ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
また、今回はギャグ色薄めです。期待されていた方、申し訳ありません。この話が終われば、またはっちゃけられるはずなので、しばしお待ちを。
「正義の味方か……フレイヤの守りの堅さ故に手は出せなかったが、あの能力は想像以上に底知れないな。最早謎解きごっこに興じている場合じゃない。これ以上アイツが力を付ける前に作戦を決行しなけりゃならないようだ」
薄暗い部屋の中で、一柱の男神が独りごちる。彼は、長年かけて練り上げた計画の実行を、早めるべきだと決断した。寧ろ遅すぎるくらいだ。
未だあの正義の味方の手札が把握出来ていない以上、いつ自身の正体に辿り着くかもわからない。
今までにも、自身の正体に迫った存在は幾らかいたが、いずれも始末、或いは人質を取り、強引に黙らせてきた。
だが、あの正義の味方にそれをしたとして、恐らく情報共有は防げない。と言うのも、自身の手駒に調べさせた所、どうやらあの正義の味方は、未知の連絡手段を持っているらしく、特徴を聞けば聞く程、それは異界の文明を感じさせるものだったからだ。
もしそうだとした場合、例え人質を取ったとしても、こちらに気付かれぬよう秘密裏に情報を共有することは容易いだろう。
一瞬にしてロキやフレイヤへと情報が伝わり、即座に総力戦に移行する恐れもある。
そうなった場合は流石に手痛い。現在の敵戦力は、当初自身が想定していたものを遥かに上回っている。
その最たる例が、【
それだけでも脅威だが、何より使われたくない切り札が、正義の味方にはある。
だからこそ、そのような事態に陥る前に一度こちらの縄張に誘い込み、少しでも敵の数を減らしておく必要があるのだ。
そう思いながら、男神は造りたての
それは神酒だ。神さえ酔わせる程の力を持つ至高の逸品。
彼は、それにより自身を魅了し、暗示をかけることで善神を演じていた。故に、嘘に聡いロキやヘルメスに見抜かれる事もなかった。
大丈夫だ、あの正義の味方も酔った自分を疑うことはない。
一度疑念を持たれてしまえば、彼の手札次第で為す術なく全てを暴かれてしまうかもれないが、あのお人好しならもうしばし騙せる筈だ。
尤も、これは希望的観測に過ぎない。本来なら、もっと早い段階で計画を実行に移すべきだった。
さっさと縄張の位置を提示して誘き出し、戦力を削っておくべきだったのだ。変に長引かせてしまったが為に、縄張の鍵まで敵側に一つ渡してしまった。
この失態は大きい。だが、今更嘆いても仕方がない。最悪の展開になったとして、相手もこちらの動きの全てを把握することは出来ない筈だ。
ならば、まだ付け入る隙はある。
そう思っていた。だが、彼は一つ見落としていた。否、そもそも気付く事を許されていなかったのだ。
誰もがその脅威の認識を拒んでいたため、日の目を見る事がなかった、とある事実。それは呪いの域に達した絶対的な運命であり、抗うことは許されない絶対の宿命。
認識する事が出来るのは、その呪いを上回る運命力を持った者のみ。
そんなものを持つ者は、この世界にたった一人しか存在しないのだから。
────────
時は過ぎ、場所は変わってとある酒場の一室。遮音性に優れたその部屋にて、
それぞれ護衛には、
「君の子どもの仲間とはいえ、まさか他派閥の子を護衛として連れて来るとは思わなかったよ」
「ベル君は今日も人助けさ! それに、どうせここで話した情報はヴェルフ君にも伝わるからね! 何も問題ないよ!」
「ぷっ、自信満々に言うとるけど、要は自分の護衛より他人優先されたっちゅー話やろ? ダサいで、ドチビ」
「ベル君はそんな薄情な子じゃないやい! ヴェルフ君のこと信頼してるだけだい! ロクデナシの君には分からないだろうけどね!」
「なんや、やるか?」
席に着くや否や、早速喧嘩を始めるヘスティアとロキ。何のために集まったんだと、場にいる面々は頭を痛めるが、当の本人達にとってはいつものやり取りだ。
流石に二柱とも、この会議の趣旨まで忘れている訳ではない。後で続きをすれば良いと、一旦休戦して本題へと入る。
「まあ、ドチビのことはどうでもええわ。それより連中の拠点、
ロキのその言葉をきっかけに、場の空気が引き締まっていく。
ロキのことを目の上のたんこぶのように思っているイシュタルに、どうやって吐かせることが出来たのか、正直気にならないではない。が、そのような疑問に構っていられる余裕はない。
敵の拠点の情報を得られたなら、次の段階に移れる。
「あそこの鍵のうち一つはこっちのもん。ある程度の構造も、あの女は知っとった。
更に、デュオニュソスもなんや罠に関する情報を幾つか掴んだ言うとったな? それがホンマなら、攻略のためのピースはほぼ揃ったことになるで」
ロキのその言葉によって、場の視線がデュオニソスへと向けられる。彼は神会でそうするように、静かな微笑みを浮かべてそれに応えた。
「ああ、つい先日うちの子たちがまた暗殺されそうになったんだが、幸い未遂で終わった。
その暗殺者から
神に嘘は付けないし、大体の情報はロキ達が掴んだものと相違ない。信憑性は高いだろう。そうだね、フィルヴィス?」
「はい」
フィルヴィスは、静かに頷いて肯定する。神に嘘を付けぬ下界の子どもに確認することで、自分が言っていることが嘘ではない事を、場にいる全員にアピールしていく。
その言葉は受け入られたようで、話が次の段階へと移っていった。
「ほんなら、作戦を詰めてくで」
ロキの言葉を皮切りに、本格的な作戦会議が始まる。
それは、途中まで何事も起こらず、順調に進んでいくかのように思われた。だが、時が経ち、デュオニュソスが酒のつまみを口に放り込んだその時、異変は起こった。
(……? 酔いが、醒めた? 馬鹿な……)
彼にとって、それはあり得ないことだった。何故なら、彼こそが神酒により自身を偽り、善神を演じていた黒幕張本神だったからだ。
たかがつまみ程度で、酔いが醒めるなど有り得ない。
あり得ない……筈だった。しかし、確かに彼の酔いは覚めていた。
気付けば、自身の周りは他三柱の付き添いにより、取り囲まれている。
「デュオニュソス、随分人相変わったやないか。やっぱ自分、酔っとったな? その姿が素やろ。間違いあらへんな、ドチビ?」
「ああ、天界にいた頃の怖いデュオニュソスそのものだよ。下界に降りて変わったのかと思ってたけど、違ったみたいだね」
ロキとヘスティアの言葉に、デュオニュソスは絶句する。一体何が起きているのかと。
いつから自分が疑われていたかも、何故神酒の酔いが醒めたのかも、デュオニュソスには分からない。
「デュオニュソス様! くっ!」
「邪魔すんな雑魚エルフ。てめぇらの茶番はもう終いだ」
フィルヴィスが、自身の主神を守るために武器を構える。しかし、ベートがそれを許す筈もなく、彼女の身体に蹴りを叩き込み、吹っ飛ばした。その隙に、ヴェルフとルルネがデュオニュソスを取り抑え、拘束する。もがきつつ、デュオニュソスが叫ぶ。
「何故酔いが醒めた! 神酒の酔いは、そこらの酒屋で出される肴如きで醒める筈がない! ……まさか、これを作ったのは!?」
「ソーマだよ、ベル君が頼んで作らせたんだ。この場に出すために、店主君にも協力してもらった。他所の施設だからといって油断したね? ベル君は職柄、大抵の料理人と顔見知りさ。イベントでより良い食べ物を提供するために、日々研鑽を欠かさないからね」
「ソーマか……正義の味方と仲が良いのは知っていたが、頼み一つで酒以外の物を作らせるとはね。本当に、余計なことをしてくれる」
ヘスティアの暴露に、デュオニュソスは憎々しげに表情を歪める。だが、まだ諦めていなかった。
敵がどういう経緯で自分を疑い、どれだけ自分の手札のことを把握しているかは、まだ分からないが、それでもまだ足掻く余地はある。
「フィルヴィス、完全体に戻れ! 全戦力で乱を仕掛け、殺せるだけ殺し尽くせ! 最大限の
元のプランなどもう果たしようはない。このままじっとしていた所で、自分もまたイシュタルのように、全てを吐かされる。ならば、自身の手駒や協力者達の詳細が知られる前に、出来る限りの地獄絵図を、敵方に刻んでやる。彼のその叫びを皮切りに、オラリオは戦場になろうとしていた。しかし……
「まっ、諦めやせんわな。せやけど、自分が思うとる程の事態には出来へんで。どっからどないな奴が現れるか、ウチらはもう
「何だと?」
嘲笑うかのようなロキの言葉に、デュオニュソスが眉を顰める。流石にそれはおかしすぎる。こちらの戦力どころか、それが今からどのように動くかまで、完全に把握出来る者などいる筈がない。
今度こそ理解が追いつかず、困惑するデュオニュソス。そして、それを知ってか知らずか、ロキは滔々と説明を始めた。
「自分も訝しんどったやろ。ドチビの護衛を、あの少年やなくてファイたんとこの子がすること。
少年は今、外であの固有結界とかいうのを、発動する準備をしている最中や。いや、もう発動するとこやな。避難誘導も既に済んどる筈や。自分の動きは、全てウチらには読めとるで」
「そんな馬鹿な!?」
デュオニュソスは、今度こそ信じられないと言うように叫ぶ。だが、それは事実だ。証拠に、今この瞬間、オラリオが光に包まれた。
そして、いつぞやのように、白き世界が展開する。
空に浮かぶ鐘が鳴り響き、一面に突立つ無限の剣が、デュオニュソスの呼び出す怪物達に次々と襲いかかっていく。
そして、冒険者達はその剣を手に取り怪物と戦闘を始めた。
手際が良すぎる。本当に、未来でも見えていたのかと思う程に。
一体何がどうして、デュオニュソスはただただ唖然とするしかなかった。
その様子に少々溜飲が下がったのか、ロキは遂に全ての裏を明かした。
何故こうも突然全てがバレ、このような状況になっているのか。その全てを。
────────
「元アポロン・ファミリアの
実際にこの目で見た今でさえも信じたくないと思ってしまうけど、これがベル・クラネルの言う“呪い”か。親指の疼きが無ければ、到底受け入れられなかっただろうね」
戦場を俯瞰しながら、ロキ・ファミリアの団長であるフィンが呟く。その口調にも、言葉とは裏腹に、さして驚きの感情は見られない。
彼が言った通り、全てはカサンドラの予知夢によって、可能となっている。
本来、彼女の夢は他人に信じて貰えるような代物ではない。だが、【幸運】アビリティを持つベルのみが、カサンドラの呪いに抗い、彼女の夢を信じることが出来た。
そして、カサンドラから夢の内容を聞いたベルは、即座に行動を開始した。
ベル以外誰も受け入れようとしないその夢も、フィンなら或いは聞いてくれるかもしれないと、ベルは考え、行動に移した。
何故なら、フィンには危機等が迫ると親指が疼くという、特殊体質があり、それが夢の内容に反応するのではと考えたからだ。
実際にそうなるかは分からなかったが、ベルの幸運もあってか、その目論見は的中した。
フィンさえ話を聞いてくれれば、後は簡単な話。フィンの指揮を疑うものなど、オラリオにはいないのだから。
説明しきれない部分は、全て親指が疼いたと言えば皆納得してくれる。
こうして、カサンドラの予知夢を元にした作戦は、無事に決行された。
彼女の夢は、少々解読の時間を要するものではあったが、内容自体は具体的で情報量が多かった。皆、その情報を頼りに予め準備と心構えをする事が出来た。
(しかし、呪いに抗う幸運か……まるで天然物の英雄のような素質だ。
以前から思っていたが、彼は所作一つ取っても、素で他者の希望になろうとしている。
【人工の英雄】を志す僕としては、少し眩しいな……)
指揮をこなしながら、フィンはそんな事を考える。
無論、全てを素でやっている訳ではなかろうが、それでもベルは無意識に他者に希望を与えてしまう。それは、野望のためならば、他者を踏み躙る事も厭わないフィンにしてみれば、妬ましくも輝かしい姿だった。
ベルもフィンも、目的のために名声を欲し、他者の希望になろうとしている部分はある意味共通している。
だが、ベルの場合他者を救うためなら、名声を捨てることすら厭わないのではないか? そんな確信に近い予感が、フィンにはあった。
(いつか、君とは対立するかもれないね。ベル・クラネル)
だが、それはそれで興味深そうだ。
交わることで、彼の事を深く知ることが出来る。その時何が自分の中に生まれるのか、少し気になってしまった。何時もなら野望のために不要なもの、と切り捨てるその想いも、今回ばかりは捨てる気になれなかった。
(それはさておき、今は敵を根絶やしにすることに集中しよう。
犠牲が出る戦いなど、僕だって望んでいないからね)
外れかかっていた
今だけは、オラリオが一丸となり、都市の破壊を目論む者たちを殲滅する。
そのことだけに集中し、戦場を見渡しながら、【正義の味方】と【
───────
具現化された心象世界を維持しながら、僕は
大規模な固有結界を長時間維持するのは、かなりキツい。
勿論、展開する前に笑顔は集めてきたけど、それでもやはり魔力消費は激しい。時間が経てば経つ程、世界の修正力は強くなり、維持に必要な魔力も増えていく。
しかし、途絶えさせる訳には行かない。デュオニソス様が呼び出したのは、
一体一体が第一級冒険者複数人がかりでも苦戦する程の強さを持つ、規格外の化け物。それが、不完全体も含めて七体、オラリオの全戦力ぶつけても、かなり厳しい。
他にも、食人花や、
今固有結界を解けば、間違いなく街は壊滅する。それだけは、絶対に防がなければならない。
逆に、ここを維持している限りこちらが押し負ける事はないし、あちらの増援が来ることもない。
それより心配なのは、ロキ・ファミリアのレフィーヤさんだ。彼女は、今回の主犯の一人であるフィルヴィスさんと仲が良かった。
フィルヴィスさんが
しかし、どこか納得出来る部分もあったようで、それが更に動揺を大きくした。
『そんな……フィルヴィスさんが……! 何で、そんな……!?』
悲痛な声で叫ぶレフィーヤさんの声が、今も耳に残っている。
事情があるなら、何故教えてくれなかったのか、どうして自分達は一緒に居られないのか、そんな事を考えている様子だった。
何とかしてあげたいけど……こればかりは僕がどうこうしてあげられる問題じゃない。
それは手段がどうとか言う問題ではなく、感情の話。僕はフィルヴィスさんとはあまり面識が無いし、この場に置いてはお互い敵としか認識出来ない。彼女に事情があるなら助けたい気持ちはあるけれど、正義の味方としては彼女の所業を許すことも出来ない。
もし助けられる存在が居るとしたら、それはレフィーヤさんだけだ。だから、僕に出来ることと言えば、もし彼女達が通じ合うことがあった時に、助けられる可能性を作ることだけだ。
それは、既にレフィーヤさんに渡してある。機能する可能性は、限りなく低いけど。
それでも、理想を諦めたら、もう僕は僕でいられなくなる。
叶うはずがない理想も、許されない理想も、僕は最後まで追い続ける。
それが僕の憧れた、赤い外套の英雄の在り方なのだから。
今回登場した通信魔道具
ベルが投影してみせたやや原始的な通信機を見たアスフィが、プライドを刺激され、どうにか改良して作り上げたもの。
既に都市外にまで届く程の性能が持たせられており、これからの改良や量産次第で、この世界の情報伝達網を大きく発展させることになるだろう。