ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
レフィーヤの目の前では、ベートとフィルヴィスの戦いが繰り広げられていた。
とある分身魔法で別れていた片方を呼び戻し、完全体となったフィルヴィス。胸には極彩色の魔石が顕になり、身体からは赤と紫の茨が生えて全身を覆っている。
その、禍々しい姿となったフィルヴィスに、ベートは肉薄していた。
平時なら、恐らくベートは今の彼女には敵わなかっただろう。
だが、今はベルの固有結界内。全方位からの剣戟がフィルヴィスの全身を襲っている。それらを捌きながらベートとやり合うのは、推定Lv.7最上位相当である彼女でも、至難の技だった。致命打こそ受けてはいないが、体のあちこちに傷を負う。
状況はフィルヴィスの圧倒的不利。だからこそ、レフィーヤは焦心に駆られていた。彼女は、ベルから言われていたことを実行するか否か、決めかねていたからだ。
ベルから受け取った救済策は、実の所そのままでは唯のガラクタに過ぎない。何せそれは、奇跡の産物みたいなものだ。今の彼とその専属鍛冶師の力を以てしても、易々と再現出来るものではない。 彼等はあくまで、“最低限の器”を用意したに過ぎないのだ。
そこに中身を吹き込むのは彼女自身の、いや、二人の力が必要となる。
だが、レフィーヤは迷っていた。それをするためには、言葉だけで済む話ではない。レフィーヤがフィルヴィスと向き合わなければいけないのだ。
真相を知るのが怖かった。目の前にいるおぞましき存在が、自分の友人が隠してきた本性だったなんて、信じたくなかった。
しかし、聞かなければ何も知らないまま、何も出来ないまま彼女を失うことになる。
やるしかない。元より
やらねば、ただ戦場で突っ立ているだけになってしまう。
それが、レフィーヤには許せない。何も出来ないまま、ただ失うことだけは。
その想いが、レフィーヤに一歩を踏み出させた。
フィルヴィスに、かけるべき言葉を考えながら。
フィルヴィスは、迫り来る剣戟とベートの蹴りを、溜め込んでいた魔力を浪費しながら、必死に凌いでいた。
一応、この世界の中にいても、
正直、勝てる見込みは薄い。この戦いで、恐らく自分は死ぬだろう。
だが、それでもいいと、フィルヴィスは思っていた。元よりこの身はとうの昔に穢れているのだから。
このおぞましい身体を美しいと言ってくれたデュオニュソスに、全てを捧げたい。その願いのためだけに、フィルヴィスはここに立っているのだから。例え、何も為せず、朽ち果てるとしても。デュオニュソスの為に戦い、デュオニュソスのために死ねるなら、それで良かった。
なの、だが……
(何故その場にお前が居るんだ、レフィーヤ!! こんな姿、お前にだけは見せたくなかったのに!)
命を削りながらも、フィルヴィスはレフィーヤに苦々しい視線を送る。
この姿の、こんな穢れた自分の姿を見られたく無かった。レフィーヤだけは、綺麗な自分を見て欲しかったのに。
(この期に及んで、何故そのような綺麗な瞳を向ける! 今の私の姿が見えていないのか!?
もう分かっているのだろう、私は今まで何人も殺めてきた!! お前と共に居たいと、お前の隣で笑いたいと願いながら、その実、自らの手を汚し続けてきた! この穢れた手では、もうお前に触れられない。こんな私など見ないでくれ!!)
声にならない悲鳴を、フィルヴィスは心の中で叫び続ける。
かつて、フィルヴィスは
だが、気が付いたらこの身に魔石を埋め込まれ、
醜く変わり果てた、自身を目視したフィルヴィスは、絶望した。
自殺など、何度試したか判らない。それでも、この身体は死ねなかった。自身に宿る穢れた精霊が、魔石を砕かせてくれない。本能が、フィルヴィスに死ぬことを許さない。
そんな彼女の前に、デュオニュソスが現れた。
醜い自分の姿を、デュオニュソスは美しいと言ってくれた。自分を利用するための欺瞞だったかもしれないが、彼女にはそれしか救いは無かった。
デュオニュソスの為ならば、何人でもこの手にかけた。痛む心など、とうに捨て去った。自分はどうしようもない殺戮者でしかないのだ。
少なくとも、レフィーヤと出逢う前の自分はそうだった。
レフィーヤと出逢って、彼女の優しさに触れている間だけ、フィルヴィスは昔の、綺麗な自分を思い出せた。
穢れきった己を、ほんの少しでも清めることが出来たのだ。ほんの少し、救われてしまった。
デュオニュソスに心酔する自分と、レフィーヤに救われた自分。
その二つは決して同居することが叶わない。いつしか、フィルヴィスの心は分離してしまった。
何故、もっと早くレフィーヤと出逢えなかったのか。
もっと早く、レフィーヤと出逢えていれば、自分は殺戮の道を歩まずに済んだのだろうか。
何度も何度も、そんな想いがフィルヴィスの心に浮かんでは消える。
所詮、たらればの話だ。今更、過去をやり直すことなど出来ない。
だからせめて、フィルヴィスはレフィーヤとの思い出を、綺麗なまま心の奥に仕舞っておきたかった。
だから、自分の穢れた姿を、彼女にだけは見られたくなかったのに……
「動きが雑になってんぞ、馬鹿エルフっ!」
ベートの蹴りが、炎を纏いながらフィルヴィスの腹を打った。
ベートの脚には、魔法を吸収する
魔剣取り放題のこの世界なら、ベートは存分にその武器の力を発揮出来る。
それもまた、フィルヴィスをここまで追い詰める要因の一つとなっていた。
「あぐっ!!」
吹き飛ばされ、地面を転がるフィルヴィス。隙を見せた彼女に、この世界の剣達は容赦などしてくれない。
四方八方から、無数の剣がフィルヴィスに襲い掛かった。
「ぐぅ……! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
全身を突き刺され、フィルヴィスは凄まじい激痛に絶叫を上げる。何度再生しようとも、次々迫る剣に切り裂かれ、激痛に意識は混濁していく。
魔石だけは、両腕で必死に庇うが、その他はどこもかしこも剣に貫かれた
「終いだな。兎野郎が生み出す剣は、決して尽きやしねぇ。テメェの魔石が砕けるまで、そいつは続くぜ」
ベートはつまらなさそうに、地面に転がるフィルヴィスを見下す。
「黙れ……!! 私はまだ、戦える……!!」
血反吐を吐き、フィルヴィスは起き上がろうともがく。しかし、関節という関節が刺され続け、上手く身体が動かせない。
動こうとする度に、全身に激痛が走る。それでも、フィルヴィスは懸命に起き上がろうと足掻いた。
「私の全ては……デュオニュソス様のために……! まだ命ある限り、私は……!!」
分かっている。如何に自分が愚かで、道化のようであり、虚しいものであるか。
それでも、止まることなど出来はしない。そう、自分に言い聞かせる。
レフィーヤが与えてくれたものは、この胸にしまっておく。自分はもう、昔の自分には戻れないのだ。
穢れてしまった自分が、今更綺麗な想いなど抱いてはいけないのだから。
「何でですか、フィルヴィスさん。どうして、そこまで……貴女にとってデュオニュソス様って、一体……!!」
ここにきて、レフィーヤはようやく口を開くことが叶った。
聞きたいのは、それだけ。それを聞かなければ、彼女は動けない。
「あの方は……私を、救ってくれた。美しいと、言ってくれた……穢れに穢れた私を、だ」
フィルヴィスの、どこか夢見心地な表情は、レフィーヤの心をざわつかせる。
「お前も、私に言ってくれたな……私の姿は、美しいと……だが、今の私の姿を見ても、同じ事が言えるのか?」
「そ、それは……」
言い淀むレフィーヤ。それはそうだろう。今のフィルヴィスの姿はおぞましく、直視に耐えないのだから。
何より、彼女は手を汚しすぎだ。
フィルヴィスは、決してレフィーヤが憧れたような、気高く強いエルフなどではない。それだけは、レフィーヤにもはっきりと分かった。でも、それでも……
「それでも、私はフィルヴィスさんと話したい! 貴女とちゃんと、向き合いたいんです!!」
「向き合う、だと?」
レフィーヤの言葉に、フィルヴィスは不快そうに眉をしかめた。
「何故向き合わねばならない。穢れた私に、お前の隣にいる資格など無い!!」
フィルヴィスは激昂し、レフィーヤを睨み付けた。
「私は穢れている!! この身体も、心もだ! お前の隣に居たいなどと、おこがましい願いなど、抱くことすら許されん!!」
フィルヴィスは、叫ぶ。彼女の心の叫びを、レフィーヤにぶつけるように。
「私は、お前の隣に立ちたかった! だが、もう無理だ!! お前の側に居れば、お前にまで穢れが移ってしまう!!」
フィルヴィスの脳裏に浮かぶのは、事故を偽り、始末してきた。数えきれないほどの、真相に迫りし罪無き者たち。
目の前の、穢れを知らない少女に、自分と同じ穢れを背負わせるわけにはいかない。
「私はお前とは、違う!! こんな醜い姿を晒して、お前にどんな顔を向ければいい!?」
それは、フィルヴィスの魂からの慟哭だった。ずっと、フィルヴィスの心を蝕んでいた、本心。
レフィーヤは、その叫びを真っ向から受け止める。そして、自らの想いを彼女にぶつけた。
「それでも、私は貴女と向き合いたい!! そもそも私は、貴女が思う程綺麗じゃありません!! 他者に依存しがちで、他者を妬んで、羨む。誰かに必要とされなければ、生きることもままならない、弱いエルフです!!」
偽りなく、レフィーヤはフィルヴィスに本心を叫ぶ。
レフィーヤには、とてもフィルヴィスの抱えている闇が、他人事とは、思えない。
根っこの部分では、フィルヴィスと自分は同じだ。誰かに縋ることでしか、自分を保てなかった。ただ、依存した相手が違うだけ。
レフィーヤの周りには、何時も暖かで、優しい人達がいてくれた。しかし、フィルヴィスの周りには、そんな人は居なかった。ただそれだけの違いだ。だからこそ、フィルヴィスのことを自業自得だなどと切り捨てることは出来ない。
レフィーヤは、フィルヴィスの全てを受け止める。そして、自分も全てを晒す覚悟で、そこに行くと決めたのだ。
「だから! 私にも、貴女の痛みを、背負わせてください!!」
決して退かない、そう瞳で強く訴えるレフィーヤ。
今自分がやろうとしているのは、最低の行為だ。汚れに汚れきった友人に、それでもなお、手を伸ばす。傍に居続ける。そんな、自分勝手で、馬鹿な行為だ。レフィーヤは自分自身を罵る。
だが、それでもフィルヴィスの事を諦められなかった。友人を諦めるなんて、レフィーヤには絶対出来ないのだから。
それに、少し前に決めたじゃないか。正義の味方の手に届かない者を、自分が救うと。
彼独りでは決して成しえない理想を、自分達が叶えるために。
「お願いです、フィルヴィスさん!
レフィーヤの魂の叫びに、フィルヴィスは目を見開かせる。その言葉を聞いて、ようやく悟った。
これは彼女なりの、渾身の我儘だったのだと。フィルヴィスの罪を裁くことも、許すことも、見て見ぬふりをすることも、彼女は拒んだ。
ただ、自分の側に居ろと、そう要求していた。
そんな彼女に、フィルヴィスは告げる。
「……お前は、本当に残酷なことを言うのだな」
ここで戦うことを止めるということは、これまでの殺人行為を全て無駄にしろということだ。それを解った上で、フィルヴィスに散って欲しくは無かった。ただただ、側に居て欲しいと、彼女は叫んだ。
他の誰かに言われれば、フィルヴィスはふざけるなと叫んだだろう。しかし、彼女だけは、フィルヴィスにとってレフィーヤだけは、それを望む権利がある。
何故なら彼女は、ずっとフィルヴィスと向き合ってくれていたのだから。そして、その我儘は、フィルヴィスにとってどうしようもなく苦く、それでいて甘美な誘惑だった。
解っている、それを認めた所で、助かる見込みなど、無いことは。
身体が破壊と再生を繰り返す中、確かに、魔石が砕ける音がしたのだから。
それでも、レフィーヤの願いはフィルヴィスの耳に心地よく響いた。
彼女と共に、歩みたい。ずっと抑えていたその想いが、全身から噴き出す血と共に、フィルヴィスの中から溢れていった。
「私は……私は、お前と、一緒に……
許されたいとは、思わない。でも、それでも……私は、お前と……!」
血塗れのフィルヴィスの手が、レフィーヤに伸びる。その手は血塗れであったが、レフィーヤは躊躇することなく、その手を取った。
彼女の身体とて、血飛沫の中とっくに朱に染まっている。今更、気にする必要など無かった。
フィルヴィスの涙が、レフィーヤの頬を濡らした。
そして二人は抱き合い、血に濡れながらお互いの存在を確かめ合うように涙を流し続けた。
時が経ち、フィルヴィスの身体が限界を迎えようと言う時、レフィーヤのポシェット中から、黄金色の光が溢れた。それは、妖精の力を感じさせる、暖かな光だった。
決して分かり合えなかった、二人の妖精が本当の意味で、友となった。
その絆が、力となり、決して起こらなかったはずの奇跡を呼んだ。
(まさか、本当に起動した……? ベル・クラネルは、あれに中身など、無いと言っていたのに……)
受け取ったレフィーヤ自身、せめてもの一握の希望として、お守りとして、ポシェットに入れていただけだった。
僅かでも可能性があるのならと、フィルヴィスを救えるのならと、そう思って。
それが本当に奇跡を起こすとは、思ってもいなかった。だが、これで、フィルヴィスを救うことが出来る。
急がなければ、フィルヴィスの命が尽きてしまう。
レフィーヤは慌てて、ポシェットの中からそれを取り出し、フィルヴィスの身体に押し当てる。
眩い黄金の輝きに目を眩ませながら、レフィーヤは全魔力を注ぎ込む。そして、その光量が最大になる直前、
「
レフィーヤは、その奇跡の名を呟いた。とある妖精郷の名を冠する、黄金の鞘。それは、魔石という核を失った、フィルヴィスの身体にゆっくりと吸い込まれていく。
新たな核となった鞘は、身体中の傷という傷を修復し、怪物としての残滓すら浄化していく。
人間としても、怪物としても死を迎えたフィルヴィス・シャリアに与えられし、第三の生。それは、レフィーヤとの絆がある限り、決して砕けることの無い鞘として、彼女の命を永らえさせる。
全ての傷を修復した所で、レフィーヤは力尽き、その場にへたり込んだ。
「全てが……再生された……レフィーヤ、お前、は……」
フィルヴィスは、自分の状況の変化に戸惑いの声をあげる。しかし、レフィーヤはそんなフィルヴィスに弱弱しく微笑む。
「良かった、です……フィルヴィスさん、ちゃんと治って……」
レフィーヤは安堵したようにそう告げると、そのまま意識を手放した。
フィルヴィスは、慌ててレフィーヤを支える。
そして、完全に意識を失ったレフィーヤを見て、フィルヴィスは優しく微笑んだ。
「……ありがとう、レフィーヤ。お前は、本当に残酷で、そして……優しいな」
フィルヴィスは、眠るレフィーヤの頭を優しく撫でた。
そして、その胸に顔を埋めると、静かに嗚咽を漏らした。
ふと、周りを見ると、既にベートの姿は何処にも無かった。
なんだかんだ、彼は情に厚い。自分がレフィーヤの言葉を受け入れ出した時点で、この場を去ったのだろう。
『戦意もない雑魚に興味はねぇ』
とでも呟いてそうだなと、フィルヴィスはクスリと笑った。
(心底腹立つやつだが、今ばかりは感謝しよう……あと、恐らくあの鞘を用意したであろう、正義の味方達にもな)
フィルヴィスは、レフィーヤの身体に腕を回し、しっかりと抱きしめる。もう二度と離さないと言わんばかりに。
彼の騎士王が死後辿り着くとされる、伝説の妖精郷の名を冠する鞘。
その奇跡の力は、到底今のベルに再現出来るものではない。
故に、彼は鍛冶師の力を借り、その形だけを作り上げた。
妖精二人の絆が、きっと奇跡を起こすと信じて。