ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない   作:空豆熊

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剣は飛ぶものだ(後編)

 響く斬撃音。舞い散る花弁。次々と消えゆく食人花達。

 僕が放った無数の刀剣達は、ものの数秒で全ての敵を切り伏せた。

「ふぅ……流石にこの量の投影は脳が焼き切れるかと思った……」

 魔力回復薬(マジックポーション)を浴びながら、僕は一息つく。

 今回投影した刀剣たちは、業物ではあれど、特殊な効果が付与されたものではなかった。故に、扱いに魔力はそれほど消費せずに済む。

 しかし、多数同時展開となると脳への負担は半端ではない。

 基本骨子の想定が少しでも甘ければ、極端に性能が落ちるし、あのやたらと生命力の高い食人花を殺し切ることは困難だ。

 故に、今回はかなり慎重にイメージを練り上げた。

 港で破壊規模の大きい宝具を使うわけにも行かず、必然的に投影数は膨大にならざるを得なかった。

 純粋な脳の負荷は、魔力回復薬(マジックポーション)でもカバーしきれない。正直、まだ頭が少し痛い。

 それでも、休む暇はない。

 先程からこちらに視線を送ってきていた、幾つかの気配がアイズさん達の元に集まろうとしているのを感じる。

 そちらに何本か神酒の魔剣を投擲し、爆散させる。

 そして近場の倉庫の屋根上に立ち、 辺りを見渡すと……そこに広がる光景は修羅場と化していた。

 

「ほら! もう補足されちゃってるじゃないか!? どっかのヒキガエルが剣姫と戦うことに拘って春姫の魔法が終わるのを待ったりするかrがふっ!!」

「ヒグッ……うるさいね!! こんなふざけた展開があるかい!? まだLv.3の【正義の味方】が単独であの数の食人花を倒すなんて誰が考えられるんだい!? ……ヒック」

「いい加減にしないと本当に死ぬよアンタらッ!!! ……フギュッ」

 ……何やってんの、イシュタル・ファミリアの人達? 話を聞く限り彼女達が食人花を放ったらしいことにも驚いたけど、少し作戦が上手くいかないくらいで仲間割れするのはどうかと思う。

 まぁ、半分くらいは僕が放った魔剣に酔ったせいだろうけど。贋作でこれとは恐ろしいね。

 取り合えずそんなことは置いといて、 今のうちに攻撃を仕掛けるとしますか。正気に戻られたら流石に分が悪いし。

 弓を構え、僕は矢の雨を降らせた。

「フッ、私の矢をそう簡単に捌けるとは思わないことだな! はっはっは!」

 改めてヒーローごっこのスイッチを入れ、高笑いながら、矢を放つ。

 先程の負荷が残る中、新たな投影に頭も身体も軋みを上げるが、笑みだけは決して絶やさない。

 ここに笑顔を共有するべき相手はいないかもだが、誰かに届く可能性があるならば、僕は笑顔を作り続ける。

「はははははは、はっは、はーっはっはっはー!」

 

─────

「兎君が……アルゴノゥト君が、どこかで笑ってる気がする」

 とある海蝕洞の中。

 ティオナはポツリと呟いた。眼前の相手に毒で苦しめさせられながらも、その顔はどこか楽しげであった。

 彼女の目の前にいるのはバーチェ。

 同郷であり、かつての師であり、もう一人の姉のような存在。

 本当なら、絶対戦いたくなんてなかった相手だ。

 辛い、苦しい、逃げてしまいたい。

 でも、彼女は立ち向かわなければならない。

 大切な(ティオネ)のために。

 オラリオで得た新たな家族達を守るために。

 戦わなければ自分がやられ、大切な者達が傷ついてしまう。

 だから、ティオナは戦うのだ。

 辛い、苦しい、いつものように笑い続けるのも正直しんどかった。

 それでも、家族のためならば、ティオナは笑顔を張り付け、拳を握り締めることができる。

(アルゴノゥト君も笑ってるんだから、私だって負けられないよね)

 ティオナは心の中で彼に話しかける。いつの日からか、すっかり彼女は彼のファンとなっていた。

 涙を嫌い、笑顔を求め、そのためなら茶番だろうとなんであろうと全力で取り組む。

 その姿は、まさしく英雄そのもの。

 ティオナが大好きだった英雄譚に出てくる主人公と同じ姿。

 故に、彼女はその名で彼を呼ぶ。憧れた物語の主人公の名を。

 彼がそうであるように、自分もそうあり続けようと心に決めて。

 

「あははははっ! まだまだいくよぉ!」

「お前……毒撃(ヴェルグス)を喰らってなお笑うか……」

 バーチェは驚きの声を上げる。ティオナの身体に侵食する猛毒。

 その痛みは尋常ではないはずだ。だというのに、ティオナは笑っていた。

「笑うよ。あたしはもう、ティオネと二人ぼっちじゃない。笑うのは、あたしだけじゃないから」

 仲間がいる。家族がいる。そして、自身と同じ歩み方をする者がいる。

 ならば、ティオナはどこまでも強くなれる。どれだけ辛くとも、悲しくとも、決して笑顔を忘れない。

 それが、ティオナ・ヒリュテという少女なのだから。

 ふと、この手に握る大剣に目を向ける。整備中の主武装(メインウェポン)の代えとして、あの正義の味方が投影してくれたもの。

 純粋な性能で言えば、原本(オリジナル)に敵うはずがない。

 しかし、自身が推す少年が託してくれたものだ。

 例え贋作であろうが、そこに込められた想いだけは本物であると、ティオナは知っている。

「ねぇ、アルゴノゥト君。あたしは今……ちゃんと笑えてるかな?」

 答えなど返ってくるわけもない。だが、ティオナには確かに聞こえた気がした。

『勿論です』と、あの優しい声が。

 

「行くよバーチェ!! これが今の私の全部!!」

「素晴らしいな、実に良いぞティオナよ!! 来い!!」

 二人の元師弟がぶつかり合う。各々の望んだ結末を迎えるために。

 

─────

 ティオナがベルの笑い声に影響されたように、ティオナの笑い声もまた、仲間達に影響を与えた。

「ティオナもベルも、笑ってる……?」

「笑ってるでしょうね、ムカつくくらい」

 アイズは無事にティオネと共に相手を倒し、ティオナやレフィーヤ達のいる海蝕洞へと向かっていた。

 ティオネは、アイズの手を借りる事に当初抵抗があった。一対一でなければ相手の求める“儀式”が成立しない、ファミリアに迷惑がかかる、フィン(想い人)に迷惑がかかる、だから自分は一人で向かわねばならない、と。

 しかし、アイズも譲らなかった。口下手故に言葉での説得はできなかったが、その瞳で、その強さで、ティオネを説得した。

「まさかあんたが、あそこまで譲らないなんて思わなかったわ」

 戦いのことならともかく、対人関係のことで頑固な一面を見せるアイズは初めて見たと、ティオネは意外に思いそんなことを言った。

「……ティオナやベルに、影響を受けたのかも」

 あの二人の笑顔は、周りを明るくする。ティオナに心の壁を壊され、ベルに癒され、アイズは少し変わった。

 ただ己が強くなる事を求め、周囲に全く関心を示さなかった時とは違う。少しだけ、世界の美しさが見えてきた。

 ああいう強さもあるのかと、二人から教わった。

(英雄って、あんな人のことを言うのかな……)

 そんな事を思い浮かべた自分に、アイズは驚く。自分は、今何を思ったのかと。

 英雄なんて現れない。少なくとも、自分にとっての英雄など。そんなものは居ないと絶望したはずだ。これからも、そんなものは現れない。まして、正義の味方を名乗るベルが、自分だけの英雄だなんて、と。

 それなのに、自分は何を期待しているのだろうと、アイズは困惑する。

(あの笑顔が、何故か懐かしかった……)

 ベルの笑顔は、何処か見覚えがあった。出会って間もないのに、あの笑顔を何度も見ている気がする。

 ティオナも同じだった。昔から、もっと昔から知っている気がする。

 そんな錯覚すら覚える。このような感情は初めてだった。

(ベルがくれたこの剣のせいかな……)

 ティオナと同じく、主武装(メインウェポン)の代わりに投影して貰ったサーベル。

 贋作故に、不壊(デュランダル)は不完全。それでも、この剣に宿るその理は、あまりにアイズの事を知りすぎていた。

 アイズ自身、その剣から知った自分もいることに気付く。

 今まで知らなかったはずの、別の自分。それを思い出させてくれる存在。

「……何も分からないけど、大切なものがきっとこの中にある」

 それは確信にも似た何か。今は分からなくとも、いつか必ず分かるときが来る。

 その時まで今日感じた想いを大切にしようと、アイズは心に決めた。

「急ぐわよ、アイズ。あたし達を家族と言ったからには、最後まで付き合って貰わないと困るわ」

「うん、行こう」

 アイズが抱いた小さな変化。それを胸に、走る足は速度を増した。

 

─────

(むむむむ、アイズさんがあのスケコマシに絆されている気がします! 大人しく捕まってる場合じゃないですよ!! 私だって、私だってぇえ!)

 レフィーヤは悶々していた。

 あの生意気な正義の味方が、この状況で何もしない可能性など、最初からある訳がなかったのだ。

 誠に遺憾ながら、それは怪物祭(モンスターフィリア)でのあの一件以来、オラリオに住む者にとって共通の認識となっていた。

 悔しい、非常に悔しかった。

 だが、同時に羨ましくもあった。

 あの正義の味方は、ともすれば誰よりも孤独になりかねない立場でありながら、決してそれを認めようとしない。

 むしろ、押し付けがましいくらいに、彼は笑顔を振りまいてみせる。

 だからこそ、レフィーヤは思うのだ。

(負けません。貴方にだけは絶対、負けてなんかやりません!)

 あの笑顔が既に多くを救っていたとしても、これからどれだけ多くの人を救い続けても、あの少年だけに全てを押し付けるわけにはいかない。

 寧ろ、その手に届かない全てまで手を伸ばすのが、彼の笑顔に鼓舞されてしまった者の責任であると、彼女は思っている。

 

(腹立つ、腹立つ、本当にムカつきます。こんな考えに至った時点で、あのスケコマシの思う壷じゃないですかぁあああっ!?)

 その結論に達した自分に嫌気がさす。この想いを持つ者が現れる事こそが、あの正義の味方の狙いだと理解してしまう。

 だが、レフィーヤはもう止まれない。この屈辱を忘却する事などできない。そのようなことをしてしまえば、自分は本当の意味で敗北する。その結果だけは決して許容できなかった。

 だから、今の自分に出来る事を考る。

(手足は縛られて動けない。魔法もこっそり詠唱を始めようものなら即喉を潰される。そんな中思いついてしまったこの選択は、正直怖すぎです。でも……)

 レフィーヤは覚悟を決める。あの正義の味方ならば、この程度のリスクに怯みはしない。あの少年は当然のように、無謀な勝負に挑んでいく。

 そうしてミノタウロスを屠ったというように、この絶望的な状況さえも覆して見せるのだろう。

 そんな光景を思い浮かべただけで、レフィーヤは胸が高鳴ってしまう。ならば、自分も立ち向かうしかない。

「──ー解き放つ一条の光、聖木の弓幹!」

 レフィーヤが選んだのは、堂々とした魔法の行使。魔法円(マジックサークル)の眩い光も、自身縛る硬い鎖も、全てを利用して自身を守りながら魔法を放ち、自身の居場所を伝える。カーリーファミリアのアマゾネス達による強襲を、紙一重で凌ぎながらも、その魔法を発動させた。

 

「汝、弓の────

 ル・ムーナ!!」

 

 山吹の光が放たれる。

 私はここにいると、家族を呼んでいた。これ以上やらせるかと飛びかかってくるアマゾネス達の攻撃を、いつまで凌げるか分からない。それでも、絶対に諦めないと、彼女の瞳は雄弁に語っていた。

 仲間は来る。そう信じて、レフィーヤは魔法を撃ち続けた。

 

 

─────

 さて、件の少年に捕捉されてしまったイシュタル・ファミリアは、既に満身創痍であった。

 高所から絶え間なく降り注ぐ矢の雨。多少緩んだかと思えば、即座に飛来する追尾機能付きの赤い矢。

 加えて、酔いが醒めようかと言うタイミングで新たに投下される酒霧を放つ魔剣。

 この三点セットが厄介すぎた。おまけに彼女たちの春姫(きりふだ)は、初手の酒霧の時点で酔い潰され、覚醒不可能。彼女らは、この鳥籠を脱出する事すらままならない。

 否、もう少し早くこの場から逃げていればあるいは可能だったかもしれないが、その択を取る事が出来ない理由があった。

 それは、団長のフリュネが、あろうことか敵の煽りに乗ってしまったからだ。

「このアタイに、【剣姫】をチラつかせやがって……! フザケるんじゃないよッ!! いい加減にしなっ!! このクソガキがぁああああ!!!」

「バカガエルが……! 酔っ払いすぎだよ! 何時もならもう少し冷静だったろうにっ……!!」

 団員達が止める暇もなく、怒りに任せて突撃していくフリュネ。

 彼女の目に映ったのは、剣姫こと、アイズ・ヴァレンシュタインの愛剣……の贋作を腰に下げ、尚且つ変装までかます正義の味方(?)の姿。

 本人に渡したものと同様、真に迫るその完成度に、一瞬本人が現れたのかと錯覚してしまった。

 それがいけなかった。

 酷く酒に酔っていた彼女は、まともな判断能力を失っており、逃げることは勿論、策を弄することさえ頭から抜け落ちていた。

 

「剣姫だけはぶち殺す! あいつだけは絶対だ!! お前ら、邪魔をするなら容赦しないよ!!」

「だからあれは偽物だって言ってるでしょうが! この馬鹿蛙! 少しは人の話を聞けぇええええええ」

 団員の一人が叫ぶ。だが、もはや暴走状態のフリュネには届かない。

 アイズ・ヴァレンシュタインへの憎悪に支配された彼女は、そのまま正義の味方に襲いかかってしまった。

 仮に彼女が本物だったとして、色々な意味でズタボロな今の自身では勝ち目がない。

 だが、そんな事実は最早どうでも良かった。ただ、このクソッタレな幻覚を一刻も早く消し去りたい。

 その一心で彼女は駆ける。

 すると、何やら彼女へと矢が降ってくる頻度が下がったような気がした。

「へっ、アタイの美貌に今更気付いて見惚れちまったかい? もう遅いよ! このままぶっ殺してやる! 覚悟しな! 糞ガキッ!!!」

「バッカじゃないの!? そんな訳ないでしょ!? ちったあ怪しみなさいよこのナルシカエル!」

 フリュネの勘違いに、思わず叫んでしまう団員。本当に、どうしてこうなった。

 元々、あの団長に信頼など皆無だったが、戦闘に関して言えば、確かに頼りになる人物の筈なのだ。それなのに、何故、こんなにも迂闊になってしまったのだろうか。

 全ては酒の魔剣と、それを寄越した偽剣姫のせいである。

 だが、そんな事を考えている内に、フリュネはとうとう偽剣姫の眼前まで迫っていた。

 偽剣姫の手には、ここまで散々自分達を苦しめてきた、あの赤い追尾性能付きの矢がある。それも、今までとは比べ物にならぬ程の魔力が込められているのが感じられた。

 今まで、隙を見てじっくりと溜め込んできたのだろう。

「チッ、回避不可能の超高威力か……! そんなものでアタイを仕留められると思うな!」

 迫り来る死の一撃を、彼女はその手に持つ大戦斧で迎撃する。

 ガギィイインッと甲高い音が響き渡る。まるで巨大な鉄塊を受け止めたかの様な衝撃に、彼女の腕は軋みを上げる。

「舐めんじゃ…………ないよぉおおお!!!」

 それでも彼女は止まらない。

 ここで止まるわけにはいかない。偽剣姫にだけは負けられない。そんな想いが彼女を奮い立たせた。

 その甲斐あってか、何とか矢を弾き返すことに成功する。

「よっしゃ覚悟しなぁあああ!」

 その勢いのまま、フリュネは大上段から大戦斧を振り下ろす。しかし、そこにあったのは、既に誰もいない空間のみ。気付けば、彼女の周りを囲むように、六つの刃が彼女に襲い掛かってきていた。

(誰かフォローしやがりなっ!!)

 そんなこと出来る訳がない。仲間を顧みず、単身で突っ込んでいったのは彼女自身なのだから。最早為す術なしだ。

 

「兎式・鶴翼三連」

 

 そして、フリュネの纏う全身型鎧(フルプレート)ごと、彼女の身体はズタボロに叩き潰された。

「良い経験になったよ。嫉妬心も、突き詰めれば強力な力となることを私自身実感できたからね。尤も、それは諸刃の剣でも有るようだが……」

 正義の味方は呟く。

 既に剣姫の変装は辞め、何時ものヒーロースタイルに戻っている。

 煽りではなく、心底感心している様子の彼に対して、なんとも言えない感情が湧き上がってくるのを感じながらも、アマゾネス達は動くことが叶わない。

 団長でありエースでもあるフリュネがやられてしまった以上、逃げようが戦おうが、待っている結末は同じだからだ。

「君達を悪戯に傷つけたりはしない。投降した暁には、最高の馳走を約束しよう。代わりに、情報を洗いざらい吐いてもらうがね」

 笑みを浮かべながらそう言う彼に、いや無理だろと内心ツッコミを入れる団員達。美の神による魅了を受けている自分達は、何があっても情報は漏らさない。

 例え、拷問されようとも、口を割る事は無い。彼らは一様にそう考えていた。

 しかし、彼女達の考えとは裏腹に、彼がとある酒を盛った料理を食べた瞬間、あっさりとその魅了は塗り替えられてしまう事になる。

彼女たちから語られる情報を機に、イシュタル・ファミリアはその悪事が全て白日の元に晒され、崩壊してゆく事となるのだった。




アイズ変装セット
 武器や防具、金髪ウィッグを投影し、即席の変装を可能としたもの。
当然アイズファン達は激怒し、一週間ほどロキ・ファミリアの食堂で働く事になった。
しかし、アイズ本人からは「またやらないの……?」と、何とも残念そうな声で言われ、彼は本気で辞めるかどうか悩む羽目になった。
 まあ結論はどうあれ、必要になれば彼はやる。
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