレは明らかに
「………」
絶え間なく続いていたメフィラスの食事の手が止まる。
だがそれすらも彼のポーズだ。図星を突かれたとでも言うようなリアクションで、先生がどういう反応をするのか図っている。他人を手のひらで転がそうと言う舐めた態度だ。腹立たしさが、静かに腹の底で蟠っていた。
「
「……ご安心を。貴方に直接牙を剥く予定はありません。巨人化技術は、あくまで"外敵"に対する備えのひとつです。他のゲマトリアも似たような真似はしていますよ。
先生も御存じのはずです」
たとえば、新生した神を証明する
たとえば、感情の残滓から抽出された
たとえば、太古の教義が受肉した人工の神性。
アビドス砂漠、スランピア、古聖堂……他にもキヴォトスの各地で多発する由来不明の超常的な存在たち。メフィラスの口から列挙されるそれらは、キヴォトスでも都市伝説じみた形で実在している未知の現象。突発的な災害のような類いだ。
もちろん知っている。暴れる彼らを抑えるためシャーレとして出動したこともあるのだから。長らくその正体は誰から見ても不明であったが……あれもゲマトリアの仕業だったとは。
「外敵とはなんだ? お前たちは何と戦う想定であんなものを準備している」
「残念ながら、その質問にお答えすることはできない。仲間となってくれるのなら別だが」
「そうか。もういい―――でも」
メフィラスの顔をハッキリ正面から睨みつけ、先生は底の知れない恐るべき探求者に告げた。
「何を企てようと、生徒たちを戦いの駒になんてさせないからな。私自身は実にちっぽけでひ弱で、銃弾一発で命を落とす、生徒たちにも力では敵わないような脆弱なひとりの人間でしかないが……。
私は、私の持つすべてでお前たちに抗い、生徒を守る。それだけは忘れるな」
「………、物別れとは、寂しい結末ですな。
結構。もういい時間だ。今宵の話し合いはここまでに致しましょう。なかなか楽しめましたのでね」
苦笑するメフィラスはつまみの枝豆含め出された食事を全て平らげると、財布を出しつつ店主を呼ぶ。メフィラスの側に所狭しと並ぶ皿の山はひとりで平らげたにしては大した量だ。ノンアルとはいえビールもかなり飲んでいたし。夕食はおおむね満喫済み。
たいして、警戒心マックスだった先生はビールとお冷やという液体だけを摂取し続けて
「ふぅむ……割り勘でいいだろうか、先生」
「……………」
いいわけあるか。
無言のまま自分のぶんだけキッチリ払った先生だった。
ヒナ「先生、昨日の件なんだけどなんとか予定を空けたから連絡ちょうだい」
シロコ「先生、めぼしいリストを送るからどこを襲撃するか決めて」
ユウカ「あの……先日のお話なんですが、できればああいったことは直接……」
リン「先生。冗談と言えど言っていいことと悪いことはあります」
先生「………(どんな解釈で伝わったのか確認するのが怖い)」
このあと弁解のため各所を巡った模様……