ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
決して間違いなんかじゃないんだから
正義の味方を夢見てまっすぐに突き進み、何度裏切られても懲りずに進み続ける。だが、最後には理想にまで裏切られる。そんな馬鹿な英雄の物語だった。
けれど、その物語は美しかった。彼は自身を偽善者だと卑下するが、それでも彼が歩んだ道は確かに本物だったから。
だから──だからこそ、僕はその物語に憧れたのだ。僕もこんな風に生きられたらいいと思ったのだ。思ってしまったのだ。
「────その先は地獄だぞ」
不意に背後から声が聞こえてきた。振り返るとそこには一人の男性が立っていた。
赤い外套を羽織った白髪の男性。そう、この人こそが僕の憧れた一人であり、あの物語の主人公でもある人物だ。僕が住む世界とはまるで違う、異世界の人間。
否、今や人間ですらない。英霊と呼ばれる一種の概念的な存在だ。
だけど、どうしてここにいるのか分からない。と言うか、そもそもここはどこなのか? いつの間にか僕は見知らぬ場所にいた。見渡す限り一面の荒野が広がる寂しい場所だ。黄昏時の空のように紅蓮に染まった大地が広がっている。そして、目の前には憧れていた赤き英雄の姿があった。
一体どうなっているんだろう? 僕はさっきまで畑にいたはずなのに……
混乱する頭の中で必死に状況を整理しようとする。しかし、何も分からなかった。とにかく、この状況を理解しようと赤き英雄に声をかけようとした時、先に彼の方が口を開いた。
「──君にはまだ無限の可能性が残されているはずだ。あえて地獄のような道を進む必要はないだろう?」
……そうかもしれない。でも、もう決めたことだ。僕は自分の意思を変えるつもりはない。たとえそれがどれだけ茨の道であろうとも……。すると、彼は苦笑した。
「君は頑固だな……私とよく似ている。しかし決定的に違うところがある。君は確かに人間だという事だ。私のような欠落品とは違う」
それはどういう意味なんだろうか? 訊ねようとすると、彼は真剣な表情で言った。
「いいか少年。私のようになるんじゃないぞ。理想を求めるのは間違いでは無い。だが、求めるなら自分自身も救ってみせろ。それが出来なければ英雄など所詮まがい物に過ぎんよ」
幼かった僕にはよく理解できなかったけど、大切であることだけは分かった気がする。みんなを救って、自分も救う。それが僕の目指すべき正義なのだ。
***
これが僕にとって一番古い記憶。そして、最初の原点の記憶だ。
正義の味方、衛宮士郎に憧がれた僕の始まりの思い出である。
そして今、僕は自身の正義を試されようとしている。
「なんで……なんで上層までミノタウロスが上がってくるんだよ!?」
周囲の冒険者達が悲鳴を漏らす中、僕はジッとミノタウロスを見据える。今僕がいる場所は十二階層。中層との境界線付近だ。多くの冒険者が中層進出に向け、腕を上げている場所。そこにミノタウロスが現れたのだ。今僕が逃げれば他の誰かが犠牲になる。それだけは絶対に駄目だ!
「■■■■■■!!」
ミノタウロスが斧を振り上げながら突進してくる。その速度は今まで見たどのモンスターよりも速かった。だけど不思議と恐怖はなかった。ずっと赤き英雄をイメージしながら鍛錬を積んできたのだ。この程度の敵に負けるわけにはいかない!
「──
あの夢を見て以来、僕の脳裏にあの荒野の風景が強く焼き付いていた。まるで魂の奥底にまで刻み込まれたかのように鮮明に残っている。赤き英雄の人生が。彼の見てきた剣が内包された世界。
それを思い浮かべながら僕は二刀一対の夫婦剣を投影し、構えた。創りはまだ甘い。だけど今はこれで十分だ。迫り来る巨体に臆することなく、僕は真正面から駆け出した。そして、そのまま振り下ろされる斧に向かって飛び込む。
ギィィン!!
耳障りな金属音が迷宮内に響き渡る。それと同時に手に強烈な衝撃が走った。危うく弾き飛ばされそうになるのを必死に耐え抜く。
重い……想像以上に力が強すぎる。しかも速い。 少しでも気を抜けば一瞬にして押し潰されてしまうだろう。だけど、ここで退く訳にはいかない。ここで退いたら大勢の人が死ぬことになる。だから、どんなことがあっても退かない。
あえて隙を晒し、相手の攻撃を誘導する。相手はただ力任せに斧を振るっているだけだ。タイミングと軌道さえ読めれば捌くことは可能なはず。まともに受けるのではなく受け流すように攻撃を逸らす。ボクは死にものぐるいで攻撃を対処し続けた。
ガキィイン! ガガガッ!!
「っつぅ!」
何度目かの攻撃の後、再びまともに受けてしまい押し切られてしまった。咄嵯に後ろに跳んで威力を殺したものの、それでもかなりのダメージを負ってしまった。腹から血が流れ出るのを感じる。このまま打ち合いを続けていれば、いずれ僕の方が先に潰れてしまうだろう。普通なら諦めて逃げ出す場面だ。だけど、僕はそんな考えを即座に否定した。
「ふざけるな……目の前の人たちを守れずして、正義の味方を名乗る資格なんてあるもんかぁあああ!!」
自分を鼓舞するように叫ぶ。そうだ、僕はこんなところで止まるわけにはいかないんだ。憧れに追いつくためにも、自分の理想を掴む為にも、僕は前に進まなければならないんだ。
だったら、どうすればいい? 僕の剣技ではあいつを倒すことは出来ない。ならばどうする? 答えは簡単だ。足りない分は他で補えばいい。
「────
魔力を練り上げる。相手を倒すためには、もっと強力な武器が必要だ。投影するのは、英雄エミヤが生前辛酸をなめさせられた最強の英霊が振るっていた斧剣。
「────
巨漢の英霊が持つ圧倒的なまでの力をイメージする。僕自身にその武具を振るう膂力が無い以上、その筋力ごと複製するしかない。身体が軋む。血管が切れそうなほどに熱い。意識が薄れていく。
だが、まだ倒れる訳にはいかない。この一撃に全てを賭ける。
「
巨大な斧剣でくり出された九連撃がミノタウロスを襲う。今の僕には過ぎた一撃だ。全身がバラバラになりそうな激痛に襲われるが、歯を食い縛り耐える。そして、最後の一撃がミノタウロスの胴体に直撃した。
ドォオオオン!!! 轟音と共に砂煙が上がる。やったか……? 確認しなければならないのに、僕はその場から動けなかった。瞼が重く、視界がぼやけている。もう限界だ……
随分と無茶をしたものだ。ミノタウロスを殺すだけならば、ゲイボルク等もう少し燃費の良い宝具でよかったはずなのに……。つい、頭に血が上ってしまったようだ。
自分の未熟さに苦笑しつつ、僕はゆっくりと目を閉じた。まだ、あの背中には追いつけそうにないな……。
「ベートさん、今の見た?」
「……あァ、どうなってンだ? ありゃ……」
意識を失う直前、誰かの声が聞こえた気がしたけど、それが誰なのかを確認することなく、僕の意識は闇へと沈んでいった。この日、僕は自分の段階を一つ引き上げることになった。正義の味方への第一歩を踏み出すことが出来たのだ。この願いは、僕の理想は、間違いなんかじゃないはずだ。
だから、いつか必ず辿り着いてみせる。僕の憧れた英雄に……!
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このベル君に刻まれた魔法とスキル。
魔法
『
固有結界。世界を侵食し、心象風景を具現化する。詠唱式がほぼ文字化けしているため今はまだ使用不可。
ただし、それに付随する投影、強化などの能力は使用可能。
スキル
『
早熟する。理想を目指す限り効果は持続し、
想いが続くかぎり効果が向上。
『
誰かの為に戦う時、ステイタス超高補正。
傷を負う度に力・耐久上昇。